入学式
692 名前:入学式 ◆VdWr8u/.jY [sage] 投稿日:2009/07/24(金) 23:49:47
創発市仁科学園はマンモス校である。それだから入学式も並ではない。
まず会場からして、普通の高校にはないような立派な講堂である。来賓も
各方面で一流と目されているような人物が来る。入場を待つ新入生は黒山
の人だかりをなしているが、敷地はそれでも余裕があるほど広い。
まず会場からして、普通の高校にはないような立派な講堂である。来賓も
各方面で一流と目されているような人物が来る。入場を待つ新入生は黒山
の人だかりをなしているが、敷地はそれでも余裕があるほど広い。
藤田アキラは、この騒々しいくらいの活気に満ちた行事に昔は驚いたも
のだが、もう目慣れている。中学の時から数えて四度目である。今日は高
校の新入生として式に出るのであるが、中学生のときより幾分感動が薄れ
ている。それでも新しい、活気に満ちた息吹を吹き込まれるような気持が
する。
アキラは大勢の新入生と一緒に広場に並んでいる。入場を待つ間、めい
めい小声で話をする。人数が多いので騒がしい。目を輝かせながら、アキ
ラはすぐ後ろの幼馴染に声をかける。
「入学式は活気があっていいな。なんかこう、わくわくするよな」
「人が多いからね。オレは特に感じないけど、希望に胸が躍るって気分か」
「そうそう、そんな感じ。ケンちゃんも何か感じ取れよ、高校だぜ、高校。
クラスも先生も校舎も、何もかもが新しい。そこに一抹の不安と、溢れん
ばかりの期待を感じるのが正しい新入生ってもんよ」
「楽しみだね」
自分は違うが、君は楽しみにしているようだね、とでも言うような口調
である。
「反応薄いな、ケンちゃん。もっと楽しまなきゃ損だぜ。お前に足りない
のはエンジョイの精神だよ。この輝く青春をエンジョンしないでなんとす
る!」
「オレの場合、性格が暗く出来てるからなあ。急に楽しむのは無理だって」
苦笑をまじえて村上ケンは応じる。髪を短く刈った、丈夫な体つきをし
た少年である。仕草や言葉の端々に落ち着きがあって、いかにも思慮のあ
りそうな目をしている。ただ優等生というよりは、どこか暗い冷めた印象
がある。
「だよなあ、お前って会った時からずっとそうだもんなあ」
「お前もな」
二人は笑みを浮かべた。
のだが、もう目慣れている。中学の時から数えて四度目である。今日は高
校の新入生として式に出るのであるが、中学生のときより幾分感動が薄れ
ている。それでも新しい、活気に満ちた息吹を吹き込まれるような気持が
する。
アキラは大勢の新入生と一緒に広場に並んでいる。入場を待つ間、めい
めい小声で話をする。人数が多いので騒がしい。目を輝かせながら、アキ
ラはすぐ後ろの幼馴染に声をかける。
「入学式は活気があっていいな。なんかこう、わくわくするよな」
「人が多いからね。オレは特に感じないけど、希望に胸が躍るって気分か」
「そうそう、そんな感じ。ケンちゃんも何か感じ取れよ、高校だぜ、高校。
クラスも先生も校舎も、何もかもが新しい。そこに一抹の不安と、溢れん
ばかりの期待を感じるのが正しい新入生ってもんよ」
「楽しみだね」
自分は違うが、君は楽しみにしているようだね、とでも言うような口調
である。
「反応薄いな、ケンちゃん。もっと楽しまなきゃ損だぜ。お前に足りない
のはエンジョイの精神だよ。この輝く青春をエンジョンしないでなんとす
る!」
「オレの場合、性格が暗く出来てるからなあ。急に楽しむのは無理だって」
苦笑をまじえて村上ケンは応じる。髪を短く刈った、丈夫な体つきをし
た少年である。仕草や言葉の端々に落ち着きがあって、いかにも思慮のあ
りそうな目をしている。ただ優等生というよりは、どこか暗い冷めた印象
がある。
「だよなあ、お前って会った時からずっとそうだもんなあ」
「お前もな」
二人は笑みを浮かべた。
アキラはしばらく他愛のないおしゃべりを続ける。そうするうち、新入
生の入場が始まると、周りは静かになる。少し緊張しながら講堂に入った。
式は滞りなく進む。新入生の氏名が読み上げられる。校長が式辞を述べ
る。新入生の宣誓やら、来賓の祝辞やらが続く。アキラはじっとしている
のが段々苦痛になってきた。
高等部の代表が挨拶をする。当たり障りのない、無難なものである。口
調や物腰から歓迎する気持ちは伝わってくるのだが、どうも退屈する。欠
伸をかみ殺して、隣のケンにささやく。
「なあ、あそこのさ」
と言って、学校関係者の席の端に立っている二人をちらと見る。新入生
だが式に遅れたらしく、特別席で臨むことになったようである。
「可哀想だよな、足痛くねえのかな」
「黙ってろよ」
ケンは穏やかに言う。アキラは言葉に詰まってしぶしぶ祝辞に聞き入った。
式が終わった。
広場は混雑する。部活動や同好会の面々が勧誘に熱を入れている。ケン
はその喧騒にも無頓着で、人の群れを押しのけもせず、譲りもせず、空気
扱いにして進むので、アキラもついて行く。
「……熱いキスにしましょうよ!」
「黙れ変態!」
ふと奇妙な会話が聞こえたので、アキラは足を止めて、好奇の目でなに
やら言い合っている男女を見る。ケンを呼び止める。
「あの男のほう、祝辞君じゃないか」
「ああ、祝辞の人ね。仲がよさそうだな」
ケンの言うとおり、何やらもめている二人は、仲が悪いというより、大
声で言い合えるほど親密な関係なのだという印象を周囲に与えている。騒
がしくてよく聞き取れないが、言い寄る女を祝辞君が遠ざけようとして、
やりきれない、という構図らしい。
「まさに青春だよな、うらやましい。オレにも早く出会いが訪れないもん
かな」
「まだ高校生だからね、じっくり待てばいいんじゃないの」
「まあそうだけど、高校生のうちに不器用な恋を経験したいと思うわけだ
よ。それでこそ青春時代に彩りがつくってもんだろ。お前は興味ないかも
しれないが」
「恋愛なんて主に苦痛だよ」
「恋の味を知らんやつめ」
自分とて知らないが、アキラは冗談めかしてそう言う。男と女はまだ話
している。
「大分読めてきたぜ、男のほうがツンデレか」
「素直じゃないってことか、何で分かるんだ」
「見れば分かる。きっと祝辞君は好きで好きでたまらないんだが、高等部
代表という肩書きの手前、堅物を装わなければいけないんだろう。人目の
ないところでは聞くのも恥ずかしいやり取りをしているに違いないわ」
「それはお前の想像だろ」
「推測だよ、十中八九事実だ」
「その自信の根源が知りたいよ。まあ、いいや。そろそろ行こう、あんま
り見てるのも悪いし」
「そうだな。新しいクラスが楽しみだ」
二人は連れたって、教室へ向かった。
生の入場が始まると、周りは静かになる。少し緊張しながら講堂に入った。
式は滞りなく進む。新入生の氏名が読み上げられる。校長が式辞を述べ
る。新入生の宣誓やら、来賓の祝辞やらが続く。アキラはじっとしている
のが段々苦痛になってきた。
高等部の代表が挨拶をする。当たり障りのない、無難なものである。口
調や物腰から歓迎する気持ちは伝わってくるのだが、どうも退屈する。欠
伸をかみ殺して、隣のケンにささやく。
「なあ、あそこのさ」
と言って、学校関係者の席の端に立っている二人をちらと見る。新入生
だが式に遅れたらしく、特別席で臨むことになったようである。
「可哀想だよな、足痛くねえのかな」
「黙ってろよ」
ケンは穏やかに言う。アキラは言葉に詰まってしぶしぶ祝辞に聞き入った。
式が終わった。
広場は混雑する。部活動や同好会の面々が勧誘に熱を入れている。ケン
はその喧騒にも無頓着で、人の群れを押しのけもせず、譲りもせず、空気
扱いにして進むので、アキラもついて行く。
「……熱いキスにしましょうよ!」
「黙れ変態!」
ふと奇妙な会話が聞こえたので、アキラは足を止めて、好奇の目でなに
やら言い合っている男女を見る。ケンを呼び止める。
「あの男のほう、祝辞君じゃないか」
「ああ、祝辞の人ね。仲がよさそうだな」
ケンの言うとおり、何やらもめている二人は、仲が悪いというより、大
声で言い合えるほど親密な関係なのだという印象を周囲に与えている。騒
がしくてよく聞き取れないが、言い寄る女を祝辞君が遠ざけようとして、
やりきれない、という構図らしい。
「まさに青春だよな、うらやましい。オレにも早く出会いが訪れないもん
かな」
「まだ高校生だからね、じっくり待てばいいんじゃないの」
「まあそうだけど、高校生のうちに不器用な恋を経験したいと思うわけだ
よ。それでこそ青春時代に彩りがつくってもんだろ。お前は興味ないかも
しれないが」
「恋愛なんて主に苦痛だよ」
「恋の味を知らんやつめ」
自分とて知らないが、アキラは冗談めかしてそう言う。男と女はまだ話
している。
「大分読めてきたぜ、男のほうがツンデレか」
「素直じゃないってことか、何で分かるんだ」
「見れば分かる。きっと祝辞君は好きで好きでたまらないんだが、高等部
代表という肩書きの手前、堅物を装わなければいけないんだろう。人目の
ないところでは聞くのも恥ずかしいやり取りをしているに違いないわ」
「それはお前の想像だろ」
「推測だよ、十中八九事実だ」
「その自信の根源が知りたいよ。まあ、いいや。そろそろ行こう、あんま
り見てるのも悪いし」
「そうだな。新しいクラスが楽しみだ」
二人は連れたって、教室へ向かった。
桜並木に春らしい風が吹いて花びらが美しく舞っているところを歩く。
アキラとケンとはさっきから口を閉ざしている。談笑しながら歩くのも好
きだが、こうして静かに並んでいるのも気持ちがいい。黙りたい時は平気
でいつまでも黙っていられるのが、俺たちの関係のいい所だ、とアキラは
思っている。ほかの奴とだと気まずくなって、何か言わなければならない
ような気がする。そして言いたくもないことを言って、どうでもいい会話
をするのである。
アキラは愉快であるが、心の隅にかすかな寂しさがあって、ちらちらと
幼友達の顔をうかがう。そして彼が入学式や高校生活に、何の感慨も持っ
ていないことを感じて、つくづく冷めた奴だと思う。
ケンは物事を一歩ひいた所から見ている。世の中に価値のあるものは一
つもないとでも思っているらしい。だから執着もしないし、動じることも
ない。超然としている。何が起きても大したことではない、どうでもいい
と思っているようである。
アキラは長い付き合いのうちにケンのこういう突き詰めた考えを観察し
て、もう慣れているが、時折寂しくなることがある。ケンが友情にさえ重
きを置いていないということは知っている。二人でいる時楽しければどう
でもいいことだと思う。ただ自分が急にいなくなっても、ケンは平静でい
られるのだと考えると寂しい気がする。
アキラは息を吐いて嫌な考えを振り払った。暗いことを考えるのは嫌い
である。面倒なことに頭を働かせるよりは、今を楽しむほうがいい。
「すごいため息だね、もう新しいクラスが心配になってきたのか」
「違うよ、ケンちゃんは冷たいけどいい奴だなと思ってね。つーか、何で
お前冷たいのにいい奴なんだ」
「その二つは必ずしも矛盾しないからだろ」
「いやそうだけど、オレが言いたいのはそういうことじゃないんです。お
前みたいな性格だと人生楽しんでる奴を見下したり嫉妬したりするのが普
通じゃないかなと思ってね。あとこの世界が下らないから滅ぼしてやろう
と思ったりとか。まともなのが不思議だ」
「言いたいことを言うやつだな。アキラの思い込みなんじゃないの、最後
のは小説の読みすぎとしか思えないし。オレがまともなのは、悪いことよ
り善いことが好きだからだよ」
「うん、まあ、そんなもんかな」
二人はまた黙って歩く。アキラは沈黙の内に友情を味わって、淡い喜び
を感じる。この瞬間をいつまでも保存しておきたいと思う。今が人生にお
ける最高の時だと思うのである。
とうとう教室に着く。賑やかな声のする扉をアキラが開けた。
アキラとケンとはさっきから口を閉ざしている。談笑しながら歩くのも好
きだが、こうして静かに並んでいるのも気持ちがいい。黙りたい時は平気
でいつまでも黙っていられるのが、俺たちの関係のいい所だ、とアキラは
思っている。ほかの奴とだと気まずくなって、何か言わなければならない
ような気がする。そして言いたくもないことを言って、どうでもいい会話
をするのである。
アキラは愉快であるが、心の隅にかすかな寂しさがあって、ちらちらと
幼友達の顔をうかがう。そして彼が入学式や高校生活に、何の感慨も持っ
ていないことを感じて、つくづく冷めた奴だと思う。
ケンは物事を一歩ひいた所から見ている。世の中に価値のあるものは一
つもないとでも思っているらしい。だから執着もしないし、動じることも
ない。超然としている。何が起きても大したことではない、どうでもいい
と思っているようである。
アキラは長い付き合いのうちにケンのこういう突き詰めた考えを観察し
て、もう慣れているが、時折寂しくなることがある。ケンが友情にさえ重
きを置いていないということは知っている。二人でいる時楽しければどう
でもいいことだと思う。ただ自分が急にいなくなっても、ケンは平静でい
られるのだと考えると寂しい気がする。
アキラは息を吐いて嫌な考えを振り払った。暗いことを考えるのは嫌い
である。面倒なことに頭を働かせるよりは、今を楽しむほうがいい。
「すごいため息だね、もう新しいクラスが心配になってきたのか」
「違うよ、ケンちゃんは冷たいけどいい奴だなと思ってね。つーか、何で
お前冷たいのにいい奴なんだ」
「その二つは必ずしも矛盾しないからだろ」
「いやそうだけど、オレが言いたいのはそういうことじゃないんです。お
前みたいな性格だと人生楽しんでる奴を見下したり嫉妬したりするのが普
通じゃないかなと思ってね。あとこの世界が下らないから滅ぼしてやろう
と思ったりとか。まともなのが不思議だ」
「言いたいことを言うやつだな。アキラの思い込みなんじゃないの、最後
のは小説の読みすぎとしか思えないし。オレがまともなのは、悪いことよ
り善いことが好きだからだよ」
「うん、まあ、そんなもんかな」
二人はまた黙って歩く。アキラは沈黙の内に友情を味わって、淡い喜び
を感じる。この瞬間をいつまでも保存しておきたいと思う。今が人生にお
ける最高の時だと思うのである。
とうとう教室に着く。賑やかな声のする扉をアキラが開けた。