子供の頃から退屈という物が我慢ならない性質で、変わり映えのしない日々が大嫌だった。
じっとしていると体の内側で泥水のようなモノが澱み、どうしようもなく暴れたくなる。
その性質故か、騒がしさや賑やかさが好きで、特に祭りの雰囲気が好きだった。
祭りと聞いては喜び駆け付けて、りんご飴を片手に屋台を冷やかしまわったものだ。
ただそれが賑やかであればあるほど、祭りの終わりの侘しさは強くなる。
それが嫌いで、未練がましく最後まで残って祭りが終わる様をいつまでも見ていた。
退屈は嫌いだ。侘しさも静けさも嫌になる。
だから退屈を埋めるためなら、何でもした。
数えきれないほど危ない橋も渡ったし、中学に入る前には大抵の火遊びはやり尽くしていた。
そんな手の付けられない問題児に、親も教師もそろって匙を投げたのは当然のことと言える。
何故そんな風になってしまったのかと、嘆くように女親が問う。
だがそれはむしろ、こちらが聞きたい疑問だった。
他の人間は、どうしてそんな退屈な生き方が出来るのか。
どうやってこんな溺死しそうな息苦しさに耐えていられるのか、甚だ疑問で仕方ない。
刺激のない人生なんて死んでるのと同じだ。
そうじゃなければ生きている意味がない。
変わり続けなければ生きていく価値がない。
そういう物だろ?
大人たちに見切りをつけられた俺は彼らに見切りをつけて一人で生きてゆく事にした。
その決断をしたのはまだ中学に入る前の頃だったが、その行動になんの未練も躊躇もなかった。
一人で生きていく事よりも、別の生き物みたいに価値観が違う連中と足並みに揃えて生きていく方がよっぽど難しかった。
金と住居は金を持ってそうなオッサンどもを適当に見繕って貢がせた。
そいつらはこっちの性別は知ってるくせに女装して尻を振ってやれば喜んで金を落とすような変態どもで。
そう言う『いい趣味』をした連中は世の中には少なくなく、独自のネットワークも持っているため、そいつらを辿って食いつないでゆけば生きていくだけならば簡単な事だった。
だけど飯を食わなきゃ生きていけないように、刺激がなければ生きていけない。息ができなくなる。
その時点で出来る大抵の事はやり尽くしてた後だったし、何か新しい刺激を追求していた。
脳がしびれるような刺激が得られるんなら、仕事でもゲームでもスポーツでもボランティアでもドラッグでもセックスでも善行でも悪行でもそれこそ恋愛でも、何でもよかった。
それが結果として闘争という結論に落ち着いたのは、それが一番ギリギリだからである。
一歩間違えば死がそこにある、そのスリルがどうしようもなく心を惹きつけた。
そういう意味では登山なんかでもよかったのかもしないし、その方がよっぽど健全だったかもしないけれど、そこは現代の若者らしく手っ取り早くインスタントに。
その辺の誰かに喧嘩を売れば味わえるお手軽さがたまらない。
強い奴には悪人が多いのか、悪人には強い奴が多いのかは知らないけれど、自然と狩りの標的は悪人ばかりになっていた。
それを何を勘違いしたのか、ヒーローなんかから勧誘されたこともあった。
正義の味方なんかに興味はないし、正義という響きには虫酸が走るが、ヴィランどもと優先的に戦えるという特典は正直魅力的だった。
それに一言にヒーローと言っても、その辺の正義感とかが緩い奴もいるらしく、気の合うようなどうしようもない同類とも出会えた。
そう言うやつがいなければ協力者としても手を貸すことはなかっただろう。
そこからの日々はそれなりに面白おかしくやっていったと思う。
けれど、どれだけ楽しかろうと同じことを続けていればいつかは飽きる。
なにせ俺は最悪なほどに飽きやすい。
愉しみ続けるためには、より強い刺激を追い求め続けるしかない。
前倒した相手よりも強い相手を。
今倒した相手よりも強い相手を。
ステージは自然と上がってゆき、相手はチンピラからヤクザへ、ヤクザからヒットマンへ。
より多くを求めるのならば足はアンダーグラウンドな世界に踏み入ってゆくしかない。
闇に生きる殺し屋たち、人から外れた妖魔の類、裏の世界の怪人ども。
様々な奴らを相手取って、奥へ奥へ、闇の深い奥底へ沈むように堕ちてゆく。
そして、泥ついたヘドロの深海の奥底で聳え立つ山脈より高い頂点に出会った。
裏の世界における最強。
彼との戦いは最高にギリッギリで、退屈なんて感じる暇がない程の充実した時間だった。
だが、結果は惨敗。
奴の相手をするにはまだこちらの力が足りなかった。
その力の差故に見逃されたと言うのもあるだろうが、それではだめだ。
極上のスリルを味わうためには、自らもより高い相応のステージに上ってゆく必要があった。
奴と同じステージに立つことが出来れば、より最高な絶頂を味わう事が出来るはずだ。
より強い奴と、より楽しく殴り合い、より可笑しく殺し合いを。
そのために強さを求め。
そのために強くなった。
そのためにこの殺し合いだって生き残って見せる。
■
放送を聞いたりんご飴は、可愛い可愛いりんご飴ちゃんの足を潰してくれたあの魔王と吸血鬼の二人がどうなったのかを確認しようと思ったが。
よく考えればりんご飴はあの二人の名前を知らない事に今更ながらに気づいた。
だがまあ、あれほどの強さを持った奴等がそう簡単に死ぬわけがないだろう。
嘗められっぱなしは好きじゃないので、いずれ殺すとして。
差し当たっては『ハッスル☆回復錠剤』の副作用で6時間以内に一人、12時間以内に三人殺害しなければならない。
薬の使用から三時間近く経過した今現在で、既に二人殺しているが、ノルマ達成までにはあと一人殺さなくてはならない。
まだ時間的に余裕はあるが、こういう縛りは早めにクリアしておくに限る。
ヒーローの協力者なんてものをやっているもののりんご飴は正義の味方ではない
次に出会うであろう顔も知らない誰かを自分の為に殺す事に迷いはない。
通りすがりの誰かに喧嘩を売るなんてことはこれまで散々やってきたことだ。
売られた方はたまったモノではないだろうが、弱者が強者の食い物になる。それが世の摂理である。
恨むのならば、出会ってしまった不運を恨むべきだろう。
まあ、出会ったのが
火輪珠美みたいな知り合いだった場合はその時はその時である。
戦うかどうかはその時の気分で考えるとしよう。
しばらく進んで誰も出会わぬまま山道に差し掛かったところで。
山頂から下る獣道からスラリとした妙齢の女性が現れた。
知らない女だ。
なら躊躇う理由はない。
「よぅ。殺し合おうぜ、おねーさん」
言うが早いか、りんご飴は出会い頭に鍵爪で相手の喉笛を切り裂いた。
■
あの惚れ薬を飲んでからずっと、ただ流されるだけの人生だった。
抗おうにもその流れは洪水の様に激しく、逆らうのは困難である。
自分では決してその濁流には抗えないと理解しながら、それでも抗えたならばどれだけいいかと想像してまう。
だから、何があろうと決して揺るがぬ鉄杭のような強さに憧れていた。
そんなものは存在しないと、達観したように諦められたのなら、幾分は生きやすかったのかもしれない。
けれど、そんな存在が実在する事を錬次郎は知っている。
強さの象徴ともいえる存在を、その目で確かに見たのだから。
あれは中学の頃だった。
惚れ薬の影響で多くの心的外傷を受け、散々懲りて反省と対策を取り始めた頃。
徹底的に女性を避ける生活を送る事により、僅かばかりだが生活は平穏を取り戻していた。
小学校から中学校へと環境を変えたと言う点も大きいのだろう。
欲望丸出しの女たちから獲り合われ、嫉妬に駆られた男たちからは忌み嫌われていた、そんな過去を知らない同性の友人も少ないながらにできた。
それも同性愛者と勘違いされていただけという事が判明して、すぐに壊れてしまったけれど。
それでも暴力的な事件は少なくなっていたと思う。
だがしかし、それでも完全にノントラブルとはいかなかった。
人間社会で生活する以上、人類の半数を占める種を完全に避けて通るなんてことは現実的に不可能なことである。
クラスメイトは元より、買い物をする店の店員、道すがらすれ違う相手。
人それぞれ耐性はあるようだけれど、それだけで錬次郎に惚れるちょろイン体質な女も多く存在していた。
それらから全力で逃げた所で、相手が勝手に盛り上がって錬次郎の見えない所で凶行に走るなんてことも少なからずあった。
そして当然のように、そのとばっちりは錬次郎の元へとやってくるのである。
恋愛感情なんて厄介の種を撒き散らすだけの害悪である。
善し悪しはなく等しく悪だが、大小という意味では区別はあった。
中には大きな厄事を運んでくる、そんな地雷女は往々にして存在するのだ。
その日咲いた災厄の種は、そんな巨大な種だった。
錬次郎は、県境にある河川敷で厳つい連中に取り囲まれ因縁を付けられた。
今回は何でも彼の惚れている女が逃げ回る錬次郎に悲観して自殺未遂をしたとか、そんな理由だった気がする。
そこから妙な嫉妬と義憤に駆られた男どもに殴られるという所まで含めて、ここまでならいつもの事だ。
もうこんなことは数えきれないほど繰り返してきた。取り立てるほどの事でもない。
ただ今回運が悪かったのが、因縁をつけてきた相手がそれなりに大きな暴走族の総長だったという事である。
加えて、この総長が卑怯な手段を好まず男気溢れる漢というフィクションにあるステレオタイプの不良像ではなく。
女を惹きつける以外に何のとりえもない中坊相手に、全力で兵隊駆り出し容赦なくリンチしようというネジの跳んだ輩だったという事だ。
さすがにこれだけの人数に取り囲まれたのは錬次郎にとっても初めての経験である。
彼を取り囲む奴等は誰も彼もが、社会から見放された、暴力を絶対と信じた不適合者ばかりだ。
加減など言葉すら知らないようなこんな奴等にリンチされれば、もしかしたら死ぬかもしれない。
なんて、どこか他人事のように考えていた。
錬次郎の中に余り恐怖のような感情はなかった。
こんな状況に慣れてしまった、というのもあるだろうけれど。
ちょうど信じていた友人たちに裏切られた時期と重なったというのもあるだろう。
惚れ薬に振り回されるだけのこんな人生が終わるならそれもいいという諦めが心の奥底にあったのかもしれない。
「あんだぁああ、テメェその態度は、嘗めてんのかおらぁ!」
だが、怯えるでもなく妙に落ち着いているその態度が気に障ったのか、白い特攻服を着たリーゼントが怒鳴りを上げ錬次郎を蹴り飛ばした。
躱すこともできず鳩尾に直撃を受けた錬次郎は吹き飛ばされ地面に転がり地を舐める。
地面に蹲る錬次郎に抵抗するなどという選択肢はなく、ただこのまま嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。
通常であればそれで終わる、だが、ネジの外れた奴らのここで終わるはずもなく、リンチはここからが本番である。
「――――ぁんだよ、つまんねぇな」
だが、その前に橋の上から声が響いた。
決して大きい声ではなかったが、その場にいた全員が何かに惹きつけれるように橋の上へと視線を向ける。
錬次郎も、伏せていた顔を上げて空を見た。
そこにいたのは橋の淵に腰かける背丈の小さな少年だった。
そのサイズから一瞬小学生かと思ったが、見ればその服装は着崩しているものの学校の制服の様である。
たしか隣の県にある桜花中学の制服だったように思う。
「あ゙んだぁぁぁテメェは!? 見せモンじゃねぇんだよ、関係ねぇ奴はすっこんでろ! 殺されてぇえか!!?」
制裁に水を差されたのが余程癪に障ったのか、錬次郎に因縁をつけていた総長が橋の上の少年目がけて吠えた。
見ている錬次郎ですら竦んでしまいそうな恫喝ではあったが、その声を受けた張本人である少年は全く動じていなかった。
どころか、そもそも聞いていないような態度でつまらなさそうに息を吐く。
「…………下んねぇ」
そう言うと、少年は座った体制のまま倒れ込み、投身自殺でもするように橋の上から落下した。
落下する少年は空中でクルリと縦回転を決めると、人垣でできた輪の中心、つまり錬次郎の目の前に何事もなかったかのように両の足で着地する。
錬次郎の日常では彼の気を引くべく空から美少女が降ってくることはよくあることだが(そのまま地面にグシャリだけれど)空からヤンキーが降ってきたのは初めての事である。
驚いているのは錬次郎だけではないらしく、あれ程粋がっていた連中も突然現れた謎の少年に完全に言葉を失っていた。
「ったくよぅ。こんだけ兵隊集めて囲んでっから、どんな強ぇえ奴相手にしてんのかと思ったら、ただの弱い者いじめかよ。
強ぇえ奴なら俺が相手してもらおうと思ってたのに、これじゃまるっきり時間を無駄ねぇか、どうしてくれんだ、あ゙ぁ゙ん?」
聞いている錬次郎でも分るほどの全く持って理不尽な言葉を放ちながら、この状況に自ら飛び込んできた少年は目を見開き周囲に凄んだ。
息が詰まる。その小さな体のどこからそんな圧力が出ているのか、その威圧感は先ほどの総長の非ではない。
「……総長、こ、こいつアレですよ、最近噂の………」
少年の正体に心当たりがあったのか。
人壁を構成する暴走族の一人が少年を指さし震える声で言った。
「――――桜中の悪魔」
ざわめきが広がるのが錬次郎にも分かった。
人付き合いの少ない錬次郎は聞いたことがなかったが、界隈では有名なのかもしれない。
その名にどれほどの意味があったのか。
恐怖に震える物まで現れる始末だ。
恐怖に駆られた人は、冷静な判断力を失う。
気が動転した一人の男が目の前の恐怖を払拭すべく、持っていたバールのようなものを振り上げ、後方から少年の頭部を打った。
完全に不意を打たれたのか、頭蓋を叩く鈍い音が響き、直撃を受けた少年の体がぐらついた。
だが、少年は倒れることなく、足で地面を掴むようにしてその場に踏みとどまる。
割られた頭からドロリと赤い血が溢れだし、少年の顔面を赤く染めた。
そして、はっ、とどこか嬉しげに息を吐いて悪魔は血塗れで笑う。
同時にバールのようなものを持っていた男の体が吹き飛んだ。
この時錬次郎は初めて暴虐という物を見た。
錬次郎は暴力は嫌いだ。
それは常にその被害に晒される立場だったからである。
だが、その光景を見ていたとき、確かに彼の心は震えたのだ。
目の前で振るわれているこれが暴力だと言うのなら、これまで己が受けていた物は児戯に等しい。
何事においても全てを圧倒する存在という物を見たとき、人は否応なしに胸を高鳴らせてしまう。
その高鳴りに、他ならぬ錬次郎が戸惑った。
強さに憧れるなどという、まっとうな男としての感覚が自分に残っていた事に驚く。
まるでヒーローショーに目を輝かせる子供のように、錬次郎はその光景を見続けた。
そして戦いは終わった。
本当に錬次郎を助けようとした訳ではなかったのだろう。
一つの暴走族を壊滅に追いやった少年は、戦いが終わると錬次郎を見向きもせずその場を立ち去ろうと踵を返した。
「…………ま、待って!」
思わず、立ち去ろうとする少年を思わず引き留めていた。
「あ?」
まさか引き止められるとは思っていなかったのか、足を止めた少年は怪訝そうに視線だけで振り返った。
このまま行かせてしまえば二度と会えないかもしれない。
そう思ったらいつの間にか引き留めていた。
だが、引き留めたはいいが、何か考えがあった訳ではない。
このまま黙っていたら、立ち去ってしまう。
錬次郎は必死に質問を絞り出す。
「どうやったら…………君みたいに強くなれるんですか?」
そんな問いに少年は「強い?」と煩わしそうに小さく反復した後。
「……お前には、そう言う風に見えるのか」
錬次郎の質問に答えるでもなく、呟きのようにそう言って悪魔と呼ばれた少年は今度こそ振り返らず、その場を後にした。
その言葉が熱烈だった圧倒的な暴力よりも、どしてか記憶に焼きついた。
彼は覚えてもいないだろうけれど。
彼が忘れても錬次郎は覚えている。
その強さを、憧れを、錬次郎は覚えている。
どう見ても彼は強かった。
暴走僕を一人で壊滅できる暴力が強くなくて何なのか。
しかし彼は自分をそう思っていないように見えた。
彼の捉える強さと、錬次郎の言う強さは違うのか。
だとしたら、強さとは何なのか。
考える。
もし惚れ薬を飲んだのが錬次郎ではなく彼だったら、こんな事にはなっていないだろう。
仮に彼にあの圧倒的な暴力がなかったとしたらどうか。
それでも結果は違ったかもしれない。
分からない。
分かるのは錬次郎は弱く、何も現実を変えられないという事だけ。
弱者は全てを諦めて生きるしかないのだと、どうしようもない残酷な事実だけだった。
■
喜び勇んで喧嘩を売りに行ったりんご飴であったのだが、今現在どういう訳か戦うでもなく逃げるように走っていた。
身に纏っていたセーラー服は所々が焦げ落ちるように欠けて、もはやただの布きれといった風である。
それは服だけが溶ける液体を浴びせられた、という訳ではなく。
腕を振るだけで散弾のように強酸の飛沫を飛ばしてくる相手の攻撃を紙一重で躱し続けた結果こうなったと言うだけだ。
防弾仕様の特殊セーラー服ではあるのだが、防酸仕様ではなかったようである。
その背後を追って迫りくるのは、宇宙からの侵略者
セスペェリア。
この舞台に切られたジョーカーの一枚である。
とは言え、彼女に殺し合いの進行のために積極的に動く義理も義務もないのだが、襲ってきた相手を笑って許してやるほど優しくもない。
襲ってきたのは別段興味をそそられる素体ではなさそうだった事もあり、スペェリアはりんご飴を殺す事になんの躊躇いも抱かなかった。
ボロボロの服でスペェリアに背を追われるりんご飴の様は敗走しているようにも見えるが、彼の名誉のために言っておくが、決してそう言う訳ではない。
勝敗はまだついてはいない。勝負は未だ継続中である。
走り抜けるりんご飴は森林に差し掛かったところでスライディングの様に低く地面を滑った。
りんご飴は逃げていたのではなく、事前に仕込んだワイヤートラップへと敵を誘導していたのだ。
木々の間に張り巡らされたワイヤーは光の加減で巧みに隠され、見事りんご飴の狙い通りに獲物は網にかかった。
駆け抜ける速度で踏み込めば八つ裂きにもなりかねないだろう。
だが、セスペェリアは何事もなかったように踏み込み、ワイヤーの檻をそれこそ幽霊のようにすり抜けた。
「ちっ! このっ、だったらぁ!」
舌を打ちながらりんご飴はディパックに腕を突っ込みその中にあるグランバラスの柄を掴む。
狙うは抜刀ならぬ抜斧。
ワイヤーを抜けてきた相手に、振り向きざま腕を振り抜いた。
しかしグランバラスの超重量を腕だけで振るうなど本来の持ち主である
ガルバインですら不可能な事だ。
これを実現するために、ディパックの中に収めた道具の重量と質量を無視する不可思議な特性を利用する。
道具が表に出るまではその重量は無視される。
取り出すまでの一瞬の間に加速と勢いを稼ぎ、通常ではありえぬ超重量の超神速を実現させる。
振り抜かれた巨斧は、後方のワイヤーごとセスペェリアの体を一刀両断に切り裂いた。
いかに軟体であろうとも、完全に切り離されてしまえばどうしようもないはずだ。
だが、その予測も虚しく、上下に泣き別れた体は動きを止めず、ほぼ同時に渦を巻きながら水槍を突き放つ。
振り抜いた巨斧の慣性に振り回されるりんご飴はこれを躱せない。
ならばと、りんご飴は斧を止めるのではなくむしろ加速させ、もう半回転して地面に斧を叩きつけた。
そして巨大な刃の腹を盾にして水槍を防ぐ。
斧の側面に水槍がぶち当たり飛沫となって周囲に飛んだ。
何とか防げた事に息をつく暇もなく、周囲に飛び散った飛沫がまるで意思を持っているかのように蠢いた。
目ざとくこの動きを見逃さなかったりんご飴は、とっさの判断で重しにしかならないグランバラスを手放し、後方へと飛び退く。
同時にそれまでりんご飴がいた位置に幾重もの水の矢が雨の様に降り注いだ。
「くそ、何なんだ、こいつは!」
軟体、などと言う次元ではない。
ヒーロー、ボンバーガールのバディとして幾多の怪人、改造人間を相手取ってきたが、こんな相手は初めてだ。
動物などの実在生物を元にした第一世代。
神や幻想種などの非実在生物を元にした第二世代。
偉大なる者をモチーフとした最新の第三世代。
ブレイカーズにおける改造人間の分類、そのどれにも当てはまらない。
怪人や改造人間は人をベースにしている以上、ここまでの無茶は効かないはずである。
ここまで来ると、もはや『人』ですらない。
妖怪の類かと思ったが、その手の話に詳しい輩に茶飲み話で聞いた限りでは、こんな妖しの話は聞いた事がない。
完全液体生物。
出会い頭に首を切り裂いた時もそうだが。
切ろうが裂こうが分断しようがまるで手ごたえがない。
どうにも噛みあわない。
こういう手合いはストレスがたまる。
純然たる実力差こそあったものの、手ごたえのあった魔王の方がまだましだ。
あっちの方が楽しめた。
「彼方、弱いわね」
イラついているりんご飴の様子を嘲笑うかのように分断された体を結合したセスペェリアが言う。
勇んで挑んできたかと思えば、無様に逃げ回り弄するのは小細工ばかり。
単純な身のこなしも黒衣の男に遠く及ばない。
そうそう評価を下すのは仕方ないだろう。
だが、りんご飴は強さを求めてきたはずだ。
彼が弱いままで終わるはずがない。
「慌てるなよ水BBA。お楽しみはここからだ。りんご飴ちゃんの真骨頂を見せてやんよ」
遭遇戦が主であるこの戦場ではそのスタイルは生かしづらいが、りんご飴は基本的に徹底的に敵を調べ弱点を付く戦闘スタイルである。
これまでは相手の情報を収集するため、いわば戦闘の下準備をしていたに過ぎない。
無様に逃げ回っているように見えたところで恥や外聞などには拘らない。
そんなものに拘る人間なら、こんな生き方はしていない。
セスペェリアに対しては物理攻撃、特に斬撃は効果が薄い。
この手の生物の倒し方として核となる部分を見つけ出して破壊するというのが定石だろうが。
どうにもりんご飴の観察眼をもってしてもそういう物は見当たらなかった。
核があるのなら、先ほど両断した時に核のある方と無い方で動きに違いがあるはずである。
だが、上半身と下半身の動きは全くの等価。言うなれば全てが本体だった。
そうなると、取れる手段は一つ。
圧倒的に完膚なきまでに跡形もなく磨り潰す。
「例えば、爆破で消し飛ばす、なんてのはどうだ?」
そう言って、荷物から取り出したM24型柄付手榴弾をセスペェリアの足元へと投げつけた。
侵略の先兵たる彼女には地球の兵器の知識が粗方インプットされている。
それがなんであるかを瞬時に判断したセスペェリアは、咄嗟に手榴弾を踏みつけ自らの中に取り込むと、火薬に水分をしみこませ起爆を不発に終わらせた。
攻撃が不発に終わったりんご飴であったが、確信したように口を吊り上げニィと笑った。
なにせ、これまで攻撃を躱そうともしなかった相手が、手榴弾の爆破は事前に消し止めたのだ。
それはつまり、爆破は有効だと言っているようなものだ。
それを理解して、りんご飴はひょいと軽い調子で手持ちにある最後の手榴弾を惜しげもなく放り投げた。
今度は相手の足元に落とすのではなく、自分と相手の調度中間辺りにで爆発するよう調節して。
流石のセスペェリアも、距離が離れていては咄嗟に爆破を止める事は不可能である。
だが、同時にこの距離では有効打にはならない。精々爆風に怯む程度だ。
そしてその程度で十分だった。
爆発はただ目晦まし。
相手も弱点ともなれば決して無視できない。
爆破に注意を引いている間にりんご飴は人間大のマネキンを担ぐように盾にながら爆炎を凌いで、セスペェリアの懐へと入り込んだ。
その片腕にはバチィと乾いた音を響かせるスタンガンが。
相手が液体だと言うのならば電撃は弱点のはずである。
接近したりんご飴は盾にしていた形状記憶マネキンを放り投げると、電力を最大にした改造スタンガンをセスペェリアへと押し当てた。
液体を電撃が駆け抜ける。
「…………な、に?」
だが、電撃は通らなかった。
セスペェリアが咄嗟に体成分を作り変えたのだ。
水が電気を通すのはその成分にイオンが含まれているからである。
故に、不純物を含まない純水は電気を通さない
純水の生成など液体生物であるセスペェリアには容易い。
虎の子の手榴弾を使用した攻撃は失敗に終わり、セスペェリアの反撃が始まる。
襲撃が失敗した以上、懐に入り込んだりんご飴は餌食となるしかない。
アメーバが花開く様にりんご飴へと襲い掛かった。
「くぁああああ!!」
全身を酸の海に晒され叫びを上げてゴロゴロと転がるようにしてりんご飴は逃げ惑う。
その無様を見送るセスペェリア。
とどめを刺すべく、追撃の水槍を放とうとした所て、ふと気付いた。
逃げ惑うように転がり回るりんご飴の口元が勝利を確信したように吊り上がっていることに。
同時に足元に転がる焼けこげたマネキンに一本のナイフが突き立てられていることに気づく。
それは美しく光り輝く、クリスタルの様な透明なナイフだった。
そのセスペェリアの気づきに、りんご飴はもう取り繕う必要がない事を察して、俯きながら嗤って言った。
「―――――――どっか~ん」
瞬間。ナイフが爆発した。
■
武器製造を生業とする悪党商会では、幹部クラスの面々には特別にカスタマイズされた専用武器が用意される。
社長である森茂に『三種の神器』がある様に、開発部部長の
半田主水には『スレッジハンマー』があり。
悪党商会情報部部長、
近藤・ジョーイ・恵理子にも、専用武器『クリスタルジャック』がある。
ゴールデン・ジョイの放つ太陽光を蓄積して解放するという特殊デバイスである。
普通に使用する分にはただ切れ味の悪いナイフでしかないが。
その特性の応用性は高く、太陽光のみならず受けたエネルギーを吸収することができ、無論これも任意のタイミングで解放することが可能である。
りんご飴は爆風の盾となったマネキンにこれを刺す事により、爆発のエネルギーを吸収させ解き放ったのだ。
爆炎に巻き込まれたセスペェリアの体は爆発四散し、周囲一帯に飛び散った。
肉のないセスペェリアの体の痕跡は周囲に水たまりを幾つか作る。
だが、その状態になってもセスペェリアは生きていた。
地球外生命体であるセスペェリアは、生命体としての在り方が根本から違う。
人間で言うならば全細胞がそれぞれが生きているようなものだ。
全てに差はなく、全てが等価で、全てが彼女だ。
彼女を殺すには、10億2400万の細胞を例外なくすべて消滅させるしかない。
そうじゃなければ、死んだ細胞を破棄して、生きた細胞のみで再構築を行うだけである。
とは言え、今の爆破で細胞の60%が死亡してしまった
この体積では人間体に戻ったところで子供程度の大きさにしかなれないだろう。
出来ることも制限がつく。
まったく厄介な事をしてくれた。
りんご飴。
弱いという評価は変わらないが脅威判定を更新する。
何をしてくる変わらない侮れなさがある。
相手がまだ爆薬を持っている可能性もあるし、何を隠し持っているのか分からない以上ここは引くのが正解だろう。
セスペェリアはりんご飴に気づかれぬよう、生きている細胞を再集結させる。
だが、一カ所だけ、りんご飴のちょうど背後に飛び散った少量のセスペェリアだけは回収せずその場に残した。
りんご飴はセスペェリアの生存に気づいていない。
最後にあいさつ代わりのお礼だけはしておくとしよう。
■
強さとは何か。
自らの弱さに嫌気がさしていた錬次郎はその問いについて、いつも考え続けていた。
そして、いつしか自分なりの答えにたどり着いた。
強さとは腕力や、まして権力ではない。
強さとは自らの意思を貫き通す力である。
例え世界一の腕力を持った人間であろうとも、自らの望みを叶えられないのならばそれは弱者であり。
ささやかでも自ら望んだ生き方を貫き通しいているのならば、それは強さだ。
そういう意味では、流され続けた錬次郎は、どうしようもない弱者である。
だからこそ、自らの中に初めて湧いたこの意思は。
彼女に抱いたこの恋だけは貫き通したいと願った。
走る。
愛に向かって錬次郎は走る。
走り抜けた道の果てで少女の、りんご飴の姿が見えた。
追いついた。
追いつくことができた。
その喜びに胸が満たされる。
何と声をかけよう。
今度こそ嫌われないようにしなくては。
そんな当たり前の男子のような甘酸っぱい思いが頭をよぎる。
その悩みも錬次郎には嬉しかった。
「あの――――――――」
声をかけようとしたところで、少女の背後で何かが太陽の光に反射して輝くのが見えた。
視れば、針の様に研ぎ澄まされた一本の水の槍が、少女を狙って蠢いていた。
「――――危ない!」
その軌道に割り込むように飛び出す。
レーザーの様な水流が投げ出した臓腑を抉った。
■
背後を振り向いたりんご飴が見たのは、水槍に貫かれる錬次郎の姿だった。
水槍の正体など考えるまでもない。
「なっ!? テメェ、生きて」
りんご飴が辺りを見渡し見つけた時には、既にセスペェリアの体は遠く離れていた。
小学生ほどの体格になっていたが間違いない。
恐らく、錬次郎を貫いた一部だけがここに残っていたのだろう。
「ちっ!」
これだけ離れていては追跡は困難だろう。
りんご飴は舌を打つと、気を取り直し自らを庇って倒れこんだ錬次郎へと向き直る。
「よう。錬次郎、元気かい」
この呼び声に応えるように、錬次郎は痛みで歪む顔を緩ませ力なく笑った。
「…………よかった、無事だったんだね」
自分の傷よりも助けられたことがうれしいと言った様子である。
そんな錬次郎をりんご飴は怪訝な目で見つめる。
それもそうだろう、りんご飴からすれば錬次郎は叩きのめして荷物を奪った相手だ。
恨まれる理由はあっても心配される理由も助けられる理由もない。
「ま、一応礼は言っとくぜ。助けられた借りは返す」
そう言ってりんご飴は荷物から二つの薬を取り出した。
「自分は助かるが他人を三人ほど殺さなくっちゃならない薬と、化け物になっちまう代わりに効果は絶大って薬がある。
まあお前の荷物からいただいたものだから知ってるか。選ばせてやるよ、どっちがいい?」
選択を迫る。他者を犠牲にするのか、自己犠牲か。
この普通の少年がどちらを選ぶのか少しだけ興味があった。
「いや…………僕よりも、まず君の怪我に使ってくれ…………」
「あん?」
そう言えば、懐に忍び込んだ際に酸の海を浴びた時に受けた傷があった。
確かに多少痛むが、致命傷と言うほどのものはない。
「この程度、大した傷じゃあねぇよ。
それに俺ぁもう三人殺さなきゃならねぇ薬の方を使っちまってるからな
これは一度きりしか効かない薬だって話だ、使いようがねぇよ」
そう、とそのりんご飴の言葉を聞いて、錬次郎は何かを考えるように仰向けのまま空を見た。
「それで、どっちを選ぶんだ錬次郎」
りんご飴の問い。
その問いに。
「…………だったら、だったら僕は…………君の為に死にたい」
「――――――――――」
その答えに、りんご飴が言葉を呑んだ。
三人殺さくちゃ死んでしまうりんご飴のために、この命を使いたいと言っていた。
これ以上ない程熱烈な愛の告白だった。
そう言えば、最初に会った時もそんな事を言っていたかと、嘘と切って捨てた愛の言葉を思い出す。
「いいね、今のは少しグッと来たぜ」
そう言って、りんご飴は錬次郎の唇に自らの唇を重ねた。
性別にこだわる性質でもない、ドキドキさせてくれるやつは大好きだ。
情熱的なキスは名残惜し気な糸を残して離れた。
「お前の望み叶えてやるよ」
そう言って、りんご飴はサバイバルナイフを取り出す。
成立を望まず、愛されることを恐れる錬次郎の恋愛観が成就するには愛に準じて死ぬしかない。
他人の愛だの恋だのに振り回さる人生だった。
ならばせめて、最期くらいは自分の愛に殺されたい。
流されるだけの人生だったけれど、この愛だけは貫き通す事が出来た。
それが、少しだけ誇らしく思えた。
【三条谷錬次郎 死亡】
【E-9 草原/日中】
【りんご飴】
[状態]:疲労(中)、全身に火傷
[装備]:クリスタルジャック、ただの布きれ
[道具]:基本支給品一式×3、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン、お便り箱、デジタルカメラ、ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス、ハッスル回復錠剤(残り2錠)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが
主催者は殺す
1:
ディウスと
空谷葵を殺す
2:参加者の
ワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
【クリスタルジャック】
悪党商会幹部、近藤・ジョーイ・恵理子の専用武器。
エネルギーを蓄積して解放することができる特殊デバイス。
見た目はクリスタルで出来た透明なナイフだが、ナイフとしての切れ味は悪い。
【E-9 草原/日中】
【セスペェリア】
[状態]:体積(40%)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、ランダムアイテム0~4、アイスピック
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:次の調査対象を探す
2:ワールドオーダーと話をする
※この殺し合いの二人目のジョーカーです
※小学生の様な大きさです
最終更新:2016年10月04日 01:28