ナイトメア・ビフォア ◆MiRaiTlHUI

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 二人の龍のライダーによる戦いは、龍騎の勝利に終わった。
 一応リュウガはまだ戦闘不能ではないらしいが、この状況でまだアポロガイストに歯向かう気もないのだろう。起き上がったリュウガは、龍騎には目もくれずにフラフラと歩き始めた。
 ――逃げる気だ。目的地は何処でもいいのだろう。何処か鏡がある場所まで行けば、リュウガは現実世界へと逃げ延びることで、この戦いからも離脱できる。そして、脱出する為の鏡などは、窓ガラス、カーブミラーと、そこら中いくらでもあるのだ。
 リュウガが最寄りの窓ガラス目指して千鳥足で歩き出したところで、龍騎は後方に控える無双龍に目配せをする。一瞬のアイコンタクトでアポロガイストの思考を読み取ったドラグレッダーは、一際雄々しく吠え猛ったかと思うと、再びリュウガへと迫り、その口から高熱の炎を吐き付けてリュウガの動きを止める。
 元々リュウガの攻撃でそこら中に小さな火が灯ってはいたが、その中でもドラグレッダーによって新たに燃やされた一画だけは、さながら灼熱地獄のように高く火を上げていた。

「私は不利となれば撤退することもあるが、敵に撤退されるのは気に食わんのだ」
「……はあ、同族嫌悪って奴……?」
「何とでもいうがいい」
 炎の中を進み、龍騎はリュウガの襟の装甲を掴み上げる。
 最早動く事すらもままならぬリュウガは、それだけで完全に動きを封じられた。
「でもさ、今のアンタ見て、一つだけわかったよ」
「何だ、言ってみるがいい」
「俺にそこら中に火を点けさせたのは、俺の居場所を見抜くため、だろ?」

 リュウガの推測は、正解である。
 そこら中が火の海になっているならば、透明になっていても見抜くのは簡単なのだ。
 リュウガに踏まれた火はその場で消えるし、リュウガが動いた場所の周囲の火は、その動きに合わせて揺らめく。周囲の火にさえ注意を向けていれば、リュウガが何処にいるのかまでは容易に判別出来るのだ。
 が、しかしそれで分かるのは所詮位置取りまでだ。眼前まで迫って来たリュウガがどの位置から攻撃を仕掛けてくるかまでは、攻撃の残滓、残りカスの小さな火だけでは読めなかったのである。
 それを今、火の中を進む龍騎の姿をみて自力で気付けたことは褒めてやってもいい。
「……貴様、最後にそこに気付きおったか」
「俺、観察力はある方だからさあ……動物とかも好きだし」
「フン……、貴様はここで死ぬが、しかし恥じることはない。素人ながら、この大ショッカー大幹部、アポロガイストをここまで追い込んだのだからな」
「別に嬉しくないよ」

 龍騎の言葉に、リュウガは実に口惜しそうに溜息を吐いた。
 死ぬことに抵抗があるのは誰だってそうだ。だが、そうであるからこそ、この男には敬意を表して極力苦しむ事なく殺してやろうと、アポロガイストはそう思った。

 もっとも、ここはミラーワールドだ。
 龍騎の世界で行われていた「仮面ライダー裁判」のルール上、カードデッキで変身したライダーがミラーワールドで撃破された場合は、この場で死ぬ事なく現実世界へと強制送還される。
 だからこそ、この男をここで殺すにはまず、リュウガのカードデッキを引き抜かなければならない。ライダーの変身を解除させ、通常の人間扱いとなったこの男を殺せば、仮面ライダー裁判における、ライダーを対象とする非殺傷ルールは適応されない。
 そう思い、リュウガのデッキに手を掛けた刹那――

 ――FINAL ATTACK RIDE――
 ――DE DE DE DECADE!!――

 聞き覚えのある電子音。結構な至近距離からのそれに、アポロガイストの肌が粟立つ。
 だが、周囲にディケイドが居た気配などはなかった。戦闘に集中していたとはいえ、至近距離からの必殺技を許す程アポロガイストは愚かではない。何事かと背後へと振り返えれば、アポロガイストから見て上空に向かって、何枚ものカード状の光のゲートが現出していた。
 されど、幾重にも連なったゲートの先に居る筈のディケイドはそこには居ない。
 誰もいないのに、ただディケイドのカードエネルギーだけがそこに現れているのだ。これ程不可思議な現象は――
(……いいやッ! 違う、あれはッ!!)

 そこで気付く。これは、さっきまで自分が散々苦しめられた能力……インビジブル、だ。
 ゲートを通過する瞬間に実態を現したディケイドが、龍騎を確実に爆殺しようと虚空からその姿を現した。マゼンタの破壊者が突き出した蹴り足、必殺のライダーキックが、ゲートを通過する度にモザイクにも似た輝きを煌めかせて龍騎へと迫る。
 咄嗟の判断で、龍騎は掴んでいたリュウガの身体を――さながら盾のように――ディケイドの方へと突き出した。


「……うあっ!」
 あれから経過した時間は十分にも満たないくらいか。さっき二人のライダーが消えていった窓ガラスから飛び出た龍之介は、したたかにその身をアスファルトに打ち付けて、苦悶の声を漏らした。
 それを見咎めた井坂深紅郎は、しかし特に慌てた様子もなく歩み寄り、仰臥する龍之介を抱き起こす。
「大丈夫ですか、龍之介くん?」
「せ……先生……俺、生きてる……?」
「ええ、生きてますとも。鏡の中で何があったのですか?」
「……はぁ……、俺わかったよ。俺って、正面からの戦い向いてないんだわ」
「まあ、そうでしょうねえ……」

 面白くなさそうに吐き捨てる龍之介に、井坂は苦笑で返す。
 元より龍之介は戦闘の経験自体は皆無の少年だ。その殺人衝動と異常性だけを取り上げるならば、十二分に一般人離れしてはいるが、しかしそれは戦いをする者の才能ではない。
 闇に紛れて弱者を仕留め、貪る殺人鬼――どちらかといえば、龍之介には暗殺者の方が向いているのだろう。
 だからこそインビジブルメモリとの相性もこれ程までに良かったのではないかと、井坂は考える。
 であるとするなら、この少年を――厳密に言うなら内部のメモリを、だが――育てるのなら、今よりももっと暗殺者向きの訓練をした方がいいのかもしれない。
 それが分かっただけでも、今回は儲け物としよう。リュウガのデッキを失ったこと自体はやや痛いとも取れるが、メモリにも進化にも関わらないリュウガが無くなったとて、井坂にとってはそれ程の痛手でもない。
 今はともかくアポロガイストが追って来る前に、とりあえず移動を開始しよう。そう思い、顔を上げた井坂を引き止めるように、龍之介が言った。

「先生……俺、覚悟するってこと、アイツのお陰でちょっとわかったかも」
「ほう……覚悟、ですか」
「うん、俺の芸術に足りなかったのは……青髭の旦那にあって俺にないものは……芸術に関わろうとする覚悟なのかな、ってさあ」
「……ほほおう、それは興味深い話ですねえ」

 口角をやや吊り上げて、うんうんと小さい首肯をしてみせる井坂。
 覚悟――それは、人が何かを為そうとする上で、最終的には何よりも必要とされるものだ。井坂深紅朗の場合でいうなら、いつかあのテラーを越えるため、ひいてはメモリの進化を追求するため、そのためならば例えどんな苦行でも乗り越えてみせると、そんな誰にも劣らぬ覚悟がある。
 だが、この場で出会った雨生龍之介という少年はどうか。人を殺す事に躊躇いはなく、井坂にも通ずる天性の狂気を持ち合わせてはいるのだろうが、しかし龍之介の瞳には、何かが欠落しているように井坂は感じていた。
 普通は誰にだってあるはずの、情熱、というか。何かを為そうとするための、野望、というか。そういうものが一切なくて、ただ無気力に、今を宙ぶらりんに生きているだけの若者だと、そんな風に龍之介を評価していたのだ。
 一応、青髭の旦那とかいう人物と一緒に生み出す“芸術作品”に今は没頭しているとのことだが、それだって何をやるのも飽きて、暇つぶし的にやっているように見受けられる。そんな受け身の姿勢では、何をしたって満足することなどないに決まっている。
 言うなれば、最終目的へと向かって行くための姿勢、というべきか――それの有無が、井坂と龍之介、よく似た二人の大きな違いだった。

 そんな少年が、己が目的のため、何としてでも暗闇の荒野に道を切り拓こうとする覚悟を得たというのなら。自分と同じ狂気を孕んだ少年の成長は、すなわちガイアメモリの成長にも繋がる。
 リュウガは失ってしまったが、死に直面した戦いの中でそういう大切なことを知ることが出来たのならば、今回の経験はやはり無駄ではなかったようだと前向きな気持ちで頷ける。
 ならば、今はとにかく何処かゆっくりと落ち着いて話が出来るところへ身を隠して、今回の戦いの内容、龍之介が学んだことをじっくりカウンセリングしたい。
「……さ、龍之介くん。そろそろ行きましょう、これ以上ここに居るのは危険です」
「あー……じゃあちょっと肩貸してよ、先生。なんか俺、すっごい疲れちゃってさ」
「おやおや、それはいけませんねえ……」

 青白い顔でそう言う龍之介を見て、それがただの戦闘による疲労によるものだけだと思うほど、井坂は疎い男ではない。
 龍之介は此度の戦いで、おそらく幾度となくインビジブルの力を使用したのだろう。その代償として、体内でロックされていたインビジブルメモリが、龍之介の生命エネルギーを大きく吸ってこの疲労を齎しているのだ。
 インビジブルメモリの成長は井坂自身も望むことだが、しかしメモリが完成する前に過剰適合者の龍之介を死なせるわけにはいかない。やはり龍之介には一刻も早い休息が必要かと思われた。
 朗らかな笑みを表情に張り付けて、井坂は快く龍之介の肩に手を回す。
 心の奥底に化け物を宿した二人は、廃墟と化したクスクシエに背を向けて歩き出した。
 ミラーワールドで広範囲に渡って戦闘を繰り広げていたことなどまるで嘘であるかのように、戦いの爪痕など欠片も残さぬ市街地は、何事もなかったかのように深閑としていた。



【一日目-夕方】
【D-5 クスクシエ跡地付近】

【井坂深紅郎@仮面ライダーW】
【所属】無
【状態】ダメージ(小)、肩にエンジンブレードによる斬り傷
【首輪】40枚(増加中):0枚
【装備】T2ウェザーメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品(食料なし)、ドーピングコンソメスープの入った注射器(残り三本)&ドーピングコンソメスープのレシピ@魔人探偵脳噛ネウロ、大量の食料
【思考・状況】
基本:自分の進化のため自由に行動する。
 0.まずは何処か落ち着ける場所へ移動し、龍之介のカウンセリングをする。
 1.インビジブルメモリを完成させ取り込む為に龍之介は保護。
 2.T2アクセルメモリを進化させ取り込む為に照井竜は泳がせる。
 3.次こそは“進化”の権化であるカオスを喰らって見せる。
 4.ドーピングコンソメスープに興味。龍之介でその効果を実験する。
 5.コアメダルや魔術といった、未知の力に興味。
 6.この世界にある、人体を進化させる為の秘宝を全て知りたい。
【備考】
※詳しい参戦時期は、後の書き手さんに任せます。
※ウェザーメモリに掛けられた制限を大体把握しました。
※ウェザーメモリの残骸が体内に残留しています。
 それによってどのような影響があるかは、後の書き手に任せます。
※ドーピングコンソメスープを摂取したことにより、筋肉モリモリになりました。


【雨生龍之介@Fate/zero】
【所属】無
【状態】ダメージ(中)、疲労(大)、生命力減衰(小)
【首輪】50枚:0枚
【コア】コブラ(一定時間使用不可)
【装備】サバイバルナイフ@Fate/zero、インビジブルメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、ブラーンギー@仮面ライダーOOO、螺湮城教本@Fate/zero
【思考・状況】
基本:このCOOLな状況を楽しむ。
 0.俺、正面からの戦いは向いていないわ。楽しくないし。
 1.しばらくはインビジブルメモリで遊ぶ。
 2.井坂深紅郎と行動する。
 3.早く「旦那」と合流したい。
 4. 旦那に一体何があったんだろう。
 5.俺に足りないものは「覚悟」なのかも……?
【備考】
※インビジブルメモリのメダル消費は透明化中のみです。
※インビジブルメモリは体内でロックされています。死亡、または仮死状態にならない限り排出されません。
※雨竜龍之介はインビジブルメモリの過剰適合者です。そのためメモリが体内にある限り、生命力が大きく消費され続けます。
※アポロガイストの在り方から「覚悟」の意味を考えるきっかけを得ました。
 それを殺人の美学に活かせば、青髭の旦那にもっと近付けるかもしれないと考えています。



 全てが反転した鏡の世界で、その使命の通り仮面ライダーの一人を爆砕したディケイドは、すたっと地面に着地するや、それが自分の望んだ手応えでないことを悟るのに一秒と時間は掛からなかった。
 嘆息にも近い吐息を憎々しげに吐きながら、ディケイドはくるりと頭部だけ振り返る。
 狙い定めた筈の龍騎は、既に結構なダメージを受けているのか仮面の一部は欠け、その下の素顔まで晒しているという憐れな状況にあるが、しかし戦闘不能という風ではない。
 さっきのディメンションキックの衝撃で吹き飛ばされ、ビルの壁に打ち据えられたのであろう龍騎は、片手をビルの壁についてはいるものの、さしたる苦労もなく立ち上がった。

 龍騎から見て数歩前に散らばっているのは、黒いデッキの欠片と数枚のカード。
 そうやらディケイドが砕いてしまったものは龍騎ではなく、さっきまで龍騎と戦っていたリュウガの方であったらしい。
 しかし、散らばったカードの中にリュウガのカメンライドカードはない。そこにあるのは、そのどれもが通常のアドベントカードだ。
(……仮面ライダー裁判ルール、か)

 今となっては遥か過去に一度だけ通りすがった世界の、特定条件下における特殊ルール。
 仮面ライダー裁判に参加する者は、裁判中の死を防ぐため、ミラーワールド内で敗北した場合は強制的に現実世界に送り戻される、というものだ。
 あの仮面ライダーアビスも、ミラーワールドと違って、現実世界で戦って負ければ命はなくなる、と言っていたのを士は思い出す。
 まさかこんな場所でもあのルールが適用されているとは夢にも思うまい。殺し合いをさせる上では全く必要性の感じられない面倒なルールに苛立ちを覚える士だが、奴らが用意したミラーワールドが、仮面ライダー裁判ルールの影響下にあるミラーワールドであるのなら、それも仕方ない。
 それならそれで、ディケイドにもやりようはいくらでもある。アポロガイストが次の行動を起こす前に、クロックアップのカードで奴ごと鏡の世界から飛び出して、現実世界に放り出そう。その瞬間にファイナルアタックライドを決めてやれば、それで奴は終わりだ。
 もはや一切の問答すらなく、ディケイドは左腰のライドブッカーからクロックアップのカードを取り出した。バックルを回転させ、それを放り込むためカードを掲げた――その瞬間。

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH―――――ッ!!!』

「――っ、うおッ!?」
 虚空から突如として姿を現した龍が、ディケイドが反応するよりも速く、その胴へと喰らいついたのだ。予期せぬ攻撃にクロックアップのカードを取り落としたディケイドは、さながら餌になったように何処かへと運び去られる。
 幸いにして、龍の牙はディケイドのスーツが食い込みを抑えてくれてはいるが、それでも龍の顎の力は人間の比ではない。完全に身動きを封じられたディケイドは、眼下で遠ざかっていく龍騎を眺めるしか出来ず、小さく苦悶の声を漏らした。
 暗黒龍ドラグブラッカー――仮面ライダーリュウガに仕えるミラーモンスターだ。
 おそらくは、リュウガを直接的に破壊したディケイドから優先的に喰い殺そうというのだろう。

(チック、ショォッ! こんな奴にやられてたまるか……ッ!!)
 ディケイドには、全ての世界を破壊し、全ての世界を滅びから救うという義務がある。こんなところで、破壊対象の世界の一介のモンスターに過ぎない相手にむざむざ殺されるなど、話にするのも馬鹿馬鹿しいお笑い種だ。
 即座に次のカードを取り出して、このドラグブラッカーを破壊しようと考えるが――
(……駄目だ! 食らいつかれた場所が悪いッ……これじゃ、カードが使えないッ!)

 ドラグブラッカーは、人間と比べれば十分過ぎる程に大きな顎で、ディケイドの胴に食らいついている。それは即ち、バックルもライドブッカーも、こいつの頭で覆い隠されている、ということだ。
 あの時一瞬で龍騎を破壊するならまだしも、あのアポロガイストの機転でリュウガを破壊させられたことがこんな形で裏目に出ようとは、さしもの士にも想像出来なかった事態である。
 しかも自分は、仮面ライダー裁判ルール下でリュウガを撃破してしまったことで、図らずもあのリュウガに変身していた人間をアポロガイストの手から救ったことになるのだ。一体どんな奴がリュウガに変身していたのかは知らないが、殺し合いに乗っていなければいいが――
(――って、そんなこと考えてる場合じゃないッ!!)

 何にせよ、このままでは拙い。何とかドラグブラッカーの牙とディケイドの胴の間の隙間から手を突っ込んでカードを取り出さねば、このままここで殺されてしまう。最悪の事態だけは何としてでも回避しなければならない。
 ディケイドは何とか左の腕を動かして、ドラグブラッカーの牙の隙間へと手を伸ばすが――まるでそんなディケイドの動きを掣肘するかのように、ドラグブラッカーが突然急上昇をしたのだ。
 ディケイドの身体が大きく揺れて、その身体に先程までよりも更に深く龍の牙が食い込む。左腕は今度こそ固定されて、もうカードを使うこともままならない状態に追い込まれてしまった。

「こいつ……ッ、畜生の癖に、立派にものを考えてやがるッ!!」
 この龍はディケイドが何をしようとしているのかを本能的に察知して、それをさせまいと妨害してみせたのだ。
 ミラーモンスターとは、その外見とは裏腹になべて知能の高い生物なのである。他の世界でいうところの“怪人”が、人型という縛りから解き放たれ、大きなバケモノの身体を得て人へ襲い掛かってくるのだから、ある意味ではどの世界の怪人よりも性質が悪い。
 やがてドラグブラッカーは、右隣に聳える高層ビルの壁に沿うように高速で滑空しながら、ディケイドの上半身をビルの窓ガラスに押しつけた。
「ぐ……っ、お――ッ!?」

 決して穏やかではない破砕音を響かせて、ディケイドの頭部が窓ガラスを叩き割る。それで飛行を止めるならまだしも、ドラグブラッカーはそのままビルから一ミリも離れずに滑空を続けるのだ。
 ビルに押し付けられたままにディケイドの上半身は、そのフロアの窓ガラス全てを叩き割って、コンクリートの壁すらも砕きながら進む。
 もはや悲鳴を上げるどころの騒ぎではない。絶え間なく続く原始的極まりない打撃に、ディケイドは次第に意識が遠のいていくのを感じた。
 多くの仮面ライダーを破壊して来たこのディケイドが、まさかこんな馬鹿馬鹿しい、ともすれば事故とも取られかねない死因で死ぬなど、考えたくもない。
 何とかしなければ、とは思うが、しかし万策も尽きた。
 今回ばかりはやばいかもしれない、と……士がそう考えた時だった。

『GYAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッ!!』
 ドラグブラッカーが、突如としてディケイドの身体を放り出したのだ。
 地上から見て遥か上空で投げ捨てられたディケイドの身体は、ただ重力に引かれて自由落下を始める。このまま落下してあの固いアスファルトに身体を叩き付けるのは、拙い。
 そう思ったディケイドは、意識が完全に堕ちる前に、眼下に散らばった硝子片へと狙いを定めて、そこに飛び込んだ。


 遥か上空で成す術もなくビルに叩き付けられているディケイドを見て、アポロガイストは「いい気味なのだ」と嘲笑いながらも、しかしやはり、流石にこれは“違う”のではないか……と、そんな風に考えていた。
 ディケイドは確かに忌むべき宿敵であるが、だからこそ、このアポロガイストが手ずから罠に嵌めて、その首を取ることに意味があるのではないか。それは一種のプライドにも近いもので、アポロガイストの望むディケイドとの決着とは、こんな馬鹿馬鹿しいものではない。
 このまま放っておけば、ディケイドはあの暗黒龍に食い殺され死ぬのだろうが、それでは一度もディケイドに勝ったことのないアポロガイストは、もう永遠にディケイドと決着を付けることもなく、ただの偶然が重なっただけの勝利を享受しなければならないことになるのだ。
 それは、永遠の敗北も同然だ。
 そんな辱めを受けるのは、この上ない程の屈辱ではないか。

「――ディケイドめ……まったく、仕方のない奴なのだ」
 あまりにも情けない宿敵と、あまりにも面倒臭い自分のプライドに小さく嘆息しながらも、龍騎の装甲を纏ったアポロガイストは数歩前方へと歩み出て、その場に散らばっていた数枚のカードに目を向ける。
 それら全て、さっきまで仮面ライダーリュウガが使っていたアドベントカードである。
 アポロガイストはここでリュウガのデッキを引き抜き、その力を我が物とした上で龍之介の息の根を止めようとしていたのだが……思わぬディケイドの乱入で、奇しくも龍之介は存命し、アポロガイストが手にする筈だったリュウガのデッキも破壊されてしまったのだから、ディケイドとは相変わらずアポロガイストにとって迷惑な存在である。
 だがしかし、リュウガのデッキ自体は破壊されてしまったが、カードさえ残っているなら、あの暗黒龍を何とかすること自体は可能の筈だ。
 散らばったカードを一枚一枚確認し、そして見付けたのは「CONTRACT」のカード。元々は「ADVENT」のカードであるそれは、デッキが破壊されてしまった場合モンスターとの契約切れとなり、未契約状態を指す「CONTRACT」のカードへと戻るのだ。
 大ショッカーが集めた情報網によれば、「龍騎の世界」には一人の仮面ライダーが複数のモンスターと契約し使役していた事例があった、らしい。
 であるなら、この場にカードデッキが一つでも残っているなら、契約のカードは使用出来る筈だ。

「さあ、私に従うのだ……暗黒龍ドラグブラッカーよ!」
 CONTRACTのカードを掲げ、上空で今にも事切れそうなディケイドを弄ぶドラグブラッカーにそれを示す。
 ドラグブラッカーは空高い場所で咆哮すると、咥えていたディケイドを放り出し、今にも龍騎に食いかからん勢いで急降下。自由落下してゆくディケイドをも追い越して、さっきリュウガを吹っ飛ばした時のドラグレッダー以上の速度で龍騎に迫る。
 が、しかし龍騎は怯まなかった。一歩も退かないし、物怖じもしない。
 ただじっと契約のカードを構えて、ドラグブラッカーの到来を待つのだ。
 一瞬にも満たない時間のうちにドラグブラッカーは龍騎の眼前まで迫り、そして――全く速度を緩めることすらせずに、契約のカードへと入り込んでゆく。
 たった一枚の小さなカードに、巨大な龍が吸い込まれるようにして吸収されてゆく光景の何たる奇怪さか。己が指先で繰り広げられる余りにも稀有な景観に、アポロガイストはぬう、と小さく唸った。

 ことは全て、ほんの一瞬で終わった。
 カードからの光の放出は終わった後で、龍騎に握られているカードはもはやCONTRACTのカードではない。そこにあるのは、暗黒龍ドラグブラッカーの絵が刻みこまれたADVENTのカードだ。
「言うなれば……無双双龍、といったところか」

 アポロガイストの耳朶を打つは、一騎当千たる二頭の無双龍の咆哮。
 念のため近場の窓ガラスを見遣るが、龍騎の姿に変わりはない。今の龍騎がブランク体であったならまだしも、今の龍騎は既にドラグレッダーとの契約完了後の――言わば完成形たる姿だ。後から別のモンスターと二重契約したとて、今更外見が変わる訳はない。
 事実として、三体のモンスターとの多重契約を行っていた仮面ライダー王蛇も、契約モンスターが増えたところで元の姿は保ったままだった。それを考えれば、これも当然の結果であるのだと、アポロガイストは一人納得する。

 足元に散らばっていたカードは全て無くなっていた。リュウガとして、ドラグブラッカーから借りる力の全ては龍騎のデッキに収納されたということだろう。
 試しにバックルからカードを一枚引き抜いてみれば、アポロガイストの思惑通り、何の問題もなく仮面ライダーリュウガのファイナルベントを引き当てることが出来た。
 龍騎の仮面の下で、ふっ、と小さく笑ったアポロガイストは、それを再びバックルに戻して、ディケイドが現実世界へ戻っていった硝子片を眺めながら不敵に言った。
「ディケイド……ろくに戦えもしない今の貴様を倒したところで、大ショッカー大幹部たるアポロガイストの名に箔はつかん。今回のところは見逃してやるが……次は容赦はせんぞ」

 己が名誉にかけて、アポロガイストにはディケイドに勝利する必要がある。
 ……と、随分と格好のいいことを言っているようだが。実際のところ、アポロガイスト側も既に結構な勢いで消耗をしているのだ。
 一応、戦闘開始前にアポロガイストは当初より支給されていた「パンダのコアメダル」を首輪に投入し、セルメダル五十枚分のプラスは得てはいた。が、いかに今回の戦いで龍騎が特殊能力をほとんど使っていなかったとはいえ、これだけダメージを受け、更に時間も経過したのでは、もうそろそろコアメダルによる恩恵の効果も切れる頃合いだ。
 それで戦闘が不能になるという訳はないし、勿論戦えばそう容易くは負けない自信もあるが、それでも無理は禁物だ。
 強力な力を持ちながらそれに溺れず、危険だと思ったらすぐに身を退く慎重さが、アポロガイストがあれだけ何度も強豪ライダーと戦っていながらも生き延び続けてきた理由なのである。
 これ以上このミラーワールドに長居をする理由もなくなったアポロガイストは、とっとと現実空間に戻って、一先ず何処かで身体を休めようと思った。


「クソッ……あんなミラーモンスター如きに……ッ!」
 ミラーワールドから吐き出されたディケイドは、現実世界に飛び出すや否や、アスファルトにその身を打ち付けられていた。打ち身による鈍い痛みは感じるが、遥か上空から重力に導かれるままアスファルトに激突する痛みと比べれば随分とマシだ。贅沢は言っていられない。
 次に、士が受けた過度のダメージによって、マゼンタの装甲がモザイクとなって消え去った。
 元々傷付いていた身体だが、今回の予期せぬ負傷は士の身体に追い打ちを掛けるには十分過ぎる。身体のあちこちに生々しい痣を作った士は、ふらついた足取りで何とか立ち上がった。
 あれだけのダメージを受けながら、それでも未だに意識を失わないのは、世界の破壊者たる面目躍如か。仮面ライダーたちとの抗争の中でもしも気を失ってしまえば、ディケイドは奴らにとって格好の的となる。それを理解しているからこそ、士は意地でも意識を繋ぎとめてみせたのだ。
(やれやれ……世界の破壊者も楽じゃあないな……)

 心の中で悪態を吐きながら、士は一先ず身を隠そうと最寄りのビル内部へと歩を進める。
 夕闇に暮れる市街地の、コンクリートの壁に囲まれたビルの内部は、電気の灯りもなければあまりにも暗すぎる。だけれども、長きに渡るライダー大戦で心身ともにすり減った今の士には、人を遠ざけるこの闇こそ居心地がいいのだった。



【一日目 夕方】
【D-5/市街地】

門矢士@仮面ライダーディケイド】
【所属】無
【状態】健康、苛立ち、疲労(大)、ダメージ(大)
【首輪】45枚:0枚
【コア】サイ、ゾウ
【装備】ライドベンダー@仮面ライダーOOO、ディケイドライバー&カード一式@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品一式×2、キバーラ@仮面ライダーディケイド、ランダム支給品1~4(士+ユウスケ)、ユウスケのデイバック
【思考・状況】
基本:「世界の破壊者」としての使命を果たす。
 0.しばらくは身体を休める。
 1.「仮面ライダー」と殺し合いに乗った者を探して破壊する。
 2.邪魔するのなら誰であろうが容赦しない。仲間が相手でも躊躇わない。
 3.ただしディエンドのみは戦う理由がないので場合によっては共闘も考える。
 4.セルメダルが欲しい。
 5.アポロガイストは次に見付けた時には容赦しない。
 6.最終的にはこの殺し合いそのものを破壊する。
【備考】
※MOVIE大戦2010途中(スーパー1&カブト撃破後)からの参戦です。
※ディケイド変身時の姿は激情態です。
※所持しているカードはクウガ~キバまでの世界で手に入れたカード、ディケイド関連のカードだけです。
※アクセルを仮面ライダーだと思っています。
※ファイヤーエンブレムとルナティックは仮面ライダーではない、シンケンジャーのようなライダーのいない世界を守る戦士と思っています。
※アポロガイストは再生怪人だと思っています。

【破壊者としての使命】
※ディケイドの使命は「再生のための破壊」です。
 全ての仮面ライダーに敬意を払っているからこそ、全ての世界の救済のため、全ての世界を破壊します。
 が、士はあまりにもわかりにくすぎるツンデレなのでそんなことを口に出して言おうとは絶対にしません。
 なので多くの人間に誤解されたままですが、どうせ最後には自分も破壊されるつもりなので、士自身はそれで問題ないと考えています。
※物語の存在しない仮面ライダーと、ここまでの戦いで一度でも破壊が完了した仮面ライダーを再び破壊する必要性はありません。
 この場では前者はディエンド、後者はアビス・電王・ファイズ・ディエンドがそれに該当します。
※ディケイドによって「破壊」された仮面ライダーは死亡扱いではなく、ディケイドが正しく使命を全うし、破壊されたのちに「再生」されます。


【一日目 夕方】
【D-5/市街地】

【アポロガイスト@仮面ライダーディケイド】
【所属】無所属(元・赤陣営)
【状態】疲労(大)、ダメージ(中)
【首輪】70枚:0枚
【コア】パンダ(一定時間使用不可)
【装備】龍騎のカードデッキ(+リュウガのカード)@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
基本:参加者の命の炎を吸いながら生き残る。
1.まずは何処かで身体を休めるのだ。
2.この殺し合いはゾンビが多いのだ……
3.ディケイドはいずれ必ず、この手で倒してやるのだ。
4.真木のバックには大ショッカーがいるのではないか?
【備考】
※参戦時期は少なくともスーパーアポロガイストになるよりも前です。
※アポロガイストの各武装は変身すれば現れます。
※加頭から仮面ライダーWの世界の情報を得ました。
※この殺し合いには大ショッカーが関わっているのではと考えています。
※龍騎のデッキには、二重契約でリュウガのカードも一緒に入っています。


077:X【しょうたいふめい】 投下順 079:ろくでなしブルース(前編)
時系列順 079:ろくでなしブルース(前編)
042:チープ・トレード アポロガイスト 090:取引をしよう
門矢士 105:破壊者と中二病が出逢う時
062:さらばAライダー/愛よファラウェイ 井坂深紅郎 108:上を向いて歩こう
雨生龍之介


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最終更新:2013年08月04日 14:56