前章 ◆Ql27/Ynx16
体の芯までも氷結させる冷気が全てを覆い尽くしていた。
将軍に例えられる冬の気団は日に日に勢力を盛り返し最盛期に達しつつあった。
将軍に例えられる冬の気団は日に日に勢力を盛り返し最盛期に達しつつあった。
この土地は荒涼としていた。
ここに住んで家を構えていた人間の生活の跡は消え失せていた。
往来はもう往来ではなく、鉄道線路はもう鉄道線路ではなかった。
商店は爆弾で粉砕され、砲撃によって破壊されていた。
ここに住んで家を構えていた人間の生活の跡は消え失せていた。
往来はもう往来ではなく、鉄道線路はもう鉄道線路ではなかった。
商店は爆弾で粉砕され、砲撃によって破壊されていた。
そして廃墟だけが残っていた。
住民はその廃墟から離れ去ってしまったのだった。
住民に代わってここにやってきたドイツの兵隊には住むべき家が無かった。
住民はその廃墟から離れ去ってしまったのだった。
住民に代わってここにやってきたドイツの兵隊には住むべき家が無かった。
幕僚は地下壕に住み、兵達はより敵の近く、瓦礫となったビルディングの廃墟に住み、時には下水道で寝た。
人間がこの時のようにこんなに沢山ドン河とヴォルガ河との間に現れた事はこれまでに一度もなかった。
そしてこんなに沢山の人間が死ぬことも今までに一度もなかった。
人間がこの時のようにこんなに沢山ドン河とヴォルガ河との間に現れた事はこれまでに一度もなかった。
そしてこんなに沢山の人間が死ぬことも今までに一度もなかった。
空腹と寒さ。
兵士の群れは雪と瓦礫の中に押し込められ、後方との連絡は無く、群れと群れとの間の連絡さえ無いところがあった。
そして西方から来るはずの友軍は敗走しつつあって、呼応して囲みを食い破る唯一の機会は死守命令に固執する司令官によって失われた。
最悪のクリスマスの日、スターリングラードの将兵三十三万の命運は決定付けられた。
兵士の群れは雪と瓦礫の中に押し込められ、後方との連絡は無く、群れと群れとの間の連絡さえ無いところがあった。
そして西方から来るはずの友軍は敗走しつつあって、呼応して囲みを食い破る唯一の機会は死守命令に固執する司令官によって失われた。
最悪のクリスマスの日、スターリングラードの将兵三十三万の命運は決定付けられた。
1942年の12月はあと数日で終わろうとしていた―――
※
日に日に寒さは強まり気温は零下二十度から二十五度或いは二十八度に下った。
十二月半ばには食料はもっと少なくなり、分配される口糧は僅かとなった。
前線の部隊では決められた糧食の半分しか受け取らなかった。
それで橇を引く馬が次々に殺されなければならなかった。
十二月半ばには食料はもっと少なくなり、分配される口糧は僅かとなった。
前線の部隊では決められた糧食の半分しか受け取らなかった。
それで橇を引く馬が次々に殺されなければならなかった。
そのような有様でルドル・フォン・シュトロハイム大佐はこのクリスマスを迎えた。
清潔な宿舎、耐えられる気温、暖かな衣服……それは是非とも必要であった。
しかし彼らは前線の地下壕で聖夜を過ごさねばならなかった。
しかし彼らは前線の地下壕で聖夜を過ごさねばならなかった。
ドイツのクリスマス。蝋燭の火に輝くクリスマスツリー、胡桃、胡椒入りの菓子、銀色の飾り、
金色の翼のある天使、焼き林檎の香り、黄色い色をした鵞鳥の焼肉、プレゼントを乗せたテーブルと子供達の笑い声……
そして大人も皆また子供になる。
シュトロハイム大佐もこの日の特別な意義の事を考えた。
部下のカイル少佐もそうであった。
まだいる馬は非常に必要であったが、少なくともこの日には部下達の空腹を満たすことが出来るように大佐は馬を一頭殺させた。
特別に五人に一枚づつ分けてやることができるだけのチョコレートを糧食部から受け取ったのだった。
金色の翼のある天使、焼き林檎の香り、黄色い色をした鵞鳥の焼肉、プレゼントを乗せたテーブルと子供達の笑い声……
そして大人も皆また子供になる。
シュトロハイム大佐もこの日の特別な意義の事を考えた。
部下のカイル少佐もそうであった。
まだいる馬は非常に必要であったが、少なくともこの日には部下達の空腹を満たすことが出来るように大佐は馬を一頭殺させた。
特別に五人に一枚づつ分けてやることができるだけのチョコレートを糧食部から受け取ったのだった。
「さあ、どうだね?」
大佐は訪ねた。
「ええ、すっかり満足です!」
「暖かいここにいられるだけで結構です!」
「暖かいここにいられるだけで結構です!」
それがシュトロハイム大佐が聞く事のできた答えであった。
彼らはクリスマスであったからヒンデンブルク燈を点けていた。
それは獣脂を詰めた小さい厚紙の箱の中に芯を立てたものであって、一時間は燃え、それから全てのものを深い暗闇に突き落とすであろうと思われた。
彼らはクリスマスであったからヒンデンブルク燈を点けていた。
それは獣脂を詰めた小さい厚紙の箱の中に芯を立てたものであって、一時間は燃え、それから全てのものを深い暗闇に突き落とすであろうと思われた。
努めて明るく振舞おうとする部下達を眺めて大佐自身もスープを口に運ぶ。
疲れ果てた馬では脂肪の無いスープができるだけであった、しかしそれでも寒さと飢餓に悩まされる枢軸軍の中ではましな方であった。
思うように動かない義手に悩まされながら一口一口と命のスープを味わって飲み込む。
疲れ果てた馬では脂肪の無いスープができるだけであった、しかしそれでも寒さと飢餓に悩まされる枢軸軍の中ではましな方であった。
思うように動かない義手に悩まされながら一口一口と命のスープを味わって飲み込む。
補給は包囲網を突破した輸送機だけが全てであった。
ゲーリングが空から将兵を養うと豪語したそれはスターリングラードをぐるりと取り巻いた高射砲によって消耗し、
そしてつい先日飛行場にソヴィエト軍が殺到して飛び立てぬまま破壊され尽くした。
義手の交換部品もとうの昔に途絶え、酷使された義肢その他も満足に動かずシュトロハイムは杖に頼らればならなかった。
ゲーリングが空から将兵を養うと豪語したそれはスターリングラードをぐるりと取り巻いた高射砲によって消耗し、
そしてつい先日飛行場にソヴィエト軍が殺到して飛び立てぬまま破壊され尽くした。
義手の交換部品もとうの昔に途絶え、酷使された義肢その他も満足に動かずシュトロハイムは杖に頼らればならなかった。
「どうですか大佐?」
「ほう、まだコニャックなどというものが残っていたのか」
「ほう、まだコニャックなどというものが残っていたのか」
スープを飲み終えて器を下げさせるとカイル少佐が瓶を差し出してきた。
「最後の一本です、以前手に入れた時ずっと取っておいたものですよ」
「それをここで出すのか、君の性格なら最後の審判まで仕舞い込んでいそうなものだが」
「ええ、だから今大佐と飲もうと思いまして!」
「それをここで出すのか、君の性格なら最後の審判まで仕舞い込んでいそうなものだが」
「ええ、だから今大佐と飲もうと思いまして!」
瓶を振ると互いに一口か二口飲めば終わりの残量だった。
コップに分けると同時に喉に流し込む。
コップに分けると同時に喉に流し込む。
「大佐はどうすれば我々が助かると思います?」
笑いながらカイル少佐がシュトロハイムに訪ねる。
絶望的な現状は骨の髄に染み込むほど二人は理解していた。
この時スターリングラードを包囲する赤軍は百七十万、戦車八九四両、火砲一万三五四一門、航空機一一一五機に達していた。
正確な数字まで知るよしもなかったが膨大な敵兵に囲まれ、その輪が締め上げられている事は疑いようも無い。
もはや笑い飛ばす事だけが精一杯の抵抗という状況であった。
絶望的な現状は骨の髄に染み込むほど二人は理解していた。
この時スターリングラードを包囲する赤軍は百七十万、戦車八九四両、火砲一万三五四一門、航空機一一一五機に達していた。
正確な数字まで知るよしもなかったが膨大な敵兵に囲まれ、その輪が締め上げられている事は疑いようも無い。
もはや笑い飛ばす事だけが精一杯の抵抗という状況であった。
「フフッ、我々が持ちこたえていれば日本の連中が助けに来てくれるかもな」
「そうなればいいですね! 彼らはちょうど一年前に真珠湾を攻撃して世界中を驚かせた、もっとも陸はそれほどでもないようですが」
「司令部の連中にそんな事を言う奴がいたのでな、人間追い詰められれば何にでも縋りたくなるものだ。それでは君の考えはどうかね?」
「そうなればいいですね! 彼らはちょうど一年前に真珠湾を攻撃して世界中を驚かせた、もっとも陸はそれほどでもないようですが」
「司令部の連中にそんな事を言う奴がいたのでな、人間追い詰められれば何にでも縋りたくなるものだ。それでは君の考えはどうかね?」
シュトロハイムも共に笑う。
どうやら前々からその幕僚を笑いたかったようだ。
どうやら前々からその幕僚を笑いたかったようだ。
「……ウラニウム爆弾です、大佐は話を聞いた事がありませんか?」
「話だけはな、我が帝国でも研究は進めているようだが胡散臭い目で見る連中も少なからずいるぞ」
「話だけはな、我が帝国でも研究は進めているようだが胡散臭い目で見る連中も少なからずいるぞ」
ウラン235の核分裂は戦争が始まる以前に知られていた。
何しろ核分裂の発見者はドイツ人の科学者オットー・ハーンであった。
しかし原子爆弾の可能性については指導者層の理解が遅れ、さほど力は入れられていなかった。
アメリカでも開発が進められているらしいとはドイツも掴んでいたがその実態については全く掴めてはいなかった。
何しろ核分裂の発見者はドイツ人の科学者オットー・ハーンであった。
しかし原子爆弾の可能性については指導者層の理解が遅れ、さほど力は入れられていなかった。
アメリカでも開発が進められているらしいとはドイツも掴んでいたがその実態については全く掴めてはいなかった。
「仮に科学者連中がそれを完成させたらこんな街など消し飛ぶのか、泥沼の戦いなどせずに済んだと思うか?」
その問いにカイル少佐は前を見たまま頷いた。
「ええ、最初にそれを完成させた国が勝者になるでしょう。そして戦争そのものが様代わりするかもしれません」
「ふん、爆弾一発で勝敗が決まる世界か。今とどちらがマシか知りたいものだな」
「間違いなく将来ですね、こんなに苦しまず一瞬で死ねるのですから」
「ふん、爆弾一発で勝敗が決まる世界か。今とどちらがマシか知りたいものだな」
「間違いなく将来ですね、こんなに苦しまず一瞬で死ねるのですから」
先の大戦では航空機と戦車が出現し、一層の殺戮をもたらした。
そして理論のみではあるが原子のエネルギーが近い将来加わろうとしている。
だがその力を第三帝国と外国のどちらが先に手にするのか恐らく知る事はできないだろうと二人共思っていた。
今彼らに出来るのは可能な限りソヴィエトの軍勢をスターリングラードに貼り付け、ドン河西方で赤軍の攻勢を受ける
エーリヒ・フォン・マンシュタイン元帥率いるドン軍集団、A軍集団、B軍集団の撤退と再編する時間を稼ぐ事であった。
そして理論のみではあるが原子のエネルギーが近い将来加わろうとしている。
だがその力を第三帝国と外国のどちらが先に手にするのか恐らく知る事はできないだろうと二人共思っていた。
今彼らに出来るのは可能な限りソヴィエトの軍勢をスターリングラードに貼り付け、ドン河西方で赤軍の攻勢を受ける
エーリヒ・フォン・マンシュタイン元帥率いるドン軍集団、A軍集団、B軍集団の撤退と再編する時間を稼ぐ事であった。
「明日も早い……部下達も早く眠るように言っておけ」
「はい大佐、それとくだらない話を聞いてくれてありがとうございました」
「はい大佐、それとくだらない話を聞いてくれてありがとうございました」
シュトロハイムは無言で頷くと地下壕の自室へと歩き出す。
戦争が起きなければカイル少佐は優秀な科学者であったかもしれない、だがそれはもはや適わぬ事だ。
途中先ほどの兵達の前を通ったが歩哨に立つ者以外は皆折り重なって眠りについた所であった。
お互いの体温が少しでも逃げないようにするにはそれが最も有効であったからだった。
時折故郷の婚約者や母親の名を口にする彼らを一瞥し、シュトロハイムもまた泥の様に眠りへとついた。
戦争が起きなければカイル少佐は優秀な科学者であったかもしれない、だがそれはもはや適わぬ事だ。
途中先ほどの兵達の前を通ったが歩哨に立つ者以外は皆折り重なって眠りについた所であった。
お互いの体温が少しでも逃げないようにするにはそれが最も有効であったからだった。
時折故郷の婚約者や母親の名を口にする彼らを一瞥し、シュトロハイムもまた泥の様に眠りへとついた。
※
ソヴィエト軍の総攻撃が目前に迫っていた。
朝、さっぱりと顔を洗い髭を剃って(その水はソヴィエトの狙撃主に知られている道を通って水溜まりから運んでこなけばならなかった)、
結氷したヴォルガ河を眺めようと思った。
ビルディングの残骸から河の方を見やった時、シュトロハイムは対岸の長砲身砲列の砲口から出る赤い火を認めた。
十までは数える事が出来るか出来ないかのうちに二十四㎝の砲弾は落下して炸裂し、
一軒の家は爆破されて飛散するコンクリートの破片と角材と鉄とブリキの破片とに変わってしまった。
近くに砲弾が改めて落下し、足の下の床が揺れ動き、煙が立ち昇り、今まであった家の代わりに梁や柱が突き出ている石の残骸が砂塵の間から現れ、
四階の鉄の支柱に人間の胴が突き刺さっているのが見え、今しがたその家の前を通り過ぎた歩兵達の足が跳ね跳んで薔薇色の点々となって壁にくっついているのが見えた。
結氷したヴォルガ河を眺めようと思った。
ビルディングの残骸から河の方を見やった時、シュトロハイムは対岸の長砲身砲列の砲口から出る赤い火を認めた。
十までは数える事が出来るか出来ないかのうちに二十四㎝の砲弾は落下して炸裂し、
一軒の家は爆破されて飛散するコンクリートの破片と角材と鉄とブリキの破片とに変わってしまった。
近くに砲弾が改めて落下し、足の下の床が揺れ動き、煙が立ち昇り、今まであった家の代わりに梁や柱が突き出ている石の残骸が砂塵の間から現れ、
四階の鉄の支柱に人間の胴が突き刺さっているのが見え、今しがたその家の前を通り過ぎた歩兵達の足が跳ね跳んで薔薇色の点々となって壁にくっついているのが見えた。
ビルディングの残骸からさほど遠くないところには部下達がいた。
彼らは一群になってスターリングラードの下水装置の一つの狭い所にうずくまっていた。
彼らは今しがた夜の仕事から戻ってきたところであった。
食事を取り始めた最中だったためまだ残りが膝の上に乗っていた。
砲撃が始まった時、彼らは叫び声を上げてこの轟音を打ち消そうとした。
食器が打ち鳴らされ、ある者はハーモニカを吹き、次の者はそれに合わせて櫛を吹き、他の者達は歌を歌った。
それば酷い爆発が大地を揺り動かし、泥濘と濃い煙と漆喰の埃とがあたりに一杯になるまで続いた。
彼らは一群になってスターリングラードの下水装置の一つの狭い所にうずくまっていた。
彼らは今しがた夜の仕事から戻ってきたところであった。
食事を取り始めた最中だったためまだ残りが膝の上に乗っていた。
砲撃が始まった時、彼らは叫び声を上げてこの轟音を打ち消そうとした。
食器が打ち鳴らされ、ある者はハーモニカを吹き、次の者はそれに合わせて櫛を吹き、他の者達は歌を歌った。
それば酷い爆発が大地を揺り動かし、泥濘と濃い煙と漆喰の埃とがあたりに一杯になるまで続いた。
全前線で火の舌があらゆるものを舐め尽くした。
ソヴィエトの砲兵が数千トンの灼熱した金属を包囲地域に撃ちこみ、人間は粉砕され、焙られ、呼吸を止められ、
引き裂かれ、埋められ、四十メートルも空中に投げ上げられ、家の残骸は崩壊し、地面は煮えくり返った。
地下壕に満ち溢れている瀕死の兵は地面の裂け目に体を押し込み、顔を大地に押し付けていて砲撃が終わるのを待っていた。
ソヴィエトの砲兵が数千トンの灼熱した金属を包囲地域に撃ちこみ、人間は粉砕され、焙られ、呼吸を止められ、
引き裂かれ、埋められ、四十メートルも空中に投げ上げられ、家の残骸は崩壊し、地面は煮えくり返った。
地下壕に満ち溢れている瀕死の兵は地面の裂け目に体を押し込み、顔を大地に押し付けていて砲撃が終わるのを待っていた。
砲撃は三十分続いた。
その後から始まった迫撃砲とロケット砲による砲撃は三時間続いた。
それでもまだ三時間―――三時間の歩兵と戦車の攻撃が残っていた。
その後から始まった迫撃砲とロケット砲による砲撃は三時間続いた。
それでもまだ三時間―――三時間の歩兵と戦車の攻撃が残っていた。
三時間半もの砲撃!
シュトロハイムはそれがどんなものであるか知っている。
砲弾が飛び交い炸裂する大掛かりな音やばらばら落ちてくる弾丸、破片の雨に耐えられないで絶え間なく落下する榴弾から吐き出される
大量の煙の中で隠れ場所から跳び上がる者は十人のうちの九人までは死ぬか或いは負傷して部隊から失われる事を彼はよく知っていた。
迫撃砲の砲火の中で放心してしまった大隊は九十パーセントまでの損害を被り、地面の裂け目や落下した砲弾によって出来た地面の窪みに
潜んで同じ迫撃砲の砲火の中で辛抱していた他の大隊は三パーセントの損害を受けて危機を脱した。
シュトロハイムはその事を知っていて迫撃砲の砲撃が長く続いて隠れ場所から飛び出したい欲望が不可抗的になりそうになった時には、
両手を用いて懸命に地面にしがみつかなければならないことを知っていた。
砲弾が飛び交い炸裂する大掛かりな音やばらばら落ちてくる弾丸、破片の雨に耐えられないで絶え間なく落下する榴弾から吐き出される
大量の煙の中で隠れ場所から跳び上がる者は十人のうちの九人までは死ぬか或いは負傷して部隊から失われる事を彼はよく知っていた。
迫撃砲の砲火の中で放心してしまった大隊は九十パーセントまでの損害を被り、地面の裂け目や落下した砲弾によって出来た地面の窪みに
潜んで同じ迫撃砲の砲火の中で辛抱していた他の大隊は三パーセントの損害を受けて危機を脱した。
シュトロハイムはその事を知っていて迫撃砲の砲撃が長く続いて隠れ場所から飛び出したい欲望が不可抗的になりそうになった時には、
両手を用いて懸命に地面にしがみつかなければならないことを知っていた。
それは際限無く荒れ狂い固い地面が砕かれて瀑布のように降り注いだ。
砲撃の終わるのは見極めがたく終わりというものがあり得ることも忘れられていた!
そこでは様々な現象が起こった、兵士達の或る者は正気を失って放心し、或る者は泣き叫ぶ発作、祈祷、我知らず垂れ流すこと、
そのような事が古参の兵士にも後方勤務の仕事をしていた新参の兵にも起こった。
砲撃の終わるのは見極めがたく終わりというものがあり得ることも忘れられていた!
そこでは様々な現象が起こった、兵士達の或る者は正気を失って放心し、或る者は泣き叫ぶ発作、祈祷、我知らず垂れ流すこと、
そのような事が古参の兵士にも後方勤務の仕事をしていた新参の兵にも起こった。
シュトロハイムは地面の亀裂を這いながら数時間かけて部下達の潜む地下壕の入り口に辿り着いた。
そこでは死につつある人の嗚咽が砲撃に混じりながらも耳に届いた。
その嗚咽のする方に向かうと単調な問いの言葉と力ない返答の言葉とを聞き、壕の中で倒れている兵の体の上に身を屈めて跪いている人物が見えた。
その軍服の上着からは銀の鎖が光ってぶら下がり、その鎖の端には十字架増が付いているのが見えた。
大佐が近づくと死につつある兵士は縋るような目で喉をごろごろと鳴らした。
そこでは死につつある人の嗚咽が砲撃に混じりながらも耳に届いた。
その嗚咽のする方に向かうと単調な問いの言葉と力ない返答の言葉とを聞き、壕の中で倒れている兵の体の上に身を屈めて跪いている人物が見えた。
その軍服の上着からは銀の鎖が光ってぶら下がり、その鎖の端には十字架増が付いているのが見えた。
大佐が近づくと死につつある兵士は縋るような目で喉をごろごろと鳴らした。
「大佐殿、どうぞ私の妻によろしく言ってください。大佐殿は私の妻に……」
自分で言えとは口に出せなかった、その兵はどうみても助かる見込みはない程の深手を負っていた。
「八年間ヒトラー青年団にいて、それから労働奉仕をやり、それから農業奉仕をやり、それから兵隊になって……
この春結婚したのです、妻によろしくいってやってください。私は何もいりません……」
「……わかった」
この春結婚したのです、妻によろしくいってやってください。私は何もいりません……」
「……わかった」
それが最後であった。
絶命する瞬間、微かにその兵士の表情が穏やかになった気がシュトロハイムにはした。
絶命する瞬間、微かにその兵士の表情が穏やかになった気がシュトロハイムにはした。
「天にまします我らの父よ……」
牧師の指は伸びて兵の瞼を閉じ、胸のポケットから俸給支給簿を引き出し、認識票の下の部分を裂いて取る。
彼の指は千度もした事を機械的にした。
彼の口がつぶやいた。
彼の指は千度もした事を機械的にした。
彼の口がつぶやいた。
「主よ、彼に永遠の休息を与え給え。永遠の光を与えて彼を照らし給え」
そして牧師は彼を後にした、それから次の兵の上に身を屈めた。
「牧師さん、私の傍にいてください!」
「どうぞこの手紙を持っていってください! どうぞ私の家族に手紙を届けてやってください!」
「どうぞこの手紙を持っていってください! どうぞ私の家族に手紙を届けてやってください!」
他の兵たちも次々に頼む。
殆ど全ての者が輸送を希望する、多くの者は煙草やパンを欲しがる。
牧師は煙草を持っていなかった、牧師はパンを持っていなかった。
聖油は在ったが彼らはそれよりも煙草やパンを望んでいた。
殆ど全ての者が輸送を希望する、多くの者は煙草やパンを欲しがる。
牧師は煙草を持っていなかった、牧師はパンを持っていなかった。
聖油は在ったが彼らはそれよりも煙草やパンを望んでいた。
「煙草が欲しい! 他に何も要らない!」
困る牧師に代わってシュトロハイムが煙草をその兵に咥えさせた。
何口か吸った後、感謝の言葉を残してその兵は死んだ。
牧師が跪いてシュトロハイムに礼を言う。
無言のまま肩を叩いて奥へと向かった。
何口か吸った後、感謝の言葉を残してその兵は死んだ。
牧師が跪いてシュトロハイムに礼を言う。
無言のまま肩を叩いて奥へと向かった。
「弾薬は残り僅かしかありません……使い果たせば後方から集めてくるしかありません」
「そうか、わかった」
「そうか、わかった」
カイル少佐はそう報告する、天井からは汚いものが剥げて落ちてきた。
本来届くはずだった銃器と弾薬は運ぶ途中で粉砕されてしまっていた。
落胆した彼の表情を見ながらシュトロハイムは声を張り上げた。
本来届くはずだった銃器と弾薬は運ぶ途中で粉砕されてしまっていた。
落胆した彼の表情を見ながらシュトロハイムは声を張り上げた。
「砲撃が終わったら静かにしていること! 戦車が来たら通り過ぎさせること、歩兵が近づくまで発砲せず弾薬を残しておくこと。
間近まで接近させ、命令が出たら初めて発砲すること!」
間近まで接近させ、命令が出たら初めて発砲すること!」
壕内がしん、と静まり返った。
砲撃は変わらず地面を揺さぶっているがもはや神経が麻痺してしまっていた。
やがて、のろのろと動ける兵士達が立ち上がった。
砲撃は変わらず地面を揺さぶっているがもはや神経が麻痺してしまっていた。
やがて、のろのろと動ける兵士達が立ち上がった。
「了解しました、大佐」
そして永遠に続くと思われた砲撃が止んだ。
外の世界は更に細かく砕かれ砲弾の小さな破片はあらゆるものに無数の穴を開けていた。
外の世界は更に細かく砕かれ砲弾の小さな破片はあらゆるものに無数の穴を開けていた。
兵達は瓦礫の隙間に潜り込んだり腹這いになったり顔を地面に押し付けたりしていた。
静けさが続く。
それから粉塵と煙の奥から鉄の擦れ合うがちゃがちゃという音、戦車の無限軌道のがたがたという音、
排出されるエンジンの熱気、凍った大地の地響きの音が聞こえてきた。
同時に影のようなものが頭の上を通り過ぎる、シュトルモビクの編隊であった。
静けさが続く。
それから粉塵と煙の奥から鉄の擦れ合うがちゃがちゃという音、戦車の無限軌道のがたがたという音、
排出されるエンジンの熱気、凍った大地の地響きの音が聞こえてきた。
同時に影のようなものが頭の上を通り過ぎる、シュトルモビクの編隊であった。
戦車が目の前を通過した。
やがて人間の動きが聞こえるようになる。
叫ぶ声、歯軋りの音、獣のような叫び声、喘ぐ音、襲撃の大きな音。
やがて人間の動きが聞こえるようになる。
叫ぶ声、歯軋りの音、獣のような叫び声、喘ぐ音、襲撃の大きな音。
「さあ、立て!」
大佐の合図と共に固くなった手足を動かし、間隔が麻痺した足で走る。
不意を付かれたソヴィエト兵は次々に倒れてゆく。
頭蓋骨が卵の殻のように砕けて散る。
だがすぐに彼らも撃ちまくって反撃してきた。
不意を付かれたソヴィエト兵は次々に倒れてゆく。
頭蓋骨が卵の殻のように砕けて散る。
だがすぐに彼らも撃ちまくって反撃してきた。
「ウラー!」
「うおおっ!」
「うおおっ!」
ロシア語の叫びがあちこちで聞こえ、こちらも負けずと声を張り上げた。
自動小銃はたちまち弾薬が尽き、投げ捨てて帯剣を掴む。
カイル少佐は重傷を負って雪の上に倒れる。
後方では先に通り過ぎた戦車が引き返してくるのが見えた。
そして砲口が赤く光った瞬間、シュトロハイムの頭に火花が散った。
自動小銃はたちまち弾薬が尽き、投げ捨てて帯剣を掴む。
カイル少佐は重傷を負って雪の上に倒れる。
後方では先に通り過ぎた戦車が引き返してくるのが見えた。
そして砲口が赤く光った瞬間、シュトロハイムの頭に火花が散った。
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