「70余名か。 この島がどれだけ広いかは知らんが、人一人を見つけるにも難儀だな」
夜闇の中でディウスは呟いた。
魔族の特性としてディウスは十分に夜目が利く。
夜の暗さも飛行と探索の障害には成り得ないが、そもそも探すべき対象が探索範囲にいないのでは話にならない。
スタート地点である灯台から周を描くように飛行し人の姿を探していたが、運が悪いのか幾らかの時間が経っても収穫はゼロであった。

「探し方が悪いか……?
 あるいはこの近くには人間が配置されていないか、既に他の場所へ移っているかだが――」
魔族にとっては当然の事なので今まで失念していたが、人間は夜目が利かない。
陽が昇るまでどこかに隠れているという事は、気がついてみれば十分に想像できた。

(……失策だな。 脆い人間にとって、視界の利かぬ中を移動するのは危険であったか)
既に堂々と飛行している事からもわかる通り、彼は魔王であるという事に自信を十分持っている。
そんな存在である彼にとって、隠れるという行為は縁が薄いのもこの発想が遅れる原因であった。

「何の目的もなく探索するより、空振りに終わっても建造物を目指した方が見つかりやすいかもしれぬな……」
そう考えた魔王は、既に頭の中に入れている島内の地図から最初の目標を選び出す。

「……研究所にするか」
探している目標であるミルが科学者だから、という単純な理由もあるが。
研究所内に何か首輪の解除について有益な物が残っているかもしれないという考えもある。
ミルを保護した際にそれを渡せれば十分な手土産になるだろうし、万が一ミルに何かがあった場合自分での首輪解除を考えねばならない。
それを考えても、首輪に関する手がかりは何としてでも欲しいところだ。

(……首輪の手掛かりか。 いっそ一人くらいは首を斬って首輪を引き抜くのも手だな。
 爆破の危険性を考えずにテストに使える首輪は、解除を考えるなら有効だろう。
 無論それよりも優先すべき事はあるので、機会があったら程度に考えておくか。
 人間を殺す手間があるならば、今は探索に集中したいからな)

新たな方針を決めたディウスが、東へと進路を変えようとした瞬間――

眼下の闇に包まれた大地に、赤い花が咲いた。

「……む?」
爆音。
中世に似た剣と魔法の世界の住人であるディウスにとっては魔法や大砲以外では馴染みのない音ではあるが、確かに彼の耳はそれを聞き分けた。

「爆発……魔法か? だが、魔力を感じないな……あれだけの規模ならば発散される魔力も相当の筈だが。
 ならば……異世界の文明の利器とやらか」
上空から見る限り、爆発は何らかの建造物を完膚なきまでに吹き飛ばした上で炎上させている。
それだけの威力を持つ魔法ならば消費、そして大気中に発散される魔力も尋常の物ではない。
それが感知できないならば、魔法による爆破ではないと見ていいだろう。
異世界の技術は発達していると聞く。
火薬などの技術もこちらの世界の比ではあるまい。

「人を選ばず、手持ちの範囲であれだけの爆破を起こせるとは恐ろしい物よな。
 ……さて、どうするか?」
何の理由もなく建造物を爆破する者はいない。
あの周囲で何かが起きたのは間違いがないが――

「……いや、ガルバイン暗黒騎士、もしくはミルが巻き込まれている可能性がある以上様子を確認せねばならんか。
 やれやれ、難易度が高いな」
迷うそぶりも無く即断すると、ディウスは爆発の起きた方向へと飛んだ。



近藤・ジョーイ・恵理子は旅館を爆破した後、今後の行動を考えていた。
自分にわかる形で一人を殺し、首輪の爆破の発生を防ぐ。
方針はそう決定しているが、その方針を実行する為にどう行動するべきか。

(当然だけど、まずは一人見つけるのが先決ですよねー。 となると)
この島は北と南に街があり、中央を山と森林が遮る形となっている。
恵理子がいるのは山の北側。 北の街からは南に離れた平原だ。
北にある街に人が集まる可能性は考えられるが――

(いやー……南ですよね)
だからこそ恵理子は南へ向かう。
南から街を目指してやって来る相手を見つける事ができるし、人が密集しかねない街では恵理子の行動を邪魔される可能性もある。
そう結論付けた恵理子が、南へ進路を取ろうとした瞬間――

風を切る音と共に、何かが空から地面へと衝突した。
地を叩く轟音と共に舞い上がる砂埃の中に、人影らしきシルエットが浮かび上がる。

「……あらあらー、誰ですかー?」
「魔王だ」



爆発の起きた方向へと飛んでいたディウスは、眼下に一人の女を発見した。

(見たところ人間だな。 ミルでもないようだが、こちらの探している者を見かけていないとも限らん。
 接触すべきか)
そう結論づけたディウスは、恵理子の前へと勢いをつけて降り立つ。

「質問だ、答えよ。 黒い鎧を纏った騎士、緑色の肌をした巨人、白衣を着た人間の少女。 この内の誰かをここで見た事があるか?」
「……いーえー。 ありませんねぇ、魔王ディウス様?」
突然の強襲にも近い登場からの、威圧感のある『質問』。
それにも動じず、飄々とする女の答えに、しかしディウスは構えを取る。

(私は名乗っていない。 この女の顔も見た事がない。 いや、というより――)
「装束から見て、異世界の人間かと思ったが――貴様、我の世界の人間か?」
魔王であるディウスの顔は、彼の世界の者には広く知れ渡っている。
とはいえ、目の前の女は彼の世界の人間には見えない。 彼の事を知っている筈がない。
人間離れした外観だ、人間扱いされない事はわかっていたが――というより、人間と同じ扱いにされるのは彼にとって屈辱である――名前と『魔王』という素性を知られているというのは、彼にとって予想外の出来事であった。

「いーえ、違いますよぉ。 貴方とは別の世界の人間ですわ。 貴方の世界の記憶は持っていますけどね」
「……記憶だと?」
「えぇ。 私は並行世界の私の記憶を共有できるんですぉー。 ――って言っても、見られるのは私だけですから、むしろ覗き見っていう方が近いのかもしれませんけどね?
 貴方の世界では、光の賢者ジョーイ……なんて名乗ってるみたいですねぇー、私は」
「……ふむ」
確かにディウスも、その名前には聞き覚えがある。
光の魔法を扱う人間の賢者で、人の住む領域を守護していると聞いたが――。

「その光の賢者の同一存在という割には、貴様からは私に対する殺意を感じぬ。
 光の賢者とやらが噂通りの人物ならば、魔王を目の前にして大人しくしているとは思えんがな」
「そこはまぁ、同一存在ってだけで同じ人物ではありませんからねぇー。
 私は『悪党』なのですよ。 ちなみに、どの平行世界にも私以外の悪党である私はいないので、
 つまりわたしは全並行世界でオンリーワンの存在という訳ですね」
オンリーワン。 『唯一』と言えば聞こえがいいが、それはつまり裏を返せば『異常』だという事だ。
――まあ、ディウスにとっては興味のある事柄ではない。
人間の事情など、彼にとっては関係のある事柄ではない。

「まあいい。 貴様にもう一つ質問だ。 あの爆発は貴様の仕業か?」
「そうですが、それに問題が?」
「いや、ない。 貴様が嘘を吐いていないならばな」
この女の言が嘘でない限り、こちらの探している対象はあの爆発には関わっていない。
ならば問題はないし、それ以上は関係がない。

「……こっちからも質問があるんですけどぉー」
質問したきり興味をなくした様子の魔王に向かって、女が質問する。

「まあ、貴方は悪なので、特に敵対対象って訳じゃないんですが……。
 一応聞いておきましょうか。 魔王様、どうするおつもりなんです?
 私をいきなり殺しにかからないあたり、殺し合いをする気はなさそうですけど」
「貴様らにかかずらっているほど暇ではないのでな。 首輪を外してここを出ていかせてもらう。
 私は元の世界で人間との戦争を続けねばならん」
「そうですかぁー。 応援はいたしますよー?
 私としても首輪は外れて欲しいですからねぇ。 あ、私の目的も聞きたいですかぁ?」
「知らぬ、興味もない」

「そうですか、それは残念。
 ――それでは魔王様、御機嫌よう。 私はあなたに用事はないですし、あなたの用事も終わったみたいですからねぇー。
 私の名前は近藤・ジョーイ・恵理子。 他の悪党商会の方に出会ったらよろしくお願いしますー」
「……貴様のような人間離れした考え方の人間が他にもいるというのは驚きだな。 せいぜい遭わない事を祈らせてもらおう」
「酷いですねぇ。 悪党商会は正義と悪の味方ですよぉー?」
「――魔王に味方はいない。 いるのは敵と、配下だけだ」
「くすくす。 格好いいですねぇ、悪党商会に付く前だったら惚れちゃってたかも」
「戯言を。 貴様は――他人になど興味はあるまい」
「……そうかもしれませんねぇ」
恵理子の台詞を聞いた魔王が、再び魔法を使い空へと飛び上がる。
そうして、魔王と悪党の少しの時間の邂逅は終わった。



恵理子とディウスの目的は、実のところ協力できた筈である。
ディウスの最優先目標は『首輪を外す為にミルを探す』事だ。
恵理子の目的の一つも『首輪を外す手段を探す』であった以上、二人で手分けしてミルを探す選択肢も存在した。

恵理子の最優先目標である『首輪の爆破を防ぐ為に誰か一人を殺す』というのも、ディウスからすれば受け入れられない事ではない。
人間の命などディウスにはどうでもいいし、殺した相手から首輪を奪う事ができれば彼の目的も一歩前進する。

そうならなかったのは、ひとえに彼らに共通するスタンス故に他ならない。

魔王であるディウスにとっては人間など興味はなかったし、
恵理子にとっても善悪というレッテル以外には興味などない。

無論どちらかから交渉を持ちかけていれば、どちらも協力を承諾しただろうが――
そもそも相手を交渉相手とさえ見ていないならば、協力など発生しよう筈もない。

このスタンス、そしてすれ違いがどのような結果をもたらすのか――

それはまだ誰にもわからないことだった。

【黎明/D-4 草原】

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:イングラムM10(22/32)、ランダムアイテム0~3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する
3:南へ移動し、街へ移動してくる参加者を待つ。


【黎明/D-5 草原】

【ディウス】
【状態】:健康、魔力消費(小)、飛行中
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]
基本思考:首輪を解除して、元居た世界に帰る
1:ミルを探し出して、保護する。
2:暗黒騎士、ガルバインと合流する。
3:サキュバスに第一回放送後に連絡する。
4:研究所へ移動し、何らかの資料がないか探索する。
※何者か(一ノ瀬、月白)が、この場から脱出したことに気づきました。
※ディウスが把握している世界にのみゲートを繋げることができます。

037.Terminators 投下順で読む 039.アザレア、友達できたってよ
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魔王の選択 ディウス Yes-No
笑う悪党 近藤・ジョーイ・恵理子 Night Lights

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最終更新:2015年07月12日 02:34