愛の炎 ◆QpsnHG41Mg
魔力針の指し示す方角は絶えず変動していた。
南へ向かっていたかと思えば、緩やかに西へと変わっていく。
歩けども歩けども魔力の針が指し示すものに出会う気配はない。
それでも二人の少女は次第に傾き出した太陽を指す針に従って歩く。
「おねぇちゃん、疲れない?」
「カオスさんは疲れましたの?」
「ううん」
第二世代のエンジェロイドはそんなヤワな身体をしていない。
カオスが心配したのは、怪我をしているのに休みもせずに歩き続ける仁美のことだ。
誰だって怪我をすれば痛いし、疲れる筈だ。仁美が辛い思いをすると思うと、カオスも痛くなる。
果たして、それが愛という感情なのだろうか。
幼いカオスにはいまだ愛が何なのか分からない。
でも、少なくとも握り締めた仁美の手を離したくはない。
出来得るなら、このままずっと一緒にこうして歩いていたいと思う。
「ねぇ、おねぇちゃん。これが愛なのかな」
「あら、カオスさんはもう自分の愛を見付けましたの?」
「う~ん……わかんないけど、おねぇちゃんとはずっと一緒にいたいな」
「あらあら、随分と嬉しい事を言ってくれますのね」
そう言って仁美はクスリと微笑んだ。
その笑顔を見れるのが嬉しくて、カオスも同じように笑った。
難しく考え過ぎていただけで、愛は意外と簡単なものなのかもしれないと思った。
○○○
稀代の放火魔、大犯罪者たる
葛西善二郎にも休息は必要だ。
話の通じる人間との合流を求めて街を彷徨ったが、一向に誰とも出会いはしない。
歩いて得られるのは何の得にもならない疲労感と徒労感だけだ。
一旦休憩でも取ろうと思った葛西は、一見人の寄りつかなさそうな地味な家屋に入った。
「生存優先っつってもこうも誰とも会えないんじゃ、おじさん寂しくなっちまうぜ」
二階の窓から閑散とした街を眺めながら、心にもない呟きを漏らす葛西。
畳の床に乖離剣を突き刺して、愛用の絶版煙草に火を付ける。
当分はここから動くつもりもなかった。
しかし、暫しの休憩の間に聞こえてきたのは、二人の少女の話声。
一体何事かと窓から外を見遣る。
「あの時のガキじゃねーか……!」
そこに居たシスター服の少女に見覚えのあった葛西は、思わず絶句した。
人外のバケモノと戦うのが嫌だからわざわざ離脱してきたというのに。
奴ら、一体どんな魔法を使ったのかこの場所をピンポイントに見抜いて追い掛けてきやがった。
「これはおじさん、いきなりヤバいんじゃねーのか」
今から逃げ出そうにも、奴らもうこの家屋の玄関にまで入って来てやがる。
最早間違いない。奴らは葛西が此処に居る事に気付いている。逃げ場はない。
「……しゃーねぇ、こうなったらやるしかねーか」
そう呟くいて、葛西は火火火(ヒヒヒ)と笑った。
生きるか死ぬかを賭けた戦いに挑む覚悟を決めたのだ。
○○○
魔力針が指示した家屋に入ると、すぐに人が居る事が分かった。
土足で家に入ったのだろう。靴の跡がフローリングの床に黒くこびり付いている。
仁美に手を引かれるままに、カオスは二階へと続く階段をゆっくりと登り、その先の一室で一人の男と出会った。
黒い野球帽を深く被った、赤いコートの中年男である。
こういう時、率先して自己紹介を行ってくれるのは決まって仁美だ。
彼女の方が口が回るし、武術の心得を持った彼女が不意打ちを食らう事もない。
そういう面でも、カオスは仁美を信頼しているのだった。
「初めまして、私は
志筑仁美と申します。こちらはカオスさんです」
「ご丁寧にどうも。こりゃあおじさんも名乗った方がいいのかな?」
「ええ、宜しければお名前を教えて下さると助かります」
「火火ッ……じゃあ俺の事は
火野映司とでも呼んでくれ」
「火野さんですね、よろしくお願いします」
仁美とは違って、気品の欠片も感じさせない笑み。
カオスは火野に良い印象を抱かなかったが、こういう話し合いは仁美に任せる手筈になっている。
彼女を信じているからこそ、カオスは余計な手出し口出しをしない。
「実は私たち、とある催し事の招待客を募っておりますの」
「ほぉ、そりゃ気になるねぇ。一体どんな催し事をやるつもりなんだ?」
「魂の解放された素晴らしい世界へ旅立つ為の儀式ですわ」
「火火ッ、そいつぁいい考えだ」
火野が下卑た笑いを浮かべる。
この男が本当に仁美の考えを理解しているのか、甚だ疑問である。
「火野さんはこの崇高な考えを理解してくれますのね、嬉しいですわ!」
「おっと、だがその前に。その方法にもよるぜ?」
「と、言いますと……魂の解放された世界へ旅立つ為の方法、ですか?」
「そうそう、一体どうやってその世界に旅立つのかおじさんに教えてくれよ?」
問われた仁美は、快く了承するとデイパックから二本のボトルを取り出した。
混ぜるな危険、と書かれた洗剤だ。
それでどうやって魂の解放された世界へ旅立つのかはカオスにも分からない。
ボトルに入った液体をみんなで一緒に飲むのか。それとも浴びるのか。
まさか洗剤同士を混ぜ合わせる事で発生する有毒ガスで、などと思いもよるまい。
交渉に混じれず暇を持て余すカオスは、そんな下らない事に意識を逸らしていた。
そしてそれを、すぐに後悔する事になる。
「これを使っ」
「悪ぃな、じゃあ遠慮しとくぜ」
言い終えるまでもなく仁美が手にしていたボトルが弾け飛んだ。
派手な破裂音の次に聞こえたのは、ごうと燃え盛る炎の音だ。
最初、カオスには何が起こったのか分からなかった。
仁美の手が真っ赤な炎に包まれて、弾けるように灼熱がその身を包んだ。
「火――」
それは熱を感じた仁美の断末魔の一声だったのか。
それとも痛みすら感じる間もなく、ただ「火」と呟いただけだったのか。
カオスの眼に映る仁美は、最早それ以上の言葉を口にする事なく火達磨と化した。
数秒の間を置いて、ようやくそれを認識したカオスは。
「あ……あ、ああぁあぁああ、ああああああぁぁああぁあああああああああッ!」
絶叫。急いで仁美の身体を包む火を消そうとするが、消火に使えそうなものなど何もない。
力の限り手で仰ぎ叩く。無駄だ、カオスの手が熱くなるだけ。
思い切り息を吹きかけてみる。これも駄目だ、火の手は強まるばかり。
その大きな眼に涙を一杯に浮かべて、カオスは大好きな仁美を何とか助けようとする。
そんなカオスを見かねた火野が、そっとカオスの傍らに立った。
「火火火ッ……悪い、ちょっとどいてくれよ」
そう言ってカオスを押し退けると、懐から取り出した一本の煙草を、燃え盛る仁美の身体にそっと近付ける。
火野の煙草に、ぼっ、と火が点いた。
「今から火死で消火すりゃあ、もしかしたら助かるかもなぁ?」
そう言って、仁美が落としたデイパックを拾い上げて立ち去っていく。
下卑た笑いを浮かべながら部屋を出ていく火野が憎かった。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
何が何でも、仁美だけは助けなければならない。
例え他の全てをなげうってでも。
「おねぇちゃん、今助けるから! だから死なないで、おねぇ」
カオスの言葉は最後まで紡がれはしない。
灼熱の炎がこの部屋の酸素を残らず焼き尽くした。
カオスの肌が灼熱を感じたその刹那に、この部屋の全てが燃え尽きたのだ。
それは、火野が最後に残した贈り物――炎による大爆発、であった。
○○○
「こっちははなからまともに相手する気なんざねぇんだよ」
燃え盛る家屋を背に、葛西は今は絶版となった煙草を吸いながら独りごちた。
大犯罪者にして五本指の一人たる葛西善二郎は、数々の犯罪者を見て来た。
だからこそ分かる。仁美とかいう女の眼はイカれていた。まともじゃない。
あの手合いとの間にまともな会話などは成立しない。
名前も適当に名簿で気になっていた奴の名を名乗っておけばそれで十分だ。
隙あらば燃やして逃げる。もしくは逃げてから燃やす。
最初からそれだけを葛西は考えていたのだ。
「まあ、あそこまで隙だらけとは思わなかったけどなぁ」
突然の敵襲への備えもあったのかも知れないが、放火の天才を前に正攻法の防衛策などは無意味。
なれば、甘っちょろいガキ一人を燃やす事など葛西にとっては造作もない。
おまけに引火性の洗剤まで手にしていたのだから、まさにお誂え向きだった。
火の支配者に引火性の物品を差し出すなど燃やして下さいと言っているようなものだ。
そうして仁美を焼いた後は、思いのほか取り乱しているカオスに適当な事を吹き込んでおいた。
あそこまで火達磨にされて助かる人間など居るワケもなかろうに、カオスは葛西の言葉を信じて火を消そうと必死になっていやがったのである。とんだお笑い種だ。
あとは立ち去り際に部屋を丸ごと焼いて逃げるだけ、意外と簡単な事だった。
「つっても、あのバケモンがあの程度で死んでるとは思えねぇ」
ならば葛西の取れる行動は至って単純、逃げるが勝ちだ。
あのバケモノが怒りに任せて暴れ出す前に、自分は出来るだけ遠くへ逃げるとしよう。
第一目標は生き延びる事。葛西はやや駆け足で戦場から離脱するのだった。
【一日目-夕方】
【D-3/市街地】
【葛西善二郎@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】赤
【状態】健康
【首輪】所持メダル190(増加中):貯蓄メダル0
【コア】ゴリラ×1
【装備】乖離剣エア、炎の燃料(残量85%)
【道具】基本支給品一式×3、愛用の煙草「じOKER」×十カートン+マッチ五箱@魔人探偵脳噛ネウロ、スタングレネード×九個@現実、《剥離剤(リムーバー)》@インフィニット・ストラトス、ランダム支給品1~5(仁美+
キャスター)
【思考・状況】
基本:人間として生き延びる。そのために自陣営の勝利も視野に入れて逃げもするし殺しもする。
1.カオスが動き出す前にとっとと逃げる。
2.殺せる連中は殺せるうちに殺しておくか。
3.鴻上ファウンデーション、ライドベンダー、ね。
【備考】
※参戦時期は不明です。
※ライダースーツの男(
後藤慎太郎)の名前を知りません。
※シックスの関与もあると考えています。
※「生き延びること」が欲望であるため、生存に繋がる行動(強力な武器を手に入れる、敵対者を減らす等)をとる度にメダルが増加していきます。
○○○
「おねぇちゃん……おねぇちゃん、おねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃん―――――!」
呼べども呼べども、彼の者は応えず。
よほど高熱だったのか、火はすぐに全てを燃やし尽くした。
第二世代のエンジェロイドであるカオスが、ただの火如きでダメージを負う事はない。
けれども、この場にあったカオス以外の万物はそうはいかない。
カオスの眼前に転がる無数の消し炭の、一体どれが仁美だったのかはもう分からない。
仁美に貰った上履きすらも、あの爆発が焼き尽くしてしまった。
残ったのは、セルメダルの放出を終えた仁美の首輪とだけだ。
「痛い、痛いよ、動力炉が、痛いよぉ……!」
仁美の首に巻かれていた円環を握り締めての慟哭。
動力炉が張り裂けそうな程に痛い。
涙が止まらない。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「痛いよぉっ! おねぇちゃぁんっっ!!!」
ひとしきり泣き叫んだあと、カオスはようやっと気がついた。
「これが……これが愛なの? おねぇちゃん?」
この、胸をつんざく苛烈な痛みこそが愛なのか。
傍に居られれば暖かいが、離れると痛いとは、こういう事なのか。
考えてみれば、仁美の言葉にも、
イカロスの言葉にも合致する。
そして、そんな痛みと同時に湧き上がるどす黒い感情。
大好きなおねえちゃんを焼き殺した火野のおじさんを――――――
「どう、するの……?」
殺す? 火野のおじさんがしたのと同じように、殺す?
それが火野のおじさんなりの「愛」だというのなら、それも悪くない?
それとも、食べる? 井坂のおじさんが言っていたように、食べて自分の糧に変える?
そうすれば、井坂のおじさんが言っていた愛にも合致するのではないか?
「みんな、みんな愛なの? 愛してるから、こんなことしたの?」
だったら、それが。
「愛、なんだ……!」
なれば、それをもっと多くの人間に与えてあげよう。
これが心地よいというのなら、何処までも愛し尽くしてあげよう。
眼に映る何もかもを殺(アイ)して、殺(アイ)して、殺(アイ)し尽くそう。
そして全部食べて、自分の力にする。それがカオスが見付けた「愛」だった。
「おねぇちゃん……見付けたよ、私のアイのかたち!」
涙はもう乾いていた。
今はもういない仁美に、この愛を捧げよう。
新たな目的を懐いたカオスは、壊れたように嗤っていた。
【志筑仁美@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】
【一日目-夕方】
【D-3/燃え尽きた家屋跡地】
【カオス@そらのおとしもの】
【所属】青
【状態】身体ダメージ(小)、精神ダメージ(大)、火野への憎しみ(極大)、成長中、服が殆ど焼けている(ほぼ全裸)
【首輪】300枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪
【思考・状況】
基本:みんなを愛してあげる。
1.痛くして、殺して、食べるのが愛!
2.火野映司(葛西善二郎)は目一杯愛してあげる。
3.おじさん(井坂)の「愛」は食べる事。
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より落ちています。
※
至郎田正影を吸収しました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。
今後どんなペースで成長していくかは、後続の書き手さんにお任せします。
※ウェザーメモリを吸収しました。
※ほぼ全裸に近いですが胸部分と股部分は装甲で隠れているので見えません。
※仁美のセルメダルはカオスの首輪へ吸収されました。
※憎しみという感情を理解していません。
【全体備考】
※D-3の家屋が一軒焼き尽くされ崩れ落ちました。
※カオスの支給品一式、魔力針、上履きは焼き尽くされました。
※トライアルメモリ@仮面ライダーW、ランダム支給品0~4(カオス+至郎田)が燃え尽きた家屋跡地(カオスの足元)に放置されていますが、
ランダム支給品は上限四つのうち幾つが原形を留めているかは不明(全て焼き尽くされているかもしれません)。
最終更新:2013年05月09日 21:13