――――とりあえずセスペェリア京極竹人を殺すことにした。


不安要素は排除してしかるべきである。
もしかしたら次に出てきたときには殺人衝動が抑えられているかもしれないがそんな問題ではない。
重要なサンプルである刻に害をなす可能性がある時点でこんな危険人物を生かしておく理由がなかった。
定期的に襲い掛かる原因不明の殺人衝動という症状も興味深いと言えば興味深いが、時間遡行者とでは重要度は比べるべくもない。

だが、そうなると問題が一つ。
刻は自らを殺そうとした京極を受け入れるつもりのようである。
この判断自体、理解しがたいものであるのだが、今はそれはいい。
問題はこの独断専行が発覚してしまえは、刻からの非難は免れないという事。
彼女の調査がどれくらいかかるかわからない以上、出来るならば調査対象である彼女とは交友的な関係を続けていたい。

となると、刻に知られないよう、静かにかつ速やかに犯行を完了しなくてはならない。
刻は睡眠中であり、犯行現場を見られるという最悪の可能性はまずないだろう。
となると問題は死体の処理だが、これはセスペェリアにとっては簡単な事だ。
体から溶解液を分泌して消化してしまえば証拠は骨一つ残らない。有体に言うと喰ってしてしまうという事である。
無論、その後京極が消えてしまった事に刻も気付くだろうが、その時は「京極は半狂乱になって箱から飛び出るとそのままどこかに行った」とでも言っておけばいい。
多少の荒はあるが、おそらく彼女はセスペェリアを疑わない。
それだけの信頼関係はあるだろうし、彼女はそういう人間である。

大まかなプランが決まり、具体的な殺害方法を検討する。
前提として扉を一つ挟んだ先には刻がいるのだ、大きな音が鳴るような――例えば範囲の広い攻撃で周囲を破壊するような――手段はNGだ。
当然大声を出されるのもまずい。故に派手でなくそれでいて速やかに確実に。

指を槍にして箱ごと串刺しにするのが手っ取り早いが相手が見えない状態では確実性に欠ける。
急所を外して下手に悲鳴を上げられたら目も当てられない。

箱ごと真っ二つにしてしまうと言うのも確実な案ではあるが、真っ二つの段ボール箱が残ってしまう。
これもまた消去しようと思えば消去できるが、段ボール箱ごと消えてしまえばそれはそれで不信がられる。
対象を確認した状態で確実に、証拠の残らないように効率よく行うべきだろう。

京極は箱の中で全身をみっしり土に埋められているとはいえ、呼吸のため顔は出しているはずである。
段ボールを開いて頭部の位置を確認できたら、脳を輪切りにしてしまおう。
そう考えながら、セスペェリアは京極の詰められた段ボールへと向かっていった。

段ボール箱の前まで来てみれば、段ボール箱からは物音一つなく不安になるほど静かだ。
とても中に人がいるとは思えない、ひょっとしたら眠っているのかもしれない。
いや、もしかしたら土に埋もれて窒息している可能性もある。
それなら楽だな、などと思いながら、ゆっくりとセスペェリアは段ボールの蓋を開いた。

「――――どうして開けてしまったんだ」

そこで目があった。

暗闇の中でずっとそうして目を見開いていたのだろうか。
ギロリと血走った眼球だけが土の中からセスペェリアを射抜いていた。
土の中から顔を出す様子はまるでモグラか何かの様だな、などとそんな場違いな事を思ってしまった。

「あと少しで――――私の中の魍魎が落ちたのに」

もうこうなってしまった以上止められないという観念が籠った本当に、残念そうな声だった。
そして、これ以上我慢することなく発散できるという歓喜が混じった、楽しそうな声だった。

その声にはあれ程恐れていたセスペェリアに怯む色も、何かに脅えていたようなおどおどした様子もない。
まるで箱の中に湧いた良くないモノと混じり合って別の何かが生まれたような。
正しく別人と言う在り様だった。

その在り様の変化に、一瞬だけセスペェリアの意識に空白が生まれる。
その隙を狙った、という訳ではないのだろうが、ゾンビが墓場から起き上がるように勢いよく京極が土の棺から身を起こした。

その動きに呆けていたセスペェリアが慌てて目的を思い出し、すぐさま攻撃を再開する。
京極は胴と手首を縄で締め付けられ芋虫のような状態である。
初動は遅れたが、それでもセスペェリアの方がまだ早い。

振り被った手先を一瞬で鎌の様な刃に変化させ、サイドスローのピッチャーのように腕を鞭のようにしならせた。
振り子のような軌跡で振るわれた刃は半月を描き、一息でその首を落とさんと迫る。
その様はさながらギロチン、京極はこの一刀を躱すどころか反応すらできないだろう。


だが、なんという悪運か。
土棺から起き上がった京極はそのまま前に踏み出そうとして、自らが埋まっていた土塊に足を取られてすっ転んだ。
瞬きの間に首と胴を両断するかと思われた斬首刀はしかし、その役割を果たすことなくただ虚しく空を切った。

京極は地面に顔面で着地しながら、落ちた勢いのまま前転するように転がった。
同時に、京極を拘束していたロープがはらりと落ちた。
先ほどの外れた一撃が拘束の結び目を偶然切り裂いていたのだろう。
前転から距離を詰め、すくっと立ち上がると、泥まみれの顔も垂れ流れる鼻血も拭う事もなくセスペェリアへと襲い掛かる。

武器もなく、全身を投げ出すようなその動きは完全なる素人のそれ。
振り被った拳は躱すまでもないほどに緩慢だ。
余りにも見え見えな攻撃過ぎて、セスペェリアは思わず一歩引き、避ける必要すらないその拳を躱してしまった。

「な、に―――――?」

瞬間。セスペェリアの頭部に鈍い衝撃が走り、頭蓋の一部がべコリとヘコんだ。
だが彼女は元より液体生物である、損傷は大した問題ではない。
彼女を戸惑わせているのはダメージではなく躱したはずの攻撃が当たったという不可解な事実である。
武器は取り上げたし、京極に異能があるなどと言う情報もワールドオーダーから聞いていない。
いったい何を喰らったのか、それを確認すべく衝撃に倒れこみながら、グルリと人体では不可能な角度で首を捻り視線を京極の方へ向けた。

見れば京極の纏う和服の角袖の先に土が詰まり、ブラックジャックの様な鈍器の役割を果たしていた。
それが遠心力をもってセスペェリアの頭部を打ったのだ。

狙ったわけではないのだろう、これもまた偶然だ。
いや、本当に偶然だろうか?
偶然も二つ三つと重なると疑わしく感じられる。

「嗚呼……厭だ厭だ。こんな原始的な殺しは厭だ。
 人の死はもっと、もっとこう謎満ちていなければならないのに」

京極は倒れんだセスペェリアを見ていない。
ただぶつぶつと小声で何かを呻いている。
これから殺す相手の事など気に留めず、己の中にいる『何か』と殺し方について気にしていた。

マズイと、セスペェリアは直感する。
いや、いくら殴られたところで液体生物であるセスペェリアにとっては大したダメージにはならない。
人型を模しているのも便利上のモノであり、それが崩れたところでどうという事はない。
たとえ如何なる偶然が介入しようともセスペェリアの勝利は揺るがないだろう。

だが、セスペェリアの目的はただ勝利する事ではなく時田刻に知られずに勝利する事である。
放送の時間も近づいてきた、速やかに事を終わらせなくては刻が起きてしまう。

時田刻という極上の餌に功を焦り、京極竹人という殺人鬼を侮り、判断を誤ったか。
いや、そうではないと首を振る。
ここに至っても戦力差は歴然であり、状況判断は最適であったという認識は揺るがない。
京極竹人のパラメーターは常人の域を出ておらず、むしろ愚鈍に過ぎると言っていい。
それに対して侵略の尖兵たるセスペェリアは例え一軍を相手取っても勝利できるだけのスペックを持っているのだ。
京極竹人が今も生きているこの状況は、ただの悪運、偶然が重なっただけである。

だが動こうとしても、ここまで来るとどうしても疑念が脳裏を過る。
また偶然が起こりえないとも限らない。
次に失敗すれば、時間的にもう刻に事態を秘密にするのは難しい状況になる。

どうする。
必死とも言える賢明さで、セスペェリアは思考する。
確実にこの事態を解消する方法。
何より、偶然の介入する余地のない方法だ。

だが、そんな方法があり得るのか。
あり得ないとしたら、何かを妥協し切り捨てるしかない。

「ぁ―――――――」

そして思い至る。
自らの目的を達成できる、回答に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もうじき放送が流れようという時刻。
休憩室で仮眠をとっていた時田刻は目を覚ました。
固めのベットから身を起こすと共に、寝ぐせのようなアホ毛がピンと立った。

どこかから争うような物音が聞こえて起こされた、という訳ではない。
彼女は目覚まし時計がなくとも正確な時間に目を覚ますことができる。
体内時計の正確さは刻の数少ない特技なのだ。あまりにも地味すぎる特技で誰にも自慢したことはないが。

「む…………?」

寝ているうちに涎でも出たのか、ぬらぬらと口元が濡れていた、
はしたないなと思いつつハンカチで唾を拭う。
その作業が終わり、折りたたんだハンカチをポケットに仕舞いこんだタイミングで、待っていたと言わんばかり第一放送が開始される。
こんな地下炭鉱にも反響するでも籠るでもなく、ワールドオーダーの不思議な声が刻の耳にもはっきりと聞こえてきた。

その放送の中で、剣正一の名が呼ばれた。
直接的な面識はないが、彼女の慕うセスペェリアを敵対視していたヒーロー、という人物である。
一方的にセスペェリアを化物と断じた相手とはいえ、人の死を喜ぶべきではないのだろう。
誤解を解く機会が失われてしまったというのはやはり不幸である。

だが、これでセスペェリアを狙う人間がいなくなったという訳でもないのだろう。
中心人物である彼が死んだとしても、その仲間たちがいるはずだ。
やはり誤解は解くべきである。

「…………あれ?」

その決意を伝えようとするが、周囲に肝心のセスペェリアの姿はない事に気づいた。
そういえば確か周囲の見張りをすると言っていたなと、眠りに落ちる直前の記憶を思い返す。
何故か傍にいたような気がしたのだが、夢でも見たのだろうか。

刻はベットから立ち上がると、セスペェリアを探すべく休憩室の扉を開いた。
広がるのは朝を迎えてなお暗い炭鉱の通路である。
周囲を照らすのは裸電球の頼りない明りだけ。
先ほどまではセスペェリアがいたが、独りになってみればここは若干の不安と、心細さが感じられる。

寒さを紛らわすように両手で二の腕をさすりながら、何処にいるのだろうかと周囲を見渡すと。
何処からか、か細い獣の嘶きの様な声が反響して聞こえてきた。
方向からして、京極の段ボールがある方向である。
何かあったのだろうかと、胸騒ぎにも似た何かを感じながら、刻は足を速めた。

暫く進むと電球の淡いオレンジ色に照らされて、すらりとした女性の影がボウと浮かび上がる
この暗がりにおいてもなお輝きを失わぬ金の髪は見紛うこともない。
刻の探し人である宇宙人、セスペェリアである。

セスペェリアが立ち尽くしていたのは、京極の埋めた段ボール箱の前であった。
見れば、その箱の蓋はいつの間にか開いており、中に詰め込まれた土塊には人一人分のへこみがある。
それが、そこに京極がいた名残を残していた。

だが、見渡せど京極の姿はなく、そこに居るのはセスペェリア一人だけだ。
何かあったのか。刻は目の前の美女へと話しかける。

「セスペェリアさん?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




まずセスペェリアの思考は根本へと立ち返った。

そもそもセスペェリアの目的は京極の殺害ではない。
彼女の目的は時間遡行者である時田刻の調査だ。
そのために時田刻の安全を確保することである。
殺害と言う選択肢はその手段に過ぎない。
刻の周囲から殺人衝動を抱えた危険人物の排除できればそれでいい。
つまり、京極が殺人衝動を無くして自主的に立ち去ってくれるならそれでもいいのだ。

ならば、殺人衝動を何とかするにはどうしたらいいのか?
答えは簡単だ。

誰かを殺してしまえばいい。

空腹には食事を。
眠気には睡眠を。
欲情には性行を。

京極がしたように衝動が通り過ぎるまで待つ、などと気の長いことをするまでもない。
誤魔化しではなくその欲求を満たすそのものを与えてやればいい。

だから、セスペェリアは素直に京極に殺されることにした。
それは抵抗する被害者よりも、殺人を犯すだけの加害者の方が行動を誘導しやすいという計算の元である。
セスペェリア一人を殺害しても欲求を解消できず、刻にまで手を伸ばそうというのならもう仕方がない。
刻にばれてでも手段を選ばずやるしかない、それはそれでいいわけは立つ。

そう結論付けたセスペェリアは、倒れこんだまま起き上がらず、抵抗を止め殺人衝動に突き動かされる京極の前に身を晒す。
京極は歓喜する様に、あるいは落胆するような様子でセスペェリアに馬乗りになると、その顔面に拳を振り下ろした。
一撃を振り下ろすごとに、彫刻のように端正だった顔が変形して行き、雪のような白い肌に斑点のような青い痣が描かれてゆく。
上質なシルクのような肌は月の表面の様にボコボコに腫れあがり、眼底を打たれた衝撃で目玉は殆ど飛び出だしていた。
そうして、しばらく殴り続けた所で、ようやく満足したのか、それとも殺人衝動を発散して我に返ったのか。
京極は殴り続けていた手を止め、自らの血濡れた手をしばらく見つめる、声にならない声を上げて逃げるように鉱山の外へと走り去っていった。

完全に京極の気配がなくなったところで、原形を留めぬほどに顔面を変形させたセスペェリアが立ち上がる。
その顔面は美しかった面影など見て取れないほどグロテスクなものになっていた。
とりあえず、これで京極はセスペェリアを殺害したと思い込んだはずだ。
わざわざ流れる事のない血を流し、瞳孔を開き心拍及び呼吸まで操作して生命活動の停止まで演出したのだ、そうでないと困る。

殴り始めたタイミングで、ちょうど放送が流れ始め音が紛れたというのは幸運だった。
刻の元まで届かぬよう、打ち付けられる打撃音は極力体内で吸収したお蔭でいらぬダメージが体内に残ったが、行動に支障の出るほどではない。
刻から殺人鬼を遠ざけるという目的は達成されたのでよしとしよう。

セスペェリアが震える様に高速で顔を振った。
ぶるぶると顔面を構築する要素がずれてゆき、そうして粘土のようにコネられ、崩れた顔面が再構築されてゆく。

「セスペェリアさん?」

ちょうど整形が終わったタイミングで背後から声がかかった。
声は休息所から現れた刻の物だろう。
体はすでに修復されており、少なくとも外面上は傷一つない事を確認すると。
何事もなかったように刻に向き直り、暖かな印象を感じさせる表情を作り上げる。

「起きたのね刻」
「はい、あの…………何かあったんですか?」

戸惑うような刻の視線は蓋の開いた段ボール箱に向けられている。
それに対してセスペェリアは用意していた言葉をそのまま予定通り刻へと伝えた。

「京極は半狂乱になって箱から飛び出るとそのままどこかに行ったわ」


【E-7 鉱山内部/朝】
【時田刻】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、地下通路マップ、ランダムアイテム0~2、アイスピック
[思考・行動]
基本思考:生き残るために試行錯誤する
1:セスペェリアさんに対する他参加者の誤解を解きたい。
2:京極さんを追いかける?

【セスペェリア】
[状態]:蓄積ダメージ(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、ランダムアイテム0~2
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:時田刻を調査して時間操作能力を解明したい。
2:他にも調査する価値のある参加者が隠れているのか?
3:ミリアたちはいずれ始末する
※この殺し合いの二人目のジョーカーです

【E-7 鉱山外部/朝】
【京極竹人】
[状態]:負傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考・行動]
基本思考:???
1:???


088.目指せMVP 投下順で読む 090.太陽のKomachi Angel
時系列順で読む 091.補記
百鬼夜行――逢魔時 時田刻 ジョーカーVSジョーカー?
セスペェリア
京極竹人 CROWS/WORST

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最終更新:2015年07月12日 02:05