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先輩!イヌ耳です!尻尾です!

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先輩!イヌ耳です!尻尾です!




 「先輩!イヌ耳ですよ!尻尾ですよ!わおーん!」

 跳び上がる小犬と見紛うが如く後鬼閑花は白い歯を見せて吠えた。密閉されたタイル張りの空間はオペラハウスよろしく良く響く。
放課後の女子トイレは秘密の花園とはよく言ったもの、だからこそ秘密を分かち合う仲間との絆は鎖よりも固い。

 「閑花ちゃんはイヌ耳が似合うね」
 「わんわん言ってるだけのどこかのわんわんじゃないですよ!遠賀先輩!」

 鏡に映ったイヌ耳姿にはしゃぐ閑花を実の妹のように、メガネ文系女子大生・遠賀希見は頬を緩めた。

 「先輩!尻尾ですよ!触って下さい!先っちょを包み込むもよし、根元から優しく握るもよし!」
 「閑花ちゃん、その調子!」
 「耳ですよ!今日だけはアマガミしても許しちゃいます!」

 イヌ耳を勧めたのは遠賀だ。遠賀は仁科大学の女子大生、閑花たちの先輩にあたる。学園近所の喫茶店で閑花が先輩こと
先崎俊輔への異常な程の求愛行動をとり、呆れ果てた先崎が閑花を置いて帰ってしまったことからお話は始まる。
 対角線の位置にて遠賀が一人寂しくお茶をしていたが、あまりの常軌を逸した閑花の行動に心引かれるものがあったからだ。


     #

 吐息淡く落ち込む閑花に遠賀が近付き、にっと白い歯を見せて囁いた。
 敬愛する先崎先輩から振り切られ意気消沈の閑花は遠賀からコーヒー代を奢ってもうらことで意気を吹き返した。
 始まりは全てここからだった。

 「茶々森堂はよく来るんですか?」
 「隠れ家みたいなものかな」

 茶々森堂を背に銀杏の葉が舞い散る学園都市の歩道、三冬始まる時期は空気が澄み切って二人揃って歩く女子の姿は無駄に絵になる。
 遠賀の黒タイツとは対照的に閑花は白い生脚だ。反抗的に紺のハイソックスでアクセントを付けるもの、所詮はJK、女子高生。
まだまだ伸び盛りの閑花は黙って背伸びするしかなかった。街の匂いを楽しんで歩いているうちに遠賀がとある提案を示した。

 「あ……。ねえ」
 「どうしました?」
 「ちょっと、大学生気分を感じてみる?」

 閑花はある意味、体を震わせていた。
 初めての体験。初めての初体験。そして、初めてで最初の初体験。
 遠賀も閑花と同じくある意味、体を震わせていた。

 そう。お互い尿意を不意に感じたから、大学の女子トイレに閑花を誘ったのだった。ご不浄の後、遠賀はショルダーバッグから
イヌ耳とイヌ尻尾を自慢げに見せた。思いのほか閑花は『わんわんぷれい』に興味を抱き、遠賀は勧めた者として得意げになった。
 新しいものにチャレンジすれば、自ずと未知なる世界への扉が開く。例え、それがイヌ耳だとしても。

 誘われた。
 イヌ耳ついた。
 嬉しかった。

 それでいいじゃないか。
 新しいことに足踏み入れるって、わくわくする。

 遠賀の目の前で閑花は小さな胸を押さえていた。

 「新しいことするのに誰かから怒られるって、いいよね」
 「え?遠賀先輩、怒られるってなんですか?新しいことガンガン始める子って魅力的なのに!それに怒られるっていいよねって?」

 メガネの淵を指でなぞることで自分を落ち着かせていた遠賀は冷静に閑花の疑問を受け止めた。

 「閑花ちゃんのそういうところ、好きだな」

 革新の始発列車に乗り遅れた者たちの叫び。耳を塞げばいいのだが、いつまでも塞いでいるつもりなのか。
 ホームに取り残された、いや乗車を拒否した者たちが拒否した理由を受け止めろ。

 「高校時代、演劇かじっててね。あるとき『シンデレラ』をやることになって、シンデレラをイヌ耳にしてみたの」

 閑花にはイヌ耳生やして尻尾を壊れたメトロノームよろしく振り回す久遠荵の姿が嫌でも浮かんだ。
 わんわんの国からやって来た、わんわんするために生まれてきた子犬系女子高生……、と言っても過言ではない閑花の同級生だ。
 そして、また遠賀の後輩でもある演劇部員・荵は……。いや、荵の話はここまでにしておこう。行数の無駄だ。

 閑話休止。話はシンデレラ。

 煤けた服に身を包み、継母や姉たちに蔑まられても尻尾を振って素手で便器を洗う灰被り姫。あまりにも有名過ぎる童話だ。

 「王子主催の舞踏会のあと、ガラスの靴の合う娘を妃に迎えるまでは一緒。でもね」
 「女子憧れのシーンですね!わたしも先崎先輩のシンデレラになる!」
 「シンデレラが靴を履く番になって、シンデレラはガラスの靴を地面に投げつけて壊してしまうの」

 イヌ耳を付けたままの閑花が無言で遠賀の話に耳澄ます姿は奇妙かつ童話的だった。ゆっくり話の続きをしたいから
遠賀は閑花と共に大学の女子トイレをあとにして、校舎から冬空のキャンパスに出た。

 イヌ耳を生やした少女が大学のキャンパスを歩く。文化祭でもないのに不思議な光景だった。すれ違う人の群れはみな
閑花のイヌ耳に尻尾に目を奪われて、面白いように振り返り改めて目を疑う。普通、イヌ耳なんか生やさないし、尻尾なんか生やさない。
学生諸君のリアクションは決して間違っていないことは特筆事項である。
 遠賀と閑花はキャンパス内の池にやって来た。このあたりは昔からの溜池が多い。キャンパス内でも憩いの場として池を残しているのだ。

 「ここから高等部の建物が見えるんですね」と、閑花の初々しい喚起の声がキャンパスに響く。
 「そんなに時間がたってないのに、遠くに見えるなんて不思議だね」と、遠賀は高校時代を忘却の彼方から思い出す。

 風が寒くて気持ちよい。きらきらと眼鏡にみなもの光反射させ、遠賀は水切り遊びに興じ『イヌ耳シンデレラ』の結末を話した。
 閑花はじっと水面に写る自分の姿を見つめていた。

 「『イヌ耳娘なんてこの街でわたしぐらいなのに、わざわざガラスの靴で試すんですか?』って。
  『顔は忘れても、イヌ耳と尻尾は忘れられないはず』って」
 「ガラスの靴は他の誰かに王子が一目惚れした娘だと認めさせる為ですか?」
 「そうね。シンデレラはガラスの靴なんかなくても自分を認めてくれるのか試したの……ね!」

 語尾を力んで石を水面に投げつけたので、遠賀の失速した石は溺れ、池の底へ沈み、みなもに写る閑花の影を崩した。

 「そんなストーリー提案したら、みんなから怒られた。『ふざけるな。真面目にやれ』って。真面目ですよ、こちらは」

 全力で飛んだ石ころが池に消え、光り当たる場所から遠ざかる。遠賀は儚い石の顛末と自分を重ね合わせていた。

 「多分。これからもわたしはいろんな人から怒られてゆくんだろうな。全力でぶつかった結果で怒られるから後悔ないけどね」
 「わたしも先崎先輩から怒られてばっかりです!」
 「よしっ。叱られろ!!わたしが魔法をかけてあげる」

 イヌ耳と尻尾を風に靡かせてキャンパスを走る一匹のイヌ。大好きなご主人様に一秒でも早く辿り着きたい。
 「走れシンデレラ」。王子の元へと駆けてゆけ。でなければ、王子はウソツキ者となってしまうぞ。妃に迎えたい少女がいたってことが
王子の大々的な妄想として捨て去られてもいいのか、と。途中、裏切りの休息を得ても構わないが、忠誠だけは尻尾の名において忘れるな。
 恋に全力、変に全力な閑花を見送った遠賀は小石を水平に池に向かって投げた。白いしぶきを点々と残し跳ねる小石は恋模様に花咲く
草原の一輪の花、後鬼閑花のようだった。

 「ごめんね荵ちゃん。わたしの魔法は一度しか使えないの。閑花ちゃんにかけちゃったから」

 ショルダーバッグから取り出した『イヌ耳シンデレラ』の台本をゴミ箱に捨て、後輩たちに叱られに行くかと遠賀は
キャンパスを後にして高等部の校舎の方へと足音を鳴らした。


     #


 「先輩!!」

 先崎俊輔は銀杏の葉が散る歩道でパック牛乳を飲んでいた。一面に黄色い枯葉が絨毯のように敷き詰められたステージなんて、
どんな舞台美術の第一人者でも再現できないワンシーン。それを考えると後鬼閑花は果報者だ。イヌ耳カチューシャを整えた閑花は
肩で息を切らしていた。天幕が灰色の空だけじゃ寂しいので細く裸になった銀杏の木の枝が申し訳なさそうに彩っていた。

 「先輩!イヌ耳ですよ!尻尾ですよ!わおーん!」
 「わんわん言ってるだけのどこかのわんわんの真似しても仕方ないぞ」

 早速怒られた閑花は嬉しそうに尻尾を丸めた。


  おしまい。





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