◆
――こいつは、何だ?
“彼女”を初めて直に目にしたとき。
“彼女”の収監役を担わされたとき。
あるアビスの職員は、そう思ったという。
国際刑務所への到着までの間、目隠しや被り物によって囚人の視界を塞ぐことがある。
囚人を輸送する際、“万が一”の視認を妨げるための措置だ。
物理的な拘束、超力による監視や認識阻害、薬物による意識の昏睡など――。
罪人達は二重三重にも及ぶ厳重な措置によって、抵抗も認識も許さずに“地の果て”へと運ばれる。
中でも無期懲役を超える凶悪犯罪者の護送に関しては、更に徹底した拘束と秘匿が施されるのだ。
四肢は愚か、時に五感による認識さえも決して許されない罪人も存在する。
“目隠しによる資格遮断”というひどく原始的な手法もまた、その一環だった。
だからこそ、“彼女”がアビスへと到着して。
顔を覆い隠す“被り物”が取り剥がされたとき。
あるアビスの職員は、戦慄すら覚えた。
ひどく、澄んだ目をしていた。
ひどく、純粋な瞳をしていた。
ひどく、芯の通った眼差しだった。
“フランスの聖女”。“欧州の若き騎士”。
“焔の英傑”。“現代のジャンク・ダルク”。
“彼女”を評する言葉は、数多存在した。
多くの悪を討ち払い、人々から讃えられていた“彼女”は、今や憎悪と忌避を向けられる“魔女”だった。
裏の世界を知る者なら、彼女が行方を晦ましていた“2年もの空白”についてすぐに見当がつく。
例の犯罪組織の逆鱗に触れ、その身を囚われて、凌辱の限りでも尽くされていたのだろう――と。
それまでの経歴に対して不自然なまでの罪状の数々も、あの犯罪組織による何らかの根回しがあったのだろう。
あるアビスの職員も、そのことを容易に察することが出来た。
彼もまた、数多の凶悪犯を管理する“掃き溜め”に務める身なのだから。
だからこそ。
だからこそ、だった。
“彼女”を襲った試練。惨劇。顛末。
その数々を悟ることが出来たからこそ。
あるアビスの職員は、“彼女”が今なお瞳に焔を宿していたことに恐怖した。
――なんで、そんな眼をしていられるんだ?
あれは、“正義の眼”だった。
あれは、“希望の眼差し”だった。
汚され、涜され、澱みを湛えながら。
それでも一欠片の光を信じ続けている。
まるで、本物の聖女のようだった。
ただの、哀れな少女に過ぎないのに。
囚人番号、666-XXXX13-XXX番。
ジャンヌ・ストラスブール。
◆
月夜の下、河川を跨ぐ鉄橋の上。
そこは、北東の廃墟へと向かう道筋の途中。
一人の男が、静寂の中で佇んでいた。
その左手には、葉巻を握っている。
収監中に刑務官からの“横流し”によって得た、彼の私物だった。
紺色の空が沈黙し、世界を見下ろす。
星々の闇を、男は睨むように無言で見据える。
その口から、灰色の煙を吐き出した。
ライターやマッチの類は不要だった。
指先に“鋼鉄”を纏わせ、金属の摩擦によって着火する。
故に彼は器具を用いず、葉巻のみで喫煙を嗜む。
その男――老人は、異様な風貌だった。
齢九十であるにも関わらず、巌のような巨躯を持ち。
筋肉に覆われた屈強なる肉体は、さながら武闘家を思わせる。
囚人服に身を包んでいるにも関わらず、支配者の風格を滲ませ。
皺を刻んだ面持ちと、葉巻を握る姿も相俟って、威厳すら漂っている。
そして闇夜に照らされる黒い肌が、彼の人種を物語る。
ルーサー・キング。
米国に父母のルーツを持つ、老齢の黒人ギャング。
欧州一帯を牛耳る犯罪組織を統べる大首領。
開闢を経た“新時代”における、闇の帝王。
またの名を――“牧師”。
神に仕える名を背負い、神に背きし悪漢。
そんな彼を見据える、一つの影があった。
距離にして十数メートルほど。
悠々と葉巻を吸う“牧師”に対し、新手は沈黙のままに佇む。
「なんだ、お嬢ちゃん」
新手は、少女だった。
おおよそ囚人の装いには似合わぬ、可憐な乙女だった。
腰まで伸びた金色の髪。宝石のような翠色の瞳。
騎士を思わせる凛とした表情が、“牧師”へと真っ直ぐに向けられる。
「葉巻ぐらい吸わせろよ」
そんな少女に対し、ルーサーは事もなく吐き捨てる。
葉巻を左手に持ちながら、息を吐く。
まるで一人の時間を邪魔されたと言わんばかりに。
余裕の態度を崩さぬまま、再び口を開く。
「……“長い休暇”だってのに、ゆっくりさせちゃくれねえとはな」
“牧師”は10年の刑期の最中だった。
彼は巨大な犯罪組織の首領であり、大規模な数々の犯罪に関与していた。
しかし数々の根回しにより、その大半を不起訴に追い込んだ。
それでも10年の懲役は避けられなかったが――彼は“休暇”とでも思うことにした。
どのみち刑務所に入った程度で、己の影響力は衰えたりはしない。
“内通者”や“伝言役”を使うことで、幾らでも外の情勢に介入することができる。
何より彼は、己を“老い先短い”とも考えていなかった。
自分はこれから先も帝王として君臨し続ける――“牧師”はそれを決して疑わなかった。
故にこの刑期も、彼にとっては“一時の休息”に過ぎなかった。
「ヴァイスマンの野郎に、文句の一つでも言いてえ所だ」
だからこそ彼は、忌々しげにぼやく。
休暇に水を差すような真似をした“看守長”に、堂々と毒づく。
アビスに収監された凶悪犯たちによる、命を懸けた刑務。
囚人同士で血で血を拭い、生還と恩赦を求めて殺し合う。
如何にもあの陰険な連中が好む、悪趣味な遣り口だ。
尤も、やることは普段と何ら変わりはしない。
要は、暴力を手段にして立ち回ること。
ただそれだけだ。結局、娑婆の生業と同じだ。
ならば、別に躊躇う理由もない。
そうしてルーサーは、少女を一瞥する。
佇む少女は、ただじっとルーサーを見据え続ける。
二人の視線は交錯し、静寂の中で対峙する。
「……4年前だったか」
やがてルーサーが、唐突に“昔話”を始めた。
「ムショにいる“連絡係”から、ある報告を聞いた」
それは、収監中の出来事。
己の息が掛かった刑務所の職員――“外部との伝達役”からの連絡があった。
「俺の傘下のマフィアが、縄張りを荒らす“じゃじゃ馬の小娘”を潰したと」
曰く、娑婆にいる傘下のマフィアが“小娘”を潰した。
その“小娘”は、現代における聖騎士だった。
欧州にて蔓延る犯罪組織と戦い、多くの弱者を救い続けていた。
彼女の存在は人々から讃えられ、正義の味方として崇められていた。
しかし、その英雄もまた巨大な組織の力には敵わず。
社会に根を張る圧倒的な勢力に屈し、膝を付いたと云う。
「その傘下からの伝言があった。
“小娘の処遇はどうするべきか?”」
葉巻を咥えながら、“牧師”は淡々と過去を振り返る。
「俺は答えた。てめえにくれてやる、と」
“少女”はただ、無言で昔話を聞き届ける。
「そいつはガキを手籠めにするのが好きだった。
若い生娘を嬲ることを愉しむような奴だった」
“牧師”は、事もなげにそう語る。
「だから褒美の一つでも投げ込んでやることにした。
飼い犬に餌をくれてやるようなモンだ」
“少女”は、何も言わずに佇むまま。
何も言わずに。そう、無言のままに。
その瞳には、熱が宿りつつある。
その掌には、炎が灯りつつある。
「その小娘は、一体どうなったのか――」
“牧師”は、既に理解していた。
目の前の“少女”が何者であるのかを。
だから敢えて、彼は語ったのだ。
“少女”も、既に理解していた。
目の前の“牧師”が何者であるのかを。
だから彼女は、その話に耳を傾けた。
「俺は、興味もなかった」
“牧師”の嘲笑うような一言と共に。
“少女”が瞬時にその場から駆け出した。
その手に炎の剣を顕現させ、紅蓮の火焔を纏う。
背中から現出した焔の翼によって、一気に加速する。
“少女”は瞬きの合間に、“焔の聖女”へと変わる。
その瞳に激情と義憤を宿しながら、聖女は疾走する。
燃え盛る炎を纏い、ルーサーへと目掛けて突進した。
ジャンヌ・ストラスブール。
彼女は欧州一帯に根を張る犯罪組織と対決した。
正義の炎を灯しながら、彼女は孤軍奮闘で戦い続けた。
しかしその圧倒的な規模に、ただ一人の少女が敵うはずもなく。
やがては政治や警察、メディアなどの権力に追い詰められ。
最後は友人の裏切りによって、彼女は地獄へと転落した。
ジャンヌを追い詰め、全てを奪い踏み躙った巨大犯罪組織。
彼女に対し二年に渡る監禁と陵辱を行ったギャング達は、その下部組織の所属だった。
彼らの更なる上に君臨し、組織全体を支配していた“母体”があった。
そのマフィアの名は――――“キングス・デイ”。
“牧師”、ルーサー・キング。
彼こそが、ジャンヌが対立した犯罪組織の大首領である。
◆
“おかあさん、おとうさん――”。
朽ちて、荒れ果てた街の片隅で。
小さな女の子が泣いていた。
ひとり孤独に、泣きじゃくっていた。
ずっと、その言葉を零していた。
ただ涙を流して、打ち拉がれていた。
私は、その女の子を見つめていた。
その日は両親と共に、“慈善活動”へと出掛けていた。
開闢の日を経て、世界は混乱に溢れていた。
私の両親は、神に仕える身だった。
両親は慈善団体の一員として、欧州各地の“被災地”に赴いていた。
荒廃した地域で、疲弊した人達の力になることが父と母の仕事だった。
幼かった私は、安全な地域に留まることを勧められた。
けれどそれを拒んで、両親に着いていく道を選んだ。
私は、常に両親と共に居た。父と母を尊敬していた。
そして、まだ小さな子供だった私は。
両親や、団体の人達と共に来た“とある街”で。
私よりもっと小さな女の子と出会った。
その娘は、ひとりで泣き続けていた。
おとうさん、おかあさん――。
女の子は、ずっと呼び続けていた。
けれど、その手を握ってくれる人はいない。
父と母の姿が、私の脳裏をよぎった。
私の手を引いてくれる、二人の優しい笑顔が浮かんだ。
苦しむ人々のために尽力する両親の背中を、私はずっと見てきた。
幼かった私は、気がつけば。
もっと幼いその娘へと、歩み寄っていた。
その小さな身体を、ぎゅっと抱き締めていた。
そうしなければならないと思ったから。
ひとりぼっちになった、この娘のために。
“正義の味方”が必要だと思ったから。
神様は、私達を見守ってくれている。
けれど正義の味方は、何処にもいない。
そのことが、ひどく、ひどく悲しかった。
あの日こそが、私の物語の開闢だった。
あの日こそが、私の希望の始まりだった。
あの日こそが、私の絶望の始まりだった。
◆
――――なにが起きた?
少女の頭に、そんな思考が浮かぶ。
その超力を行使し、瞬きの間に突進したジャンヌ。
炎の翼によるジェット噴射。嵐にも似た推進力を生む、紅炎の疾走。
弾ける炎熱による加速を乗せた“必殺の一撃”を叩き込むはずだった。
しかし、吹き飛ばされたのは少女の方だった。
その身体は紙切れのように宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
想像もしなかった鈍痛を前に、ジャンヌは混乱する思考を纏めようとする。
何が起こったのか。何故、自分が地に伏せたのか。超力による効果なのか。
全速力で解き放った己の突撃を潰されたジャンヌは、戦慄と動揺の中に蹲る。
“牧師”は悠々と佇み、葉巻を吸い続けている。
その右拳は、文字通りの鉄拳――“鋼鉄”と化していた。
鋼鉄の生成と操作。それがこの凶悪なるギャングの超力。
鋼鉄で拳を覆い、拳撃を強化する程度の芸当は造作もない。
「安心しな」
それは、単純な話だった。
反射神経ひとつで、ジャンヌの超速突撃を軽く躱した。
「モハメド・アリのパンチよりは遅えよ」
そして回避と同時に、右鉄拳によるカウンターを叩き込んだ。
ただ、それだけの話だった。
ようやくそれを認識したジャンヌは、驚愕に目を見開きながら敵を見据える。
「――意外だったか、お嬢ちゃん。
たかが一発ぶち込めなかっただけで」
まるで自身の動揺を見透かしたような男の一言に、心を掻き乱されつつ。
それでもジャンヌは、歯を食いしばって立ち上がる――その身から炎を溢れさせながら。
“牧師”は何もせず、空を仰ぎ見ながら葉巻を吸っている。
まるでジャンヌを歯牙にも掛けぬように、ただそこに佇んでいた。
そんな彼の姿を、聖なる乙女は炎の剣を握り締めながら睨んだ。
そして、再び。
ジャンヌの身体が“加速”した。
炎の翼による爆発的な推進力。
全身から放出される灼熱の火焔。
まるで疾走する太陽のように、聖女は躍動する。
真紅の輝きと炎熱を、煌々と纏いながら。
突撃と共に、横一閃の“炎の剣撃”を放った。
「“この力は神が与えし祝福”。そんな思い込みで付け上がった連中が大勢いた」
――ルーサーの右腕を、装甲のような鋼鉄が覆う。
――爆熱する斬撃と火炎を、すれ違いざまに“腕の一振り”で凌ぐ。
鋼鉄。熱を大きく伝導し、熱による影響を受けやすい金属だ。
にも関わらず、彼の生み出す鋼鉄はびくともせずに滾る火炎を受け止める。
「自分は強い、特別だ、神に選ばれたんだ――ちっぽけな全能感に酔ったガキ共も腐るほど見てきた」
世間話でも語り掛けるように、“牧師”は言葉を続けていた。
攻撃を凌がれたジャンヌは、突進の慣性を制御しながら即座に方向転換。
炎剣の出力を瞬間的に高め、まるで兵器の爆炎にも似た刀身を生み出す。
再び炎の翼による加速を上乗せしながら、爆炎を幾度も叩きつけるように剣の乱打を放つ。
「適当な首輪を付けてやりゃあ使える駒になることもあったが」
それでも尚、“牧師”は悠々と語り続ける。
葉巻の煙を吐きながら、鋼鉄化した右腕で炎剣の斬撃を次々に弾く。
ルーサーは、左手を全く使わなかった。
何故か。煙を吐く際に、片手で葉巻を持つから。
ただ、それだけの理由だった。
「大抵は馬鹿の一つ覚えみてえな野良犬ばかり」
裁きの焔刃は、虚空を踊り続ける。
敵を断つことも叶わず、銀色の装甲に悉く阻まれる。
紅色の輝きは、我武者羅に宵闇を照らす。
その栄光は、何も勝ち得ることなく。
ただ必死に、無意味な舞踏を続ける。
それでも少女は、立ち向かい続ける。
幾度遮られようと、幾度凌がれようと。
聖なる騎士は、剣を振るうことを止めない。
「――――例えば、てめえのようなガキだ」
威圧に満ちた一言が、静かに響いた直後。
剣戟を繰り返していたジャンヌの身体が、弾き飛ばされた。
ルーサーの周囲に展開された“鋼鉄の障壁”が、炎の刃と共にジャンヌを跳ね除けたのだ。
零距離で一瞬にして出現した壁は、猛攻を続けていたジャンヌの勢いを反射するように強烈な打撃を与えた。
装甲車に突き飛ばされるような衝撃をその身に受け、焔の聖女は地面を転がる。
そのまま土を噛むかのように蹲り、喀血混じりに咽び続けていた。
「バレッジファミリーの“マルティーニ坊や”のように、見どころのある若造ならまだしもな」
地に伏せる少女を冷淡に眺めながら、悪辣なる“牧師”は呟く。
煩わしげに眉間に皺を寄せながら、口から煙を吐き。
やがて男は、その場からゆっくりと歩き出す。
「なあ、お嬢ちゃん」
一歩、一歩と、男は悠々と踏み頻る。
ただの歩みからも、強烈な風格が放たれる。
重力にも似た威圧感が、空気を震えさせる。
「喧嘩の仕方覚えた程度で、騎士にでもなったつもりか?」
その殺意が、そのプレッシャーが。
ただ一人の哀れなる少女へと向けられる。
かつて聖女と崇められ、英雄と呼ばれた少女へと。
今は魔女として蔑まれる、救われぬ少女へと。
「俺を、誰だと思ってやがる」
――この世界に、神などいない。
そう告げるように、ルーサーは言う。
“真の力”というものを突きつけるように。
悪を統べる牧師は、かつての聖女を蔑む。
ジャンヌは、地を這うように顔を上げる。
橋を形作る骨材を掴むように、足掻き続ける。
悪意が迫る。殺意が迫る。死が、迫り来る。
必死に、少女は身体を動かさんとする。
その苦痛をも押し退けるように、ただ歯を食いしばる。
極限に追い込まれていく中で。
聖女の意識が、混濁する。
脳裏の記憶が、迸るように混乱する。
まるで走馬灯の如く、思考が掻き乱される。
現実も虚構も、過去も現在も。
全てが入り乱れるように。
少女の見つめる世界が。
我武者羅に加速していく。
これは正気なのか、狂気なのか。
――――どっちでもいい。
そんなもの、どうだって良かった。
ただ確かなことは、ひとつだけ。
ジャンヌ・ダルクは、まだ死んでいない。
◆
『おかあさん、おとうさん――』
『彼女が来てくれた』
『現代のジャンヌ・ダルクだ』
『ありがとう、本当にありがとう』
『おかあさん、おとうさん――』
『ジャンヌ。僕らの英雄』
『貴女に、神の御加護があらんことを』
『彼女がいれば安心だ』
『彼女こそが、私達の救世主』
『本物のヒーローだ』
『貴女に、命を救われた』
『ジャンヌ・ストラスブール!』
『ジャンヌ・ストラスブール!』
『ジャンヌ・ストラスブール!』
『彼女こそが、正義の味方だ!』
『ジャンヌを差し出せば……私のことは解放してくれるんですよね』
『おかあさん、おとうさん――』
『分かったろ?お前は“親友”に売られたんだよ』
『お前はもう聖女でも騎士でもない。飼い犬だ』
『クスリを打ってやれ』
『身も心も穢してやる』
『お前の誇りはもう何処にもない』
『おかあさん、おとうさん――』
『■■■■■■■■■■■――』
『■■■■■■■■■■■――』
『■■■■■■■■■■■――』
『■■■■■■■■■■■――』
『■■■■■■■■■■■――』
『飽きたな』
『おかあさん、おとうさん――』
『死なせて楽にしてやるなんて事はしない』
『おかあさん、おとうさん――』
『死ぬまで糞溜めで惨めに生き続けろ』
『お前は、魔女だ』
『おかあさん、おとうさん――』
『ジャンヌ、ごめんね、ごめんね……っ』
『おかあさん、おとうさん――』
『あなたのせいじゃない、私たちの罪なの。私たちが悪いの』
『おかあさん、おとうさん――』
『こんな罪深い世界に、貴女を産み落としてしまったから』
『おかあさん、おとうさん――』
『何もかも、私たちが――』
『――――お母さん。お父さん』
◆
それは、火刑に処される“聖女”のようだった。
それは、全てを焼き尽くす“極光”のようだった。
それは、黙示録に記されし“災厄”のようだった。
地を這っていたジャンヌが、再び駆け出した。
その右手に握られた剣からは、夥しい焔が溢れ出ていた。
周囲に存在する全てを灰燼に帰す程の、熾烈なる紅蓮。
神の裁きが人のカタチに宿ったかのような、猛烈なる紅炎。
少女は、我武者羅に走り抜ける。
その背中の、炎の翼を滾らせて。
目の前の悪を焼き払うべく、進撃する。
――――此れなるは。
――――悪を退け、闇を照らす。
――――赫赫たる、焔の剣。
その眼は、正義が宿っていた。
その眼は、余りにも純粋だった。
その眼は、何処までも澄んでいた。
その眼は、極星のような光を宿していた。
その少女は、紛れもなく超人だった。
何故ならば、あれほどの絶望に曝されてなお。
その瞳から、正義の輝きを奪えなかったのだから。
故に少女は、駆け抜ける。迷わず突き進む。
強大なる炎の聖女/魔女と化して、疾走する。
“牧師”――ルーサー・キングもまた、動き出した。
眼前に迫る紅炎を見据えて、眉を微かに動かし。
ただ添えていた左手が、葉巻をぐしゃりと握り潰した。
それまで使いもしなかった片手を、初めて解き放ったのだ。
そのまま間髪入れずに両腕を構え、超力の熱量を瞬時に纏わせた。
迫る焔。迫る紅蓮。迫り来る炎獄。
先程までとは、まるで桁が違う熱量。
凄まじいまでの輝きが、悪を討つべく迸る。
迫る。迫る。その熱が、非道なる“牧師”を飲み込まんとする。
もはや敵は、逃れられない。
裁きの鉄槌を受ける他にない。
その筈だった。
――――荒れ狂う紅の極光に。
――――白の輝きが、押し寄せた。
――――その熱の全てを、飲み込んだ。
それは、鋼鉄の激流だった。
ルーサーの周囲に“無数の鋼鉄”が生成され、流体の如く変形。
まるで嵐のように渦を巻き、凄まじい勢いを生み出し。
やがて“鋼の荒波”と化して解き放たれ、迫る焔を押し返したのだ。
荒れ狂う焔は、白銀の濁流によって押し潰され。
少女の身体は、宙を舞うように吹き飛ぶ。
超力によって生成されていた炎剣が、力を失うように塵と化す。
聖戦へと突き動かしていた炎翼が、捥がれるように灰と化す。
少女が纏っていた炎が、消えてゆく。
聖なる灯火は掻き消され、世界に再び夜が訪れる。
ジャンヌは、身動きを取ることも出来ない。
吹き飛ばされ、苦痛と衝撃に悶え、視界が揺さぶられていく。
もはや彼女は、地に伏せることも叶わない。
戦場と化していた橋の下、流れゆく河川へと転落した。
水中へと沈み、流されていく少女。
“牧師”はその姿を追うべく、視線を動かしたが。
闇夜の中に溶け込むように、敗残した少女の姿は見えなくなった。
この宵闇、それも川の中だ。視認で追うことは困難だろう。
それを悟ったルーサーは、眉を顰めながら一息を吐く。
“ポイントの足し”として、あの聖女を始末したいところだったが。
久々に超力を使用したこともあり、少々腕が鈍っていたか。
ルーサーは己の不手際を戒めるように思考する。
「……全く、とんだ“じゃじゃ馬”だな」
4年前の“報告”を、ふと振り返った。
興味などない、取るに足らない小娘。
そう捉えていたが、どうやら認識を改める必要があった。
あれは、狂犬の類だ。
あの眼に宿る炎は、燃え滾っていた。
人々を魅了し、正義の燈を絶やさず。
何もかもを焼き尽くしながら、駆け抜けていく。
そんな熱を宿した、異形の炎だった。
紅炎と対峙した“牧師”は、立ち続ける。
その身に手傷を負うこともなく、静かに戦場から去りゆく。
王は堕ちず。支配者は膝を付かず。
“地獄の焔”など、既に喰らい尽くしてきた。
命を懸けた試練など、常に乗り越えてきた。
故に、生き残るのは己である。
彼は一切の過信も油断もなく、断言する。
ルーサー・キングは、君臨し続ける。
“牧師”は、神の道理をも踏み躙る。
――――勝つのは、俺だ。
◆
聖なる少女は、力無く流されていく。
まるで洗礼を受けるように、水の中へと沈む。
夜の河川で、その放流に身を委ねていく。
意識が朦朧としながらも、少女は水面より覗く空を見つめていた。
波に揺らぐ景色の中で、月明かりを浴びて紺色が照らされる。
その色彩の狭間から、星々の輝きが垣間見えた。
異能を得た新時代の人間は、往々にして強靭な生命力を持つ。
強力なネオスを備えるジャンヌは、肉体的な素質においても特に優れていた。
川に落ち、力無く流されようとも生き永らえているのも、その恩恵故だった。
混濁する視界の中で、少女は思いを抱く。
父と母の背中。原初の祈り。戦いと救済の日々。
悪夢の始まり。魔女の汚名。地の獄への到達。
過去から現在へと至る記憶が、目まぐるしく駆け回っていく。
少女は傷つき、摩耗していた。
少女は奪われ、喪失していた。
少女の祈りは、踏み躙られた。
にも関わらず、その瞳は変わらなかった。
あの日、幼い少女を抱き締めた時と同じように。
聖女の眼には、正義という光が宿り続けていた。
その輝きは、希望を齎す灯火なのか。
あるいは、狂熱へと向かう極光なのか。
答えは、眩い炎の中に沈む。
彼女自身にさえ、きっと分からないだろう。
確かなことは、ただ一つ。
ジャンヌ・ストラスブール。
彼女は今もなお、“聖なる騎士”だった。
【D-7/川(水中)/1日目・深夜】
【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.正義を貫く。何があっても。
1.???
※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※川へと落ちています。どの方角へと流されるかは後のリレーにお任せします。
【D-7/鉄橋の上/1日目・深夜】
【ルーサー・キング】
[状態]:疲労(軽微)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
最終更新:2025年02月22日 16:50