この項ではAJN(AllJapanNetworks)系列(所謂旧電力系)のテレビドラマ史について解説する。
黎明期
1983年秋、TNK(
テレビ北関東)は制作部の若手スタッフ(この中には現社長の内山洋一、現制作局長の山田裕吾もいた)に仕事を与えるため、制作会社との協議を進め、翌春から制作開始ということで1時間の単発ドラマを放映するようになった。こうして1984年から土曜21時に「土曜ショットガン」を放送開始。この時期のTNK関連スタッフが、のちのAJNドラマの隆盛を作ったといえる。
ちなみにTXが「ドラマ・女の手記」シリーズを開始、KTVが単発1時間サスペンスを開始したのがともに1986年なので、TNKはそれに先んじて「短編映画に近いドラマを作ろう」(山田が後に語っている)としていたことがうかがえる。
また、現在のMKN(南関東ネットワーク)である関東テレビと当時のテレビ東北(現
テレビ仙台・
テレビ信越)も当時からネットに参加している。
拡大期
1987年にTNKが深夜23時30分から「
真夜中サスペンス」を開始。この際北海道、中部にもエリアを拡大している。
その一方で一話完結型の若者向け勧善懲悪ドラマとして「
リセエンヌ~女子校マル秘仕置人」がスタートしたが、直後に盛岡駅首吊り自殺事件が発生したことと、制作会社ヴァンフィルの倒産が原因で半年で打ち切られた。しかし打ち切り報道を受けたアイドルファンからの嘆願書により1クールのつなぎ期間をおいて「リセエンヌ'88」として再開された。
なお、関東テレビ製作・著作(協力:鎌倉スーパーステーション=のちのKSS)で同時期に制作された「ときめきサマーDAYS」の実質2クール目である「ときめきオータムストーリー」が東北エリアで「リセエンヌ」のつなぎ枠に入っていた。
変革期
キー局はいわゆるCXのトレンディドラマに追従する時代になり、AJN系列もその流れに贖えずに横並びの作品が出てくるようになった。
更新期
1990年代後半以降、業界内外のいわゆる「更新期」が起こり、AJN系列では原点回帰を図る動きがみられた。
- 所謂一次キー局制作による枠の持ち回り
- 制作協力体制の集中化(東和エージェンシー、大東企画(→DPC)、国際放送新社、フューチャーズ、東西放映企画(→ONZE))
この時代の後半(21世紀に入ってから)に村下秀朗、倉石伸治らが再び介入、その後TNK編成局長に内山洋一が,MKN制作局長に望月徹が就任したことからTNK・MKNが自社ドラマへの情熱を取り戻した。
再興期
2008年以降、再度単発ドラマや一話完結型連続ドラマ、起承転結にこだわった前中後の集中連続ものを作りはじめた。火付け役は黎明期にTNK-TSDにいた村下だが、2012年に内山がTNK社長に就任したのを機にその流れを加速させていく。
キー局ではオワコン扱いされた時代劇・歴史劇や2時間ドラマの類も制作しており、AJNドラマは再興期を「最高の時代」へと進化させている。
最終更新:2026年07月21日 22:31