魔女の仕立て屋
「わんわんおー!!」
古びたサッシから身を乗り出して、小さな少女が吠えていた。
秋の空気が寒くなったというのに、三階の窓全開で夢中になる後姿はあどけなくも見える。
「久遠、やめてよ」
「だめだめだめ!グラウンドにノラ犬が乱入したから対抗しているのだ!わんわんおぉ!!」
「もう……久遠ったら。学園祭の台本……」
走り回るノラ犬は何処吹く風か、久遠荵の遠吠えに振り向くことなくグラウンドをほしいままにする。
それが許せなかったのかどうかは分からないが、嫌に対抗意識を燃やす久遠は同級生の黒咲あかねを困らせるだけだった。
古びたサッシから身を乗り出して、小さな少女が吠えていた。
秋の空気が寒くなったというのに、三階の窓全開で夢中になる後姿はあどけなくも見える。
「久遠、やめてよ」
「だめだめだめ!グラウンドにノラ犬が乱入したから対抗しているのだ!わんわんおぉ!!」
「もう……久遠ったら。学園祭の台本……」
走り回るノラ犬は何処吹く風か、久遠荵の遠吠えに振り向くことなくグラウンドをほしいままにする。
それが許せなかったのかどうかは分からないが、嫌に対抗意識を燃やす久遠は同級生の黒咲あかねを困らせるだけだった。
間もなく学園祭が近づいてくる。彼女ら演劇部としても力の入れようが違う。今回、台本を任されたのは久遠荵と黒咲あかねであった。
大きなイベントということもあり迫ら先輩たちが脚本協力として力添えを行うのだが、主な舵取りは二人に委ねられている。
ここ一番。部室で台本をあーでもない、こーでもないと練っていたところ、窓の外からイヌの鳴き声が飛び込んできて、
筆を取ることに疲れてしまった久遠荵があっさりと、くたびれた心揺り動かされてしまったのだった。
荵の尻尾を振る姿を横目に、あかねもあかねで構成を組み立てる作業から少し遠ざかりたくなっていた。
いくら好きなことでも、たまには気分転換を差し込まなければ続かない。
大きなイベントということもあり迫ら先輩たちが脚本協力として力添えを行うのだが、主な舵取りは二人に委ねられている。
ここ一番。部室で台本をあーでもない、こーでもないと練っていたところ、窓の外からイヌの鳴き声が飛び込んできて、
筆を取ることに疲れてしまった久遠荵があっさりと、くたびれた心揺り動かされてしまったのだった。
荵の尻尾を振る姿を横目に、あかねもあかねで構成を組み立てる作業から少し遠ざかりたくなっていた。
いくら好きなことでも、たまには気分転換を差し込まなければ続かない。
「久遠、わたしコンビニに買い物行ってきたいんだけど」
「わお?」
「だめ?」
「わおーん!いってらっしゃい」
「うん」と、半ば荵に呆れながらも、あかねは演劇部の部室を後にした。荵を残して。
しばらくすると、グラウンドをあかねが歩いていく姿が窓から見えた。
ノラ犬に吠えられるあかねは長い髪を振り乱して必死に逃げ回る。
「わおー!あかねちゃんを苛めるな!」
長い脚であかねがノラ犬から逃れる。あかねを追い駆けることに飽きたノラ犬は、どこかへと姿をくらませようとしていた。
「わお?」
「だめ?」
「わおーん!いってらっしゃい」
「うん」と、半ば荵に呆れながらも、あかねは演劇部の部室を後にした。荵を残して。
しばらくすると、グラウンドをあかねが歩いていく姿が窓から見えた。
ノラ犬に吠えられるあかねは長い髪を振り乱して必死に逃げ回る。
「わおー!あかねちゃんを苛めるな!」
長い脚であかねがノラ犬から逃れる。あかねを追い駆けることに飽きたノラ犬は、どこかへと姿をくらませようとしていた。
グラウンドが静けさを取り戻す頃。
ノックの音が。ガラスが響く音が。扉が揺れる音が。荵は「はーい」と答える。
「あの、入っていいかな」
そろりと立て付けの悪い扉を開きながら、中の様子を伺う一人の女子生徒の姿があった。
髪はボブショート、潤んだ黒真珠のような瞳が印象的な子だ。恐る恐る演劇部の部室に足を踏み入れるところからすると、
この少女は演劇部関係の者ではないということを予想することは、それほど難しくはない。ただ、荵とは顔見知りのようであった。こんなに荵の目が輝いているところ、今までに見たことあるだろうか。
そう。「京(みやこ)せんぱーい!ようこそ!」とはしゃぐ荵の歓迎振りから見て、誰もがそう思うだろう。
お辞儀をして部室の床を鳴らすのは、荵やあかねよりひとつ学年が上である高等部二年生。秋月京であった。
ノックの音が。ガラスが響く音が。扉が揺れる音が。荵は「はーい」と答える。
「あの、入っていいかな」
そろりと立て付けの悪い扉を開きながら、中の様子を伺う一人の女子生徒の姿があった。
髪はボブショート、潤んだ黒真珠のような瞳が印象的な子だ。恐る恐る演劇部の部室に足を踏み入れるところからすると、
この少女は演劇部関係の者ではないということを予想することは、それほど難しくはない。ただ、荵とは顔見知りのようであった。こんなに荵の目が輝いているところ、今までに見たことあるだろうか。
そう。「京(みやこ)せんぱーい!ようこそ!」とはしゃぐ荵の歓迎振りから見て、誰もがそう思うだろう。
お辞儀をして部室の床を鳴らすのは、荵やあかねよりひとつ学年が上である高等部二年生。秋月京であった。
両手でしっかりと向日葵柄のデパートの紙袋を携えて、頬を赤らめる姿は初めて恋人の部屋に向かうときに似ていた。
潤んだ瞳は伊達ではない。心なしか瞬きの回数が多いようにも見えるが、京は小さな後輩を心配させぬようににこりと白い歯を見せる。
荵は目線を上にしながら両手に拳を作り、はっはと期待で胸を膨らませる。それもそのはず。
「荵ちゃん、出来たよ」
「やたー!わんわんおー!」
諸手を上げて歓喜溢れる荵の目の前に、京は紙袋の中身を取り出したのだから無理はない。
上質な生地で繕われ、まるで腕の良い仕立て屋が長い月日をかけて育てた衣類がきれいに折りたたまれている。
ぱあ!
黒く、そして清潔感の溢れる一着のドレス。さらに、せっけんのかおりが漂いそうな純白のエプロン。
「徹夜で作っちゃったんだからね。荵ちゃん」
「うん、ありがとうございますっ。わたくし久遠荵は幸せ者でございますう!」
きゅうっと縮こまりそうな勢いで、荵は破顔していた。そして、秋月京がコスプレ部の部長であったことに深く感謝した。
潤んだ瞳は伊達ではない。心なしか瞬きの回数が多いようにも見えるが、京は小さな後輩を心配させぬようににこりと白い歯を見せる。
荵は目線を上にしながら両手に拳を作り、はっはと期待で胸を膨らませる。それもそのはず。
「荵ちゃん、出来たよ」
「やたー!わんわんおー!」
諸手を上げて歓喜溢れる荵の目の前に、京は紙袋の中身を取り出したのだから無理はない。
上質な生地で繕われ、まるで腕の良い仕立て屋が長い月日をかけて育てた衣類がきれいに折りたたまれている。
ぱあ!
黒く、そして清潔感の溢れる一着のドレス。さらに、せっけんのかおりが漂いそうな純白のエプロン。
「徹夜で作っちゃったんだからね。荵ちゃん」
「うん、ありがとうございますっ。わたくし久遠荵は幸せ者でございますう!」
きゅうっと縮こまりそうな勢いで、荵は破顔していた。そして、秋月京がコスプレ部の部長であったことに深く感謝した。
演劇部は公演の際、コスプレ部に衣装協力を依頼していた。
腕利きの仕立て屋がいる。どこでそんな情報を仕入れたのか、未だに分からないが荵たちが入部するまえから互恵関係であることは確かだった。
演劇部がコスプレ部に衣装依頼をする。コスプレ部は街中の洋裁店を駆け回る。そして演劇部の公演を宣伝する。スポンサーも募っちゃう。
演劇部はコスプレ部の衣装を着て舞台を演じる。もちろん、観衆の目に止まるのはコスプレ部の衣装。もちろんポスターには名前が入る。
そして、今期のコスプレ部の部長は秋月京、人呼んで『魔女の仕立て屋』だったのだ。
腕利きの仕立て屋がいる。どこでそんな情報を仕入れたのか、未だに分からないが荵たちが入部するまえから互恵関係であることは確かだった。
演劇部がコスプレ部に衣装依頼をする。コスプレ部は街中の洋裁店を駆け回る。そして演劇部の公演を宣伝する。スポンサーも募っちゃう。
演劇部はコスプレ部の衣装を着て舞台を演じる。もちろん、観衆の目に止まるのはコスプレ部の衣装。もちろんポスターには名前が入る。
そして、今期のコスプレ部の部長は秋月京、人呼んで『魔女の仕立て屋』だったのだ。
「それじゃあ、早速着替えよっか?」
「え……。ここでですか」
「うん」
「あの、端っこで……」
「荵ちゃんが着替えていくところを見たいなーってね」
魔女の呪文が少女に唱えられ、恥じらいを覚える。
さっきまでの無駄なぐらいの元気は魔女に吸い取られたのだ。きっとそうだ。荵が大人しいわけがない。
「全部、ですよね」
「うん」
「笑わない……ですよね」
「うん」
外が見える窓のカーテンを開きながら、魔女はもう一度魔法をかけた。
「え……。ここでですか」
「うん」
「あの、端っこで……」
「荵ちゃんが着替えていくところを見たいなーってね」
魔女の呪文が少女に唱えられ、恥じらいを覚える。
さっきまでの無駄なぐらいの元気は魔女に吸い取られたのだ。きっとそうだ。荵が大人しいわけがない。
「全部、ですよね」
「うん」
「笑わない……ですよね」
「うん」
外が見える窓のカーテンを開きながら、魔女はもう一度魔法をかけた。
ベストを脱ぐ。真っ白な荵のワイシャツが眩しい。リボンを外す手がぎこちない。そして、一つ一つボタンを外す。
「見ないよ」
京は優しさを見せるお姉さん。荵は小動物のような妹。そんな関係が目に浮かばないか。
スカートのホックを外して、ジッパーを下ろす間際に荵は躊躇した。
「せんぱい。笑わない……ですよね」
京がゆっくりと頷くのを確認すると、荵は背中を向けて、しゃがみこみながらスカートを足首まで下ろす。
その隙間から見えるのは『くまさん』のプリントが入ったぱんつだった。
くすっと口元に手を当てる京に、荵は気付くことはなかった。
「見ないよ」
京は優しさを見せるお姉さん。荵は小動物のような妹。そんな関係が目に浮かばないか。
スカートのホックを外して、ジッパーを下ろす間際に荵は躊躇した。
「せんぱい。笑わない……ですよね」
京がゆっくりと頷くのを確認すると、荵は背中を向けて、しゃがみこみながらスカートを足首まで下ろす。
その隙間から見えるのは『くまさん』のプリントが入ったぱんつだった。
くすっと口元に手を当てる京に、荵は気付くことはなかった。
「それじゃあ、わたしの最新作に袖を通してもらおうかな!」
意気揚々と京は真新しいドレスを荵に渡して、子どものように着替えるさまをにまにまと眺めていた。
ばたばたと袖が揺れる。片足でふら付く。そして『くまさん』ぱんつ。
「背中のチャックは閉めてあげる」
「京せんぱい」
「なに?」
知らないものが見たら、仲睦まじい姉妹のよう。
「せんぱい。わたし……一人っ子だから、せんぱいみたいなお姉さんが欲しかったんです。ちょっとうれしい」
荵の後ろ髪が京の胸に当たる。そっと後れ毛を掻き揚げて、子どもをあやすように京は荵の髪を撫でる。
指の間を栗色の髪が通り抜ける滑らかな触り心地。荵の体温がほんのちょっとだけ上がる。
「うれしいな」
「どういたしまして。荵ちゃん」
自分が繕ったドレス。荵が袖を通すことで、ちょっとずつ命が吹き込まれられて行く。
京はこの瞬間のために、自分のもてるだけの時間を割いてきたと言っても過言ではない。
その証拠に、京の顔は徹夜明けとは思えないほど、輝きを放っていたのだから。
意気揚々と京は真新しいドレスを荵に渡して、子どものように着替えるさまをにまにまと眺めていた。
ばたばたと袖が揺れる。片足でふら付く。そして『くまさん』ぱんつ。
「背中のチャックは閉めてあげる」
「京せんぱい」
「なに?」
知らないものが見たら、仲睦まじい姉妹のよう。
「せんぱい。わたし……一人っ子だから、せんぱいみたいなお姉さんが欲しかったんです。ちょっとうれしい」
荵の後ろ髪が京の胸に当たる。そっと後れ毛を掻き揚げて、子どもをあやすように京は荵の髪を撫でる。
指の間を栗色の髪が通り抜ける滑らかな触り心地。荵の体温がほんのちょっとだけ上がる。
「うれしいな」
「どういたしまして。荵ちゃん」
自分が繕ったドレス。荵が袖を通すことで、ちょっとずつ命が吹き込まれられて行く。
京はこの瞬間のために、自分のもてるだけの時間を割いてきたと言っても過言ではない。
その証拠に、京の顔は徹夜明けとは思えないほど、輝きを放っていたのだから。
「荵ちゃん。仕上げだよ」
最後に京が取り出したのは「イヌミミカチューシャ」と「イヌ尻尾」であった。
それぞれを身に着けた荵は姿見で自分を写す。恥じらいは消え、魔女の魔法の虜となる。深夜十二時までは程遠いシンデレラ。
勤労少女の灰被りだって、ドレスを着れば舞踏会へ招かれる。逆を言えば、温室育ちの王子さまだって、ぼろきれを身に纏えば意地悪な継母から、
そしてビクビク生きているだけの姉たちから足蹴にされて、こき使われてしまうってこともあるのだ。召し物の持つ魔法。誰もがかかる魔力。
「やったー!『イヌミミ喫茶』ができるぞー!京せんぱい、ありがとうございます!!」
「それじゃあ、早速注文いいですか?店員さん」
「わんわんおー!お嬢さまーっ」
最後に京が取り出したのは「イヌミミカチューシャ」と「イヌ尻尾」であった。
それぞれを身に着けた荵は姿見で自分を写す。恥じらいは消え、魔女の魔法の虜となる。深夜十二時までは程遠いシンデレラ。
勤労少女の灰被りだって、ドレスを着れば舞踏会へ招かれる。逆を言えば、温室育ちの王子さまだって、ぼろきれを身に纏えば意地悪な継母から、
そしてビクビク生きているだけの姉たちから足蹴にされて、こき使われてしまうってこともあるのだ。召し物の持つ魔法。誰もがかかる魔力。
「やったー!『イヌミミ喫茶』ができるぞー!京せんぱい、ありがとうございます!!」
「それじゃあ、早速注文いいですか?店員さん」
「わんわんおー!お嬢さまーっ」
―――学園祭が近づき、秋の公演で使う衣装の打ち合わせで、荵は迫と同席した。
演劇のことになると他が目に入らない迫のことなので、打ち合わせは何度も何度も繰り返され、妥協を許さないものだった。
この役者は清楚な感じで、この役者には粗野な雰囲気を。などと、舞台に立つ者を引き立てるために、迫は細かく京に注文するも、
側で座っているだけの荵にとって、迫の側にいるだけで幸せな時間以外は退屈さを否定できないものだった。
そして、迫が席を外した瞬間、荵は京にぽろりとこぼす。
「学園祭かあ」
「そうね。舞台、がんばってね。ここの学校の演劇部って、結構評判みたいだからね。楽しんでね!」
「はい。演劇は楽しいです。いろんな役をやって、いろんな衣装を着て。でも、学園祭だから喫茶店ともかやりたいなあ」
京が荵の諦めにも似たセリフを聞き逃すはずがない。
「喫茶店といえば、メイドさんだよね」
「はいっ!『イヌミミ喫茶』をやりたいですっ」
コスプレ部部長・秋月京の心を鷲掴みにした瞬間であった。
演劇のことになると他が目に入らない迫のことなので、打ち合わせは何度も何度も繰り返され、妥協を許さないものだった。
この役者は清楚な感じで、この役者には粗野な雰囲気を。などと、舞台に立つ者を引き立てるために、迫は細かく京に注文するも、
側で座っているだけの荵にとって、迫の側にいるだけで幸せな時間以外は退屈さを否定できないものだった。
そして、迫が席を外した瞬間、荵は京にぽろりとこぼす。
「学園祭かあ」
「そうね。舞台、がんばってね。ここの学校の演劇部って、結構評判みたいだからね。楽しんでね!」
「はい。演劇は楽しいです。いろんな役をやって、いろんな衣装を着て。でも、学園祭だから喫茶店ともかやりたいなあ」
京が荵の諦めにも似たセリフを聞き逃すはずがない。
「喫茶店といえば、メイドさんだよね」
「はいっ!『イヌミミ喫茶』をやりたいですっ」
コスプレ部部長・秋月京の心を鷲掴みにした瞬間であった。
―――コーヒーの香りが室内に広がる。
インスタントだけど心地よい。匙を添えたカップを盆に乗せ、尻尾を揺らしながら荵は運んでくる。
くるくるとコーヒーの湯気が立ち上り、飲み頃だと自ら教えてくれた。
「わおー!お待たせいたしました。コーヒーでございますっ」
「ありがとう」
徹夜をしてがんばった。眠くて眠くて日中は仕方がなかった。でも、この一口がほんのりと体の底から効く。
はあ、と息を吐くと頬が紅く染まり、京と荵の間の時計がゆっくりとゆっくりと針の速度を緩める。
針仕事で疲れた指の先が休まると、昨夜の疲れもふっと忘れる。仔犬のように荵がまとわりつくと、
殺風景な部室も秋の花咲く庭園に生まれ変わる。コスモスを眺め、仔犬と戯れながらコーヒーを一杯だなんて、なんとも優雅で贅沢ではないか。
インスタントだけど心地よい。匙を添えたカップを盆に乗せ、尻尾を揺らしながら荵は運んでくる。
くるくるとコーヒーの湯気が立ち上り、飲み頃だと自ら教えてくれた。
「わおー!お待たせいたしました。コーヒーでございますっ」
「ありがとう」
徹夜をしてがんばった。眠くて眠くて日中は仕方がなかった。でも、この一口がほんのりと体の底から効く。
はあ、と息を吐くと頬が紅く染まり、京と荵の間の時計がゆっくりとゆっくりと針の速度を緩める。
針仕事で疲れた指の先が休まると、昨夜の疲れもふっと忘れる。仔犬のように荵がまとわりつくと、
殺風景な部室も秋の花咲く庭園に生まれ変わる。コスモスを眺め、仔犬と戯れながらコーヒーを一杯だなんて、なんとも優雅で贅沢ではないか。
「お口にあいますか」
らんらんと尻尾を振って荵。それに微笑み返しの京。
二人だけの時間が流れてゆく。しかし、荵にとってはあかねもこのお茶会の仲間として、ご招待致したいところであった。
「おそいなあ!あかねちゃん」
「あかねちゃん?ああ。あの背の高い子ね」
以前、舞台の衣装を仕立てたことを思い出した京は、あかねの採寸を計るときに興味を抱いたのを思い出した。
「あかねちゃんは元・読者モデルだからスタイルがいいのだ!でも、それをもっと誇りに思うべきなのだ!」とは、荵の弁である。
噂をすれば影。
らんらんと尻尾を振って荵。それに微笑み返しの京。
二人だけの時間が流れてゆく。しかし、荵にとってはあかねもこのお茶会の仲間として、ご招待致したいところであった。
「おそいなあ!あかねちゃん」
「あかねちゃん?ああ。あの背の高い子ね」
以前、舞台の衣装を仕立てたことを思い出した京は、あかねの採寸を計るときに興味を抱いたのを思い出した。
「あかねちゃんは元・読者モデルだからスタイルがいいのだ!でも、それをもっと誇りに思うべきなのだ!」とは、荵の弁である。
噂をすれば影。
「ただいま。久遠っ」
寂しいコンビニの袋をぶら下げて演劇部部室に入ってきたあかねの胸に飛び込んできたのは、尻尾とイヌミミを揺らした荵。
ばさっとビニルの袋の中でお菓子が踊る。あかねの口元に荵の栗色の髪の毛がふわりと被さり、柔らかい。
「おかえりなさいませーっ」
「……あ。この間の舞台では、お世話になりました。秋月先輩」
「わおー」
状況が飲み込めないのであかねは立ち尽くすしかなかった、と言うより荵がその場から動くことを許してくれない。
イヌミミを着けた荵が絡みつくし、部室には京が口元を隠して頬を緩ませているし、あかねは一刻も早くその場から立ち去りたかった。
いや、あかねは荵を必要としていたのだ。女の子どうしの!というわけでもなく。
優しく荵を払いのけたあかねは、すっと自分の携帯電話を取り出して荵の目の前に差し出す。
「あの……久遠。さっきいたグラウンドのイヌって……もしかして、この子じゃない?」
寂しいコンビニの袋をぶら下げて演劇部部室に入ってきたあかねの胸に飛び込んできたのは、尻尾とイヌミミを揺らした荵。
ばさっとビニルの袋の中でお菓子が踊る。あかねの口元に荵の栗色の髪の毛がふわりと被さり、柔らかい。
「おかえりなさいませーっ」
「……あ。この間の舞台では、お世話になりました。秋月先輩」
「わおー」
状況が飲み込めないのであかねは立ち尽くすしかなかった、と言うより荵がその場から動くことを許してくれない。
イヌミミを着けた荵が絡みつくし、部室には京が口元を隠して頬を緩ませているし、あかねは一刻も早くその場から立ち去りたかった。
いや、あかねは荵を必要としていたのだ。女の子どうしの!というわけでもなく。
優しく荵を払いのけたあかねは、すっと自分の携帯電話を取り出して荵の目の前に差し出す。
「あの……久遠。さっきいたグラウンドのイヌって……もしかして、この子じゃない?」
あかねの携帯で撮影されていたものは、ぼやけていながらも先ほどグラウンドを駆け回っていたノラ犬そのものだった。
「コンビニで『迷いイヌ』の張り紙を見て、写メを撮ってきたんだけど」
「その子だ!あかねちゃん!捕まえに行くよ!!」
荵が「行くよ!!」と言い終わるか終わらないぐらいの速さで部室を飛び出す。
イヌがイヌを追い駆けに出かけた。何の不思議なことはないではないか。ふわりとあかねの髪が揺れた。
コーヒーを一口。京はまるで二人の姉になったような言葉遣いで、あかねに言葉をかけた。
「荵ちゃんがね、あかねゃんのこと誉めてたよ」
「え?」
「わおー」
あかねの目には京にイヌミミと尻尾が生えているように見えた。
「コンビニで『迷いイヌ』の張り紙を見て、写メを撮ってきたんだけど」
「その子だ!あかねちゃん!捕まえに行くよ!!」
荵が「行くよ!!」と言い終わるか終わらないぐらいの速さで部室を飛び出す。
イヌがイヌを追い駆けに出かけた。何の不思議なことはないではないか。ふわりとあかねの髪が揺れた。
コーヒーを一口。京はまるで二人の姉になったような言葉遣いで、あかねに言葉をかけた。
「荵ちゃんがね、あかねゃんのこと誉めてたよ」
「え?」
「わおー」
あかねの目には京にイヌミミと尻尾が生えているように見えた。
おしまい。