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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第01話

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ぐらすうぉーず。


 学園世界
 ありとあらゆる『学び舎』の集まる、学業と学園生活の世界。
 そこは分別なく、区別なく、のべつまくなしの見境なしに学校の集められた世界だ。
 世界人口の8割は学生というその世界は退屈とは無縁。
 毎日がお祭り騒ぎというキャッチコピーの実に合う、事件だらけのトラブルまみれがこの世界の日常。
 これは、学園世界のとある一日の一人の少年にスポットを当てた物語。


 ***

 志村新八という少年は、いわば『普通』を体現したような存在である。
 種族、人間。身長、平均的。体重、平均的。頭髪、染めも特別な髪型でもナシ。趣味、最近のアイドルの親衛隊隊長であるがまぁ普通。
 髪の色がオレンジだったりする死神代行高校生などと比べたら、裸足で逃げる準備を始めなければならない 属性差(スペック)だ。
 すべてにおいて平均的で、『多少常人よりもツッコミ技能が上なんじゃね?』くらいの、いわば刺身のツマのような存在である。

 そんな、『普通』の体現者は今―――居住区近くを、追跡者から全力で必死に逃げているところだった。

「いきなり全力疾走とか、なんで僕こんなホットスタートォォォォ!?」

 知らんがな。
 ていうか意外に余裕だな、全力疾走しながら叫ぶ元気があるとか。

 ともかく、新八は今追われているのだった。ものっそ追われているのであった。
 先も述べたとおり、志村新八はごくごく平均的な、ちょっとお人よしな少年である。
 人からうらみを買うようなことは基本的にない―――つーか存在すら気づかれてないんじゃね? 地味キャラ過ぎて。―――人間なため、彼自身に襲われる心当たりはない。
 この学園世界の司法・立法・行政の三権を握る『極上生徒会』直属の警邏機関『保安委員(シェリフスター)』や、連盟越校機関『選抜委員』の厄介になる人間でもない。
 その彼が追いかけられているというのは、彼を知る者からみればやはり首を傾げるところであろう。

 とまぁそんな人物解説をしている間も、彼は居住区の中の学生寮を乱立させすぎて路地が迷路状になっていることで有名な細い道へと身を投げ出すように逃げ込んだ。
 数度角を曲がり、立ち止まって壁に背中をぴたりとつける。
 全力疾走の結果上がった息を、口元に手を当てて音を立てないように必死に遮る。
 鼓動は逃走中ずっと走っていたことでハイペースにビートを刻み、骨を振動させ耳元で鳴り響いているような錯覚を起こす。
 この音が追跡者にも届いているのではないかというありえないはずの妄想さえが恐怖によって補完され、ありそうな気がしてくる。
 その妄想を必死に振り捨て、足音を聞き逃さないよう、呼吸を聞き逃さないよう、聴覚に神経を集中させる。
 相手だって人間で、新八を追いかけるために走るという手段を使っていたのだ。接近するにはそれなりの音がするはずだ。
 これが空を飛んでいたり空間転移で追いかけられていたら本気でお手上げだが、走って追いかけられているならまだ逃げようがある。

 澄ませた耳には、足音は聞こえない。
 どうやら撒いたようだ、と大きく息をついたその時。

 ガラリ、と正面にあった窓が開かれた。

 新八の心臓がいきなりの音に一際強く脈打った。
 窓に手をかけているのは、さっきまで彼を追いかけていた『人々』と同じ、どこか恍惚とした笑みを浮かべている、名前も知らない詰襟の少年。
 少年は焦点の合っていない瞳で周囲を見回した後、新八をひたりとみすえて、一言。

「……見ぃつけたァ」

 ホラーァァァ!? 何この状況! なんであの作者ムダにホラー描写にノリノリなんだァァァ!!
 ……と内心新八は叫ぶものの、頭が状況に追いつかずに逃避している場合ではない。

 ではないが、あまりの急展開に精神が追いつかない。
 追跡を振り切ったと完全に安心したところにパニックホラー系の追っ手の出現だ。屋上からダイブしたような底知れない体を寄せる場所のない焼け付くような不安と恐怖。
 頭の回転が止まり、体は完全に硬直した。行動に移るためのラインが両方止まっては、蛇ににらまれたカエルも同然。
 このままでは彼もまた、自身の目で見た光景の通りに追跡者たちに捕まってしまうだろう。
 そう、このままでは。

「―――捕まりたいのか少年、動けっ!」

 理性的な声が響き、それが新八の呪縛を振り切った。
 頭はまだフリーズから立ち直ってはいないが、体はその言葉の通り『動いた』。
 相手が掴んでいる窓を外側から掴み、雄たけびをあげながら開けられた窓を思い切り力強く閉じる。
 詰襟の少年は窓と桟に両手を挟まれてネズミに噛まれた猫のごとくに叫び声を上げる。

 相手が見えなくなって、新八はようやく息ができることに気がつく。
 しかし、今の騒ぎは『追跡者』たちにも場所を知らせることにもなる。それに気づいて逃げるために足に力を入れようとし。

 ―――勢いよく開いた近くの建物のドアから伸びた手によって、建物の中に引きずりこまれた。

 ばたん。
 ドアが閉じる音。それを最後に、路地には静けさが戻った。
 ……まるでこれまで走っていた人間なんて、本当は存在しなかったかのように。


 ***

 その日、世界はじわじわと侵食されていた。
 それまで日常にいた人々が一人、また一人と姿を消し、数刻後には姿を消したその人間が日常を侵食する側へと周る。
 その侵食があまりに静かで、異常事態に人々が気づいた時には、多くの人間たちが侵食者に変わっていた。

 日常の侵食は止まるところを知らない。
 侵食者が増えればその分侵食の効率も上がる。
 パズルのピースが欠けるように。日常が最初はゆっくりと、今では加速度的に。雪崩れるようにテンポを上げながら崩れていく。
 今ではすでに、世界の変化はカンのいい一般生徒にも感じ取れるほどになっていた。

 欠けて崩壊に向かう世界。
 崩れ行くその異変をいち早く感じ取った者たちの中には、自衛に走るもの、逃走に走る者。
 そして―――対策に動く者たちもまた、存在した。



 ***

 かつこつ。
 扉を一枚隔てた先で、複数の足音と、何人かがささやくような声。
 やがてそれは波が引くようにまとめて去っていく。
 ちらりと懐から取り出した計器を見て、しばらく扉の鍵穴を覗いていた少女は一つため息。
 どうやら危機は去ったようだ、と判断した少女は、気を抜いて隣に座っている少年に向けて声をかけた。

「……なんとか危機は抜けたようだぞ、志村」

 呼ばれた志村新八は、少女と同じように安堵のため息をついた。

「ふぅ……助かりました。ただ、もうちょっと穏便な連れ去り方してほしかったです。寿命縮みましたよ……」
「はっはっは。危急の事態だ、少し乱暴になったのは許せ」

 少女は楽しそうに笑う。その笑みに強ばった心がようやく解けた新八は、少女に話しかけた。

「それにしても、襲われたのは僕だけじゃなかったんですか。氷室さんも奴らに追われてたんですね」

 その言葉を向けられた少女―――氷室鐘は、ふむ、と呟いてたずねる。

「その様子だと、なぜ自分が追われていたのかについては心当たりがなさそうだな」
「えぇまぁ……ひょっとして、氷室さんはこの異常事態について何か知ってるんですか?」

 新八の目が真剣なものになる。
 人間にとって『未知』は恐ろしいものだ。
 何も知らないまま追いかけられるよりは、少なくとも何が起きているのかを知りたいと思うのは人間の性だ。
 氷室は片目を閉じ、答える。

「そうだな―――今現在、学園世界は異変の只中にある。
 先ほど遭遇したような連中が時を追うごとに増えていっている。
 理由は簡単。連中に捕まった人間は、残らず気味の悪い笑顔を浮かべて自由意志を失う状態になり、仲間を増やす尖兵となるというシステムらしくてな。
 わたしたちもキミを助ける前に襲われ、なんとか逃げおおせて、今は協力体制を作っているところだ」
「わたしたちって……他にも、あいつらに襲われて逃げ切った人たちがいるんですか?」
「あぁ。北高の長門有希嬢と朝比奈高の五十鈴銀之助少年は知っているか?
 彼らは逃げ切った後、北高のコンピュータールームに篭って空間を隔離。その後は情報収集と分析を行っている。少なくとも私が知っているのは彼らだけだ」

 なるほど、と新八は呟く。
 少なくとも、この世界の中に安全圏があることは理解したのだった。

「つまり、そこまで行けば安全は確保されるんですね?」
「逆を言うとそこまでたどり着けなければ完全に安心できるとは言いがたいわけだ。
 ついでに言うなら、コンピュータールームの前にも北高のすぐ前にも彼らの尖兵が待機していると長門嬢は報告をくれているぞ」

 その言葉に起きかけた希望が潰されて、新八はうぅぅ、とうめいた。
 氷室は、落ち込んだ新八をはげますように彼の肩を叩く。

「なに。少なくとも奴らはキミがここを出なければ見つけることはできないだろう。
 外に出て見つかれば、もう一度逃げおおせることは難しいだろうがな。
 センサーのようなものでターゲットをロックしているわけではないのは、今わたしたちがここで隠れられていることで証明済みだろう?」
「ターゲットって……何か、僕らが彼らに狙われる理由のようなものがあるんですか?」

 氷室がターゲット、という言葉を持ち出したということは、連中はさらう相手を選別しているということを意味する。
 そう直感的に考えた新八がたずねると、氷室は意外なものを見た、といった表情で答える。

「驚いた。キミ―――いや、汝は意外と頭の巡りがいいのだな」
「面と向かっておっきなお世話です。で、なんなんですかその選別の理由って」
「ふむ。連中自身と、汝と私。そしてさっき話に出た銀之助少年と長門嬢。
 これらの人物に共通する特徴とは、なんだと思う?」

 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべながらたずねる氷室に、真面目な新八は特に何か言い返すこともなく素直にそれぞれの顔を思い返してみる。
 性別で分けられているわけではない。
 学校や区画、成績なんかもバラバラで、趣味嗜好に至っては新八には把握しきれない。
 共通点なんてどこにもないじゃないですか、と呟いた彼を見て氷室はやれやれと肩をすくめた。
 どこか楽しそうな顔で彼女は答えを口にする。


「答えはな―――『メガネ』だよ」


幕間その1 <三葉ヶ丘高校・上空>


「……行ったか」
「行った、みたいなのはいいんだけどさ」
「安心しろキョーコ。奴らの統制の様子を見る限り、我が『キルゼムオール』の怪人洗脳術の足元にも及ば―――」

 ん、と言おうとしたとげとげ頭の少年―――阿久野ジローは、従姉妹のボサボサ頭メガネ少女、渡恭子の右ストレートを頬に受けてがふぅ、と色んなものを吹き出した。

「なんっで。あたしはあんたにお姫様抱っこされながら空を飛ばないといけないのよこの悪の組織バカ―――っ!!」

 空中な上お姫様抱っこという実に不安定な体勢ながら、持ち前の異様なまでの身体能力によって生み出される右拳で、危うくジローは意識を飛ばすところだった。
 ともあれ、悪の組織なんてもんは打たれ強くなくてはやっていけない。
 それは野に咲く花のように。
 いつか悪の華を咲かすため、正義の味方に潰されても踏まれても己の美学を貫き続けるのが悪というものだ。そんなこともできないのはただの三下である。

 一撃によって完全にバランスを崩したジローは、しかしキョーコからは手を離さない。
 空を飛ぶために使っていた、彼の意思どおりに変化する攻防自在の万能型可動アーマー・オートマントは悪の組織業界十指に入る性能を発揮する。
 最も手近にある校内の木を捕捉。瞬時にキョーコと自分の分の体重を支えられる幹の位置を判断。
 ジローの判断と時を同じくし、オートマントは先端をアーム状に変えて伸び、その幹を掴んでから一気に縮む。
 結果、彼ら二人は重力によって地面に叩きつけられることなく、ぶらーんぶらーんと振り子状態で木から吊り下がった。
 ふぅ、と安心した後、ジローは腕の中のキョーコに向けて怒鳴る。

「何をするっ!? というか、普通わかるだろうあの状態から明日の矢○並の右ストレートなど受ければどうなるかっ!?」
「あんたに普通とか語って欲しくないってのこの常識知らずっ!!」
「なにおぅっ!? それもこれもキサマがオレ以外の連中に体を狙われているというからわざわざ」
「あんたが狙ってんのはあたしを改造したいって意味でしょうが―――っ!?」
「何を言う!! ファンクラブの会長が謎のメガネ集団に連れ去られ、数刻後に生気を抜かれて謎の笑みを浮かべて帰ってきたのだぞ!?
 悪の科学者たるオレにはわかるっ、アレは何者かの洗脳を受けたに違いない!
 そしてオレの明晰な頭脳はアレはメガネの人間を集める何者かの陰謀に違いないという答えを弾きだし、オレのものであるキサマに手を出されぬように先手を―――」
「寝ぼけたこと言ってるんじゃないわよこのバカジローっ!!
 あんたいったい何度執行委員と選抜委員と209のお世話になれば気が済むんだ―――!!」

 今度はみぞおちに肘打ち。
 ごはぅっ、と再び謎のうめき声。
 実はジローの言ってることはかなり正鵠を射ている。
 なのだが、世間知らず+生まれてこのかた悪の組織育ちな経験によってはじき出される普段の行動のすっ飛び方からしてキョーコの信頼はない。

 ……まぁ、ぎゃーぎゃーとわめきながらもジローがキョーコを離さないあたり、この二人は異常事態下であっても特に問題なさそうなのであった。
 解決方向に動くことはなさそうであるが。
 ―――事態は、こんな時も刻々と進んでいく。


 <幕間1・了>


 ***

「―――つまり、メガネをかけた人が相手の目標になってるってことなんですよね」

 氷室により起きようとしている事態についての説明を受けた新八は、頭の中を整理して確認するようにそうたずねた。
 彼女はそういうことになるな、とそれを肯定する。

 彼女が話したのは以下の通りだ。
 ・連中はメガネをかけた人間を取り込んでどこかへと連れ込み、洗脳に近いなんらかの処理を行って同じメガネの人間を『仲間』として増やしていっている。
 ・今のところ襲われて連れ去られていっているのはメガネをかけた人間のみ。
 ・掛けているメガネの種類は問わない。銀縁・遠視用・モノクル・サングラス・伊達など、ありとあらゆるメガネが狩猟対象。
 ・メガネを外せば逃げられるというわけではないらしい。
 ・連中もメガネをかけた人間を超常的な力(探知魔法・人工衛星・千里眼など)で理解しているわけではなく、単に視認した対象を捕獲するために動いている。
 ・長門も何人かの協力者に連絡をとっているものの、何故か何度やってもうまく情報が収集できない。なんらかの妨害が働いているとの分析結果アリ。
 ・一応なんとか大量の熱源反応が ロストメモリー(廃ビル群)区域に集合していることが協力者によってわかる。
 ・連中の人数が増えているということは、そこが本拠の可能性が高い。

 話を聞いてからというもの考え込んでいる新八にちらりと視線を送り、氷室は一つ伸びをした。

「まぁ、ともかく見つかりさえしなければいいのだ。
 長門嬢が動いているということは、いずれ各部署に通達がいくだろう。奴らに見つからぬように隠れてさえいれば、いずれは過ぎる嵐だ」

 長門有希のこの世界での知人たちは、10m級の機動兵器っぽい何かを生身で倒す斬撃バカだの拳撃バカだの戦術兵器級の破壊力な人間兵器だの人間武器庫だのなどなど。
 原因さえ解明し、対応策さえ立てられれば、荒事から電子戦まで、これまで世界内で起こってきたありとあらゆる争いを終結に持っていった実績がある連中だ。
 それを知っている氷室はそう気楽に言って立ち上がる。
 新八は彼女にたずねた。

「氷室さん? どこか行くんですか?」
「ん? なんだ志村。私がどこに行くのかが気になるほど、汝と私は親しい関係だったかな?」

 新八がウブな少年であることを見越して言った氷室の言葉は、しかしそれ以前に真面目すぎる人間である新八にはあまり効果をなさない。

「親しいとか親しくないとか、そんなの関係ないでしょう。
 外はあんなのがうじゃうじゃいるんです、下手に動かない方がいいって言ったのは氷室さんですよ?」
「……ふむ。
 志村、なぜ私はこんなところに都合よくいると思っている?
 キミと会ったのは単なる偶然だが、私の学校である穂群原からも、安全圏である北高からも遠い、『穂群原から廃墟街区へ向かう方向』の間に」
「まさか……調べに行くつもりなんですか? 連中の本拠地を特定するために」


 新八の言葉にやれやれ、と肩をすくめて。彼女はなんでもないことのように答えた。

「それ以外の何の理由があるというのだね。
 これでも私は報道委員の一員だ。気になったことをそのままにしておく、というのは私の性分上も許さなくてな」
「何考えてるんですかっ! 僕だって―――男子だって逃げ切るのは大変なんですよ、そんなところに女の子一人で大丈夫なわけないでしょう!?」
「心配してくれるのはありがたいが。
 一応長門嬢によって連中の視界から逃れるためのルートは随時送られてくる。言うほど危険なわけではないさ。
 いずれ突入する人間がいるとしても、彼らのために警備の薄いところを調べてくるのは有意なことだ。

 それに―――私は事実を知っているのに、知らぬふりをしたせいで誰かが傷ついてしまっては、報道に携わるものとして失格だろう?」

 そう、氷室は笑みさえ浮かべて告げた。
 彼女はこの学園世界において報道委員というポストにいる。
 その委員会内容は、根本的に世界で起きている事態を広域に知らせることにある。
 彼女がそこにいるのは報道委員会『リーダー』アルヴィンの勧誘があったからで、彼の「電波に乗せて世界中に絆や希望を広げていく」という思想に共感を覚えたからだ。
 だからこそ、氷室鐘はここで退かない。
 己の仕事に誇りを持ち、自分の性格に素直に生きる彼女だからこそ、その進む道を一人の特に関係性のない少年の言葉で変えたりはしない。

 氷室の表情を見て、新八はため息をついた。
 どうにも自分の周りは頑固な人間ばっかりだ、と内心ぼやく。
 悩まなかったわけではない。
 けれど自分の身が危うくなることよりなんかよりもずっと、彼自身が彼自身として貫くべき道を見つけてしまったのだから。

「わかりました。このまま放っといて見捨てるわけにもいきませんし、僕もお供します」

 新八の言葉に、氷室は目を丸くした。
 目の前の少年は彼女の知る限り、いつもいつもパワフルなクラスメイトや自校の教師の巻き起こすトラブルに巻き込まれては痛い目を見る役回りだったはずだ。
 その言葉は、厄介なことに巻き込まれることに厭いているはずの少年から出ると思ってもみなかったものだったのだ。
 だから彼女はたずねる。自分の事情がどのようなことであるかを十二分に理解しているからには。

「キミは、その言葉がどういうことか理解しているのか?」
「わかってますよ。さっき言ったじゃないですか、僕一人だって逃げ切るのは難しかった。
 けどこの異変をなんとかしようとしてる人がいて、僕もそれを知ってしまった。
 その人がたった一人で、危ないとわかっているところに向かうと知ってしまったんです。

 僕は、バケモノと戦って勝てるほど強くないです。誰かに何かを教えられるほど頭もよくないです。
 それでも―――色んな人を助けるために頑張ってる人を一人にしておくような、危険を一人に押しつけて知らんぷりしてるような、卑怯者には絶対になりたくありません」

 新八の眼差しは今時の少年の中では珍しいほどひたむきで、まっすぐで。
 そして仕方のないことに。氷室鐘は、そういうまっすぐな目をしている人間が大好きだった。
 やれやれ、と肩をすくめ。彼女は少年に向けて言った。

「そこまで言われればさすがに悪い気はしないな。
 ではこうしよう。私たちの二人の内、必ずどちらかがルートの割り出しと首謀者の発見をやり通す。
 片方が捕まっても、必ずもう片方がそれをやり通すのだ、と。そう約束するのなら、連れて行かないこともないぞ?」

 新八はそれにこくりと頷いて。
 そして―――彼らは歩き出す。危機の終焉の鍵を探し出す、その為に。


<幕間その2・銀魂高校資料準備室>


 たくさんの足音があわただしく行き来する廊下とその空間を、壁と戸だけが隔てている。
 ほこりのたまっている、紙の束の詰まった棚の群れ。黄ばんだカーテンで窓は覆われている。あとあるものと言えば小さめの椅子がいくつか。
 あまり人が出入りしない部屋だろうと一目でわかるような部屋に、現在は三人の人間がいた。

「……ったく、なんだか知らねーがしつこいねぇ。そういうのは女にモテねーぞ?」

 銀髪天パ白衣メガネ教師。

「いやいや。むしろ最近の女の子は積極的な男にホレるもんだってこの間『きゃん☆きゃん』見ながらアネゴが言ってたネ」

 ぐるぐるメガネチャイナ留学生。

「そう! 時代は男性によるエスコートいえむしろドSコート!
 時代はドSな男性を求めているの、そういうことだから先生、もっと! もっと私をいじめて先生っ!」

 簀巻きにされている縁の太めなメガネの少女。

 彼らは銀魂高校3年Z組の担任教師と生徒である。
 危険を察した担任の銀八がこの場所に逃げ込むところを、同じく危険を察した神楽と銀八を探していた猿飛あやめが目撃。
 彼女たちは担任が戸を閉めようとするのに割り込むようにもぐりこんだのだった。

 銀八がうっとうしそうにあやめに目を向けて、一言。

「うるせーな、ガムテープで口塞いじまうぞコラ」
「ドMにそんなこと言っても無駄ネ。とりあえずここに踏み込まれた時の バリア(いけにえ)にするヨロシ」
「よしそれでいこう。頭のいい神楽ちゃんにはあとで宿直室にあるもらい物の志宝堂の和製プリンを一個だけやることにしようかね」
「マジでか。銀ちゃん先生太っ腹アルな! 一生ついていきますぜボス!」
「でっけー声出すなよ。ご褒美のプリンが一個から一口に変わるぞ」
「問題ないアル! 一口でプリン三つは軽いネ」
「罰ゲームでご褒美増えてる時点でおかしいだろバカ」

 ぷはー、と紫煙をくゆらせて冗談なのか本気なのか判別のつけづらい死んだ魚のような目をした教師に、神楽はそういえば、とたずねた。

「銀ちゃん先生なんでこんなトコのカギ持ってたアルか?
 アネゴの話が確かなら、ここ『おかずの間』って呼ばれてるんでしょ?」
「おかずじゃなくて開かずな? ここは給食センターじゃねーっての。
 最近、喫煙者にはきびしー世の中になっちまってなァ。
 職員室で吸っててもにらまれるよーになったから、火災報知機のついてない使われてない教室探してちょちょいとカギを取り替えといたのよ。
 そのカギ持ってんのは俺だけだから、そりゃ職員室のカギじゃ開かねぇだろうさ」

 つまりは堂々とタバコを吸うためだけにカギを取り替えたらしい。いっそすがすがしいほどの職権乱用だ。
 尊敬の眼差しを向ける(子どもは自分に思いつかないことを大人がやると基本的に尊敬する)神楽からは視線を外したまま、やる気のない声を上げる銀八。

「あー。しっかしバリアが一枚しかねーってのは不安だな、なんかいい方法ないもんかね」
「バリア二号に心当たりないアルか? グラサンとか」
「長谷川はもうバリアに使った。今は連中の一員になってるだろ」
「まるでダメなおっさんっぽい高校生略してマダオじゃ仕方ないアルな」
「まさにダメ親父でしかない設定上高校生略してマダオじゃ仕方ねーわな。いざとなったらお前でもいいか、盾」
「男で大人で教師は女子ども教え子守ってナンボアル。どんな悪人も死ぬ間際にいいことすると映画版ジャイアンみたく株上がるネ」
「極楽にはタバコねぇらしいから俺別に行かなくてもいいわ。
 そこが誰になんて呼ばれてようと、俺的にはタバコと糖分がなけりゃそこは地獄と同じモンだ」
「じゃあ銀ちゃん先生今天国にいるわけアルな」
「訂正。やっぱ酒とパチンコもないとヤだ」
「そんな煩悩まみれじゃ地獄行きは見えてるアルな。そんなわけだからまだ天国にいく可能性のあるわたしを守って逝くヨロシ」
「まっぴらゴメンだ。あとお前の行く先は餓鬼界って決まってるから心配すんな」
「ガキカイって何アルか?」
「えーと、ほらアレだよアレ。ゲキテイとかウサテイとかの親戚」
「マジでか」

 などというまるで意味のないダメなお話略してマダオを繰り広げ、銀八は神楽を煙に巻いた。
 もう一度立ち上るタバコの煙。
 この教室の黄ばんだカーテンは九割方以上この男の喫煙癖のせいだろう。
 そんな隣の男を気にした様子もなく、神楽はたずねる。

「そういえば新八はどうしたアルか? あのダメガネなら真っ先に捕まっててもおかしくないのに、悲鳴聞こえないアル」
「あー……ま、アイツはアイツで妙なことに巻き込まれやすい奴だからな」
「どういうことアルか?」

 首を傾げる神楽。
 銀八は短くなったタバコを灰皿に押しつけ、新しいものに火をつけて一呼吸。火を安定させると、呟いた。

「俺らみたいなスピンオフでキャラ立てのために何かしてる奴よりも、原作からずっとそれで通してる奴が活躍する舞台ってのがあっても悪くはないんじゃねぇかね」

 やはり意味は伝わらないものの、なんとなくそんなもんアルか、と頷いておく神楽であった。

 ―――まだ、事態の解決は遠い。


 <幕間2・了>

 ***

 建物の陰に隠れて壁に身を寄せ、氷室と新八は息を潜めていた。
 彼らは陰から陰に移動しながら時に長門からサポートを受けつつ、目的地へと向かう。
 とはいえ、緊張の糸も張り詰めっぱなしでは息が詰まる。
 新八は緊張をほぐす意味も込め、氷室に質問した。

「そういえば氷室さんはあいつらから一度逃げ切ったんですよね。
 どんな手品使ったんです? 学校の中とかで襲われたら逃げ場はないですし、外でも相当体力いると思うんですけど」
「汝は私をなんだと思っているのだね。
 言っておくが。私はごくごく普通の一般的な女子高生で、武力的な特技はいっさい持っていないぞ」

 心外だ、と言わんばかりに彼女は腕を組んで呆れたように言った。
 精神的な攻撃手段や社会的な攻撃手段を大量に所持している女子高生は一般的とは言わないと思います、という意見は内心にしまっておくことにした新八。
 それが正解である。

 ともあれ。じゃあどうやって? とたずねる新八に、彼女はこともなさげに答えた。

「私は運がよかったんだ。ちょうど私が襲われた時には、同じ報道委員の森あいとうちの生徒会長と話していた時でな」
「あぁ、それじゃ森さんたちがかばって―――」
「時に少年。
 汝は誰にでも使える必殺技『秘技・無能警官(ちかくにあるもの)バリア』というのを知っているかね」
「って、アンタ自分で盾にしたんかいっ!!」

 外道だ。
 あっはっは、と笑った後氷室は意地悪く新八に言葉を向ける。

「それで、汝はそれでもいいのかね?」
「それでも、って?」
「先も言ったとおり、私はいざとなれば近くのものを盾にしてでも進む人間だ。
 その人間の近くにいていざという事態を恐れることはないのか、とたずねているのだよ」

 氷室鐘は報道委員会の内部では『軍師』というあだ名で呼ばれている。
 それは彼女の趣味である人間観察の精度とそれを用いた高校生とは思えない対人用策略力によるものだ。
 彼女が新八にむけた言葉は、彼の覚悟のほどを確かめるためでもある。
 隣にいる人間は善人ではない。清廉潔白な人間でもない。そのことを再認識させ、それでもついてくる気があるのかを確認するために。


 彼女なりに意地の悪い、しかし少年の覚悟のほどを試すためにかけた問い。
 その応えは、彼女があっけにとられるくらい間髪入れずに返ってきた。

「何言ってるんですか。
 さっき氷室さんが約束させたんですよ。片方が潰れても、必ずもう一人が核心の情報を手に入れるんだって」

 氷室は思わず虚を突かれた。
 確かに先ほど、彼を脅かす意味でそう言ったのは彼女だった。
 それにも関わらず彼にもう一度たずねたのは何故だろう。彼女なりに一人の少年を巻き込みたくない仏心からだろうか。

 そこまで考えて、何を馬鹿な、と一笑に付す。
 氷室鐘の考える自身という人間はそこまでの善人ではない。だからこそ、これは単なる感傷に近いだろう。悪戯心を出した自分がしっぺ返しを受けただけの話だ。
 微笑を浮かべながら、彼女はため息をついた。

「いや、すまない忘れてくれ。柄にもなく緊張しているようだ」
「それはそうでしょう、長い間ずっと逃げながら移動してるんですし。廃墟街区に入ってもうだいぶ進みましたしね。
 そういえばさっきものすごい大きなクレーターとガレキの山を見ましたけど、巨大ロボでも暴れたんですかね?」
「あれか?
 聞いた話によると、どこぞの組織のトップに命知らずにも呪いをかけた馬鹿者が、組織の構成員全員による連係プレーと言う名の袋叩きを受けた跡らしいぞ」
「そ、壮絶な話ですね……。ていうかどこをどう袋叩きにしたらビルが倒壊したりコンクリートが溶けて固まってクレーターになったりするんですか」
「気にしない方がいいと思うぞ? 汝の精神安定上にもな」

 言いながら肩をすくめた氷室。彼女は懐からかすかな振動音を響かせる携帯を取り出して、かかってきた電話に対応する。
 電話の相手は、先ほどからずっと北高からナビゲートを担当してくれている長門だ。
 彼らはもう大分黒幕の核心近くまで来ている。これまで彼女のナビを信じて動いてきたのだ、その信頼性はきわめて高い。
 氷室はいくつか言葉をかわすと、長門に突入のルートを確認、電話を切る。
 さて、と彼女は新八の方を振り返って声をかけた。

「長門嬢からの伝言で『無事を祈る』とのことだ。
 ある程度は安全なルートを教えてもらったが、ここから先はいちいち立ち止まってナビを聞ける状態ではない。
 お互い、十分注意して先に進もう」
「わかりました。いきましょう、氷室さん」

 その応えは、やはり間髪の隙もなく。
 その応えに、気分が沸き立つような高揚を覚えながら。
 彼と彼女はその先へと足を踏み出した。



<幕間3・北高コンピュータールーム>


『うっだあぁもう……っ! これで23度目のエラーでありますよっ、なんの嫌がらせでありますかっ!?』

 苛立ったようなローティーンの少女の声。
 声の主はその場所にはおらず、ただ声だけが響く。
 それは本来この部屋で発されているものではなく、ある場所で拾った音声をそのままスピーカーのような機能で拡声しているのだ。
 この部屋にいる一人の少年が、乾いた笑い声を上げた。

「あはは……と、とりあえず落ち着こう? ノーチェ」
『こ・れ・がっ! 落ち着いてられるでありますかぁぁっ!?
 アレでありますよっ!? わたくしから情報収集技能取り去ったらほんとに何もなくなるでありますよっ!?
 ただの死ににくくて人にたかってるだけの役立たずでありますよっ!? そんな役立たず作って楽しいでありますか銀之助っ!?』
「自覚があるんなら治せばいいんじゃないかなぁ……」

 ぼやいているぐるぐるメガネの少年の名は五十鈴銀之助。
 開発部に在籍する16歳高校生の少年である。

 この部屋は現在彼の隣にいる少女―――長門有希の手によって情報制御を施された、一種の隔離空間となっている。
 隔離空間の管理者である長門がほぼ完璧な一種の結界空間を作った後、いわゆる『敵』は視覚認識頼りで眼鏡の人間を判別・認識して追跡してくることを確認。
 情報共有のための電波への情報制御を一部解き、自分以外の情報収集端末としてノーチェに協力を依頼したまではよかった。
 が、どうにも今現在のノーチェが役に立たない。とんでもなく役に立たない。
 どれくらい役に立たないかというと、現代のウィスキーキャットくらい役に立たない。ボケのいないツッコミ役くらい役に立たない。芯のないシャーペンくらい以下略。
 先ほど本人も述べたように、20回以上水晶玉を使ってこの異常について調査しているのだがまったく効果が現れないというのだ。
 これが役立たずでなくてなんというのだろうか。

 そんな自分のアイデンティティをかけて割と意地になっているノーチェ。むしろどこか哀れみを誘うくらいの一生懸命さだ。
 その時、長門がぽつりと呟いた。

「……一種の探査妨害性の要素が発生している可能性は」
『魔導(マジカル)でも化学(ケミカル)でも、ジャマーがあればそれが逆にそれが場所を特定する因子になり得るでありますっ。
 なんの手ごたえもない時点で、妨害系でわたくしの力が邪魔されてるわけではないわけで、それは、それは……つまりわたくしが無能ということに……』

 あぁ今度は落ち込んじゃった、と銀之助。
 即座に落ち込んでないでありますっ! という応えが返るが、その声はだいぶムキになっているのがありありとわかる。
 それに苦笑しながら彼は一人ごちるように言った。

「でも、やっぱり何かおかしいよね。ノーチェの調査系魔法は安定性でも信頼性でも相当なレベルにあるっていうのに。
 開発部(ウチ)の中でも水晶玉の力の解明がしたいって人は大勢いるんだよ?」
『嬉しいような、モルモット扱いされて切ないと思うべきなのか、困りどころでありますよぅ……』
「水晶玉で調べるものにだけ妨害がされてるとかの可能性はないかな」
『ですからー。そんなジャミングされてるんだったらもっとわたくしへの負荷とか、そういう類のもので逆に邪魔されてるんだと理解できるのでありますってば。
 それに、わたくしの水晶玉はそういう力の種別の選別はしないのでありまして、霊力魔力から電力熱量プラーナまでありとあらゆる計測から観測まで可能でありますよ?
 そしてそれをわたくしに理解できる情報として整理して提供することも、情報の取捨選択をわたくしが設定することも可能なのに、エラーしか出ないのでありますよっ!?
 これが異常でなくてなんと―――』

 言うのでありますか、と言いかけたノーチェに長門が鋭く声をかけた。

「ノーチェ」
『はい? 何かあったでありますか有希』
「エラーデータ中にバグの様な情報群の存在は確認できる?」
『えーと……あぁ、なんかいつもよりも多いでありますなバグデータ。
 有効性も有意性もなさそうだったから全部除外してるでありますが』
「おそらくはそれが本命」
『本命って……そんなこと言われても、これどう見ても単なるジャンクでありますよ? わざわざ偽装したような痕跡もないわけでありますし』
「不要な情報に偽装したわけではなく、あなたには不要な情報にしか見えないだけ。
 現に私たちには、あなたが探し当てた熱源集中区域の中心に存在する正体不明の流動的高エネルギー体の反応が見えている」
『はいっ!? そ、そんなものどこにも―――』
「へぇ。ノーチェにはこれ見えてなかったんだ、モニター越しでもなんとなく悪寒がする感じなのに」

 銀之助にまでそう言われてはノーチェも二の句が次げない。

 それでも、事実長門と銀之助にはモニター越しの光景でとんでもない力が渦巻いていることがわかる。
 フォローするつもりではないだろうが、長門が続けた。

「おそらくある種のフィルターを所持していない存在には感知不可能なエネルギー反応。
 あなたはその条件に不一致。だからこの異変を調査しても結果がエラーに終わる」
『……なんか納得いかないでありますが、その条件を手に入れればわたくしが無能でないことが証明されるわけでありますな?』
「そう」
『だったら教えてほしいでありますっ! わたくし、何をすればその情報が見られるのでありますかっ!?』

 執行委員のオペレーターとして他人を動かす者であり、調査・探査のエキスパートとしては現状の把握ができないこの状態は何としても脱したい。
 何よりも自分の存在意義を守るために叫んだノーチェに、長門は一言呟いた。

「―――メガネをかけて」

 メガネのレンズが、きらりと光った。


 <幕間3・了>


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