QUESTION & HINT ◆l.qOMFdGV.



 姦しいざわめき、香水の香り、連れ立って歩き回る同世代の少女たち。その内に混じり、矢のように流れる青春に興じてあたしが生きる時間を捧げる。大人はその"時"を若さと笑い同時に強く嫉妬するもので、そしてそれをいくら欲しようとどうしようもない。
 この世にただふたつ存在する"永遠"のうちひとつで、そして生きる限り際限なく積もり続けるそれは、誰だって持ってる大切なものだ。

 夢想は膨らむ。友は友のままでいるだろうか、胸中に抱いた夢を叶えることができているだろうか。……そしてあたしの隣には誰がいるのだろうか。望む人か、望まぬ誰かか、それともひとりか。――愛しい彼は、一体誰を選んでいるのだろうか。
 この世にただふたつ存在する"永遠"のうちひとつで、そして死なずにいる限り眼前に広がり続けるそれは、誰だって持ってる大切なものだ。

 痛苦はある。歩みを止めたくなることも蹴躓くことも、ともすれば道を踏み外すことだってあるかもしれない。それでも、どんなに辛くとも苦しくとも、明日があるかぎり決して笑顔は喪われない。二度と笑えないなんて、そんなことがあるものか。明けない夜がないように、永遠にまた笑える日が来ないなんてあり得ない。

 ――そんな。なんてことなく普通で、どうしようもなくかけがえのない日常。
 今まで続いて、これからも続いていくはずだった他愛ないもの。
 過去と未来。築いてきた日々と作り出すはずの日々。


 嗚呼。
 ああ、それが途切れるなんて。
 "生"に付随する限りない望みの全てが、あんな一方的に絶たれるなんて。

 心の底にぽっかりと穴が空いて、そこからあたしの精神を成す全てが零れ落ちていく感覚。
 これが絶望だとあたしが理解するのに、然したる時間は必要なかった。

       ○○○
Q.絶望ってなんですか?
ヒント:まだ始まったばかりです。
       ○○○

 人影ひとつないアスファルトを孤独に進む影がひとつ。人間のシルエットにしては歪すぎるそれは、大地を踏みしめることなく低空をふわふわと進んでいく。かろうじて人型をしてはいるが、その肩から離れて浮遊するユニットは異常の一言で表現されるそれだ。
 メダルが減っていく感覚はあれど、それに頓着することはない。今後おそらく巻き込まれるであろう危険に対応するための生命線であることは充分承知していたが、どこか靄がかった頭は、道理なく浪費を受け入れていた。
 「いつかある何か」に対応することが、馬鹿馬鹿しく感じられてしまうから。
 「いつかある何か」は、容易く奪われてしまうものだと知ったから。

 IS《甲龍》と呼ばれる鋼鉄の鎧に身を包み、凰鈴音は一人E-5北部の路上を南下する。

 鈴音と篠ノ之箒との付き合いはそう長いものではない。入学からこのせいぜい三カ月といったところだ。知り合って日が浅く、おまけに始めは強く反発しあっていた仲である。セシリアもシャルロットもラウラも同様に、織斑一夏という男性を中心に集まった彼女らは、皆恋敵と呼ぶにふさわしい存在だった。

「それなのに、か」
 死んでしまったら、あんたは一夏と一緒にいられないじゃない。
 これから先、皆で続けていくはずの生活も、――譲るつもりなんて毛頭ないけど――いつか一夏の隣にいられるかも知れない未来も、全部なくなっちゃうじゃない。

 銀の福音を撃墜する戦闘、その直前に彼女を叱咤したことを不意に思い出す。“戦うべきに戦えない臆病者”ではなくなった彼女は、あそこで静観していることなど出来なかったのだろう。
「……最後まで馬鹿な奴」

 志半ばで折れた少女は、鈴音の心に芽生えた絶望の一端を確かにになっている。だが、それだけが彼女に巣食う闇の全てではない。箒の死と同様に「まゆり」と呼ばれる少女の死が、鈴音の心には突き刺さっていた。

 思い出すまでもなく、あの一瞬の記憶が鈴音の脳内で何度も反復している。
 同世代の少女の笑顔。白衣の青年の焦り。爆発。無残な少女。膝をつき震える青年。

 鈴音には当然正確なところはわからないが、青年の様子からして彼と帽子の少女がとても深いところで繋がっているというのは明白だろう。鈴音と一夏のように幼馴染だったのかも知れないし、恋人であってもおかしくない。そのような深い絶望を、青年の嘆きは多分に含んでいた。

 つまり、あの慟哭は一夏のそれと同じなのだ。
 引き裂かれた二人はそのまま箒と一夏であり、ともすれば自分と一夏でも、セシリアやラウラ、シャルロット、千冬でもある。誰もがいつまでも一夏と過ごす生を送るべき人たちだ。これから先に限りない未来をもっていて、そしてそれは簡単に奪われてはならない。
 それが奪われてしまえば、一夏はまた同じ絶望を得ることになる。

 鈴音自身、この絶望を体験している。両親の不仲、離婚、そして幼き日の一夏との別れ。もちろん程度がどちらが上かなどと低俗な話ではない。未成熟な精神にはそれがどんなにありふれたことであっても、二度とあってはならない、経験してはならないと、深く思える絶望そのものだったのだ。だから「また笑えない、なんてことはない」ことを知っていた。知っていたはずなのに、それは容易く否定された。

 未来というもの、希望というものが簡単に奪われてしまうこの状況。そは凰鈴音にとって、何もかもをどうでもよいと考えさせる程に“絶望”だった。

       ○○○
Q.記憶ってなんですか?
ヒント:この世で最も悪質な嘘つきです。
       ○○○

 高く昇る太陽の下、あたり一面に枯れ木が並ぶ林道を二人の男が進んでいく。農場でしか見かけないような巨大なミルク缶を肩に引っ提げた壮年の男性と、紅白のコントラストが眩しく、流線が多くみられる造形が特徴の機械的なスーツに身を包んだ青年の二人だ。
 まるで散歩かなにかと言わんばかりの暢気さと、場にそぐわない鼻歌と共に行軍を続ける壮年の名を伊達直人と、そして彼と対照的に神経質にあたりを見回す、緊張を保ったままゆく青年の名をバーナビー・ブルックスJrといった。
 鴻上ファウンデーションの雇われライダーとシュテルンビルトのヒーロー。戦いに赴くその時、異装を纏いその表情を覆い隠す二人の戦士は、人気のない道をただひたすら進む。

「すげぇ枯れちゃってんなあ……今は冬じゃなかったはずだけど」
 葉が生い茂りさえすれば、目を見張るような深い森になるであろう枯れきった森を流し目で見ながら、わずかに先行する伊達が呟いた。
 伊達の記憶が正しければ――まず正しいのに決まっているが、現状はその常識すらを疑いたくなる異常事態だ――、彼がグリードとの決着のために日本に降り立ったのは、いまだ屋台にアイスキャンディが売られている夏の季節のはずである。その時期であればまずほとんどの植物は青々とした葉を蓄えているはずで、この枯れきった森はいかにもおかしいのだった。

「どう思う? バーナビー」
「僕が間違っていなければ、今の季節は冬のはずですよ」

 伊達の疑問に応じるのは彼にわずかに遅れて神経を張り巡らし歩くバーナビーだ。振り向かず彼に話しかける伊達の背を見ようともせず。バーナビーは冷ややかに答える。
「マジかよ。じゃあシュテルンビルトってやつは南半球にあるのか?」
「お互いに町を知らないってことは相当遠いってことでしょうね。あなたは虎徹さんと似たような場所の出身だと思ってますけど、それならシュテルンビルトを知らないはずがない」
「ふうん……世界は広いねぇ。まさかおじさんの知らない国がまだあったなんて思いもよらなかったぜ」

 素っ気ないな、とは口に出さない。冷静どころかともすれば冷酷なまでのバーナビーに、伊達は若干の疑問を抱きながら軽口を叩く。

「ここに来る前からは記憶も途切れてるし、お前の街のことも含めてもしかしたら変な機械で記憶をぶっ飛ばされたのかもな」
「……そう簡単に人の記憶は変りませんよ」
「いやいや分らんぜ? ドクターはよくわからんものを作る天才だったからなあ……似たような能力があるヤミーだっていたし」
「……能力、ですか」

 自身の後ろには枯れ枝を踏み折る音がふたつ。テンポを保って続くその音は、まるでバーナビーの冷静さそのものだ。何者にも揺らがず、自分の歩調を守り続ける硬すぎる男を連想させる足音を、伊達は聞くともなしに聞く。

「そうそう。別にユニコーンちゃんは記憶を消してる訳じゃなかったが、ヤミーの能力なんてそれこそ計り知れない。それに他にも可能性はあるぜ?」
「……聞かせて下さい」
「バーナビーんとこのNEXTだって、もしかしたらそんな能力のやつがいるかも知れないだろ?」
拍子に乗って途切れなかった歩調がわずかに乱れる。だが、伊達はそのわずかな乱れに気付けない。
「……っ」
「聞くかぎりじゃおたくらヒーローもヤミー並みに多彩な……って、ヤミーみたいだって言ってる訳じゃ――」
「――その能力者は!」

 気付けないから、声を荒げて足音を完全に止めた今になって、初めて硬化しきったバーナビーに亀裂が走ったことを理解したのだ。
 突然の怒声に肩を竦め、伊達はふらふらと景色を巡っていた視線をその背後の青年に定める。
 その表情は精悍な造作を覆う機械的な紅白に隠され見えない。本来戦いに赴く装着者を守護する騎士の兜のはずのそれを、平穏の場であるこの場でも被り続けるバーナビーは、一体何からその身を守っているというのだろうか。

 足を止め振り返った伊達にバーナビーはつかつかと歩み寄る。胸倉をつかみ上げんばかりの剣幕で詰め寄る彼からは、激しい感情が読みとれた。
「あいつはもう僕たちが倒したんです! こんなところにいるはずがない!」
「そ、そっか」

 伊達と目を合わせて、その瞳の奥に言葉を叩きつけようとするようなバーナビーの強い語気。彼の甘いマスクに如何様な思いが浮かんでいるのかは定かではないが、刺すように睨みつけるその視線だけは、文字通りの鉄面皮に模された目からも充分に読みとれた。
 ともあれ、クールがウリのバーナビーである。一瞬の爆発ののち、その勢いの炎は急速に小さくなっていった。伊達はそんな彼の肩に手を伸ばし、励ますように叩く。

「あいつは死んだはずなんですよ……! あいつは、あいつは……」
「バーナビー、少し落ちつけよ、な?」
「……はい、すみません。取り乱しました」

 そんな伊達の手をバーナビーは俯きながら押しやった。その挙動に確かな拒絶の意思を感じながら、伊達は数歩下がってバーナビーから距離をとる。

「大丈夫か?」
「ええ、申し訳ありません。少し嫌なことを思い出しちゃって」
「いや、それなら俺も悪かったよ。こんなこと言っちゃって」

 首をふりつつ、あなたのせいじゃないですよ、とバーナビー。歩き出した彼は伊達の脇をすり抜けざま、伊達の肩をたたき「行きましょう」と呟いた。そうして振り向くことなくまた一定のリズムで靴音を響かせ続けるバーナビーを目で追い、伊達はひとつ溜息をつく。

「おい、待てよー」

 思案顔を引っ込め、薄い笑いを浮かべながら伊達は小走りにバーナビーを追いかけ始めた。
(これが、俺がこいつに感じた"別のなにか"の正体なのか……?)
(いや、違う。これはただ表層に過ぎない。多分この奥になにかがある……んじゃねぇかなぁ)


 名簿にジェイクの名前を見つけたときから危惧していたことだ。そのうえで伊達のいうドクターの超常ぶりを聞き、そうして現実味を帯びてきたからこその激情だった。
 死者の蘇生。古今東西あらゆる手段を駆使して成りえなかった人類最古にして最強の欲望。
 ジェイクがもし本当に蘇っているのであれば、他の死者が蘇ってても何もおかしいことはない。それがバーナビーを弄びその人生を狂わせた、最後にはルナティックの業火で死を遂げたあの記憶を操る悪人であってもだ。
 自身の人生のこと、両親のこと、そして虎徹を殺しかけたこと。その全てについて恨んでも恨み切れないあの悪人が生きているとするならば、一体あのジャスティスタワーでの攻防はなんだったのか? 果たしたはずの敵打ちは? それが全部無駄になったとでも言うのだろうか?

 つまるところ、バーナビーの激昂はそれが原因だったのだ。
 幾人もの人を巻き込み自分の野望の為に混乱を引き起こして、また大切な人を奪いかけた悪人への怒り。下されたはずの罰をものともせず、のうのうとどこかで笑っていると考えた時の憎悪。
 そしてなにより――。

 伊達はバーナビーの芯に気付かない。気付けない。
 バーナビーは自身のそこに何があるかわからない。わかりたくない。
 暗澹たる思いを飲み込み、二人は進む。

       ○○○
Q.出会いってなんですか?
ヒント:物事が大抵悪い方に転がります。
       ○○○

「鴻上ファウンデーションに行こう」
「は?」

 枯れ林を抜け地形の「円形の街」のおかしさに疑問を抱き、ひとっこひとりいない市街地を時折言葉を交わしながら進む。やがてE-5の地形の境目にたどり着いた時、脈絡なく伊達が言った言葉がそれだった。
「何故です? 東回りで町を回るはずでしたでしょう」
「いやあそれはそうなんだけどさ。おじさん少し疲れちゃって。バーナビーも少し休みたいだろ?」
「僕は平気ですけど」
「まあまあそう言わずにさ……」

 一応勝手を知っている場所だから一番気楽に休める、それに何かあるかもしれない。そう嘯きながら伊達はバーナビーの背中を押す。呆れたように溜息を洩らしながらバーナビーもやがて伊達が押す方向へ歩き出した。

「何かあるかも知れないって……どうして思うんです」
「勘だよ、勘」
「……つまり適当ってことですね」
「これが当たるんだよ、意外とさ」

 並んで歩く伊達に目をやり、バーナビーは小さく呟く。
「……やっぱり、あなたは……」
「ん? なんか言ったか、バーナビー?」
「いえ、何も言ってませんよ。それより道案内をお願いします」
「可愛げのないやっちゃなー、昔の後藤ちゃんみたいだぜ。あのころの後藤ちゃんは生意気でよー――」

 ――そうして、少し経った後の事だ。幾度となく繰り返された伊達が声をかけバーナビーが短く答えるやりとり、それ以外に物音ひとつなかったはずの街に、突然その人影が現れたのは。
「伊達さん、上!」
「あ? なん――」

 一瞬の攻防だった。空から落ちてくる異形に間一髪で反応したのは警戒を緩めずいたバーナビーだけ。自由落下速度をはるかに越え、おそらく隣接するビルから飛び降りてきたであろう機械の腕を、飛び退ってかわし地面を転がる。体勢を立て直し伊達の方を向いた時には、全てが終わっていた。

「――動かないで」
「伊達さん……」
「……ごめん、捕まっちゃった」

 黒とマゼンタで塗布された、まだ幼さの残る少女が乗りこむロボット。そしてそれが構える巨大な刀を首元に突き付けられて、両手を小さくあげて降参のポーズをとる伊達。
 それが鈴音とバーナビー、そして伊達の三人の出会いであった。




 立膝のまま呆れたように溜息をつくバーナビーを気まずそうに視界の外に追いやり、伊達は己の背後に立つ少女に語りかける。彼女にこちらを即座に害する意思がないのは明白だし、そうでなければ和解の可能性が多いにある。第一、首元に刃物を突きつけられたままでいたい、なんてそんな奇特な人間は多くないだろう。そして奇特な人間でない伊達が望むことは、当然解放されることだった。

「おいお嬢ちゃん落ちつけ、人様に刃物向けたりしちゃあいけないんだぜ?」
「知ってるわよ」
「ならちょーっとその剣を俺から離してもらえるかなー?」
「馬鹿にしてるの? 話を聞かせてもらったら離すわ」
「最初は襲い掛かる気まんまんだったろうが……」
「取り押さえるのが一番手っ取り早いからやっただけよ。――もしあたしを殺す気で掛られたら、あたしだってあんたたちを殺さないと」
「…………」「…………!」

 ふざけたような伊達とどこか張りつめているにも関わらず面倒くさげな少女。少女の口から突然飛び出した「非日常」を再認識させるその言葉は、会話を静観していたバーナビーと伊達に戦慄を走らせた。
 明らかな戦闘機械――それこそバースのように、だ――に身を包んだ少女とは言え、文字通りの少女である。本来であればこのような悲惨な殺し合いなど縁もゆかりもなかったはずの娘だろうということは想像に難くない。そんな人間に殺しを覚悟させるその異様さに、改めて眉をひそめた伊達だった。

「……なら要求を。答えられる僕が答えましょう」
 バーナビーがようやく口を開く。小柄な体格のはずなのにロボットに乗っているため、伊達より長身となった少女の顔が伊達の肩の上で動きバーナビーを捉えた。じろじろとスーツを眇め、少女が言う

「なんなの、その恰好。コスプレ?」
「それが質問ですか」
「そんな訳ないじゃない」
「……そんな反応ってことは、あなたもシュテルンビルトを知らないってことですね」
「生憎と知らないわ、そんな町」
「まあいいでしょう。で、質問というのは?」

 突きつけられた切っ先は微動だにせず、伊達は二人をただ固唾をのんで見守る他なかった。頼むから挑発だけはやめてくれよバーナビー、などとは、とてもじゃないが口に出せそうにない。緊迫した雰囲気のまま、二人の問答は続く。

「まずあんたたちの今後の方針……は、まあ聞かなくても大丈夫でしょうね」
「少なくとも今、伊達さんを傷つけず捕まえているあなたとは同じですよ。『殺しはしない』」
「……じゃあもう俺捕まえてる意味なんてないと思うんだけど……?」
「保険よ、保険……こんな馬鹿げた殺し合いに付き合う必要なんてないもんね。次は、最初の眼鏡のことについて何か知っていることはある? それとこの街について」
「眼鏡はあなたが捕まえている彼が知り合いのそうですよ」

 目だけで伊達を見下ろす少女に伊達は作り笑いを向ける。少女は鼻をひとつ鳴らし、続けて語るバーナビーを向きなおった。
「それにこちらの――」

 バーナビーが伊達と自身が進行方向としていた向きを指さす。
「――方にある鴻上ファウンデーションビルは、これもそっちの彼の古巣だそうです」
「ふぅん」
「……それにおかしな言い方ですが、僕の住む街もこのそばにあります。地図を見ましたか? そこにあるジャスティスタワーを中心とした、海で囲まれた街です」
「……そばに『ある』、ね。てことは」
「……そうです。僕の街は、こんなところになかった」
「あたしとおんなじ、って訳か」

 ふと、伊達の首筋から圧力が消えた。巨大な刃がゆっくりと伊達から離れていく。一切伊達の首に傷をつけない精緻な刃物の取り扱いに少女の乗るロボットの精巧さが見て取れた。
「悪かったわ、伊達さん?」
「……ああ。伊達明だよ、よろしくぅ!」
「はいはい、よろしくね。私は凰鈴音。中国の国家代表候補生、見ての通りIS乗りよ」

       ○○○
Q.違和感ってなんですか?
ヒント: 「違和感を感じる」は誤用です。
       ○○○

 バーナビーと伊達がそうであったように、互いの世界の齟齬に気付くまで、多くの時間は必要なかった。
 鴻上ファウンデーションの有無、シュテルンビルトの所在、そして機動兵器《IS》の存在。
 シュテルンビルトや鴻上ファウンデーションであれば多少きびしくとも「知らなかった」で済む問題だろう。ところがどっこい、ISクラスの世界常識ともなればそうはいかなかった。

「凰さんと同郷の方が同僚にいます。ここにはいませんが」
「で、俺が虎徹さんとやらと同じ人種って訳か」
「……少なくとも同じ地球にはいそうね」

 記憶の誤魔化しの次は宇宙人と来たか、伊達は胸中にこぼしてその発想に一人でニヤリとする。怪訝な四つの視線を集めたことを誤魔化すように頭を振り、男は胸を叩いて、
「まあどうであろうと安心しなさい! 君たちみたいな若造二人なんか、俺がまとめて守ってやるから! な?」
「……また茶化して」
「あんたみたいなのに守られるほど軟じゃないわよ、おじさん」
「おっ、おじさん……」

 軽口に乗らず本気で返事をするとは、これが若さか。露骨に溜息をつき肩を落とす。まったく同行者の二人ともがどうにも硬くノリの悪い連中だとは、なんと運の悪いことだろう。
 やれやれと、再び頭を上げたその時だった。

「……どうした? バーナビー」
 彼を凝視するバーナビーと、その視線が交錯したのは。

「……いえ、なんでもありません」
 伊達に倣うかのように顔を伏せる。表情自体は相変わらず見せることなくいるが、彼が何か思案を抱えていることは明白だった。だが、伊達にはそれがなんだかわからない。
 そうか、とお茶を濁して、ただ歩みを続けるほかなかった。


 ――道中の話題は尽きることがない。地図の次は参加者の話題である。
 バーナビーは伊達に、伊達はバーナビーに聞かせた内容をなぞって説明し、鈴音が彼らの敵を把握したところで、最後は鈴音の番だ。

「さて次は……」
「あたしね」

 軽く頷き鈴音は続けた。ISは未だに格納されず、鈴音の華奢な身体を包みこんで浮遊している。重力すらも切り離して浮かぶこれにも、伊達は強い「世界への疎外感」を見た。だがそんな伊達の想いとは関係なく鈴音は話し続ける。
「あんたらみたいに敵が多くもないし、私の知り合いはみんなフツーの人間よ」
「そりゃあ羨ましいこって」
「みんなISに乗ってるから誰かに襲われても心配ないし、千冬さんはあたしなんかが心配したらおこがましいくらいだわ」
「IS、ねえ」

 伊達はちらりと鈴音を見やる。身体から離れて浮く肩の装甲、流線形を取り入れながらも硬質さを失わないデザイン。女性が乗ること以外全て戦闘に特化した機能性をもつそれに乗るというのであれば、確かに頼もしい戦力となるだろう。
 ぼんやりとそう考える伊達を知ってか知らずか、疑問の声をひとつバーナビーが上げた。

「その兵器、最初に殺されたあの少女が使っていたものと似ていますね」

 はっと鈴音を見る伊達だが、その無表情は動かない。バーナビーと同じ疑問を抱いていた身ではあったが、彼女らが友人である場合のショックを考慮して問わずにいたのだった。だがその情報を必要と判断したのだろう、バーナビーはあえてそれを聞いた。

「……ええ、そうよ。あいつも私の友達」
「……それは……助けてやれずに、悪かった」
「いいのよ。明らかに危険な相手に無理して突っかかってくあいつが悪いんだから」

 伊達の謝罪にもまったく頓着しないというつもりか、鈴音の無表情はやはりそのままだ。それでもこの少女が、何かを隠そうとしていることは充分に伝わった。

「……さっきドクターについて気にしてたよな。あれは……」
「どうなのかしらねー。あたしだって聞いたところで何をするつもりだったのかわからないし、何かしてやろうって気にもならないわ」
「……投げやりなんだな」
「あんなもん見せられちゃ誰だってそうなるってもんよ。あたしに言わせりゃあんたたちやあのワイルドタイガってのの方が驚きだわ」

 お手上げだ、と言わんばかりのジェスチャーと首を振る鈴音。そんな彼女に、どこか思うところがあったのか「虎徹さんは……!」と言いかけ詰め寄ろうとするバーナビーを制し、伊達は言った。
「なんで諦める? お前の友達は諦めなかったんだろう」
「うるさいわね、どうでもいいでしょそんなこと」
「怖いなら、俺達が守ってやる」
「……は?」
「ヒーローのバーナビーと、この伊達明が守ってやる、ってそう言ってるんだよ」

 立ち止り、鈴音は伊達を凝視した。やがてばつが悪そうに目を反らし、何言ってるのよ、と呟く。
 逡巡はそのまま図星だ。どんなに強大な武器を振るおうと、彼女はまだ子供なのだ。高校生ともなればずいぶん大人に近くはあるが、それでもまだ成熟には足りない。そんなぶれやすい時期であるからこそ、彼女は護られる必要がある。

「ISにも乗ってないくせに」
「それでも戦える方法はある、って言ったろ? 大丈夫だ、安心しろ。ガキを守るのは大人の役目だ。だからお前はやりたいことをやれ。あ、殺しはよくないけどな?」
「……くだらない。根拠もないし、戦えばあたしの方が強いわ」

 苦々しげに吐き捨てる鈴音。だがその言葉が強がりからくると理解できない人間はここにはいない。
 ぽんぽんと、ISに乗っているため自分より高い位置にある鈴音の頭を、慈しみをこめて撫でるように叩く。

「強がりたい気持ちもその誇りもわかるがよ、たまには誰かに任してみるのも悪くねえぞ?」

「……っ」
 伊達の曇りのない笑顔が、鈴音の中で一夏のそれと強く重なった。喉元まで競り上がってきた何かを意地で飲み込み、伊達の手を払いのける。幾分と乱暴に追い払われた伊達ではあったが、彼にはそれが拒絶だとはどうしても思えなかった。

「……女だからって馬鹿にしないでよ」
「してねえよ。守られるのが嫌なら一緒に戦う、ってのはどうだ?」
「ああそうですか、好きにして……」

 ISが光の粒へと変化し、急速に収束していく。光の氾濫が収まった後その中に立っていたのは、肩に改造が施してあるIS学園の白い制服を纏った凰鈴音だった。小さな笑いを浮かべて、彼女はいう。

「……さっきあんたたちを殺すって言ったでしょ、あれ嘘。殺して相手が死んじゃったら、それで終わりだもの。誰かの未来がなくなるのは、そいつがどんな人間でもあたしはいけないことだと思う」
「……おう」
「でもあたしは、箒の未来を奪ったあいつを、あたしたちをこんなところに放り込みやがったあの眼鏡を一発ぶん殴ってやりたい」
「……だろうな」
「手伝ってくれる?」

伊達は黙りきったままのバーナビーに目をやった。伊達を見つめていたのだろうか、その仮面に光る目と即座に目線が合致する。何も言わないバーナビーに頷きかけ、伊達は鈴音に向き直った。

「おう、任せろ!」

       ○○○
Q.おしまいってなんですか?
ヒント:悪いことにそれはありません。
       ○○○

(――この人は、本当によく似ている)
 鈴音と言葉を交わす伊達の背中を見つつ、バーナビーは思う。
 スマートではなくどこか粗暴で、それでも優しい思いやり。がさつで遠慮なく踏み込んできて、それなのに心を穿つその言動。
 嗚呼、この人は、本当によく似ている。

(だからだ)
 この心のざわめきは。
(伊達さんが、あまりにも彼に似ていたから)
 それだけだ。
(そうに決まってる――)

 行くぞ、と伊達がバーナビーに呼び掛けた。はい、と返事をこぼし、鈴音と伊達が並んで歩くその後ろを行く。
 鴻上ファウンデーションビルを目指した後はどうするのだろうか? 予定通り調べて回るのか? それとも別の方針を立てるのか?
 愚にもつかない疑問をいつまでも胸中でこねまわし、頭を支配するこの訳のわからない感覚を視界の外に追いやって、伊達が「あれだ」と指し示したビルへと向かってバーナビーは進む。




 ――不明瞭なこの感覚は「怒り」だ。バーナビーはそれに気付きながらも、そこから目を反らしている。それを認めることは、つまりバーナビー・ブルックスJrの“夢”、ワイルドタイガーの敗北を認めることと同義であるからだ。
 理をとらず情をとり、そして結果的に最善を為す、まるっきりワイルドタイガーな伊達。
 ……彼と違って能力減退に悩まされるでもなく、ヒーローをやめることを決意するでもなく、ただ気楽に彼の真似をする伊達。

「それは、虎徹さんがするべきことだ」

 ――なんて、子供の理論にも満たない、ぶつける先のない我が儘。あるいはそれは、かつて栄華を誇った父の老いによる没落を見る、本来なら正常なる男児が乗り越えてこねばならなかったある種の甘えなのかもしれない。
 その甘えは、ここにきて最悪の形で牙を剥く。そんな彼がもし――もし、その「父」と築いた“栄光の軌跡”が踏みにじられたと知ったなら――。
 さて、どうなることやら。
 バーナビーの内なる怒りを抱え、戦う姫君と二人の騎士からなるパーティーは、居城を求め欲望の街をただ進む――。

【一日目-日中】
【E-5/鴻上ファウンデーションビル前】

【伊達明@仮面ライダーOOO】
【所属】緑
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【装備】バースドライバー(プロトタイプ)+バースバスター@仮面ライダーOOO、ミルク缶@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~2
【思考・状況】
基本:殺し合いを止めて、ドクターも止めてやる。
  1:鴻上ファウンデーションビルの家探しでもさせてもらいますかねっと。
  2:バーナビーと行動して、彼の戦う理由を見極める。
【備考】
※本編第46話終了後からの参戦です。
※TIGER&BUNNYの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。
※ミルク缶の中身は不明です。

バーナビー・ブルックスJr.@TIGER&BUNNY】
【所属】白
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【装備】バーナビー専用ヒーロースーツ@TIGER&BUNNY
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:虎徹さんのパートナーとして、殺し合いを止める。
  1:伊達、鈴音と共に行動する。
  2:伊達さんは、本当によく虎徹さんに似ている……。
【備考】
※本編最終話 ヒーロー引退後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。

【凰鈴音@インフィニット・ストラトス】
【所属】緑
【状態】健康
【首輪】50:0
【装備】IS学園制服、《甲龍》待機状態(ブレスレット)@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品一式、不明支給品1~3
【思考・状況】
基本:真木清人をぶん殴ってやる。
  1:伊達とバーナビーについていく。
  2:男だけど、伊達はちょっとは信頼してやってもいいかもね。
【備考】
※銀の福音戦後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、TIGER&BUNNYの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。




040:深紅郎動く! 龍之介改造計画! 投下順 042:Uの目指す場所/ボーダー・オブ・ライフ(前編)
039:断片交錯のダイバージェンス 時系列順 042:Uの目指す場所/ボーダー・オブ・ライフ(前編)
019:HERO & BUDDY & DEPENDENCE 伊達明 074:Ignorance is bliss.(知らぬが仏)
バーナビー・ブルックスJr.
GAME START 凰鈴音


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年11月01日 15:43