帰ってきた少年 ◆Ql27/Ynx16
「まいったね、こりゃ」
とある方面で有名な自動車整備工、阿部高和はそう呟いて肩を竦めた。
先程まで確かに馴染み客の車を愛情込めながら整備中だった筈、実際手にはレンチを締めていた感覚が未だに残る。
もうすぐいい音で鳴かせてやるぜと最後の一本を締め終えた瞬間、突然視界が闇に覆われて殺し合いを告げられた。
欲求不満が見せた白昼夢にしては現実感が有り過ぎる、とりあえず見守った結果が一人の少女の死であった。
先程まで確かに馴染み客の車を愛情込めながら整備中だった筈、実際手にはレンチを締めていた感覚が未だに残る。
もうすぐいい音で鳴かせてやるぜと最後の一本を締め終えた瞬間、突然視界が闇に覆われて殺し合いを告げられた。
欲求不満が見せた白昼夢にしては現実感が有り過ぎる、とりあえず見守った結果が一人の少女の死であった。
「どうやら夢や幻じゃあなさそうだ、全く酷い事をしやがるぜ。しかしここは何処だ?」
まず周囲は真っ暗闇だ、街灯一つ見当たらない。
代わりに届くのは絶えず打ち寄せる波の音と鼻を突く濃密な潮の臭い―――海の近くらしい。
そして闇の帳を切り裂いて規則正しく届く光。
平時では船乗りの航路を指し示すそれが短時間ながら視界を提供する。
見えたのは鉛色の海とそこに浮かぶコンクリートの大地―――突堤が彼の居る場所であった。
代わりに届くのは絶えず打ち寄せる波の音と鼻を突く濃密な潮の臭い―――海の近くらしい。
そして闇の帳を切り裂いて規則正しく届く光。
平時では船乗りの航路を指し示すそれが短時間ながら視界を提供する。
見えたのは鉛色の海とそこに浮かぶコンクリートの大地―――突堤が彼の居る場所であった。
「爆弾を頭ン中にか……そんな事が出来んのか?」
次にしたのは頭に手を伸ばす事、だが手術の跡どころか痛みすら一切感じない。
念の為首を振ってもやはり違和感は無い。
脳が非常にデリケートな臓器である事は子供でも知る常識だ。
少量の出血でも命に関わり専門病院の手術でも後遺症が残るケースが有る。
頭が吹き飛ぶ程の爆弾が埋め込まれて何の影響も無いなど在り得ない。
アダムとジェイミーなら『伝説はウソ』と結論付けるに決まっている。
だとすればブラフ―――少女の殺害方法は狙撃か何かで爆弾など存在しない、といった可能性が思い浮かぶが男は答えを保留する。
念の為首を振ってもやはり違和感は無い。
脳が非常にデリケートな臓器である事は子供でも知る常識だ。
少量の出血でも命に関わり専門病院の手術でも後遺症が残るケースが有る。
頭が吹き飛ぶ程の爆弾が埋め込まれて何の影響も無いなど在り得ない。
アダムとジェイミーなら『伝説はウソ』と結論付けるに決まっている。
だとすればブラフ―――少女の殺害方法は狙撃か何かで爆弾など存在しない、といった可能性が思い浮かぶが男は答えを保留する。
「ま、それについては後回しだ。あんな経験をさせられた後じゃあな……」
何ともいえない表情を浮かべる阿部高和。
見えない拘束、そして自らが足元から消えてゆくという怪奇現象。
オーガズム後の脱力とはまた違った喪失感、あれは手品やイリュージョンなどでは決して無い。
性豪と自負し日常を逸脱した経験もそれなりにあるがこのようなベクトルの違う世界に踏み入れるのは初めてだ。
見えない拘束、そして自らが足元から消えてゆくという怪奇現象。
オーガズム後の脱力とはまた違った喪失感、あれは手品やイリュージョンなどでは決して無い。
性豪と自負し日常を逸脱した経験もそれなりにあるがこのようなベクトルの違う世界に踏み入れるのは初めてだ。
「―――クセになっちまいそうだ」
つい口に出てしまうがそれは無視。
阿部が次に気にしたのは何時の間にか持たされていたデイバッグ。
先程の言葉通りならこの中に当面必要なものが詰まっている筈だ。
爆弾がハッタリかどうかはともかく仕事場から連れ去られた手段は見当も付かない。
気分は乗らないが今はコイツを頼りにするしかなさそうだと中を弄る。
手触りだけでペットボトルや食料らしき包み、書類や本が入っているのが知れる。
それだけを確かめ、阿部は足早にこの場を立ち去った。
阿部が次に気にしたのは何時の間にか持たされていたデイバッグ。
先程の言葉通りならこの中に当面必要なものが詰まっている筈だ。
爆弾がハッタリかどうかはともかく仕事場から連れ去られた手段は見当も付かない。
気分は乗らないが今はコイツを頼りにするしかなさそうだと中を弄る。
手触りだけでペットボトルや食料らしき包み、書類や本が入っているのが知れる。
それだけを確かめ、阿部は足早にこの場を立ち去った。
「全くとんだピクニックだぜ」
改めて説明するが今は深夜、灯りといえば一瞬だけ光る灯台のみだ。
暗闇の中で名簿やルールブックを確かめるも無い、かといって逃げ場の無い突堤で懐中電灯を使う程のんきでもない。
ひとまずは身を隠せる場所に移動して中を改める、阿部はその為にできるだけ足音を立てずに移動した。
暗闇の中で名簿やルールブックを確かめるも無い、かといって逃げ場の無い突堤で懐中電灯を使う程のんきでもない。
ひとまずは身を隠せる場所に移動して中を改める、阿部はその為にできるだけ足音を立てずに移動した。
※
びゅうびゅうと潮風が吹き付ける中、恐ろしい程人気の無い港を阿部は駆ける。
港湾とは基本日中のみ賑やかになる場所だ、今の時間帯は静まり返っている。
恐竜の様なクレーンが首を並べるコンテナ埠頭、点滅する航空障害灯はまるで獲物を狙う眼球だ。
ならばコンテナヤードは恐竜の巣かそれとも餌場か。
迷路のように積み上げられた幾百もの20ftコンテナ、長い船旅を待つそれらに身を潜ませるとようやく阿部は足を止めた。
ここなら光が漏れる心配はいらない、周囲を警戒しつつ素早くルールブックに目を走らせる。
港湾とは基本日中のみ賑やかになる場所だ、今の時間帯は静まり返っている。
恐竜の様なクレーンが首を並べるコンテナ埠頭、点滅する航空障害灯はまるで獲物を狙う眼球だ。
ならばコンテナヤードは恐竜の巣かそれとも餌場か。
迷路のように積み上げられた幾百もの20ftコンテナ、長い船旅を待つそれらに身を潜ませるとようやく阿部は足を止めた。
ここなら光が漏れる心配はいらない、周囲を警戒しつつ素早くルールブックに目を走らせる。
「六時間ごとの放送、それに禁止エリアか。随分と用意がいいもんだな」
確かめるまでもなかった、書かれていた事は結局平戸ロイヤルが宣言した事の繰り返しだ。
願いが叶うというのも使い古された文句だ、興味無くバッグに戻す。
次は地図、市販されてるものではないごく簡単なものだ。
手作りなのだろう、地図記号も縮尺表示も使われておらず少数の赤い点だけが施設を示している。
マス目ごとにエリア分けされているが雑過ぎて境界の判断に使うのは危なすぎる。
今は”G-6”と示されているデバイスとやらを併用するのが賢明だろう。
願いが叶うというのも使い古された文句だ、興味無くバッグに戻す。
次は地図、市販されてるものではないごく簡単なものだ。
手作りなのだろう、地図記号も縮尺表示も使われておらず少数の赤い点だけが施設を示している。
マス目ごとにエリア分けされているが雑過ぎて境界の判断に使うのは危なすぎる。
今は”G-6”と示されているデバイスとやらを併用するのが賢明だろう。
(それにしても―――)
地図を見てわかったのは会場の想像以上の広さだ。
突堤から走った距離と地図の上での移動距離を比べればおおよその見当は付く。
それに施設を見れば地方自治体をまるまる一つ使っているとしか思えない。
平戸ロイヤルという少女が何者かはともかくこれ程の会場を日本で確保するなど考えられない事だ。
唯一可能性があるのは原発事故の避難区域、だが地形がまるで違う。
突堤から走った距離と地図の上での移動距離を比べればおおよその見当は付く。
それに施設を見れば地方自治体をまるまる一つ使っているとしか思えない。
平戸ロイヤルという少女が何者かはともかくこれ程の会場を日本で確保するなど考えられない事だ。
唯一可能性があるのは原発事故の避難区域、だが地形がまるで違う。
(地図を信じるとしてだ、会場が広けりゃ広い程発覚の可能性が高まる。とてもじゃないが合理的とはほど遠いぜ)
阿部の疑問通り48人を殺し合わせるだけならこの会場は大げさ過ぎた、この半分、いや五分の一でも事足りる。
会場が広い程参加者の監視により多くの人材や設備を振り向ける必要があり費用も膨れ上がる。
加えて決着までの時間も伸び破綻するリスクも増大する、今背中を預けているコンテナにしろ荷役作業が待っている筈だ。
会場が広い程参加者の監視により多くの人材や設備を振り向ける必要があり費用も膨れ上がる。
加えて決着までの時間も伸び破綻するリスクも増大する、今背中を預けているコンテナにしろ荷役作業が待っている筈だ。
『五十七人分のエネルギーを集めるためさ』
少女が口にした動機は更に疑問だ。
これだけの会場を確保できるなら人を動かすなど顎先一つでできるだろう。
エネルギーとやらを集める手段は不明だが、世界的な経済危機で就職難の今こんな荒事をせずとも容易く人は確保できる。
身寄りの無いホームレスや不法滞在者を選んだ方が後々の面倒は少ない筈。
もちろん言っていた内容を正直に受け止める必要は無いものの、これだけ非合理な部分が見つかれば首を傾げざるを得ない。
これだけの会場を確保できるなら人を動かすなど顎先一つでできるだろう。
エネルギーとやらを集める手段は不明だが、世界的な経済危機で就職難の今こんな荒事をせずとも容易く人は確保できる。
身寄りの無いホームレスや不法滞在者を選んだ方が後々の面倒は少ない筈。
もちろん言っていた内容を正直に受け止める必要は無いものの、これだけ非合理な部分が見つかれば首を傾げざるを得ない。
(これ以上考えるのは無駄か、さすがに手掛かりが無さ過ぎる)
平戸ロイヤルが何者か、この催しの狙いが何かについて今すぐ答えを出す必要はない。
重要なのはいかにして生き延びるかだ。
地図を頭に叩き込み次は名簿の確認を―――と手を動かした時だった。
重要なのはいかにして生き延びるかだ。
地図を頭に叩き込み次は名簿の確認を―――と手を動かした時だった。
(うん?)
何かに気付いたのか阿部は動きを止めて顔を上げた。
海風に乗って何かが何かが聞こえたのか慎重に耳を澄ませる。
海風に乗って何かが何かが聞こえたのか慎重に耳を澄ませる。
話し声では無い。
足音でもない。
もちろんアノ音でも無い、そっちの方面ならば阿部は最初に気付いている。
擬音で現すなら『クチャクチャ』『ムグムグ』と何か必死にがっついているような音。
足音でもない。
もちろんアノ音でも無い、そっちの方面ならば阿部は最初に気付いている。
擬音で現すなら『クチャクチャ』『ムグムグ』と何か必死にがっついているような音。
(かなり近いな……野良犬でも居ンのか?)
風向きの関係で気付かなかったが音源は阿部の潜むコンテナとほど近い。
選択肢は二つ、確かめるか無視してこの場を離れるか。
予想通り野良犬として吠えられでもしたら厄介だ、仲間の犬や危ない連中がやってこないとも限らない。
だがすぐに阿部は気付く、音が聞こえてくるのは拳程度のコンテナ同士の隙間。
これなら安全に確認できそうだど隙間を覗き込む。
選択肢は二つ、確かめるか無視してこの場を離れるか。
予想通り野良犬として吠えられでもしたら厄介だ、仲間の犬や危ない連中がやってこないとも限らない。
だがすぐに阿部は気付く、音が聞こえてくるのは拳程度のコンテナ同士の隙間。
これなら安全に確認できそうだど隙間を覗き込む。
(どれどれ……何だアイツは?)
まだ完全に目が慣れてないので視界はぼんやりとしか利かない。
それでも何かが阿部の向こうで動いていた。
どうやら犬ではなさそうだ、姿かたちからして人間らしい。
それでも何かが阿部の向こうで動いていた。
どうやら犬ではなさそうだ、姿かたちからして人間らしい。
―――が、果たしてまともな人間といっていいものか?
ソレはどう見ても阿部とは異なる意味で普通とは違っていた。
いや、似たような存在なら各地で社会問題となっている。
だがそこに居るものは更に酷い存在であった。
ソレはどう見ても阿部とは異なる意味で普通とは違っていた。
いや、似たような存在なら各地で社会問題となっている。
だがそこに居るものは更に酷い存在であった。
次第に阿部の目が闇に慣れてゆく。
獲物を狙う鷹のような視線がその人影を鮮明に認識する。
獲物を狙う鷹のような視線がその人影を鮮明に認識する。
(……まさか本当にホームレスを集めてんのか?)
阿部が先の推測が当たっていたのかと思ったのも無理も無い。
ぼさぼさに伸び放題の髪。
同じく伸び放題で胸を隠すほど長い髭。
腰に巻いたボロ布の他、身に着けているものは何もない。
乞食、ルンペン、ホームレス……いや男の身なりは明らかにそれ以下。
阿部の視線にも気付かずその人影は夢中で支給品の食料を取り出しかぶり付く。
その姿は誰がどう見ても未開の土人であった。
ぼさぼさに伸び放題の髪。
同じく伸び放題で胸を隠すほど長い髭。
腰に巻いたボロ布の他、身に着けているものは何もない。
乞食、ルンペン、ホームレス……いや男の身なりは明らかにそれ以下。
阿部の視線にも気付かずその人影は夢中で支給品の食料を取り出しかぶり付く。
その姿は誰がどう見ても未開の土人であった。
「ムグッ!フグフグ!ウェッ!ゴクゴク……」
食べ急ぎ過ぎたのか男は苦しい表情を浮かべて喉に水を流し込む。
その足元には食料の包装があちこちに散らばっていた。
その足元には食料の包装があちこちに散らばっていた。
「フウッ……」
やがて男は満足したらしく腹を撫でながらため息を吐く。
顔を上げたその時だった、阿部と男の視線がかち合ったのは。
顔を上げたその時だった、阿部と男の視線がかち合ったのは。
「―――やあ、腹ン中はパンパンか?」
……とりあえず挨拶してみる。
驚きは向こうが大きかったらしい、まるでメガネザルのように目を大きく見開いて固まっていた。
驚きは向こうが大きかったらしい、まるでメガネザルのように目を大きく見開いて固まっていた。
※
返ってきたのは意味不明の叫びだった。
「ウォーッ!」だの「オーオー!」だの奇声と共に男はバッグを掴んでバネのように動き出す。
両者を隔てるコンテナの壁を猿のような動きで一気に登りきるとそのまま跳んで阿部の眼前に着地した。
「ウォーッ!」だの「オーオー!」だの奇声と共に男はバッグを掴んでバネのように動き出す。
両者を隔てるコンテナの壁を猿のような動きで一気に登りきるとそのまま跳んで阿部の眼前に着地した。
「アッ!ああ……っ」
その距離僅か2メートル、まさに至近。
風体は極めて異様、言葉が通じるかすら不明。
このような怪人野人にどう対処する?
恐らく大多数の常人は逃げるか危険を感じて攻撃するのではなかろうか。
風体は極めて異様、言葉が通じるかすら不明。
このような怪人野人にどう対処する?
恐らく大多数の常人は逃げるか危険を感じて攻撃するのではなかろうか。
だが阿部は違った。
どっしりと構え両手を大きく広げたのだ。
危害を加えるつもりは無いというメッセージ―――いや違う、もっと大きなものを含んでいる。
どっしりと構え両手を大きく広げたのだ。
危害を加えるつもりは無いというメッセージ―――いや違う、もっと大きなものを含んでいる。
「落ち着け、俺は何処にも逃げやしないさ」
人一倍愛情に敏感な彼は男に害意が無いと即座に見抜いた。
求愛は全身で受け止めるのが彼の信条、決して身なりなどに左右されない。
求愛は全身で受け止めるのが彼の信条、決して身なりなどに左右されない。
”おいで”
言葉はもう必要ない。
阿部の落ち着いた表情と堂々した態度、それ自体が万国共通の意思表示。
阿部の落ち着いた表情と堂々した態度、それ自体が万国共通の意思表示。
男は阿部に、他人に逃げられるのが怖かったのかもしれない。
たからこれ程必死の形相で迫ってきた。
しかし阿部は最高の形で男の予想を裏切った。
たからこれ程必死の形相で迫ってきた。
しかし阿部は最高の形で男の予想を裏切った。
「オ……オオオ……ッ!!」
ゆっくりと男が距離を詰める。
そして震えた手が伸ばされる。
阿部は動かない、全く嫌がるそぶりを見せずそれを胸で受け止める。
そして震えた手が伸ばされる。
阿部は動かない、全く嫌がるそぶりを見せずそれを胸で受け止める。
「そんなに寂しかったのか? もう心配要らないぜ」
男を突き動かしていたものは人恋しさ、阿部だからこそ気付けた相手の気持ち。
やがて男は胸に飛び込んできた、ゆっくりとその背中に腕を回す。
痩せたその身体は阿部よりも一回りも二回りも小さい。
やがて男は胸に飛び込んできた、ゆっくりとその背中に腕を回す。
痩せたその身体は阿部よりも一回りも二回りも小さい。
だが身に刻まれた苦労はどれ程のものか―――
浮き出たあばら。
長年日に焼か続けた浅黒い肌。
掌に感じるごわごわした皮膚の感触。
何も聞かずとも感じる全てが語っていた。
浮き出たあばら。
長年日に焼か続けた浅黒い肌。
掌に感じるごわごわした皮膚の感触。
何も聞かずとも感じる全てが語っていた。
これ以上の言葉は余計だった。
阿部は慈しむように男の身体をただ抱きしめる。
その胸の中で男はただ泣き続けた。
阿部は慈しむように男の身体をただ抱きしめる。
その胸の中で男はただ泣き続けた。
※
「落ち着いたか? 確か名前はのび太君だったな」
「はい、ノビ……のび太。それがぼくのなま……え」
「もう泣くな、男ならそう簡単に涙は見せないもんだ」
「はい、ノビ……のび太。それがぼくのなま……え」
「もう泣くな、男ならそう簡単に涙は見せないもんだ」
伸び放題の頭を撫でられてみすぼらしい男、のび太はぐずるのを堪える。
座り込んでいるその姿を優しい目で見詰めながら阿部は記憶を手繰り寄せていた。
座り込んでいるその姿を優しい目で見詰めながら阿部は記憶を手繰り寄せていた。
(野比……のび太ねえ。どこかで聞いた事があったかな)
落ち着くのを待って話しかけたところ幸いな事に彼は言葉を知らない土人では無かった。
ただずっと話す機会が無くなかなか言葉が出なかったらしい。
驚くべき事に10年前に家出して以来ずっと無人島で誰とも会わずに生きてきたという。
それが本当なら日本中の話題になる大ニュースだ、もっとも無事戻れたらの話だが。
ただずっと話す機会が無くなかなか言葉が出なかったらしい。
驚くべき事に10年前に家出して以来ずっと無人島で誰とも会わずに生きてきたという。
それが本当なら日本中の話題になる大ニュースだ、もっとも無事戻れたらの話だが。
「君が住んでいたのは東京都練馬区月見台で両親の名前は野比のび助、野比玉子だったよな」
「ええ……さっき話した通りです」
「ええ……さっき話した通りです」
10年経ってものび太はそれだけは忘れていなかった。
恐らく何千回、いや何万何十万回も頭の中で繰り返し続けてきたのだろう。
しっかりと頷いたのび太の顔を見ながら阿部はなんとか力になれないかと考える。
のび太の両親はもちろん阿部の知人ではない、だが手掛かりぐらいは無いだろうかと頭の中を掘り返す。
恐らく何千回、いや何万何十万回も頭の中で繰り返し続けてきたのだろう。
しっかりと頷いたのび太の顔を見ながら阿部はなんとか力になれないかと考える。
のび太の両親はもちろん阿部の知人ではない、だが手掛かりぐらいは無いだろうかと頭の中を掘り返す。
「10年か―――いろんな苦労があっただろう」
「はい……なんどもくじけそうになりました」
「はい……なんどもくじけそうになりました」
記憶を探る間、阿部はもっとのび太と話そうと決める。
「君を見ればわかるさ、その歯は一人で抜いたのか?」
「ええ、むひばができてだんだんいはくなってきてさいごはがはんできなくておもいきって」
「ええ、むひばができてだんだんいはくなってきてさいごはがはんできなくておもいきって」
話す度見えたのび太の口内は歯が何本も欠けていた。
薬も無く治療の方法も知らず手の施しようが無くなって自ら抜いたのだ。
そのせいか時々発音がおかしくなる、だが阿部は決してそれを言わない。
薬も無く治療の方法も知らず手の施しようが無くなって自ら抜いたのだ。
そのせいか時々発音がおかしくなる、だが阿部は決してそれを言わない。
「今は歯の医療も進歩してる、帰れば元通りに直るさ」
「はひ、あと木からおちたりころんだりひてたくはんひがでてきたほともあって」
「それも自分で何とかしたのか」
「はひ、あと木からおちたりころんだりひてたくはんひがでてきたほともあって」
「それも自分で何とかしたのか」
改めてのび太の身体を阿部は眺める。
日に焼けたせいで判りにくくなっているがミミズ腫れのような跡があちこちに見えた。
阿部から見える範囲だけでも十数個―――
その度にどれだけ痛みに苦しんでどれだけ泣いてどれだけ死を恐れたのだろうか。
化膿して敗血症で死ななかっだけでも幸運であった。
日に焼けたせいで判りにくくなっているがミミズ腫れのような跡があちこちに見えた。
阿部から見える範囲だけでも十数個―――
その度にどれだけ痛みに苦しんでどれだけ泣いてどれだけ死を恐れたのだろうか。
化膿して敗血症で死ななかっだけでも幸運であった。
「でもひぇんひぇんだいじょうぶでひた! ほらこのとおり……」
「ああそうだな、すまない黙ってしまって」
「ああそうだな、すまない黙ってしまって」
空気が重くなったのを察したのか今度はのび太の方が腕を上げて明るく振舞う。
きっと本来はとても優しい少年だったのだろうと阿部は思う。
きっと本来はとても優しい少年だったのだろうと阿部は思う。
「あっ、でもひとつだけわはらないことが……」
「うん?」
「うん?」
のび太の方でも話の種を考えていたのだろう、何かを思い出して困った表情を浮かべている。
しかし何か言いにくそうな雰囲気だ。
阿部はそのまま焦らずに待つ。
やがて意を決したらしくのび太は口を開きだした。
しかし何か言いにくそうな雰囲気だ。
阿部はそのまま焦らずに待つ。
やがて意を決したらしくのび太は口を開きだした。
「あの……はずかひいんだけどときどきへんな気分になることがはってそのままでいるとくるひくなって……」
「おやおや、どんな時にそんな気分になったんだい?」
「おやおや、どんな時にそんな気分になったんだい?」
顔を赤くしながら語るその内容は阿部ならずともピンとくるもの。
だが茶化すような事はしない優しい口調で微笑ましく返す。
だが茶化すような事はしない優しい口調で微笑ましく返す。
「はひ……しずかちゃんという友達のことをおもひいだすと……とくにおふろを……ときどきあれがおおひくなって……さわるとなぜかきもひよくて……」
「……そんなに気持ちよかったのか?」
「……そんなに気持ちよかったのか?」
のび太は真っ赤になって頷いた。
恐らく何度も繰り返しては事後戸惑っていたのかもしれない。
阿部は悩みを打ち明けられた養護教諭のように頷きながら聞いてゆく。
恐らく何度も繰り返しては事後戸惑っていたのかもしれない。
阿部は悩みを打ち明けられた養護教諭のように頷きながら聞いてゆく。
「あの……それでいひばんきもちよくなるときあそこから白いものがでてくるんですが……ぼくはびょうひなのですか?」
本当に心配した表情でのび太は聞いた。
何て事は無い、彼も年相応の性の悩みに苦しめられていたという事だ。
何て事は無い、彼も年相応の性の悩みに苦しめられていたという事だ。
「ははははははははっ!!! 本当に君は面白いな!!」
こらえきれなくなった阿部は大声で笑った。
そしてキョトンとしているのび太の股間に手を伸ばす。
そしてキョトンとしているのび太の股間に手を伸ばす。
「え!え!えっ!! 阿部さんへんなところさわらないで!」
「いやすまない! でもそれは病気じゃないんだ、みんなそうやって大人になっていくものさ!」
「いやすまない! でもそれは病気じゃないんだ、みんなそうやって大人になっていくものさ!」
思い切り慌てるのび太を大笑いしたまま阿部は股間から手を離す。
病気じゃないと言われてものび太は訳が判らないのか戸惑ったままだ。
病気じゃないと言われてものび太は訳が判らないのか戸惑ったままだ。
「今はこんな状況だからこうしよう! 君が無事家に戻れたら俺が手取り足取り大人の世界って奴を教えてやるよ!」
「は、はひ……おねがいします!」
「は、はひ……おねがいします!」
パンパンと力強く肩を叩かれてのび太は思わず頷いた。
大人の世界と言われても何をどうするのか全くわからないが何故か胸がドキドキする。
約束だとがっちり握手を交わして一つの絆が結ばれた。
大人の世界と言われても何をどうするのか全くわからないが何故か胸がドキドキする。
約束だとがっちり握手を交わして一つの絆が結ばれた。
「阿部さんはほんとうにおとななんだ……ぼくとはちがうぼくはからだだけおとなになって」
「いいやそれこそ違う、君はつらい状況でも諦めず生き抜いてきたやってきた。それは誰にも真似出来る事じゃあない」
「いいやそれこそ違う、君はつらい状況でも諦めず生き抜いてきたやってきた。それは誰にも真似出来る事じゃあない」
それに、と阿部は握手したのび太の手を開く。
「君の手は大人の手さ、この手は苦労を知っている。本当に誇っていいものだ」
「そんな、阿部さんの手こそすごくおおひくてりっぱだ」
「そんな、阿部さんの手こそすごくおおひくてりっぱだ」
大きさはまるで違えどとぢらもゴツゴツと力強く多くのタコがあり何かを刻んできたものだ。
掌と掌を合わせるとまるで心が通じ合った気分になる。
掌と掌を合わせるとまるで心が通じ合った気分になる。
「是非一緒に帰ろう!」
「はひ! なんとしてもかえりたいです!」
「はひ! なんとしてもかえりたいです!」
お互い顔を見合わせて笑う。
いい顔だ―――と阿部は思った。
彼は知らなかったがそれはひとりぼっちになって以来数年ぶりに見せた笑顔であった。
いい顔だ―――と阿部は思った。
彼は知らなかったがそれはひとりぼっちになって以来数年ぶりに見せた笑顔であった。
こうしてただ戸惑っていた二人にはっきりした目標が出来た。
何としても生き延びて東京に帰る。
その為にはいろいろ考えねばならない事もあるがその前に阿部は是非とも話さねばならない事があった。
何としても生き延びて東京に帰る。
その為にはいろいろ考えねばならない事もあるがその前に阿部は是非とも話さねばならない事があった。
「……今から話す事を聞いてくれないか?」
浮かれた雰囲気を断ち切る為、阿部は真剣な表情でのび太に向き直る。
実は先程から穿り返していた記憶に引っ掛かるものがあったのだ。
実は先程から穿り返していた記憶に引っ掛かるものがあったのだ。
※
「のび太君、俺は君の両親を知っているかもしれない」
「ほんとうですかっ!? きかせてください!!」
「ほんとうですかっ!? きかせてください!!」
その言葉は突然だった。
驚いたのび太が阿部の肩にすがり付く。
顔も見るのも嫌で家出した両親、だが今は会いたくてたまらない。
生きているのか病気などしてないか、せめて消息だけでも聞きたいと涙目で問う。
驚いたのび太が阿部の肩にすがり付く。
顔も見るのも嫌で家出した両親、だが今は会いたくてたまらない。
生きているのか病気などしてないか、せめて消息だけでも聞きたいと涙目で問う。
「直接知ってる訳じゃないし記憶違いかもしれない、俺が見たのは何年か前のテレビ番組だ」
正直阿部も話していいものか迷いがあった。
だが人生で最も大事な時間を孤独に過ごしたのび太と話すうちにやはり黙っている訳にはいかないと腹をくくった。
だが人生で最も大事な時間を孤独に過ごしたのび太と話すうちにやはり黙っている訳にはいかないと腹をくくった。
数年前に一度見ただけの記憶、行方不明になった子供達の情報提供を呼びかける特別番組だ。
姿を消して何年にもなるが家族の時間は止まったまま。
その中で紹介されたある夫婦が阿部の印象に残っていた。
姿を消して何年にもなるが家族の時間は止まったまま。
その中で紹介されたある夫婦が阿部の印象に残っていた。
「仕事場でたまたま目にしたテレビなんであまり覚えちゃいないんだが……眼鏡の女性が必死にチラシを配ってたな」
道行く通行人に相手されず、それでもお願いしますお願いしますと何度も頭を下げるその姿。
よほど心労に苦しめられたのか女性は年齢以上に老けて見えた。
白髪交じりの髪と顔に刻まれた皺がそれだけ息子に向けられた愛情を示していた。
父親の方は出張の度に何十枚ものポスターを貼っているとナレーターが語っていた。
よほど心労に苦しめられたのか女性は年齢以上に老けて見えた。
白髪交じりの髪と顔に刻まれた皺がそれだけ息子に向けられた愛情を示していた。
父親の方は出張の度に何十枚ものポスターを貼っているとナレーターが語っていた。
その女性が本当にのび太の母玉子だったのか今となっては確かめようがない。
阿部も子供と両親の名前までははっきり思い出せなかった。
ただ目の前の元少年と母親の印象が似ていたなと感じたにすぎない。
阿部も子供と両親の名前までははっきり思い出せなかった。
ただ目の前の元少年と母親の印象が似ていたなと感じたにすぎない。
そんな不確かな情報を話す気になったのはどんなに可能性が低くても本当にのび太の両親だったらと考えたからだ。
もちろん心が痛まないでもない、しかし『きっと違う』と決め付けて黙れば阿部は必ず後悔する。
する後悔よりしない後悔、どんな僅かな消息でものび太には伝えてやりたかった。
もちろん心が痛まないでもない、しかし『きっと違う』と決め付けて黙れば阿部は必ず後悔する。
する後悔よりしない後悔、どんな僅かな消息でものび太には伝えてやりたかった。
それに卑怯な言い方だが間違いであったとしてものび太が帰る後押しになる。
『両親は君の事を忘れちゃいない、こんなに苦労して今も探し続けてくれている。だから何としても家に帰れ』
事実がどうであれメッセージは伝わる、そういう判断もあった。
よりのび太を奮い立たせる為の励まし、悪く言えば嘘も方便だ。
だが―――その内容に一つの落とし穴がある事に阿部は気付いていなかった。
よりのび太を奮い立たせる為の励まし、悪く言えば嘘も方便だ。
だが―――その内容に一つの落とし穴がある事に阿部は気付いていなかった。
「……ドラえもんは?ドラえもんは出なかったんですか!?」
「ドラえもん? 誰だそりゃ? 俺が見たのはそれが全てだ」
「そんな!ドラえもんはいったいなんで……なんでっ!」
「ドラえもん? 誰だそりゃ? 俺が見たのはそれが全てだ」
「そんな!ドラえもんはいったいなんで……なんでっ!」
何故か突然のび太が叫びだした。
両親の消息に心を痛めるとは思っていたがそれは全く予想だにしない反応であった。
ドラえもんドラえもんと何度もその名前を出して心当たりは無いかと必死で尋ねる。
両親の消息に心を痛めるとは思っていたがそれは全く予想だにしない反応であった。
ドラえもんドラえもんと何度もその名前を出して心当たりは無いかと必死で尋ねる。
「うちにはドラえもんがいたはずなんです! ぼくをさがすためならぜったいでてきてくれるはずなんです!」
「……すまん」
「……すまん」
そんな事を言われても阿部には答えられない。
ただ黙ってこの哀れな元少年の叫びを受け止めるしかなかった。
むしろその反応に戸惑っていた。
両親以外に親しい人物がいたとしてもわざわざその手の番組には映らない。
だが一緒に心配して待っていてくれている、普通はそう考えるのがのび太は明らかに違っていた。
ただ黙ってこの哀れな元少年の叫びを受け止めるしかなかった。
むしろその反応に戸惑っていた。
両親以外に親しい人物がいたとしてもわざわざその手の番組には映らない。
だが一緒に心配して待っていてくれている、普通はそう考えるのがのび太は明らかに違っていた。
(そういや何度もドラえもんは助けに来てくれなかったと言ってたな)
阿部の行為を軽率と責めるのは酷だろう。
彼はのび太とドラえもんの関係を知らない。
当然ひみつ道具、二十二世紀の事など知る訳が無い。
だからその道具を使えば自分を助けられた、パパとママを苦しめなくてすんだとは気付けない。
ただその話し振りからしてよほどの仲だったんだろう事は判る。
胸騒ぎがして先程確認できなかった名簿を取り出し確かめる。
目的の名はすぐに見つかった。
彼はのび太とドラえもんの関係を知らない。
当然ひみつ道具、二十二世紀の事など知る訳が無い。
だからその道具を使えば自分を助けられた、パパとママを苦しめなくてすんだとは気付けない。
ただその話し振りからしてよほどの仲だったんだろう事は判る。
胸騒ぎがして先程確認できなかった名簿を取り出し確かめる。
目的の名はすぐに見つかった。
「……居たぜ、そのドラえもんが」
「え?」
「え?」
差し出された名簿をのび太は割れた眼鏡で凝視した。
空気が凍り付き沈黙がその場を支配する。
空気が凍り付き沈黙がその場を支配する。
”ドラえもん” ”骨川スネ夫” ””剛田武” ”出木杉英才”
それは全て子供のまま大人になった少年のかっての友達の名であった。
10年もの間信じ続けながら何の手も差し伸べてくれなかった名前。
ずっと会いたかった、けど会いに来てくれなかった。
10年もの間信じ続けながら何の手も差し伸べてくれなかった名前。
ずっと会いたかった、けど会いに来てくれなかった。
手を付いて名簿を覗き込むのび太からボロボロと涙が落ちてゆく。
やがて全身を震わせながら長い沈黙が破られる。
やがて全身を震わせながら長い沈黙が破られる。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
―――慟哭が響いた。
【G-6・港湾/1日目・深夜】
【阿部高和@くそみそテクニック】
【状態】健康
【装備】 なし
【持ち物】基本支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本: 殺し合いから脱出する
1: まずい事をしちまったか!?
2: のび太を両親と会わせてやりたい
3: のび太が落ち着いたら支給品を確かめる
【備考】
※参戦時期は原作終了後
※阿部が見た番組が本当にのび太の両親のものかは不明です。
【阿部高和@くそみそテクニック】
【状態】健康
【装備】 なし
【持ち物】基本支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本: 殺し合いから脱出する
1: まずい事をしちまったか!?
2: のび太を両親と会わせてやりたい
3: のび太が落ち着いたら支給品を確かめる
【備考】
※参戦時期は原作終了後
※阿部が見た番組が本当にのび太の両親のものかは不明です。
【野比のび太@ドラえもん】
【状態】健康(21才の姿、半裸)、精神的に不安定
【装備】 なし
【持ち物】 基本支給品一式(食料をかなり消費)、不明支給品1~3
【思考】
基本: 家に帰ってパパとママに会いたい!
1: ドラえもん、何で助けに来てくれなかったの!?
2: 阿部さんと会えてよかった
3: スネ夫やジャイアンに会ったら……
【備考】
※参戦時期は単行本14巻「無人島へ家出」でドラえもんに救助される直前
【状態】健康(21才の姿、半裸)、精神的に不安定
【装備】 なし
【持ち物】 基本支給品一式(食料をかなり消費)、不明支給品1~3
【思考】
基本: 家に帰ってパパとママに会いたい!
1: ドラえもん、何で助けに来てくれなかったの!?
2: 阿部さんと会えてよかった
3: スネ夫やジャイアンに会ったら……
【備考】
※参戦時期は単行本14巻「無人島へ家出」でドラえもんに救助される直前
時系列順で読む
投下順で読む
キャラを追って読む
| 行動開始 | 阿部高和 | 薔薇色の世界 |
| 行動開始 | 野比のび太 |