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小咄:【虎のバレンタイン】

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仁科学タイガー【虎のバレンタイン】



「あ、鰯雲だ。冬に見れるなんて珍しいなー」

 寒空見上げて呟いた。
 風駆け抜ける場所で感じる季節は、まだ冬のそれと一緒に春の気配を交わらせて。
 彼女は普段読む自然科学の本から得た知識を動員し、流れる雲の正体を見破る。風が吹けば寒いが、日が出ればぽかぽか暖かい。そんな微妙な季節。
 二月十四日。バレンタインデー。
 ここ日本では、女子が男子にチョコを渡し、一部では淡い春が始まり一方では怨念渦巻く悲哀の叫びを喚き散らす日。

 ぼーっと空を眺めていたが、黒鉄亜子ははたと思い出して傍らのビニール袋に目をやる。袋は自宅近くの大型スーパーの物。中身は、大量のチョコレート。

「これはで霧崎先輩で……。これはお兄ちゃんの友達で……。これは省君で……。これはあやめ先生で……。これは鬼瓦先輩で……」

 バレンタイン贈呈用のチョコレート。
 何故か女性や中間や全然知らない奴が混じっているがそこは御愛敬。自分のあげたい人にチョコをあげる。それが正義。それ故に、全部が全部義理チョコである。
 図書館によく出入りする亜子は霧崎とよく遭遇する。男っぽい仕種や言葉遣い、それとは対照的な長い黒髪を垂らした女性らしい姿のギャップは、体格が中の下の亜子のちょっとした憧れのようだ。お兄ちゃんの友達という区分。意外な事にトオル等のバンドメンバーではなくなんと台の事。よくつるんでいると知っている。
 その中で省だけはちょっと意識している。といっても以前のパンチラ事件の影響なのがなんとも悲しいのだが。
 あやめ先生とはなぜかよく遭遇する。空手バカな生活故にどうしても救護要員との節点は増えるのだ。といっても亜子自身がお世話になった事はあまりな無く、たいがいは亜子に挑んだ愚か者が亜子によって運ばれるのだが。
 鬼瓦先輩は単なる空手の先輩である。今後登場予定は一切無い。無い。

「えーと、あとコレとアレと……」

 ただの友達にあげる為に買ったチョコも含めると、結構な量となる。最近は女の子同士でのチョコ交換に違和感が無いという。野郎同士なら明らかに腐女子が喜びそうな関係になってしまう。

 一生懸命に仕分けしている姿は、年頃のただの女の子。
 虎と恐れられる次世代ゴットハンドも、基本的にはまだまだ中学三年生の普通の子なのだ。

「あ、あとこれ。お兄ちゃん用」

 最後にそう言って取り出したのは、ちょっと包装が違う箱。
 言葉通りに、兄である懐へ贈る為のチョコレート。

「今年はちゃんと気付いてくれるかなぁ……」

 去年も同じように送ったらしいが、その性格故か顔が広いバカ兄貴は毎年義理チョコを山ように持ち帰る。亜子が贈ったチョコもその一つと勘違いし、本人の目の前でガツガツ何も言わずに完食したのだ。
 そこそこショックだったらしく、おかげで懐は幻の右を喰らい病院送りとなった。お兄ちゃん子の亜子にとっては事件であるが、懐にとっては妹からの理不尽な家庭内暴力だろうか。
 兄の真似をして金髪にしてみたり、プロレス好きな兄に合わせて格闘技を習ってみたり。飲めもしない苦~いエスプレッソを飲んでみたり。性格控えめな亜子にとっては、自由奔放まっしぐらの兄はバカだの空気読めないだの言われていても尊敬の対象なのだ。

「またいっぱい持って帰るんだろうなぁー。どう思う君?」

 遥か天空を漂う鰯雲に向かって問い掛けるが、返答などあるはずもなく。
 ただゆったり流れる雲。それを運ぶ風は、冷たい。

「寒い」

 立ち上がり、袋を持って場所を移す。ちなみにここは学園近くの土手。
 お尻に付いた草と土を手でぱっぱと掃い、歩きだす。
 さぁ、チョコを配りにいこう。
 虎と呼ばれる女の子は、仁科学園へと歩きだす。




※ ※ ※




「チョコうめぇええええええ!」
「うるさい! ゴミ散らかすな!」

 仁科学園コスプレ部室。
 いつもの闖入者と部屋の主。

「素晴らしい日だ。タダで大量のおやつが手に入る」
「歪んでるよそれ」
「ところで京さん、いくら義理でもチロルチョコのきなこ一個って酷くね?」
「それで十分よ、大量に抱えて来たクセにさ」
「なんだよおすそ分けしようとやって来たのに」
「私が貰ってどーすんのさ」
「それにしても最近は市販のチョコも凝ってるよなぁ~。高いんじゃないのこのトリュフ?」
「へぇ。良いものもらったじゃない」
「しかし箱が不細工だな。プロの仕事とは思えん」
「ふーん。……って、それホントに売ってるチョコ?」
「ほえ?」
「アンタこれ……。どうみても手作りよね。義理じゃないぢゃん! 本命チョコじゃん!」
「……なん……だと……?」
「誰から貰ったのよ?」
「……」
「ちょっと黙ってないで教えなさいよぉ~」
「見逃していた……」
「……は?」
「見逃していた……。だっていっぱいくれるんだもん」
「あ……アンタ馬鹿ー!?」
「一体誰が……」
「私が知る訳……。あっ! 食ったバクバク食ったヤケ食いだ!」

 単なる甘い物好きと知ってか知らずか、皆やたらと懐にチョコを渡してくる。余り物すら随時受付の懐は、ポリバケツと比喩されながらも笑顔で毎年チョコを回収。
 おかげで、こういった珍事が稀に起こる。バカに幸あれ。



おわり。



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