そこは自然溢れる豊かな街だった。
雪が溶け、春になれば美しい花々が咲き開く。
景色一面に広がる花畑は有数の観光名所として毎年沢山の観光客がやってくる。
そんな素朴ながらものどかで素敵な街を仕切る盟主であるヴァルケンライト家の一人娘がエレナだった。
厳格で躾に厳しいが、責任感が強く頼もしい父親は幼きエレナにとって心の底から尊敬していた。
母親もワインレッドの長い髪が美しく、紫の瞳がとても神秘的で、顔立ちも整った綺麗な女性で
穏やかな性格で使用人に対しても分け隔てることなく慈しむ心優しさにエレナも母親の事が大好きだった。
国民達からの信頼も厚く、周囲からも愛されたエレナはとても幸せな人生だった。
14歳の誕生日を迎えるまでは――
惨劇が起きたのは雨の日の夜だった。
その日は14歳になったエレナの盛大な誕生日パーティーが終わり、客達がみんな帰っていった夜の事だった。
屋敷の外にいた警備員や、未だ片付け作業に追われている使用人達がバラバラに切り刻まれて殺害された。
彼らは誰も殺人鬼の犯行に反応すら出来なかった。気付いた時には既に、首が胴体から離れていたのだから。
使用人達を皆殺しにした殺人鬼はエレナ達、親子のいる部屋に侵入して彼は初めて姿を明かした。
殺人鬼はまだ20代半の若い男だった。
彼は風を操る超力を持ち。肉体に空気の層を纏うことで己の姿を消して館に侵入。
風の刃を放って次々と警備員や使用人達を殺害していた。
殺人鬼が最初に狙ったのは、抵抗を試みたエレナの父親だった。
懐から拳銃を取り出すよりも早く、殺人鬼の風の刃が父の肉体を切り裂き、血の海に沈んだ。
続いてエレナを狙った風の刃は、母が身を挺して庇ったことで両親の命は瞬く間に奪われた。
母の返り血を浴び、恐怖で固まるエレナに殺人鬼は容赦無く風の刃を放った。
迫りくる風の刃がエレナの喉元に辿り着かんとした、その時。
『死にたくない!!』
生への渇望と共に風の刃が消滅した。
突然の出来事に二人とも驚きを隠せなかった。
殺人鬼は気を取り直してもう一度、風の刃を放つ。
それもエレナに直撃する寸前で消滅する。
二度も攻撃を無力化されたことに殺人鬼に動揺と怒りを剥き出しにした。
風を自在に操る超力で殺せなかった人間は今までいなかった。誰一人として。
激しく自尊心を傷つけられた殺人鬼は両腕を大きく広げて大技を解き放った。
己が持つ超力をフルパワーに発揮させた殺人鬼は周囲一帯を切り刻む殺戮の嵐を展開させる。
壁、窓、時計、壁画、あらゆる家具やアンティークがズタズタに切り裂かれる中
標的とされたエレナの身体にはかすり傷はおろか、ドレスの裾すら切れ目が入ってなかった。
信じがたい現実に殺人鬼は怒号し罵倒の言葉を叫ぶ。
エレナは怯えた瞳で、殺害された父が手に持っていた拳銃をその手に取った。
ゆっくりとした動きで銃口を殺人鬼へ向けて、引き金を引いた。
放たれた6発の弾丸の内、一発が殺人鬼の胸元に命中した。
殺人鬼は胸を抑えながら倒れ伏し、うめき声を上げ続けた挙げ句、苦しみ藻掻いて命を落とした。
初めて人を殺したエレナは地べたにへたり込むと、両親の亡骸を交互に見つめた後、ただただ泣いた。
次の日、駆けつけた警察達に私は保護されて分かったことがある。
まず、この殺人鬼は色んな街を転々としながら殺戮を繰り返していた凶悪超力犯罪者だということ。
私には他者からの超力を無効化する超力を持っていたということ。
だから殺人鬼が操る超力で傷付かずに済んだという事実が分かった。
その時にエレナは考えた。
『わたくしが真っ先に殺人鬼と戦っていれば誰も死なずに済んだ筈なのでは?』と
たらればの話なんかしても仕方は無い。
だが、もしかしたら屋敷にいた人達を救えたかもしれない後悔がエレナを苦しめた。
ひたすら後悔して悩み、涙を流して日が暮れた。
それからエレナは両親の墓の前に立ち、決心の言葉を口にした。
「お父様、お母様、わたくしは戦いに行きます。罪無き民が超力犯罪者によって命を奪われる、この理不尽な世界を変えるために」
いくら後悔しても死んだ人達は戻って来ない。
ならば、これ以上の悲劇を起こさないためにも超力犯罪者達と戦い
罪無き人々の命を救うためにその身を捧げよう。
エレナは両親の血筋をしっかりと受け継いでいた。
母親からはワインレッドの美しい髪とそっくりな容姿に、他者を思いやる献身的な強さと
自らの使命を果たそうとする厳格で実直な気高き意志の強さ。
家族や使用人達はもういない。
もう二度と甘えることは出来ない、許されない。
不転退の覚悟をを持って彼女はナイフを取り出した。
腰にまで伸びた己のロングヘアーを掴み、ナイフを差し込む。
「お父様、お母様、わたくしは『エレナ・ヴァルケンライト』の名を捨てます!!」
美しかったワインレッドのロングヘアーをバッサリと断髪した。
風に煽られて切られた髪が、空を舞って去っていく。
『これからは戦士として『ソフィア・チェリー・ブロッサム』として生きます。見守っていて下さい。お父様……お母様……』
◇
「ん?少し眠っていましたか……」
巨木に背を預けて座っていたソフィアは数十分ほど眠っていた。
懐かしい夢を見ていた。
エレナからソフィアになった経緯を思い出した。
「あの頃のわたくしはそれはとても力強い決意をしましたわね。でも今のわたくしは……」
パキリっと小枝が折れる音が響く。
ザクザクと落ち葉を踏みつける音が近づいてくる。
殺し合いは既に始まっている。
彼女が物思いにふける時間も満足に用意させてはくれない。
「アンタ『ソフィア・チェリー・ブロッサム』だろ?」
「貴方は……」
ソフィアの前に現れた中年男性の囚人。
殺し合いの場だと言うのに、ソイツはまるで世間話にでも来たかのように近づいてきた。
余裕があるのか、彼の表情からは緊張感というものが存在せず、飄々とした態度を見せている。
その男の名は。
「……恵波 流都ですね」
「アンタみたいな人に名を覚えてもらえるなんて俺も光栄だねぇ」
知らない筈は無い。
特に超力犯罪者との戦いに身を置いてきた彼女にとっては因縁のある存在だ。
『恵波 流都』
超力犯罪組織に身を置き、数々の事件に関わってきた幹部の一人。
彼の超力による隠蔽行為で、迷宮入りとした事件も多く。
間接的関与も含めれば被害者の数は計り知れない。
それでも判明している事件だけでも確定で死刑となる悪行を重ねてきた大罪人。
活動場所の違いで彼と直接、出会うことは無かったが
超力犯罪者の中でも要注意人物として彼の存在はソフィアも把握していた。
「わたくしに何か用ですか?」
「用も何も、今は囚人同士の殺し合い中でしょ。なら分かるよね?」
「そうですか。わたくしの命が欲しいのでしたら構いません。ご自由にどうぞ」
今のソフィアに生きる理由は無い。
こんな世界で生き続けても何の意味も無いのだから。
むしろ、それであの世で彼と再開出来るなら、その方が良いとすら思えてきた。
「それがアンタの考えか。やれやれ、こんな姿を見たらアンタの戦友達も浮かばれないだろうなぁ」
「……」
「確かアンタの両親も超力犯罪者に殺されたんだっけ?きっと草葉の陰で泣いてるだろうねぇ」
自分の事を批判されるのはいい。
現に自分は罪を犯した犯罪者だ。
どんな誹りを受けても文句を言える立場ではない。
それでも……
「お父様とお母様の……」
「んん?」
「侮辱は絶対に許しません!!」
父と母はソフィアの誇りである。
自分には勿体ないほど気高き心を持った両親。
二人を侮辱する言葉がソフィアの心を動かした。
「へぇ、そう来なくちゃ」
『トランス・ビルド』を発動した流都の肉体が黒い煙に包まれる。
火花を散らしながら煙が晴れた時、流都の姿は別の形態へと変化した。
それは奇しくもソフィアの髪と同じワインレッドの色をした異形の怪物だった。
「ブラッドストークッ!!」
「御名答。特殊部隊にいたアンタにはこの姿の方が馴染み深いかな?」
先程の流都の姿の時とは違う声帯となって語るブラッドストーク。
数々の事件の現場で姿を見せていたのはこの形態であり
彼の手によって犯罪組織と戦うアヴェンジャーズが何人も命を落とした。
ソフィアは地面を蹴り上げ、爆発的な加速を生み出す。
彼女の超力『例外存在(The exception)』は他者の超力により齎された事象の影響を一切受けない。
その都合上、特殊部隊に所属してからのソフィアはひたすら体術の鍛錬を受けてきた。
超力を封じたら後は己自身の身体能力で決まる。
鍛錬の末に会得した技術『縮地』により、瞬時にブラッドストークへと肉薄し――
「はぁぁ!!」
「ぬおっ?」
ソフィアの拳により、放たれた発勁が即座にガードしたブラッドストークの左腕へと炸裂する。
思わぬダメージに驚きの声を上げつつ後退するブラッドストーク。
それを追撃することはソフィアには出来なかった。
ソフィアの左脇腹から激痛が走り、次の行動が取れなかったからだ。
その理由はシンプル。
ソフィアの発勁に合わせて、同時にカウンターを叩き込んだ、それだけだ。
「それがお前の力かァ。ソフィア」
(やはり、この男……並の犯罪者よりずっと戦い慣れてる)
縮地による接近、瞬きするよりも早い速度で動き
最小の動きでブラッドストークへ発勁を叩き込んだ。
だというのにガードされ、なおかつ発勁のタイミングを合わされてカウンターを食らう始末。
それでも相打ちの形となったのはソフィアの超力により
ブラッドストークの超力を無効化したからに過ぎない。
強靭な身体能力も、金属のように硬質化した肉体も、ソフィアに触れられた瞬間に霧散し
変身前の常人並の戦闘力に落とされたからだ。
「クククッ、なんだ。完全に腑抜けたかと思えば、まだ心が生きてるじゃないかソフィア」
「貴方はさっきから何がしたいんです?」
苦戦を強いられたのにも関わらず余裕の笑みを浮かべるブラッドストークの態度に
ソフィアはいまいち彼の真意を理解することが出来ない。
「試してみたかったんだよ。アビスではアンタが腑抜けちまってる噂を聞いたんでなァ」
「なぜそのようなことを?」
「俺はアンタを買っていたんだぜ。犯罪者と戦う強い正義感を持ちながら法を犯してまで悪を始末したその覚悟になァ!」
ソフィアはアビスに収容される要因となった罪。
それは故郷を焼いた悪徳政治家を直接、この手で殺害したからである。
「そ、それは……」
「納得出来なかったのだろ?一部の人間が権力を利用して好き勝手悪行を働くやり方に!
俺だってそうだ。確かにやり方は間違っているかもしれねえ。だが誰かが立ち上がらなければ今の世の中を変えることは出来ねえんだよ!」
「それは詭弁です!それを理由に犯罪なんて許されるはずがありません!」
「その通りだ。だから俺は大人しく処刑台に上がる覚悟は出来ていたさ……だがな」
どのような理由があろうとも罪は罪。
許されることではないのはブラッドストークも否定はしない。
それでも納得できない事はある。
「囚人をまるでゲームの駒のように殺し合わせるやり方は俺は認めねえ!
俺達は玩具じゃないんだ。生きてる人間なんだよ!」
「……ッ」
それはソフィアにも気がかりであった点だ。
まるで娯楽の一種として命をもて遊ぶやり方はとても人道的とは思えない。
「それにソフィアだって気付いているはずだ。ここにはどう考えても悪人とは思えない囚人達が多数連れて来られていることをな!
このままで良いのか?本当に罪を犯したのか分からない若者達に殺し合いを強制させるこの状況を!」
「……わたくしにそんなことを言われても何か出来ることなんて」
「思考を放棄するなソフィア!!このアビスの現状を見て、お前の中の正義は本当に何も感じないのか!?」
「…………」
熱弁するブラッドストークの言葉にソフィアの心は揺れ動く。
彼の言葉通り、僅か3ヶ月の獄中生活の中でも心優しい囚人は何人も見てきている。
本当に彼らが大罪を犯したのか疑問視もしていた。
「貴方はこれから何をするつもりですか?」
「俺は俺の納得出来る行動を取るさ。恩赦の餌を与えられて命じられたまま殺し合う気は無いんでな」
「そうですか」
「アンタも思うままに行動するといいさ。決して後悔しないように己の心に正直に向き合ってなァ」
そう言うとトランス・ビルドを解除しブラッドストークから流都の姿へと戻った。
ソフィアに背を向けると歩き出し、右手を上げてぶらぶらと振り
「生きてたらまた会おうぜ。チャオ♪」
その言葉と共に流都は立ち去って行った。
「わたくしの心に正直に、ですか……」
自分のやりたいことなんて、何も分からない。
ただ、このまま何もせずに立ち止まったままでいいのかと訴えてくる感情が残っている。
(こんな時、貴方ならなんて答えてくれますか?)
二年前に失った恋人を想い出す。
今の抜け殻のようになった自分でも何か成すべきことはあるのだろうか。
いくら彼を想っても、答えてはくれない。
(……他の人にも会えば、答えは見つかるでしょうか?とりあえず歩きましょう)
誰かと出逢えば、やりたいことが見つかるかも知れない。
ソフィア・チェリー・ブロッサム、彼女の進むべき道はまだ見つからない。
それでも前に進むしか無い。
【D-2/森/一日目・深夜】
【ソフィア・チェリー・ブロッサム】
[状態]:ダメージ(小)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.自分の成すべき事を探す
1.他の囚人達を探しに移動する。
◇
「~♪」
呑気に鼻歌でも歌いながら歩く流都、彼は現状をただただ楽しんでいた。
このまま死刑を待つのみの人生だった流都。
そんな彼の元にこんな愉快なイベントへの参加権をプレゼントしてくれたのだ。
そりゃあ全力で楽しまなきゃ不義理というものである。
「さ~て、ソフィアちゃんはどう動くかな。このまま腐っていくか、それとも」
流都がソフィアに接触した理由。
それは今の彼女は無気力状態で腑抜けているのを噂で知っていたからだ。
端から生きるのを諦めて、ただ大人しく殺されるだけのキャラクターなんて、見てても盛り上がらないじゃないか。
そんなのゲームの対戦中にわざとコントローラーを手放して勝負を放棄されるようなもんだ。
だから流都はソフィアを見つけた時に声をかけた。
彼女の正義感を刺激し、生きる活力を与えるために。
どうせ死ぬなら必死に生きようと足掻いて、更に足掻いて、足掻き切った末に死ぬべきだ。
流都が熱弁した言葉は全て、ソフィアのやる気を与えるための嘘である。
彼に世直しの高潔な意志なんてあるはずがない。
流都が犯罪組織に所属していた理由はただ一つ。
それは混沌を楽しむためだ。
『開闢の日』から20年、この世界は超力に溢れ、混沌を極めている。
超力犯罪組織が各国で出現し、互いが互いを憎み、傷つけ、滅ぼし合う。
やがてこの星が超力によって滅びゆくその時まで、俺はその後押しを続ける。
ソフィアにアビスのやり方に疑念を抱かせる言葉を使ったのも混沌のためだ。
囚人達が殺し合い、生き残った凶悪犯達が世に放たれる。
それも悪くはないが、いまいち盛り上がりが足りない。
それでは刑務官という駒はロクに落ちること無く、平穏に終わるではないか。
流都の目指す最終目的、それは恩赦による生還ではない。
このゲームを破壊し、囚人達による脱獄を促し
刑務官達との殺し合いを引き起こさせる。
それは最も困難な道のりであり、最も多くの血が流れる状況となるだろう。
それこそがアビスにおける最大の混沌である、
『ブラッドストーク』その名の通り、彼の忍び寄る先には血が流れ続けた。
より多くの血を、より多くの死を、より多くの惨劇を、より多くの混沌を。
それが恵波 流都の進むべき道である。
【恵波 流都】
[状態]:ダメージ(小)
[道具]:無し
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.このアビスに混沌を広める。
1.囚人達を脱獄させる手段を見つけたい
2.1の目的を叶えるための協力者が欲しい
3.1の目標達成が不可能な場合は恩赦による生還を目指す
最終更新:2025年02月22日 19:25