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アイシクル エッジ

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アイシクル エッジ

     166 名前:アイシクル エッジ ◆FUs75gJ6A2 [sage] 投稿日:2009/07/26(日) 20:06:57

足元からひんやりとした空気が伝わって来る。
巷では長かった冬は去り春が訪れているけれど、ここは違う。
創発市の街外れにあるスケートリンクは通年営業で、リンクからの冷気は四六時中変わらない。

かなみは大きく深呼吸するとフォアスケーティングで滑り出した。
スピードが乗って着たらクロススケーティングでリンクに沿ってカーブを描く。
右足はインサイドエッジ、左足はアウトサイドエッジ。
フラットにならないように、出来るだけエッジを傾けてディープエッジを心掛けて。
カーブを曲がり切ったら右足で3を描くようにターン――スリーターンでバックスケーティングに移行する。
どんどん加速して行きながら、かなみは生唾を飲み込みながら後ろを振り向いた。
進行方向には誰もいない。

――よし、今だ!

カウンターで左足のアウトサイドエッジに体重を掛けると右足トウを氷面に勢い良く突き立てた。
左足のエッジは完全に離氷するまでアウトサイドカーブを描き、右足のトウが氷面から離れる。
かなみは手を胸辺りで交差させるとぎゅっと体幹を締めた。
一回転……二回転……三回転!
かなみは幅のある放物線を描き空を舞った。
着氷時の衝撃は膝を柔らかく使いスピードへと変えつつそのまま左足インエッジで踏み切る。
今度は高さ重視の放物線。
ピークまで来たらさらに伸び上がるように……一、二、三!

エッジは一度は氷を捉えるもののトウピックに弾かれてしまい、かなみは前のめりになり両手両膝を氷面に着けてしまった。
「後少し!回転軸は綺麗に作れているし、高さも上々。後は回転速度を上げれば飛べる!」
コーチの野太い声に、かなみは溜息を吐き立ち上がった。
氷の滓を軽く払い、かなみはゆっくりと滑りはじめた。

その日は今挑戦したトリプルルッツ-トリプルループは成功しなかった。
セカンドジャンプが回り切れずに前向き着氷になってしまうのだ。
後少し、もう少し。
コーチはそう言うけれど、それが難しいのだ。
後半回転回るのがどうしても出来ない。

ロッカーで意気消沈しながら着替えていると、後ろから脇腹を擽られた。
笑いを堪えつつ振り返ると、そこには背の低い女の子が悪戯気に口角の端をぴくりと挙げて笑顔を浮かべていた。

「元気ないじゃん、かなみん」
「んー、ジャンプのコンボなかなか出来なくて」
かなみが重いトーンで答えると少女はけたけたと大きな笑い声をあげた。
「簡単にはできないよ~、トリプルトリプルのコンボなんて。練習あるのみだって」
「でも、きりやんは飛べるじゃん?」
きりやんと呼ばれた少女は今度はぷぷうと吹き出した。
「あたしが飛べるのはトウループ-トウループだし~。難易度高くないもん。かなみんが飛びたいのはルッツ-ループでしょ?飛べる現役なんて一人しかいないじゃん」
きりやんはかなみの顔を覗き込んだ。
「簡単にジャンプが飛べたらみんな飛んでるよ~。飛べる人が少ないから価値があるんじゃん」
きりやんの言葉にかなみはこくりと頷いた。
「そうだよね、明日も頑張らなきゃ」
かなみは再び着替え始めた。
スケートリンクの貸し切り営業時間は限られている。
着替え終わるとかなみはきりやんと共にリンクを後にした。

「そうそう、かなみんとこって高校に体育科ってあるじゃん。かなみん、進路はそこ?」
駅までの途中できりやんが質問をしてきた。
「まさか!体育科なんて有り得ないよ!」
「そうなの~?ほら、うちらはさ、一応昨シーズンのJr.グランプリファイナルに出てるじゃん。体育科進学に有利なんじゃない?」
「ファイナルは選手権じゃ無いからね。それに、私達、世界Jr.に出られなかったじゃん。全日本Jr.で台に乗ったけれど、枠がひとつしか無かったからさ。
それに、高校に入ったとしても、部活でフィギュアやる訳じゃないし。ここのクラブを辞める気ないよ。それにね――」
かなみは夜空を見上げた。数多の星がキラキラと瞬いている。
かなみもきりやんもまだ中学三年生だ。
将来の可能性は星の数以上あるとかなみは思っている。
体育科を選択する事で可能性を限定してしまうかも知れないという不安があるし、まだまだモラトリアムでいたいのだ。
「綺麗だね~、星」
いつの間にかきりやんも星を見上げている。
アルデバラン、シリウス、プロキオン。
輝く星の名前をかなみは呟いた。
「ん~、なんか言った~?」
きりやんは語尾を伸ばす癖があるのと背の低さから子供っぽく見られるが、かなみと同い年で良きライバルだ。
「来シーズンは負けないからね、私」
「あたしだって!」

二人は顔を見合わせて笑った。
笑い声は夜空に吸い込まれて行った。



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