草原に焦る小学生がいた。

「あっれ。おっかしいなあ」
バックをひっくり返す。無い。
ポッケを漁る。無い。
辺りの草原を懐中電灯の光を頼りに探す。無い。
「ネックレス、どこー?」

田外勇二はただの小学生ではない。
彼の家、『田外家』は日本有数の霊能力者の大家である。
そのルーツは平安時代まで遡ると言われている。
当時から天皇が助言を求められるほどの権力と霊力を持っていた田外家は移りゆく時代の波を乗り越え、現代まで続いている。
他の霊能力の一族が没落したり、断絶したことを考えると、国内に対抗馬がいない今は田外家の全盛期であるといっても過言ではない。
彼の家族は皆日本に名を轟かす霊能力者だし、彼本人も神と同レベルの霊力を体に秘めている。
しかし現在、彼の霊力を抑えるネックレスは主催者の手によって没収されていた。

勇二は自分が普段身につけているネックレスに、そんな効果があることを知らない。
ただ、大好きな宮子おばちゃんに貰ったものだ。常に身につけておくように言われたものだ。
それが、今手元にない。

「ど、どうしよう」
少年は軽いパニックに包まれた。
草原がざわめき出す。
きっとおばちゃんは怒りはしないだろう。
彼の頭上に黒雲が集まり出す。
でも、きっと悲しむに決まってる。
ビリビリと空気が震える。
おばちゃんを悲しませることはしたくない。

その時、勇二の頭に舞い降りたのは、教育係の上杉愛の言葉だった。
『何か困ったことがあったら、周りの大人に相談すればいいんですよ』
「そうだよ!他の人に聞けば良かったんだよ!」

問題の解決法が分かり、勇二は胸をなでおろした。
と、同時にざわめきは消え、空は晴れ始める。
空気ももとの寒い静かな空気へと戻っていた。

そうと決まれば話は簡単。
これから会う人間、いや妖怪だろうが人間だろうが、出会った者にネックレスのことを相談する。
あわよくば一緒に探してもらう。
勇二の家にはたくさんの妖怪が働いている。彼にとって妖怪とは猛獣やアイドルよりも身近な存在だ。
殺し合いのことなどすっかり忘れたかのように、勇二は鼻歌を歌いながら草原を進む。

そして。
霊能力者の少年は、悪党に出会った。
「ふふふ、僕ー、どうしたんですかー?」
突如、勇二を通せんぼするかのように現れたのは背の高いスマートな女。
少年は一瞬驚いた。
が、幼く無邪気な性質からかすぐに警戒を解く。
「お姉さん、誰?」
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る悪党商会でぇーす」
名前を聞いたのに、所属する組織名を言われ勇二は面食らう。
「あ、悪党商会って名前なの?」
「いえいえ。私の名前は近藤・ジョーイ・恵理子。好きな風に呼んで構いませんよ」
「んー、じゃあ恵理子おばちゃんで」
ぴしっ、と恵理子の笑顔が一瞬凍りつく。
近藤・ジョーイ・恵理子。年齢27歳。若々しい姿はその年齢を5歳ほど下げて見させる。
彼女本人も自分はまだまだ若いと思っている。
それをこの少年は何と言った。おばさん、と。ミュートスならともかく私をおばさん扱いだと?
別に勇二も彼女をババくさいと思って発言したわけではない。
ただこの年代の少年は単純なのだ。彼らからすれば20歳より上の女の人はみんなおばちゃんである。
恵理子と外見年齢が近い吉村宮子を勇二は宮子おばちゃんと呼ぶため、恵理子もおばちゃん扱いされることは仕方のないことであった。
「僕の名前は田外勇二。ねえ恵理子おばちゃん、僕のネックレスを一緒に探してくれない?」
田外、という言葉を恵理子は知っていた。
(あの霊能力者一家の田外家ですねー。ということは、この子はそこの坊ちゃんということですか)
「ええ。いいですよー。恵理子『お姉さん』も暇ではないんですけどぉー、協力してあげますよー」
「わーい。ありがとう、恵理子おばちゃん」
ぎゅっと、恵理子は固く拳を握り締める。しょうがない、相手は小学生だ。

「それで勇二くん。勇二くんは最初どこにいたんですかぁ?」
「向こうのほう。ここから歩いて20分くらい」
勇二は夜の草原の一地点を指差す。
「そうですか。私たちの勘だと、最初の場所に落ちてると思うんですよねー」
『私たち』という言葉に勇二の脳裏に疑問符が浮かんだ。が。きっと背後霊でも憑いているのだろうと納得する。彼からしたら背後霊や地縛霊など珍しくも何ともない。
「え?でも、さっき探したけどなかったよ」
「一人より二人ですよー。単純に考えて懐中電灯の明かりが2倍になりますからねぇ」
「そんなもんかなー。んー、じゃ、行こっか」
そう言って、勇二は恵理子に背中を向けて歩き出した。
恵理子を自分の初期位置まで案内するためだ。
この時、勇二の視線が恵理子から外れた。

恵理子の目つきが変わる。
さっきまでの柔和を装っているような目が、鷹のように鋭く。
恵理子の長い足はしなやかな軌道を描きながら、勇二の首元へと進む。
しかし、その速さは常人では目視も不可能なほど。
当然、背中を向けている勇二は、今自分の危機に気がつかない。
そして、恵理子の蹴りは勇二の頭を西瓜のように砕き割った。

何かに止められた。
空間にバチッ!と雷のような音が響く。
恵理子の顔が驚きに染まる。
とっさに後方へ飛び退く。
右足からは鈍い痛みが広がっている。
私は今何を蹴った?鉄の塊か?なんだ、さっきの硬さは?
勇二は、ゆっくりと振り返る。
「恵理子おばちゃん、今、何した?」
田外勇二は幼い風貌と優しい口調から純粋培養の無垢な少年と、周りからよく思われる。
完全な勘違いである。
むしろ同じ年代の子供と比べると、腹黒といっても過言ではない。
小さい時から幽霊や妖怪が当たり前だった生活。さらに、天狗の愛や魔法使いの宮子による教えで、彼は小学生とは思えないほどしっかりした少年になった。

最初のワールドオーダーの説明。彼は恐怖に囚われながらも、しっかりとワールドオーダーの話を聞いていた。ルールを心に刻み込んでいた。

この島に飛ばされてからも、彼は真っ先に支給品を確認した。全ては身を守る準備ができてから。
そして、彼は当たりを引いた。
『守護符』。田外家でも使われている御札が支給されていたのだ。
この符は、身につけている人間の周りに薄い霊的障壁を張る。
防御力は薄い鉄板ほど。その時の術者の精神状態によって多少上下するらしいが。
他に大きな特徴として、持続性が挙げられる。
この符は誰が使っても防御力に大きな差は現れない。
しかし、持っている術者の霊力が強ければ強いほど、障壁の持続時間は長引くのだ。
普通の人間なら三分ほど。霊能力者なら数十分はいけるだろう。
田外家の人間なら数時間は持つはずだ。
そして、神クラスの霊力を持つ勇二は、ほぼ無限。
その効果を知っていた勇二は迷わず、『守護符』をポッケにしまった。

支給品を確認して、名簿も確認して。名簿に宮子の名前を見つけて。
この時初めて勇二はネックレスがないことに気がついたのだ。
そして冒頭に戻る。
つまり勇二はこの状況をしっかり認識し、冷静な判断で行動していたのだ。
初対面の恵理子をすぐに信用したのは純粋だからではない。
攻撃されても痛くも痒くもないからだ。

現在、悪党商会幹部、近藤・ジョーイ。恵理子は、冷静に勇二の動きを観測していた。
「無駄だよ。どんな攻撃をしても無駄だよ恵理子おばちゃん。僕は無敵だから」
さっきまでとは違う、どこか突き放したような口調で勇二は語る。
恵理子の顔に僅かに汗が垂れる。
が、
「ふふふ、失敗しちゃいましたー。ちょっと油断しすぎましたね」
再び恵理子の顔に余裕の笑みが浮かぶ。
そして、恵理子はバックから武器を取り出した。
マシンピストル。イングラムM10。
小学生を殺すにはあまりにもオーバーキルなそれを構える。
パラララララと、タイプライターのような音が響き、勇二に無数の弾丸が発射される。
「だから無駄だって」
全て勇二に当たる前に弾かれる。
「そんな武器じゃ、この障壁は破れないよ恵理子おばちゃん」
「そうみたいですねー」
そう言って素直にイングラムをバックに仕舞う恵理子。
その態度に、勇二は不思議そうに眉を顰める。
「どういうこと?恵理子おばちゃんはゲームに乗ってるんだよね」
「いえいえ、違いますよ。私はどちらかというと脱出派でーす」
じゃあなんで自分を蹴った。と、勇二は思う。
『守護符』が反応するということは、さっきの蹴りをくらっていれば自分は大きなダメージを負うことになるはずなのだ。
軽いツッコミや、遊びのような攻撃ではこの符は反応しない。
「6時間以内に誰かが死ななけれなば、全員の首輪が爆破されますよねー」
「もしかして、それを防ぐために僕を殺そうとしたの?」
「ええ、そーですよ」
くるり、と恵理子は回転した。
さっきの勇二のように背中を向ける。
「なんの真似、恵理子おばちゃん」
「何って、逃げるんですよ私はー」
その言葉に勇二は拍子抜けする。
「あなたを殺すのは骨が折れそうですしね。そのバリアーが消えるのを待ってもいいんですけどぉ、時間がもったいないですしねー」
そう言って、のんびりと恵理子は遠ざかっていく。
呆気に取られていた勇二だったが、ふとある事実に気がついた。
この女を逃がしていのだろうか。恵理子おばちゃんは、愛お姉さんや宮子おばちゃんを襲わないだろうか。
自分の好きなヒーロー達ならどうする。あんな意味わかんない悪人をみすみす逃がすだろうか。
この防御符はあいつの攻撃を通さない。
ここで、あの女を倒すべきじゃないか。
そう結論づけた勇二は、大声で叫んだ。
「待ってよ恵理子おばちゃん。そう簡単に逃がさないよ!」
その声は、恵理子の足を止めた。
「恵理子おばちゃんはこの場で僕がやっつける!僕には、まだ秘密兵器があ」

「―――少し黙れ」

勇二の声を遮った恵理子の声は、氷点下のように冷え切っていた。
「勇二さん、何か勘違いしちゃってませーんか?私は逃げてるんじゃないですよー」
ぐらぐらと、地面が揺れている。地震でも起こっているのかな、と勇二は思う。
「私が、貴方を、見逃したんですよー?そこを勘違いしちゃ駄目ですよぉ」
違う、揺れてるのは僕だ。僕は、震えてるんだ。
「分かりましたかぁ?」
そう言って、振り向いた恵理子の顔は何度も見せた余裕の笑み。
しかし、その瞳から放たれるのは底知れない、深すぎる殺意。
勇二は恐怖で動けない。
それは初めての経験だった。
イジメっ子に殴られる恐怖など比にならない。
大人を怒らせた時の恐怖など取るに足らないもの。
さっきの蹴りは早すぎて、勇二自体はまったく反応できなかった。
さっきの銃撃は、どちらかというと実験のようなもので、殺意は薄かった。
今、生まれて初めて勇二は殺意を全身に浴びた。
一流の、へらへら笑いながら人を殺す悪党の、本物の修羅の殺意を感じた。


結局、勇二がまともに動けるようになったのは、恵理子が見えなくなって、それからさらに1時間後のことだった。

【Dー4 草原/深夜】
【田外勇二】
[状態]:恐怖による疲労、
[装備]:『守護符』
[道具]:ランダムアイテム1~2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんと宮子おばちゃんを探す
1:恵理子おばちゃん……怖い…… 。
2:ネックレスを探す。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。

【Eー4 草原/深夜】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:イングラムM10(22/32)、時限爆弾、ランダムアイテム0~1(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する
3:とりあえず温泉旅館へ向かう
[備考]
※18話「悪の女幹部」に登場する以前です。

【守護符】
身につけておくだけで自動でバリアーを張ってくれる優れた御札。防御力はそこまで高いわけではなく、通常の拳銃なら通さないが、ショットガン程になると破られるくらいの強度。
持っている人の霊力によって持続時間が増えるが、制限によりどれだけ霊力が高くても最大6時間までに調整されている。なお、最後の文章は説明書に書かれていないため、勇二はこの制限を知らない。

【イングラムM10】
アメリカ製の短機関銃。原作バトロワで桐山が使ってた物と言えば、わかりやすいかも。
装填数32。

032.遊宴の幕開いた 投下順で読む 034.探偵がリレーを/矛盾る
時系列順で読む
GAME START 田外勇二 邪神、歓ぶ
悪の女幹部 近藤・ジョーイ・恵理子 魔王と悪党

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最終更新:2015年07月12日 02:30