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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話

最終更新:

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 初恋の相手の腕に抱かれ、その胸に顔を埋めたアンゼロットは、その魂から伝わる暖かいプラーナに心を癒され、ファー・ジ・アー
スに転生して以来、一度もなかった程の安らぎに包まれていた。

   ずっと、ずっとこのままでいられたら・・・・・

 誰かが、囁いた。

『ずっと、此の儘で居るが良い。お前は、もう休んで良いのだ。何もかも忘れ、此処で安らぎ続けるが良い』

 アンゼロットはその言葉に頷き、暗黒の海へと、甘美なる忘却の淵へと、自らの意識を投げ込もうとして―
 誰かが封印の間に入ってくる気配に気付き、顔を上げて戸口を見た。
 そこには、見るからに幸薄そうな、目付きの悪い、長身で茶髪の青年の姿があった。

「ひい・・・らぎ・・さ・ん・・・?」
「アンゼロット・・・・・・ッ! お前、右目が?!」
「えっ・・・・?」

 柊の瞳に映る自分の姿を見たアンゼロットは、その右の瞳が左目と同じ深い湖の蒼から、どこか禍々しい光を放つ金色に変わって、
否、“戻って”いるのを知った。忌まわしい、だが、懐かしい力。新たな命と引換えに幻夢神に封じられていた力が、戻っていた。

「あ、あら? これは・・・・・・・・・この力は・・・・・無くした・・筈の・・・金色の邪眼・・・・・・・」
「力が、戻ったようだな。この部屋の封印の魔法陣を書き換えて使った甲斐があった」
「これは、貴方が?」

 アンゼロットは驚いて初恋の相手の顔を見上げると、慌てて自分の身を調べて愕然とした。

「今や、君は幻夢神から開放された」
「そんな! 何故そんな勝手な事を―」
「君が、私の意志に配慮した事があったかな?」
「・・・・・・・・申し訳ありません、エルンシャ様」
「俺は夢でも見ているのか? なんで・・・なんでアンゼロットがあんなにしおらしくしてんだ?」

 柊は自分の目が信じられず、自ら頬を抓った。痛かった。

「はっ! そんな事より、いったい何をしに来たのですか、柊さん!」
「・・・・・・差し入れを持ってきた」

 柊は月衣から大量の魔石を入れた袋を取り出し、エルンシャの足元に放り投げた。

「これと引換えに、アンゼロットを返せと?」
「んな事は言わねぇよ。まず、これを食え。話はそれからだ」
「わ、わたくしが食べさせて差し上げますわ!」

 その魔石が柊自身のプラーナから精製され、大量の柊力を含んだ特別製だと見抜いたアンゼロットは、柊達の計画を理解した。
 冥界の瘴気に汚染されたエルンシャの理性を取り戻すには、充分なプラーナを注いで瘴気の浄化を手伝えばいい。
 その際、柊力に満ちた柊のプラーナを吸収させれば全体的にレベルが下がるから、外から他の手段で瘴気を浄化する事も容易くなる。
 無論、レベルだけでなく理性が下がる危険性もあるが、取り合えずアンゼロットをあてがっておけば、それ以上何もしないのだから
副作用については心配しなくていい。
 そして、幻夢神から切り離された今のアンゼロットは無限のレベルと引換えに直接介入が可能となり、瘴気を浄化する役目を果たす
事が出来るようになっている。どうやら収まりがつきそうだと考えながら、アンゼロットは初恋の相手の口元に魔石を運んだ。

「はい、あーん」
「見ちゃいらんねぇなぁ」

 暫し恋人達の甘い時間が流れ・・・・・それを見せ付けられながら、柊はじっと待ち続けた。
 片方がアンゼロットだという事実が悪夢であり、あまりのおぞましさに耐えかね、柊は二人に声をかけた。

「・・・・・・・・・・なあ。お前等は、なんで別れる事になったんだ?」
「古代神との戦いで、我々は一旦滅びたのだよ。その後、別々に復活したために、最近までお互いが生きている事を知らなかったのだ」
「・・・・・そっか。なら、また会えて良かったな」

 柊は優しい瞳で二人を見つめ、心から二人の幸せを願い・・・・・・今度はエルンシャが問いかけた。

「ところで、柊君。君は、アンゼロットとはどういう関係なのかな? 下僕ではないようだが」

 エルンシャの質問に、アンゼロットはビクリと身体を震わせた。
 マズイ。在り得ないとは思うが、もしも柊が誤解を招くような発言を、或いは、何かエルンシャの気に障るような事(例えば、アン
ゼロットをおばはんと呼ぶとか。こっちの方がありそうだが)を言ったりしたら・・・・・・・・・
 だが、柊はアンゼロットの懸念を余所に、記憶を掘り起こして(彼の主観で)ありのままを口にした。

「どーゆー関係って、改めて聞かれると困るんだが・・・・・・えーと、腐れ縁?」
「出会ったきっかけは?」
「えーと、確か、ベルの奴がくれはを、つまり、裏界のぽんこつ蝿女が、俺の仲間を魔王にしようとした事があって、そんときにアン
ゼロットが先手を打とうとくれはを殺しにきたのが最初だったっけ?
 結局コイツは出遅れて、くれははベルに攫われちまって、俺がくれはを助けたわけなんだが。
そっから後は・・・・・・・・・なんか、俺でないと倒せない運命にあるとか言う魔王やら何やらが立て続けに現れて、気がついたら別に俺で
なくてもいい事件にまで散々扱き使われてたんだ。
 なあ、アンゼロット。なんで俺にばっか任務を押し付けるんだ? ロンギヌスとかがいるだろうに?」
「それは勿論、柊さんが大変有能なウィザードだからですわ。残念ながら、ロンギヌスは魔王に歯が立ちませんもの。
 柊さんの出席日数を犠牲にするのは大変心苦しい事でしたが、ロンギヌスに遣らせていたら、とても沢山の犠牲者が出ていた筈です。
 わたくしは少しでも犠牲を減らすため、涙を飲んで柊さんに依頼をしていたのですわ」
「ああ、アンゼロット。君はとても優しいな」

 しれっと悪びれた風もなく言った銀髪の幼女を、瘴気でトチ狂った異世界の“世界の守護者”は絶賛した。

「・・・・・・・信じねぇぞ」

 柊は呻くように呟いたが、面の皮の厚い外見だけ小娘は愛想笑いで受け流し、そんな女に惚れ込んだ物好きな莫迦は、愛しげにその
髪に頬を寄せた。
 その様は(アンゼロットの容姿が幼い事もあり)恋人同士というよりは、娘を溺愛する父親のように見えた。
 エルンシャがアンゼロット宮殿に来たときの会話から察するに(その場面を想像出来ないが)アンゼロットの方から告白し、エルン
シャが返事に困っている間に生き別れたようだった。
 この様子を見るに、確かに大事に思ってはいたのだろうが、それは家族としてであって、異性とは見ていなかったのだろう。

(・・・ま、俺とエリスみてーな間柄だったんだろうなぁ)

 エリスの事は大切に思っているが(有り得ない事ではあるが)もしもエリスに告白されたら、きっと自分は激しく戸惑うだろう。
 そして、そのまま返事をしないうちに生き別れ、冥界に突き落とされ、瘴気に理性を削り落とされ、たった一つの事しか考えられな
くなったならば、自分もこうならないとは言い切れない。

(もっとも、その相手が・・・この、底意地の悪い、根性のひん曲がったやーらしいおばはんだ、ってのが良く分かんねーんだが・・・・・・
 まあ、アンゼロットにだってガキだった頃はあっただろうし、この物好きな莫迦ん中じゃ、そんときの、本当に小さな可愛い女の子
だったときのまんまで止まってんのかもな・・・・・・・・・で、実の娘のように可愛がっている、と。
 ・・・・・・・・・ん、待てよ。アンゼロットの奴、ひょっとしてファザコンか?
 あのゲイザーもアンゼロットの前じゃおっさんのフリしてたらしいし、散々絡まれてる俺もコイズミに言わせりゃ父親ぶって見える
そうだし、ナイトメアなんかホントに子持ちだし。
 親父っぽければ何でもいいわけでもねーだろーけど、アイツが“その他大勢”扱いしない男って、みんな父親属性持ちのような気
が・・・・・・・・・まあ、“その他大勢”扱いしないだけで玩具扱いだったりするんだが。
 まさか、普通の人間よりは長生きしてるけど、天界の住人としてはまだ子供で父親が恋しいとか?)

 いや、それはないだろう。いくらなんでも。と、自分で自分にツッコミを入れる。

(そーいや、アイツの家族のこと、何にも聞いた事ねーな。第三世界にいるらしいけど)

 物思いに耽る柊に、再びエルンシャが語りかけた。

「ときに柊君。君には、恋人はいるのかな?」
「ええっ!」

 突然の問いに驚く柊に、アンゼロットから念話が飛んだ。

(いるって言いなさい! 嘘でも、誰でいいですから! 勿論、わたくし以外で、ですよ!)
(お、おおう、分かった。つか、いくら見栄を張るにしても、お前をそうだなんて言いわねぇよ!)
「ん、どうしたのかな?」
「いや、急に聞かれてびっくりしただけだ。ああ、いるよ。とびっきりの良い女が」

 アンゼロットの指示どおり、柊は調子を合わせる事にした。
 コイズミからも言われていたが、この物好きな莫迦を説得するためには、間違っても恋敵と誤解されてはならない。
 冥界の瘴気に汚染され、理性の下がった状態でそんな誤解をされては、纏まる話も纏まらなくなる。
 柊にしても、そんな屈辱的な誤解は絶対にされたくない。だが、相手は(繰り返すが)冥界の瘴気に汚染され、理性が下がっている。
 誤解の余地は出来る限り減らすべきだった。

「ふむ。どんな女性なのかな?」
「ああ、ええと、その・・・・・・いや、ガサツで乱暴で、すぐ殴りかかってきたり、秘密を握って脅したりする奴なんだけど・・・・・俺が任務から帰って来たとき、いつも暖かく迎えてくれるんだ・・・・・・・・・」

   あ、あれ? 俺、なんでくれはのこと話してんだ?

 話しながら柊は困惑したが、二人の“世界の守護者”達は、そんな柊を暖かく見つめた。

「それはそれとして、だ。イチャつくのかまわねぇんだが、ソイツが仕事をしないと世界が滅ぶんだ」

   あ、俺、珍しい事言ってんな。いつもなら自分が言われる側なのに。

 柊は、普段、自分がどんな気持ちでこの台詞を聞いているかを思い出し、言い方を変える事にした。

「ソイツがもう守護者を辞めたいってんなら、それはそれでしょーがねーけどよ。
 せめて、仕事の引継ぎぐらいはしてくれないと困るんだ。そーゆーわけなんで、一度、宮殿に戻ってくれねえか?」
「うむ。確かに引き継ぎは大事だな」

 いくらか理性が戻ってきたっぽい異世界の“世界の守護者”は、柊の言葉に頷いた。

「私とセフィスも、世界を受け継いだばかりの頃は勝手が分からず戸惑ったものだ。あの苦労を、君達に背負わせるのは忍びない」
「・・・・・・・・申し訳ありません、エルンシャ様」
「いや、君の所為ではないよ、アンゼロット」
「・・・・・・・・・おい、アンゼロット。俺に迷惑かけ倒してるときとは随分態度が違うじゃねぇか。
 普段は倣岸不遜で傍若無人で暴虐不訊(酷い仕打ちで他人を苦しめ、相手の返事を聞かない)だってのによ」

 見慣れない態度をとるアンゼロットを薄気味悪そうに眺める柊に、アンゼロットはいつもと同じ笑みを送って答えた。

「当然ですわ。わたくしが柊さんに迷惑をかけるのは世界を救うために必要だからですけど、エルンシャ様には本当にただの我儘で大
変な迷惑をかけてしまいましたもの」
「君はいつも、率先して自分の身を犠牲にして来た。あれは、そんな君のたった一つの我儘だった。
 責められるべきは、それを適えてやれなかった私の方だ」
「・・・・・・・・・・詳しい事情はわからねェけど、聖人ってのはアンタみたいな奴の事だと思うぜ?」

 “あの“アンゼロットが後悔する程の目に合わされて、尚怒るそぶりも見せないとは、この男の心は宇宙より広いのではないか。
 柊は感心を通り越して半ば呆れ返りながら、人型をした瘴気の塊を見つめた。

「口を慎みなさい、柊さん。エルンシャ様は聖人どころか神なのですよ。それも、父性愛と男性美の化身なのです。
 例えどんな目に遭わされようと、己が身一つの事で済むならば、決して相手を責める事のない、極めて寛大な心の持ち主なのです!」

   その優しさに・・・・・わたくしは、甘えてしまいました。

 柊を叱りながらも、アンゼロットは胸に鈍い痛みを覚え、更に、エルンシャの次の言葉で心臓が止まりそうになった。

「柊君。君は随分とアンゼロットと親しいようだね」

 マズイ。マズイ。マズイ。自分の失言で誤解させてしまった。まだ、完全に瘴気を取り除いていないのだ。ここで話が拗れたら・・・・・

「エエエエエエエエルンシャ様! 柊さんはただの下僕ですわ! そんな、親しいだなんて―」
「俺は誰の下僕でもねぇ! てめぇは俺にとって疫病神以外の何者でもねぇよ!」
「なんてことを言うのですか、柊さん!」

 アンゼロットが顔を蒼く ―赤く、ではない― して叫び、柊も自分の失言に気付いた。
 この性悪な外見だけ小娘にベタ惚れなこの物好きな莫迦が、今の発言で怒るのではないか、と今更ながらに思い至り、慌ててフォロ
ーしようとして・・・・相手が、柊とアンゼロットの遣り取りを微笑ましく眺めているのを知った。

「フッ。アンゼロット。君は第八世界で孤独に過ごしているに思っていたが、良い友人を得ていたのだな。
 柊君。よくぞ、アンゼロットの苦しみを幾らかでも減らしてくれた。心から礼を言う。
 歯に絹着せることなく、率直に苦言を呈してくれる相手は、とても得難いものなのだよ」

 今度こそ、柊は目の前にいる男を聖人だと信じ、エルンシャは柊を、娘の一人、聖火姫に似ていると感じた。
 彼女もまた、アンゼロットやイクスィムに向かって臆する事なく不平を口にしていたものだったのだ。
 エルンシャの目に柊の魔剣が映り、ふと、思いついて声をかけた。

「柊君。一度、私と手合わせをしてくれないか?」
「ああ、いいぜ。漢同士語り合おうか。暴力言語で!」

 もとより、舌を回すのは得意な方ではない。魔剣使いたる者、剣で語った方がより良く意思を伝える事が出来るだろう。
 柊は魔剣を構え。エルンシャもアンゼロットを放すと瘴気を固めて錫杖を作り、それを見た柊は怪訝そうに眉を寄せた。

「その杖、どっかで見た事あると思ったら、星の錫杖にそっくりなんだな」
「おや、私の祭器を見た事があるのか?」
「元はお前のかよ! ちったぁ譲る相手を考えやがれ! 危うく叩き潰されるトコだったんだぞ!」
「あの錫杖を手放したのは何千年も前の事だ。今はどこにあるのか、知っているなら教えてくれないか」
「あー。すまん。冥界に落っことしちまった」
「・・・・・そうか」

 会話をしつつ、間合いを計る。


「ああ! エルンシャ様と柊さんがわたくしを巡って争うなんて―」
「寝言は寝て言え」「流石に、戯れが過ぎるのではないかな?」

 小暮さんのチャチャ入れに、矢野にゃんときくたけさんからツッコミが飛んだ。


(コイツ・・・・全然、実力が読めねぇ。一見隙だらけで、素人同然だが・・・・・・そんな訳がねぇ)

 相手はベルを一蹴したのだ。弱い筈がない。
 いくら身体を砕かれ、冥界に突き落とされ、瘴気で狂い、柊力で色々下がっているとはいえ・・・・・

(あれ? コイツ、ものすごく不幸なんじゃ?)

 柊の思考が逸れた瞬間、横殴りの一撃が振るわれた。

「―!」

 技も型もあったものではない、力任せの一撃。だがそれは、受け止めた柊の腕を痺れさせ。
 その身を、広大なエンディヴィエ封印の間の中央から壁近くまで跳ね飛ばすに充分な威力を持っていた。

「うぉっっっ、とっとっと」

 壁から1mのところで着地。床に片手と両膝を突いて落下の衝撃を殺し、杖を振るった姿勢のままの人型の闇に視線を送る。

「なんつー重い打撃だよ。やっぱ、その杖は好きになれそうにねぇぜ」

 柊はぼやいて床を蹴り、いくつかフェイントをかけ、体勢を崩そうと試みながら飛ばされた距離を駆け戻る。
 ほんの小さな、気配の揺らぎ。
 達人ならば意識して知覚して。
 並の腕の者なら無意識に感知し、その影響を受けるだろう、微細な、動きとも呼べない微かな動き。
 だがそれに対してエルンシャは、一切の反応を見せなかった。

「小細工はお見通しってか。なら真っ向からいくぜ!」

 間合いを詰め、鋭い突きを放つ。今度も無反応。切っ先を喉に突きつけ、止める。

「なんで避けない?」
「いや、君の突きが鋭くて、反応できなかったのだよ」
「へっ、よく言うぜ」

 剣を引き、再び対峙する。コイツはもしや、ベルの魔法と同様に物理攻撃も反射できるのか?
 だが、倒す必要はないのだ。自分達は“会話”をしているのだから。
 柊が再度切りかかろうとすると、想い人の戦いぶりを見たアンゼロットが呟いた。

「・・・・・・・・・エルンシャ様・・・・・・・本ッッ当ッッに戦闘は不得手ですわね・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・面目ない」
「いえ、よいのですよ、エルンシャ様。荒事はわたくし達が担当する筈だったのですから。
 エルンシャ様の仕事は、天地を巡る龍脈の乱れを整えたり、瘴気を浄化する事ですもの」
「いや、そう馬鹿にしたもんでもねぇだろ? 俺のフェイントが全く通じないんだぜ?」
「フェイント? いつかけていたのかな?」
「いや、いいんだ・・・・忘れてくれ・・・・・」

 どうやらフェイントが微細過ぎたらしい。さっき食わせた柊プラーナの影響かもしれないが。
 そんな事を柊が考えていると、錫杖を構えた人の形をした瘴気の塊は、顎に手を当てるような姿勢をして呟いた。

「ふむ。どうやら武器だけでは勝負にならないようだね」
「魔法か? 遠慮なく使えよ」

 ベルとの交戦を見るに、対魔法防御力は高いようだし、スタイルクラスで言えばキャスターかヒーラーなのだろう。
 いくら、神の身体能力が人間とは桁違いだとは言え、魔法抜きでアタッカーを相手取るのは難しいだろう。
 魔剣使いは魔法攻撃に弱いが、護法剣とプラーナで最低3回は凌げるはずだ。

「では、そうさせてもらおう。柊君。君も、遠慮なく当ててくれて構わないよ。蘇生の光もあるからね」
「わたくしからも治癒魔法を飛ばしますから、お互い、手加減なしで思いっきりやっちゃって結構ですわ」
「おし、再開だ!」

 柊が力強く叫び。
 様々なものが飛来した。
 魔力塊、レーザー、雷光、刃と化した木の葉の嵐、火球の弾幕、砂嵐、水の槍、マッドマンの頭、メタルゴーレム、金色のエネルギー波、超高速回転する水の円盤、カマイタチ等等。

 死にもの狂いで防いで避けて耐えた。合間を縫って攻撃を繰り出し、錫杖と防御魔法で対抗された。
 様々な攻撃魔法と愚直な斬撃の応酬をもって、少しずつ、漢達は互いへの理解を深めていった。

 床から伸びた無数の木の根が、柊の身体を絡めとらんと迫り来る。咄嗟にウィッチブレードを起動して飛び上がる。

「フライトキャンセ―」「ブレードアサルト!!」

 飛行能力を阻害される前に突貫。エルンシャは、その前面に泥の障壁を展開して迎え撃つ。
 柊の一撃は容易く障壁を打ち抜くも、その速度は僅かに下がり、錫杖によって受け流された。
 エルンシャの手の中で錫杖がくるりと回転し、石突きが柊のこめかみを狙って襲い来る。
 柊は素早く頭を下げて打撃を避け、ウィッチブレードから飛び降りて、それを振り上げようとして―
 エルンシャの手に魔剣を掴まれた。構わず引き剥がそうとしたが、魔剣はその位置に固定されていた。

「くっ、ビクともしねぇ」
「人と神とでは、基礎体力が違うからね」

 優しく囁くエルンシャの声。それは、柊に幼き日の思い出を呼び起こさせた。
 迷子になり、泣き喚き、泣き疲れたときに聞いた、自分を探しに来た父の声。そのとき感じた、歓喜を。安堵を。思い出させた。

「―――チェックメイト。これで、一勝一敗だね」

 気付けば、エルンシャが錫杖を剣に変え、柊の首筋に突き付けていた。

「・・・・だな。じゃ、第三ラウンドいくぜ」

 柊はニヤリと笑い、エルンシャの腕を掴むと一本背負いで投げ飛ばす。
 掴んだ腕から。背中に押し当てた胸から。優しく暖かいプラーナが伝わってくる。
 魔剣から手を放して受身を取ったエルンシャが起き上がるより先に、高々と魔剣を振りかぶる。
 柊力で、摩擦係数を下げる。音速を超える速度で振り下ろす。
 エルンシャの展開した多重防壁にぶち当てる。
 威力を下げられながら泥の障壁を打ち破り。
 速度を下げられながら魔力障壁を切り裂いて。
 錫杖によって受け止められた。

「今度は、取っ組み合いをしようか。柊君」

 人型の瘴気の塊は、その腕から無数の木の根を生やし、柊の腕に絡ませて。グイと引き寄せ、身体を入れ替えて組み伏せようとした。

「うおっ、やべぇッ!」

 純粋な力比べでは敵わない。柊は知る限りの体術で抵抗を試みた。
 相手の力を利用し、重心を操作し、タイミングを計って身を捻り、身体をもぎ放そうとした。
 だがしかし。
 人と神との、圧倒的な腕力の差が。人型の瘴気の塊の、その奥の魂から届く包容力が。
 次第に、柊から抗う力を奪っていく。

「・・・・・・・参った」

 ほどなく、柊はエルンシャに組み伏せられ、潔く降参した。その力よりもむしろ、その腕の、胸の感触の心地良さに、屈服した。
 柊蓮司は思い出す。幼き日、恐い夢を見た夜に。泣きながら縋った父の胸の感触を。そのとき感じた安らぎを。
 我知らず、柊は優しい笑顔でエルンシャの顔を見つめ―

「――――なんだか、とてもイケナイものを見ているような気分ですわ・・・・・」
「妙な事を言うんじゃねぇ!!」

 アンゼロットの無粋な発言に、浸っていた感慨をぶち壊された。

「柊君。次は、空中戦をしないか?」

 柊を放し、身を起こしながらエルンシャが言った。暖かいものが、離れていく。
 そこに名残惜しさを感じつつも、柊はわざとぶっきらぼうに答えた。

「・・・・いいのかよ。そんな、休みなしで戦って。さっきから、もの凄い勢いで魔法やら何やら連発してるじゃねぇーか」
「なに。神にとっては、このくらいどうという事はない。君は疲れたのかな、柊君」
「はっ! 抜かせよ! いいぜ。第四ラウンドだ」

 柊は、その身に纏った衣服状の魔道具・スターイーグルの能力を呼び起こし。
 エルンシャは、その背に光の翼を広げ。
 同時に宙に浮き上がり、再び魔法と斬撃を交わしあう。

 闘いながらエルンシャの戦闘パターンを分析し、柊はある結論に達した。

(こいつ、ホント、戦いに縁はなかったんだな。
 色んな魔法を知ってるし、戦い方の知識もあるけど、実戦経験はねえみてぇだ。
 けど、なんか楽しいな。ちっせぇ頃、親父にじゃれついたときのことを思い出すぜ)

 エルンシャが、その神気を解き放つ。
 恐らく、冥魔となった己が身を恥じ、アンゼロットを怯えさせないようにと気配を押さえていたのだろう。
 だが、瘴気を浄化したためか、或いは闘いの高揚感からか。全身から、それまでにない存在感が溢れだす。

「―! これは・・・・」

 まず最初に感じたのは、温もり。

 温かい。暖かい。あたたかい。

 心が、胸の奥が、魂の底から暖かくなる。
 総てを包容する優しさが、力強さが感じられる。
 幼い頃、父親の腕に抱き上げられたときのことを思い出す。

(・・・・なんて、あったかい、優しいプラーナなんだ。ああ、これが、“世界の守護者”のプラーナか・・・・・)

 感歎し、感動し、感激する。我知らず、涙が頬を伝う。

(コイツの守ってた世界は、世界全体がこの感じに包まれてたのか? それじゃ、まるで天国じゃねぇか。
 こんな奴が、雲の上から見守ってるって知ってたら、悪い事をしようなんて思うはずがねぇ。
 きっと、みんな、先を争って困ってる人を助けようとしてたんだろうな・・・・・・・・・
 それはそれは、素晴らしい、平和で、優しい世界だったに違いねぇ)

 だが、その世界も、冥界勢力の手に落ちた。
 悲しい事だが、現在、世界が求めている者は優しき慈父神ではなく、苛烈なる戦女神なのだ。
 世界は今、アンゼロットを必要としているのだ。

(分かってくれ・・・・エルンシャ!)

 柊は、祈りを込めて剣を振う。魔剣が風を纏い、火炎を発し、衝撃波を飛ばす。
 一振りごとに、エルンシャの胸の中を爽やかな風が吹き抜けていく。
 交えた剣と錫杖を通して、深い思いやりと温もりが伝わってくる。

(なんと・・・真っ直ぐで、気持ちの良い太刀筋だろう。剣技については素人の私ですら、見惚れてしまうほどだ・・・・・・・)

 柊を賞賛するエルンシャに、誰かが囁いた。

『何を暢気な事を言っておるか。この男は、お前からアンゼロットを奪いに来たのだぞ!』
(この声・・・・私の内心の声ではないな。・・・そうか、エルヴィデンス。お前か)

 瘴気が薄れ、理性を取り戻したエルンシャは、冥界からずっと自分を唆して来た声の正体に気が付いた。

(諦めよ。もう私は惑わされぬ)
『ええい、お前がやらんなら、私が手を下す迄だ!』「やめよ!!」

「声」が身体の制御を乗っ取り、人型の瘴気の塊は体表を鏡面化させ、魔力を纏った風の刃を増幅して跳ね返す。

「うわっッッ! やべっッッ!?」「柊さん!?」

 エルンシャは咄嗟に鏡面の角度を変え、衝撃波は寸でのところで柊の横を通り過ぎていった。

「い、今のは怖かった・・・・・・おい! アンタ、大丈夫かよ?!」
「ぐ・・・・が・・はっ・・・心配は無用だ。プラーナを・・・吸収すれば、すぐなおる・・・」
「エルンシャ様! 魔石はまだありますわ!」

 魂を蝕む瘴気を浄化しようとして現在の自分の肉体を痛め、苦鳴を洩らしながら杖に縋るエルンシャに、アンゼロットが慌てて駆け
寄り、柊もまた剣を下ろす。
 何個か魔石からプラーナを吸収し、破損した肉体を修復したエルンシャの耳に、微かに、子供の泣き声が聞こえた。

   ――― ぱぱー、ぱぱー、どこー ―――

「・・・・・・娘が、泣いている」

 エルンシャは、プラーナの吸収を止めて天井を見上げた。

「おう。上の階で、お前の娘・・・闇海姫だっけか? に、会ったぜ。
 今ちょっと具合が悪いんで、コイズミが介抱してる。会いに行ってやれよ」
「闇海姫が来ているのか? すまない、アンゼロット。私は、君だけを見つめ続ける事は出来ないようだ」
「それで良いのですよ、エルンシャ様、さ、瘴気を浄化して、その腕であの子を抱きしめて上げてくださいな」

 前世で闇姫達に半殺しにされたアンゼロットとしては闇海姫にあまりいい印象はないのだが、想い人が理性を取り戻しつつあるのは
喜ばしい。
 エルンシャはアンゼロットの言葉に頷き、その胸の奥の星の欠片を輝かせ―

 次の瞬間、白い繊手が背後から、人型をした瘴気の塊の胸を貫いて星の欠片を抉り出し。
 "核"を失った瘴気の身体が融け崩れ、ポンチョ姿の魔王が姿を現した。

「―! エルンシャ様!」「ベル!」
「ふふ、これが本体だったみたいね。やっと、今までの借りを返せるわ」

  なんで? 折角、収まりがつきそうだったのに。

「ベル! てめえ、今までどこにいやがった!」
「ふふん、アンタたちは気付かなかったみたいだけど、ずっとこの部屋で様子を見ていたのよ」

 勝ち誇る魔王は、柊の詰問に鼻で笑いながら答えた。

「さあ、残った瘴気も、あたしが有効利用してあげるわ。
 そして、このあたしがアンゼロットを倒す。アンタたちとのゲームも、今日で終わりよ」

  どうして? やっと・・・やっと会うことが出来たのに。

「アンゼロット。幻夢神の禁則事項からは自由になったようだけど、同時に幻夢神の加護も失い、レベルは無限で無くなった。
 つまり、今ならアンタを倒せるのよ」

  そんな・・・こんな・・・こんなことって・・・・

 ベルはアンゼロットの目の前で星の欠片を ―エルンシャを― 握り潰し。

「エルンシャ様ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 アンゼロットの心もまた ―かつて、実の父親によって、目の前でエルンシャを砕かれたときと同じように― 粉々に砕け散った。

「エルンシャ様・・・エルンシャ様・・・そんな・・・やっと・・・やっと会えたのに・・・」
「おい、アンゼロット、しっかりしろ!」
「あら? なんか、壊れちゃったみたいねぇ。この冥魔に吸収されてた守護者は知り合いだったのかしら?」

 床に膝を突き、大きく見開いた瞳に何も映さぬまま涙を流すアンゼロットの姿は、くれはを殺されたときのエリスにそっくりだった。

「許さねぇぞ、ベル!」
「ふふ、許しを請うのはアンタの方よ」

 怒りとともに振るわれる柊の剣を避けて空中に飛び上がり、ベルは残った瘴気を取り込み始めた。

「あはははははははははは、全身に力が漲るわ!」

 ベルがポンチョを脱ぎ捨てる。
 その幼い肢体が成熟した大人の女性のものとなり、その衣装が、煽情的なドレスへと変わる。
 冥界の瘴気を取り込んだ蝿の女王は、今、その本来の力をここに再現していた。


「へー、見直したわよ、クイーン・オブ・フライ。
 ちゃんと、自分がアンゼロットを倒せるように考えてたのね。
 セルヴィには、わらわに口止め料を払って『冥魔王はウィザードに倒された』って言わせればいいし。
 自分が冥魔王を倒す場面をわざわざ見せ付けた理由は良く分からないけど。
 んー。わらわが何処まで知ってるか、掌握しておきたかったって事なのかしら?」

 プリギュラは首を傾げながら、遠見のコンパクトをじっと見つめた。
 そこではベルが瘴気を取り込み、その力を高めていた。
 柊蓮司の力では、決して太刀打ち出来ないほどに。

「でもね、ぽんこつちゃん。
 今のアンタには、冥界の瘴気を扱うために必要不可欠な"魂を蝕む程に苛烈な、命よりも大事な妄執"が存在しない」

 天界に尻尾を振って冥界に沈められる事を免れた裏切り者が
 超至高神への復讐を諦めた臆病者が
 無力な人間を玩具とし、悦に入る見下げ果てた下司が
 自在に扱えるほど、冥界の瘴気は甘くない。

「瘴気に飲まれ、自滅するがいいわ」



「ふふっ、このまんまじゃ面白くないわね。さあて、どんなハンデを付けて上げ―」

―― 礼を言うぞ、ベール=ゼファー ――

「ウッ!?」

 勝ち誇るベルの台詞を遮って新たな声が広間に響き、ベルの口から苦鳴が漏れた。

―― これで漸く依り代を得る事が出来た。奴とは相性が悪くてな。乗っ取る事が出来なかったのだよ ――

「だ、誰? あたしの中に入ってく―ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「お、おい、どうしたんだよ、ベル!?」

 突然苦しみだしたベルへの対処に困り、思わず声をかけた柊の耳に、否、心に直接、「声」が響く。
 途方ない歳月に磨かれた、威厳を帯びた声が。

―― 自ら事を成すよりも他者の妨害を優先し ――
―― 常にゲームだのハンデだのと、負けたときの言い訳を用意してから事に当たる ――
―― 自分に都合の良い時にのみ運命を口にし ――
―― 自らの失策からは目を逸らす ――
―― 実に腐りきった精神だ。此処まで墜落した魂も珍しい ――

「それを言うなら堕落だろ?」

―― いや、この蝿に限っては、墜落の方が適切だ ――

 柊のツッコミを軽く受け流し、その声は重々しく続けた。

―― ディングレイも物好きな奴だ ――
―― よくもまあ、こんな下らぬ輩とつるんだものよ ――
―― 戦力的にも、エルオースの8分の1たる冥魔七王と同程度 ――
―― たかが守護天使1.5人分の力しか持たず、守護者の6分の1たる聖地姫に劣る ――
―― ディングレイの43分の1にもならぬではないか ――
―― 余程、暇だったのであろうな ――
―― 特に遣りたい事が無いならば、コヤツの愚行を生暖かく見守るのも愉しいのやもしれぬ ――
―― 或いは、単身、遠い異世界から流れ着き、孤独に苦しみ、他者との交流に餓えていたか・・・・・・ ――

「・・・・え?」

 その声に、ディングレイへの微かな同情を感じ取った柊の困惑に構うことなく、「声」はベルへと無情に告げた。

―― 暗愚なる蝿の女王よ。その未熟で脆弱な精神を裏界へと戻すが良い ――
―― 残った身体は、私が有効利用してやろう ――

   ミチリ

 ベルの骨格が歪み、背中を突き破って一対の黒き翼が現れる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁ!」

 黒翼がベルの身体を包み込み、そして再び開いた時、そこに銀髪金瞳の魔王の姿はなかった。

 其処にいたのは、一人の戦姫。

 歳の頃は十代半ば。
 漆黒の甲冑に包まれた肢体は成熟し、豊かな双丘が胸当てを押し上げ
 腰まで伸びた黒絹の如き髪は緩やかに波打ち
 長い睫に縁取られた黒い瞳は、見る者を引き込む星星の狭間の深遠を思わせながらも邪に満ちて
 鮮やかな紅い唇が、淫靡な雰囲気を醸し出し
 妖しくも美しい貌に、亀裂めいた禍々しき凶笑を浮かべ

 麗しさと凛々しさを兼ね備えた淫靡かつ妖艶な、暗黒の魅力に満ちた美姫が黒翼を広げて其処に居た。

 すなわち、108の古代神が1柱、古女王エルヴィデンスの写し身、闇風姫(シャドウ★ゼピュロス)が。


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