◇ ◆ ◇
「……こんな店閉めて、別の町にでも行こうかしら」
青年に連れられ、柊がその店のドアに手をかけた途端、そんな言葉が店内から聞こえてきた。
途端、柊を押しのける勢いで青年が店内に飛び込み、
「おお~、ハニ~! なんてバカなことを言うんだ~」
悲嘆にくれる様を大げさに身振りで示しながら、気障ったらしい口調で告げる。
「キミはボクのことも忘れようと言うのかい~? この愛の詩人、ギルバートのことを~。
ボクはこの町の星空の下で、君と語り合う甘い時間がなければ生きて行けないよ、ハニ~」
奇妙な抑揚の口調で語りかける青年――ギルバード。本人は『歌うように』語りかけているつもりなのだろうが。
「……っていうか、人を突き飛ばしといてスルーか、コラ……」
顔面をドアの脇へ強かにぶつけた柊は、思わず恨みがましく呻く。
しかし、ギルバードより先に、リュミヌーの方が反応した。
「え、ウソ、お客さん?」
「まあ、半分はそこの兄ちゃんに引っ張ってこられたってのもあるが……」
苦笑気味に返す柊の脇をすり抜け、店内に入ったくれはが目を輝かせる。
「うわ、すご~い!」
棚一面に並んだ商品を眺め回しながら、
「あ、柊、見て見て! こっちのなんか燈籠 燈籠(とうろう)や提燈 みたいじゃない!?」
「おお、ホントだ。こっちにもこういうのあるんだなぁ~」
些か郷愁の念も含みつつも、和気藹々と棚の商品を眺める異邦人二人に、リュミヌーが躊躇いがちな声を掛ける。
「……私の他にも、こういうランプを作ってる人がいるの?」
その言葉の意味に即座に気付き、異邦人二人は目を見開いた。
「コレ、あなたのオリジナルなの!?」
「え、ええ……」
くれはの問いに頷くリュミヌーに、柊は感嘆の声を漏らす。
「へぇ……いや、俺らの故郷じゃこういうデザインも結構あるんだけどな。
えらく遠くて、行き来もままならねぇようなところなんだけど」
「はわ~、ちょっと嬉しいよね~、こういうのに出会えると」
破顔して語り合う柊とくれは。と、ギルバートがぎょっとしたような声を上げた。
「リ、リュミヌー、どうしたというんだい~?」
何事かと振り返った異邦人二人が目にしたのは――両手で顔を覆い、肩を震わせるリュミヌーの姿。
「え、ちょ、どーした!?」
「え、え!? あたしたちなんか変なこと言った!?」
「ちがっ……違う、違うのよ」
慌てたように声を掛ける異邦人たちに、リュミヌーは小刻みに震える声を返す。
「そんな風に嬉しそうに私のランプ見てくれる人、初めてだったから、嬉しいの!」
ぱっと上げられた顔には、満面の笑み。くすくすと嬉しそうな笑みで、喉を震わせながら。
「……もしかして、あんまりこの店、繁盛してないのか?」
「正直言うと、最近のお客はそこの彼だけ」
つい柊が疑問をそのまま口にすると、リュミヌーはさらりと返してきた。
「だから、お店を閉めて故郷に帰ろうかな~、とか思っちゃったりもするわけ。
正直、おマンマも食い上げ状態だし」
「うわ、洒落になってねぇ」
軽く告げられたリュミヌーの言葉に、柊は引きつった笑みを返し、
「……じゃあ、あたしたちが手伝うよ!」
「はあ!?」
唐突にくれはが告げた宣言に、笑みを消して目を剥いた。
「ちょ……! 何言い出すんだよ、くれは!」
「だってほっとけないじゃない!
それに、故郷に似た雰囲気のものがこっちでも流行ったらちょっと嬉しくない?」
「……いや、まあ……確かに……」
「じゃ、決まり!」
くれはにあっさり言いくるめられてしまい、柊は嘆息しつつも、その顔は笑っている。
結局、柊自身、放っておけないのだ。
と、二人のやり取りを見ていたギルバードが、感極まった様子で大げさな身振りをつけながら、
「ああ~、なんと素晴らしい人達なのだろう~。やはり君たちに声を掛けたボクの目に狂いはなかったね~!
もう安心だよ~、リュミヌー」
柊達を褒めているように見えて、間接的に自分の手柄にしている。アピールに抜け目のない男である。
取りえず、恋に生きる馬男は放っておいて、異邦人二人は具体的な行動計画を立て始める。
「多分、店への呼び込みより、商品を持って街中で売り歩いたほうがいいんじゃないかな」
「ああ、かもな。ここの店、あんま広くねぇし。やっぱ、人が集まるようなトコがいいよな」
「……ひと、っていうか、アナグマ達のたまり場になってる酒場ならあるけど」
二人の会話を聞いていたリュミヌーが、ぽつりと呟くように話に入ってきた。
「アナグマ?」
「ええ、人の子供くらいの大きさの、クマに似た容姿の種族。
普通は洞窟とか鉱山とかに住んでるんだけど、この町はずっと夜だから、彼にとって住みやすいみたい」
ここの住人の八割くらいは彼らよ、リュミヌーは言う。
なるほど、この町に来た直後にチョコボたちと意気投合していたクマグルミたちは、アナグマという種族らしい。
しかし、リュミヌーは憂えるような表情で言葉を付け足す。
「ただ、言語が独特で……私にはわからないのよね。酒場のマスターなんかはアナグマ語も話せるみたいだけど」
「おお~、ボクもだめだったよ~。なんと声を掛けても『ぐげ』の一言で逃げてしまって~」
わかりやすい落胆のポーズでギルバート。
しかし、異邦人二人の脳裏に、閃くものがあった。
「もしかして……」
「……いける、か?」
二人して振り返った先には、店の外で大人しく待機しているチョコボたちがいた。
青年に連れられ、柊がその店のドアに手をかけた途端、そんな言葉が店内から聞こえてきた。
途端、柊を押しのける勢いで青年が店内に飛び込み、
「おお~、ハニ~! なんてバカなことを言うんだ~」
悲嘆にくれる様を大げさに身振りで示しながら、気障ったらしい口調で告げる。
「キミはボクのことも忘れようと言うのかい~? この愛の詩人、ギルバートのことを~。
ボクはこの町の星空の下で、君と語り合う甘い時間がなければ生きて行けないよ、ハニ~」
奇妙な抑揚の口調で語りかける青年――ギルバード。本人は『歌うように』語りかけているつもりなのだろうが。
「……っていうか、人を突き飛ばしといてスルーか、コラ……」
顔面をドアの脇へ強かにぶつけた柊は、思わず恨みがましく呻く。
しかし、ギルバードより先に、リュミヌーの方が反応した。
「え、ウソ、お客さん?」
「まあ、半分はそこの兄ちゃんに引っ張ってこられたってのもあるが……」
苦笑気味に返す柊の脇をすり抜け、店内に入ったくれはが目を輝かせる。
「うわ、すご~い!」
棚一面に並んだ商品を眺め回しながら、
「あ、柊、見て見て! こっちのなんか
「おお、ホントだ。こっちにもこういうのあるんだなぁ~」
些か郷愁の念も含みつつも、和気藹々と棚の商品を眺める異邦人二人に、リュミヌーが躊躇いがちな声を掛ける。
「……私の他にも、こういうランプを作ってる人がいるの?」
その言葉の意味に即座に気付き、異邦人二人は目を見開いた。
「コレ、あなたのオリジナルなの!?」
「え、ええ……」
くれはの問いに頷くリュミヌーに、柊は感嘆の声を漏らす。
「へぇ……いや、俺らの故郷じゃこういうデザインも結構あるんだけどな。
えらく遠くて、行き来もままならねぇようなところなんだけど」
「はわ~、ちょっと嬉しいよね~、こういうのに出会えると」
破顔して語り合う柊とくれは。と、ギルバートがぎょっとしたような声を上げた。
「リ、リュミヌー、どうしたというんだい~?」
何事かと振り返った異邦人二人が目にしたのは――両手で顔を覆い、肩を震わせるリュミヌーの姿。
「え、ちょ、どーした!?」
「え、え!? あたしたちなんか変なこと言った!?」
「ちがっ……違う、違うのよ」
慌てたように声を掛ける異邦人たちに、リュミヌーは小刻みに震える声を返す。
「そんな風に嬉しそうに私のランプ見てくれる人、初めてだったから、嬉しいの!」
ぱっと上げられた顔には、満面の笑み。くすくすと嬉しそうな笑みで、喉を震わせながら。
「……もしかして、あんまりこの店、繁盛してないのか?」
「正直言うと、最近のお客はそこの彼だけ」
つい柊が疑問をそのまま口にすると、リュミヌーはさらりと返してきた。
「だから、お店を閉めて故郷に帰ろうかな~、とか思っちゃったりもするわけ。
正直、おマンマも食い上げ状態だし」
「うわ、洒落になってねぇ」
軽く告げられたリュミヌーの言葉に、柊は引きつった笑みを返し、
「……じゃあ、あたしたちが手伝うよ!」
「はあ!?」
唐突にくれはが告げた宣言に、笑みを消して目を剥いた。
「ちょ……! 何言い出すんだよ、くれは!」
「だってほっとけないじゃない!
それに、故郷に似た雰囲気のものがこっちでも流行ったらちょっと嬉しくない?」
「……いや、まあ……確かに……」
「じゃ、決まり!」
くれはにあっさり言いくるめられてしまい、柊は嘆息しつつも、その顔は笑っている。
結局、柊自身、放っておけないのだ。
と、二人のやり取りを見ていたギルバードが、感極まった様子で大げさな身振りをつけながら、
「ああ~、なんと素晴らしい人達なのだろう~。やはり君たちに声を掛けたボクの目に狂いはなかったね~!
もう安心だよ~、リュミヌー」
柊達を褒めているように見えて、間接的に自分の手柄にしている。アピールに抜け目のない男である。
取りえず、恋に生きる馬男は放っておいて、異邦人二人は具体的な行動計画を立て始める。
「多分、店への呼び込みより、商品を持って街中で売り歩いたほうがいいんじゃないかな」
「ああ、かもな。ここの店、あんま広くねぇし。やっぱ、人が集まるようなトコがいいよな」
「……ひと、っていうか、アナグマ達のたまり場になってる酒場ならあるけど」
二人の会話を聞いていたリュミヌーが、ぽつりと呟くように話に入ってきた。
「アナグマ?」
「ええ、人の子供くらいの大きさの、クマに似た容姿の種族。
普通は洞窟とか鉱山とかに住んでるんだけど、この町はずっと夜だから、彼にとって住みやすいみたい」
ここの住人の八割くらいは彼らよ、リュミヌーは言う。
なるほど、この町に来た直後にチョコボたちと意気投合していたクマグルミたちは、アナグマという種族らしい。
しかし、リュミヌーは憂えるような表情で言葉を付け足す。
「ただ、言語が独特で……私にはわからないのよね。酒場のマスターなんかはアナグマ語も話せるみたいだけど」
「おお~、ボクもだめだったよ~。なんと声を掛けても『ぐげ』の一言で逃げてしまって~」
わかりやすい落胆のポーズでギルバート。
しかし、異邦人二人の脳裏に、閃くものがあった。
「もしかして……」
「……いける、か?」
二人して振り返った先には、店の外で大人しく待機しているチョコボたちがいた。
◇ ◆ ◇
結果として、酒場での出張販売は大盛況となった。
人々には甚だ通じているのか疑問な言葉の応酬で、アナグマ達とチョコボ達は意気投合した。
どうも、酒場のマスター曰く、元々アナグマ達は月や星などを愛し、それを髣髴とさせるランプなどの光源も好むのだという。
チョコボたちと馴染んだアナグマ達に商品を見せ、筆談で値段を示せば(数字は通じた)アナグマ達は各々に気に入ったデザインのランプを買っていった。
言葉が通じないなりに、ランプを身振りで褒めているらしいアナグマ達の様子に、リュミヌーは満面の笑みを浮かべ、歓喜に震えて言った。
「嬉しい……! こんなに売れるなんて!」
「良かったね、リュミヌー!」
その横で、あからさまに別ベクトルで喜んでいるギルバート。
その彼に軽く微笑んで、リュミヌーは言う。
「私、もう少しランプ屋としてこの町に留まってみるわ」
てっきり狂喜乱舞するものかと思えば、ギルバートは意外にも頭を振る。
「ハニ~、ランプ屋としてじゃないよ。気がついているだろう?」
そうして、リュミヌーの肩を抱き、空いている片腕を空に掲げて告げた。
「ボクのパートナーとして、愛を歌うギルバートを照らす! 愛の光としてさ!!
さあ、ハニー、星屑のシャワーを浴びよう!
この世界は今日という一日のために生まれたのさ! 僕たちの愛のために!」
(……う、うわぁあぁぁ……)
傍で聞いていた異邦人二人がどん引くのを余所に、機嫌がいいリュミヌーは、その台詞を好意的に受け入れることができたらしい。
「そうね、ここの所ずっと店に篭もっていたから、外でお話しするのもいいかも」
そうして、二人は星の良く見える高台の方へと連れ立ってゆく。
そして、その二人を追う一つの影――
「――って。何やってんだ、くれは」
「はわっ!」
さり気なく二人を追おうとしていたくれはの襟首を引っ掴んで止め、柊は呆れた声を漏らす。
「だってだって、やっぱ気になるじゃん! 二人が上手くいくかどうか~」
「だからって、んな覗きみたいなマネ……」
「いや、けど……もし話がこじれてギルバートが変なことしようとしたら、リュミヌーを助けないと!」
「……お前、それはギルバートに対して酷くねぇ?」
「でも、ギルバート、思い込み激しそうだし……」
そう言ったとき、くれはの目に奇妙な不安の色がちらついたのを見て、柊は思い出す。
(そういや、くれはも前、ストーカーにあってたな……)
だとすると、くれはのこじつけのような理由も、案外本気で心配しているのかもしれない。
「……遠くから見るだけだぞ」
仕方ない、と柊がそう告げれば、くれははぱっと破顔して、
「さっすが、ひ~らぎ! となれば、さっそくれっつご~!」
柊のコートの袖口を引っ掴んで、二人の去っていた方向へ走り出す。
「って、うぇ!? 俺も!?」
引っ張られるまま、一緒に駆け出した柊は、さっきの不安の色は気のせいだったのかと、わりと本気で疑った。
人々には甚だ通じているのか疑問な言葉の応酬で、アナグマ達とチョコボ達は意気投合した。
どうも、酒場のマスター曰く、元々アナグマ達は月や星などを愛し、それを髣髴とさせるランプなどの光源も好むのだという。
チョコボたちと馴染んだアナグマ達に商品を見せ、筆談で値段を示せば(数字は通じた)アナグマ達は各々に気に入ったデザインのランプを買っていった。
言葉が通じないなりに、ランプを身振りで褒めているらしいアナグマ達の様子に、リュミヌーは満面の笑みを浮かべ、歓喜に震えて言った。
「嬉しい……! こんなに売れるなんて!」
「良かったね、リュミヌー!」
その横で、あからさまに別ベクトルで喜んでいるギルバート。
その彼に軽く微笑んで、リュミヌーは言う。
「私、もう少しランプ屋としてこの町に留まってみるわ」
てっきり狂喜乱舞するものかと思えば、ギルバートは意外にも頭を振る。
「ハニ~、ランプ屋としてじゃないよ。気がついているだろう?」
そうして、リュミヌーの肩を抱き、空いている片腕を空に掲げて告げた。
「ボクのパートナーとして、愛を歌うギルバートを照らす! 愛の光としてさ!!
さあ、ハニー、星屑のシャワーを浴びよう!
この世界は今日という一日のために生まれたのさ! 僕たちの愛のために!」
(……う、うわぁあぁぁ……)
傍で聞いていた異邦人二人がどん引くのを余所に、機嫌がいいリュミヌーは、その台詞を好意的に受け入れることができたらしい。
「そうね、ここの所ずっと店に篭もっていたから、外でお話しするのもいいかも」
そうして、二人は星の良く見える高台の方へと連れ立ってゆく。
そして、その二人を追う一つの影――
「――って。何やってんだ、くれは」
「はわっ!」
さり気なく二人を追おうとしていたくれはの襟首を引っ掴んで止め、柊は呆れた声を漏らす。
「だってだって、やっぱ気になるじゃん! 二人が上手くいくかどうか~」
「だからって、んな覗きみたいなマネ……」
「いや、けど……もし話がこじれてギルバートが変なことしようとしたら、リュミヌーを助けないと!」
「……お前、それはギルバートに対して酷くねぇ?」
「でも、ギルバート、思い込み激しそうだし……」
そう言ったとき、くれはの目に奇妙な不安の色がちらついたのを見て、柊は思い出す。
(そういや、くれはも前、ストーカーにあってたな……)
だとすると、くれはのこじつけのような理由も、案外本気で心配しているのかもしれない。
「……遠くから見るだけだぞ」
仕方ない、と柊がそう告げれば、くれははぱっと破顔して、
「さっすが、ひ~らぎ! となれば、さっそくれっつご~!」
柊のコートの袖口を引っ掴んで、二人の去っていた方向へ走り出す。
「って、うぇ!? 俺も!?」
引っ張られるまま、一緒に駆け出した柊は、さっきの不安の色は気のせいだったのかと、わりと本気で疑った。
◇ ◆ ◇
「ねぇ、リュミヌー、ボクの夢を聞いてくれるかい?」
「ええ、ギルバート、二人の夢を語り合いましょう」
リュミヌーの店のすぐ側にある、星空と街並みを見渡せる高台。
そこで、ギルバートとリュミヌーは語り合っていた。
「道行く若者に声をかけて、君のランプを売らせれば、手間をかけずにランプは売れる」
たまたま声をかけただけで、上手くランプを売りさばいてくれた旅人達の存在を思い浮かべて、青年は言う。
「私のランプが好きな人は、ほんの少しだけど、遠くからわざわざ買いに来てくれるの」
嬉しそうにランプを買って言ってくれたアナグマ達の反応に、苦しい生活で忘れかけていた事実を思い出し、娘は言う。
「ランプなんて、その辺のアナグマに作らせれば、手間をかけずに売れる」
わざわざ君自身が労力を使うことはないだろうと思いながら、青年は言う。
「一個一個、手作りで作る、手間ヒマかかる作業についついのめりこんじゃう」
なんでもないガラクタ達が、自分の手で新たな形を成していく楽しさを思い浮かべながら、娘は言う。
「都会からデザイナーを呼んで、最高に素晴らしいランプを作ろう!」
一部の人間にだけでなく、万人に評価されるものを作るべきだと考え、青年は言う。
「そのへんのガラクタを集めて、キミョウなカタチのランプを作るの」
ガラクタに新たな命を吹き込む――師から教わった感動を、己の誇りにかえて、娘は言う。
「そうすればボクら、働かなくてもいつの間にか大金持ちさ!」
労なく生活に窮することもなく、二人で愛を育めるだろうと、青年は言う。
「毎日遊んでる気分。お金はないけれど、これが私」
例え生活が辛くとも、好きなことをやって生きていく楽しさを思い出して、娘は言う。
その娘の言葉に、青年はしばし沈黙し――ややあって、切なげな声音を紡いだ。
「……キミには夢がないのかい? キミと話していると、ボクはさびしくなってしまう……」
その言葉に、今度は娘が沈黙し――ややあって、哀しそうな声音で告げる。
「――私は毎日、楽しい夢を見ているわ。あなたと話していると、今の自分が否定されてるみたい」
せっかく、あの感動を、楽しさを、誇りを、思い出したのに、それを否定されて、哀しいと。
しかし、青年は首を振る。娘の言葉が理解できないと。
「夢を持とうよ、リュミヌー。このまま閉じこもっているのは良くないよ……」
娘は青年を見る。そして、その瞳を見つめ、気付いてしまった。
「私の見る夢、夜見る夢、楽しい夢、それは全部、あなたには見えない、嘘の夢なの?」
───ああ、この人は、“私”を見てくれていない。理解しようともしていないんだ。
青年は、娘の言葉に再び沈黙し――不自然なほど明るい調子で告げた。
「ねえ、リュミヌー! 二人のハーモニー、上手く奏でることが出来ないね!」
そうして、娘から視線を外して、続けた。
「ボクはこの町を出るよ! 新しい愛を探しに行くよ! ボクには愛が必要なんだ!」
青年の変わり身の早さに、娘は怒るよりも呆れるよりも先に、納得してしまった。
───やっぱり、この人は、“私”を見てくれていなかった。
彼はひたすら捜し求めるのだろう。自分の“理想”をただ受け入れ、自分と同じものだけを見て、自分の夢を否定しない、そんな都合のいい誰かを。
「ギルバート、あなたって少し軽薄かも」
少しの悲しみと――それ以上の警句の意味を込めて、娘は告げた。
手作りのランプに一つとして同じものがないように、全く同じ世界を見ている人なんてきっといない。
───あなたはきっと、それに気付かず、探し続けるんでしょうね。
相手の意思を無視して。自分に都合のいい幻想だけを重ねて。――それが、愛だと信じて。
そして、娘には、そんな青年の愛を受け入れてあげることはできない。
だから、別れの言葉を告げる。
「あなたがいなくなったら、私も少し沈むかもしれないけど、それぞれの愛を探しましょう」
青年は、それに笑顔で振り返って答えた。
「さよなら、リュミヌー! 君のことは忘れない!」
「さよなら、ギルバート――さよなら」
静かな娘の言葉を受けて、青年はその場を立ち去ってゆく。
その背を見送ることもなく、娘も自身の愛する店へ向かった。
───あなたのお陰で、私は私の生き方を思い出したから。
そう、感謝の念を持って、娘は青年と決別した。
「ええ、ギルバート、二人の夢を語り合いましょう」
リュミヌーの店のすぐ側にある、星空と街並みを見渡せる高台。
そこで、ギルバートとリュミヌーは語り合っていた。
「道行く若者に声をかけて、君のランプを売らせれば、手間をかけずにランプは売れる」
たまたま声をかけただけで、上手くランプを売りさばいてくれた旅人達の存在を思い浮かべて、青年は言う。
「私のランプが好きな人は、ほんの少しだけど、遠くからわざわざ買いに来てくれるの」
嬉しそうにランプを買って言ってくれたアナグマ達の反応に、苦しい生活で忘れかけていた事実を思い出し、娘は言う。
「ランプなんて、その辺のアナグマに作らせれば、手間をかけずに売れる」
わざわざ君自身が労力を使うことはないだろうと思いながら、青年は言う。
「一個一個、手作りで作る、手間ヒマかかる作業についついのめりこんじゃう」
なんでもないガラクタ達が、自分の手で新たな形を成していく楽しさを思い浮かべながら、娘は言う。
「都会からデザイナーを呼んで、最高に素晴らしいランプを作ろう!」
一部の人間にだけでなく、万人に評価されるものを作るべきだと考え、青年は言う。
「そのへんのガラクタを集めて、キミョウなカタチのランプを作るの」
ガラクタに新たな命を吹き込む――師から教わった感動を、己の誇りにかえて、娘は言う。
「そうすればボクら、働かなくてもいつの間にか大金持ちさ!」
労なく生活に窮することもなく、二人で愛を育めるだろうと、青年は言う。
「毎日遊んでる気分。お金はないけれど、これが私」
例え生活が辛くとも、好きなことをやって生きていく楽しさを思い出して、娘は言う。
その娘の言葉に、青年はしばし沈黙し――ややあって、切なげな声音を紡いだ。
「……キミには夢がないのかい? キミと話していると、ボクはさびしくなってしまう……」
その言葉に、今度は娘が沈黙し――ややあって、哀しそうな声音で告げる。
「――私は毎日、楽しい夢を見ているわ。あなたと話していると、今の自分が否定されてるみたい」
せっかく、あの感動を、楽しさを、誇りを、思い出したのに、それを否定されて、哀しいと。
しかし、青年は首を振る。娘の言葉が理解できないと。
「夢を持とうよ、リュミヌー。このまま閉じこもっているのは良くないよ……」
娘は青年を見る。そして、その瞳を見つめ、気付いてしまった。
「私の見る夢、夜見る夢、楽しい夢、それは全部、あなたには見えない、嘘の夢なの?」
───ああ、この人は、“私”を見てくれていない。理解しようともしていないんだ。
青年は、娘の言葉に再び沈黙し――不自然なほど明るい調子で告げた。
「ねえ、リュミヌー! 二人のハーモニー、上手く奏でることが出来ないね!」
そうして、娘から視線を外して、続けた。
「ボクはこの町を出るよ! 新しい愛を探しに行くよ! ボクには愛が必要なんだ!」
青年の変わり身の早さに、娘は怒るよりも呆れるよりも先に、納得してしまった。
───やっぱり、この人は、“私”を見てくれていなかった。
彼はひたすら捜し求めるのだろう。自分の“理想”をただ受け入れ、自分と同じものだけを見て、自分の夢を否定しない、そんな都合のいい誰かを。
「ギルバート、あなたって少し軽薄かも」
少しの悲しみと――それ以上の警句の意味を込めて、娘は告げた。
手作りのランプに一つとして同じものがないように、全く同じ世界を見ている人なんてきっといない。
───あなたはきっと、それに気付かず、探し続けるんでしょうね。
相手の意思を無視して。自分に都合のいい幻想だけを重ねて。――それが、愛だと信じて。
そして、娘には、そんな青年の愛を受け入れてあげることはできない。
だから、別れの言葉を告げる。
「あなたがいなくなったら、私も少し沈むかもしれないけど、それぞれの愛を探しましょう」
青年は、それに笑顔で振り返って答えた。
「さよなら、リュミヌー! 君のことは忘れない!」
「さよなら、ギルバート――さよなら」
静かな娘の言葉を受けて、青年はその場を立ち去ってゆく。
その背を見送ることもなく、娘も自身の愛する店へ向かった。
───あなたのお陰で、私は私の生き方を思い出したから。
そう、感謝の念を持って、娘は青年と決別した。
◇ ◆ ◇
「……うわぁ……」
「なっにあれーッ!」
二人のやり取りを影からきいていた異邦人二人は、片や呆れた声を漏らし、片や憤りの声を上げる。
なんともあの二人の愛称は最悪だったんだなー、と柊は引きつった笑みを漏らし、くれはは余りに早すぎるギルバートの変わり身に憤慨している。
「好きだったんじゃないの!? 夢のために応援してたんじゃないの!? 何あの勝手な言い草!」
「落ち着けよ、くれは。
――確かに勝手だけどよ、強引にリュミヌーの生き方を変えようとしなかっただけ、まだマシだろ」
くれはを宥めるように、柊は言う。
あの二人の望む生き方は、余りにかけ離れすぎていたのだ。妥協点が見つからないほどに。
それでも共に生きようとしたなら、きっとどちらかがどちらかの生き方に合わせて変わるしかなかっただろう。
けれど、あの二人は、それぞれの生き方を譲れなかった。だから、別に生きるしかなかった。
ままならないものだなぁ、としみじみ思う柊の腕を、くれはががしりと掴む。
「こうしちゃいられないよ! ひーらぎ、リュミヌーを慰めに行くよっ!」
「は!? ちょ、おまっ――!?」
(そんなことしたら盗み聞きバレんぞ!?)
そうツッコむ暇もなく、くれはは柊を引き摺って、リュミヌーの店に飛び込む。
ドアを突き飛ばす勢いで飛び込んできた珍客に、リュミヌーは一瞬目を剥くも、すぐに笑みを浮かべて、
「あ、あなたたち――さっきはありがとう」
「そんなのは気にしないでいいよ! それよりも、あんな好き勝手言われてハイさようならでいいの!?」
くれはにいきなりまくし立てられ、リュミヌーは一瞬きょとんとなるも、すぐに合点が言ったように苦笑する。
「ああ、聞いてたんだ、さっきの」
「――あッ……」
今更ながらに自身の失言に気付いてうろたえるくれはに代わり、柊が苦笑気味に謝罪する。
「盗み聞きみたいな真似して悪かったな」
「いいわ、気にしないで」
さらりと返される言葉は、気を悪くした風もない。
しかし、ほんの一瞬、リュミヌーの表情に影がよぎる。
「ギルバートって、少し変だったけど、悪い人じゃなかったわ」
その切なげな笑みに、くれはも、柊もどう声をかけていいのかわからなくなり、ただ彼女の言葉に耳を傾ける。
「彼はもっと大きなランプが欲しい人なのに、私のランプはとても小さいの」
彼女は手で自身の作ったランプをかざしながら、語る。
「ランプが大きくても小さくても、本当は関係ないはずなのに。
だってそうでしょう? ベッドに入ったらランプは消すでしょう?」
柊には、夢を見るのにその大小など関係ない、といっているように聞こえた。
その深い言葉にしみじみと頷きかけて――隣の幼馴染が耳まで真っ赤になっているのに気付いた。
「……お前、何赤くなってんだ?」
「はわっ!?――ななななんでもないっ!」
声をかければ、わたわたと手と頭を横に振って叫ぶ。
一体全体くれはが何に慌てているのか理解できず、柊は首を傾げ――そんな二人のやり取りに、リュミヌーがくすくすと笑みをこぼした。
「やっぱり、同じ世界を持つなんていないのよね。言葉一つの受け取り方さえ、こんなに違うんだもの」
でも、彼女は続ける。
「それでも、一緒に生きて行けるのね。お互いにお互いを認め合えれば。それぞれの差を受け止めあえれば」
あなたたちみたいに――と、嬉しそうに笑った。
柊には、一体何のことかぴんと来なかったが――とりあえず、落ち込んでいたリュミヌーが元気になったので、
それでよしとすることにした。
ようやっと頬を冷ましたくれはも、同じ結論に至ったようで、嬉しそうに彼女の笑顔へ笑い返している。
「本当にありがとう。あなたたちのおかげで、私は大切なことを思い出したし、知ることが出来たわ」
恩人さんたちの名前を聞いてもいいかしら、と問われて、柊とくれはは自分達が名乗っていなかったことに気が付いた。
「あ――俺は柊蓮司」
「赤羽くれは、くれはでいいよ」
「そう。蓮司、くれは、私に、何かお礼できることはある?」
そう問われて、はたと二人はこの町に来た当初の目的を思い出した。
「ああ、そうだ、このランプ」
慌てて柊がホタルブクロのランプを出して見せると、リュミヌーは軽く目を見開く。
「これ……」
「――知ってるのか!?」
思わず声を上げれば、彼女はあっさりと頷く。
「うちの店で売ったランプだもの。私の作ったランプじゃないけど」
軽く記憶を辿るように首を傾けながら、リュミヌーは告げる。
「半年くらい前かしら。目つきのきつい若い男と、ふわふわした印象の女の子の二人連れ。
このランプ、棚の奥の方に入り込んでて、私でも存在に気付いてなかったのに、女の子が目敏く見つけてね」
「……その二人、もしかして、胸元に大きな宝石つけてなかったか」
もしやと思って柊が問えば、リュミヌーは大きく頷く。
「ええ、男の人は蒼、女の子は純白の宝石を。――知り合いなの?」
「ああ。ちょっとしたことで手助けして、礼にこのランプ貰ったんだ」
瑠璃と真珠姫のことだと確信して、柊は頷く。
「でも、このランプがどうかしたの?」
「いや……それが……」
改めて問われると、どう説明したものか、と柊は頭を悩ませ――
「……あら?」
そのランプをいじっていたリュミヌーが首を傾げる。
「これ、明かりの部分に光源じゃないものが入ってる」
これじゃ点かないわ、とリュミヌーは笠の中にはめ込まれていた球体を取り出した。
無色透明のガラス玉にしか見えない何か。柊たちは、てっきり電球みたいなものだと思っていたのだが。
「……何かしら、これ」
リュミヌーが問いつつ差し出してくるのに、柊は無造作にそれを受け取って――刹那、
「なっにあれーッ!」
二人のやり取りを影からきいていた異邦人二人は、片や呆れた声を漏らし、片や憤りの声を上げる。
なんともあの二人の愛称は最悪だったんだなー、と柊は引きつった笑みを漏らし、くれはは余りに早すぎるギルバートの変わり身に憤慨している。
「好きだったんじゃないの!? 夢のために応援してたんじゃないの!? 何あの勝手な言い草!」
「落ち着けよ、くれは。
――確かに勝手だけどよ、強引にリュミヌーの生き方を変えようとしなかっただけ、まだマシだろ」
くれはを宥めるように、柊は言う。
あの二人の望む生き方は、余りにかけ離れすぎていたのだ。妥協点が見つからないほどに。
それでも共に生きようとしたなら、きっとどちらかがどちらかの生き方に合わせて変わるしかなかっただろう。
けれど、あの二人は、それぞれの生き方を譲れなかった。だから、別に生きるしかなかった。
ままならないものだなぁ、としみじみ思う柊の腕を、くれはががしりと掴む。
「こうしちゃいられないよ! ひーらぎ、リュミヌーを慰めに行くよっ!」
「は!? ちょ、おまっ――!?」
(そんなことしたら盗み聞きバレんぞ!?)
そうツッコむ暇もなく、くれはは柊を引き摺って、リュミヌーの店に飛び込む。
ドアを突き飛ばす勢いで飛び込んできた珍客に、リュミヌーは一瞬目を剥くも、すぐに笑みを浮かべて、
「あ、あなたたち――さっきはありがとう」
「そんなのは気にしないでいいよ! それよりも、あんな好き勝手言われてハイさようならでいいの!?」
くれはにいきなりまくし立てられ、リュミヌーは一瞬きょとんとなるも、すぐに合点が言ったように苦笑する。
「ああ、聞いてたんだ、さっきの」
「――あッ……」
今更ながらに自身の失言に気付いてうろたえるくれはに代わり、柊が苦笑気味に謝罪する。
「盗み聞きみたいな真似して悪かったな」
「いいわ、気にしないで」
さらりと返される言葉は、気を悪くした風もない。
しかし、ほんの一瞬、リュミヌーの表情に影がよぎる。
「ギルバートって、少し変だったけど、悪い人じゃなかったわ」
その切なげな笑みに、くれはも、柊もどう声をかけていいのかわからなくなり、ただ彼女の言葉に耳を傾ける。
「彼はもっと大きなランプが欲しい人なのに、私のランプはとても小さいの」
彼女は手で自身の作ったランプをかざしながら、語る。
「ランプが大きくても小さくても、本当は関係ないはずなのに。
だってそうでしょう? ベッドに入ったらランプは消すでしょう?」
柊には、夢を見るのにその大小など関係ない、といっているように聞こえた。
その深い言葉にしみじみと頷きかけて――隣の幼馴染が耳まで真っ赤になっているのに気付いた。
「……お前、何赤くなってんだ?」
「はわっ!?――ななななんでもないっ!」
声をかければ、わたわたと手と頭を横に振って叫ぶ。
一体全体くれはが何に慌てているのか理解できず、柊は首を傾げ――そんな二人のやり取りに、リュミヌーがくすくすと笑みをこぼした。
「やっぱり、同じ世界を持つなんていないのよね。言葉一つの受け取り方さえ、こんなに違うんだもの」
でも、彼女は続ける。
「それでも、一緒に生きて行けるのね。お互いにお互いを認め合えれば。それぞれの差を受け止めあえれば」
あなたたちみたいに――と、嬉しそうに笑った。
柊には、一体何のことかぴんと来なかったが――とりあえず、落ち込んでいたリュミヌーが元気になったので、
それでよしとすることにした。
ようやっと頬を冷ましたくれはも、同じ結論に至ったようで、嬉しそうに彼女の笑顔へ笑い返している。
「本当にありがとう。あなたたちのおかげで、私は大切なことを思い出したし、知ることが出来たわ」
恩人さんたちの名前を聞いてもいいかしら、と問われて、柊とくれはは自分達が名乗っていなかったことに気が付いた。
「あ――俺は柊蓮司」
「赤羽くれは、くれはでいいよ」
「そう。蓮司、くれは、私に、何かお礼できることはある?」
そう問われて、はたと二人はこの町に来た当初の目的を思い出した。
「ああ、そうだ、このランプ」
慌てて柊がホタルブクロのランプを出して見せると、リュミヌーは軽く目を見開く。
「これ……」
「――知ってるのか!?」
思わず声を上げれば、彼女はあっさりと頷く。
「うちの店で売ったランプだもの。私の作ったランプじゃないけど」
軽く記憶を辿るように首を傾けながら、リュミヌーは告げる。
「半年くらい前かしら。目つきのきつい若い男と、ふわふわした印象の女の子の二人連れ。
このランプ、棚の奥の方に入り込んでて、私でも存在に気付いてなかったのに、女の子が目敏く見つけてね」
「……その二人、もしかして、胸元に大きな宝石つけてなかったか」
もしやと思って柊が問えば、リュミヌーは大きく頷く。
「ええ、男の人は蒼、女の子は純白の宝石を。――知り合いなの?」
「ああ。ちょっとしたことで手助けして、礼にこのランプ貰ったんだ」
瑠璃と真珠姫のことだと確信して、柊は頷く。
「でも、このランプがどうかしたの?」
「いや……それが……」
改めて問われると、どう説明したものか、と柊は頭を悩ませ――
「……あら?」
そのランプをいじっていたリュミヌーが首を傾げる。
「これ、明かりの部分に光源じゃないものが入ってる」
これじゃ点かないわ、とリュミヌーは笠の中にはめ込まれていた球体を取り出した。
無色透明のガラス玉にしか見えない何か。柊たちは、てっきり電球みたいなものだと思っていたのだが。
「……何かしら、これ」
リュミヌーが問いつつ差し出してくるのに、柊は無造作にそれを受け取って――刹那、
───『私は、ここに』
聞こえた声が、イメージの奔流となって、辺りを包み込んだ。
◇ ◆ ◇
気がつけば、目の前に、一人の女性が立っていた。
銀の髪に、藍の瞳。光と影が溶け合うこの町が、具現化したような絶世の美女。
何より、柊の目を惹いたのは――その胸元を飾る、青白い宝石。
胸元に直接埋まっているかのように見えるそれは、瑠璃や真珠の石と同類に見えた。
(瑠璃たちの仲間か……?)
そう、思ったとき、
銀の髪に、藍の瞳。光と影が溶け合うこの町が、具現化したような絶世の美女。
何より、柊の目を惹いたのは――その胸元を飾る、青白い宝石。
胸元に直接埋まっているかのように見えるそれは、瑠璃や真珠の石と同類に見えた。
(瑠璃たちの仲間か……?)
そう、思ったとき、
「私のたった一人の愛弟子、リュミヌー、聞いていますか?」
澄んだ声音が、遠くから囁くように、しかし確かに聞こえた。
「この声を聞いている方、もしその場にリュミヌーがいないのならば、どうかお願いです。
ロアの町のリュミヌーというランプ屋に届けてください。
このオーブを入れたランプは、ロアの町と場をつなげるアーティファクトです。
この声を聞けているあなたならば、きっとこれを使ってロアに飛べるでしょう」
あっさりと告げられた言葉の意味を、柊は一瞬把握しかね――気付いた瞬間目を剥いた。
このガラス球――オーブも、アーティファクトなのだ。
「さて、ここからは、リュミヌーが聞いているという前提で話させて頂きます。
───リュミヌー、私が姿を消してしまって、あなたは落ち込んでいるでしょうか。心配しているでしょうか。
それとも、のんびり屋の私のことだからと、いつかひょっこり帰ってくると思っているでしょうか」
静かに、淡々とした声音で、声は言葉を紡ぎ続ける。
「あの日、私はあなたに『昔の知り合いに呼ばれたから会ってくる』といって家を出ました。
それは嘘ではありません。
ですが、その知り合いは、私が故郷を滅ぼした仇であり、広い世界を知るきっかけをくれた恩人でもあり、
そして何より、私達珠魅一族を、誰よりも憎んでいる人でした」
(――珠魅! やっぱり、この女性(ヒト)は、瑠璃たちの……)
柊が予想を確信へと変えている間にも、彼女の声は続く。
どこか泣きそうな憂いを瞳に湛えながら、どこまでも優しい笑みを口許に浮かべ。
「あの人に会えば、私がここに帰ってくるのはとても難しいこととなるでしょう。
でも、私はここに、必ず帰ります。
愛しいロアの町に。可愛い弟子であり、大切な友人であるあなたの元に」
そういって、一度閉じた瞼を開いたとき、彼女の瞳に、もう憂いはなかった。
「あなたに会って、私達が失くしたものが何なのか、わかりかけてきたような気がするの。
私は、答えを見つけるのに、時間が足りなかったけれど……
いつか、私のように人と関わった珠魅の誰かが、きっとその答えにたどり着く。
そうしたら、私はきっとあなたの元に帰れるわ」
ただただ、優しい笑みで、彼女は言った。
「リュミヌー、そして、この声をリュミヌーの元に届けてくれた優しい人。
できれば、あなたたちのような誰かと、私の仲間が出会えますように」
そう、祈るように告げて――
「この声を聞いている方、もしその場にリュミヌーがいないのならば、どうかお願いです。
ロアの町のリュミヌーというランプ屋に届けてください。
このオーブを入れたランプは、ロアの町と場をつなげるアーティファクトです。
この声を聞けているあなたならば、きっとこれを使ってロアに飛べるでしょう」
あっさりと告げられた言葉の意味を、柊は一瞬把握しかね――気付いた瞬間目を剥いた。
このガラス球――オーブも、アーティファクトなのだ。
「さて、ここからは、リュミヌーが聞いているという前提で話させて頂きます。
───リュミヌー、私が姿を消してしまって、あなたは落ち込んでいるでしょうか。心配しているでしょうか。
それとも、のんびり屋の私のことだからと、いつかひょっこり帰ってくると思っているでしょうか」
静かに、淡々とした声音で、声は言葉を紡ぎ続ける。
「あの日、私はあなたに『昔の知り合いに呼ばれたから会ってくる』といって家を出ました。
それは嘘ではありません。
ですが、その知り合いは、私が故郷を滅ぼした仇であり、広い世界を知るきっかけをくれた恩人でもあり、
そして何より、私達珠魅一族を、誰よりも憎んでいる人でした」
(――珠魅! やっぱり、この女性(ヒト)は、瑠璃たちの……)
柊が予想を確信へと変えている間にも、彼女の声は続く。
どこか泣きそうな憂いを瞳に湛えながら、どこまでも優しい笑みを口許に浮かべ。
「あの人に会えば、私がここに帰ってくるのはとても難しいこととなるでしょう。
でも、私はここに、必ず帰ります。
愛しいロアの町に。可愛い弟子であり、大切な友人であるあなたの元に」
そういって、一度閉じた瞼を開いたとき、彼女の瞳に、もう憂いはなかった。
「あなたに会って、私達が失くしたものが何なのか、わかりかけてきたような気がするの。
私は、答えを見つけるのに、時間が足りなかったけれど……
いつか、私のように人と関わった珠魅の誰かが、きっとその答えにたどり着く。
そうしたら、私はきっとあなたの元に帰れるわ」
ただただ、優しい笑みで、彼女は言った。
「リュミヌー、そして、この声をリュミヌーの元に届けてくれた優しい人。
できれば、あなたたちのような誰かと、私の仲間が出会えますように」
そう、祈るように告げて――
その声を最後に、イメージは途切れた。
◇ ◆ ◇
「――今の……」
呆けたようなくれはの声に、柊ははっと我に返った。
見ればリュミヌーも呆然とした表情で、柊の手にしたオーブを見つめている。
「……今のムーン……? なんで……今のは……?」
「――このオーブが見せた、あんた宛のメッセージだよ」
心ここにあらずといった風に呟くリュミヌーに、柊はそのオーブを手渡す。
しかし、リュミヌーは困惑した表情で頭を振りながら、
「でも、わからないわ。ムーンが何を言おうとしたのか……
珠魅って何? ムーンの故郷って? 仇って? ムーンたちが忘れたものって何?
珍しくいっぱい話してくれたんだから、もっとわかりやすく言ってくれればいいのに!」
最後には憤慨したような調子で告げる。――どうやら、ムーンは本来無口な性質らしい。
子供がむずがるように頭を振り続けるリュミヌーに、柊は笑って告げる。
呆けたようなくれはの声に、柊ははっと我に返った。
見ればリュミヌーも呆然とした表情で、柊の手にしたオーブを見つめている。
「……今のムーン……? なんで……今のは……?」
「――このオーブが見せた、あんた宛のメッセージだよ」
心ここにあらずといった風に呟くリュミヌーに、柊はそのオーブを手渡す。
しかし、リュミヌーは困惑した表情で頭を振りながら、
「でも、わからないわ。ムーンが何を言おうとしたのか……
珠魅って何? ムーンの故郷って? 仇って? ムーンたちが忘れたものって何?
珍しくいっぱい話してくれたんだから、もっとわかりやすく言ってくれればいいのに!」
最後には憤慨したような調子で告げる。――どうやら、ムーンは本来無口な性質らしい。
子供がむずがるように頭を振り続けるリュミヌーに、柊は笑って告げる。
「言ってたじゃねぇか、わかりやすく。――必ず帰るから、待っててくれってことだろ?」
瞬間、リュミヌーは息を飲み、ぽかんと固まった。
「結局、ムーンが言いたかったのは、それだけだろ?」
不敵に笑って柊が決め付ければ、リュミヌーはじわじわとその表情を溶かし――
「もう……もう! なんなのよ!
普段はしゃべらなすぎてよくわかんないのに、今度は話しすぎてわけわかんないとか!」
怒ったように――けれど、笑いながら告げる。
「あー、もう! ……わかったわよ、待ってるわよ! だから早く帰って来ーいっ!」
どこか遠くにいる待ち人に怒鳴ってから、リュミヌーは柊たちに向き直り、笑う。
「結局、ムーンが言いたかったのは、それだけだろ?」
不敵に笑って柊が決め付ければ、リュミヌーはじわじわとその表情を溶かし――
「もう……もう! なんなのよ!
普段はしゃべらなすぎてよくわかんないのに、今度は話しすぎてわけわかんないとか!」
怒ったように――けれど、笑いながら告げる。
「あー、もう! ……わかったわよ、待ってるわよ! だから早く帰って来ーいっ!」
どこか遠くにいる待ち人に怒鳴ってから、リュミヌーは柊たちに向き直り、笑う。
「本当にありがとう、蓮司、くれは。私、この町で頑張っていくわ」
おかげでお客さんも増えたしね、と茶目っ気まじりに付け足す彼女の表情に、憂いの色はなかった。
◇ ◆ ◇
「やあ、こんばんは」
リュミヌーの店を辞去し、チョコボに跨りって帰路に着こうとしていた柊たちに、声がかかった。
そこにいたのはマントと鍔広帽に身を包んだ、影のような姿。
わかるのは、その声が男のものであり、覗いて見える嘴から、鳥人なのだろうということくらい。
「こ、こんばんは?」
「……誰だ? あんた?」
「名乗るほどのものじゃあないが、名乗らぬことが失礼となるなら名乗ろうか。私はポキール」
反射で返すくれはと訝しげに問う柊に、詠うように名乗る男。
どこかで聞いた名前だ、と柊たちは記憶を探る。
しかし、答えにたどり着くより早く、男が問いを投げてきた。
「君は、生きたまま奈落に行けるとしたら行くかい?」
「……は?」
「はわ……奈落って、死者の国とか、そういう感じの?」
突拍子もない質問に、柊はただ目を点にし、くれはは確認するように問う。
鳥人は嘴を縦に振って、その確認に肯定の意を示す。
「そう、その奈落」
「……いや、行きたくないだろ、普通……」
思わずぼやくように答えた柊と、その横でうんうんと頷くくれは。
「まあ、生者の行く場所じゃないしね」
あっさりと柊たちの意見に同意しつつ、彼はマントからその片手を現す。
その手は、銀に輝くものが握られていた。
一瞬、刃物かと二人は見紛えたが、よくよく見れば、それは、
「――スプーン……?」
「匙 さ。震え銀匙」
いいながら、彼はくれはへとそれを差し出した。
くれはは戸惑ったように柊を見るも、柊とてどう対応すべきか判断がつかない。この男に敵意がないことはわかるのだが。
結局、くれははおずおずとそれを受け取る。確かに、名の通り微かに震えているようにも感じられた。
これは一体何なのだと疑問符を浮かべる異邦人二人に、男は踵を返しつつ、告げる。
「私が預かっていたアニュエラの遺産だよ。
今の君たちには必要ないかもしれないが、私が持つより意味があるだろう」
「え、それって――」
その意味に気付いた柊の言葉が終わるより早く、男は、影の闇に溶けるように姿を消した。
「――ポキール……そうだ、七賢人の……」
呆然としたくれはの呟き。
呆けたように立ちつくす二人に、チョコボ達が不思議そうに一声鳴いた。
リュミヌーの店を辞去し、チョコボに跨りって帰路に着こうとしていた柊たちに、声がかかった。
そこにいたのはマントと鍔広帽に身を包んだ、影のような姿。
わかるのは、その声が男のものであり、覗いて見える嘴から、鳥人なのだろうということくらい。
「こ、こんばんは?」
「……誰だ? あんた?」
「名乗るほどのものじゃあないが、名乗らぬことが失礼となるなら名乗ろうか。私はポキール」
反射で返すくれはと訝しげに問う柊に、詠うように名乗る男。
どこかで聞いた名前だ、と柊たちは記憶を探る。
しかし、答えにたどり着くより早く、男が問いを投げてきた。
「君は、生きたまま奈落に行けるとしたら行くかい?」
「……は?」
「はわ……奈落って、死者の国とか、そういう感じの?」
突拍子もない質問に、柊はただ目を点にし、くれはは確認するように問う。
鳥人は嘴を縦に振って、その確認に肯定の意を示す。
「そう、その奈落」
「……いや、行きたくないだろ、普通……」
思わずぼやくように答えた柊と、その横でうんうんと頷くくれは。
「まあ、生者の行く場所じゃないしね」
あっさりと柊たちの意見に同意しつつ、彼はマントからその片手を現す。
その手は、銀に輝くものが握られていた。
一瞬、刃物かと二人は見紛えたが、よくよく見れば、それは、
「――スプーン……?」
「
いいながら、彼はくれはへとそれを差し出した。
くれはは戸惑ったように柊を見るも、柊とてどう対応すべきか判断がつかない。この男に敵意がないことはわかるのだが。
結局、くれははおずおずとそれを受け取る。確かに、名の通り微かに震えているようにも感じられた。
これは一体何なのだと疑問符を浮かべる異邦人二人に、男は踵を返しつつ、告げる。
「私が預かっていたアニュエラの遺産だよ。
今の君たちには必要ないかもしれないが、私が持つより意味があるだろう」
「え、それって――」
その意味に気付いた柊の言葉が終わるより早く、男は、影の闇に溶けるように姿を消した。
「――ポキール……そうだ、七賢人の……」
呆然としたくれはの呟き。
呆けたように立ちつくす二人に、チョコボ達が不思議そうに一声鳴いた。