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仁科学ライオン五話

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仁科学ライオン五話【最後の戦士】



「学校に来るなんてずいぶん久しぶりなんじゃない?」
「はい。すっかりオッサンです」
「あら、私から見ればまだ子供だけどね」
「大人の女性は好きですよ?」
「そーいう所が無ければ可愛いげあるんだけどねぇ?」

 職員室。白壁やもりのデスクの前でやもりと話し込む男が居た。
 身長は裕に二メートルはあろうかというその男は、どうやらやもりとは知った仲のようだ。

「……さて、とりあえず手続きは済ませたけど、復学は明日から?」
「はい」
「どうしてまた復学しようなんて思ったの? あなたならそのまま別の所に進学出来たはずよ。そうじゃなくてもやって行けたかもしれないのに」
「どうせ大学に行くなら仁科にしたいと思ってます。知った所ですから。でもそれなら仁科の高等部の卒業資格が要りますから」
「あらそう。でも夏休み前なんておかしな時期を選ぶわね」
「思い立ったが何とやらですよ先生」
「ま、そういう事にしときましょ。
 ああ、そうそう。あなたが居ない二年間で面白い事になってるわよ?」
「面白い事?」
「ええ。詳しい事はあなたのクラスの迫って子に聞いてみなさい」
「はぁ……」


 ペタペタという音。リノリウムの床をゴム底で叩く音だ。
 踵を吐き潰した上履特有の物である。

「そろそろトリートメントをしなければ……。ああ、丁度よくプリン頭になってきたし、近々染めに行くか」

 相変わらず下品に廊下を歩く懐。手には大量の缶ジュースとお菓子。
 演劇に携わった裏方さんへのお見舞い品だった。どういう訳か懐が配っている。
 最初に美術部に行ったら何故か台が居なかった。代わりに複数の属性を持つという可愛らしい部長に見舞いの品を預け、何故かととろやマサのおやじにまで配る。
 懐の計り知らぬ所で騒動があったと聞いていたが、それの見舞いでもあるのだろう。次からは俺を呼べときつくととろに言ったが「場を掻き乱す恐れあり」と却下された。
 そんな奴じゃねぇという反論も通じず、少し思う所もあったので素直に身を引いた。
 巡りに巡り、最後にたどり着いたのはコスプレ部。
 何故最後にしたのかは理由がある。演劇も片付いたし、そろそろコッチの衣装もやってくんない? と一言言う為。
 さらには京が隠し持っているおやつを食う為。

 時刻は既に夕方五時を回っていた。殆どの生徒は帰っている。
 しかしながら、コスプレ部の部室からはやはり人の気配が漏れていた。作業に没頭していると予想される。
 懐は手に持った荷物を抱え直し、いつものように無遠慮かつノックも無しにドアを開けた。

「おーい。やってるかみや――」
「!!?」

 眼前に広がっている光景。
 それは嬉々として嫌がる男子生徒の服を脱がそうとする京。

「……。お邪魔しましたぁ~」

 懐はそれ以上の言葉を持たない。速やかにドアを閉めて踵を反す。刹那、京が部室から飛び出す。

「ちょちょちょちょちょっと待った! 待て!」
「いやいやいや、いいよいいよ? 俺の事は気にしないで。ちゃんと黙っとくから。さすがの俺もそこは空気読むよ?」
「アンタ勘違いしてる! 絶対すんごい勘違いしてる!」
「だから気にするなってば。そりゃ邪魔されたくねーよな。お邪魔でしょうから私はこれで」
「だから違うってば!」
「何を恥ずかしがる。愛する男女が睦み合うのは自然の摂理であろう。思う存分愛を分かち合いなさい」
「だから違うっつってんの! 解って言ってんだろテメー!」
「確かに俺は『やってるか?』と声をかけた。しかしまさかヤってるとは――」
「それ以上言うなバカー!!」

 顔を真っ赤にした京の鉄拳が炸裂した。あらゆる意味で危険を感じた故の制裁である。
 トドメに髪の毛をぐいぐい引っ張り部室へと連行していく。

「痛い痛い痛い痛い痛い! 髪は止めて! ホント止めて!
 大事にしてんの気ぃ使ってんの。解るでしょ!?」
「自業自得よ! さっさと来い!」

 情けなくもずるずると引きずられ部室へと連れ込まれる。
 半泣きで髪を心配する壊が見たのは、同じく半泣きの男子生徒。見事なまでの中性を貫く顔立ちは男子の制服を着ていなけばそれとは解らない可能性すらあると懐は見た。

 しかもどこかで見た顔だとも思う。
 脳細胞の軸索に電気刺激を走らせて導き出した答は、その男子生徒は牧村拓人であるという事。
 そういえば演劇にも出ていた。ナイスな役所で。

 床に寝そべり髪を引っ張られた状態で、お互い会釈した。
 拓人の方も何と無く懐を見た事がある様子だった。これだけ目立つ頭と言動をしていればそうだろう。

「……。ああ。なるほど。例の着せ替え人形君ね」
「そんな人聞きの悪い事言わないで!」
「ところで京さん?」
「な……何よ?」
「俺は今床に仰向けになっている」
「そ……それがどうかしたの……?」
「つまりだ。この位置関係に於いて、俺の視界に捕える物は上下が逆転した世界のみならず、とてもいいものが見えるのだ」
「何言ってんのよ」
「結論から言おう。パンツ丸見えなのだ」
「……。くたばれ!」
「がふッッ!!」

 寝そべる懐に京の強烈なスタンピングキックが見舞われた。
 持っていたジュースがころころ床を転がり、悶絶している懐の脇腹にあたった。すっかり機嫌を損ねた京に連れ込まれたばかりの部室を追い出される。ついでに半泣きの拓人も救出。
 見舞い品は結局渡せず終いだった。

「……ぐふッ。くっそいい蹴りしてやがる。あれほどのスタンピングはよほどプロレスに精通していないと出来ないはずだが……」
「京先輩、マスクすら作ってますし研究熱心ですから……。きっと人気悪役レスラーの動きを研究したんだと……」
「恐るべきコスプレ魂だ」
「……。噂には聞いてましたけど……。いつもこんな感じなんですか?」
「いつもというと」
「先輩と京先輩」
「知りたいかね?」
「え? ええ……ちょっと」
「いいだろう。ついでにパンツの色も教えてやろう」
「ええぇ!?」
「知りたいだろう?」
「え? ええ……いや、その……。はい」
「素直でよろしい」

 二人は取り合えず一緒に帰って行った。




※ ※ ※




 次の日。
 今日もいつものような日常が始まった。
 拓人は小鳥遊と朝の挨拶を交わし、京は寝不足の目を擦って席に座り、懐は遅刻ギリギリ滑り込みを目論み激チャリをかます。

 ただしそれは一年二年の話である。
 三年のとある教室では大騒ぎになっていたのだ。なぜならば、その日から新しくクラスに編入する男子生徒があまりにも特異な存在だったから。
 担任教師が事情を説明し、遂にその騒動の元が口を開こうとする。その時、クラスは更にざわめく。主に女子生徒が。

「コラコラ。静にしろ。自己紹介させない気か?」

 担任教師が言う。が、ただのオッサンの声など馬耳東風とばかりに虚しく空気を揺らすだけ。
 皆の視線は既に編入してくる男子生徒に一点集中。主に女子生徒が。

 その男は大男ひしめく仁科に於いてもトップクラスの長身。
 細身でありながらガッシリした印象もあり、さらに彫りの深い慈愛に満ちた目。馬の鬣の様にサラリとしたうっすら茶色のセミロングヘア。ワイルドでありながら品性すら漂わせる渋く整えられた顎髭
 それは破壊力抜群のフェロモン満点の低い声で、自己紹介した。

「今日からお世話になる、空知亮太です。皆さん、よろしく」

 同時に黄色い声が一斉に湧き出る。男子生徒はそれを見て諦めの表情をする者が大半。敵わない。相手が悪すぎる。そんな感じだった。

「さっきも言ったが、二年間休学して今日から復学だ。みんなとは二つ以上も歳が違うが、仲良くな」

 担任教師の空気を揺らすだけの声がもう一度響く。
 その横にいた完璧超人の如きイケメン野郎は自分の席を指定され、バッグ片手にその席へ。
 一歩あるく事に雄の空気を漂わせる。しかしながら粗暴な感じは一切無かった。大人である。完璧に。
 誰かが言った。

「なんて奴が現れたんだ……」

 亮太は指定された席に座り、バッグから教科書等を取り出す。殆どは自習してしまったが、改めて勉強するのも悪くないと思っていた。
 横の席になった女子生徒がよろしくと言った。亮太はそれに必殺のスマイルで応える。一人落ちた。
 亮太は教室を見回し、やもりに言われていた事を思い出す。

『あなたの居ない二年間で、面白い事になってるわよ』

「面白い事……か。何だろう?」
 亮太はもう一つの事も思い出す。そして、それを横の席の女子生徒に聞いてみる。

「このクラスに迫って人が居るらしいんだけど、それって誰かな?」
「あ、それなら前の方に座ってる眼鏡をかけたあの人……」
「あの人だね?」

 亮太は隣の席の女子生徒の視線の先を指差す。少し接近し、まるで自分が物を尋ねられたような雰囲気すら漂わす。ナチュラルにそれをやり遂げる男だった。本人にその意識が無いのが憎らしい。

「……あの人がやもり先生が言ってた人か」
「なんで迫さんにご興味があるのですか?」
「ん~。ちょっとやもり先生に吹き込まれてね。あ、そうそう。黒鉄懐っていう金髪の子が居るとも聞いたんだけど?」
「え? ああ、はい。二年生だけど……。でもあんなの亮太さんがお近づきになる必要は……」
「まぁまぁ。いろいろと面白いとは聞いてるからね。あの迫って人は詳しいらしいね」
「そうみたいですけど……。なんで詳しいんだろう?」
「じゃあ直接聞いてみるよ。後で君にも教えてあげるよ」
「は、はい。楽しみにしてますぅ」

 しばらくの後、懐と亮太は出会う。そしてその時、奴らの運命は大きくうねりを持って動き出すのだ。



※ ※ ※



「セーフか!?」
「アウトだ!」

 遅刻した懐は担任に一喝される。ホームルームの真っ最中に登場してセーフもクソも無いのだが、取り合えず言ってみるのが懐。
 当たり前とばかりに自分の席に着いて一瞬で最初から居ましたよオーラを出す辺りはさすが遅刻常習犯である。

「さーて、寝るか」
「聞こえてるぞバカ者!」
「ちッ……」

 これもいつもの事。実際はあんまり居眠りをしない方だったが、やりかねないとは常々思われている。
 それでも何と無くオッケーな感じを醸し出すのも恐るべき特殊技能だった。今日ばかりはそれを利用しようとしていたが、朝っぱらから失敗してしまった。

 懐は珍しくぼーっとしていた。
 最近の事を思うとやる気が出なくなっていたのだ。バンド解散からしばらく経って、メンバー一人は戻ったものの他のポストは開いたまま。
 トオルと懐に付いて行ける技量を持った人材などやはりそうそう居るものでは無かったのだ。

 さらには演劇を終えた迫達演劇部の動向も気になっていた。
 あれほどしつこい勧誘をしていた連中が簡単に諦めるとは思えなかった。葱とあかねはまだ凌げるが、問題はキレ者の迫先輩
 いざとなったら強行策すら行いそうな雰囲気はある意味恐ろしい。

「どーすりゃいいモンかねぇ~」

 机に顎を乗せたまま呟いた。
 もうすぐその悩みが両方とも解決する事になるとは、この時懐はまだ知らなかった。



※ ※ ※



「なるほど、そういう事か」
「まぁそんな所だね。是が非でも欲しい人材なんだよ」

 昼休み。早速迫と亮太は話し合っていた。
 そして、やもりが言っていた『面白い事』の正体も知る。

「でも……。その懐って子はそっちに興味はないんだろう?」
「まあね……。洗脳すら試みたけど、意思が強すぎるのか失敗したよ」
「ははは。よっぽど凄いんだね」
「そんな所だよ。正直羨ましい程だ」

 迫が懐にこだわり続けた理由。それを聞いた亮太は少し興奮した。
 もし噂通りなら、もしこの迫という男の言った事が真実ならば、それは亮太にとっては非常に楽しい事になるかもしれないのだ。

「どこに行けば会えるかな?」
「どこにでも居るさ。そのうちイヤでも目に付くようになる」
「少し話をしてみたいね。その、懐って子と」
「こっちもだよ。……正直、俺も勧誘は諦めてる。その前に部員の葱とあかねに証明しなとな。アイツがどんな能力を持っているか。
 じゃないと催眠術を修めてまで追わせたアイツらが納得しないだろうし」
「俺も興味があるね。是非一緒に見たい」
「そりゃ構わんが。……でもかなりハデな方法で接近しないとムリだ。俺達じゃ取り付く島もない」

 迫はうーんと悩みはじめる。
 あれだけ神出鬼没の懐なのだが、ここ最近はとんと見ていないのだ。
 最後に見たのは学内発表の演芸を客席で見ている姿だけ。明らかに避けられてる。というより会いたくないと公言されているくらいなのだ。

「よし、こうなりゃ最後の手段だ。コレだけはやりたくなかったが……」

「どうするんだい?」
「……仁科最強の連中さ」

 迫は携帯を取り出す。アドレス帳からある人物を選ぶ。
 そこでまた一旦悩む。もしこの男達を動員すれば最後、本格的に嫌われかねない恐れがあるのだ。それほどの最終手段だった。

「……どうしたんだ?」
「いや……。なんでもない。よし、そっちはそっちで自由にやってくれ。こっちの準備が出来たら呼ぶ。
 その時にどれほどの物か、確かめるといい」
「そうしよう」
「ところで……」
「何だい?」
「なぜアイツに興味が?」
「……俺もギタリストだ。それなりの活動もしてたんけど、色々あってさ」
「色々?」
「そう。色々とね」
「……何か訳アリっぽいが、聞かないほうがいいか?」
「出来ればね。長くなるし、俺自身、決着が付いていない。まぁ、いつか話すよ」
「そうか……」

 迫は再び携帯へと目を落とし、一呼吸置いて通話ボタンを押した。
 もう戻れない。どうせ現状嫌われてるのだ。これ以上恐れて何になろう。そう自らを言い聞かせた。
 そして電話が繋がる。

「もしもし? 俺だ。……ああ。やる事にした。
 安心しろ。部長には黙っててやる。報酬は……。くっ、足元見やがって
 ああ、分かった分かった。お前等が大変なのはよく知ってる。じゃあ日にちが決まったらまた連絡する。その時段取りしよう。
 ……そうだ。勢い余って殺したりするなよ。じゃあ切るぞ。またな、アゲル――」


続く――




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