上杉愛が田外の家に仕え始めたのは、戦国の時代からの事である。

妖怪とは世間に伝聞する伝承や、自然に対する経緯や畏怖より生まれる存在であり。
土地やその出自によっては神としても扱われることもある存在であるとされている。
そのため、その在り方は人々の心、世に蔓延する気に強い影響を受けるのであった。
人の世が治まればまた妖も治まり、人の世が乱れればまた妖も乱れる。それが自然の摂理である。

烏天狗とは治安の悪化した世において、山賊や盗賊に人々が抱いた畏れから生み出されたものだ。
不用意に荒野に出れば鴉の顔をした天狗に襲われるという戒めと共に鴉天狗は存在している。

今の穏健な愛の姿を知る者なら信じられないだろうが、その存在由来の通り、愛もまた乱世に湧き出た人を襲う一匹の妖怪だった。
深く険しいお山に潜み、深夜山道に迷い込んだ人間へと襲いかかる。
そんな生活を繰り返して、400年ほど在ってきた。

彼女はそれが悪い事だとは思わなかったし、その在り方を疑うことすらなかった。
何せ、妖怪とはそう在れと望まれて生まれた存在である。
周囲の天狗たちもそうであったし、疑問を持つ方が珍しい。
何よりそう言う時代だった。

世は戦国。
誰もが覇を争い、兵どもが夢の跡を遺すそんな時代。
村々は戦火に燃え、数多の命は塵芥の如く散ってゆく。
それは表の世界のみならず、歴史に残らぬ裏の世界にも影響を及ぼしていた。
人間の欲望は尽きず、何時しか人間たちの広げた戦火は彼女たち鴉天狗の縄張りにまで達しようとしてるのだった。

領地を侵されたことに対する鴉天狗たちの反応は様々だ。
猛るものがいた、憤るものがいた、愉しむものがいた。
様々なものがいたが、所詮は妖魔。血の気の多い連中の集まりである。
誰一人として人間との交戦を止めるものはいなかった。

そして彼女もまた、その一匹である。
烏天狗どもは挙る様に縄張りの近くで合戦を始めた人間どもに向かっていく。
不用意に妖魔の領域に踏み込めばどうなるのかを思い知らせるために。

だが、不用意なのはどちらだったのか。
自由に空を飛びまわる天空の支配者の動きを人間如きが捉えられるはずがない、という慢心もあったのだろう。
空を舞う烏天狗の群れは、弓隊の放つ一斉射撃に晒され、その殆どが射ち落とされた。
そして愛もまた、その羽を弓矢に射られ、成す術もなく空から堕ちたのだった。

不覚を取った者から死んでいく、そんな時代だ。
薄れゆく意識の中で自らの未熟を呪い、彼女もまたその定めに従おうとしていた。

だが、彼女は一命を取り留めた。
愛を助けだしたのは、天敵であった陰陽師であった。
陰陽師は空から雑木林に堕ち今にも力尽きようとしてていた愛を偶然発見して、自らの屋敷に運び手厚く看護を行ったのである。

意識を取り戻した愛に陰陽師は田外と名乗った。
その当主であるという少年は、400歳を超える愛の目から見れば、いやそうでなくとも当主と呼ぶには若すぎるように見える。
聞けば、先の戦で母を亡くし、父は凶悪な妖魔を対峙した際に傷を負い死んだのだと言う。
そのため、この年端もいかぬ少年が跡を継ぐこととなったという事らしい。

そんな状況であるためか、田外の家は陰陽師と言っても吹けば飛ぶほどの落ちこぼれの一族だった。
こんな少年が当主をやっていればそうだろうな、と愛は思ったが。
療養を続け、少年と奇妙な交流を重ねるうち、そうではないと気付く。

少年は霊能力者としての才覚が無いわけではなかった。
むしろ愛の目には筋の良い少年であるように見えたくらいである。
ただ、本来打ち滅ぼすべき敵である妖怪ですら助けてしまうその優しさが、陰陽師としては致命的だった。
滅さずに事態を解決する方法を模索してると聞いたときは流石に呆れた。
天敵ながら、もったいないなとそう思ってしまった。

そうして少年と過ごすうち、彼女はいろいろな事を学んだ。
今まで知らなかった事、知ろうともしなかった事、人の事、世間の事、そして彼の事を知る。
それだけで彼女の世界は大きく広がるようだった。

そんな蜜月は愛の傷が全快することで終わりを告げた。
それ惜しんだ愛は恩を返すためと理由をつけて、傷が癒えた後も田外の家に居付くようになり、いつしか陰陽師の仕事を手伝うようになる。

妖魔が式神として陰陽師に酷使されるというのは珍しいことではない。
だが、式として呪符に封じられることもなく、愛の様に自らの意思で陰陽師と対等な関係で付き従うなどという事例は聞いた事がなかった。
それほどの愛のような妖怪は珍しかったのだ。

数年の後、愛の力添えもあってか、霊能力者として田外の名はそれなりに上がった。
頼りなさ気だった少年はいつしか、愛と肩を並べて歩けるほどの逞しい青年となっていた。

そうして名を上げた甲斐あってか、ある日、青年に良家との縁談話が舞い込んできた。
霊家としての家柄も良く、何より少女は女の愛の目から見ても淑やかで愛らしかった。
少女に一目ぼれし二つ返事でこの話を受けようとする青年を愛に止める権利などなく。
翌月には青年は妻を娶り、ささやかな祝言が上げられた。

青年はこれまで自分を姉のように見守ってくれた愛に感謝を述べ、愛も祝福を送りながらも、複雑な気持ちは拭えなかった。
愛がこれから先も身を固めた青年の側にいるには理由が必要だった。

そうして彼女は田外に忠義を捧げた。
それから400年の長きに渡り、彼女は田外の一族を守護し見守りつづけてきた。
田外の家に惜しみない愛を捧げ、そして彼の儲けた子にまたその愛を繋いだ。
その長きの時を経る間に田外家は国内有数の名家と呼ばれるまでに成長していた。
その裏に愛の献身と助力があった事は疑いようのない事実である。

愛は多くの子たちを見た。愛くるしい子がいた。無骨な子がいた。聡い子がいた。愚かな子がいた。才覚溢れる子がいた。無能な子がいた。
様々な子がいたが、それもみな等しく彼女にとっては愛しい稚児である。
みな平等に愛し、平等に慈しんできた。

彼女は、田外の守護者として永遠に田外の子を見守り続けるだろう。

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あるいは海に潮が満ちるように。
あるいは砂時計が砂が落ちるように。
あるいはページが進むたび物語は終わりへと近づくように。
どれほど祈りを捧げようともその流れを堰き止めることは叶わず。
少しずつ、だが確実にその時は近づいていた。

誰もいない草原を、手を繋ぎながら歩く二人。
多くの祈りが叶うことなく失われたこの地獄で、奇跡的に再会を果たした田外勇二と上杉愛の二人である。

家族同然の気心知れた相手だと言うのにどこか気まずい空気が漂っているのを互いに感じていた。
話したいことがあったはずなのに、口を開けば決定的な何かが崩れてしまいそうで互いにうまく言葉を紡げず。
ただ、つないだ手から伝わる体温と鼓動が、相手が確かに生きているという事実を伝えていた。

ごく当たり前のその事実が、どういう訳か互いの心をざわつかせる。
その内に渦巻く違和感は、もはや無視できる段階を超えていた。

愛は己の変化に気付いていた。
この場に降り立ってすぐ自身の不調に気付いたように、妖とは己の変化には敏い存在である。

翼の不調は恐らくこの世界の異質な空気のせいだろう。
だが、この胸のざわめきの原因がつかめない。

何かがおかしいのは分るのに、何がおかしいのかが分からない。
小骨が喉につっかえたような引っ掛かり。
ただ己が内側からよくわからない何かに塗り替えられる感覚があった。

それは勇二も同じである。
己の中から力がわき出るような感覚があった。
6年の人生で味わったことのない万能感。
ともすればこの小さな体には収まりきらぬのではないかという力の衝動は、どこかむず痒さすら感じさせる。
この力を振るってみたい、この溢れる力の捌け口を求め辺りを見渡せど、目に映るのはすぐ隣にいる同行者のみである。

見つめる瞳が潤む。
ただ歩いているだけだと言うのに吐息は熱を帯びる。
喉の奥が渇き唾を飲もうとしたが、乾いて張り付いた喉では上手くいかなかった。
訳も分からず、勇二は泣き出す寸前だった。

あってはならいと、思うほど無意識に衝動が脳裏をよぎる。
それは奥底から湧き上がる衝動であり、禁忌であるが故に抗い難い。

「…………愛お姉さん」
「…………勇二ちゃん」

足が止まり互いに瞳を見つめ合う。
繋いだ手が痛い程に握られ、勇二は聖剣を持った逆手を強く握りしめた。
踏み込めば、戻れぬ領域まで来た二人は、堪え切れずあと一歩踏み込もうとしたところで。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

天地を揺るがすような咆哮に間を引き裂かれた。

突然の轟音に思わず二人は手を放し、反射的に声の方に視線を向けた。
そこに遠く見えるのは、天を突くような巨大な人外の影。正気を失った邪龍の姿であった。

醜くも暴れる邪龍は人を襲いかねない悪である。
悪しき存在は滅ぼさねばならぬ。
勇者として邪悪を狩らねばならなかった。

「だから、――――」

あの邪龍は放っておけば勇二を襲いかねない危険物である。
脅威は取り除かねばならぬ。
田外家の守護者として侵略者は排除せねばならなかった。

「だから、――――」

ぶつける事も出来ず、無意識に抑圧された欲求は押さえつけられたバネの様に跳ね回り。
はけ口を見出して歓喜する様に勇二と愛は駆けだした。
二人の意思と声、そして殺意が重なった。


『――――――――殺さなくっちゃ!』


先陣を切るのは勇二だ。
勇者とは勇気を掲げ戦況を切り開く者。
勇者である勇二が先頭に立つのは当然の事と言えた。

小さな体躯で全身を使って聖剣を振り上げ斬りかかる。
背後から狙うは無防備な首筋である。
だが振り下ろされた刃は固い龍鱗に阻まれ、衝撃が跳ね返り逆に切りかかった勇二の体が宙に浮いた。

勇二はその体に神の域に達する霊力を秘めいている。
恐らく資質だけなら、この聖剣を手にした歴代勇者の中でも随一だろう。
だが、如何に高い資質を持ち身体能力に補助を受けようとも、叩き斬る事を主とした西洋剣である聖剣を扱うには子供である勇二の体は軽すぎる。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

突然の襲撃に龍が吠え、その咆哮に空気が振えた。
怒りに燃える邪龍は勢いよく振り返ると、弾き飛ばされ宙に浮いた勇二の体めがけ巨大な凶爪を振う。
勇二の体を両断せんと言う一撃。
だがその一撃が振り切られる前にミロの体が地面へと転がり、爪が標的を捉える事なく空を切った。
空中に浮いた勇二の体がふわりと何者かに受け止められる。

「大丈夫、勇二ちゃん!?」
「うん! ありがとう愛お姉さん!」

それは後詰に動いた愛の柔術によるものだ。
体格差を物ともせず、巨大な黒翼を駆使してミロの巨大な足元を掬い上げて地面へと転がした。
天狗式柔術とは対人間ではなく対人外を想定した外法の業である、体格差など物の数ではない。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

ミロが悲鳴のような声を上げた。
地面に叩き付けられたダメージなど殆どないが、それ以前に、これまでに蓄積されたダメージが大きすぎる。
右目を失い、起き上がろうと付いた右手は指が欠け、その喪失感に怒りと悲しみで頭が沸騰しそうになる。
爆発する感情を糧に、ミロがその両足に力を籠め、勢いよく身を起こした。

「今度は私が先行します、勇二ちゃんは援護を!」
「わかった!」

勇二を地面におろした愛の背に片翼が彼女の身長の倍はあろうと言う黒翼が広がる。
そして、くの字に折れた両翼で風を一掻きすると愛の体がロケットの様に真上に浮き上がった。
そのまま天空から滑り落ち、地面スレスレを目にも止まらぬ速度で滑空する愛。
龍はこれを迎え撃つように吠え、高速で迫る天狗へとめがけ両腕を振り上げる。

だが、その動きが白く輝く光の糸に拘束された。
勇二の援護である。
か細いながら龍族巨大な腕を繋ぎ止めるだけの強度を持つ糸。
術の修業を行っていない勇二がこれほどの呪術行使ができたのには理由がある。

田外の血筋はとりわけ拘束術に長けた一族である、そして勇者となった者には特権として神聖魔法が解禁される。
この二つの要素を勇二の才が合わせ、構成したのがこの光の糸である。

動きの止まったミロに向かって一直線に愛が迫る。
だが、このまま強固な龍鱗という鎧を持つ超重量のミロに真正面から衝突すれば、愛の方もただでは済まない。
それを理解している愛は衝突の直前、翼をはためかせ滑空の軌道を変えた。
そして巨体の側面を霞めるようにすれ違うと、その動きに伴って幾重ものカマイタチが生み出される。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

轟くような龍の絶叫。
その風刃は強固を誇る鱗ではなく内側の柔肉を的確に切り裂いていく。
だが、その程度の小技では、痛みは与えられても強靭な生命力を誇る龍族を仕留めるには至らない。

むしろミロの中の怒りをより引き立たせるだけである。
怒り。感情の爆発は魔力を司る精神へ影響を与える。

ミロの怒りを示すように魔法により火炎が生み出された。
炎はミロ自身の身を焼きながら纏わりついた光の糸を焼き尽くす。

自ら負傷を厭わぬその行動は覚悟の表れか。
それとも、もはやそれだけの事を判断する理性もないのか。

ミロの残された右の瞳が暗い輝きを帯びる。
今、ミロの心を支配するのは突然襲い掛かってきた魔族を従えた小さなニンゲンに対する恐怖と怒りであった。

ミロの心に黒い炎が灯る。
こちらを排除すると言うのなら来るがいい。
然れど心せよ、ニンゲンよ。
果たして排除されるのがどちらなのか、その結末を知るがいい。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

この場にいる全員が全員、後退のネジが外れていた。
発狂したようにミロが猛り、狂乱した勢いで勇者に向かい肉薄する。
勇者は構えた聖剣でこれを真正面から迎え撃ち、勢いよく通り過ぎた愛は空中でUターンを行い勇二へと迫るミロを背後から追撃した。

生半可な攻撃ではダメージを与えられぬと悟った愛は、今度は速度を調整して足からの突撃を行う。
高みより流星の如く降り注ぐ愛の蹴りに対して、前後から挟み撃たれたミロに逃げ場はない。
だが、後頭部に直撃するはずだったその一撃はしかし、何も捉える事なく空を切った。

「なっ!?」

愛が捉えたそれは幻影だった。
先ほどミロによって生み出された魔法は炎だけではなかった。
同時に、揺らめく陽炎に紛らせ幻影魔法を完成させていたのである。
だが、激昂した理性などない状態でそのような的確な判断が出来るのもなのか。

これまでミロは王宮で蝶よ花よと育てられ、戦闘訓練など行ったことがない。
ひたすら油絵やママゴトといった趣味に興じる、甘やかされた生活を送っていた。
そんなミロだったが、生命の極限にまで追い詰められたことにより、龍王の血がその闘争本能を目覚めさせたのだ。
龍族の歴史とは戦いの歴史だ。その頂点たる龍王の血。侮れるものではない。

愛の攻撃を振り切り勇二の眼前に達したミロ。
小柄な小学生と巨大な龍という体格差に怯むことなく、勇二は前へと踏み込み聖剣を振るう。
先の教訓と愛の動きから、今度は龍鱗を避け内関節の可動部を狙い刃を突き立て全力で振り抜いた。
青い血が舞い、ミロの肘から泣き別れた左前腕が飛ぶ。
勇二はこの一瞬の間にも勇者として成長している。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

だがそれでも龍王の子は止まらなかった。
もはや痛みすら麻痺しているのか、左腕の損傷を気にせず、指の欠けた右腕を何も厭わず思い切り振りきる。
踏み込み過ぎた勇二は身を躱すこともできず直撃を受け、その小さな体が大きく吹き飛んだ。

「勇二ちゃん!? よくも………ッ!」

衝突で自壊せぬようなどという配慮は、勇二が吹き飛ばされた瞬間に頭の中から吹き飛んだ。
頭に血を上らせた愛がミロへと飛び掛かる。
空を駆ける愛は、今度は決して外さぬよう、眼前で両腕をクロスさせて顔面から敵へと特攻した。

砲弾と化した愛の体が、巨龍の鳩尾を抉るように突き刺さる。
突き上げるようなその勢いに、ミロの巨体が僅かに地面より浮いた。
その衝撃は内臓にも至ったのか、青い血反吐がミロの口から吐き出される。

「ッ!」

真正面からぶつかった愛も当然無事では済まない。
盾にした両腕が軋み、前に出していた右前腕骨が折れた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

愛が痛みに動きを止めた一瞬。
体勢を立て直そうともせず血反吐をまき散らせままのミロが、自分の胸元にめり込んだ愛の両翼をまとめて根元から捕んだ。
そしてそのまま雑巾でも振るうように愛の体を乱暴に振り回し、何のためらいもなく地面へと叩きつけた。

だが、残された右腕の指が欠けていたのが災いした。
地面に叩きつけられるはずだった愛の体は、すっぽ抜けるように明後日の方向へと飛んで行く。

「愛お姉さん!!!」

愛が吹き飛ばされていくその光景を見て、勇二が目を見開く。
先ほど龍の一撃を受けたはずのその体に傷は見られない。
それは懐に入れていた守護符の効果である。
攻撃の圧力に守護符は一瞬で裂け破壊されたけれど、それでも最後まで役目をはたして勇二を護ってくれた。

「よぉくもぉぉぉおお!!」

怒りに燃える勇者が両腕で刃を担ぐと、聖剣が白い灼熱を帯びた。
勇二は神域に届く霊力を秘めた勇者である。そして力の使い方は聖剣が教えてくれる。
歴代の勇者が憑依したように、勇二が光の剣を振り上げた。

聖剣の放つ熱量に周囲の風が逃げるように彼方へと吹き飛んでゆく。
聖剣から放たれた白光が周囲を照らし上げる。

「死んじゃええええええええええええ!!!」

絶叫と共に振り下ろされた聖剣の刃先から、一直線に光の線が奔った。
白い聖光の奔流が邪龍を打ち滅ぼさんと世界を染め上げる。

周囲を一変させる光に対するは、龍王の血を引く魔龍である。
迎え撃つミロのワニ口が大きく開かれ、その喉奥から黒い光が漏れだした。

龍族は魔族の中でも特に強い力を持つ種族であり、彼らは魔王ですら容易に手が出せない独立区域に強力な結界を張りひっそりと隠れ住んでいた。
鱗の色により龍族は大まかに七つの種別に別れ、それぞれに異なる特徴を持っている。
例えば赤龍族ならば鋼をも熔かす強力な火袋を持ち。黒龍族は龍族の中でも最も固い鱗と爪を持っていた。

そしてミロが持つ鱗の色は蒼。
その蒼龍族の特徴は、その強力な魔力にある。
強力な魔力を持つとされる龍族の中でも更に傑出した魔力。それが蒼龍族の最大の武器であった。

ミロが魔法を得意としているのもそのためだ。
だが、ミロは魔道の深淵を操るにはまだ幼く未熟すぎた。
実際これまでの戦いで見せたように、ミロが扱える攻撃魔法は最大でも中位魔法までである。
その内に秘めた龍王の魔力がどれほどの物だったとしても、それを魔法として発現する方法をミロはまだ知らない。

だとすると一つ疑問が落ちる。
それでは先の戦いでクリスとカウレスに放った、あの強力な闇魔法は何だったのか?
ミロがあれ程の魔法を習得していない以上、答えは簡単だ。

あれは魔法ではない。
あの闇は、魔法ではなく魔力である。

規格外の膨大な魔力量にモノを言わせた単純な魔力の放出。
膨大な魔力をそのまま膨大な魔力として叩きつけたのだ。
魔力とは精神に依るものである。
あの闇は、今の黒に堕ちたミロの精神を表していた。

周囲の空間が歪むように収束する。
これまでため込んだ憤怒と憎悪を解き放つように、ミロの口から世界を穿つ黒い極光が直走った。
龍王の吐息(ドラゴンブレス)が敵を消滅させんと躍動する。

白い聖光の奔流を迎え撃つは黒い魔力の奔流。
周囲を染め上げる白と黒が互いを否定し合うように衝突をした。

互角に見えたその押し合いはしかし、徐々にその形勢を変えつつあった。
黒が白を押し返し始めたのである。

殆ど万全の状態で、聖剣と言う最高のバックアップを受けた勇者が。
殆ど瀕死の状態で、魔力も底を付きかけたモンスターに押し負けるなど、あってはならない話だった。
無損、その事態が引き起こされた理由はある。

一つは勇二の持つ才能が、魔力ではなく霊力であるという点だ。
魔力は精神(メンタル)に基づく要素であり、霊力は魂(アストラル)に基づく要素である。
それでも強大であることに違いはないし、全く互換性が無いものであるという訳でもない。
聖剣の扱う力は魔力が基本だ。慣れてしまえばそれまでだが、慣れるまでは変換効率は格段に落ちる。

そしてもう一つ、前勇者であるカウレス・ランファルトの存在だ。
現勇者が存命している状態での勇者権の移譲など前代未聞の事態である。
そのため本来聖剣から直接行われる力の移譲が、聖剣からではなく前勇者から間接的に行われているのだ。
この段階で、勇二に移行した勇者の力は8割ほど、その力は完全ではない。

故に、ぶつかり合いにおいて力負けするのも必然と言えた。
黒光はその九割近くを聖剣によって相殺されながらも、なおも勇者を消し飛ばさんと迫る。
その光は勢いを弱めてなお人一人消滅させるには十分な威力が残っていた。

閃光が勇二にたどり着くまでの僅かな一瞬。
その光景を横合いから見ていた愛には選択肢があった。

勇二を救いに行くか、それとも攻撃直後の隙を付きミロにとどめを刺しに行くか。
激しい光と闇のぶつかり合いをしていた先ほどまでとは違い、勢いの弱まった今ならば愛でも近づける。
握りつぶされ折れた羽ではどちらかしか選べない。
迷う暇はなかった。

だから。愛は迷わなかった。

「――――勇二ちゃん!」

体内に巣食う病魔は攻撃を訴え。妖怪としての本能も攻撃を訴えていたけれど、そんな声は聞こえてすらいなかった。
積み重ねてきた400年が愛の体を突き動かす。
愛は迷わず黒光の前に身を晒し、護る様に勇二を抱きしめる。

そこに全てを薙ぎ払う黒い閃光が迫り、黒い羽が辺りに散った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

黒光が通り抜けた跡には何も残らなかった。
大気は中心を穿たれたように無風。草木は蒸発する様に焼け落ちている。
その中でただ一匹、この光景を作り上げたミロ・ゴドゴラスV世だけがその場に立ち尽くしていた。

左目は潰れ、右目も霞みもうその両目はほとんど機能を果たしていない。
状況を把握すべくミロは残りの五感を働かせた。
周囲に音はなく、鼻孔を刺激するのは焼け焦げた草原と肉の匂い。
ミロに分かるのは動くものなどないという事実だけである。
恐らく生きているものなどいないだろう。

龍王の子は勇者とその従者を退けた。
ミロからすれば降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。
何もしていないミロへといきなり襲いかかってきたニンゲン。
やはり、ランズは正しかった。ニンゲンは身勝手で危険な存在である、分り合う事などできない。

「……ニンゲン…………コロス。
 …………ゼッタイ……カエル」

呟きながら踏み出したミロの体がぐらつく。
残った全魔力を打ち尽くした影響か、今にも倒れそうなくらい精神が摩耗していた。
精神だけではない、肉体のダメージも並みの魔物ならとっくに絶命しているほどである。

もはや思考すらままならぬ状態で本能に突き動かされ、ただ望郷の念を抱えたままミロは彷徨う。
覚束ない足取りで、ひたすらに死にたくないと願いながら。

【D-4 草原/昼】
【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、右目軽傷、左腕喪失、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力枯渇、意識朦朧、憎悪、再生中
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0~2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:にんげんを皆殺しにしてうちにかえる
1:にんげんを殺す
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。






「…………勇二………………ちゃん」

戦場から僅かに遠く吹き飛ばされた所で、蠢く愛の姿があった。
その姿は嘗てのものとは明らかに違っていた、なにせ体積の半分が欠けている。

自慢だった背中の翼は根元から失われ、腰元から下は存在すらしていなかった。
遺された上半身も皮膚は火傷に爛れ黒く焼けこげている。
そんな状態でもまだ意識を保てているのは800年もの長きを生きた妖怪であるからだろう。

そんな状態にありながら、愛は地面を這い遠くに転がる勇二の元へと向かって行いく。
進むたびに、腹の中身が地面に零れ落ちていたけれど、そんな自らの状態よりも勇二の安否を気に掛る。
中身はもう殆ど無くなってしまったけれど、それでもようやく勇二の元までたどり着けた。

胸元が動いて呼吸をしているのが見て取れた。
無傷という訳ではないが、意識を失っているだけのようである。

「……………………よかっ、た」

その事実を確認して力が抜けた。
愛は勇二を守護れたのだ。

最期に眠る子を見守る母のように優しく、愛おしげに柔らかな髪を撫でる。
指は煤の様に焼けこげて、もう感触なんてなかったけれど、頭を撫でらることのできたその事実がうれしかった。

「…………うぅん」

それからしばらくして、気を失っていた勇二が目を覚ました
元より勇二の傷は軽傷であり、勇者の機能である自動回復が働いている。
眠っている間に勇者の力はカウレス・ランファルトから完全に勇二へと移行が完了したようであり、その体調は万全と言えた。

起きたところで自身に寄り掛かる家族の存在を認める。
だが、体重を寄せているはずのその身は酷く軽い。

「愛お姉さん…………?」

不信を感じ声をかける。
返事が返ってくることはない。

失う事から全ては始まる。

こうして勇者は完成に至った。

【E-3 草原/昼】
【田外勇二】
[状態]:勇者
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式、
[思考]
基本行動方針:勇者として行動する
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※勇者として完成しました勇者としての以下の機能が付与されます。
  • 身体能力の強化
  • 神聖魔法の解禁
  • 三大欲求の免除
  • 戦闘経験の指南
  • 負傷の自動回復
  • 魔族の排除欲求
  • ???????

【上杉愛 死亡】
※愛のランダムアイテム1~3はその場に転がっているかもしくは消滅しました

110.three pillars of stability 投下順で読む 112.俺達のフィールド
時系列順で読む
護ろうと思った子は、オトコの娘でした ミロ・ゴドゴラスV世 悲しみよこんにちは
死がふたりを分かつまで 田外勇二 悪魔を憐れむ歌
上杉愛 GAME OVER

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最終更新:2015年11月23日 08:55