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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第09話02

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『どないせぇッちゅうんじゃこんなもん!!!』

 縮尺の狂った巨大な日本家屋の部屋に、上条当麻と御坂美琴の絶叫が反響する。
 畳敷きの床一面から、飛び出してくる無数の畳針。踏込めば、即座に百舌鳥の速贄だろう和式鉄の処女(アイアンメイデン)。
 間違えても、酒樽(デスローラー)を破壊せずにこの部屋に逃げ込んでいたら、などとは考えたくも無い。

「いや、飛んで行きゃ良いんだろうけどな―――」

 柊蓮司曰く。
 人の丈ほどある巨大な畳針であれ、空に届くには長さが足りない。

「人は飛べねぇっすよ!!」

 至極まっとうな事を上条が言った。
 柊は魔剣を掲げて、

「コイツはウィッチブレイドつって、まぁ、所謂『魔女の箒』だ。当然飛べる」

 問題は―――、

「定員、俺を含めて二名。
 このトラップだらけの部屋を突破しようと思えば、一往復と半分しなくちゃなんねぇ。
 空にトラップが無いともかぎらねぇから―――、というか、多分在るだろうから、なるべく長居はしたくない」

 経験に照らし合わせれば、ご丁寧に空に追い込んでくれる以上、其処に何も無いわけが無い。そして罠の中を突っ切る危険(リスク)は、なるべくなら減らしたい。
 悩む事数十秒。
 ぽん。と、上条当麻が手を鳴らした。

「なぁ、なぁ、御坂さん」
「なによ」
「お前って、電撃使い(エレクトロマスター)だよな」
「何を今更」
「その、『馬鹿かコイツは』って表情については後で言及するとして。
 お前ってさ、イオノクラフトかなんかで空飛べないの?」

 Ionocraft(イオノクラフト)。
 Ion craft(イオンクラフト)とも言い、UFO(未確認飛行物体)の浮遊原理ともいわれている、電力だけで空中に浮かぶシステムの事である。
 その原理は、強力な電荷によってイオン化した原子の移動。それによって発生する反作用が物体を持ち上げる。というのが通説である。

 ともかく、「美琴も空を飛べるなら解決じゃね?」と、上条は言いたいのだが、

「そりゃ、やってやれない事は無いでしょうけどね……」

 渋面を作った後、御坂美琴は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を具現化する。
 胸の辺りにプラス電荷を、足首の辺りにマイナス電荷を設定。マイナスからプラスまでの電子の流れを体内に、プラスからマイナスの流れを大気中に作り上げる。
 電力だけで物体を浮かべるには、かなりの電圧が必要になるが、超能力者(レベル5)の超電磁砲(レールガン)たる彼女には朝飯前。
 量子レベルから現実を改変し、静放電とオゾン臭をまとって、美琴は重力の頚木を解脱した。
 電荷の位置を微調整してやれば、ふわり、ふわりと、前後左右に。強弱で上下移動と速度をコントロールできる。

「ま、こんな感じかな……」

 ソレを見て、上条は一言。

「自分でやらせといてこんな事言うのもなんだけど………。
 上条さんは、なんかどっかの電気鰻人間を思い出しましたヨ?」
「誰が最初に喰われた超獣化兵よっ!」
「微妙に濃ぃ話題で盛り上がってんじゃねぇよ!! 二〇年以上連載してるクセに、完結するまで後一〇年はかかりそうな漫画のネタなんざ誰も解らんわ!!
 で? 美琴。いけそうか?」

 柊の言葉に、美琴は少しばかり思考(えんざん)して、

「ダメね。浮かぶには浮かべるけど、アンタの箒についていけるとは思わない」
「……。そうか? 電圧上げれば何とかなるんじゃね?」

 上条が問う。
 御坂美琴の身体を浮かせる力は、電荷を持った空気中の元素、即ちイオンが移動する力の反作用である。
 つまり、速度を上げたいならば、胸元のプラス電荷から足首のマイナス電荷までの、イオン化した酸素その他の元素が移動する速度を上昇させればいい。
 即ち、電気が流れる力―――電圧の上昇だ。
 超電磁砲(レベル5)の電圧最大値は十億ボルト。
 それだけ在れば大分速く移動できるんじゃないか? と、尋ねる無能力者(レベル0)に、美琴は大きな溜息で答えた。

「………。あのねぇ。アンタ、人型の物体を空飛ばすってのが、どんだけ大変だと思ってんのよ」

 飛行機が流線型なのは、偏に空気抵抗を減らすためだ。
 人型という複雑な形状では、たとえ翼を背負っても、大気の壁に阻まれて揚力すら得られない。今は能力で浮いているにしても、バランスを崩せば即、地面に真っ逆さまだ。
 そのへんの常識をぶっちぎる、月衣や機械箒(ブルーム)と、比べてはいけない。
 「そうかぁ……」と、思考の海に戻っていった上条に代わって、柊蓮司が口を開いた。

「でも、浮けるには浮けてんじゃねぇか。だったら俺の箒で引っ張るってのはどうだ?
 どうせ上条を乗っけるにしたって、左手だけで掴まってもらわねぇとならねぇからな―――」

 そうでなければ、色々壊されてしまう。服の代えはもう無いのだ。
 空いているほうの手で浮いている美琴を捕まえてもらえば、あとは箒の推進力で進めばいい。
 と、いう柊の提案は、「ダメよ」の一言で美琴に却下された。

「『空いてる手』って、つまり『右手』でしょ?
 コイツに触られてると『力』が使えないわ」
「いや。そうでも無いぜ」

 上条は言う。

「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の効果があるのは右手首から先だ。
 其処以外の―――、制服の裾でも何処でもを掴んでもらえば、効果は働かない」

 美琴は、「ふーん。そうなんだ」と納得した後、ニヤリと口元をゆがめた。

「………。なんでせうミサカサン。その不吉な笑みは―――」
「べっつにー。なるほど、成る程。
 つまりアンタに電撃を食らわせたければ、右手以外を狙えってことね?」
「げげぇ~い! 何ゆえ俺の弱点を!? これはレールガンノミコトの罠かぁ!!」
「レールガンノミコトって何よ! 人を怪しい神様みたいに言うんじゃない!!」
「だぁあっ! ホントいい加減にしとけよコノヤロウ共!!
 仲がいいのは良く分かったから、一言ごとにじゃれあってんな話が進まねぇ!!」

 箒に跨る柊の腰に、左手をまわして掴み上条はタンデムシートに腰掛ける。宙ぶらりんの自由な上条の右腕を、浮遊する美琴が掴んだのを確認して、柊は箒に火を入れた。

「行くぞ!」

 風を斬るウィッチブレイドが部屋に突入する。
 如何にしてソレを察したか、途端、畳を突き抜け床一面に針山が生まれた。

 ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすんっ、ばすん―――――!!!

 剣呑な音を発て、執拗に天を突く尖端は果たして、けれども宙を行く三人には届かない。
 針に煌く室内灯の反射。星々のような無数の煌きを睥睨して、

(ここまでは、想定通り―――)

 問題はココからだ。と、魔剣使いは箒を握る手に力を込める。
 上条と美琴に語ったとおり、用意されている逃げ道には、必ず次の罠が待っている。何故なら、月匣は砦なのだから、突破(ブレイク)される訳にはいかないからだ。
 警戒を強める柊の、その期待に答えた訳ではないだろうが、無闇に高い天井から、スルスルと何かが降りてきた。

「来やがったな……!」

 垂れ下がるように、天井から降りてきたのは円筒形の物体。小田原提灯。
 蛇腹の胴体がぱかりと割れて、中から噴射口の様な物が突き出した。
 其処から何かが飛び出すその前に、柊は箒を翻し急降下する。

 そして異口同音に、恥も外聞も無い悲鳴があがった。



 学園都市。
 開発の遅れていた、東京の西側を買い取って造り上げられた研究機関。
 学園世界でも有数の敷地面積を誇り、不夜城とはいかずとも、人の波が絶える事のないこの街は、けれど今宵、死の淵にも似た静寂がその主人であった。

 第八世界の魔王の出現。

 現実に、街の一区画が丸ごと消滅し、追い討ちを掛けるように、大量の下級侵魔の群が湧き出したこの事態。
 他の地域に飛び火する事は何としても防がなければならない。そして何より、
 同じ多重次元融合という災害に巻き込まれた『仲間』たち、即ち学園都市の住人の安全の為にも、極上生徒会は全住人の避難を決定した。
 幸いなことに、そうたいした混乱は起きずに、ほとんどの住人は避難し終えたのだが、そういった災害の場には、必ず起こる事態が一つ在る。

 略奪。即ち火事場泥棒である。

 学園都市は、研究機関であると同時に一つの街だ。金目のものは、在る所には結構ある。
 そして、人間社会の例に漏れず裏側の住人(ドロップアウト)とはいるものであって、そういった不良連中は、歴史をなぞるように行動した。

 尤も、そういった連中のほとんどは、避難誘導にあたった執行委員の手で『説得(制圧)』され、強制的に『避難(退去)』させられたのだが…………。

 表があれば、裏が在る様に。
 光があれば、闇もまた其処に在る。

 学園都市の暗部に潜む悪意は、ここぞとばかりに牙を剥いた。
 学園都市で、最も価値があるのは『学生』だ。
 特に、高レベルの能力(スキル)を有する名門校の生徒などは、恰好の的だった。
 学園都市の全住人の避難。
 二三〇万以上の人間が一斉に移動する事で引き起こされる混乱は、予想していたよりも小さかったとは言え、決して平時と比べられるものではない。
 その混乱の中で、人間が一人二人消えたところで、誰が気付く。如何すれば己に手が伸びる。

 そう、高をくくって表側に噛付こうとした彼らの牙は、しかし尽くが叩き折られた。

 彼らは闇に潜み、闇を喰らって生きるもの。
 闇から這い出た悪意は、それ以上の悪で以って、須らく喰い荒らされる。


―――そして、


 少女と見まごうばかりの細腕が、鷲掴んだ人間の頭を、無地のコンクリートに叩き付けた。

 爛と咲いた彼岸の花。

 光差さぬ路地裏の一角で、今、一つの命が刈り取られた。この夜、行動を起した人身売買組織の指を一本たりとも学生に触れさせる事なく。

 その最後の一人を永遠に黙らせて、少年は悪態を吐き捨てる。

「つまンねェ事で、イチイチ人の手ェ煩わせンなってンだよ、三下」

 白く白く白い彼は、けれど、溶け込むほどに夜闇に馴染んで、紅い海を後にした。
 チョーカーのMP3プレイヤーを弄って、右手の杖を伸ばし、彼はポケットから取り出した携帯を開く。

「オイ、こッちは片付けた。
 回収ルートを教えやがれ」

 数回のやり取りの後、電話の向うの、声の調子からすればこの白い少年と年齢的にはそう変わらないであろう年頃の少年は、その情報を告げた。

「はァ? テメェ、こンな時にフザけてンのか? 細切れにされてェってンなら、リクエストに応えてやンぞ?」
『残念ながら、こんな冗談を言う趣味は在りませんよ』
「………………。
 あァンのクソガキがァ………」

 白い少年は、携帯を握り潰さんばかりに、握り締める。

『彼女と合流したなら、正規のルートを通って街を抜けた方がいいですね。
 執行委員が彼女の捜索に当たっているそうですから、彼女たちと合流してください』
「言い訳は自分で考えろ。ってかァ?」
『出来るでしょう?』
「……ったく面倒クセェ………。あのガキ、今度飯ン時に、ピーマンを山盛りにしてやる」
『まぁ、その辺はお互い後で解決してください』

 プツリ。と、向うから切られる回線。電話の向うの相手を幻視して、彼は赤い瞳を更に鋭く細める。

「――――――」

 三度悪態をついて、彼は暗い路地裏を後にした。
 残されたのは、頭の無い死体が一つ。
 いずれ駆けつけた闇の欠片(じゅうにん)が、その痕跡すら残さず処分するだろう。



 そして無造作に、放り捨てられるような勢いで、三人は床に転がった。

「さ、流石に死ぬかと思ったぜ………」

 放心したように、柊が呟く。
 和式アイアンメイデンと、武装提灯の二重トラップエリアは、意外な事にこのベテランウィザード(漢探知のプロ)を、憔悴させていた。
 異世界人(アマチュア)の二人など、いまだ声すら出せない。
 原因は一つ。
 糸の切れた凧の様に、上に下に右に左に、自由自在で縦横無尽、乗り手の意思すらブッ千切って、魔女の箒(ウィッチブレイド)は、広い日本家屋の部屋の中を駆巡ったからだ。
 更にその原因も一つ。

 何故なら、御坂美琴は電撃使いだからだ。

 レベル5の超電磁砲は、重力を操るわけでもなく、気流を操作できるわけでも無い。
 どこぞの未元物質の様に存在しない元素をぶち込んで周囲の環境を造り変える事も、一方通行のようにベクトル自体を操って空を飛ぶこともできない。
 電荷によって空気元素をイオン化し、移動するイオンの移動力(ベクトル)を動力としているのが、電荷浮遊(イオノクラフト)だ。
 上から下へ。正確には胸元から足元へ。身体が直立していれば、真下への反作用(ベクトル)が働き、身体を宙に浮かせるだろう。
 しかし、もしも身体が傾いた場合はその限りではない。極端な話、上下反転でもした日には地面に向って超加速だ。
 そして、御坂美琴は柊の箒で曳航されていた。彼女自身のほかに、魔剣という動力が彼らには存在していた。

 そういう事で、急降下した柊のベクトルと、美琴のベクトルが掛け合わさり新しいベクトルが生まれ、三人まとめて吹っ飛んだのだった。

 板張りの床に叩き付けられた衝撃が薄れて、ようやく美琴は起き上がった。上条当麻は、いまだ床に張り付きピクピクしている。

(…………。何だったの? アレは―――)

 学園都市の能力者達は、ありえたかもしれない別の世界の可能性――自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を、能力(スキル)の基盤としている。
 開発した脳で別の可能性を観測し、ソレを現実で再現、量子レベルから世界を書き換えることで、一般に超能力と呼ばれる事象を引き起こす。
 この際、御坂美琴のような高レベル能力者になればなる程、自分だけの現実で現実を侵食するのが、自然かつ無理なく行えるようになる。
 寧ろ、ソレこそが高レベル能力者の条件と言っても良いだろう。

 無理なく自然に、いつもやっている様に、箒の進行方向、速度を演算し、無理なく曳航できる角度と強さで、イオノクラフトのベクトルを設定した筈だったのだが、

(明らかに、強かった――――わね)

 演算に誤差(ノイズ)が入り込み、発生した電荷が思ったよりも強力で、イオンクラフトのベクトルの調整が、上手くいかなかったのだ。
 勿論、その程度の微調整が出来なくては、超能力者(レベル5)は名乗れない。彼女は名門常盤台付属の優等生なのだから、平時であれば苦も無くこなせた筈だ。
 七回。
 それだけの回数、微調整に失敗して、箒は縦横無尽に暴れまわった。
 空中ロデオに平衡感覚をかき乱され、針山すれすれに袖を引っ掛け、衝撃を伴う砲弾とニアミスし、大火傷必至の熱蒸気に突っ込みかけた。
 死を覚悟したのが、とりあえず両手で数えられる範囲で済んだのは、幸運といって良いのか悪いのか。

 それでも、何とか微調整に成功して、トラップエリアをクリアしたその頭で、御坂美琴は思考の海を航海する。

 誤差(ノイズ)の正体は明らかだ。
 能力者は現実を作り変える。御坂美琴(超電磁砲)ほどの高レベルになれば、それは無理なく自然に行われるが、其処にはもちろん現実(せかい)自身の抵抗がある。
 ありえたかもしれない可能性は、やはり在り得た『かも』知れないのであって、本来ならば発生し得ない。
 モノゴトは、すべからく安定した状態を取ろうとする。その結果が今の現実だ。
 其処に、在り得なかった現実を引っ張り出すのだから、当然の結果として抵抗が生まれる。
 普段の彼女は、ソレも読みきった上で自然に演算するのだが、

「―――。なかった……」

 あるべきである筈の抵抗が、ココにはない。
 すんなりと。素直に。
 御坂美琴が観測する、在り得なかった現実(パーソナルリアリティ)こそ、この世の真理であるとでもいいたげに。

 不自然なほど自然に、するり。と、現実は書き換えられた。

 ソレが、誤差(ノイズ)となって失敗を誘発した。
 ソレを踏まえて御坂美琴は思考する。

 ココでなら、演算の手間が減る。
 もしかすれば、今よりも―――

「ふ、ふこうだ………」

 隣で、もぞもぞと立ち上がる気配を感じ取って、美琴は思考の海から呼び戻された。

「ちょっと、アンタ大丈夫!?」
「はながいたひ」

 顔を上げた上条当麻の顔面は、鼻といわず額といわず、満面真赤に染まっていた。
 そして、床の板目がくっきりと縦線を引いていた。くっきりと。

「………。御坂さん? 何ゆえ笑いを堪えてやがりマスか?」
「………………っ」
「ええい! 笑うならば笑うがいいさ! 中途半端に堪えられるのが一番ムカつく!!」

 跳ね起きて上条は叫ぶ。
 途端。弾けるように美琴は笑い出した。

「何たるお約束! そしてなんて容赦がない!
 えぇい!! 常盤台のおぜうさまには情というものはないのか腹抱えて笑うなコンチクショウ!! 」

 二人の様子を眺めて、柊蓮司は溜息を付いた。

「まぁ、気が弛むのもわからんでもないけどさ」

 実際、死ぬかと思ったのは一度や二度ではないのだ。初めて月匣ダイブする二人にきついものが在っただろう。
 その反動で、些細な事がツボに入るほど、気が弛みまくっても仕方がないだろう。

 そうは、思うのだが。

「あー、前見ろ前」

 そういう心の隙を、月匣の罠は突くだった。

 廊下の奥に視線をやれば、ゴゴゴゴゴ、と、音を発てて蠢く何か。
 そうして此方をにらみつける大きく円い、暗い穴。
 大砲。
 ピタリと、美琴の笑声がやんだ。

「…………前門の針山。後門の大砲?」

 可愛らしく首を傾げる。少々錯乱しているらしい。
 廊下は例に漏れず長大で、ソレを挟んでもまだ巨大な黒穴と呼べるソレは、一体何口径の大砲なのか。
 そんなもので撃たれたら、人間の跡形は、残るのだろうか。
 死地を越えたら、また死地が。

「…………不幸だ」

 上条の呟きを聞きとがめて、柊はとりあえず言ってやる。

「上条。一応言っといてやるけど、この程度で不幸だ何だって言ってたら、こっから先身がもたねぇぞ?」

 さぁっ。と、上条が青ざめるのと同時に、巨大大砲が火を噴いた。



 寝静まった街は、それだけで墓場のようだというのに、闇に沈むこの町に、果たして、人は一人として居らず、空虚な風景は廃墟の夜(ゴーストタウン)を思わせる。
 魔法少女カレイドルビー・プリズマイリヤと、他二名。美遊・エーデルフェルトと打ち止め(ラストオーダー)は、空っぽの街の探索を続けていた。

「む。こっちの方かもって、ミサカ的アンテナに反応あり!
 って、ことできっとあの人はこっちにいると思うから、急いで急いでってミサカはミサカは魔法少女のコスプレした二人に頼んでみたり」
「コスプレ言わないでよ!! こっちだって恥ずかしいんだから!!」
「そうですよ、コレは由緒正しい魔法少女の姿なんですから、その辺の贋物と一緒にしないで下さい」
「姉さん。フォローになっていません」
「…………」

 探し人は一人。打ち止め曰く『あの人』は、住人が避難し終えたこの街に未だ居残っているらしい。

「で、今度こそ間違いないの、その御坂レーダーってのに」
「わかんない。って、此処は虚勢を張って判るふりをしておくべきかもしれないけどせっかく手伝ってくれてるんだから、ミサカはミサカはちゃんと真実を語ってみる。
 でも、なんとなくそんな感じがするのは間違いじゃないよって、ミサカはミサカはピンクの人に胸を張ってみたり」
「随分、曖昧なのね」

 呟く美遊に、

「だって、ミサカはレベル2程度の電撃使い(エレクトロマスター)だもの。人探しは専門じゃないんだよ。ってミサカはミサカは悟ってみたり。
 でも、ミサカネットワークであの人と繋がってるから、あながちあてにならないわけでも無いよとミサカはミサカは紫の人を慰めてみる」
「………。お気遣いありがとう」

 姦しく、少女三人と杖二本は夜の街を進む。
 別に緊張感がないわけではない。そうでもしなければ、やっていけないだけだ。
 廃墟と見紛うばかりの学園都市(よるのまち)は、空虚であるが静寂には程遠い。
 断続的な、内蔵を揺らす低い音が。大気の震えが夜に響く。
 黒い空を見上げれば、紅い月バックにして、色鮮やかに万色が踊る前衛絵画。
 この世界を、奪うものと護るもの。三柱の魔王が鎬を削る危険地帯は、すぐ傍だった。
 カレイドの魔法少女とは言え無敵ではない。データで見ただけだが、あの荒廃の力に曝されようものなら、幾ら第二魔法を扱う霊装であっても無事ではすまない。

 緊張感は、生命の危機レベルで存在する。笑い飛ばさなければ、一歩も歩く事すら出来ない。
 そうして、幾つかの道を越え、路地を曲がり、

「みつけたぁ!! って、ミサカはミサカは貴方に飛びついて――――いたたたたたた!!
 なんでいきなりミサカのこめかみをグリグリするの! ってミサカはミサカは暴力反対って本日二度目の宣言を声高に叫んでみたり!!」
「やかましいっ!! 色っ々メンっドクセェマネさせてンじゃねェぞクソガキャァ!!」

 前方から現れた人影に飛びついた打ち止めは、がっちりとホールドされてうめぼしの刑に処されていた。
 その、白く白く白い人物が、ひとしきり打ち止めを折檻するのを見届け、イリヤは彼に話しかけた。

「あの、貴方が打ち止め(ラストオーダー)がさがしてた―――?」
「あァ? ああ、テメェら執行委員か。クソガキが世話ンなったな、ありがとよ」
「この人で間違いないよーって、ミサカはミサカは太鼓判押してみたり。
 ところで、太鼓判って実は判子じゃなくて小判の事だったんだよって、ミサカはミサカはどうでもいいトリビアを披露してみる」
「文字通り無駄知識だな。ちょっと黙ってろ」
「………。
 一応聞いておきますね―――」
「なンだよ?」
「どうして避難しなかったんですか?」

 その質問に、

「あー。知り合いからこのバカがはぐれたって聞いてな。
 探してたンだ。見つけてくれてありがとォな」

 すらすらと、少年は答える。

(………。なーんか嘘っぽいなー)

 内心訝るが、追及する根拠も時間も無い。

「(まぁ、何かあっても私じゃ判んないかな?)
 判りました。じゃあ、ちゃっちゃと送っちゃいますね。

 美遊、準備できた?」

 イリヤが振り向いた先では、もう一人の魔法少女が地面に魔法陣を展開していた。

「なンだ? コレ」

 複雑で精緻な魔術式も、科学の街の住人からすれば、正直単なる落書きのようにしか見えない。

「転送用の魔法陣です。中に入っちゃって下さい」

 少年は訝しがりながら、少女は嬉々揚々と、二人が魔法円の中に入ったのを確認して、イリヤと美遊は杖からの魔力を注ぎ込む。

『開け、シュバインオーグ。
 我は我の望む場所へ。我は我の望む法を』

 イリヤと美遊。二人の声と言葉が共鳴し、呼応して魔法陣も発光を始める。
 第二魔法『平行世界運営』。
 かつて魔導元帥が朱き月のブリュンスタッドの月落としを防いだ、あらゆる可能性から束ねられた『力』は、『四人』を一時に転送する魔術式に浸透し現実を塗り替え―――。

『Sesam, offne di――――』

―――まってくださいでありますよー!!

 耳に飛び込んできた聞きなれた声に、イリヤは作業を中断する。
 向うから走ってくる白黒の塊は声同様よく見知っていた。

「………一人追加だね」

 術式は四人用。どうやらもう一度、最初からやり直す必要が在りそうだ。



 炸裂する砲弾を、<金剛剣>で叩き落とし。
 床に開いた落とし穴にはまった上条を、箒で引っ張り上げ。
 壁から飛び出す槍衾は、魔剣で切り落として。
 吊り天井の部屋は箒をつっかえ棒にして、時間を稼ぎ。
 水牢に閉じ込められた美琴を、難解なパズルを解いて助け出し。
 刻々と巨大爆弾のカウントダウンが進む中、倉庫番よろしくパールちゃん神像群を動かし道を拓き。
 幻影の出口に騙されて顔面を強打し、超重力に曝されて内臓(あんこ)が飛び出しかけ、冷たい雨に打たれてからだの芯まで冷やされたと思ったら、攻勢防壁に突っ込んでこんがり焼かれ、
 連動するトラップというとラップに追い込まれそのすべてをクリアするのに、柊蓮司は八面六臂の大活躍を見せた。

 そうして、柊の体力、生命力がレッドゾーンに差し掛かったあたりで、三人はようやっとそこへと辿り着いた。

 廊下を越えた先には、朱々と鎮座する巨大な鳥居。
 鳥居は社の門。俗世と神代を分ける境界。
 佇む威容に気圧されて、上条は知らず、ゴクリと喉を鳴らしていた。
 月衣から取り出したポーションで、回復していた柊が言う。魔剣使い(漢探知のプロ)が身体を張ったお陰で、二人のアマチュアは、ほぼ無傷で済んでいた。

「準備良いか? 多分、ココが一番奥だ。
 いい加減判ってると思うけど、気ぃ引き締めとけよ」

 上条当麻と御坂美琴は、神妙に頷く。
 此処までの道のりで、月匣の恐ろしさは二人ともようく理解していた。柊が庇ってくれていなければ、無傷どころか、今ココには立っていられないだろう。


 回復を終えた柊と一度、三人顔を見合わせ―――、彼らは其処へと踏込む。


 入口の鳥居と同じように、ソレを潜り抜けた途端、辺りの風景ががらりと変貌する。
 空間はピンクの光に満たされ大気には甘ったるい香の匂いが染み付いていた。
 床には、ベンガル虎と思しき白い獣の毛皮。その周りには、高級感溢れる牛革張りのソファーが、数基。
 ぐるりと壁に視線を向けてみれば、青磁、炻器、白磁、土器等の文化的、歴史的背景などの統一感を無視した色とりどりの壺が、壁際の棚に収められている。
 そして、その部屋の中心に立てられているナニカ。

 それだけの光景を、一遍に認識して、
 上条当麻と御坂美琴。二人分、四つの眼球は、その部屋に中心で、はためくソレに釘付けにされていた。

 長さは二メートルほど。奇怪な金属であろうポールに括り付けられた、奇妙な形のおかしな色の布に、趣味の悪い色合いで刺繍された狂った図柄。
 持ち主の美的センスの無さを露呈するそれは、形容するなら『旗』だろう。
 恐らくは、魔導具『東方王国旗』。
 常識をぶっちぎって異様な内装に、アマチュア二人が言葉を失っているうちに、柊蓮司はざっと周囲を観察する。

「………。えらく堂々と飾ってやがるな―――」
「あの、ベルって奴が言うには、王権の象徴だから、目立つところに置いてなんぼって言ってましたけど……」

 半ば呆然と、上条は呟いた。

「ソレにしたってなぁ……」

 一見無用心に見えるが、パターンとして、何かしらのトラップがありそうなものだ。
 左手で上条と美琴をその場に制止し、魔剣を構えて近づく。
 二メートル超のウィッチブレイドで床を突き白虎の敷布を捲り上げ、慎重に進めば、果たして。

 柊蓮司は、何の障害もなく『旗』の下へ辿り着いていた。

「………。」

 無言で魔剣を振りかぶり、『旗』に叩き付ける。
 二メートルを越える刃は、金属質な音を発てて、旗に跳ね返された。

「トラップも無し―――、か。コレだけ頑丈なら、必要ないってか?」

 自分で出した結論に納得が行かず、こめかみを掻く。
 このエリアは、いわば敵の心臓の筈だ。最も重要で、そして最大の弱点。
 その筈なのだが、

「部屋は無人で、トラップもなし。ただ旗が頑丈なだけ。
 少々無用心な気もするけどなぁ――――」
「別に、無いならないで良いんじゃないすか?」
「わざわざ難易度上げる必要はないでしょ」

 パールセンスの衝撃から抜け出して、何時の間にか近づいていた上条と美琴が気楽な声をあげる。

「そりゃまぁそうだけどな」

 一応頷いて、けれど柊は考える。
 敵の最大の拠点。一番大事なところ。ソレなのに警備が薄い。
 此処までの道のりも、トラップばかりでエネミーが一体たりとも出てこなかった。
 そのトラップにしても、上条に美琴というアマチュアを連れていたからこそ非常に苦労したが、そこそこ名のあるウィザードならば、それほど労なく突破出来ていただろう。

「こっちは敵の心臓に食い込もうとしてんだから、進むたびに警戒が強くなって当然なんだが……」

 当然あるべきものがない。この状況は、やはり異常と言ってしかるべきだろう。

「ま、考えても仕方ないっすよ。どっかでサボってんじゃないですか?」

 気楽な事をいいながら、上条は旗に向って右手を伸ばす。
 何はともあれ、コレを壊せば全て終わる。
 パール・クールは力を失い、アゼルもこの世界も救われる。

「あ、そうだ。
 柊さん、この部屋になんか魔術的な仕掛けってあるか判りますか?」
「? なんだ、いきなり」
「これも、ベルって奴から言われたんすけど、えっと、いろんな世界から引っ張ってきた力をパールって魔王に合う様に変換する為の『濾過回路』があるとか何とか。
 どうせなら、そっちもぶっ壊しちまったほうがいいんじゃねぇかな? って」
「そういう事か。
 悪ぃけど、俺はそういうの苦手なんだ。ちょっとわかんねぇや」

 肩をすくめる柊に、そうですか、と頷いて、上条は右手で『旗』に触れる。

 その直前、三人の足元に、魔法陣が広がった。

「なっ!?」
「えっ!?」
「嘘だろっ!?!」

 赤黒く、刺々しい魔法円から、平和的な意志は感じ取れない。
 トラップ。それも剣呑な魔法型。
 反射的に、三人は魔法陣へ攻撃を仕掛けた。
 美琴の電撃が、柊の魔剣が、虚しく床板を抉る。

「!!」

 振り下ろされる上条の右拳は、しかし、
 硝子を砕くような音を響かせた。

「……。あれ?」

 握った右手を訝しげに見つめる上条の、その耳にその音が沁み込む。
 意外といえば、意外であった。
 今の今まで、上条の右手の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は、一切効果を顕してはこなかった。それが、この場面ではなぜ―――

「あらあら、消されてしまいましたか―――」

 染み出すように、不気味な声音が産まれたのはその時だった。

幕間 9


 どくん。と一度大きく拍動して、鼓動は規則正しいリズムを取り戻した。

「元気が良いわね。何か良い事あったのかしら?」

 身の丈ほどもある熊の縫い包みを抱きかかえて、微笑むソレ。
 月の裏側。いまだここにたどり着いた者はいない。
 けれど、世界の息吹は此処にも息づく。

 神殿を思わせる聖域の最奥。西風の吹き抜ける森の中。大樹の根元に設えられた寝台の上で、規則正しい寝息をたてる。
 少女か、少年か。
 性別は判然としない。

 ソレは母のように語り掛ける。

「幾多の言葉は、今日も貴方に語り掛け、
 幾多の意思は、明日も貴方の馬車の車輪を廻す―――」

 数多の世界が混ざり合ったこの世界で、

「歓びも悲しみも、愛も憎しみも、絶望も希望も―――、
 無駄なものなど一つも無い。
 ココに在りたいと願う総ては祝福されている。
 その総てが、貴方を育んでいる」

 願わくば―――、

「心優しきモノとなるように。
 命育むものとなるように。
 命を慈しむモノと成るように―――」

 月の裏側で、ソレは語りかける。

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