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「-CROSS ENCOUNTER 0.2-希いを紡ぐ-」


作者: SS 本スレ 1-710様/ イラスト 本スレ 1-200様

273 :-CROSS ENCOUNTER 0.2-希いを紡ぐ-:2013/07/07(日) 19:30:17

本スレ1-710です
1-200様が描いてくださったイラスト(絵板2-023)を元にした、うちの子(本スレ1-710)のSSを
書きましたので投下します
以下、属性表記です
 ・そんな描写は充分にはないけど一応、異世界ハイファンタジー&現代風ファンタジー
 ・これだけでも読めると思いますが、本スレ1-200様が書いてくださったSS( 創作物スレ2-054 )と
  拙作 -CROSS ENCOUNTER 0.1-(創作物スレ 2-066)と同じシリーズのSSになるように書いたつもり
 ・アルシエルさん一人称
 ・登場キャラクターは、アルシエル(17歳→15歳)、メサイア(20歳→18歳)です
 ・ストーリーはちょい長めで、甘め成分高めかつ、厨的設定成分高め、若干の死にネタあり
 ・1-200様のキャラ設定スレ2-014を含む)とも勝手にクロス
 ・でも、アレスさんとメサイアのエピソードのつなぎ的な流れで、ほんの少しだけ表記がある位
 ・キャラ&設定が1-200様の公式設定から外れている可能性あり
 ・創作してもらうスレ1-110本スレ1-710の両設定ともクロスさせてます
 ・そしてエロなし

274 :-CROSS ENCOUNTER 0.2-希いを紡ぐ-:2013/07/07(日) 19:32:25

「ここは……何処だろう……」

自分の瞳を開けた瞬間、目にした風景に、僕は思わずそんな言葉を口にしていた。
目の前には、白く、霞みがかったように、薄く靄がかかっていて、周囲の風景は見渡せそ
うにない。

それでも、僕は、何ひとつ、不安など感じていなかった。
白く霞みがかった周囲の風景の中にあっても、辺りに満ちてゆくように降り注ぐ、優しく
柔らかな光のせいだろうか。
自分が初めて目にする、清冽な印象さえも受けるこの風景の中で、僕は何故か、何処か幸
福感で満たされたかのような気持ちにさえなりながら、ただ一人で立っていた。

「此処は、天界の門だよ」

ふと、その声に気付いた瞬間、僕の目の前に、不意に人影が浮かぶ。
僕の目の前から2、3歩程、先の距離になるだろうか。
其処には、20歳位の年頃の柔らかに波打つ長い金髪と澄んだ碧い瞳に彩られた、輝くよ
うな容姿の青年が、たった一人で、静かに、厳かな面持ちで立っていた。
彼は、宗教画で見た聖なる御使いのように、本当に美しくて、綺麗で、僕は見た瞬間から、
目が離せなくなった。

「貴方は……」
「私はメサイア。君を迎えに来たんだ」
「迎えにって……」

彼が折角、語りかけてくれた、その言葉の意味が良く解らなくって、無意識のうちに、僕
は再び問い返していた。

「君はね、たった今、死んだんだ」
「……嘘だ! どうしてそんな事が解るんだ!」

僕は、彼から再び告げられた言葉に対して、急に強い口調で返していた。
でも、投げ掛けられた言葉が、嘘偽りの無いものだって、ことを僕は本能的に理解してい
たんだろう。でも、だからこそ、認めたくなかったんだ。

「……嘘だ。
 だって、この戦が終わったら、僕の故郷は、漸く、公国から独立出来るようになるんだ。
 今、僕が居なくなったら、皆が、皆が苦しむ。皆が哀しむ」

両手で顔を覆いながら、僕は俯き、その場に立ち尽くしたまま、泣いていた。
皆の、本当に大切な人達の、仲間達の笑顔が僕の胸中を占めてゆく。
本当に、あともう少し、もう少しだったのに。そう思えば、想う程、涙が止まらなかった。

「アルシエル、でも、君は、もう、あの世界では、絶命しているんだ」
「僕はそんな名前じゃない」

僕は泣きながらも、涙を拭う手を止めて、目の前の美しい人の方へと視線を上げた。
実のところ、何故だか僕にはもう、自分の本当の名前など、全く解らなくなっていたのだ。
けど、それを認めたくはなかった。
そんな想いを抱えたまま、僕がもう一度、視線を上げると、その先には、金髪碧眼の美し
い青年の哀しみに満ちた表情があった。

「……見て」

彼がそう言って指を差した方向へと振り向くと、その空間には、僕の故郷の人々の様子が
映し出される。
そこには、左肩と胸の間辺りの位置に矢傷を受けて絶命した、長い黒髪の17歳位年頃の
少年――そう、僕の亡骸を両腕で抱えて跪き、涙を流す精悍な顔つきの黒髪の騎士の姿が
あった。
黒髪の騎士の周りには、彼と同じように俯き、その場に立ち尽くしたまま、泣いている沢
山の人々の様子も見える。

「……嘘……」

ああ、僕は死んだんだ。頭ではそれを理解しているのに。
でも、ただ、認めたくなくて。ただ、ただ、涙が溢れる。

「アルシエル、もう泣くな」
「嫌……触ら、ないで……」

多分、彼は、涙を流し続けていた僕に寄り添おうと、更に此方に近づこうとして、足を進
めてくれたんだ、ただ、それだけだというのに。
僕は何故か、それが受け入れられなくて、ほんの少しだけ、自らの身を後ろへと退いた。

「……アルシエル……」

そんな僕の所作を受けて、彼はもう一度、僕の名を呼んだ。
小さく呟くようなその声の様子で、彼もまた、哀しみの情を抑えながら、僕自身の事を、
僕の置かれている、この状況を含めて、心底、憂いてくれているのが解る。

僕は彼の事を全く知らないのに。
でも、この人の方は、僕の事を知っていて、だからこそ、こんなにも深い情をもって、僕
の置かれた身の上を共に哀しんでくれているのだろうか。
だとしたら、僕は彼に対して、さっきから、随分と心無い、酷い対応をしている。
その事に気付いた僕は、咄嗟に彼に詫びた。

「……僕……貴方に酷い事を言って……本当に、ごめんなさい……」
「君には謝らないとならない事など、何もない。君は俺に謝らなくていいんだ。
 でも、アルシエル、俺は君に触れたい。君に触れる事を赦してくれないか」

そう呼びかけられた声に対し、僕は、その場に立ち尽くしたまま、俯き、涙を零し続けな
がら、ただ、黙って頷いた。言葉に詰まって、そうする事しか出来なかった。
多分、彼はそんな僕の様子を目に留めていてくれたんだろう。

ほんの少しの間を置いて、彼の手が僕の背中へとそっと添えられる。
暖かい。背中に添えられた掌がとても暖かくて。
僕はそのまま、声を上げて泣いていた。

僕は、皆の役に立ちたかったんだ。それなのに、また。
迷惑をかけた。皆と共に、最後まであの国の、僕の故郷の新たな時代の始まりを見届けた
かったのに。

僕だけが、また途中で、皆と結末を共にする事なく、望みを放棄する事になった。
僕自身の浅慮が、軽率な行動が基になって、僕が望んだ希いは叶う事なく、終わったんだ。

「アルシエル、俺の名を呼んで」
「どう……して……」

僕の事を抱き留めてくれていた彼が、どうしてそんなことを言うのか解らなかった。
だから、僕は、その気持ちをそのままに、返事を返した。

「メサイア、だよ。俺の名を呼んで。俺はね、君を迎えにきた御使いだから。
 君が俺の名前を呼んでくれさえすれば、君の、死者の希いを2つ、叶える事ができる」

「……っ、本当に……」

僕は咄嗟に、自らの顔を上げて彼の事を見ていた。きっと、僕の顔は涙の跡が沢山残った
ままだったと思う。けど、そんな事は気にならなかった。

「ああ、君が居た、あの世界で既に亡くなった人や、既に失われた存在などを甦らせる事
 は出来ないけれど。それ以外の希みなら、叶える事ができる」

「……僕の希いを……」
「叶えるよ」

彼はそう言って、僕を抱いていた腕の力を僅かに強め、僕の身体を更に引き寄せた。
僕は彼に応じるように、彼の背中へと、自分の両腕を廻していた。

「メサイア……メサイア、僕の希いを……きいて……」
「君の希いを叶えるから」
「……ありがとう……」

未だに涙を零しながら、彼の胸元へと顔を埋めるようにして、名前を呼んだ僕に対して、
メサイアは、先程と同じように、短い言葉を掛けてくれた。
僕が彼へと礼を述べると同時に、メサイアの片方の手が僕の顎の辺りへと添えられる。
相手から受けた所作に合わせるように、僕は上を向き、彼の面差しへと視線を合わせた。
口付けられる。そう思った直後に、僕は彼から口付けを施されていた。

「……っ! メサ、イア……」

僕は本当に僅かな間、唇を啄ばまれるような優しい口付けを贈られただけだ。
でも、僕はどうして良いのか解らなくて。彼の唇が離れた瞬間に、声を上げていた。

「見て」

そんな風に声をあげた僕を見ていたメサイアは、僅かに哀しみを帯びた表情を見せた。
でも、直後に、彼はほんの少しだけ微笑むと、僕を抱いていた片方の腕を外し、その手の
人差し指で、つい先程と同じように、何もない、その空間を指し示す。

次の瞬間、其処には、僕が大切に想っていた仲間達の笑顔が映る。
先程、僕の亡骸を抱き抱え、涙を零していた黒髪の騎士は、僕と過ごしていた時よりも少
しだけ、更に大人びた風貌になっていた。彼は、大勢の仲間に囲まれて、微笑んでいた。
そう、僕の故郷の独立を仲間が全員で歓び、祝杯を上げ、祝う姿が其処には映っていた。

――そうなのだ。これが、あの世界で、後にちゃんと、現実になったのだとしたら。

僕の希いは叶った。
僕は、僕と最後まで行動を伴にしてくれた黒髪の騎士が、僕の復讐の為とか、そんな感情
に捉われる事なく、ただ、僕等が共に願った希望のままに、真っ直ぐに、生きてくれる事
を望んでいた。
加えて、僕の故郷の人々が長き平穏と笑顔に彩られた日々を送ってくれる事を願っていた
から。

「……メサイア……ありがとう……」

映し出された幸福な情景を眺めながら、僕は、また涙を零して泣いていた。
僕の希いは、叶ったんだ。そう思うと、涙が止められなかった。

「これはね、ちゃんと現実になるよ。大丈夫だから」

メサイアはそう言いながら、再び僕の事を両腕で抱き留め、その腕の力を強めた。
彼の動作に応えるように、僕はメサイアの事をそっと抱き返す。

「……ありがとう……」

僕は、彼の胸元に顔を埋めるようにしたまま、改めてメサイアに御礼の言葉を述べた。
直後に、メサイアは、堰を切ったように僕の事を強く抱き竦めながら、僕の名を呼んだ。

「アルシエル」
「……メサ、イア……」

急に強く抱き竦められて、少し苦しかったけれど、彼が僕の名を呼んでくれた、その声に
応えたくて、僕はメサイアの名前を呼んだ。
僕は彼の事を知らない。彼も僕の事を何も語っていない。
それでも、その時の僕には、彼が、メサイアが、僕に、彼の事を、メサイアの事を思い出
して欲しいと、そんな望みを伝えたいと、思っているような気がした。

でも、僕は、たった今、メサイアに希いを2つ、叶えてもらったばかりで。
僕自身が、僕自身の独力で、彼の事を思い出せない限り、彼の希いを叶えられない。
僕は、彼に僕自身の事を聴きたくて、もう一度、メサイアの名を呼んだ。

「メサイア」
「良いんだ。何も要らないから。ただ、もう少しだけ、このままで居させてくれるか」

まるで全てを理解しているかのように、それでいて、そんな問いかけをしようとしている
僕の事を諭すように、メサイアは、そう言った。

「メサイア」

それでも、僕は、彼の名を再び呼びながら、メサイアの事を抱き返した。
彼に感謝の気持ちと、ただ、直向きに、心から僕の事を愛しんでくれているかのように思
える、彼の純粋な気持ちに応えたかったからだ。

「アルシエル、聖霊領に、天界に還ろう」
「僕も、貴方と一緒に、還りたい」

彼の背中へと腕を廻したまま、僕はメサイアの事を少し見上げるようにして、自らの気持
ちを素直に伝えた。
僕の言葉を聞いたメサイアは、僕の唇へと、また優しい口付けを贈ってくれた。
彼の唇が僕から離れた瞬間に、まるで、それを合図にするかのように、僕の長い髪の色が
漆黒から僕自身の瞳の色と同じ、深い藍色へと変わる。

「君の、本来の姿だよ」

僕の藍色の髪が穏やかな風の流れに合わせるように、僅かに揺れて靡く様を目に留めて、
メサイアは微笑みながら言った。
自分の事の筈なのに、僕はメサイアに言われるまで、自分自身の髪の色が、藍色なのだと
いう事を知りもしなかった。
しかし、僕は不思議と、その事にはあまり違和感を覚えていなかった。

それよりも、メサイアの方は僕の事を良く知っているようなのに、僕の方が彼の事を全く
思い出せていない状況の方が、余程、気になった。
でも、何度、思い出そうとしても、僕にはどうしても彼の事が思い出せない。

加えて、何故だか解らないけれど、彼の事を思い出そうとすればする程に、何処か遣り切
れない、切なさを帯びた感情だけが、急速に溢れるように僕の心の中で増してゆく。

こうしてメサイアと居るのは、初めての筈なのに。
どうしてだか解らないけれど、僕は、彼の事が、メサイアの事が、とても愛おしくて、好
きだ。
その事を改めて自覚した僕は、また新たな涙を零しながら、自分の心の中に在った、彼の
事を愛しいと思う感情を正直に乗せて、メサイアに伝えた。

「メサイア、僕は何も覚えていないけど。未だに何ひとつ、思い出せていないけど。
 僕は、貴方の事が好き。好きなんだ。その事だけは、今でも、ちゃんと解るよ」

「ありがとう」

僕の言葉に応えるように、メサイアは穏やかに微笑んで、ただ一言、短く、返事を返して
くれた。直後に、彼は、自らの背中に純白の大きな翼を出現させる。
彼のその姿を目に留めた僕が、一瞬のうちに言葉を失くしたのと同時に、メサイアは再び
僕に声をかけた。

「どうか驚かないで欲しい。
 俺には片翼が、左側の翼がない。けれども、差し障りはないんだ。
 君と聖霊領に還る為には、俺自身がこのありのままの、本来から真に備えているこの姿
 を留めなければならないから。それだけだから。君は何も心配しなくて良いんだ」

嘘だ。差し障りがないというのは、嘘だ。それ位の事は僕にでも解る。
僕が言葉を失くして驚いたのは、彼の背中に翼があったから、という事じゃない。
その事自体は、何故か僕はすんなりと受け止めていたし、後々、自分の背中にもそれが在
るのだろうと、ごく自然に思った位だから。
僕が言葉を失くしたのは、メサイアが翼を失い、今なお、その状況に在るという事の方だ。

メサイア本人が言ったとおり、彼には左側の翼がなかった。
彼の左側の翼は、背中に近い辺りの位置の途中から、その大半の部分が、ばっさりと切り
落とされたように失われていた。
今まで、彼自身に備わっている力をもって、翼を封じていただけで、それは、本来、彼の
身体の一部なのだから、こんな状況にあって、辛くない筈はない。

それでも、多分、メサイアは僕に気を遣わせたくなくて、僕が今、彼に出来る事が何も無
いのだという事も解っていて、だからこそ、「心配しなくていい」と、そう言ってくれてい
るのだろう。

「メサイア、もし、僕にも翼があるのなら、僕が貴方の代わりを務めたい。
 僕が貴方を聖霊領域に連れて行くから。貴方に無理をさせるような事はしたくないんだ。
 そういう事、僕には出来ないのかな。
 それに、出来れば、僕は貴方の失くした翼を取り戻したい。
 僕に出来る事は、本当に、何もないんだろうか」

僕は自分の事を何も覚えていない。
自分の背中に翼があるかどうかだって、本当は覚えていない。
けれども、何故かそんな気がしたから。
僕にも何か、出来る事があるんじゃなかと思ったから。

だから、思いきって、僕の気持ちを正直に伝えたかった。ただ、それだけだ。
僕に何か出来る可能性が、ほんの少しでもあるのなら、それを捨てたくはなかった。
でも、直後に、メサイアが真摯に返してくれた返答に、僕は、自分自身に出来る事など、
何もない事を知った。

「君の背中にも、翼は備わっているよ。
 でも、君には俺が遣っているような能力を行使する事が、今この場では出来ないから。
 だから、君はそれを出現させなくていい。大丈夫だから」

「僕……本当に何も……何も、出来なくて……ごめん……。
 いつか必ず、貴方の役に立てるようになるから。メサイア、本当にごめん……」

今、僕に出来る事なんて、やっぱり、何もないんだ。そんな事は何処かで解っていたのに。
メサイアは、遣り切れない気持ちを抱えたまま、泣きそうになっていた僕の事を気に掛け
ながら、真摯に返答を返してくれた。

それなのに、また新たに零れ始めた涙を止める事さえ出来ずに、僕はメサイアの腕の中で、
泣き続けた。
僕の背中に優しく掌を添えながら、メサイアは暫くの間、泣き続ける僕の事を静かに抱き
留めていてくれた。

「アルシエル、君が好きだよ。俺は、今、こうして君の傍に居られるだけで、充分なんだ。
 もう、良いんだ。一緒に聖霊領に還ろう」

少し間を置いた後で、メサイアは僕の耳元で囁くように、そう言った。
僕が声を詰まらせながら、頷き終えたと同時に、メサイアは、僕の事を腕の中に抱き寄せ
たまま、自らの能力を行使していく。

やがて、彼が行使した魔導力によって、彼と僕の周囲を取り囲む景色が聖霊領域内に在る
「異界の門」の近くのものへと変わる。
その間、メサイアは、僕の事を気遣い、ずっと寄り添うようにして、傍に居てくれた。

それは、ごく僅かな時間でしかなかったけれど。
でも、僕にとっては、絶対に忘れたくなどない、とても大切な時間になった。

+ ← イラスト〔作者:本スレ 1-200様〕

      ※

後に聖霊領に還ってから、僕は、漸く、僕自身がこの世界で、最も尊守されるべき、理の
ひとつに叛いた罪人である事を思い出した。
それでも、僕には、結局、メサイアの事は何ひとつ、思い出せなかった。
僕自身が何故、自らの独断で勝手に、尊ぶべき大切な理に叛いて、聖霊領域の人々に恩恵
を与えてくれる守護聖霊との契約を反故にしたのか。その理由さえ、未だに良く思い出せ
ない。

今、僕は、僕の義兄上――淡い空色の髪と瞳を持つ、聖霊領西公の皇太子、エル・シオン
様の許で、身柄を保護され、過ごしている。
義兄上が所有する、この別邸に当面の生活の拠点を与えられているが、僕は、それ以外の
場所に自由に赴く事は出来ない。

罪人である僕がメサイアの傍に居て良い筈などない。僕が彼に逢える筈など、ない。
こうして、行動を制限され、義兄上の庇護の許に、絶対的な魔導の施されたこの場所で、
監視下に置かれるのも当然の事だ。

僕の罪人としての立場を考えれば、僕が義兄上の許で、身柄を保護されているという事も、
本来であれば、身に余る程の手厚い配慮を受けているといっても良い位だ。

でも、僕は、罪人である僕の罪には何ひとつ触れず、僕の事を好きだと言ってくれた、
あの人に逢いたかった。メサイアに逢いたかった。

僕は、未だに何ひとつ自分で成す事が出来ずに、こんなにも身勝手な想いを抱えたままだ。
けれど、いつか、メサイアが僕に与えてくれた、あの温もりを還したい。
いつかメサイアの為に、僕に出来る全ての事柄を全うできるようになりたい。
心からそう思った。

「……メサイア……」

今、この別邸の私室には、僕以外には誰も居ない。
小さな窓の近くに立っていた僕は、無意識のうちに呟くように、彼の名を呼んでいた。
同時に、僕の事を迎えに来てくれた、あの時の彼の、清麗な姿を思い出した。

そうして、今、現時点においても、未だに何も出来ない、自分自身に遣り切れない感情を
覚えて、僕はまた涙を零して泣いていた。

      ※

まただ。また堕ちてゆくんだ。
僕は涙を零しながら、遥か遠くに僅かに望める光に満ちた世界へと向かって、無意識のう
ちに手を伸ばしていた。

今、僕が身を置いている、この空間には、身体が急速に落下していくような感覚を受けて
いるにもかかわらず、同時に、妙な浮遊感もあって、上下、左右の感覚さえない。
加えて、遥か遠くに光に満ちた世界が望めるほかには、僕が新たに身を置くことになるの
であろう、今までとは異なる世界の様子が徐々に形を現わしていく様が見えるだけだ。

たとえ背中に、翼があっても。
淡い空色の色合いの6枚翼なんて、大層な外見の翼があっても。
今、この場所で飛べないのなら、それに、魔導で移動出来る能力も併せて持ち合せていた
としたって、今、此処で、その力を発現出来ないのなら。そんなものに意味なんかない。

僕は、聖霊領域で過ごしていた頃の自分自身が本来持つ記憶を、完全に取り戻すまで、
何度も、違う世界へと堕ちていく事になっている。

一度、聖霊領域に戻ってから、その直前まで過ごしていた世界での記憶が殆ど消え失せて、
僕の魂が抱えていた傷がほぼ、癒された状態になれば。
それを判定するために、僕に施されている魔導の発動条件に当てはまれば。
僕に課せられたもう一つの魔導――贖罪の魔導が発動する。
僕を迎えに来てくれたあのひと――メサイアに、再び逢う事も、別れを告げる事も出来ず
に、僕は、また違う世界に墜ちるのだ。

その事は、何処かで、解っていた筈なのに。
あの時、天界の門へと還ってきたときに、僕は、自分の記憶を取り戻す事を希えば良かっ
たのだろうか。

だから、メサイアは、あの時、僅かに哀しみを帯びた表情をしたのだろうか。
それでも僕は、あの時、僕が墜ちた先に在った世界で、僕と共に過ごし、一緒に闘ってく
れていた人々の幸せを希わずにはいられなかった。
自分の採った選択に後悔は無い筈なのに、それなのに、それでも、涙が零れる。

これから、僕は、また全ての事柄を忘れて。
また、僕の義兄上――エルの事を、そして今も、僕にとって、一番、愛おしくて、大切な
あの人――メサイアの事を哀しませるような、そんな経験さえも重ねてゆく事になるんだ。

「メサイア、メサイア、貴方が好き、大好きだよ……」

僕が想いを伝えたい人に、この声はもう、届かない。
再び、僕が瞳を開けた頃には、本当にまた、全てを忘れているんだろう。
それでも、僕は、願わずにはいられなかった。声に出して、貴方の名を呼ばずにはいられ
なかった。たとえ、ほんの少しでも、貴方の事を覚えていられますようにと。

      ※

「……アルシエル」

メサイアが僕の名前を呼んでいる、その声に応じたくて、僕は再び瞳を開いた。
瞳を開けると、そこには、心配そうな表情で、僕の事を見ているメサイアの姿が映る。
僕はベッドの上で、メサイアに軽く抱き起こされるようにされてから、漸く目を覚ました
ようだった。

「アルシエル、済まない、随分とうなされていたようだから」

僕が瞳を開けた瞬間、メサイアは、ほっとしたような表情を浮かべていた。
それから、彼は、瞳を開けたばかりの僕の体調を気に掛けながらも、僕の事をそっと抱き
竦める。

「……メサ、イア……僕……」

メサイアに抱き竦められて、彼の暖かい体温に包まれた僕は、徐々に意識を取り戻してい
きながら、この場所が何処なのかを改めて認識していった。

此処は、僕とメサイアが住まう、日本国のアパートメントの一部屋だ。
今、僕が居るのは、酷く哀しい記憶を伴ったまま過ごしていた、あの世界なんかじゃない。
たった今、目を覚ますまでの間、もうずっと長いこと、夢に見てきた、あの場所とは違う。
あの場所とは違う世界に、今、僕は居るんだ。

未だに幾分、視界が朧げに霞んで、自分の思考もまだ、はっきりとは戻っていない。
けど、僕が今居る、この世界が何処なのか、それだけは、ちゃんと認識できている。

自分の置かれた状況を改めて確認しながら、でも、未だにメサイアに抱きかかえられた状
態のままで、僕は、彼に向かって話しかけた。

「……僕……メサイアの傍に……居る、よね」

目を覚ましてから、あまり間を置かない状況ではあったけれども、いささか唐突な質問を
投げかけた僕に、メサイアはほんの少しだけ、戸惑ったような表情を見せた。
でも、直後に、メサイアは僕の事をそっと撫でるようにして、片方の手を後頭部の方へと
軽く添えてから、いつもどおりの優しい笑顔で微笑んでくれた。

「ああ、もう、大丈夫だから。君は俺の傍に居るよ」
「メサイア……」

メサイアが返してくれた言葉にほっとして、僕は無意識のうちに、彼の事をそっと抱き返
していた。
その時の僕は、とにかく、僕自身がメサイアの傍にちゃんと居るんだっていう事を、しっ
かりと実感したかったんだと思う。
だから僕は、メサイアの傍へと、身体を預けてから、彼の胸元へと自らの顔を埋めるよう
に添わせた後に、自分の想いを小さな声で告げていた。

「メサイア、好き……貴方が好き……」

僕がメサイアの傍に居るから。その所為で。
きっとまた、この先も、メサイアに理不尽な思いや、迷惑や負担を沢山かけるような事に
なってしまうのだと解っているのに。
その時、どうしても、僕は、自分の想いを告げずにはいられなかった。
メサイアは僕の言葉に応じるように、僕の事を抱き竦める腕の力を一度、強めた。
直後に僕の耳元にメサイアの優しい声が聞こえてくる。

「アルシエル、俺も君が好きだよ。愛している」
「メサイア……」

僕は自らの顔を上げて、彼の事を見る事も出来ずに、メサイアの胸元で俯いたまま、自ら
の瞳から涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
メサイアがそういう風に声を掛けてくれるのが解っていて、そんな事を言った僕は本当に
ずるい。

それでも、僕は願わずには、思わずには、いられなかった。
メサイア、本当は、僕以外の誰かと居る方が、貴方が幸せになれるのだとしたら。
その事実を、僕がちゃんと受け止めて、貴方にとって、最良の選択ができますようにと。

そして、叶うなら――。
貴方が、あの真っ直ぐで、揺るがない意志の宿る漆黒の瞳と、艶やかな黒髪を持つ、精悍
な面ざしの、強くて美しい人――アレスの許に行く事になるまでの間、どうか傍に居させ
て欲しいと、そんな事を勝手に思っていたんだ。

そんな独善的かつ、身勝手な事ばかり考えていて、挙句、堪え切れずに涙を零し始めた僕
の事を、メサイアは何も言わずに、ただ、強く抱きしめてくれていた。
僕は、その場で、矛盾した想いを抱えたまま、メサイアに何も還す事が出来ずに、希い、
祈る事しか出来なかった。

メサイア、どうか貴方が、僕の所為で辛い想いをする事など、もう二度と無いようにと。
例えそれが叶わなくても。僕が貴方の為に最善を尽くせるようにと。

【END】

お読みいただきありがとうございました!
今までに投下したSSの中でもダントツに甘めかつ、厨設定満載な感じで
大変申し訳ありませんでした……でも、書いていて楽しかったですww

またそのうち、こんな甘め設定満載の現代ファンタジーでの彼等の日常も、
書ければと思っております
これに懲りずにお付き合いただけると幸いです

※wiki収録後に、一部修正を加えました。


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最終更新:2013年07月10日 23:44