必殺の一撃は拮抗。
 互いの肉体に降りかかる重圧、負担、振動、そのどれもが同等。
 永遠に続くのではないかと思えるほどの持久戦。しかし当然ながら、長くは持たない。

 威力が互角ならば勝敗を分かつのは体力。
 その条件下で圧倒的な不利に立たされているのは、いうまでもなくりんかの方だ。
 元より手負い、加えて全身を蝕む猛毒。
 こうして意識を保つことですら精一杯の状況。
 尋常ならざる精神力も、命と共に終わりが近づいていた。

(足り、ない…………っ!)

 均衡が崩れ始める。
 流都が一歩、踏み出す。
 りんかの身体が僅かに押し上げられ、衝撃が喰い殺され始める。

(あと少し、なのに…………!)

 数秒か、数十秒か。
 流れゆく時間の中で、りんかは歯噛みした。
 敗北する未来を想像して、止めどない無念を抱く。

 ────救いたい。

 紗奈を、そして流都を。
 降り掛かる不運と悪意に踊らされる人々を。
 この命に代えても、助け出してあげたい。

 なのに、それなのに。
 身体が言うことを聞いてくれない。
 とっくに越えた限界が、今になって牙を剥く。

(ごめん、なさい…………!)

 不屈の精神が陰りを見せる。
 絞り出した謝罪は誰に向けてか。
 薄れゆく意識の中、受け入れるように目を閉じて。



「────りんかッ!!」



 目を開く。
 轟音の中でも鮮明に聞こえた、己を呼ぶ声。
 幼く、しかし確かな強さを込めたその声はりんかの心を呼び覚ます。


「がんばれ!! りんかーーーーーっ!!」


 喉がはち切れんばかりの叫び。
 交尾紗奈は、状況を理解したわけではない。
 りんかの不利を悟ったわけでもない。

 ただ純粋に、ただ本心で。
 棄て去ったはずの童心のまま、臆面もなく〝応援〟しただけ。

 そんな小さな応援を受けて。
 ヒーローは、覚醒する。


「は、あああああぁぁぁぁぁぁ────ッ!!!!」


 りんかの背へ純白のエネルギーが集結する。
 それは天使を思わせる翼を形作り、大きく羽ばたいた。
 威力も、速度も、重さも。先程までのそれら全てを過去にするほどの大躍進。
 それは凄まじい勢いで流都の拳を押し退けて、赤紫の胸甲へ突き刺さる──!


 ──エターナル・ホープはこの瞬間、強化ではなく〝進化〟した。
 猜疑心に囚われていた紗奈が、信じる心を取り戻したから。
 不可能を可能に変えたことで、葉月りんかという存在を唯一無二に昇華させたから。
 生涯で一番、自分自身を肯定できたから。


 不滅の希望は、闇を呑み込んだ。



◾︎




「っ、げほ…………どう、なったの……?」

 決着の余波に吹き飛ばされた紗奈は、痛む目を擦りながら爆発の源へと視線を向ける。
 漂う砂塵が邪魔だ。それが晴れる頃、うっすらと人影が浮かび上がる。

「りんかッ!」

 きっとそうだと信じて。
 胸騒ぎを押し殺し、呼んだ名前は。
 次第に明らかになる人影に呆気なく否定された。



「────惜しかったなァ、葉月りんか」



 立っていたのは、ブラッドストークだった。
 その胸に僅かな亀裂を走らせて。
 不吉の鴻鳥は、倒れ伏したりんかを静かに見下ろす。

「………………りん、か…………」

 嘘だ、と。
 否定するために、近寄った。
 けれど踏み出すたびに思い知らされる。
 正義の敗北を。無情なる現実を。
 人を救うヒーローなど、所詮は夢物語だったのだと。

「ゆる、さない……っ!」

 そんなの、認めてたまるか。
 りんかは間違っていただなんて、死んでも認めない。
 頬を伝う涙をそのままに、気が付けば紗奈は流都の前へ立ちはだかっていた。

「おーおー、仇討ちか? いいぜ、相手になってやるよ」

 悠然とする流都へ、殺意が湧き上がる。
 超力が通用しないことはわかっている。エターナル・ホープでの身体能力強化も流都の前では塵に等しい。

 それでも、紗奈は退かない。
 素肌を曝け出そうと衣服に手をかける。
 自分のためではなく、りんかのために。
 己の心を削る異能を、初めて誰かのために行使しようとして。

「…………え、?」

 その小さな腕が、止められた。
 事切れたはずのりんかの手によって。


「呆れたぜ、まだ立てるのかよ」

 ゆらりと、少女が立ち上がる。
 酷使に酷使を重ね、とうに限界を迎えている肉体を潰えぬ信念で支え持って。
 刻一刻と心臓を蝕む毒に声を押し殺して。
 紗奈に背中を向け、流都と対峙する。

「…………わかったわかった。その〝正義〟に免じてガキは殺さないでおいてやるよ。残り少ない時間、精々二人で楽しみな」

 吐き出すは勝者の驕り。
 いつも通りの吐き気がする気まぐれ。情けか労いか、それに込められた感情を読み取ることは紗奈には出来なかった。

「チャオ♪」

 背を向け、右手をぶらぶらと振る流都。
 鬱蒼とした森へ消えゆくその背中を見届けて、りんかの身体はとうとう崩れ落ちた。

「りんかっ!!」

 紗奈が慌てて腕を伸ばす。
 りんかの身体は変身解除により、幾分か縮んでいた。
 皮肉なことに、そのおかげで紗奈の小柄な体躯でも彼女を支えることが出来た。

「紗奈、ちゃん」
「だめ、しゃべっちゃだめ……!」

 りんかの血色は恐ろしく白かった。
 紗奈の目から見ても、もう長くないことはわかる。
 こうして言葉を紡ぐだけでも、地獄のような苦しみに寿命をすり減らしているはずだ。

 ふるふるとりんかが力なく首を振る。
 その表情はひどく穏やかで、けれど言いたいことがあるような未練が垣間見えて。
 紗奈は、何も言えなかった。

「こわかった、よね。つらかった、よね。……ありがとう。私の、ために、立ち向か、って……くれて」
「いい、そんなの……いい、からっ! 私の方こそ! りんかがいなかったら、とっくに死んでたから……っ!」

 上手く言葉にできない。
 言いたいことがありすぎて、全然纏まらない。
 嗚咽交じりに紡がれる拙い言葉一つ一つを、りんかは大切そうに耳を立てた。

 ────ありがとう、ごめんなさい、死なないで。
 何度も何度も、泣きじゃくりながらそれを伝えて。
 やがて紗奈の言葉が途切れて、泣き声だけが聞こえる頃。りんかは口を開いた。

「ねぇ、紗奈ちゃん」

 声にならない返事をする。
 涙で滲む彼女の顔をよく見るため、袖で目を拭う。
 色の異なる双眸が紗奈を見据えて、こう言った。

「私、ヒーローになれたかな?」

 狡い質問だと、自分でも思う。
 それでもりんかは、聞きたかった。
 自分の生き方は正しかったのか。
 幼い頃に見たあの〝特撮ヒーロー〟の背中を、ちゃんと追えていたのか。

「当たり前、でしょ」

 一瞬の間も置かず、紗奈は断言する。

「私にとってりんかは────かけがえのないヒーローだよ」

 それは、在りし日の肯定。
 十五年掛けて追い求めていた答え。
 大災害を生き延び、家族を惨殺されても尚自分だけが生き残った意味。
 他人の為に尽くしたいという願いは、叶えられたのだと。
 葉月りんかは、心の底から安堵した。

「よか、った」

 唯一心残りがあるとすれば。
 流都のことも、救ってあげたかった。
 彼もまた、苦悩と葛藤で本当の自分を殺してしまった一人だから。

 ゆっくりと目を閉じる。
 脳裏に浮かび上がるのは、大好きな家族の姿。

 刑事らしく勇ましい父親。
 穏やかだけど気丈な母親。
 命を呈して自分を守ってくれた姉。

 そんな光景を見て。
 少女は、幸せそうに笑みを溢した。


「りんか、」

 返事は、ない。
 身体を揺さぶっても、反応がない。

「やだ、やだよ……ねぇ、りんか! りんかっ!」

 静寂の中、紗奈の声だけが響く。
 りんかの息遣いすら聞こえない。返ってくるのは自分の叫び声と嗚咽だけ。
 そんな哀しい現実を、わずか十歳の少女が受け止めきれるはずもなくて。
 りんかの声が返ってくることを願って、呼び続ける。

「りんかっ! りんかぁぁーーーーッ!!」


 幼子の悲痛な叫びが、平野に木霊した。






【葉月 りんか 死亡】





◾︎



 重い、重い足取りで森を歩む人影。
 一歩を踏み出すのに数秒要し、震える息遣いは虚しく葉に吸い込まれる。
 やがて糸の切れた人形のように倒れ込み、傍らの木へと力なく凭れかかった。

 赤黒い闇と共に、超力が解ける。
 久方ぶりにさらけ出された流都本来の姿。
 彼の胸は、向こう側の樹皮が見えるほど大きく穿たれていた。


「…………ハッ、思ったより早い幕引きだな」


 恵波流都の肉体はすでに死を迎えていた。

 当然だ、如何に強固な皮膚を持とうと中身は生身の人間。
 外殻の下で眠る筋肉も、骨も、内蔵も。進化したりんかの必殺技に耐えることなどできなかった。

 ブラッドストークを維持するどころか、立っていることすらままならぬ致命傷。
 それでも彼女たちの前で平然を装えたのは、犬の餌にもならないちんけなプライドからか。
 それは流都自身にも分からなかった。

 喉元から迫り上がる血を、盛大な咳と共に吐き出す。
 息を吸うことすら困難になってきた。いよいよ遺された時間は少ない。
 紗奈とりんかへ向けた言葉を思い返し、噛み締めるように夜空を見上げた。







 ああ、なるほどな。
 死にゆく者の気持ちってのは、こういうものか。

 案外呆気ないもんだ。
 もっと恐怖と絶望を味わうと思ってたのに、まるで想像と違ったな。
 俺が今まで殺してきた連中は、あんなにも取り乱してたってのに。
 自我を失う感覚を味わえるのを楽しみにしてたから、少し残念に思う。

 ああ、くそ。
 こういう時、煙草の一本でもあれば格好もついたんだがな。
 無理にでもこっそり持ち込むべきだったか。

 いや、どっちにしても同じか。
 俺を看取る人間なんて誰一人居ないんだから。
 それこそが、俺の最後の狙いだ。


 ────なぁ、葉月りんか。
 お前は、俺に勝ったことに気付かないまま死んでいくんだ。
 お前が連れてた『死神』はどう思うだろうなァ?
 仇を討とうにもそいつはとっくに死んでて、しかも誰が殺したか分からないっていうんだ。
 行き場のない怒りと無念に苦しむあのガキの顔を想像するだけで、嗤えてくるぜ。

 あのガキだけじゃない。
 俺の首を狙う連中は一人や二人じゃないだろう。
 中には俺のことを血眼になって探し回る復讐鬼だっているかもな。

 数え切れない恨みを買った自覚はある。
 老若男女問わず、少しでも裏社会に触れた経験のある囚人が俺の名を聞けば。快く思う人間なんて一人だっていないだろう。
 参っちまうよな、人気者の辛いところさ。

 そんな怨恨の渦中が、人知れず命を落とす。
 これが俺の広める最期の〝混沌〟さ。
 特等席(あっち)から嘲けてやるよ、哀れな人形共。


 なにが正義、なにが悪。
 みんな己の欲望に正当性を見出して、名称で着飾っただけだ。
 自分本位のエゴイストたちが、いかに自分が正しいかを競い合う。
 それがこの世界の真理なのさ。

 あの葉月りんかも同じだ。
 自分の醜さを棚に上げて、他人を救うだのと甘っちょろい理想論を垂れ流す。
 そしてそんな正義の押し売りを、心の底から正しいと信じ込んでいる。

 異常なしぶとさに少し驚かされはしたが、それだけだった。
 俺を救うなんて一丁前に豪語しておきながら、なにも成せずに死んでいった。


 結局はそうさ。
 正義に陶酔した青臭いガキの成れの果て。
 なにがヒーローだ、そんなもの目指してなんになる。
 この世界を知れば知るほど、そんな夢は見れなくなるのさ。


 ああ。
 本当に、くだら────



 …………いや。



 もう、いいか。






「……………………羨ましい、な」


 いつの間にか、嘘をつく事が癖になっていた。
 本当の自分なんてとっくに見失った。探し出さないようにしていた。
 開闢の日以降の狂った世界を、素面で生きていくなんて出来なかったから。

 だってそうだろう。
 もしも嘘偽りない自分を見せて、それが丸々間違いだったと否定されたら。
 ──俺は、どうすればいいんだ?


 嘘だけが味方でいてくれる。
 道化を演じている間だけ、自分を守れる。
 欺瞞、出鱈目、嘘八百。口にする言葉は己の意思とは程遠くて。
 吐き出すそれが真実か嘘か、自分でも分からなくなっていた。

 別に哀しいなんて思わない。
 真っ当な人生なんざとっくに諦めた身だ、裏社会を生き抜くには都合が良かった。


 けれど、あいつの。
 葉月りんかの生き様を見て、ほんの少しでも思い出してしまった。
 かつて〝正義〟を創り出そうとした、本当の自分を。
 心から他人を救うことに喜びを見出していた、愚直で世話焼きな男の姿を。


『────やっぱりおやっさんのコーヒーは美味いなー!』


 …………なんだ、こりゃ。
 走馬灯、ってやつか?

『おいおい、よく飲めるな……自分で言うのもなんだけど、死ぬほどマズイぞ?』
『えー? そんなことないって。ほら、皆にも勧めようぜ!』
『はは、んなことしたらこの店潰れちまうって。こんなコーヒー飲めるかァ! って、怖いお客さんに殴られたりしたらどうすんのよ』

 そこは、そう。俺の喫茶店だ。
 カウンター越しに会話するのは……ダメだ、名前が出てこない。
 顔はぼやけて、声はツギハギのように不明瞭で。
 けれどそいつは間違いなく、俺が育て上げようとした〝ヒーロー〟だった。


 それは、意図して封じ込めていた忌々しい記憶。
 思い出すのが嫌だった。
 あの時からの変貌を自覚するのが怖かった。
 だから嘘で塗り固めて、恵波流都という別人を作り上げて。
 必死で見ないふりを続けてきたんだ。

 ああ、でも。
 なんだ。
 意外と、悪くない気分だな。


『そうなったら、俺がおやっさんを助けてやるよ』


 〝ヒーロー〟の顔にかかっていた靄が晴れる。
 純真無垢という言葉が相応しい、眩い笑顔。
 俺はこの笑顔を見るのが、好きだった。


 そいつは生まれつき、味覚が著しく鈍かった。
 何を食っても美味いか不味いかなんて分からない。ただ生きるために物を食っていた。
 店に来る子供たちが幸せそうに料理を食う姿を見て、いつも寂しそうにしていたのを覚えている。

 美味いもんを美味いと思えない。
 それがどんなに辛いことなのか想像できなくて、なんとかしてやりたかった。

 だから色々、試してみた。
 普通に淹れるよりもずっと手間をかけて、恐ろしく苦いコーヒーを淹れてみた。
 そしたらそいつは初めて笑顔を見せて、〝美味い〟と言ったんだ。
 迸るような喜びが胸を満たすのを感じて、自然と笑みが溢れた。


 けれど、それから数年経って。
 己の正義に押し潰されたそいつは、いつしか〝悪の組織〟の中心人物と畏れられるようになって。
 もう二度と、俺の店には来なくなった。


 ────なぁ、〝ヒーロー〟。
 俺はどうすれば、お前を止められたんだ?

 もっと〝美味い〟コーヒーを淹れられたら。
 あの時面白がって煙草を一本やらなければ。
 店の裏で捨てられたエロ本を一緒に読まなければ。

 お前はまだ、この店に来てくれてたのか?


 分かってる。
 俺が何をしたところで、結末は変わらなかった。
 過去を悔いても仕方ない、前を向いて進め。
 心無い蔑みや罵倒の中でも、正義の心を持った連中は俺にそう投げかけてきた。

 けどな、俺にとっては。
 実の息子同然に育て上げてきたそいつらは。
 かけがえのない、俺の全てだったんだよ。

 だから俺は、〝悪〟になろうとした。
 この世界(ほし)丸ごと巻き込んで、全ての悲劇の黒幕になろうとした。
 そんな途方もない混沌を前にすれば、〝あいつら〟の仕出かした悪なんて霞んで見えて。民衆はそれどころじゃなくなると思ったから。
 息子達の悪意ごと、呑み込んでやるつもりだった。

 それでも、未練ってやつかな。
 あのコーヒーを、毎日淹れ続けた。
 誰もが顔を顰めるその味を、みんなに勧めてきた。

 そうすれば、あの時の約束を果たしてくれるんじゃないかって。
 俺を助けに来てくれるんじゃないかって、淡い期待を抱いて。
 また〝おかえり〟って、そう言える時が来るんじゃないかって。


 ────ああ、なるほどな。


 たしかに、葉月りんかは正しかった。
 俺は、救いを求めていたんだ。

 悪を討つ本物のヒーローを。
 混沌を切り払う正義の光を。
 あの時成し得なかった、英雄の創造を。

 ずっと、望み続けていたんだ。



 なんだよ、おい。
 あんだけ色々言っておきながら、結局俺は。



 ────あいつに、救われてるじゃねぇか。






【恵波 流都 死亡】









 人を信じることなんて、ないと思っていた。
 裏切られるのが怖くて、信用することを避けてきた。
 結局はみんな醜い欲を秘めていて。土壇場でその本性を晒し自分を傷付ける。
 そんな局面に、紗奈は何度も立ち会ってきたから。

 けれど、彼女がこの刑務作業で初めて出会った葉月りんかという人間は。
 今まで出会ってきた誰よりも優しくて、誰よりも裏表がなかった。

「りん、か……やだ、やだ…………よ……!」

 とめどなく溢れる嗚咽。
 りんかの身体に縋り付き、ふるふると首を振る。
 散々悟ったような言動をしていた少女は、現実を受け入れられない駄々っ子のように。
 喉が枯れるのも厭わずに、大粒の涙を流し落とす。

「────ひとりに、しないで…………っ!」

 その言葉は、紗奈が最初に発した願望とは真逆。
 他者を拒み続けた彼女が見せた、心の底からの渇望。
 もう届かぬと知りながら、それを吐き出して。
 滴り落ちた紗奈の涙が、りんかの頬へ伝った。


 紗奈は特撮ヒーローをよく知らない。
 だから、主人公にピンチはつきものだということも知らない。

 そしてそんなピンチは、
 確然たる〝希望〟によって覆されるという、約束された王道も。



「…………え……?」


 ────それは、希望の物語。
 ────それは、不滅の象徴。


 突如、りんかの身体を優しい光が包み込む。
 浄化の輝きの中で、彼女の姿はシャイニング・ホープ・スタイルへと変貌した。
 女神が君臨したかのような光景に、紗奈は目を奪われる。

 静止した時は、再び動き出した。

 紗奈の小さな身体が、抱き寄せられる。
 他でもない、葉月りんかの腕によって。


「約束、したでしょう」


 何処までも優しくて、透き通る声色。
 その声を聞いた瞬間、紗奈の顔はくしゃりと歪んだ。

「紗奈ちゃんのことは、私が守るって」

 滂沱の涙、驚喜の鳴き声。
 まるで母親に抱かれた子供のように。
 或いは、年の離れた姉に甘える妹のように。
 紗奈は、りんかのことを力一杯抱きしめた。

「う、ああ────」

 その奇跡に理屈などない。
 わざわざ説明するのも野暮というものだろう。
 紗奈の願いが、りんかの魂に届いた。
 ただそれだけのことだった。

「うああっ、ああ……あああぁぁぁ────っ!!」

 幼子のように泣きじゃくる紗奈の頭を、りんかが撫でる。
 血色を取り戻した少女の顔は、優しく微笑んで。
 その光景はまるで、あの日の鏡写しのように。
 追憶の彼方、自分を勇気づけてくれた姉の姿と重なった。





【葉月 りんか ────Evolution Hope】





◾︎



 りんかが死の淵に陥ったあの瞬間。
 真っ暗な闇の中、差しかかった一縷の光を道標に歩いて。やがて再会した大好きな家族たちへ、迷いなく駆け寄ろうとした。
 けれど父も、母も、姉も。彼女を迎え入れることはしなかった。
 まだこっちへ来てはいけないと、道を戻るように言った。

 りんかが振り返った先。
 今まで進み続けてきた光と真逆の方向。

 無尽の闇の中、助けを求めて咽び泣く少女の姿があった。

 気がつけば、駆け出していた。
 助けたいという一心が、考えるよりも先に身体を突き動かした。

 自分はまだ、生きなければいけない。
 生きていてもいいのだと教えて貰ったから。
 助けを求める人へ、手を差し伸べるために。
 闇の中で彷徨う人達の、目印になるために。


 不滅の希望は、返り咲いた。





【D-3/森付近の平野/一日目 黎明】
【葉月 りんか】
[状態]:シャイニング・ホープ・スタイル、全身にダメージ(極大)、疲労(大)、腹部に打撲痕、ダメージ回復中
[道具]:なし
[方針]
基本.可能な限り受刑者を救う。
0.今は少しだけ、休む。
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2.この刑務の真相も見極めたい。

※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。

【交尾 紗奈】
[状態]:気疲れ(中)、目が腫れている
[道具]:手錠×2、手錠の鍵×2
[方針]
基本.死にたくない。襲ってくる相手には超力で自衛する?
0.りんか……!
1.超力が効かない相手がいるなんて……。
2.りんかのことを信じてみたい。

※手錠×2とその鍵を密かに持ち込んでいます。
※葉月りんかの超力、 『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の効果で肉体面、精神面に大幅な強化を受けています。

【共通備考】
※D-3の森のどこかに恵波 流都の首輪(100pt)が遺されています。
※シャイニング・ホープとブラッドストークの必殺技の衝突により、D-3エリアにて強い光が生じました。

040.PSYCHO-PASS 投下順で読む 042.閑話:御伽噺
時系列順で読む
chang[e] 恵波 流都 懲罰執行
葉月 りんか 交わらぬ二つの希望
交尾 紗奈

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2025年03月12日 00:09