「野郎が参加者の全員に何かしら干渉してるって話だが、俺にぁ覚えがねぇなそんなもん」

実験場の最深部にて探偵と悪の組織が遭遇を果たしてから数刻が過ぎた。
あれから探偵の口から語られたのは彼女が推理した主催者であるワールドオーダーの真実である。
先んじて直接本人にぶつけたモノと同じ内容を受け、悪の大首領は頷き、探偵の能力を認めた。

話の筋は通っていたし、その程度の内容を理解できるだけの頭は龍次郎にもある。
何より近年の世界の異変と照らし合わせて合点が行くところはあった。
だがしかしながら、全てを疑う訳ではないが、全てに納得できたわけでもない。
自らの人生に滲みが残るようなその点だけは納得いかなかった。

「先ほども説明しました通り、ワールドオーダーは幾つもの体を渡り歩いて増殖していた可能性が高いんです。
 事を成したのは今のワールドオーダーとは全く別の人物だったのでしょう。
 そうなれば彼、もしかしたら彼女だったかもしれない相手に覚えがなくても当然ですわ」
「そうじゃねぇよ。俺の生き方を決められるのは俺だけだ。野郎に限らず誰かに干渉された覚えなんざねぇんだよ」

これまでもこれからも、龍次郎の価値観は須らく龍次郎自身から生み出されたものである。
何者も彼の生き方に干渉する事などできない。
遥か頂きに届かぬ弱者たちは、彼の下に付き従うか、障害にもなれず破壊されるかのどちらかだ。

「それらが全て直接的な干渉とは限らないのでしょう。貴方ではなく貴方の周囲に対して間接的に働きかけた可能性だってある。
 いくらブレイカーズの大首領と言えど、全ての出来事に関わっていられたという訳ではないでしょう?」
「まあそりゃそうだ」

如何に強力であろうとも全能でない以上、関われる運命には限界がある。
龍次郎の預かり知らぬところで、何らかの運命を捻じ曲げたのかもしれない。
どんな干渉があったとしても龍次郎は龍次郎であり続けただろうが、それがワールドオーダーの干渉があったという事の否定にはならない。

「ところで私たち、ミル博士にまかせっきりでこんな所でだべってていいのかしら」

そう憂うように呟いて亜理子は視線を研究室の扉へと向けた。。
彼らは現在、場所を最下層から一つ上のフロアへと移し、研究者の休憩スペースと思しき場所で腰を下ろして雑談に興じていた。
ただ一人この場にいないミル博士は、工具のそろった研究室で首輪の解析を行っており。
することのない二人は成果をここで待っている、と言うのが今の状況である。

専門家に任せるという判断自体は間違いではないだろうが、大人しそうに見えて意外と行動派な女である。
探偵の性か、それとも単純に貧乏性なのか、誰かの成果をただ待つと言うのはどうにも彼女の性に合わない。
自分の運命を他者に預けると言う行為に酷く抵抗感を覚えてしまうのだ。

「構わん。門外漢は黙って待つのがよかろう」

どこからどう見ても行動派にしか見えない龍次郎は亜理子とは対照的にどっしりと腰を据えていた。
何なら乾パンをちぎって肩に乗せたシマリスにやるほどの余裕を見せるほどである。
この辺は、適材適所人に任せられる頂点に立つ者の器なのだろう。

「そう、ですよね」

亜理子にそれが出来ないのはきっと、心の奥底で他者を信頼できない彼女の性質の表れなのだろう。
助手なんてものを取らなかった一番の理由はそこに尽きた。
だから唯一の助手は心の底で憧れを抱いていた『彼』だったのかもしれない。

だが、そのくらいの不満は飲みこまねばならない。
この事件を解決するためにはブレイカーズの協力は必要不可欠だ。
協力者として取り入ると決めた以上、今は任せるしかない。

「けれど周囲の見張りぐらいはしておいた方が良いのではなくて?」
「不要だ。見張りなら鳥に任せたはずであろう」

『鳥』とは自立型AIを組み込まれた鳥形ロボット『フォーゲル・ゲヴェーア』の事だ。
今回はたまたま彼女に害意はなかったからよかったものの、この閉鎖空間であっさりと亜理子の接触を許してしまったのは余りにも無警戒であった、という事でミルが放った見張りの手である。
大空を舞う機械獣は実験場の周囲を監視しており、近づく者があれば首に括り付けた通信機能を持つ悪党商会のメンバーバッチを通じてこちらに知らせる手はずとなっていた。

それに亜理子の手元には首輪探知機もある。
この二重の監視の目があれば、何者かが地下実験場に接近してきたらまず見逃すことはないだろう。

盤石な現状は理解できる。
だが、それでは手持無沙汰である。
まさか悪の大首領と楽しくお話しして時間を潰すなんて事もないだろう。そのような間柄でもない。
自らの役割を果たそうにも、彼女の役割はその頭脳を使った推理である。
新たな情報と言う材料がなければ推理もできない。

「なら、せめて現状の確認くらいはしておきましょう」

座して待つと言うのが耐え切れず、亜理子はそう提案した。
確認と言っても、情報交換は既に行われており、これまでの経緯は互いに確認済みである。
亜理子が言っているのは支給品や能力の確認という意味合いだ。

チームとして動く以上お互いの手札の確認しておけばイザと言うとき動きやすい。
だが、自らの手の内をすべて明かすと言うのは、裏切りのリスクを考えればおいそれと行えるものではない。
信頼関係がなければ切り札は明かしておかずとっておきたいと言うのが人情だろう。

この提案に対してブレイカーズの大首領はどう応えるのか。
亜理子が目を細め出方を窺う。

「俺の持ってるのはこの木刀とよくわからねぇ鍵、あとはディウスの荷物に遭った妙な棒切れだな」

だが、龍次郎はあっさりと己の全ての手札を明かした。
省かれている辺り、どうやら肩に乗ってるシマリスは彼の中で支給品と言う区分ではないらしい。

その発言の背景にあるのは亜理子に対する信頼、ではない。
裏切られ情報を逆手に取られようとも自分が敗北するはずがないという絶対的自信に基づく行動である。
成程と、心中で龍次郎の人となりを理解しつつ、表面上は表情を変えず亜理子が話を進めた。

「鍵っていうのは何処の鍵なのです?」
「だからよくわからねぇつったろうが。試そうにもそもそも試すような鍵穴自体が今のところ見あたらねぇんでな」

そう言って謎の鍵を亜理子へと投げ渡す。
それは豪華な銀の装飾がなされた金の鍵だった。
一般的な家鍵のようなシリンダーキーではなく、古めかしいウォード錠やレバータンブラー錠用の鍵の様である。
大きさから言って南京錠のような小物で無く、倉庫の扉のような大きな錠に対応した物だろう。
ひょっとした何か宝箱の鍵かもしれないし、どこかの施設の扉の鍵なのかもしれないが、確かに鍵だけでは推察のしようもない。

「では、妙な棒きれとはどのような?」
「こいつだ」

続いて取り出されたのは、いわゆるマジックハンドだった。
パーティグッズのような人の手型の物ではなく、駅の職員が線路上に落ちた物を拾うときに使用するような面白みのない形状だ。
亜理子の肘から手先ほどの全長で、遠く物を取るにしては些か短すぎるような気もする。

これがただのマジックハンドであったのなら殺し合いの支給品としてハズレもいい所なのだが。
亜理子は付属されている説明書へと目を通すと、何とも言えない息を漏らした。

【引き寄せ棒】
所有者の居なくなった支給品を一つ手元に引き寄せます。
しかし該当する支給品がなければ失敗となります。
一度使用すると自動的に消滅します。

「何とも……使いどころに困るアイテムね」

所有者が居なくなったと言うのがミソだろう。
もし仮にゲーム開始直後に使用していたら、ほぼ間違いなく失敗して無駄になるアイテムだ。
その上、成功したとしても何が手元に来るかはわからない上に、放棄されたアイテムという事はハズレである割合の方が高いというのも微妙な話だ。

追い詰められて一か八かで使うにしてもリスクが高すぎる。
使うとしたらある程度時間が進んで、状況が落ち着いている頃合いだろう。

「このアイテム、今が使いどころかと思いますけど、どうします?」
「好きにしろ。俺は元よりこんな道具になど頼らん。この身一つあれば十分だ」

そう乱暴に判断を投げる。
元より龍次郎はワールドオーダーの用意した物を信用していない。
現に彼がこれまで扱ってきたのはチャメゴンや従兄弟の木刀と言った縁のあるモノだけである。

判断を任されてしまった亜理子だったが、迷う余地はあまりなかった。
これだけ脱落者が出ているこの進行状況で、何も取れないという事はまずないだろうし。
例え使えないハズレを引いたところで、マイナスになるわけでもない。

「では」と断り、亜理子がマジックハンドのトリガーを引こうとした所で、タイミングよく研究室の扉が開かれた。
そこから真剣な面持ちをした幼女が現れる。
余程集中した作業をこなしてきたのだろう、その表情からは若干の疲労の色が見えた。
少女、ミル博士は開口一番こう言った。

「――――首輪の解析が終わったのだ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「首輪の構成は思った以上にシンプルなモノだったのだ」

そう言いながらミル博士は、コトと音を立てながら休憩室にある机の上に解体した首輪のパーツを置いて行く。
まず並べられたのは、四つの親指程の黒い箱、そして同じ数の短いコードだった。

「首輪にはこの小型爆弾が前後左右に一つずつ配置されていて、爆弾同士をこのコードで繋いでいていたのだ。基本構造はこれだけなのだ」

爆弾は小型。素人目にはこんなものが人一人の首を吹き飛ばせるだなんてとても信じられないような代物である。
コードは黒で統一されており、ドラマなんかでよく見かける赤か青かなんて多様性はないようだ。

「それだけ? 盗聴器や発信機の類はなかったの?」
「うむ。なかったのだ」

その返答に亜理子が考え込むように眉をひそめた。
亜理子は首輪探知機の存在から、首輪の中に発信機が存在し盗聴器と合わせて参加者の動向を把握してるのだと思っていたのだが、それがないというのは少しおかしい。

「恐らくその探知機は首輪探知機と言うより爆弾を探知しているのだろうな。
 爆弾には爆破コードや禁止エリアの判別と言った受信機能らしきモノがあったから、それを利用すれば爆弾の位置情報くらいは検知する仕組みを作れるのだ」

その疑問に完結にミルが答える。
だが、その説明だけでは納得がいかなかったのか、亜理子は思案顔のまま口元に指をやった。

「位置情報はそれでいいとしても、他の情報はどうなっているのかしら?
 例えば参加者の生死情報とか、放送で死者の発表を行っている以上把握してない何ことはないでしょうし。
 参加者の言動や細かい動向だって主催者としては把握しているはずよ」

まさか会場に放り出すだけ出しておいて放置という事もあるまい。
参加者の情報を把握する何らかの方法がワールドオーダーにはあるはずである。
実際に亜理子が遭遇したワールドオーダーはいろいろと把握している風だった。
ならば、ワールドオーダーは参加者の動向をどうやって把握しているのか。

「うーむ。少なくとも首輪の中にはそれらしきものはなかったのだ。
 その辺の情報を取得しているのは首輪とは別の仕組みによるものなのではないのか?」
「もしくは、野郎がそう言う異能を持ってんじゃねぇか?」
「一番妥当な線ですけれど。それを言ってしまえば何でもアリになってしまうわね…………」

龍次郎の言葉に理解を示しながらも探偵は苦笑を漏らす。
不可能犯罪を異能の一言で片づけられては推理屋は商売あがったりである。

「爆弾はどれか一つが不正に破壊されればその瞬間に残る爆弾が起爆する仕組みになっていて。
 コードによる接続が断ち切られた場合も同じく、起爆する設定になっていたのだ」
「おいおい、ずいぶんな設定じゃねぇか。ちょっと暴れたらコードなんて外れちまいそうなもんだが、大丈夫なのか?」

優秀な爆弾とは爆発しない爆弾であるという。
不要な時に爆発せず必要な時にのみ爆発するのが優れた爆弾なのだ。
あのワールドオーダーの用意した爆弾だ、その性能に疑いようはないだろうが、爆弾そのものではなく設定された爆発条件が緩すぎる。
コードなんて戦闘の余波で外れかねない、誤爆なんて事になれば目も当てられない。

「勿論、その辺の安全策はととられているのだ。
 まずこの首輪の外装は最近生み出された特殊合金で、チタンとカーボンのいいとこどりしたような代物なのだ。
 だから、半端な攻撃では傷一つく事はまずないだろうな」

とはいえ参加者は常識外れの集まりだ。例外はある。
例えば龍次郎なら力技で破壊できるだろう。
だが、中の爆弾を気にしての精密作業となると不可能である。

「そんな特殊合金を、こんなありあわせの施設でよく解体できたもんだな」
「その点は問題ないでしょう。首輪の目的を考えれば必ず構造上隙があるはずよ、そうよねミル博士?」
「うむ。爆弾の設置された箇所の内側、つまり装備者の首と接触している箇所に関しては合金ではなくただの鉄板で蓋をされているだけだったのだ」

参加者の首を落とすという目的がある以上、爆発を通す穴があって然るべきである。
一か所だけ穴を開ける事により、クレイモア地雷の様に爆発に指向性を与え確実に首を吹き飛ばす仕組みにも一役買っているのだろう。

「それさえわかっていれば、首輪を解体するだけならばミルじゃなくともある程度器用な人間ならできると思うぞ」

それだけ聞けば首輪の解除は容易そうに聞こえるが、そんな簡単な話ではないだろう。

「問題は工事道具という事か」
「そうなのだ」

首輪を解体するだけならば可能だ。現にこうしてできている。
だが、実際に解除作業を行うには参加者の首が邪魔となる。
首輪のサイズは参加者毎に調整されており、1センチほどの隙間もない。
それを隙間を縫って内側から、薄いと言っても鉄板を削り抜くともなればかなりの難度だ。
加えて中の爆弾を傷つけないような精密動作ともなれば、その辺の道具では流石に無理がある。

「だがよ、ガワがいくら丈夫だとしても、中身まで丈夫って訳じゃねぇだろ?
 弾かれた衝撃で中の線が切れちまうなんて事もあるんじゃねぇか」
「その点も心配はいらないのだ。爆弾やコードの間には緩衝材が敷き詰められていて、戦闘の余波程度では中には何の影響も与えられないのだ」
「緩衝材と言っても限度はあるんじゃない?」

亜理子の問いにミルはうむと頷く。

「それはもちろん。どんなものにも限界値はあるのだ。けれど、この緩衝材もちょっと特殊なモノでな。
 単純な衝撃のみならず圧力や冷熱、刃物による刺突や斬撃と言ったそう言う類のダメージも呑み込む新開発の衝撃吸収材なのだ。
 その限界値はよくテレビでやってるビルの上から卵を落としても割れないなんてものとは比べ物にならないくらい高いのだ」

その性能の高さは悪の大首領と魔王の戦いを乗り越えたというお墨付きだ。

「また新技術、ね。聞いた事がないわね」

ぼやくような呟き。
様々な分野に対してそれなりに知識の深い亜理子ですら聞いた事がない。

「それも仕方がないのだ、合金の加工技術もそうだが、これらは元より兵器開発目的で開発された代物で一般的には公表すらされていない技術なのだ」

世間の評判は低くとも、腐ってもミルは最高峰の科学者だ。
独自の情報ルートから業界の情報くらいは仕入れている。
そのミルだからこそ知りえた最新かつ最深の情報だ。

「一般的に、という事は実用している所もあるという事かしら?」
「うむ。ミルの知る限りこの技術を両方実現可能なレベルで持っているのは組織、個人合わせても二つだけなのだ。
 一つは悪党商会、そしてもう一人は――――」
「――――藤堂兇次郎だな?」

先んじてその名を告げたのは龍次郎だった。
大首領の言葉にミルは真剣な面持ちで頷きを返す。

藤堂兇次郎。
人体実験を厭わぬ余りにも行き過ぎた過激な思想から学会を追放された男。
そこをブレイカーズに拾われ、同組織の中核である改造人間手術の全権を任された天才科学者である。

「つまり、悪党商会か藤堂兇次郎。そのどちらかがワールドオーダーに協力しているという事?」
「おそらくは」
「そのどちらかかってんなら、ま、藤堂博士だろうな」

ブレイカーズの頂点たる大首領は、あっさりと身内を槍玉に挙げる。
それは身内に対して義の厚い、龍次郎らしからぬ発言だった。

「一応、何故そう思うのか聞いてもよろしくって?」
「単純に藤堂博士はそう言う野郎だってだけの話だ。
 アイツは自分の理論を実現するために腕を振るう事しか頭にねぇからな」

身内として人となりを知るが故の発言。
同じ研究者として兇次郎を知るミルも、その人物評に同意する。

兇次郎はブレイカーズの一員であるがその行動理念や思想には一切興味を持っていない。
ただ己が研究成果を最も自由に振るえる場所としてブレイカーズを選んだに過ぎない。

龍次郎もそれを呑んだ上で天才科学者をブレイカーズに取り込んだのだ。
仮に兇次郎が本当にワールドオーダーに協力しているとするのならば、それは手綱を握りきれなかった龍次郎の落ち度だろう。

「それに悪党商会の連中もこのゴタゴタに巻き込まれてる訳だしな。要である技術屋の半田が死んじまってるってのは採算が合わねぇだろ
 当然、容疑者から外れるためのブラフの可能性もあるが、正直んなこと意味があるようには思えねぇな」
「そうですね。それに関しては私もそう思いますわ」

消去法で行くなら亜理子の結論も藤堂兇次郎である。
もちろん、容疑者がその二択であるならの話だが。

「一先ず、その話は置いておくとして。基本となっているであろう首輪の構造は以上なのだ。
 次に魔王ディウス、死神月白氷の首輪についてなのだが、これらは爆弾などに関する基本構造は共通なのだが、それに加えて幾つか異なる特別な要素があったのだ」

事前の調査で別物であると判明している龍次郎が勝ち取った魔王の首輪。
そしてワールドオーダーが手ずから拾い上げたという死神の首輪。
いずれも曰くつきの代物だ。

「まずディウスの首輪の中には、爆弾のコードとは別にこれがあったのだ」

そう言って取り出したのは淡い光を放つ紐の様なものだった。
紐が光を放っていると言うより、光で出来た紐のような不思議な代物である。

龍次郎が光の紐をミルの手から抓みあげる。
チャメゴンが垂れ下がった紐の端っこを少しだけ齧り、不味かったのかすぐさま吐きだし龍次郎の肩を回った。

「何だこりゃ?」

訝し気な顔でミルへと問いかけた。
それに対し、ミルは苦々しい表情をして俯く。

「…………分らないのだ」
「ああん?」
「残念ながら、それがなんであるかミルには皆目見当もつかなかったのだ」

特別性の首輪の中身。
主催者につながる可能性が高い代物の解析できなかった事を恥じているのか、ミルは申し訳なさそうに下唇を噛み締めた。

「あら、何もわからなかったという事もないでしょう。
 ミル博士にも分らなかったという事が分かったんだから」

俯くミルに助け舟を出したのは亜理子だった。

「どういう意味だそりゃ?」
「ミル博士に分からないと言うのならそれは恐らく科学の産物ではないという事なのでしょう」

亜理子の言葉に龍次郎は顎を擦りながら少し考え込むと、ああと声を上げた。

「つまり、オカルトか」

純粋な科学の徒であるミルと違い、兇次郎は科学のみならずそう言った要素も自身の研究に貪欲に取り入れていた事を龍次郎は思い出す。
魔術的要素を取り込んだ、その最たるものが惑星系怪人である。
あのシリーズにはセフィロトの樹における惑星の見立てを利用しているとかなんとか。まあ龍次郎も良く分かっていないのだが。
こうなるといよいよもって藤堂兇次郎が怪しくなってゆく。

「その紐、私に見せてもらってもよろしいかしら」
「何だ、その手の心得でもあるのか亜理子よ?」

光の紐が亜理子へと手渡された。
数多のヒーローや敵対する悪の組織を打倒してきた龍次郎は魔法使いや特殊能力者という存在は当然ながら把握している。
亜理子が魔法について知っていても不思議ではないが、亜理子は静かに首を振る。

「そう言えば、先ほどは中断されて、こちらの装備を明かすのがまだでしたね。
 私に支給されたこの魔法の力を得られるステッキなんですのよ大首領。
 このステッキを使えば何かわかるかも知れませんわ」

そう言ってずっと手にしていたおもちゃ売り場に並んでいるようなファンシーデザインなステッキを前に掲げる。
ゴシックロリータなファッションからして、そう言う趣味の人間なのかと思って龍次郎もミルも触れないようにしていたが、そうではなかったらしい。
まあ実際のところはステッキはともかくファッションは趣味なのだが。

「そうだ。魔法の杖と言うのならミルも一つ持っているぞ。何かの役に立つかもしれないのだ」

そう言ってミルは自らの荷物の中からオデットの杖を取り出した。
魔法の力を強めると言う杖。魔法の使えないミルが持っていても宝の持ち腐れである。
ミリアが遺した道具を他人に預けるのは少々気が引けたが、そんな状況でもないだろう。
むしろ何か役に立ったならばミリアもきっと喜んでくれるはずだ。

「お借りしますわ。ミル博士」

そう言って亜理子がオデットの杖を受け取った。
テーブルの上に置いた光の紐に二本のステッキを重ねるようにかざす。
すると淡い光に呼応する様にステッキが反応を示した。

「…………これは」

魔法の杖が反応したという事は、予想通りこの光の糸は魔法による産物で間違いないようだ。
その確証を得て、どういう物なのかを調べようと意識を集中した瞬間、ステッキを通じて何かが亜理子の中に流れ込んできた。

「亜理子………………!?」
「おっと」

次の瞬間、亜理子が力を失ったように膝から崩れた。
完全にその身が崩れ落ちる前に、咄嗟に反応した龍次郎がその身を支る。

「……失礼。もう大丈夫ですから」
「ど、どうしたのだ? 何か悪い物でも感じたのか?」
「いいえ、そういう訳ではないわ。ただ流れ込んできたのよ、この光に込められた魔法の力が」

スキャンした瞬間、情報が亜理子の頭に流れ込んできた。
それこそ強制的に理解させられたと言っていい。

「これは魔力を封じる拘束具のようなものね。強力な魔力封印魔法の塊のようなものよ」

それこそ魔王の力を押さえつけるほどの強力な魔法である。
この言葉に龍次郎が眉を吊り上げ不愉快そうに声を上げた。

「拘束具ぅ? つまりアレか? ディウスの野郎はハンデ付きだったってことか?」

魔力を抑えられながらあれ程の強さだったのだ。それがなければどれほどの物だったのか。
万全だった龍次郎と連戦を迎えていたディウスという、元より対等な条件の勝負ではなかったが、それでも勝負に水を差された気分になる。

「さて、そのディウスという魔王については私は見てないので何とも言えないのですけれど。
 このアイテムの効果からしてそうなのでしょう」
「するってぇと。やはり俺の鱗がいまいち調子が悪いのも首輪の仕込みのせいって事だな?」
「おそらくは。これに限らず特別性の首輪と言うのはそう言う事なのでしょうね」

その言葉に続いて、ミルが斑に呪詛のような何かが描かれた小型爆弾を取り出した。

「亜理子が持ってきた死神の首輪のほうに関しては、爆弾自体が別物だったのだ。
 これも調べた限りでは科学でさそうなのだが」

言われて、亜理子も軽くステッキを掲げてみるが何の反応も示さなかった。

「どうやら魔法でもなさそうね。けれど効果は想像がつくわ」

化学でも魔法でもない何か。
あの死神は自ら不死だと称していた。
殺し合いに不死の存在などそのまま招くはずがない。

――――不死殺し。
それがこの爆弾に込められた効果だろう。
不死者という異常を殺し、殺し合いを正常に運営するための仕組みだ。

強力な参加者に課せられた枷。
特別性の首輪がはめられる条件とその効果は判明した。
首輪の構造も判明し、首輪解除という目標に向けて一歩前進である。

わざわざワールドオーダーが拾い上げたからには何かあると思ったのだが。
特別性の首輪とは、殺し合いの進行に必要な処置を行ったと言うだけで対主催に繋がるモノではなかった。
それは残念である。
だが、直接的な成果ではないが探偵は一つだけ考える取っ掛かり得た。

魔王を縛り付ける程の魔法の技術があるのならば、何故その技術を他の首輪にも応用しなかったのか?

科学だけでなく、魔法と科学を合わせればより強固なシステムができたはずである。
現に、ミル博士は魔法に対して明るくない。
単純に食い合わせが悪く実現が出来なかった?
そうだとしても、奴には魔法だけではなく魔法でも化学でもない技術まである、使わない手はないはずだ。

使えなかったのか、使わなかったのか。
それとも、

「ねぇ。ミル博士。特別性の首輪の方に、何か共通する部分はなかったのかしら?」
「うむ。それについては最後に、つまりこれから話そうと思っていたのだ。
 特別性の首輪の方にだけ、共通して組み込まれていた物があったのだ」

そう言ってミルは指の爪程の薄いカードを二枚、取り出した。
表面にはそれぞれ05、07という数字が刻まれている。


「これは…………データチップ?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

機械仕掛けの鳥が遮るもののない大空を悠々と飛翔していた。
その空は広く、深い蒼に満たされており、どこまでも澄み渡って、何より不気味な空だった。
なにせ鳥類は愚か、羽虫の一匹すらいない。
命の匂いがしない空。フォーゲル・ゲヴェーアが舞うのはそんな奇妙な空だった。

点滅するランプのような紅い瞳が輝き、地上を見渡す。
仰せつかった任務は地下実験場に近づく人間の監視である。
雑多な人ごみの中から一人を探すのとはわけが違う、この状況で何者かの接近があれば見逃すはずがない。

だがしかし、何事にも例外はある。
判断基準を逸脱するような、そう例えば、移動する水たまり。
このような奇妙な現象に対する対処などAIの判断基準の中には含まれていない。

地上を這う水たまりからカエルの舌のように触手が伸び、フォーゲル・ゲヴェーアの右翼を捕えた。

物理的な接触にAIが緊急事態を知らせるがもう遅い。
それよりも早くフォーゲル・ゲヴェーアの全身がアメーバ状の何かに一瞬で飲み込まれる。
そして構造部の隙間から体内へとドロリとした液体が流れ込み、思考回路が侵食されショートしスパーク。
煙を挙げながら、フォーゲル・ゲヴェーアは地上へと落下した。

地上に落ちたスライムの中からペッと粘液塗れば機械の残骸が吐き出される。
アメーバが人の形を象ってゆく。

「不味い」

小学生としか見えない小さな少女――――セスペェリアはそう吐き捨てる。
失われた体液の補充になるかと思ったが、命のない機械は喰えたものではなかった。

『首…………析が…………のだ……』

鳥の傍らに転がるドクロ模様のバッチから何やら話し声が聞こえた。
それはどうやら、通信機の様である。
あの鳥が監視役だったのだろう、異常があればすぐさま知らせられるよう通信がONになっていたようだ。

そこから聞こえる声は三種。低い声の男と若い女、そして甲高い子供の声だ。
監視役がいたという事はこの施設にこの声の主はいるという事だろう。
セスペェリアは心中でほくそ笑む。
巧く行けば三人食える。それだけ食えば失われた体液の補充もできるだろう。

漏れ聞こえる会話内容に変化はない。
期せず巧く監視の目を潰したことによりセスペェリアの存在はまだ気付かれていないようである。

だが、それはおかしい。
地下実験場の監視の網は二つある。
上空からの監視から逃れられたとしても、亜理子の手元には首輪探知機があるはずだ。
参加者の接近があれば、これが反応を示すはずである、
その監視から逃れられたのは何故か?

その答えは簡単だった。
セスペェリアはゲーム開始直後に首輪の情報を得た時点で首輪など当の昔に解除している。

ミルが推察した通り、首輪探知機は爆弾の機能を探知している。
その機能が停止した以上、探知網には引っかからない。

液体生物であるセスペェリアならば首の内側からの強力で精密な動作など実に容易い。
ミルの上げた首輪解除に必要な要綱を簡単に満たせた。
簡単すぎて罠か何かではないかと警戒したほどである。
そのため天敵である爆弾の機能は完全停止させたが、首輪の残骸は念のため保有している。
もっとも、首輪解除に最も適した能力を持つセスペェリアに首輪のデータ回収を命じた時点でワールドオーダーの想定内なのだろうが。

解除した後も、同行する刻に不審に思われないために衣服などと同じく形だけは再現したが、もはやそれも必要なかろう。
首輪のない少女はぬるりとした一本の触手へと変化すると、排水口へと身を滑らせる。

誰にも気が付かれぬまま、侵略者<インベーダー>は静かに侵略を開始した。

【E-10 地下実験場・休憩室/午後】
剣神龍次郎
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:首輪の解析を行わせる。
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~4、不死殺しの爆弾、データチップ(?)×2
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました
初山実花子の首輪、ディウスの首輪、ミリアの首輪、月白氷の首輪を解体しました

音ノ宮・亜理子
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、レミントンM870(3/6)、12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、引き寄せ棒
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。
※魔力封印魔法を習得しました

【E-10 地下実験場・配水管内/午後】
【セスペェリア】
[状態]:体積(40%)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、ランダムアイテム0~4、アイスピック、悪党商会メンバーバッチ(3番)、セスペェリアの首輪
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
0:体液の補充を行う
1:次の調査対象を探す
2:ワールドオーダーと話をする
※この殺し合いの二人目のジョーカーです
※小学生の様な大きさです

124.第八次世界大戦を越えて 投下順で読む 126.A bargain's a bargain.
時系列順で読む
名探偵、皆を集めてさてと言い 剣神龍次郎 Role
ミル
音ノ宮・亜理子
愛のバクダン セスペェリア

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年04月18日 12:24