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「…………ぅうん」

ゆっくりと意識が白み始め、上杉愛が意識を取り戻した。
指先に僅かな痺れがあるが動けないほどではない。
まどろむように身を起こし、その場に茫と座り込む。
まだ覚醒しきらない頭を軽く振り、辺りを見渡す。

「えっと」

目に入るのは知らない風景である。
森の中ではあるのだが長年暮らしていた烏天狗の隠れ里でもないし、慣れ親しんだ煎餅布団の中ですらない。
彼女が朝が弱いにしても、どうも記憶が混濁している。
意識を覚醒させながら、手繰り寄せるように記憶を思いかえして行く。

「…………そうだ」

水中から湧き上がる泡のように徐々に記憶が蘇る。
ここは戦場で、上杉愛はあの黒ずくめの男に不覚を取ったのだ。

戦国以来感が鈍ったのか。
戦場は単純に強いものが勝つという場所ではないという事を改めて思い知る。

実力では愛が上だった、あの男は極限ではあったが、人間の領域を出ない。
そんな相手に人間を凌駕した烏天狗である己が完全に後れを取った。
しかも天狗が得意とする空中戦でだ。

しかしそうなると不可解な事がある。
愛が今もこうして生きている事だ。
戦場において不覚を取るという事は、すなわち死を意味している。
あれ程血の匂いをさせた男が、愛を殺さなかった理由がわからない。
用意周到にナイフに毒を仕込み、首尾よく意識を奪い取ったもに関わらずだ。

分らないが生きている以上、何か理由があるはずだ。
考えられるのは、何か愛を生かすに足る理由があったのか、愛が気絶した後に誰かの助けがあったかだ。

あの場で別れたカウレスが愛の後を追ってきていた助けに入った可能性もあると言えばある。
まぁあの別れ方から言ってありえない話だろうが。

しかし荷物は奪われていないし、何よりナイフを弾いた際にできたはずの右手の傷も消えている。
カウレスかどうかはともかくとして、何者かの助けが入り治療をされたという可能性はそれなりに高いだろう。
となると、そのまま気絶している愛を放置したのは解せないが、愛を運ぶことのできない非力な人間だったという可能性もある。
愛を助けたものの、何か急ぐ理由があって先へと進んだ、これが一番状況としては納得がいく推察だ。

そこまで思考をした所で、天から声が響き――――放送が流れた。

放送で告げられた内容に、愛は少なからず動揺をしていた。
百年来の友人、吉村宮子の名が呼ばれたのだ。

彼女はユルティム・ソルシエール(究極の魔女)と呼ばれる最高峰の魔女である。
不可能はないと言えるレベルの魔法を操り、普段はおっとりした性格をしているがその気になれば愛をも凌駕する実力を発揮できる生粋の魔女だ。
そんな彼女がこうも容易く脱落するなど俄かには信じがたいことである。

通常であればあの魔女が死ぬなどあり得ないと、一笑に付す所なのだが。
だがこの場は800年を生きた烏天狗である愛ですら不覚を取る魔境である。
ワールドオーダーの様な次元違いの化け物や、殺しに特化した黒づくめの死神。
そして直接的な危険人物ではないものの、カウレスの様な力を持った人間もいる。
このような場所では、彼女の死もあり得ないとは言い切れないだろう。

そして、そんな世界で一人取り残された少年を想う。
いや、この場で名簿を見て、その存在を知ってから彼の事を思わなかった瞬間はない。

彼女が忠義を尽くす田外家の末子。
これまで愛は400年という長きに渡り田外家を見守ってきたが、勇二はその中でも飛び抜けた才能を持った少年だ。
それはこのまま順調に成長すれば神域に届きかねないほどの才覚である。

だが、神の領域に届きかねない才を秘めているとはいえ、まだ年端もいかぬ小学生である。
夜道を一人で歩かせる事すら不安だと言うのに、魑魅魍魎の跋扈する魔窟で一人きりだなんて考えただけで不安で心が押しつぶされそうになる。
勇二を護らなければという使命感が愛の心に燃える。
それが田外家に仕える、上杉愛の義務である。
いや義務などなくとも愛は勇二を守護しただろう。
勇二に限らず、田外の子は赤子のころから知る、愛にとって我が子の様なモノだ。
何より嘗て愛した男の子孫である。
そのためどうしても甘やかしすぎてしまい、田外家の人間はやや精神的に甘いきらいがあるが。
ともかく、田外の人間を守護する、それが愛の生きる意味だ。

何にしてもまずは勇二を探さなくては始まらない。
そのためにはこの森を抜けるのが先決だろう。
こんなところに勇二がいる可能性は低い。

そして森を抜けたら、すぐさま翼を広げて空から勇二を探す。
どうにも翼の調子が悪いが、多少調子が悪くとも地上から探すよりは圧倒的に効率的だ。
狙い撃ちにされるリスクを負ってでも、一刻も早く勇二を見つけ出さなければならない。

愛が空路をたどって目指すと決めているのは北の市街地だった。
勇二がいるとしたら人の集まりそうな市街地だろうと愛は中りを付けている。
逆に人が集まりそうにない所で身を隠している可能性もあるが、それならばそれでいい。
こちらも見つけづらいが危険は少ないだろうし、まずは市街地を当たってみるのがベターだろう。

そう方針を決めた愛は、森を抜けるべく足早に道なき道を進む。
すっかり都会暮らしになれてしまったとはいえ、深き森の奥先のまた奥底にある天狗の隠れ里で生まれ育ったのだ。
この程度で足を取られる烏天狗ではない。

あっという間に森を抜け、すぐさま黒翼を解放し、愛は空に飛び立とうとする。
だが、その飛行は行われることはなかった。
飛び立つ必要なくなったと言うべきか。

森を抜けた先には、小さな少年の影があった。
最初は見間違えかと思った。
焦りすぎている自分が見た都合のいい幻影だと思った。
だが、自分が彼を見間違えるはずがない。

状況を忘れて愛は駆けだした。
そして辺りの警戒すらせずに大声で名を叫ぶ。

「――――勇二ちゃん!」

その声に、一瞬肩をビクつかせた少年が、ゆっくりと振り返った。
そして目を見開き、無防備にも両腕を広げ愛に向けて走り出した。

「愛お姉さん!」

それは今にも泣き出したくなるくらいの歓喜が籠った叫びだった。
互いの名を呼びあい、駆け寄った二人は二度と離れぬよう互いを強く抱きしめあう。

「お姉さん、お姉さん! 会いたかった!
 僕、愛お姉さんに、話したいことがたくさんあるんだ!」
「ええ、私もです。よかった…………本当に良かった」

互いに涙を流しながら再会を喜び合う。
別れは僅かに四半日程度である。
だが、愛が生きてきた数百年に匹敵する離別だった。

愛すべき家族との再会。
それはこの地獄において得難い福音であろう。

暫くそうして抱き合っていた二人だったが、落ち着きを取り戻したところで安全なところまで移動して改めて腰を下ろした。

「…………ああ、よかった。本当に勇二ちゃんなんですね、よくお顔を見せてください」
「ぅん。くすぐったいよお姉さん」

愛に確かめるように頬を撫でられ、勇二が恥ずかしそうに身をよじった。
そして二人はこれまでの事を語り合う。
伝えなければならない事、語るべき事が山のようにあった。

悪党との出会い。
邪神との出会い。
主に語るのは勇二であり愛は聞き役に徹している。

少年は隠しもせず素直に不安と恐怖を伝え、されど挫けぬ心を誇るように語る。
愛はその健闘を称えるように、勇二の頭を優しく撫でた。

「頑張りましたね。けれど安心してください。これから勇二ちゃんは私が護りますから」

優しい声で、けれど強い誓いを込めて愛は言う。
たとえ相手が邪神であろうと、勇二を守る事なら敵に回すことも厭わない。
その覚悟が彼女にはあった。

だが、この言葉を聞いた勇二はふるふると首を振るった。

「ううん。愛お姉さんが僕を守るんじゃなくて、僕がお姉さんを守るよ」

まだ小学生になったばかりの子供とは思えないほど力強い言葉に愛が驚きを得る。
男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、この僅かな時間で勇二の心は大きく成長したようだ。
きっと、口にしない物の宮子の死も、その一端を強く握っているのだろう。
愛はそう考え、一抹の寂しさを感じながら、素直にその成長を受け入れた。

「ええ、そうですね。私が貴方を護りますから、私を貴方が護ってください」

そう言って愛はギュッと愛おしげに勇二を胸に抱きしめる。
この殺伐とした殺し合いの場における一時のオアシスのように。
二人の間には歓喜と安堵に包まれ、他の感情など入る余地はない。

だというのに、僅かな違和感がチクリと針のように二人の胸を刺していた。

「?」

再会に震え、安堵で包まれるはずの愛の胸の奥に、チリつく火花の様な焦燥感があった。
まるで爆発寸前の爆弾でも抱えているかのような感覚。
きっとこれはこの場において不覚を取った己が、彼を守れるのかという不安感なのだろうと自らを納得させる。
そうでなければ説明がつかない。
この場で浮かぶ感情は再会に対する歓喜しかありえないのだから。

それは発病の前兆だった。
漆黒の殺し屋に感染させられた、マーダー病という死に至らす病の。

そもそもマーダー病とは何か。
当然ながら、医学書を引いたところでそんな病気は存在しない。
この殺し合いを主催したワールドオーダーがその能力で創作した新種の伝染病である。
空気感染もせず接触感染もせず、血液感染もしない。
ただ一点、妖刀無銘により斬り刻まれることにより感染する特殊な病気だ。

その病気が発症すれば果たしてどうなるのか。
妖刀無銘の説明書きの通り、殺人に快楽を覚える異常者になるのだろうがそれはどういう事なのか。
何も考えられず殺人ことしか考えられない異常者になってしまうのかとういと、そうではない。

マーダー病が発症した所で、別段人格が変わるという訳ではない。
ただ、殺人に快楽を覚えるという設定が追記されるだけだ。
これまでの人格(パーソナリティ)が否定されるわけでも変わるわけでもない。

その人はその人のまま、殺人鬼と成り果てる。
愛してるがゆえに殺す。
護りたいからこそ殺す。
何より大切だから殺す。
全ての道がローマに通じるように、ただすべての結論が殺人に通じるようになるだけ。
愛は愛のまま、否定されることなく死へと結論付けられる。

とはいえマーダー病は治療不能な不治の病という訳ではない、この病にも特効薬はある。
それは希望と言う名の強い意志。

そもそも、そういう嗜好があるという設定が追加されるだけなのだ。
腹が減っても空腹を我慢できるように、殺人衝動にも抗う事が出来る。
だが、元よりそうであったという風にパーソナリティは浸食されるのだ。
己の嗜好に疑問を持たなければ、果たして何に抗えと言うのだろうか?

「?」

最愛の家族の姿を前にした勇二の胸にも、感じた事のないような妙な違和感があった。
まるで心の奥底で濁った黒いヘドロが渦巻くような感覚。
きっとこれは守るべき家族を前にして、それを侵す邪神や悪党への怒りが改めて湧いたのだろうと自らを納得させる。
そうでなければ説明がつかない。
再会を得たこの場面で、こんな暗い感情を抱く理由がないのだから。

それは殺意という感情だった。
年端もいかぬ少年が描いたことのない黒い感情である故、彼にはその正体がわからない。

上杉愛は人外の魔の物である。
当然、勇二はその事実を知っている。
魔物だから、などという理由では恐れることもないし別段どうも思わない。
愛は愛だ。
愛すべき家族であるとこに何の変りもない。

だが勇者にとっては違う。
魔物とは問答無用で排除すべき対象であり、存在するだけで許されざる悪である。
カウレスは愛が魔物であることを知らなかったため、そうはならなかった。
だが、愛を知り尽くしている勇二の場合は違う。

心の勇者が敵は殺せと叫んでいる。
今はまだ小さな叫びだが、徐々にその声は勇者化の進行に比例して大きくなっている。
そして何より彼の手にした聖剣が、その存在を許さない。
聖剣は清廉潔白であり一片の曇りも許さない。
魔の存在などそこにある事すら否定するだろう。

だが、聖剣は所詮聖剣だ。
使い手なしでは自立行動などとれない、ただの武器である。
幾ら聖剣が働きかけようとも、最終的にその矛先をどこに向けるのかを決めるのは勇者である。
あるいはカウレスの様に強い目的意識を持てば、聖剣の干渉など跳ねのけられる。
最もあの男の場合は抗いもせず、魔族撲滅と言う目標に乗るのだろうが。

それは勇二の場合も同じだ。
如何に勇者としての使命感を煽られようとも強い意志を以て跳ね除ければいい。
だが、勇二は聖剣の後押しを受ける事は出来ても、聖剣に抗うには幼すぎる。
世界一つを塗り替える程の意志を跳ね除ける強さを幼子に持てと言うのは、酷というものだろう。

「絶対、愛お姉さんを悪い奴らから守り抜くからね」
「ええ、私も勇二ちゃんを全てから護り抜きます」

互いに心の中にある小さな違和感を無視しながら、それを誤魔化すように互いを守り抜くと誓いあう。
死が二人を分かつまで、この誓いは破れることはないだろう。

互いの存在を確かめるように抱きしめあう。
勇二の背中では、そこに背負われた聖剣がただ静かに淡い光を放ち続けていた。

【F-4 草原/朝】
田外勇二
[状態]:勇者化進行中(60%)
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:上杉愛を守る
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。

【上杉愛】
[状態]:マーダー病感染(発症まで残り1~2時間)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:田外勇二を守る。
1:勇二と共に行く
2:ミリアやオデットを気が向いたら探す。
※マーダー病に感染しました。

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最終更新:2015年08月06日 16:03