ザッと地面を踏み鳴らす音が響いた。
立ち止まったのは目元を隠している以外、何の変哲もない男である。
男が足を止めたのは目の前に少女の存在を認めたからだ。
男は少女へと向き直ると、楽しげに口元を吊り上げる。

「やあ、元気そうで何より」
「あら。そう見えるかしら」

男は友人と朝の挨拶でも交わすような気軽さで声をかけ、少女はその調子に合わせるように応じるが、完全に緊張は隠せないのかその表情は険しく、声は僅かに強張っていた。
それも当然だろう。少女、音ノ宮・亜理子に声をかけてきたのは全ての元凶たる諸悪の根源、この殺し合いの主催者だっのだから。

突然主催者(ラスボス)と遭遇するという最悪の状況であるのだが、この状況は亜理子の望んだことである。
この場にいる主催者に接触して話を聞く。それが彼女の当面の目的だった。
イヴァン相手に手痛い失態を演じた彼女は、手元の首輪探知機を使い近づいてくる存在を先んじて発見し極力リスクを排しながらこれまで以上に慎重に目的の人物を探り、そしていきなり当たりを引いた。
これを幸運と取るか悪運と取るか。ひょっとしたらこれが破滅の幸福というやつなのだろうか。

心の準備を整えていたとはいえ、いまだ緊張の色が見える亜理子とは対照的に、男はただただ嬉しそうに破顔する。

「ちょうどよかった。大まかな場所しか聞いてなかったから具体的な場所は探さないといけないと思ってたけど。
 君、たしか死神の消えた場面に立ち会ってたんでしょ? ちょっとそこまで案内してよ」

『死神』。
その言葉に少女の脳裏に思い返されるのは黒い髑髏、月白氷と、一ノ瀬空夜が消えたあの光景である。
もう会えないと思った彼との再会。そして罪を暴いた彼との離別。
今思い返しても、幻想の中にでもいたかのような儚い瞬間だった。

その事実を、目の前の男が知っていることに対しては驚きはない。
なにせ主催者そのものである。参加者の動向くらいならいくらでも把握する方法があるのだろう。
『たしか』という伝聞したような表現から、監視しているもう一人と密に連絡を取っている可能性は高い。

「案内ですって? 私が貴方に協力するとでも?」

男の願いににべもなく断りを入れる。
考えるまでもない。知っているからと言って、彼の願いを聞き届ける義理も義務もない。
いや、むしろ邪魔して然るべき間柄である。
その言葉に従う必要はないだろう。

「まあまあそう連れなことを言わずにさ、道すがら雑談でもしながら行こうじゃないか」

ニィと口元を吊り上げ、否定的な態度を宥めるように男は行った。
つまりそれは、主催者と直接話せる絶好の機会を与えてやると言っているのだ。
罠である可能性も疑ったが、魔法の力を得たとはいえ戦闘力に乏しい亜理子に回りくどい手段を取る必要がある相手でもない。
殺そうと思えば、それこそ亜理子なんて指一本使わず殺せるだろう。
となると、その提案は亜理子からすれば願ってもないことだが、この男がそうまでして成し遂げたがっている目的に対して、協力などしていいモノなのだろうかという疑念も生じる。

「そう警戒しないでよ。実際大した用でもないし、嫌なら嫌で断ってもらっても構わない。気楽に考えてくれていい」
「……どうだか」

信用に足る言葉ではないが、亜理子に出会ったのが偶然である以上、もとより一人でも成し遂げられる目的であったのは本当だろう。
協力を求めたのはあくまでその手順を縮めるための作業に過ぎない。
どうせ結果が同じなのだから、手伝う事で得られるリターンを考えればこの道案内は受けた方が亜理子にとって得である。
なにより主催者と話しをするのは、事件解決の必須条件なのだから。
この提案を受けることにより危惧していた直接戦闘のリスクを排除できるのは大きい。

「……いいわ。案内はしてあげる」
「それは何より」
「あの骸骨の消えた所まで行けばいいんだったかしら?」
「ああ、頼むよ」

そうしてゴシックロリータを着たJK魔法少女探偵、などという属性を詰め込みまくった少女に更に奇妙な連れ合いが出来た。
殺し合いを主催した革命狂いのテロリストが少女の道案内に従いその後ろに続く。


この物語の黒幕を先導し、先を往く亜理子。
罠ではないと考えながらも、不気味な渾沌を背負ったようでどうにも居心地が悪い。
相手に気取られないよう極力それを気にしないよう努めながら、本来の目的を思い出して亜理子が口を開こうとしたタイミングで、それを制する様に男の方が先に口を開いた。

「そう言えば、ご意見ありがとう。参考にさせてもらったよ」

ワールドオーダーの述べた礼に少女は、何の事か、とは問い返さなかった。
問い返すまでもない。
それは一ノ瀬空夜に暴かれた、彼女の罪である。

音ノ宮・亜理子は殺人探偵である。
自身の手で殺すのではなく人が人を殺す状況を整え、殺人を”させる”探偵である。

犯罪者同士を潰し合わせて世を浄化しようなんて崇高な理念があるわけではない。
ただ人を殺してしまうような奴等が在ることが、彼女はどうしても許せなかった。

そんな事を何度も繰り返して、いつしかそれでも蛆のように悪は湧くのだと気づいた彼女はある一大計画を立てた。
これまで行ってきた小さな殺人事件ではなく、もっと大規模な世の罪人を一掃するBR計画。

と言っても彼女が行う事はこれまでと同じく人選と手段の提示だ。
その規模を大きく手を広げただけの事。
それに伴い実現の難易度は跳ね上がったが、焦ることなく慎重に時間をかけて情報を操作し、状況を整え、理由を作り上げ、その種をまいた。
巧妙な事に具体的な指示を出すのではなく、その情報に気付いた者が自分で思いついたと思うように誘導して。

悪の組織にテロ組織、過激化と呼ばれるヒーロー、それに案山子
それを実行しうる因子を持つ組織、ひいては個人に向けて世界にその情報をばら撒いた。
確率は低くとも、きっを受けた誰かが計画を実行するかもしれない。
夢を込めたボトルメールのようなモノだ。
確信していた訳ではないけれど、いつか届くと信じてその計画を続けてきた。
それが彼女の計画の全貌である。

「そうしてまんまと釣られたのが僕という訳だ」

そう言って男は喉を鳴らしてくつくつと嗤う。
その笑みからは担ぎ上げられた自嘲のような感情は感じられなかった。
どうにも本気で言っているのか疑わしい。

疑わしい以前に、何より亜理子はテロリストワールドオーダーに対してはこの計画の働きかけを行っていない。
この殺し合いが始まるまでそこまで危険視すべき人物であるとは把握しなかったからである。
彼は元から対象ではなかった。

「……まあいいわ。そう言う事にしておきましょう」

この計画自体は一ノ瀬も知っていた事だし、暗号化はしたがそれほど秘匿はしていない、見る人が見ればわかってしまう事実だった。
知っていてもおかしくはない事ではある。

「それよりも、こちらからも聞かせてもらってもいいかしら?」
「いいよ、何でも聞いて」

男はあくまでも気軽な調子で応じる。
それは小娘など歯牙にもかけていないという態度だった。

「貴方の目的は何?」

その単刀直入な問いは答えを期待してのものではなく、話の流れで何か情報を零すことを期待しての問いである。
だが、ワールドオーダーの反応は亜理子の予想とは少し違った。

「目的、ね。最初にも言ったし、別に隠してもいないんだがねぇ」

そう言いながらも自分の意図が伝わっていないのが不満なのか、少しだけ声を沈め息を漏らした。


「革命だよ革命。神様相手に革命を起こすのさ」

狂気に促され熱を帯びた言葉で天を指さす。
それを冷めた瞳で見送りながら亜理子は続ける。

「貴方の言う『神様』って具体的になんなのかしら?」

一言に神といってもその言葉には色々な意味合いが含まれている。
神話に存在する神や、あの死神のような種族として実在する神。
宗教的な崇拝される神も在るし、宗教によって指し示す神は違って、その在り様も違う。
昨今ではその意味合いは軽くなり、ちょっとした事で簡単に神と持て囃されることだってある。
神という一言では具体的に何を指すのかなどは分らない。

「何と言われてもね。そう表現するしかない存在だよ。具体的には説明しがたい。
 いや……説明しがたいというより、きっと説明しても理解できない」

その呟きは目の前の少女を侮っていると言うよりも、少女に限らず誰にも理解できないと理解している孤独のような響きを含んでいた。
理解力が足りないと侮られているような気がして少しだけ亜理子は気分を害したが、すぐに気持ちを切り替える。

「……そう、つまり貴方の目的はそれを打ち倒す事なのね」
「打ち倒すんじゃなくて、革命だよ革命。革命をするんだよ、そこは間違えてほしくないな」

余程拘りがあるのか、その言葉は強い。
だが、その違いが亜理子には正確には理解できなかった。
そこで言葉は途切れる。
探偵は今の話を自分の頭ン中で整理する様に押し黙り無言のまましばらく進んだ。

「この辺かな、えっと」

先導していた案内役が草原の中心で足を止めた。
それを目的地にたどり着いたのだと解釈したのか、ワールドオーダーは興味を失ったように亜理子から視線を外し何かを探すように足元を見た。
失せ物探しに意識を裂くその様子を、探偵は鋭い瞳で見つめる。
それは決意を固めるような、何かに踏ん切りをつけようとしているような様子だった。
そして、彼女は一つ息を吸うと、意を決したように口を開く。

「この事件の犯人は、貴方よ――――――――ワールドオーダー」

いつか誰かに言われたように、探偵はそんな分かり切った事実を告げた。
その言葉に、足元を見ていた犯人は顔を上げ、興味を取り戻したように探偵へと視線を向ける。

「解決編には、まだ早いと思うけど?」

そう言って笑いながらも、容疑を否認するつもりはないようだ。

「それで? 一応聞くけど、僕が何の犯人だと言うんだい?」
「全てよ。文字通りあなたが全ての元凶だった」

目の前の相手への恐怖をそれを上回る敵意で押し殺して、ぐっと気を張り凛とした態度で言い放つ。
強がりにも見えるその様子が愉しかったのか、男は口角を更に吊り上げた。

「全てとは?」
「文字通りよ、この殺し合いだけじゃない。この世界で発生している異変や犯罪。その全ては貴方の元に繋がっていたのよ」

余りにも突拍子もない話に呆れたのか、男は困ったように肩を竦めた。

「また大きな話になったね。少し妄言が過ぎるんじゃないかな?
 けどまあ一応、根拠を聞こうか? 君がそう言い出す以上何か確証があるんだろう?
 何故そう思ったのか、君の推理を聞かせてくれ」

楽しげに愉しげに犯人は探偵を試すように、謎解きの先を促した。
その言葉に応じるように、探偵はクールに髪をかきあげ意識を切り替える。
ただの女子高生ではなく、ましてや魔法少女でもなく、謎を解く探偵の意識に。
ここから先は探偵としての戦いである。


「まず、この結論に至ったのは私の元に届いた一枚のメモが切っ掛けだった」

そう言って探偵は胸ポケットから折りたたまれた紙切れを指に挟んで取り出した。

「このメモには貴方についての考察が書かれていたわ。
 考察はいくつかあったのだけど、その中で注目すべきは二点。
 貴方に『自己肯定・進化する世界』を付与できなかったという点と。
 貴方が『自己肯定・進化する世界』によって永久を長らえているかもしれないと言う点よ」

そう言ってメモを相手へと見せつける様に開く。
それを見た犯人は興味なさげにへぇと呟いた。
幾つかある考察の中から探偵がこの二つに注目したのには当然ながら理由がある。

「この二つの条件は矛盾する。
 つまり、どちらかの条件が間違いであるという事になるわ。
 まあその程度の事はこのメモを書いた人間も気付いていたのでしょうけど、結論には至れなかったみたいね」

『自己肯定・進化する世界』が付与できなければ永久を長らえることはできないし。
永久を長らえているのなら『自己肯定・進化する世界』を付与できないとおかしい。
通常であれば間違いはどちらかを突き止める話になるのだろうが探偵の場合は違った。
あり得る可能性を模索し提示する事こそ探偵の仕事だ。

「けどね、考えられる可能性はもう一つある。
 事はもっと単純だったのよ。貴方はコピーしなかったわけでも、出来なかった訳でもない」

探偵はここで少し言葉を切り、別の可能性を示唆する。

「単に――――コピー出来なくなったのよ。
 つまり、これまでは『自己肯定・進化する世界』の能力もコピーもできていたけれど、それがいつからか出来なくなってしまった。
 これなら両方の条件を満たせると思わない、どうかしら?」

絡みついた矛盾の糸を快刀乱麻の言葉が断ち、探偵は犯人へと問いかける。
言葉の刃を突きつけられた男は変わらず笑みを絶やさぬまま問いを返す。

「そうだね。矛盾はなさそうだ。けれど、何故できなくなってしまったんだろうね?」
「さあ、そこまでは分らないわ。けど推理ならできるわよ。
 どんなモノでもコピーを繰り返せば情報は劣化する。そしてそれは貴方の能力も例外じゃなかった。
 長い間何度も何度もコピーを繰り返して、ついにコピー能力がコピーできないまでに劣化した。そんな所じゃないかしら?」

その推察に肯定も否定も返ってはこなかった。
男はただ変わらぬ薄ら笑いを浮かべている。
その感情は読み取れない。

「そしてここに気付く事が出来れば、それを前提として色々と見えてくるわ。
 貴方の状況。そして霞に紛れていた貴方という人間が見えてくる」

一つの真実が見えれば、それを突破口として次の真実へとたどり着ける。
それが探偵という生き物だ。
次の真実へとたどり着くために探偵は推理を続けた。
ワールドオーダーという怪物を知るために、彼という人間についての推理を。

「貴方には神への革命という大きな目的がある。
 私からすれば荒唐無稽なものだけれど貴方にとっては本気で追い求める価値のある目標なのでしょうね。
 だから、その目的の為に色々と手を尽くしてきた。それでも未だ届かずトライ&エラーの繰り返しゴールは未だに遠く見えない。
 けれど貴方は焦る事なんてなかった。何しろ自身のコピーを作り出せるあなたには無限の時間がある
 どれだけ時間がかかろうとも何時か辿り着けると高を括っていた」

時間という制約がなければ可能性は無限だ。
天文学的数値だろうと、無限の試行回数で引き当てられるし。
1cmずつでも進んで行けるのなら、いつか月にだってたどり着ける。
それならば目的地がどれほど遠くとも、焦る必要などどこにもない。



「――――けれど、そうじゃなくなった」

だが、その大前提が崩れた。
無限は有限へと早変わりする。

「焦ったでしょうね。無限に思われた時間に突然制限が出現したんだから」

目的地まで続いていると思っていた道が唐突に途切れた。
何時か必ず辿り着ける場所は、辿り着けない場所へと遠ざかってしまう。
それはどれほどの絶望だっただろう。

「だから、貴方はそこから形振り構わなくなった。
 自身の複製を繰り返してきた貴方はこれまできっと長い歴史の裏で暗躍していたんでしょうね。
 そうであるにもかかわらず、尻尾すら掴ませなかったのは素晴らしい手腕だと感心するわ。
 けれど、そんな貴方がある時期からFBIを初めとした情報機関に尻尾を捉われ始めた。
 私の知る限りでは貴方と思しき男が初めて記録に現れたのは13年前よ。
 貴方が自分の終りを自覚し始めたのもこの辺りからじゃないのかしら?」

探偵は容赦なく男の絶望を暴く。
暴かれた男は動じるでもなく、嫋やかな笑みのままその言葉に聞き入っている。

「そうだね。話の筋は通っている。だが証拠は?」
「今この場にはないわね。けどその辺を探せばいくらでもある筈よ。あなたの悪足掻きの跡が」

亜理子は両手を手を広げて、会場を、世界を指す。
証拠ならばここにあると、そう示していた。

「私が標的にした連中と半数以上が重なっていたから、最初は私も一ノ瀬くんも勘違いしていたけれど。
 貴方が私の情報を参考にしたなんて言うのは真っ赤な嘘なんでしょう?」

亜理子の計画に乗っかったなどとただの戯言だ。
この男の世界はこの男の中で完結している。他者の入り込む余地などない。
この男が誰かの意見を参考にするなどあり得ない。
だと言うのに、参考にしたなどと誤魔化しのようなことを言った時点で探偵は確信した。

「それでも事実として異世界を含めた無限に近い対象から選ばれた74名の半数が私の標的と一致するからには偶然なんて一言では済まされない。
 偶然でないのならば、そこにはなにか明確な理由があるはず。じゃあその理由ってなんなのかしらね?」

その問いに応えはない。
男は不気味に口元を歪ませるだけである。
元より答えなど期待していないのか、変わらぬ男を気にせず探偵は続けた。

「私が標的に選んだ連中の選考基準は世界を歪ます罪人であること。
 世間を騒がす殺人鬼。表社会を歪ます裏社会の殺し屋。破壊を振りまく怪物たち。正義を掲げるヒーローとかいう人殺し。
 そんな所よ。じゃあ貴方の場合はどうしら?」

選ばれたからには何か理由があるはずである。
ではこの殺し合いにおけるワールドオーダーの選考基準は何処にあったのか?

「貴方はこの殺し合いの始まりで『人間の可能性』と、言ったわね。
 それが具体的に何を指しているのかまでは解らないけれど、貴方は人間を使って何かをしようとしている。それはこの殺し合いからして確かな事よ。
 そして、きっとそれが目的の為に必要な行為なのでしょうね。だからこそ貴方の悪足掻きはそこに集約する。人の、何かに」

殺し合いなどを主催する相手だ。倫理観など求められるはずもない。
それこそ人体実験など平気でやるだろう。
この男は何代にも長きに渡り人間に対して何かを行い続けてきたはずだ。

「だから、ここに集められたのはその悪足掻きで生み出された産物なんじゃないかしら?」

その結論を告げる。
この殺し合いの参加者はワールドオーダーが神の革命のために生み出した悪足掻きの産物なのではないか。
それは彼女自身を含んだ最悪の可能性だった。


「そうかな? 普通の学生や一般人もいると思うけど?」
「そうね。つまり貴方が求めるのは強さとかそういうものではないのでしょうね。殺し合いなんかもアプローチの一つでしかない。
 貴方の干渉が直接的か間接的かは知らなし、その全てが1から関わっているとも限らない。ひょっとしたら可能性のある人間を集めるなんてこともしてたのかもしれないわね。
 そうだとすると、うちの学園の生徒が多いのも、あの学園自体が貴方に創られた学校だと考えれば納得できるわ。新設校だものね。
 焦ってそう言うアプローチも試したという可能性も大いに考えられるわ」

はぐらかすような言葉にも一切引かず持論を押し通す。
推論と憶測だらけのとても推理などといえない論だが、これは法律に基づき罪に問うための行為ではない。
相手に認めさせれば勝ちの個人と個人の勝負である。

「つまり、貴方と私の選考した人選が重複していたのは、貴方がそれらを生み出した元凶だから。
 ――――だから貴方が犯人なのよ。貴方は最初から私の敵」

彼女が憎んだ罪人を生み出した元凶。
彼女が許せない犯罪者を作り出した元凶。
全てが始まる前から最初から彼は彼女の敵だった。

「この可能性の何よりの証拠として、こここまで踏み込まれても貴方は私を殺さないじゃない。と言うより、きっと参加者を殺せないのね」

もちろん。私の推理が見当はずれであるという可能性ももちろんあるけれど、と申し訳程度に付け足しておく。

「貴方にとって参加者は実験動物であると同時に目的に達する可能性がある希望だもの。
 目的に達する可能性があるから、その可能性を自らの手で消してしまうのが怖いのよ。時間のない貴方の場合はなおさらね」

一ノ瀬の言った通りだ。
目の前にいるのは矮小で憐れな、ただの失敗を恐れる人間だった。

だが、自らの内面を貶めるような言葉を浴びせられても、ワールドオーダーは変わらない。
まるで壁に話しかけているようだ。彼は変わらず口元に笑みを張り付かせている。

「ここまで言われて何もしないなんて、図星だったかしら?」
「別にどうこう言うほどのことじゃないさ。僕の人格が大きいだの小さいだのはどうでもいい事だろう? 僕としては目的が達成できればそれでいい」

迷いのない言葉。何が起きようとも男は何一つ変わらない。
嘘や誤魔化しではなく、本心からそう思っているのだろう。

「…………まるで目的に憑りつかれた機械ね」
「機械でいいさ。人間性なんてとっくの昔に削げ落ちている」

コピーを繰り返してすり切れた、目的だけが残った残滓。
それがこのワールドオーダーの正体だった。

「だったら私は私の敵を打ち負かすために、その目的を叩き潰すわ」
「叩き潰す? どうやって?」
「そうね、とりあえずこの殺し合いをぶち壊すわ。
 これは悪あがきの一つ? それとも、もしかして集大成なのかしら?
 どちらにせよ、時間の無い貴方にはこれだけ大規模な計画が失敗するのは致命的だと思うけれど」
「くっ…………」

真正面から宣戦布告を叩きつける。
それを受けた男は、これまで張り付けていた表情を崩して苦しげに歯噛みし、そして。


「くっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」

もはや堪えきれぬと、弾けるような爆笑を漏らした。
その笑いは、これまでの張り付いたような笑みとは質が違う。
どこか空白めいた笑みではなく、何かが詰まったワールドオーダーの笑いだった。
その豹変に見ている亜理子がドン引きして、このまま笑い死ぬのではないかと危惧するほど、何も憚らず狂ったように笑っていた。

「――――あぁ……君が一番近いのかもね」

ゾクリと、奈落の底に落ちたような怖気が奔る。
殺されるというよりも、もっと恐ろしい何か。
唐突に笑いを止めた男の視線が、蛇のように亜理子の体を捕えていた。

「いやまったく、この短時間でそこまでたどり着くとは恐れ入った。やはり、探偵とは侮れない生き物のようだ」
「…………それは、私の推理を認めるという事?」

この問いに対して彼は肯定はしなかった。
ただ否定もせず、曖昧に肩をすくめるだけである。

「切っ掛けはピーリィ・ポールの考察メモか。あいつも厄介な事をしてくれたねぇ」
「ピーリィ・ポール……?」

その呟きに出てきた意外な名前に亜理子が反応する。
あのメモがピーリィ・ポールのモノであるというは亜理子にとって意外な真実だった。
同業者として存在は知っているが、他者に何かを伝えようという性質ではなかったはずなのに。

「それに一ノ瀬くんの入れ知恵も、かな?」
「――――――」

目の前の男の口から彼の名前を聞いて、それがなんだが意外な事の様に思えて、少しだけ言葉を失ってしまった。
すぐさま気を取り直した亜理子は、一つ咳払いをしてその声に答える。

「そうね。一ノ瀬くんの人物評がなければ、きっと辿り着けなかった」

亜理子や、あの死神ですらワールドオーダーを超常者としてしか見ていなかった。他の参加者もそうだろう。
その中で唯一、一ノ瀬だけがこの男を哀れなただの人間として見透かしていた。
それを知っていたからこそ、この男が追い詰められた結論にたどり着くことができたのだ。

「さて、これで私の勝利条件は明確になった訳だけど」

このワールドオーダーではなく、主催者として高みで見ているワールドオーダーが最期の世代だ。
あれと同じ世代のワールドオーダーが今現在世界にどれだけいるかは分からないけれど、この世代の目論見を潰していけばワールドオーダーの野望は潰れる。
長年をかけて追い求めてきた目的の失敗。それは彼にとって完膚なきまでの敗北だろう。
そうしてそれが、彼の敵である彼女の勝利条件である。

「いや、これはこれでいい展開さ。僕にとってもね」
「それって強がり?」
「さて、どうだろうね」

そう応える様子は先ほどのことなんてなかったかのように、また張り付いた笑みに戻っていた。
永遠に変わらないようなそんな笑みに。


「お、あったあった」

唐突にそう言って小走りで草むらに向かうと地面から何かを拾い上げる。
それは月白氷の首輪だった。
どうやらこれまで推理を聞きながらもその捜索は続けていたようだ。
ワールドオーダーはそのまま拾い上げた首輪を亜理子へと投げ渡す。
急な事に少し慌てながらも、亜理子はその首輪を何とか地面に落とさず受けとめる。

「…………何のつもり?」
「素敵な推理のお礼だよ。調べてみるといい」
「わざわざこれを回収しに来たんじゃないの?」

亜理子に道案内をさせてまで回収したにも関わらず、それをあっさりと手放すと言うのはどいうことなのだろうか。

「いいんだよ。これがこのまま放置されいるのが問題であって、参加者の手にある分には問題ない」

つまり亜理子の手に渡るのも彼の計画の一部、という事になる。

「……捨ててやろうかしら」
「ははっ。そんな感情で判断を下す君じゃないだろう?」

その通りである。
癪ながら、きっと捨てることなく亜理子は言われるがままこの首輪を調べるのだろう。
それがベストな判断だと理解しているが故に衝動的な行動などできない。

「じゃあここでの用事も済んだし。僕は次の仕事があるから行くよ。
 次に君に会うとしたら最終局面(クライマックス)かな? まあ君には期待してるから、頑張って」

そう後ろ手に手を振って、ワールドオーダーは歩き出した。
その背を見送りながら亜理子はひとまずの勝利に息を吐く。

これまで謎を解くときは他の容疑者や警察と言った阻止力が存在する空間で行ってきた。
だから、こうして犯人と一対一で対峙するのは初めての事だ。
よく殺されなかったものだと安堵する。

殺されないという推察はしていたものの、その推察が外れていれば命はなかっただろう。
だが、彼女は勝利した。
ひとまず第一ラウンドは彼女の勝利と言っていい。

だが暴かれたのはワールドオーダーの置かれている現状についてだ。
ワールドオーダーの目的。神への革命についてはまだ謎が多い。
彼に完全勝利をするためにはこの謎を解き明かす必要があるだろう

【A-8 草原/昼】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:オデットの元へと向かい対処する。
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、レミントンM870(3/6)、12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、月白氷の首輪
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。


112.俺達のフィールド 投下順で読む 114.第二放送 -世界の現在-
時系列順で読む
Outsourcing 主催者 A bargain's a bargain.
発病 音ノ宮・亜理子 名探偵、皆を集めてさてと言い

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最終更新:2016年03月02日 17:47