子供の頃は怒りの矛先を何処にすればいいかなど、何も考えてなかった。
ただただ自分の周りの理不尽が、自分を怒らせて。
薬物に溺れ自分の事を見なくなった両親も、そうだ。
いつからああなったのか。
幼いころから癇癪を起こしては、超力で周りを破壊していたオレに。
学業やら教養やらが大事だと、辛抱強く嘯いていたのに。
いつしか抜け出せない貧困が。
アイツらを薬物に走らせた。
経営者時代のコネを活かした、小狡い薬物の売人として僅かな稼ぎを得るようになっていった。
オレは義務教育には通っていたし。
教養が大事だと言っていた両親が手放さなかった、色々な書籍が狭い家に並んでいた。
幼心なりの純粋さだが、倫理観的なものは学ばされていた。
どういうことをしてはいけないとか、そういうことを子供ながらに理解はしていた、
アイツらも自分への後ろめたさはあったんだろう。
オレの前で表立って薬物を打つことはしていなかった。
オレも周りが少しずつおかしくなっていることに薄々感づいてはいたが。
ある日、学校で上級生がオレを薬物の売人の子供だと貶した。
感づいてはいたし、事実を言われただけではあった。
それでもやり場のない苛立ちの矛先がそいつらに向かって、ヤツらは半殺しになった。
両親は薬物に溺れていく癖に、そんなことをした俺のことを悲しんだ。
子供にはまともに育ってほしいという心があったのだろう。
理不尽だ。
まともに生きてきた結果がテメェらの現状じゃないかと言いたかった。
理不尽なのは親か、世の中か。
しかしオレはまだ誰にも頼らず生きていくには小さすぎた。
ストリートギャングも近所にはいくつか存在していたが、例外なく薬物が蔓延っていた。
何故こんなものが存在しやがる。
薬物が蔓延る中に、見習いの下っ端から入り込んでいく気にはなれなかった。
真っ当に育てられていたとは言えないが、完全に見捨てはしない程度には物を与えてくれていた親に頼るしかなかった。
薬物の存在自体にオレは怒りを抱いた。
しかし、そんな概念自体に怒りを向けられるはずもなかった。
まだ世の中の仕組みを何も分かっていない子供だったんだ。
自分をムカつかせる他人やら、物や建物やらに怒りを向けて破壊するしかなかった。
強いヤツに喧嘩を売るたび、オレはボコられていた。
結局命を奪われることまではなかったのは、単に幸運だったからか。
子供だからと嘗められていたからか。
殺しは面倒だと理性を働かす相手とだけぶつかっていたからか。
違う。
この身体を突き動かす怒りが、身体がくたばることを許さなかったからだとオレは信じていた。
戦いを重ねていくたびに、オレは力を使いこなしそして強くなっていった。
住んでた辺りでは、小学校に通学するヤツはギャングのナワバリに入っても恐喝はしないという紳士協定があってまだ秩序があった。
しかし、超力を使うネイティブはそれに満たない年齢でもいくらでも暴力も悪さもできた。
オレも、10歳の頃のある日そっち側になった。
オレは性悪なストリートチルドレン共の集まった中に乗り込み、全員をねじ伏せる。
そして、小さなストリートギャングを構成することになる。
今の『アイアンハート』の母体となる組織。
薬物に手を出さない鉄の掟も、そこから始まった。
それ以来、家には帰らなかった。
暫くは大変だった。
掟のせいで、ヤクをやっているヤツらとは取引することができない。
上部組織のマフィアとも、協力することができない。
マジで奪い取るしか、生きていく方法がなくなっていく。
ストリートチルドレン向けに慈善団体の配る食糧や服ですら、配布場所をナワバリにしているグループが先にごっそり受け取っていくのだ。
それでも。
ギャングの世界では、リスペクトがあれば人が集まってくる。
居場所を奪い取れば、オレについて来ようとするヤツらがそこに物を持ち寄って過ごしやすくなっていく。
自分の力を示せば、そこで生きていけるようになる。
家族や親族の縁なんぞに頼らずとも、生きていける。
尊敬を集めるのに暴力はもっとも手っ取り早く、わかりやすく、新時代らしい手段だった。
気に入らない敵をぶちのめし、何もかもを奪い取るためのシンプルな力。
アイアンは徐々に規模を拡大していった。
そして、ヤクなんてやっぱりクソだ。
ヤクは人間の判断力を狂わせる。
平常の状態から湧き出た衝動こそ、本当の人間の意志だ。
反骨心だろうと、暴力衝動だろうと。
本当の自分から出て来た、本当に自由な意志以外に意味はねえ。
ヤクに汚染されたギャング共との抗争の中で、そうオレは信じるようになる。
もちろん、両親が薬物の売人を続けている現状を許していたわけではない。
ケジメを着けるため、オレはストリートギャングのボスになった後、いつか両親をこの手で始末するつもりだった。
ギャングの仲間共から大きなリスペクトを得ることができる行為。
自分が家族なぞから自由であると、証明することができる。
身寄りのないメンバーたちと同じ立場になって、結束を高めることができる。
いや、そんな理由は後付けだ。
生まれてこの方の、怒りの矛先を一つ片づけることができる。
そう思っていたんだ。
しかし、そうはならなかった。
上の組織から与えられた領分を超えて私腹を肥やし薬物を濫用していたアイツらは、一歩先に組織の殺し屋に始末されていた。
家に戻った際には虫の息だった。
そして死の間際に聞きだした、黒幕の組織。
マフィア『キングス・デイ』。
そしてその首領『ルーサー・キング』。
オレの怒りの向かう目標が決定的になった瞬間だった。
――――――――
◇
――――――――
ルーサー・キング。
どれだけヤツを自分の超力で始末するところを考えただろうか。
ヤツの繰り出す鋼鉄を、破壊の衝動で完膚なく打ち砕くところを。
ガキだった頃は何度も想像していたものだ。
そして今も想像してしまっている。
そんな妄想に意味がないとわかってはいるが。
もうすぐ手が届きそうだからと、理性を無視して本能が思考を回転させるのだった。
とはいえ闇雲に探しても辿り着くのが難しいことは解っている。
先程戦闘した漢女とは、転送された直後の出会いではあったが。
他に話ができる相手と積極的に遭遇して、手がかりを探さなければならないのは明らかだ。
キングの野郎の事だ。
他の参加者に対して、取引を持ち掛けていたりするのだろう。
味方を作っていたりするのだろう。
そいつらをぶちのめして居場所を聞き出すのが、恐らくヤツにたどり着く近道だ。
休んでいるつもりはなかった。
自分の手でヤツを後腐れなく始末して、死んだところを確認したいからだ。
モタモタしている意味がない。
とはいえ脳内の思考を無駄にする気も無く、歩みを進めながらもデジタルウォッチを使用して再度名簿の確認を行っていく。
ルーサー・キング、スプリング・ローズの2人に目が行ったせいで、他の名前まで意識が行かなかったのが漢女と出会う前の事だ。
よくよく見れば、投獄されたばかりの自分でも馴染みのある名前が他にもいくつかある。
イタリア、バレッジファミリーのディビット・マルティーニからはシノギの下請け的なことを何度か請けている。
ヤツの運営するカジノに関した借金の取り立てが主な仕事だ。
場合によっては、殺人の依頼になることもあった。
もちろん薬物に関わる仕事を請けたことはないが。
ヤツは正しく取引ができ、アイアンのメンバーに薬物を流そうとしてくる危険もないある程度信頼していい相手だった。
先にキングと手を組んでさえいなければ良いが。
そして、ハヤト=ミナセ。
アイアンのシマの周りで動いていた、二人組の日系人ギャング。
その片割れ。弟分。
ヤツラとは何度か争いもしたし、協力もしたし、互いに競い合った。
兄貴分のカズマ。日本の何かヤクザ物のゲームに憧れて名乗ったとかいうあだ名。
ヤツらは日本人らしく、ある程度学もあって話も通じた。
神を信じず、そして薬物にも手を出さないとあって似通った部分があった。
正直言って、ヤツらの事は嫌いではなかった。
ナワバリの中にある、ヨーロッパナイズドされたチープな日本食の店で飯を食って何度か話したものだ。
話すのはほとんど調子のよい兄貴分の方だったが、弟分のハヤトも兄貴に絶対ついていくという強い気概があった。
ヤツらがいつか日系人マフィアの組織を作りたいと野望を語っていたから、完全な同盟や合流という話にはならなかったが。
兄弟の絆を何よりも重視していたその在りよう。
それは虚実に過ぎなかった。
銀行強盗に失敗して帰ってきたカズマ。
助けに行こうともせず一人過ごすヤツの姿は、オレを怒らせるには充分過ぎた。
逮捕されたハヤトがその後どうなったかは、仲間を使ってある程度調べても辿ることが出来なかった。
オレに先んじてアビス送りにされていたわけだ。
そして、アイツとオレが共にこの刑務作業に参加させられている。
ヤツが何を考えているのかは解らない。
兄弟の契りとして、オレに対してケジメを着けようとしてくる可能性もある。
信じた相手が悪かったとしか言いようがない。
同情は出来るが、生憎オレは降りかかる火の粉を宥められるような人間ではなかった。
しかし、スプリング・ローズも加えると、同じ地域で活動していたストリートギャングから3人が参加者となっている。
それだけ自分たちが目立っていたのだろうか。
いや、ハヤトはそれほど目立っている人間ではないだろう。
刑務官やその上のヤツらからの何かの意図があるのかもしれない。
オレが収監された直後に始まったということは、キングの野郎とオレが戦うということを意図したりしているのだろうか。
キングの野郎を消したいという意図があったりするのだろうか。
いや、それならオレとヤツはすぐに出会える位置に転送されるはずだろう。
考えても答えは出ないか。
――――――――
◇
――――――――
ネイ・ローマンは誰とも会わずに歩き、恐らく1時間以上が過ぎる。
最初は東に向かい、ブラックペンタゴンを目指し北に向かう道に入った。
そして今は道を北上している。
歩みを進めるごとに、感情は静かで考えは巡る。
ジャンヌ・ストラスブールとかヨーロッパなら恐らく誰でも知ってる人物がいるから、どう動くかなどを想像したり。
自分が逮捕された後、外に残されたヤツらの事を想像したり。
違う、無心ではない。
他人に出会えず収穫が無いことにいら立っている。
高速移動できるとか、人を探すとか、
そういうことに役立つ超力の持ち主もアイアンのメンバーにはいた。
今はそれに頼ることができない。
ストリートギャングのリーダーに立つためには、シンプルな力を示せる能力はよく合っていても。
しかしこういう場合は、シンプルな力がそう役には立たない。
孤独を心細いとは思わない。
子供のころ、本だけが友達だった時代がある。
しかし、他人に頼ることを覚え始めて慣れてしまっていたのも事実だった。
それでも、苛立っても今は仕方ない。
いっそ超力で何か大きいものを破壊して、目立つことで人を集めるという手もある。
しかし、先程の戦いで消耗した以上体力の無駄遣いを避けたい思考もあった、
そう、道を歩けば誰かと出会う可能性は高い、
道で会えずとも、中央のブラックペンタゴンに行けば誰かがいる可能性は高い。
まだ、力を使う時ではない。
そして。
ローマンの目に入るのは。
月明かりを反射して鈍く輝く。
歩んでいる鋼鉄の巨体。
想像するのは。
――――――――ルーサー・キング。
鋼鉄を生成、操作する超力の持ち主だということは知っている。
身体全体に鋼鉄を纏い、ロボットのような姿の臨戦態勢をとっているのではないか。
何度もキングとの戦いを脳内で考える中で、想定していたヤツの戦い方の一つ。
隠れる気がないのなら。
こっちからやらせてもらおうじゃないか。
話す必要はない。
相手のペースに乗せられるな。
聞いてやるのは辞世の句だけだ。
感情が膨れ上がっていく。
そして、爆発する。
「ルゥゥゥゥーーーーサァァァァーーーーッッッッ!!!!!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっっ!?!?!?!?」
「ストップ!!!!
ストーーーーッッップ!!!!」
――――――――
――――――――
鉄の騎士(アイアン・デューク)、ジョニー・ハイドアウト。
怪盗ヘルメス、ルメス=ヘインヴェラート。
名前を聞けば、ネイ・ローマンが遭遇したのはこの2人である。
つまりは、ただの人違いだった。
ローマンの超力が発動する前の、空気の振動によるざわつきに2人は気づいて。
ルーサーが誰のことを指しているか、何故勘違いされているかに素早くたどり着いたルメスが、地面から飛び出しローマンの前に立ち制止。
なんとかローマンの拳が振り抜かれる前に止めることができたということだった。
ちなみに止められなければ、ルメスは再度地中に潜って攻撃をかわすつもりだったらしい。
ジョニーは……鋼鉄の身体だし即死はしないだろうとルメスは信頼していた。ある意味。
もちろんジョニーの出した、ルーサーなら絶対に出しそうにない声色でローマンも人違いであったことに程なく気がつく。
ルーサー・キングのことばかり考えて思考が煮詰まっていたローマン。
冷静な時の自分であったなら、こんなことはしなかっただろう。
とはいっても相手も相手で紛らわしすぎるだろう。文句くらいは言いたい気がする。
二人とも通り名は効いたことがあったが、本名は知らなかったから参加者にいるとまでは思いつかなかった。
そして収監直後に刑務作業に参加させられたローマンが他の収監者に詳しくないのも、仕方ないことではある。
とか、そんな思考は色々湧いたが。
「――――悪ぃ、こっちが冷静じゃなかった」
と謝意を示し。
ローマンは自身の両頬を強く引っ叩き、苛立ちを忘れることにする。
これは抗争でもなければ、相手は身内でもない。
さっきの漢女とは違って、まともに話ができそうだ。
苛立ちのまま恐喝して情報を聞き出そうとするのは、最適ではなさそうだと思う。
「わかればいいの、全くもう……」
「今度こそ面倒なことになるかと思ったぞ、おい……」
やれやれという感じで応対する二人。
先程も好戦的な相手を何とかいなして来た後だ。
もうこりごりといった雰囲気を漂わせている。
――――――――
――――――――
「メカーニカ、あいつにはだいぶ恨みがある。
協力なんぞしたくねぇよ。殺してえくらいだ」
最重要のルーサー・キングに関する情報は空振りに終わった。また、スプリング・ローズ他、知った名前の情報も得られはしなかった。
そして相手からはメアリー・エバンス、脱獄王に関する情報、またメリリン・"メカーニカ"・ミリアンを協力のため探しているという話を聞いたローマン。
脱獄という話は魅力的ではある。因縁のある相手は刑期が軽く、そいつらだけからポイントを得ても恩赦には満たないだろう。
運悪くポイントを得られず1日が終わることもなくはない以上、別の案があっても良い。
高圧的なあの刑務官の鼻を明かすのも気分がいいだろう。
しかし、それだけで協力できるかというとまた話は別となってくる。
「何? ギャング同士の因縁とかそういうやつ?
ここは非常事態だし、そういうのは一時的に抜きってことで……」
「そうもいかねぇんだよ」
ルメスは怪盗らしく、調子よく説得しようとする。
しかし、メンツにこだわるギャングではそうもいかない。
鉄の騎士はそれをわかっているのか、静観の構えだ。
「オレはヨーロッパをヤクで汚染している胴元のキングをぶっ殺してえ。
さっきそう言っただろ。
じゃあそのヤクは、どこから入ってくると思うんだよ。
ラテンアメリカから密輸されてくるんだよ」
ラテンアメリカは、コカインを主体とした薬物生産の本場である。
様々な手段で大西洋を越えて、販売先であるヨーロッパに薬物が渡ってくる。
「多分アイツが向こうの組織に加入してからだ。
ヨーロッパへヤクを運ぶ手段がめちゃくちゃ複雑で巧妙で大がかりになってきてんだよ。
でけぇのだと無人ステルス飛行機やら、潜水艇やら。
細かいのでも、薬物探知を高確率ですり抜けられる容器なんぞを開発して運び屋に持たせてやがる」
それは、あくまで取引相手であり友人であるルメスには伝えられていない話。
組織で自分の実力を示し、リスペクトを得る手段が。
ローマンは自身の力であり、メリリンは機械などの製造であるということ。
次々にでかくて巧妙な機械を作れば、組織内で尊敬を抱かれる。やりがいがある。
ルメスは、やや悲しげな表情になる。
メリリンは取引相手ではあるが、友人だと思っている。
自分の技術を活かせるということで、積極的に仕事道具の開発に関わってくれて。
仕事が成功したら一緒に喜んでくれる相手。
もちろん彼女も犯罪組織の一員ではあるから、暗い仕事も色々しているだろうとは考えていた。
しかし立場上、彼女の背景を探ろうとしたことはなかった。
仕事の事を話してもらったこともほとんどなかった。守秘しないといけないからだろう。
そして今、実際に彼女に恨みを抱いている存在から言葉をぶつけられるとやはり悲しいのだった。
世の中は善悪が単純に分けられる世界ではないと、理解はしていても。
過去に善意が裏切られるといった経験があっても。
それでもそういう感情を感じてしまうほど、ルメスは純粋で若いのだった。
「何悲しそうな顔してんだ?
知らなかったで通して何とか理解してもらおうってか?」
「――――そんなんじゃない。
難しいけれど、そういうのじゃない」
板挟みになり、自分の気持ちを言葉にするのが難しいルメス。
さっきのメアリーを助けたい、助けないよりも困難な問題であるから。
しかし、自分自身をを無知で弱い存在として振る舞うというつもりはなかった。
なんとか妥協点を探ろうとする。
好戦的なストリートギャングのボスに、届く言葉を探ろうとするする。
「メカーニカさんは、酒は良く入ってるけど。
薬物は絶対にやってないわ。
結構頻繁に話してたこともあったけれど、それっぽいと思うところはなかった。
これは、私だから言えること。
――――薬物を無理やり打たれてたことがあるから」
「ああ? だから何だよ?
取引に関わる側がヤクやってねえなんて良くあるだろ。
ある程度冷静でいなきゃならねえからな」
ルメスの弱い部分を見せる行為である、過去の開示にも同情しないローマン。
強硬で強い語気を崩さない。
それでもルメスは言葉を何とか紡いでいく。
「たぶん、メカーニカさんは自分の力を示せる場所が欲しいだけ。
どうにか、この場は何とか協力できない?
私が後で説得して、刑期は全うさせるから。
アビスから出てきても、まともな職業を探させるから……」
「――――なるほど。
機械は悪くない、使うヤツが悪いだけ。
メカニックも悪くない。社会が悪いだけってことか?」
「そう。どうにか……」
「甘いんだよテメェは。それができる保証がどこにあんだよ。
それに俺達の恨みを晴らせる方がまだ重要なんだよ。
こっちの刑期は15年。恨みのあるヤツとあと一人くらい殺せばこのアビスから抜け出せんだ。
それでどうしてテメエらに協力しなきゃならねえ?」
にべもなく断るローマン。
ルメスは……悔しそうな顔をしながらも、後ろのジョニーに助けを求めるかのように振り向く。
「んな善意なんかじゃ人は動かせねえよ。
こっちはギャングだ。
ヤクに手は出さねえが、恐喝も強盗も殺し屋も何でもしてんだ。
なあジョニーさんよお? そっちはわかるんじゃねえか?」
義賊なぞと勘違いしてんじゃねえよと伝えるローマン。
――――ジョニーは。
鉄の身体を軋ませることもなく無言でローマンを見つめる。
それは肯定だと、ローマンは受け取る。
「そうかい。まあ情報交換ができたことは有り難かった。
オレはキングの野郎を探すのが第一だ。
テメッェらを邪魔するつもりも、別にねえ」
餞別の言葉を掛けようとするローマン。
しかし、ルメスがまだ諦めない。
脱獄王や戦闘狂のように、自分の目的のために極まった精神を持っているわけでもなく。
世の中に不満を抱いている若々しいストリートギャングなら。
きっと何か、心を動かすことができるのでは。確信はないが、そう思った。
「ネイ・ローマン……人らしい心とかないの?
沢山の人が協力できれば。
小さくて何も知らない子供が、どうしようもない状態になってるのを助けられるかもしれないのに。
薬物だけじゃない、世の中の不正に立ち向かうこともできるかもしれないのに。
ストリートギャングの流儀とかルールなんかにこだわってるのが、そんなに大事なの!?」
空気が震える。
安易な挑発ではあるが、ローマンの反応が超力が僅かに漏れることによって伺える。
しかし、ローマンは戦う気はなかった。
ここでこいつらを倒せば、ポイントは得られる。
しかし今の目指すべき敵はキングだ。
それまでに体力を無為に消耗するつもりもない。
だから、言葉には言葉で答えていく。
「なあ。ルメス。
テメエは自分なりに義賊として、正義を貫くつもりなんだな?」
「もちろんよ!」
「そうか」
堂々と答えるルメス。
今度はローマンがやれやれと話す。
「"サイシン・マザー"、ラバルダ・ドゥーハンのこと知ってるよな。
オーストラリアでサイシンっていう、超力で製造したヤクを作ってたヤツらの元締め。
あいつのところから薬物取引のリストやメンバーの居場所やらの資料と、ついでに売上金盗んだの。
テメエだよな?」
薬物を消費する大国だったオーストラリアでは、薬物を生み出す能力に目覚めたオールドがそこそこいた。
それを組織化してボスの座に収まったのが、"サイシン・マザー"。
他人の超力を強化できる超力が使えることもあり、オーストラリアは薬物を輸出する大国ともなってしまっていた。
しかしここ数年で事業の勢いは弱まって、ボスも逮捕された。
怪盗が入ったという噂は、薬物の事情を定期的に調べているローマンなら知りうることだ。
「ええ。あの時は自分から動いたんじゃないけど、依頼が来たから受けたの。
本拠地からはだいぶ遠かったけど。
大規模な薬物の輸出元を抑えられるから。
それが何なの? そっちにもいい話ってことで別にいいじゃない」
「その時もメカーニカの力を借りたんだよな?
かなり協力的だったんじゃねえか?」
「ええ。蔓を生み出す超力に対抗するためにね」
ラバルダの超力はキイチゴの蔓を生み出し、相手のパワーを蔓の棘から吸い取る。
そして、そのパワーを他人に与えることもできる。
無機物は透過できるが、生物は透過することができないルメスには相性が悪い。
蔓でからめとられ何重にも拘束されたら、抜け出すすべを持たないからだ。
小型化した刈払機のようなカッターをメリリンに提供してもらうことで、ルメスはピンチを切り抜け盗みを成功させることができていた。
その時はメリリンがかなり急いで開発してくれ、さらにメカの開発にかかった費用も払わなくていいと言われた記憶がある。
「それだ、メカーニカのヤツが協力的だったのはよぉ。
ラバルダのヤツのシノギが、自分の組織のシノギとかち合ってたからだ。
ラテンアメリカのコカインが、サイシンと競合して売り上げが落ちたからな」
言われたルメスは、流石に気が付く。
ラテンアメリカの犯罪組織に、自分は利用されていたのだと。
しかし、その程度ではルメスは折れはしない。
「何よ。それでメカーニカさんの組織は儲かったかもしれないけれど。
世界的に見れば薬物の製造は減らすことができたって事実はひっくり返らないでしょ」
「そうだよ、一時的には抑えられた。
じゃあその後どうなったと思う?
多分テメエが逮捕された後の話だ」
「何よ?」
ルメスは自分を信じている。
世の中の不正に立ち向かい、弱者を食い物にする奴らを放置したくはない。
だから聞いたのは、興味からでもある。
「まずはラテンアメリカのコカインは、値段が上がった。
ただ上がるだけじゃなくて、混ぜ物を増やして純度を減らし量を増やすとかな。
それにメカーニカ謹製のメカによる輸送も加わるんだぜ?
全く埒が明かねえ」
迷惑しているように言うローマンの声。
でもその程度の事、ルメスは驚きはしない。
「それで?」と続きを促す。
「サイシンはどうなったかだな。
ラバルダのヤツが手下共々摘発されたせいで、ヤツらの作ってたサイシンの生産はだいぶ落ち着いたんだよ」
「良かったじゃない。
それに、私アビスでラバルダさんと何回か話したけど。
私が拷問とかいろいろ受けてたこと知ったら、結構優しくしてくれてるし。
というか他の女の子たちにも結構優しいしさ。
逮捕されて、反省して良い人らしい面が出てきてる」
怒りと呆れの混ざった表情になるローマン。
「……甘いよなやっぱりテメエはよ。
んなもん女どもを利用してアビスでの立場を高めたいからに決まってるだろ。
アイツにはキングの野郎とかと違ってもう後ろ盾がねえからな。
ここに参加してたらそいつも殺してたのによぉ」
「そう簡単に、改心したかもしれない人を殺すとか言わないでよ」
ルメスもやや怒って、相容れない部分を否定する。
「それなら、世の中だってそんなに甘くねえんだよな。
最近急に違う種類のサイシンが入ってくるようになりやがった。
運び屋から辿っていって輸入してるヤツから喋らせたことによると、製造拠点は東南アジア。
超力研究の技術がある日本やら、それを追おうとしてる中国やらから技術が裏社会に流れて着てんだと」
開闢の日以前でも、化学合成麻薬の一大拠点となっていた東南アジア。
そこに更なる薬物製造技術が流入した形である。
「薬物を生み出すオールド共が逮捕されたならよ、次はどうすればいい?
あっちのマフィアのヤツらはどう考えたと思う?」
「――――――――まさか、そんな……?」
ルメスは、残酷な現実に思い当たってしまった。
ずっと若者たちを見守り佇んでいたジョニーも流石にこれには嫌悪感がさしたのか。
表情はうかがえないが顔をそむけるように振る舞う。
「サイシンを製造できるネイティブを、新たに生み出せばいい。
そういうこと。そうなんだ」
「ああ。クッソ胸糞悪いよなあ!
ヤク付けにした親に子供を産ませたり、胎児期からヤク付けにしたり。遺伝子組み換え技術を活かしたり。
ヤクを生み出す超力を人工的に持たせようと、人道のジの字もないような研究が行われてんだと。
そんでなんとか形になった第一世代の、ネイティブ・サイシンがヨーロッパに流入し始めてんだよ」
人類の悪意は留まることを知らず。
拘束されて酷い目に遭ったルメスも、自分の境遇よりも更なる残酷な出来事があることくらいは想像していたが。
いや、自分のしたことはきっと善行だったはずだ。
それが悪意に付け込まれてしまっただけだ。
そんなこと過去にも何度かあっただろう。
もしも逮捕されていなくて、その事実を知っていたならば。
そのような行為を潰そうとする活動をきっとしていた。
そう反抗して言いたかった。
しかしローマンの抱く怒りに対して、今反論することはどうしても出来なかった。
「キングの野郎がヨーロッパを支配してるような、大規模なシマが動いてんんだよ。
オーストラリアの時とは違え。テメエみたいな怪盗一人でどうにかできることじゃねえんだよ」
しかし、その思いすらもローマンは否定する。
ルメスだってローマンほどではないが、ルーサー・キングを忌々しく思っている。
しかし怪盗として彼の近い所へ盗みに入って無事に帰れるのか。
そもそも何かを持ち出したところで、意に介されない可能性すらもある。
今回ルメスが逮捕されアビスへ収まったたのは、偶然重要な情報を得てしまったからだ。
本来は弱者への慈善家であるルメスは、強すぎる相手に挑むことができない。
成功の目算、そして弱者の助けになる戦利品が充分に無いと、挑むことができない。
だからルメスもキングに対しては、癒着した資産家や政治家へ盗みに入ることはあっても本人に正面切って挑むことはなかった。
全盛期の叔父のように技術があればと思うところもあったものの、結局は小金をすっているだけと捉えられても仕方ない。
「いいか? ヤクに惑わされたヤツが考えて行動してることなんて、本当の自由意思じゃねえ。
ちゃんと世界を見ろ。自分の想像以上に視野を広げるんだよ」
「くっ、それは関係ないでしょ……」
無力さ、考えの浅さをを指摘される。
ルメスは適切な反論が思いつかなかった。
「――――じゃあ、ローマン。
そっちはどうしたいのよ」
答えは、薄々と感じとっている。
それでも、聞かざるを得ない。
まだ負けてはいないという気力も何とか吐いて。
「当たり前だろ!
このまたと無え機会にキングのヤツを始末するんだよ。
ヤクを輸入してる元締めを!
需要が減れば、供給側もシノギを縮小せざるを得なくなんだろ」
そう、結局はそこにつながるのだ。
ルメスはしかし問い続ける。
「その後はどうしたいのよ。
後釜が現れるだけかもしれないでしょ、首領の居なくなった隙間に」
「あぁ!?
んなもん気に入らねえマフィアどもをぶっ潰すんだよ、今まで通りな。
ヤクを流通させる限り"アイアンハート"が立ちはだかると思い知らせんのさ!」
多くのシノギに手を出すマフィア組織は、基本的にすべて薬物と関わっていると言って良い。
そしてその傘下のギャング達だって。
そんな中で、薬物とは関わらない鉄の掟を維持することがどれだけ困難か。
それでもローマンは、いままでそれをやってのけてきた、
そうだ。ルメスが世を潜む怪盗であり続けるように。
ローマンも反骨精神あふれるストリートギャングで有り続けようとしていた。
それは、夜闇に隠れて静かに動く怪盗とは違う。
燃えるような激情、爆発する超新星。
これこそが、新時代の若きギャングスターの姿だった。
ルメスは。
その在り方に納得してしまう。
自分の弱みを出された上で信念をぶつけられ、気圧されてしまったとも言える。
説得はできなかった。
彼は彼の道を行くのだろう。
悔しいが、仕方ない。
「おい、話は終わらねえぞ」
動き出す鉄の騎士、ジョニー・ハイドアウト。ここでようやっと、話に割って入る。
若い奴らがぶつかるのは楽しいと眺めていたが、ルメスが負けそうになるので手助けをする。
「女怪盗(チェシャキャット)、いや、ルメス。
結局お前のやってきたことは否定されたわけじゃない。
世の中の悪い奴がちょぉっと強かっただけだ。
自信持てよ」
無骨な体ながらも、手慣れた様子で優しく肩を叩く鉄の騎士。
そして、若きストリートギャングのボスへ向き合う。
「なあ、ギャングスターよお。
お前の目指したいところはよくわかった。
熱さが冷たい鋼の身体を伝わってくるぜ」
「そうかい、それで何だよ?」
冷静になっているローマンは、最初とは違いジョニーのペースには乗らない。
「お前の目指すことを実現するには、"アイアンハート"の勢力をもっと強化しなきゃならん。
そうじゃないのか?」
「そうだが……ああ?
テメエ、まさか……」
ジョニーの言いたいことをうっすら理解するローマン。
「そうだ、俺の鉄の身体が周りの屑鉄を取り込むようによ。
"メカーニカ"を"アイアンハート"に勧誘するってのはどうよ?
せっかくこんな刑務作業に同時にぶち込まれた縁だろ?」
それは、ローマンが思いつかなかったこと。
感情的に最初から選択肢を無意識に排除していたから。
「はあ!? アイツはアイアンにとっての怨敵だぞ!」
「だが、直接戦って誰かやられたわけじゃないんだろ?」
「ヤツはヤクの取引に協力してるクズ野郎だ!」
「だが、当人はヤクを打ったことはない。
そして信条的にも、薬物取引に心を売っているわけではないんだろう?」
怒り叫ぶたびに、空気が振動する。
それを意に介さず、ルメスの方を見やるジョニー。
ルメスは……100%そうと確信があったわけではないが。
ジョニーの強い言葉に、強く乗っかり同調し頷いた。
「だからと言って組を裏切ってこっちに来るようなヤツが信頼できるか!?
あんな便利なヤツを簡単に手放すとも思えねえだろ!?
オレは信頼しねえし、仲間もそう信頼しようとはならねえだろ!」
「だが、裏切りが成立したとなれば、奴の組織とアイアンの対立は決定的になる。
それは別にヤクを撲滅してえなら何も悪いことじゃないだろ?」
ギャングの流儀で怒るローマン。
しかしそこでさらに助け舟を出すのはルメス。
「ああ、あのさあ。メカーニカさんと取引するとき。
時々一緒に話すサリヤって女の人がいたんだけれど。
メカーニカさんが向こうの組織に入ったのもその人との縁って聞いてて。
でも、その人が最近死んでしまったみたいで。
だいぶ悲しんでたし悩んでたから。
もしかしたら、上手いこと説得すれば……」
正直このようなプライベートなことを話すのはどうなのかとも、ルメスは思った。
しかし今のままのローマンがメカーニカと遭遇したら、間違いなくローマンは殺しにかかるだろう。
それだけは阻止したい。何らかのプラスの情報を話さざるを得なかった。
ローマンは、否定できなかった。
メリリンと直接話したこともない彼は、直接話したルメスの発言に言い返すことができないのだ。
「――――ハァッ! クソが。ああもうクソが。
そうか、そうかよ。納得してやるよ、一応な。
移るときに示すケジメの内容によっては、何とか納得できるかもしれねえ」
納得せざるを得ないローマン。
胸をなでおろすルメス。
ジョニーはルメスの方へ頭を向けやる。
もし表情が見えたのなら、明るいどや顔をしていたことだろう。
「じゃあ、メカちゃんを殺したいって話はなしってことで」
「クソが。そうだな。
出会ってもヤツの態度次第だが、即座に殺すのはやめだ。
テメエらが捜してたってことも伝えてやるよ」
安堵する二人に対して。
念を押すようにローマンは続ける。
「まだだ。代わりにテメエらが今後メカーニカと遭ったらアイアンの話をしろ。
もしもアイアンに関する取引が成立しなかったら。
さっきテメエが言った、刑期を全うさせてまともな職業に就かせる。
少なくとも、それを実行しろ」
ローマン側からも条件が提示される。当然といっても当然、いや妥協が込められた内容。
ジョニーはお前らの方でメカーニカを始末しろとか、そんな条件が提示されるかもしれないと考えていた。
それは避けることができたから、改めて安堵する。
ローマンは嫌いな相手を自分で始末したいと思っているだろうから、そんな条件が来る可能性は低いとは思っていたが。
恨む相手、協力したい相手に関しては話がまとまった。
「なあギャングスターよお。
さっきの感じだと、俺達とは別行動をしてえようだな?」
そろそろ動き出したい気持ちを計らってか、行動方針の話に移るジョニー。
「ああ。そんなことする意味がねえだろ。
今のところオレの第一目的はキングのヤツを始末することだ。それだけは譲れねぇ。
そっちの怪盗とどこまでも考え方が違えってのに、お互い足を引っ張り合うだろ」
「そうね。それは間違いないでしょうね。
ヤクを消し去りたいって信念も、ギャングとしての矜持もすごいと思う。
でも私はあんたをリスペクトはしない」
「――怪盗ヘルメスはギャングとは違うってか。
その超力を使えば幾らでも暗殺でも何でもできただろ。
世の中をもっと簡単に変えられるのによぉ」
「そんなことするわけないでしょう」
ルメスにはルメスで、怪盗、義賊としての矜持がある。
目指すことも、出来ることもギャングとは違っている。
ジョニーから話されたことを思い出し、改めて今思う。
「別にわぁってるよ。隣の芝がちっと青く見えただけだ。
羨ましいぜ、鉄の騎士とかいう協力者にも早々に恵まれてよぉ」
「生憎俺はギャングの兄ちゃんよりは美人の怪盗の方が好みなんだ。悪いな」
「クソが。違えねえ、屑鉄野郎がよ」
吐き捨てるローマン。
そして話すのは、やはり歳の近いであろうルメス。
「なあルメス、テメエ怪盗としてずっと訓練を受けてたんだろ?
名前も貴族みてぇだし。
恵まれた環境で裏の稼業とかもみっちり学んでた、とかだろ。
親がヤクやってストリートチルドレンも経験したオレの事がテメエにわかるかってんだ」
「そうね――きっとわからない。
優雅な生活はしてないけど、食べ物とかに苦労したことはないし。
訓練で辛いことも捕まって拷問されたこともあったけど、きっと貴方の味わってきた苦痛とは全然違ってる」
相容れない二人。
しかし全く関わりがないとは、ルメスは言わさない。
「でも、子供時代の貴方みたいな人がもっと良い環境で過ごせるように。
私は怪盗業で得た金を慈善団体なんかに送り続けるでしょうね」
そう。ルメスは直接ローマンに手を伸ばすことなぞ出来はしない。
それでも。昔の彼のような子供の助けにはなりたい。
ローマンも。その心を否定はしなかった。素直に受け入れる。
ストリートチルドレンは悪行の方が稼げるから、仲間との絆ができるからとギャングになる。
しかしギャングが悪であることなんて大概の奴は解ってる。それ以外の選択肢は広くあるべきだ。
「フッ。ありがてえことだよ。
なあ、殺人もしてマフィアどもから恨みも買って、ギリ未成年でもないオレの刑期が。
15年で済んでるの、何故かわかるか?
そういう慈善団体のヤツらのおかげだよ。
ヤクを許さないという精神を見て、更生の余地が大きいと判断して弁護してくれたんだよ」
逮捕された後の反抗的なローマンに少しずつ歩み寄って。
刑期を軽くしようとしてくれた人々が、裁判を迎えるローマンの周りにはいた。
ローマンの抱く感情は、複雑ではあるが感謝という気持ちもいくらかは含んでいた。
「だがそれでもオレは更生とかするつもりはねえ。
仲間共の下に戻ってまたギャングのボスをやるつもりだ」
そう、アイアンのボスは外の世界へ戻らなければならない。
ボスを失ったストリートギャングは大概、結束を失う。
離散するのはまだ良い方。
対立する組織に残党が狩られ始末されることだってある。
だから。
少々の後ろめたさで、彼が立ち止まることはまずない。
「オレをどう思う?
義賊の怪盗さん。
――――――――すまねぇな。
せいぜい、頑張れよ」
ネイ・ローマン。
いつまで世界の理不尽に怒る。その怒りで薬物を撲滅する日は来るのか。
いつか折り合いをつけ大人のマフィアになり、広いシマを管理しながら薬物を取り締まろうとするのか。
あるいは、何処へも向かえずに消えていくのか。
その背中は超新星のように強く輝き力強く見える一方で。
そう遠くないうちに、消えそうな儚さも感じられるのだった。
超新星爆発の後は、何が残るのか。何も残らないのか。
餞別の言葉を向け、若きギャングスターは二人の前から去っていく。
――――――――
――――――――
「メカーニカの交渉、上手くいくと思うか?」
ローマンの姿が見えなくなったころ。
鉄の騎士が、怪盗に話しかける。
「正直、難しいと思う。
メカちゃん、サリヤ以外の面子とも関係は悪くは無さそうだったし。
何なら結構楽しそうだったりもしたし。
どうなるだろうね。
ローマンが力で無理やり従わせちゃうかな。
それともメカちゃんが上手いこと喋って乗り切るかな」
「――――そうかい。
まあしかしよ、さっきはそうするしかなかっただろ。
世の中ってのは難しいもんだ」
「そうだよね、便利屋さん。
ほんっと。複雑で、難しい」
ルメス=ヘインヴェラート。
こちらもまだまだ若く、成長の余地を残した子供。
身体は色々拷問で弄られ成熟していても。
世の中の善意や悪意に常人以上に触れてきていても。
これからまだ学ばなければならないことがある。
義賊として働かなければならないこともある。
改めて、実感する。
「そういえば、ローマンの坊やがお前の事を貴族っぽいとか言ってたが」
「坊やって……まあ便利屋さんから見たらそうなんだろうけどさ」
「で、どうなんだ?」
「いえ、一応。貴族の血統ではあるの」
ルメスの先祖はヨーロッパのとある国の貴族ではある。
しかし独自の正義感を貫き、近代の政変や戦争のゴタゴタの際に政府の意向に従わなかった。
そのため、土地も資産もすべてを失い没落していったのだった。
その家にはアイルランド系のオレンジの髪色の使用人がいて、悪事を働く政敵から証拠を盗み出すなど怪盗のようなことをやっていたという。
没落した後は貴族同士で結婚は出来ず、一方で逃避行の中でも協力していった使用人と絆されて子供を設けたという。
その子も怪盗業を引き継ぎ、今度は政治活動ではなく義賊的な役目を果たすようになる。
これがルメスの家が貴族から怪盗の家系へと変化していった経緯である。
もちろん全員が怪盗というわけではなく、表の仕事をしている人間も多いのだけれど。
つまり、本来は貴族として領地を示すファミリーネームをルメスも持っている。長い本名を持っている。
しかしそれを名乗りたくはなかった。
家族は名乗っていたが、まるでまた権力を得て貴族に返り咲きたいかのような意志をそこに感じるのだ。
ルメスはそんな気持ちはない。わずかな家族への反抗心もある。
だから複合名部分のルメス=ヘインヴェラートだけで普段は通している。
「でも、あまり聞かないで。
今のご時世そういうのあまり意味ないでしょ」
「――――――――ああ、そうだな」
ルメスはそういう経緯があるので、ジョニーに今話すことはなかった。
ジョニーはそれ以上問い詰めることはしない。
いずれ必要となれば、明かされると何となく期待はする。
没落した貴族なんかから仕事を請けることは過去にもあったが、だいたいそういう物なのだ。
「さて、私たちも動き出しますか」
「おうよ。疲れたら俺の鉄の身体の中に潜行して休んでもいいぞ?」
「何それ、変態チック」
「ハハハ、こりゃキツいぜ」
【G-4/舗装道路/1日目・黎明】
【ネイ・ローマン】
[状態]:両腕にダメージ(中)、疲労(中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
1.ルーサー・キングを殺す。
2.スプリング・ローズのような気に入らない奴も殺す。
3.メカーニカと出会ったら、協力を求められていることを伝える。アイアンへの引き抜きも考えてはみる。
4.ハヤト=ミナセと出会ったら……。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。
【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:健康
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.頼まれたからには、この女怪盗(チェシャキャット)に付き合う
2.脱獄王とはまた面倒なことに……
3.岩山の超力持ちへの対策を検討。
4.メカーニカを探す。見つけたらローマンとの取引内容も話す。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。
【ルメス=ヘインヴェラート】
[状態]:健康、覚悟
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.私のやるべきことを。伸ばした手を、意味のないものにしたくはない。
1.まずは生き残る。便利屋(ランナー)さんの事は信頼してるわ
2.岩山の超力持ち、多分メアリーちゃんだと思う……。出来れば、殺さないで何とかする手段が。
3.メカちゃんを探す。脱獄王からの依頼になったけど個人的にも色々あの娘の助けがいりそう。ローマンとの取引内容も話す。
※後遺症の度合いは後続の書き手にお任せします
※メカーニカとは知り合いです。ルメス側からは、取引相手であり友人のように思っていました。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。
最終更新:2025年04月20日 14:40