プレイ・ウィズ・ファイア ◆QpsnHG41Mg


 宵闇に赤い軌跡を描きながら、黒騎士がとぶ。
 憎悪の咆哮を響かせて、黄金の宝剣の数々を流星の如く射出する。
 そのどれもが一点を目掛けて殺到する、さながら煌びやかな流星群。
「……………」
 それに対峙し靡く黒髪。
 華奢な体躯には不釣り合いな重火器。
 未だ幼さを残した少女はしかし、自分へと殺到する殺意にも恐れを見せない。
 不敵に、傲岸に、不遜に。据わった眼光が、放たれた宝具の数々を睨む。
 そして、黒騎士バーサーカーが怒りの咆哮をあげる。
 寸前まで少女がいた空間には、最早だれもいなかったからだ。
 放たれた宝剣の洗礼は、その全てがアスファルトを穿っただけに過ぎない。
「――――ッ!?」
 否、もはやそんなことは問題ではない。
 攻撃が"避けられた"のではない。
 いま、自分は、攻撃を"されている"のだ。
 眼前に無数の、それこそ星の数ほどの弾丸が現れていた。
 そう、"現れた"のだ。
 何の前触れもなく、突然に、それは"現れた"のだ。
 いざ眼前の弾丸に対抗をしようとするバーサーカー。
 だが、その刹那と待たず、今度はバーサーカーの背が弾けた。
「ッ!?!?」
 眼前より迫る弾丸の数と同じか、それ以上の弾丸が背後から殺到していた。
 それは、現代人が技術の粋を結集させて開発した、神の子を殺すための殺傷兵器。
 地獄の番犬の名を冠する協力無比なガトリングの弾丸を一斉に受けたのだ。
 いかな英霊のバーサーカーであろうとも、そんなものを受けて無事では済むまい。
 バーサーカーの身体は、背後で弾けた弾丸によって前方へと吹っ飛ばされ――
「―――――――――――――――――――ッッ!!」
 そして、前方から迫っていた弾丸すべてに、自分から突っ込むハメになった。
 通常兵器を遥かに凌ぐ威力の銃撃の嵐に、前後から挟み撃ちにされたのだ。
 バーサーカーの身体が滅多撃ちにされた人形のように痙攣して、どさりと崩れ落ちた。
 だが、それでも英霊バーサーカーは戦闘不能にはならない。
 そんなことでは戦闘不能にはなれないのだ。
 すぐさま立ち上がったバーサーカーは、
「――!?」
 自分が既に取り囲まれていることに気付いた。
 ワイヤー付きのアンカーが、バーサーカーをぐるりと取り囲んでいる。
 そのワイヤーを射出したのはやはりあの黒髪の少女だった。
 この武器で甲冑を絡め取り自由を奪うつもりなのだろう。
 が、そんなものでこの狂戦士が止められるものか。
 逆にワイヤーを引っ掴んで、射出先にいるあの少女ごと手繰り寄せてやろう。
 思考ではなく、本能で次の行動を決めたバーサーカーはしかし、次の瞬間には驚愕していた。
 この手で掴もうとしたワイヤーが、既にその手からすり抜けていた。
 瞬間移動、とでもいうべきか。
 さながら"時間が消し飛んだ"かのように。
 何も力を加えなければ数秒後には進んでいるであろう位置まで、ワイヤーは一瞬で移動していた。
 もちろん、バーサーカーはワイヤーの移動の瞬間を感知してない。
 一人時間に取り残されたバーサーカーを、少女のワイヤーが絡め取った。
 ぐるり、ぐるり。何重にもなってワイヤーは絡み付き、この身を拘束する。
 脚から頭まで、何重にも何重にも巻き付いた特殊ワイヤーの強度は尋常ではない。
 最後にアンカーがバーサーカーの甲冑をロックして、彼の身動きは完全に封じられた。
「urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッッ!!!」
 怒りと憎しみを込めた咆哮が、少女の口元の囁きを掻き消した。
 最後に告げられた何事かの言葉に次いで、グレネードランチャーが飛来した。
 弾頭を回避する術をもたないバーサーカーは、その直撃を受けて吹っ飛んだ。
 もちろん、そんなものは大したダメージにはならない。
 が、少女にとってはそれでも十分。
 バーサーカーの落ちた先は――

 ――ドボォンッ!!

 派手な水しぶきが、周囲に瞬間的に小雨を降らせる。
 バーサーカーの重い甲冑は、見滝原の街を流れる川に浮かぶ術をもたない。
 不運にも、バーサーカーが叩き落された川の水深は五メートルを越えていた。
 急な街の開発によって汚れ濁った川の水が、彼の甲冑にどろりと纏わりつく。
 水底の泥にどろりと脚を沈み込んだところで、狂戦士は怒りの雄叫びを上げた。
 憎しみにその眼を赤くギラつかせながら、バーサーカーは雄叫びを上げ続けた。

【一日目 夜】
【C-3 見滝原市に流れる川の底】

【バーサーカー@Fate/zero】
【所属】赤
【状態】健康、狂化、身動き不能、激しい憤怒
【首輪】60枚:0枚
【装備】王の財宝@Fate/zero
【道具】アロンダイト@Fate/zero(封印中)
【思考・状況】
基本:???????????????????!!
 0.令呪による命令「教会を出て参加者を殺してまわる」を実行中。
 1.川から上がる。
 1.無差別に参加者を殺してまわる。
【備考】
※参加者を無差別に襲撃します。
 但し、セイバーを発見すると攻撃対象をセイバーに切り替えます。
※ヴィマーナ(王の財宝)が大破しました。
※バーサーカーが次に何処へ向かうかは後続に任せます。
※GA-04アンタレス@仮面ライダーディケイドによって身動きを封じられているので、泳ぐことも歩くことも出来ません。
※憎しみに満ちた雄叫びを上げ続けています。おそらく川の上からでも聞こえます。

          ○○○

 もうすぐ時刻は"禁止エリア発動"の午後八時を回る。
 まだ三十分程時間が残されてはいるが、今から禁止エリアを通過するのは避けたい。
 Gトレーラーの運転席に座りながら、暁美ほむらは大きく迂回する道をとった。
「次は何処へ向かうつもりなのだ、コマンダー」
「アテなどないけれど、少なくとも見滝原で待っていても時間の無駄でしょう」
 助手席に座る岡部の言葉に淡々と応えながら、ほむらは考える。
 放送が始まる前、二人は見滝原に向かった。
 鹿目まどかの自宅も、見滝原中学校も探索した。
 だが、そこに目ぼしいものは何もなかったし、誰とも出会えなかった。
 ゲーム開始から既に六時間経っているにも関わらず、あそこに身を隠している者は誰もいなかった。
 魔法少女の誰かと出会えるなら見滝原だと思っていたが、どうやらそう甘くはないらしい。
 この六時間で見滝原に辿り付けなかった者は、きっとあの仁美のようにもうこの世にはいない。
 だとすれば、見滝原で待つよりも、アテがなくとも此方から仲間を探して動いた方がいい。
 少なくとも、魔法少女らの名はまだ呼ばれていない以上、彼女らも何処かで戦っているのだろう。
 放送後、そう話し合って、ほむらと岡部は見滝原を出ようとして――
 そこで、あの黒騎士バーサーカーに襲われたのだ。
「…それにしても、あの黒騎士はまだ倒してはいないのだろう? 放っておいて大丈夫なのか?」
「ヤツの身動きは完全に封じたわ。誰かが助け出さない限り、あの川底からは這い上がれない。
 そしてその"誰か"が現れない限り、ヤツはあのまま溺死するしかない……勝ったのは私たちよ」
 それがバーサーカーに対して、ほむらが下した決断だった。
 ヤツは空中に門を開き、予想だにしない攻撃を繰り出してくる強敵だった。
 戦闘センスも、あの佐倉杏子巴マミと同等か、それ以上にズバ抜けていた。
 その上で、何度か時間停止からの砲撃を試みたが、ヤツには通用しなかったのだ。
 時間停止能力を持つほむらに負けはないが、しかしアレでは勝ちもない。
 現状の装備では、あの狂った黒騎士は倒せない。メダルの無駄遣いだ。
 だからほむらは自力での完全撃破を諦めて、ヤツを川底に沈めた。
 もっとも、あの化け物がタダの人間だなどとほむらは思っていない。
 あれで溺死してくれるならいいが、やはりそう上手くはいかないだろう。
“いつか這い上がってきた時のことも考えると、やはりもっと装備を充実させるべきね”
 アンタレスがもうない以上、次はこんな姑息なマネは通じない。
 次にあの黒騎士と戦う時がきたなら、その時は確実に撃破せねばならないのだ。
 この際だ。武器でも仲間でも何でもいい。
 ああいった強敵にも太刀打ち出来るだけの"力"が欲しい。
 元の世界に帰れさえすれば、もっと強力な軍事兵器だって揃えているのに……
 せっかく集めた兵器に手の届かない歯痒さに、ほむらは苛立ちを募らせていた。
 一方、岡部は最後にほむらに質問をしたあと「そうか」と言ったきり何も言わない。
 あの放送を聴いてからというもの、岡部にも何処か元気がなかった。
 仲間の死がつらいのはわかるが、こんなことでこの先大丈夫なのだろうか?
 不安は募るばかりだった。

          ○○○

 ダルが死んだ。
 あのスーパーハカーのダルが。
 たったの六時間で、あっけなく、殺された。
 唯一親友と呼べる男の死は、岡部の心を乱す。
 今は殺し合いの真っ最中なのだ。ダルが無事である保証など最初からなかった。
 それは頭ではわかっているつもりだったのに、それでも虚心ではいられない。
 となりに暁美ほむらが居てくれなかったら、きっと岡部は泣き崩れていただろう。
 何度も自分と同じ絶望を味わって、それでも強く前を見ている彼女がいなければ。
 そこで岡部は、暁美ほむらという少女の"強さ"を思い出す。
“そうだ……オレは、こんなところで立ち止まっているワケにはいかない”
 椎名まゆりを救うと誓った。
 暁美ほむらと共にこの世界線を打破すると誓った。
 あの時、ほむらを前にしてあれだけの大見得を切ったのだ。
 まゆりを殺された絶望の中から、もう一度希望を見出したのだ。
 だったら、こんなことでへこたれていていいワケがない。
 まだ、友を本当に救えないと決まったワケでもない。
 この殺し合いを打破して、真のシュタインズゲートに到達すれば。
 椎名まゆりも、橋田至も、鹿目まどかも、暁美ほむらも――
 みんなが笑顔でいられる世界に、辿り着くことが出来れば。
“……そうだ、それが、オレの使命だったな”
 固く目を瞑って、岡部はぶんとかぶりを振る。
 目を覚ませ。現実と向き合え。何処までも戦い抜いてみせろ。
 そう心の中で自分に言い聞かせ、岡部はもう一度前を見た。
 強い眼差しだった。
 迷いなど感じさせぬ目で、岡部は前をみていた。
 そうすると、視界の端に一人の男が見えた。
 赤いコートに、深々と被った帽子が特徴的な男だ。
「…おい、コマンダー」
「ええ、私も気付いているわ」
 互いにアイコンタクトをして、ほむらは速度を落とした。
 その場に車を停めて、ほむらが一人で外に出た。
 勿論、いつでも時間停止を出来るように警戒をしながら。
 誰かと出会った時はほむらが先にいくことにしよう――そういう手筈だった。

          ○○○

 それから数分後……
 Gトレーラーのオペレーションルーム。
 内部に設置された椅子に、二人が出会った男――葛西善二郎が座っていた。
 既に概ねの自己紹介は済んでいる。互いが殺し合いに乗っていないことも明かしている。
 もっとも、ほむらはこの葛西善二郎という男を全くと言っていいほど信用していなかったが。
 あんな夜道を、たった一人で呑気に煙草なぞ吸いながら歩いていたのだ。
 警戒心が薄すぎる。ほむら達が悪人だったらどうするつもりだったのか。
「やっぱり、怪しいわ」
「ふむ……確かに少し気になる所はあるが……」
 ほむらと岡部は今、数メートル距離を取ってひそひそ声で話している。
 かろうじて葛西には聞こえない程度の距離で、二人だけで行われる作戦会議。
 ほむらは葛西を信用せず、岡部は葛西を信用したい……といった様子だった。
 横目にちらりと見てみれば、葛西はテーブルに置かれていた冊子を読んでいた。
 G3-Xのマニュアルだ。
 へー、とか、ほー、とか。
 そんな感嘆を漏らしながら、葛西は薄ら笑みを浮かべていた。
 つかつかと歩み寄ったほむらは、葛西からG3の資料を取り上げた。
「私達はまだ貴方を信用したワケじゃない。勝手な行動は慎んで貰えるかしら」
「固いねぇ……何となく見てただけじゃねぇか、そんな尖らなくたっていいんじゃねぇか」
「これは私達の貴重な戦力。信用ならない相手にその情報を隠すのは当然でしょう」
「あー、そうかい……そいつは悪かった、じゃあ今見たことは忘れるよ、それでいいだろ?」
 そういってニヒルに笑った葛西は、小さく頭を下げた。
 ほむらはG3のマニュアルを岡部に渡し、葛西に向き直った。
「……ところで、貴方に一つ聞きたいのだけれど」
「オレに答えれることなら何でも答えるぜ。信用して貰わなきゃだしなぁ」
「…貴方、さっき仲間はおろか知り合いは一人もいないって言ったわね?」
「そうなんだよ、だから困ってんだ。何でオレなんかがこんな殺し合いにブチ込まれなきゃなんねぇのかね」
 参ったとばかりに帽子に手を当て嘆息する葛西。
「随分と不用心なようだけど、もしも私達が殺し合いに乗っていたら、貴方はどうするつもりだったのかしら」
「そん時ゃぁ……ま、オレももう十分長生きしたからなぁ。
 未来を次代の若者に託して逝くのも悪かねぇかもなぁ…火火ッ」
 それ程生には執着していないとばかりにさらりと言ってのける葛西。
 冗談のつもりなのかもしれないが、この状況では笑う気にはなれない。
 それとも、この状況に未だに実感を得ていないのだろうか?
 知り合いが誰一人いないから、殺し合いに現実感を得ていないとでも?
 葛西の態度は、どうにも冷め切った大人の冷やかしのように思えた。
 だが、この男から殺気のようなものは感じない。
 あるのは、ただのやる気のない中年オヤジのニオイだ。
 岡部がふいに、一歩前へ出て、強い眼差しで言った。
「そういうことを言うものじゃない。今、生きているんだ……死んだら終わりじゃないか」
「……岡部」
「岡部ではない、鳳凰院凶真だ」
 ほむらの呼びかけに、いつも通りの返答を見せる岡部。
 放送直後と比べると、随分と目に覇気が戻って来ている。
 彼も彼なりに、自分の中で何かを振り切ったのだろうかと安心するほむら。
 葛西は暫し無言で岡部の顔を見上げて、珍しく真剣な眼差しをむける。
 だがそれは一瞬で、すぐに元のニヒルな笑みを浮かべた中年顔に戻った。
「まさかこんな若者にまで説教されちまうたぁ……おじさんいよいよ老害の仲間入りちまったか?」
 葛西の皮肉に何かを言い返そうとした岡部を制して、葛西は続ける。
「でも…ありがとよ、鳳凰院? だっけか、あんたの言葉は覚えておくぜ」
 それは、皮肉屋の葛西なりの感謝の気持ちなのだろうか。
 この何事にも無気力そうな中年が、始めて見せた真剣な顔だった。
 岡部もそれを理解したようで、すっと身を引いた。
 くだらない揉め事が起こらなかったことにほむらは安堵の嘆息を落とす。
「で、貴方はこれからどうするつもりなのかしら?」
「そうだなぁ……正直、オレがいちゃ邪魔だろ?」
「そんなことはない。我々はこのゲームを打破する仲間を――」
「――おっと!」
 ふたたび口を挟んだ岡部を、葛西が右手で制する。
「アンタはそうでも、そっちの嬢ちゃんはオレのこと全く信用しちゃいねぇ……そうだろ?」
 葛西に向けられた視線。ポーカーフェイスを崩さないほむら。
 なんの感慨もない風に、ほむらは「そうね」と小さく頷いた。
 相手も気付いているのなら、下手な同調は不要だからだ。
 正直な気持ちを言ってやった方がお互いのためになる。
「私は不要な不和は避けたいの。信用出来ない人間とは行動するべきじゃないわ」
「火火ッ……! こいつぁ随分とハッキリ言ってくれるじゃねぇか嬢ちゃん!」
 そういって不敵に笑ってみせる葛西。
「その方がいっそ気持ちいいぜ」とさも愉快そうに続ける。
 ひとしきり笑ったあと、葛西は真剣な面持ちで言った。
「そーいうワケだ、悪いな鳳凰院、オレは降りさせて貰うぜ」
「だ、だが待て! こんな夜道を一人で歩くのは危険すぎる……!」
「だったらこの先の町の民家で朝が来るまでゆっくり休むさ……静かな町だぜ、ありゃ。身を隠すには最適だ」
 この田舎道ならば、目と鼻の先である空見町にもすぐに辿り付けよう。
 下手に仲間を求めて動き回るよりも、単独ならばその方が安全でもある。
 もっとも、民家に隠れているところを敵に見付けられなければ、の話だが。
「それに、おじさんもう歳でなぁ…一日中歩きまわったもんだから疲れちまってしょーがねぇ。
 実のところ、お前らと一緒にいるよりも、とっととどっかの民家のベッドで休みたいんだよ」
 暖かい布団が待ってるぜ、などと。
 この男はそんなことを冗談半分に言うのだ。
 ほむらの中での警戒心は、もう随分と小さくなっていた。
 この中年は、ただの取るに足らない一般人だ。
 何の事はない、ここで別れるというのなら、それも悪くない。
 最初から出会わなかった、でいい。その方が互いのためだ。
 完全に警戒も薄れた頃、葛西が立ち上がり、トレーラーの出口へ向かった。
「何処へいくつもりかしら。勝手な行動は慎むようにと言った筈だけれど」
「便所だよ便所、一々言わせんな」
「ならば、オレがついていこう」
「オイオイ、冗談じゃねぇぜ。糞も自由にさせてくれねぇのか? 見張られてたんじゃ出るモンも出ねぇぜ」
 葛西の言葉に、二人は顔を見合わせた。
 どうするべきか、こいつは所詮ただのクズだ。
 頭の回転もそれ程早そうだとは思えない。
 仮に外から不意打ちをしかけようと、時間停止能力を持つほむらなら対処は可能。
 大体、こんな中年オヤジの脱糞などみたくもない。
「わかったわ、とっとと済ませてきなさい」
 ほむらの了承を得て、葛西は一人トレーラーを出た。
 念のため入口から岡部がしばらく覗いていたが、葛西に不審な点はなかった。
 ただ、少し離れた草むらの方に一人歩いて行き、そこでしゃがみこむだけだ。
「うむ、大丈夫だ。あの男に不審な点はない」
 安堵する岡部に、ほむらは「そう」と短く返す。
 それから数分後、葛西はトレーラーへ戻って来た。
 トレーラーの外で出迎えた二人と短い世間話をして、別れの時がやってきた。
 発進しようとするGトレーラーの助手席に向けて、葛西が手を振る。
「そんじゃ、見送りはここまでだ。せいぜい気をつけるこったな」
「そっちこそ。互いに生き残れることを祈っている……次に会う時は、ゲーム終了後であらんことを」
「火火ッ…そうなるといいよなぁ。んじゃ、オレもそーいう風に祈っとくとするかねぇ」
 その会話を最後に、Gトレーラーは発進した。
 どうやら葛西は岡部を気に入ったらしく、素直ではないが、心配するような顔も見せていた。
 短い付き合いだったが、両者の間には奇妙な友情のようなものが芽生えていたとほむらは思う。
 もっとも、ほむらにそんなものは理解出来ないし、必要のないものを尊重する気もないが。
 サイドミラーを見れば、随分と小さくなっていく葛西は、今もまだ手を振っていた。
 確かに、何だかんだで、いい人間ではあったのかもしれない。

          ○○○

「火火ッ」
 遡る事数分前。
 葛西善二郎は、糞をするといって草むらに向かった。
 当然、糞だなどというのは嘘だ。ただしゃがんで煙草を吸っていただけだ。
 だがそこで葛西は、数本雑草を毟り取っていた。
 何処の家の庭にでも生えている、何の変哲もないただの雑草だ。
 新しい煙草に火をつけて、葛西はトレーラーへ戻る。
 目を付けたのは、後部車両との連結部、タンクやエンジンが剥き出しになった箇所。
 葛西はまず、タンクの蓋を開けて、にんまりと笑った。
 次に、まだ火をつけたばかりの煙草に、草を結びつけた。
 割とすぐに解けるように、緩めにだ。ここポイント。
 その草をタンクの中程にひっかけて、また蓋を締め直す。
 内側から草を蓋で挟んで固定しているので、外からは何も問題はなく見える。
 これで全ての細工は終了した。
 あとは走行による振動で草が解ければ、煙草がタンクに落ちることになる。
 運が良ければ草は解けず、或いは煙草の火が先に消えることだろう。
 が、運が悪ければドカンだ。
「煙草は古今東西火事の元ってな」
 火火火と笑って、葛西は何事もなかったかのようにトレーラーの入り口へ向かい、二人を呼んだ。
 あとはほむらもご存じの通り……この事実を知る者は葛西だけだ。

 葛西は夜道を歩きながら一人ごちる。
「気を付けてほしいもんだぜ、未来を担う若者にはよぉ」
 彼方へと走り去り、もう見えなくなったGトレーラーに葛西は微笑みを向ける。
 岡部もほむらも、まだ若い。中年の葛西よりもずっと若く、未来に溢れている。
 ほむらの方はいけすかないが、岡部の方は若いなりに中々いい男だった。
 まさかこの歳になってあんなクソウザ……――
 もとい、立派なご高説をして頂けるなんて思ってもみなかった。
 嗚呼、鳳凰院クン。彼は実にいい男だったと、心の底からそう思う。
 彼のような優しい人間こそ、これからの日本に必要な人材なのだと思う。
 本当に、本当に。ああいう物分かりのいい若者は、とてもイイ。
 ……そういえば、あのトレーラーにはG3とかいうトンデモ武装が搭載されていた。
 あれは岡部が装着して戦うのだろうか? 誰でも扱える以上、岡部にとっても頼もしい戦力の筈だ。
 ところで、その誰でも使える武装は、人の領分を越えるのか越えないのか?
 越えるともとれるが、ある意味じゃあれはただの兵器。実に微妙なところだ。
 だが、しかしソレが自分のモノでない以上、邪魔なモノでしかないと思う。
 だから葛西は、あんなものとっとと壊れればいい、と思っていた。
「ま、せいぜい頑張ってくれや」
 火火っと笑いを漏らし、葛西はGトレーラーの進行方向に背を向ける。
 静かで、のどかな、何処かなつかしい田舎道。
 そんな道を、葛西は空見町に向かって歩き始める。
 夜の間は、一日歩き回らされた疲れを癒すのも悪くない。
 明るくなるまで、何処かの民家で電気を点けずに一服していよう。
 それが一番いい。下手に動き回るべからず。最も合理的な判断だ。
 クッソ重たい乖離剣の杖をつきながら、葛西は歩き出す。
 今はもう、とにかく何処かでゆっくり休みたい。
 冷蔵庫にビールでも入っているとさらにいい。
 気の利いたおつまみなんかがあると、もう最高だ。
 この殺し合いを賢く生き残るためには心の健康も大切なのだ。
「さて、火の手はあがるかねぇ」
 さっき仕掛けたトラップを思い出し、葛西は嗤う。
 爆発したなら、きっとあの二人はもうおしまいだ。
 トレーラーの爆発に、中に搭載しているバイクも引火するだろう。
 あのトレーラーは二度と使い物にならない程度には吹き飛ぶハズだ。
 その時は死ぬまでの短い間、是非楽しい火遊びを満喫していただきたい。
 かくいう葛西も自分も若い頃はから火遊びが大好きだった。
“嗚呼、あの頃はイイ時代だったよなぁ……”
 葛西善二郎は、なつかしい想い出に浸りながら煙草をふかす。
 満点の星空の下、何処か昔を思い出させてくれる田舎道を歩きながら。

【一日目-夜】
【D-2/空見町】

【葛西善二郎@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】無所属
【状態】健康、上機嫌
【首輪】所持メダル205(増加中):貯蓄メダル0
【コア】ゴリラ×1
【装備】乖離剣エア、炎の燃料(残量85%)
【道具】基本支給品一式×3、愛用の煙草「じOKER」×十カートン+マッチ五箱@魔人探偵脳噛ネウロ、スタングレネード×6@現実、《剥離剤(リムーバー)》@インフィニット・ストラトス、ランダム支給品1~4(仁美+キャスター
【思考・状況】
基本:人間として生き延びる。そのために自陣営の勝利も視野に入れて逃げもするし殺しもする。
 1.夜の間は大人しく民家で隠れとくか。
 2.殺せる連中は殺せるうちに殺しておくか。
 3.鴻上ファウンデーション、ライドベンダー、ね。
【備考】
※参戦時期は不明です。
※ライダースーツの男(後藤慎太郎)の名前を知りません。
※シックスの関与もあると考えています。
※「生き延びること」が欲望であるため、生存に繋がる行動(強力な武器を手に入れる、敵対者を減らす等)をとる度にメダルが増加していきます。

          ○○○

 暁美ほむらの念頭から、既に葛西善二郎は消えかかっていた。
 無駄なことを覚えるのは、脳の容量の無駄遣いだからだ。
 無駄なことはしない。必要のないものは切り捨てる。
 自ずとあのクズっぽい中年のことは忘れようとしていた。
 そんな、せっかく忘れようとしていた時、助手席に座る岡部が口を開いた。
「なあ、コマンダーよ……あの人は、言う程悪い人ではなかったのではないか」
「……そうね、確かに悪い人ではないかもしれないわ」
 ただ、気に入らないのだ。
 真剣に、生き残りをかけて戦うほむらは、ああいう手合いを味方に引き入れない。
 ああいう無気力な男は、いつかかならず不和を生む。
 あの男一人のために統率がとれなくなるのは馬鹿な話だ。
 岡部一人でも既に十分面倒臭いのに、そんなことになるのは非常にマズい。
 だから、本人も同行を望まないようだし、無理して同行して貰う必要もない。
 今回はなるべくしてそうなった。当然の結果だったと思う。
「…あの人は、自分の意思で同行を拒否した。だからオレも何も言わなかった……」
 岡部の真剣な声。
「だが、今後救いを求める誰かが現れたなら…信用が出来ないからと捨て置くことは、オレには出来ない」
「何が言いたいのかしら」
「オレは決めたのだ。もう決してへこたれてたまるものか、どんな時でも前へ向かって邁進してやるのだ、とな」
「……それは、立派な心がけね。その考えが逆に不要な犠牲を生まなければいいけれど」
「オレは、もうまゆりやダルのような、不必要な犠牲を出さないために、そう決めた!」
「彼のような男を味方に引き入れること自体が、貴方の目指すモノとは真逆の未来に繋がるのよ」
「そんなことは分からないだろう? 仮にそうだとしても、オレはもう、どんな時も諦めない」
 強い、決意のこもった眼差し。
 ダイヤモンドのように澄んだ、強い眼差し。
 それをほむらに向けて、力強く言った。
「オレは友に、そう誓った」
 強い決意の意思表明。
 それが命取りにならなければいいが。
 ほむらは冷徹にそう思った。
 仕掛けられた罠にも気付かずに。

【一日目-夜】
【D-2 田んぼ道】

【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
【所属】無
【状態】ダメージ(中)、苛立ち
【首輪】20枚:0枚
【装備】ソウルジェム(ほむら)@魔法少女まどか☆マギカ、G3-Xの武装一式@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品、ダイバージェンスメーター【*.83 6 7%】@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:殺し合いを破綻させ、鹿目まどかを救う。
 1.仲間と戦力及びメダルを補充する。
 2.バーサーカー、青い装甲の男(海東大樹)、金髪の女(セシリア)を警戒する。次に見つけたら躊躇なく殺す。
 3.岡部倫太郎と行動するのは構わないのだが……。
 4.虎徹の掲げる「正義」への苛立ち。
【備考】
※参戦時期は後続の書き手さんにお任せします。
※未来の結果を変える為には世界線を越えなければならないのだと判断しました。
※所持している武装は、GM-01スコーピオン、GG-02サラマンダー、GS-03デストロイヤー、GX-05ケルベロス、
 GK-06ユニコーン、GXランチャー、GX-05の弾倉×2です。 武装一式はほむらの左腕の盾の中に収納されています。
※ダイバージェンスメーターの数値が、いつ、どのような条件で、どのように変化するかは、後続の書き手さんにお任せします。
※GA-04アンタレスをバーサーカーのために消費しました。

【岡部倫太郎@Steins;Gate】
【所属】無
【状態】健康、哀しみ、決意
【首輪】85枚:0枚
【装備】岡部倫太郎の携帯電話@Steins;Gate
【道具】なし
【思考・状況】
基本:殺し合いを破綻させ、今度こそまゆりを救う。
 1.ラボメンNo.009となった暁美ほむらと共に行動する。
 2.ケータロスを取り返す。その後もう一度モモタロスと連絡を取り、今度こそフェイリスの事を訊く。
 3.青い装甲の男(海東大樹)と金髪の女(セシリア)を警戒する。
 5.俺は岡部倫太郎ではない! 鳳凰院凶真だ!
【備考】
※参戦時期は原作終了後です。
※携帯電話による通話が可能な範囲は、半径2エリア前後です。

【全体備考】
※Gトレーラーのタンクに葛西による煙草の罠が仕掛けられています。


093:あいをあげる(前編) 投下順 095:正義日記
093:あいをあげる(前編) 時系列順 095:正義日記
087:傷だらけのH/一人ぼっちの名探偵 バーサ-カー 104:燃ゆる剣―騎士とクウガと
069:鈴羽の敵はそこにいる 葛西善二郎
072:はみだし者狂騒曲 暁美ほむら 109:暗【わからない】
岡部倫太郎


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最終更新:2014年05月17日 18:40