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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第10話01

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第十章 荒廃の魔王 _galanthus_elwesii _


 裸身に巻きついた黒い帯は、その下の肉(ししむら)ごと切り裂かれ、惨めな襤褸切れに成り果てていた。
 真白い肌は、あちらこちらに裂傷や打撲の様々な傷を抱え、吹き出した己の血で汚れている。
 雪影のような灰銀の髪は、煤や埃で汚れて汚れ、濡れたようだった桜色の口唇は、ひび割れくすみ、荒い吐息に掠れていた。

 『荒廃の魔王』アゼル・イヴリス。

 満身創痍、そして疲労困憊。
 ソレは、隣に立った黒衣のベール・ゼファーも同じ。
 『東方王国の王女』パール・クールの力は、偽りなく無限。勝機など此処にはなく、脆弱な人間を信じる他なく。
 絶望的に、立っているのがやっとという様子で、けれどもアゼル・イヴリスの瞳は、力を失っていなかった。

 稀有な事態だと、こんな状況であってもベルは内心で笑う。
 パールの言を繰り返すワケでは無いが、絶望と諦観が彼女の殆どで在った筈だ。
 それが、ココまで………。

―――あと、もう一押し。

「なに? ベル、何かいい事でもあったの?」

 二柱の魔王を睥睨して、パールは言う。
 内心だけでなく、表情にも出ていたのか。と、ベルは重ねて嗤った。

「別に。変な事に気を取られてるような場合でも無いでしょ?」

 傲然と見下ろすパールの後ろから、雷火が迫る。
 僅かに首を傾げベルの攻撃を回避し、東方王国の王女は両手から光を放った。

 未だ、戦闘は継続中。
 二対一の戦いは、際どいところで平衡を保っている。

 光弾が着弾する。
 粉塵を巻き上げ、視界を塞ぎ、回復したところでその場にはもう二柱(ふたり)の姿はない。粉煙にまぎれベルは間合いを開き、魔弾を装填。アゼルは―――、

「――――――ッ!!」

 唇を気勢で割って、拳を振り上げる。
 フェイントも何も無い、ただ力任せの一撃。軽々と、パール・クールは回避する。

「しつこいっての!!」

 かわし様に放った魔弾は、アゼルが持つ『荒廃の力』の処理能力を軽々と越えるもの。
 言葉を発する余裕もなく、全身に刻まれた傷に手足を武器に変える事も出来ず。
 垂れ流されるパール・クールの魔力を奪うだけ奪って、アゼル・イヴリスは大きく間合いを開けた。

「あああッ!!! もういい加減にしなさい!!」

 喚き散らす言葉と同時に、攻撃魔法を撒き散らす。
 アゼルに迫る攻撃は、ベルの力で弱められ、荒廃の力で吸い取られる。
 幾度このパターンを繰り返したろう。
 二柱(ふたり)の攻撃は、この身に届かず、けれど此方の攻撃も掠らせながらも回避される。
 厄介なのは荒廃の力。
 己が手に入れた無限の力(プラーナ)に対抗しうると考え、配下の手駒に攻撃させたのは間違いではなかった。
 絶対死。もし仮に、アゼル・イヴリスが完璧にその力を使いこなしていたならば、勝負は既に決まっている。
 自賛し、パールは思考を続ける。
 予想外だったのは唯一つ。たかが忘却世界一つのために、アゼル・イヴリスが此処まで粘る事。諦観と絶望で荒野に引きこもっていた魔王の行動にはそぐわない。
 折れているはずの彼女の心を、今なお支えるもの。

(ったく、アイツは何やってのよ。折角このパールちゃんが有効利用してやってんのに!!)

 攻撃の手を緩めず、パールは意識の一部を己の月匣に向ける。
 残してきた下僕に、管理を委ねた己の心臓を。

「―――――は」

 垣間見て、パールは嗤った。
 所詮、人間はこの程度。

 勝利を確信し、パール・クールは間合いに踏込むアゼル・イヴリスを眺めやる。


 一輪の花が開いた。
 血と、闇と、毒で育てた黒薔薇の華。

「あらあら、消されてしまいましたか。
 やはりわたくしの力は異能と扱われるようですわね」

 染み出すように、宙より現れた少女の影。
 朱と黒のグロテスクロリータ。
 彼女は興味深く、上条当麻を眺めやって、

「そちらが異世界の超能力者で―――、
 それが『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ですのね」

 空気が変貌(かわ)る。
 真紅の瞳に曝されて、上条は、そして美琴は、背筋が凍りついたかのような錯覚に襲われる。

「しかし、散文的な名前ですわね。あまりセンスがよろしいとは思えません―――」

 憎悪、悲哀、嫉妬、絶望。
 あらゆる、負の感情を風に溶かしたような気配。
 即ち、瘴気。

「そうですわ、『神定秩序(ヴォーダンズスピア)』なんて如何かしら?
 このわたくしが進呈して差し上げます、改名なされたらいかが?」

 無垢な淑女のように、彼女はわらった。
 荒廃の力を使うアゼルに、黒衣を纏ったベール・ゼファー、そして太陽の様なパール・クール。
 滲み出る、この夜出会った、第八世界の魔王たち、そして夏の浜で遭遇した大天使と同じ、超越者の気配。

「………。
 いらねぇよ。んなアツかましくもハズかしい名前」

 背筋の氷に抗って、上条は言う。

「そうですのお気に召しませんか―――。
 残念ですわ」

 『解る』。
 こいつは敵だ。
 蛇に睨まれた蛙のように、震えていてはただ食われるだけ。
 怯えを振り払うように、両手を掲げて拳を握る。

 そして、身構えた上条を庇うように、魔剣を構えた柊が立ちふさがった。
 その姿を見て、少女の瞳は更に好奇心の光を帯びる。

「あらあら、まさか貴方は柊蓮司?
 このようなところでお会いできるとは、わたくしも幸運ですわね」

 貴方を討ち取れば、私の名も少しは復権するでしょう。と、はしゃいだようなその声を無視し、柊は言った。 

「上条。間違えんな」
「―――!? そうっすね」

 そうだ。いきなり現れて肝を抜かれたが、別にこの少女のカタチをしたものを、今相手にする必要はない。
 『旗』はすぐ傍に。今はコレを壊すことが第一。

 柊は少女に斬りかかり、上条は右手を伸ばす。
 あらゆる異能を破壊する右手は、奇怪な旗に触れる―――、

 その刹那。

 脊髄を駆け抜けた電流に、上条は大きく後に跳んでいた。
 一秒前まで、己が居た所を薙ぐ刃。
 バックステップを踏んで回避し、更に振るわれた一閃を転がってかわす。『前に』。

 背筋を走る氷に、全身を固めた御坂美琴を、抱きかかえるように押し倒して、彼女の首を落とそうとしていた刃を回避する。

「上条! 美琴!」

 思わず、意識のそれた柊の頬を虞風が撫でる。
 仰け反りかわし、後退する柊の軌跡を、紅の糸がなぞった。 

「こいつら、どっから現れやがった!?!」

 柊が怒鳴る。
 前触れもなく現れたそれらは、『旗』を護るように、三人に箒を向けた。

「おまえら―――」

 その顔に、上条は目を見開く。
 上条の腕の中で美琴の瞳は、ただ、その、少女のカタチをしたものを写していた。

「あ、アンタは一体何なのよ!!!」

 紅(アカ)と昏(クロ)を纏い、血の滲んだ包帯を素肌に巻いた彼女は、まるで護衛を伴う令嬢のように、優雅な貴婦人の礼(カーテンシー)をとって見せた。

「わたくしの名はローズ・ビフロ。
 死霊女王の二つ名を持ち、二六の軍団を支配するもの。
 今は、『東方王国の王女』パール・クールの配下ですわ。
 以降お見知りおきを」

 凍りつくほどの怜悧な笑みを添えて。


 ローズ・ビフロ。
 そう名乗った少女のカタチをした魔王は、『旗』を背負い護るように上条たち三人と対峙する。
 三人の護衛らしき、白兵箒(ウィッチブレイド)を構えたヒトガタを伴って。
 それらは、魔剣を構える柊、立ち上がった美琴に油断なく刃先を向け、槍のような箒を持つモノたちの顔に、上条当麻は目を見開いた。

「お前ら!?」

 その顔には見覚えがあった。
 まだ、一時間と経っていない昔、アゼル・イヴリスごと彼の命も狙い、上条の目の前でパール・クールに焼殺された夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)達。

「………生きてたのか―――?」

 けれど、アゼルへの憎しみに溢れていた、魔王監視部隊のメンバーは、まるで傍らの魔王の騎士が如くに振舞っている。
 しかし、その瞳に意思の輝きはない。
 不審の色が浮かんだ顔に、ローズは口角を吊り上げた。

「そう言えば、紹介がまだでしたわね。
 この者共は我が二六の軍団に身を置く死者の兵。わたくしの道具ですわ」
「死者の兵……?」
「ええ。
 わたくしが与えた仮初の命で動く人形。貴方がたを狩り出すよう命じたのに、何時まで経っても成し遂げられなかった不出来なガラクタですが、盾にはなる様ですわね」

 それにしても。と、ローズは嗤う。

「人間とは面白いですわね。
 適当な記憶を刷り込んでやれば、自分が死んでいることすら忘れて見当違いの憎悪をばら撒くのですもの。最高の見世物でしたわ」
「っ!? テメェ……!!」
「あら? なにを怒るのです? これらは貴方を殺そうとしたのですよ? 貴方が怒る理由などないでしょう?」

「喧しいっ!!
 確かにそいつらはヤな野郎だったけどな、ソレだって全部テメェの仕業って事だろうが!!
 死んじまってから良い様に使われて、そしてそんな事言われなきゃならねぇ理由なんざ何処に在るっ!! 人間をなんだと思ってんだ!!」

「食料、そして道具ですわね。
 あまり、つまらない事を口にさせないで下さる?」

 沈黙を挟む。
 柊は眉間に皺を寄せ、美琴は頬を引き攣らせた。
 そして上条は、

「…………。
 オーケー、よぉく判った。テメェは、あのパール・クール(クソガキ)の同類なんだな……?」

 右手を握り締める。
 其処にあった温もりを確かめるように。

「―――絶対、ブン殴るっ!!」

 床が、悲鳴をあげる。
 反発力と脚力が、身体を弾丸のように射出した。
 即座に、ローズとの間に死者が割り込む。

「邪魔すんなっ!!」

 突き出す槍を、右手の一撃で破壊し、引き戻した拳で殴りつける。

 上条当麻は、こいつを認められない。
 傷ついても、死にかけても、決してこの手を離さなかった一人の魔王。
 アゼル・イヴリスの優しさを、その真実(ホントウ)を知っている上条だけは、
 侵魔(同じ)でありながら、人を人とも思わぬこの侵魔を、認めるわけには行かない!!

 硝子を砕くような、幻想を殺す音を乗り越えて、上条当麻はローズ・ビフロに肉迫した。
 踏込む上条を前に、魔王は笑みさえ浮かべて―――、

「予想通り、突っ込んで来てくれましたわね。
 ああ、けれど。やはりその手は厄介ですわ―――」

 渾身の右ストレートを、しかし魔王は難なくかわす。

「なっ!?!」
「予定どおり、貴方から潰すことにしましょう」

 ドレスの裾が翻る。
 右手を振り切った無防備な懐に、潜り込んでローズは掌を当てた。
 その手に開く赤黒い魔法陣。

「お眠りなさい」

 魔力が殺傷力に変換されて発動する。
 刹那、魔王は攻撃を中断し身を引いた。
 走る縦一閃。
 神殺しの魔剣が、その残像だけを切り捨てる。

「上条ッ、一人で突っ込んでんじゃねぇ!」

 ムカついてんのは、俺も同じだ。と、柊は魔剣を手首の返しで翻し、横一閃に振りぬいた。
 その刃を、魔王は魔力障壁を生み出し、防ぐ。

「くす。流石は柊蓮司。
 貴方相手なら、わたくしと言えど盾が必要ですわね」
「だからなんでテメェらは、他人(ひと)の事をいちいちフルネームで呼ぶんだよ!!」

 一人欠け、二人となった死者が、柊に襲い掛かる。
 魔剣を引き戻す動きは間に合わない。
 刃を振り降ろす二人は、青白い雷光に吹き飛ばされた。

「猪突猛進はアンタもよ、柊」

 バチバチと、御坂美琴は前髪から放電する。 

「話はいまいち見えないけど、流石に、さっきの科白は私もカチンときたわ」

 大気を炸裂させて、十数億ボルトの電撃の槍が、ローズを狙った。
 魔剣を押さえているのと、逆の手を突き出し、発生させた障壁が雷光を散す。

「あらあら、貴女は見逃して差し上げてもよろしかったのに………。
 そんなに、死にたいのかしら?」

 朱い視線に曝されて、含まれた鬼気に怖気が走る。
 しかし、

「はッ!」

 美琴は、怖気ごと笑い飛ばした。

「やれるもんならやってみなさい! 人間舐めてんじゃないわよグロロリ女ッ!!」

 突き出した掌から、電撃の槍が迸る。

「くっ!!」

 水平に飛ぶ雷を、ローズは魔力障壁で防御して、

「俺をッ、忘れてんな!!!」

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が、障壁を食い破った。

「しまっ……!!」

 破られた魔力障壁は作り直せる。けれど、ソレよりも速く、二撃目の電撃が走った。
 十億ボルトが身体を焼く。ダメージは軽微。されど、
 再び響く、幻想を殺す音。障壁より解放された神殺しの剣が、大気を断ち疾る。

「!!!!」

 長大な刀身を、仰け反りかわせたのは魔王の幸運か、もしくは、魔剣の主が不幸だったのか。
 でも、 

(いける!!)

 上条当麻は、後退するローズに勝利を確信した。
 如何言う理屈かは解らないが、この魔王の魔法は、幻想殺し(イマジンブレイカー)で破戒できる。
 そして、柊や美琴の攻撃力なら、ローズ・ビフロを十分に倒し得る。

(不味いですわね)

 ローズ・ビフロは、前進する上条当麻に焦燥を感じた。
 此処は、パール・クールの月匣(セカイ)。ならば、己の能力(チカラ)は異能であるだろう。
 そして、柊蓮司も異世界の能力者も、十分な脅威足り得る。

 ―――ならば、

「魔器、解放ッ!!」

 柊が叫び、魔剣に刻まれたルーン文字が発光する。
 能力を全開にした、神殺しの刃が魔王に迫る。障壁を破戒され、その破壊力を素通しで打ち込まれれば、幾ら魔王とて只では済まない。
 魔剣の刃はしかし、ローズの御髪を数本切り落としただけだった。

 ポタリ。と、水滴が零れる音がした。
 骨を削る不快な音が頭蓋に響いた。

 能力を解放した柊の魔剣は、無防備な魔王に迫り、しかしローズの障壁に侵攻を押し留められ、空に逸れる。
 幻想殺しは、その障壁を破戒できなかった。

「っ、がっ!?!」

 絡み付く白。飛び散った赤。
 何処から現れたのか、大型魚を釣上げる為と、見紛うばかりの巨大な鉤針が、上条当麻の右手を繋ぎ止めていた。

「どうやら、間に合ったようですわね」

 鉤針は、月匣の壁に繋がっている。

「ぅぐぁっ―――――!!!!」

 苦痛が弾けた。右手から脳髄までの神経を走る、針金で穿られたような激痛。
 上条自身が殴りかかった力が、戻りまでしっかりと、鉤針を肉に食い込ませ、つながれた縄が、一本釣りよろしく、上条の身体を吊り上げる。

「―――――――――!!!」

 鉤針が、更に深く右手(にく)を抉った。
 苦痛の呻きは声にもならない。

「上条!!」
「当麻!!」

 柊の驚愕に、美琴の悲鳴が重なった。
 鉤縄は壁に消え、上条の右手は月匣に埋まる。
 右手一本で吊り下げられた、食肉よろしい磔刑に。

「少し、其処で大人しくしていなさいな」

 周囲に死者の軍団を侍らせて、ローズ・ビフロは言い置いた。

「柊蓮司の幕を引いたら、遊んで差し上げますわ」


 部屋の壁に、ケバブよろしく吊り下げられる。つま先を伸ばそうと床には届かず、鉤に抉られた傷口に、全身の体重がかかり苦痛を自動的に生産する。
 このままでは、右手がささら状に引き裂かれるのも時間の問題だろう。
 苦痛に耐え、新たな痛みに歯を食いしばり右手の鉤を引き抜こうと、上条当麻は逆の手を伸ばす。けれども位置が悪い。その手は届かない。
 たとえ届いたとしても、壁の一部が変形し右手が半分壁に取り込まれている以上、そう簡単に外す事は出来ないだろう。

 その光景に一先ず、ローズ・ビフロは一息ついた。
 夢と現を司る夢使いであっても、他人の月匣を弄るのは難しい。パール・クールに与えられた魔装(管理者権限)があって、初めて成功した細工。
 ともあれ、幻想殺し(イマジンブレイカー)の隔離には成功した。後は一人ずつ撃破していけば良いだけだ。

「てめぇ、上条に何しやがった!!」
「勿論、あの右手のチカラを、少々封じさせていただいただけですわ」

 柊蓮司が魔剣を振るう。
 しかし、魔王に届く前に、割り込んだ死者の兵がその一閃を受け止めた。

「如何なさったの? 柊蓮司。
 剣筋が鈍っていますわよ?」

 ギリッ。
 と、柊は奥歯を噛み締める。
 死者の兵として、今、彼と対峙する者たちには見覚えがあった。
 かつて、とある冥魔に関わる事件の際に、共に学園迷宮(スクールメイズ)に潜った新米ロンギヌスたち。
 決して知らぬ仲ではない。そんな相手に剣を向ける抵抗が、重圧となって圧し掛かっていた。

 それでも、魔剣使いは攻撃を繰り出した。
 突き出される槍を捌き、降りぬく刀身を牽制(フェイント)にして、翻した柄頭(ポンメル)の小刃で心臓を狙う。
 虚ろな貌のまま、刃を受けた死者の兵は、鮮血を噴き出し仰臥する。
 どさり。と床に倒れ、砂となって消え去った。

「あらあら。酷い事をなさるのね。
 もしかしたら助けられたかもしれないのに―――」

 魔王が嗤う。  
 考えるまでも無い、嘘だ。心理的な揺さぶりだ。
 下手な作り話。そんなコトがあるはずがない。
 柊蓮司はもう揺らがない。己に出来る事はただ、魔剣で叩き切る事だけだと知っている。

 空に描く、文目の斬撃線。
 死者の軍団を斬り刻み、その刃は長たる魔王にまで至る。
 が、しかし。

 軋む音を発てて、ウィッチブレイドは空中で縫い止められた。

「クス。
 盾を用意しておいて正解でしたわ」
「魔力障壁!?」

 叩き付ける魔剣に生まれた抵抗。
 この魔力障壁を突破するには、今のままでは難しい。上条当麻が戦線離脱したのは、正直言って辛かった。
 諦める事無く振るう斬撃は、けれども尽くが障壁に阻まれ弾かれる。
 そうしている内に、新たな死者の兵が具現化し、柊に襲い掛かってくる。
 その攻撃を捌くうちに、柊はローズ・ビフロより引き離されていた。

「振り出しに戻る。
 嗚呼、柊蓮司。貴方が私を倒す機会は、私が月匣を変形させたその隙しか在りませんでしたのに」

 嘲意は深く、悪意は底知れず。
 湧き出す木偶人形は、数知れない。

(まずい。こいつら強敵だ―――)

 数度目の突撃。死者の群を突破し、振るった魔剣を障壁に遮られながら、柊は歯噛みする。
 詰まる所、数の暴力。死者の兵自体は大して強くはない。薙ぎ払おうと思えば、即座に消し飛ぶ程度でしかない。
 けれど、その時間が在れば、魔王が防御魔法を唱え終わるには十二分。
 柊の刃は届かない。

(美琴がこっちの相手してくれれば―――)

 或いは、御坂美琴の援護があれば、相手の速さを上回る事も可能かもしれない。
 けれど、超能力者といっても一般的な女子中学生に、この現状で冷静でいろ。と、言うのは酷かも知れない。

 槍衾を捌き、不本意な後退をしたところで、柊は美琴に向って声を張り上げる。

「そっちとっとと片付けて、こっち手伝ってくれ!!」


 白い壁面を汚す、赤い血のマーブル模様。
 鉤縄に絡められた右手は、半以上壁にめり込んで、抉られた傷口から血を垂れ流す。
 上条当麻は、更なる出血を意にも介さず、右手を引き抜こうと更に傷口を広げる。

「!?! 何やってんのよ!!」

 目の当たりにした瞬間。美琴の頭から現在の状況だとか、ソレに対する冷静な対処だとか、柊を援護するほうが重要だとか。そう言ったモノが綺麗さっぱりすっ飛んでいった。
 慌てて駆け寄って、上条を抑える。

「バカッ! 何でこっち来るんだ!!」

 上条は目を見開いた。

「馬鹿はどっちよこの莫迦!! 無理矢理外そうとするんじゃない!! 一生右手が使えなくなるわよ!!」
「ソレぐらい解ってるよバカ!! だから、此処は俺一人で何とかするから、お前は柊さんを援護しろってんだ!!」
「馬鹿って言うな莫迦の癖に!! アンタを放って置ける訳無いでしょうが!!」
「俺よりも柊さんだろ!! あの人がどんだけ頑丈でも数の差はヤバイだろうが解ってんのかこのバカ!!」

 無事な左手で美琴を制そうと振り回し、右手に響いて眉を顰める。
 その様子に、美琴の平常心は更に失われる。

「アンタって奴は、何でそう無茶ばっかりすんのよぉ!!」
「だぁ!! 泣くな!! そんな場合じゃねぇだろぉ!!」

 美琴の手が上条の右手に伸びる。
 御坂美琴は電撃使い(エレクトロマスター)だ。物質透過能力でも持っていれば、そして上条の右手に奇妙な力が宿っていなければ、話はもっと簡単だっただろう。
 けれど、ないものねだりしている意味は無い。あるもので何とかするほかなく、

―――幸い、御坂美琴は電撃使いだ。分子間の結合を断ち切れば切れない物などない。

 美琴の手が、拘束されている右手に伸びて、ソレに触れる刹那、
 硝子が砕けるような音と共に、噴き出した鮮血が美琴の肌を汚した。

「え?」

 解放された右手に呆け、上条は床に転がる。
 出血が痛みを併発する。が、それ以上に気になるの事が一つ。
 さっきの反応は間違いなく幻想殺し(イマジンブレイカー)が、鉤縄を異能として破戒したものだった。

「………。我が身の事とは言え、使えるんだか使えないんだか、ハッキリして欲しいなと切に思う次第」  
「暢気にぼやいてる場合か!!」

 上条の血で汚れた顔で、美琴は詰め寄る。
 自らのスカートを破いて、即席の包帯を作って止血の為に手早く巻いてゆく。
 深い色合いの布地は、即座に赤と混じって、なんともいえない奇妙な色に変色した。

「……。ちょっと足りないわね。こんな事なら、初春さんみたいにもっと長いスカート穿いとくんだった」
「まぁ、最近の女子中学生のスカートは少々短いよな―――って、御坂さんアナタは何処に手を突っ込んでおられますか!!」

 胸元のリボンタイと、自らのハンカチ、そして上条のポケットをまさぐって引っ張り出したハンカチを、破いて繋ぎ即席包帯を延長する。
 新しく伸ばした部分も即座に染まって、上条の右手はまるで赤いグローブをつけたよう。
 一通りの処置が終わって、上条は右手の様子を確かめる。
 指の曲げ伸ばしは可能。ただ、その度に激痛が走る。出血は、包帯で抑えられているとは言え、未だ継続中。これ以上無茶をすれば、確かに二度と使えなくなるかもしれない。

「でも、まぁ、そんなコトも言ってられねぇか―――」
「……!! ちょっと!?」

 不吉な響きの呟きを聞きとがめて、美琴は声をあげた。
 今、この男はなんて言った? まるでもう一度前線に戻るかのような。

「ありがとな、御坂」
「ちょっと待ちなさい!! あんた、まさか―――」
「まさかって何だよ……。ここで諦める訳無いだろ、俺はあいつらに託されたんだから」
「冗談でしょ!? 右手が使いものに成らなくなるかも知んないのよ!?」
「大丈夫、ちゃんと動くぜ。それにアイツはこの手を畏れている。
 十分に切り札足り得るんだ」

 だから奴は、柊に斬られる隙を作ってまで幻想殺しを奪おうとした。

「心配すんな。右手に穴が開いたぐらいたいしたことねぇよ。夏休みなんか二の腕から右腕ごと斬り落とされたんだからな」
「んなっ!?」

 一体、アタシの知らないところで、コイツは何をやってたんだ。
 絶句したその隙に、上条は既に走り出していた。

―――美琴ぉ!! そっちとっとと片付けて、こっち手伝ってくれ!!

 柊の絶叫が耳に届く。

「ああ、もう、いい加減にしときなさいよ!!」

 連続して数発。地面を水平に飛ぶ雷が、死者の軍団を弾き飛ばした。


 予想外といえば予想外だった。
 『神定秩序』。神の定めたルールを護るもの。
 上条当麻の右手は、そういったものだと、立てた予想は外れていたのだろうか。
 此処はパール・クールの月匣。東方王国の長の世界。限りなく無色のこの領域で、唯一存在する秩序である。
 ソレなのに、異能として破戒されたのは、その仮定が間違っていたからか、それとも、

「あの少女、月衣のようなモノを持っているのですか?」

 別の秩序(ルール)に取り込まれたか。
 質問が向うのは柊蓮司。
 ウィザードは魔剣を振り抜き、

「いちいちんな事教えるとでも思ってんのか!!」

 それでも律儀に返答する。
 幾十と繰り返した斬撃が、魔王の防御障壁に阻まれて、退がった瞬間、青白い雷光が世界を焼いた。
 電撃の槍。
 御坂美琴の能力が、柊に群がろうとする死者の軍団を弾き飛す。

「ぅおおおおおおおお!!!」

 即座に踏込み、剣を振るう。
 袈裟懸けの第一閃は牽制(フェイント)、左脇に腰だめにした構えから即座に二撃目を繰り出す。
 放ち得る斬撃の軌道は数種類。
 裏刃での逆袈裟、切先での突き上げ、小刃(ポンメル)と刀身の横払い連撃。
 防御は間に合わないと、魔王は身を翻す。
 ヤマを張ったのは横払い連撃。身を低く這うように、魔剣使いの懐に潜り込もうと床を蹴った。

 果たして―――、死霊女王は、自らの幸運を何に感謝したのだろう。

 柄尻の刃は金糸を散し、柊は魔王に踏み込まれる。ウィッチブレイドの長大な刀身では、格闘の間合いには対応しきれない。
 切先を天頂に向け、柄尻を叩き落とすよりも、ローズの掌に、魔法陣が広がるほうが速い。 

「吹き飛びなさい」

「させるかぁあッ!!!」

 割り込んできた赤い拳に、反応できず、対処しきれずに、魔王は床を転がった。

「なっ、えっ?」

 ドレスの裾を翻し、即座に起き上がったものの、ローズの顔には未だ混乱の色が張り付いていた。
 解放されたとは言え、上条当麻は重傷のはずだ。それが、再び前線に復帰して、あまつさえ大怪我をしている右手で殴りかかってくるなど。
 痛くないはずが無い。激痛が走っているはずだ。いまも、ほら、痛みに顔が歪んでいる。ソレなのに。
 今を好機と、柊と上条はローズを追撃する。
 振り下ろされる刃は断頭台。拳は鉄槌のように、そして後衛から迸る雷撃が、ローズの回避範囲を削り落とす。
 形勢逆転。
 しかし、油断は出来ない。相手は魔王だ。そもそもの格が違う。気を抜けばその瞬間再びひっくり返される。
 そう、
 唐突に、ローズの動きが止った。大きな、あからさまな隙。
 神殺しの魔剣と幻想殺しが迫る。しかし、彼女は回避も防御も行わない。

『!!』

 魔剣が食い込み、拳に打たれてローズの包帯が肌蹴た。白い肌に毒々しく、描かれた文様が輝いている。

「まさか、再びコレを使う必要があるなんて―――」

 思いませんでしたわ。
 そう呟くと同時、月匣の床が盛り上がり巨大な腕が現れる。上条の右手を絡めとった鉤縄と同じ、しかし、まるで規模の違う魔装。
 腕だけの存在だが、その巨大さはどこぞのゴーレムに匹敵する。
 大気を押し潰す腕が迫る。
 質量差に魔剣を軋ませながら、辛うじて柊蓮司は受け流せたが、

「~~~~~っ!! コノヤロウ!! 離しやがれ!!」

 上条は避ける事も出来ず、万力でもって拘束される。

「いい加減、大人しくしていなさいな!! 焦らずともアナタは後でゆっくりと殺して差し上げます!!」

 苛立ちを隠さず、叫ぶローズの声と共に、唸る豪腕。
 ブラックアウトさせる心算か、上条を握り締めたまま、上下左右に振り回す。

「上条!! っ、クソッ!!」

 柊は、もう一方の腕の相手をするのに手一杯で、拘束される上条を解放するためには動けない。こんなもので殴られた日には、間違いなく轢殺必至(せんべい)だ。
 代わりに走る橙の極光。
 音速の三倍でぶっ放された超電磁砲が、巨腕を手首から砕き壊す。上条は捕まれたまま、月匣の壁に、内装を巻き込んで激突した。

「!? しくじりましたわ!」

 叫び、無防備になったローズに、巨腕を切り捨てた柊が迫った。

「如何した!! 隙が出来たぞ!!」

 掠めた魔剣が、ローズの腕を浅く薙いだ。

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