◆
夜が始まる。闇が再び訪れる。
地の底の舞台を、静寂の影が覆い尽くす。
茜色だった空は、徐々に紺色へと染まっていく。
夜がその姿を現し、月が朧気に照り始めてゆく。
時は巡り、陽は堕ち。
咎人達は、最後の夜へと誘われる。
血で血を拭う、贖罪と断罪の闘争。
その終焉が、刻々と迫り続ける。
暗闇へと沈みつつある山岳を、悪童達は駆け抜けていく。
荒々しい灰色の岩場を物ともせず、彼らは各々の体術によって跳躍と疾走を続けていた。
「被検体は追ってこねェようだな。本当に足止めされてンのか?
このまま大人しくしてくれりゃあ、こちとら助かるんだがね」
トビ・トンプソンはまるで山猫のように、軽やかな身のこなしで疾駆する。
窮地を楽しむ脱獄王と言えど、被験体との対峙は骨が折れる事態だった。
「奴が僕達の現在位置を把握できるようになった以上、油断は出来ない。
脱獄王。有事になったら戦う準備はできているが、その時はヤミナを頼む」
只野 仁成は鍛え抜かれた競技者の如く、技術に裏付けられた身体能力で突き進む。
放送を機に被験体へと与えられた特権を振り返りながら、警戒を緩めずに呟く。
「どうやらバルタザール・デリージュも健在らしいな。
アンリからそいつの話は聞いたが、被験体以外もまだ気を抜けねえってワケだ」
ジョニー・ハイドアウトは地形に応じて四肢を自在に変形させ、悪路を走破していく。
最大の脅威は被験体とはいえ、不確定要素は決してそれだけではないのだ。
「ふぅぅぅ、うおっ、ふおおおおっ――――」
ヤミナ・ハイドだけは仁成に背負われ、風に曝されながらしがみついている。
楽しんでいるのかふざけているのか、いまいち分からない。
彼らは山を進む。岩場を越え、斜面を駆け上がり、最適な道筋を走破していく。
目指す先は会場南東、G-8に位置する小屋。
共通の目的を果たすべく、悪童達は風の如く跋扈する。
周囲への警戒も常に怠らず、五感を研ぎ澄ませて鋭く注意を払い続けていた。
走り続ける中で、彼らは思考を巡らせていた。
つい先程流れた第三回定時放送の内容について、各々が咀嚼をする。
そしてトビは、己が思い至った推察を振り返る。
この刑務には、敢えて綻びが残されているのではないか。
世界の核心に迫る手がかりを、故意に仕込んでいるのではないか。
受刑者に一時的な自由を与えられる状況を、彼らは利用しているのではないか。
看守長ヴァイスマンは、その構図を容認――あるいは自ら企てたのではないか。
ヴァイスマンによる意図的な“脱獄の誘導”。
彼の思想にそぐわない“異世界移住計画”への叛意。
すなわち、受刑者による刑務の無効化を黙認している。
何らかの計画の為に、受刑者による脱獄の糸筋を敢えて残している可能性。
それこそトビが見当を付けた、勝利への道筋だった。
しかし第三回定時放送は、その推測に対する反論となった。
それと同時に、遺された情報の信憑性を改めて露呈させた。
――――北西、灯台。
――――南東、小屋。
目標地点とされた二ヵ所の施設が、此度の放送で禁止エリアとして指定された。
ヴァイスマンが脱獄を望んでいるという仮説は、その厳然たる事実によって否定された。
それは即ち、彼らの勝ち筋となる前提が崩壊しかねない事態であった。
脱獄王が開拓したはずの“進むべき道”は、暗雲の影に包まれたのだ。
では、悪童達の希望は断たれたのか?
彼らの望みは徒労として潰えたのか?
答えは否。断じて否である。
「なあ、脱獄王よ」
「ああ」
移動を続ける中で、ジョニー・ハイドアウトが呼びかける。
言いたいことは分かっている、とトビは頷いてみせた。
「こいつぁアタリだろうな」
トビ・トンプソンは、焦燥を奥底に嚙み締めながら。
それでも不敵さを気取るように、ニヤッと笑ってみせた。
「アビスの連中がどんな思惑を腹に抱えてるのか。
これまでの手掛かりは勝利への道筋なのか、あるいは俺達を誘導する罠に過ぎないのか。
未だにハッキリはしねえが……確かなことも見えてきた」
腑に落ちない事柄、未だに全容の曖昧な事柄。
解き明かせていない謎の断片は、幾つも散りばめられている。
果たして何処までが相手の思惑で、何処までが不測の事態なのか。
悪童達は掴み切れていない。しかし、得られた確信もあった。
「絶対にあるぞ。“核心”ってヤツがな」
トビは、確固たる意思と共に述べる。
灯台と小屋。先の結託によって共有された情報。
この刑務を打破するための収束点とされた施設。
その2箇所が、まさに禁止エリアへと指定されたのだ。
「奴らが此処に来て、両施設への侵入を妨げるような措置を取った。
それこそがまさにサリヤからの情報を裏付けることになる訳か」
「少なくとも“安々と探られたくないモン”があるのは間違いないだろうな。
恐らくは大半の受刑者がブラックペンタゴンに移動したことで、奴らも野放しにしていたんだろう」
合点が行くように呟いた仁成に対し、ジョニーもまた答える。
恩赦稼ぎや会場調査の為に向かわざるを得ないブラックペンタゴンとは違う。
灯台と小屋は、どちらも会場の僻地に存在する目立たない施設でしかない。
大抵の受刑者にとっては優先度は低くなるだろうし、自然と無視される形となる。
「ま、ずっと放置されてたこと自体も奇妙ではあるがな」
とはいえ現状の局面に至るまで、野ざらしにされていたことも確かだ。
場合によっては、両施設のどちらかに足を踏み入れる受刑者が現れた可能性もある。
ジョニーは何処か腑に落ちないように振り返る。
第一回放送時点で即座に禁止エリアへと指定するか、あるいは地図に施設の存在自体を載せないか。
刑務を管理するアビス側は、そういった対処も出来たはずである。
初期位置の操作などで巧妙に回避させたのか、または他に何らかの対策が施されていたのか――。
「そこも含めて、“実験”なのかもしれないな」
「“実験”だと?」
仁成の呟きに、訝しむように反応するトビ。
これは僕の経験による推測だが、と前置きしつつ仁成が語り出す。
「脱獄王はヴァイスマンの思惑に“脱獄への誘導”を感じていたそうだが……。
むしろ僕達は、この異世界の強度を確かめる為に動かされてるんじゃないか」
仁成の言葉を聞き、トビは小さく頷くように反応を返す。
「システムのテスト要員、ってのはオレ様も考えていたが。
つまりはその役割が想定以上にデカいかもしれない、ってワケか」
「ああ。僕達はあの被検体も含めて、重要なチェック役を担わされている可能性が高い」
それはつまり、トビも当初立てていた予想に近い推測。
この刑務の目的が受刑者を利用した戦闘実験である、と読んだように。
仁成もまた、刑務にシステムの耐久試験的な運用の可能性を見た。
「システムBとCは世間に公表されていない以上、未だ研究段階の技術なんだろう。
それが実際にどれほど使えるのか、どれほどの負荷に耐えられるのか。
あの被験体もそうであるように、この会場自体も試されているのかもしれない」
だからこそ、脱獄へと向かう意図的な道筋が幾つも残されていたのではないか。
灯台や小屋といった施設も、受刑者にとっての目標地点を明確化して行動を促す為ではないか。
仁成は実験という観点――己も身を持って知る領域から、そのように推測した。
「――――とんだ役者を選んだモンだ、お偉いさん方はよ」
仁成の推察を聞き届けて、トビは喉を鳴らすように苦笑する。
もしもそうだとすれば、本当に大層な計画だ。
世界中の悪童達を駆り出しての、盛大なテストという訳である。
システムが完成形ではなく未だ途上にあり、故に試験運用をしているのだとすれば。
例え”ヴァイスマンの叛意”という推測が明確な誤りだったとしても、勝機の道筋はまだ残されている。
この刑務を構築するシステムが完璧ではないのなら、そこには必ず抜け穴がある筈なのだ。
小型化されたシステムAが“親機となる本体”からの中継を前提とするように。
この空間がシステムABCに基づくのならば、それを維持するための機構が存在して然るべきだ。
子機となる手錠やブラックペンタゴンの外壁など、システムAが会場内で機能していたこと。
ブラックペンタゴンがシステムCの設備そのものである、という推察が成されたこと。
それらを踏まえて考えるのならば、この刑務場内に“空間を維持する中枢”が存在する可能性は極めて高かった。
そしてシステムABCの情報を探っていたサリヤは、その裏付けとなる情報を提供した。
灯台が“システムを動かす心臓”だとすれば。
小屋とは“刑務場の運営を行う脳”にあたる。
定時放送や会場監視などの機能は、魔法か何かによって都合よく成されているのではない。
それを運用する為の仕掛けや動力が、明確な形で会場内に存在していたのだ。
既存世界を捨て去る為の新天地として研究された“異世界”は、原理として本来ならば外界と完全に隔絶されている。
外部からの侵入や干渉を許さないからこそ、GPAによる移住者の選別を実現するのである。
それゆえ監視や記録、物資転移が不可欠となる刑務の遂行にあたり、外界からの管理を実現する機構が必要となった。
すなわち空間の内外を中継しつつ、空間を継続的に運用するためのシステムである。
南東へと向かうトビ達が目指す先には、そうして用意された“仕掛け”が待ち受けている。
そして、もう一方。
メリリン達が向かった灯台には、“システムに関わるもの”が存在する。
そこへ干渉する為には、システムBへのハックが必要となるのだ。
だからこそトビはメリリン、エンダの両名を灯台へと向かわせた。
サリヤ・K・レストマンがブラックペンタゴンを目指した最大の目的。
メリリンを引き込むことを望んでいたのも事実ではあるが、それだけではない。
世界最高峰の器と魂を持ち、システムの干渉を突破する素質を備えた実験体――“銀鈴”との合流を果たす為だった。
結託、共闘、支配。どの道を辿るにせよ、銀鈴の存在はシステムへのカウンターに成り得た。
銀鈴がシステムの破壊を目指す以上、彼女を立てればサリヤの目的は果たされる。
しかし銀鈴の死によって、サリヤは代役を立てることを余儀なくされた。
代役の候補は、ふたり。
メリリン・“メカーニカ”・ミリアンと、エンダ・Y・カクレヤマ。
彼女達は共にシステム干渉の可能性を持つ超力を備えていた。
そうしてサリヤは、旧知の間柄であるメリリンを選んだ。
一度は決別したはずの因果に引き寄せられるかのように。
サリヤは敗けた。家族の形を喪い、今度こそ孤独になったからだ。
しかし彼女が遺した置き土産を利用し、トビは結託を成立させた。
メリリンとエンダの両名を抱え込んだことは、脱獄の為の大きな糸口となった。
そうして目標を改めて見定めたからこそ、大きな懸念も浮かび上がる。
この刑務の幕開けから悪童達を縛り続ける、決定的な枷である。
「放送から首輪発動までの猶予は2時間、か……」
「逆を言えば、2時間までは禁止エリア内部での無事が確保されているってことだ。
それまでに事を済ませなきゃならねえ」
事実を改めて噛みしめる仁成の呟きに、トビがそう答える。
被検体:Oに取り付けられた特別性の首輪は、第3回放送前までの時点で回収できなかった。
その段階でブラックペンタゴンの残存組は、暗黙の了解として目標優先度の修正を行っていた。
首輪の解除そのものよりも首輪の無効化を狙う方が可能性はある、と。
例え”脱獄への意図的な誘導”という仮説が外れだったとしても。
システムの試験運用が目的であるならば、”首輪爆破による強制中断”は可能な限り避けたい筈だ。
刑務にGPA上層部も関与しているというのなら、彼らはあくまで実験の完遂を求めるだろう。
「灯台と小屋、どちらを制しても首輪を攻略できる可能性はあるが……。
それでも賭けであることには変わりはねェ。オレ様の”秘策”を加味してもな」
とはいえ、それらはあくまで希望的観測であるのも確かだ。
灯台と小屋への干渉によって、首輪を無力化できる糸口はあるとはいえ。
仮に看守側が反抗勢力の即時処刑を断行した場合、その時点で悪童達は詰みへと陥るのだ。
悪童達がどれほど打開策を見出そうとも、首輪による支配は看守側の揺るがぬ優位性として働き続ける。
そもそも首輪以外の対策をアビスがどれだけ講じてくるかも分からないのだ。
この脱獄計画は、アビスがどこまで実験を泳がせるかにも懸かっている。
トビには最終手段として“脱獄最適化”という奥の手もあるが――――。
それを使うことになる場合、相応の犠牲を支払うことになる可能性が高い。
トビの施設調査や、サリヤからの情報があったとはいえ。
それはアビスを即時に出し抜く“武器”には成り得ない。
あくまで“勝利条件”が明かされただけに過ぎないのだ。
勝てるか否か、その顛末は誰にも分からない。
故にこれは、命を賭け金にした博打。
負ければ“呉越同舟”が破綻し、皆で道連れとなるだけ。
「何はともあれ、やってみなくちゃわからねえ。
伸るか反るか、生きるか死ぬか。賽は投げられたってワケさ」
しかし悪童達は、それを理解したうえで計画に乗っている。
元より勝ち筋すら不明瞭だった中で、僅かな可能性を見出せただけでも大きいのだ。
各々の生存のため、脱出のため、あるいは矜持のため。
どのみち、やらねばならないことだった。
「あの~~……」
それまでろくに会話に参加していなかったヤミナが、急に口を挟んできた。
仁成に背負われているヤミナは、彼の屈強な肩からひょっこり顔を覗かせる。
「あ?何だよ」
トビは表情を歪め、露骨に面倒臭そうに応対した。
別に脱獄を目指していなかったヤミナが、この集団に参加している理由とは何か。
いま一人になっても真っ先に被験体に殺されそうなのと、何よりこの先26年も刑務所なんかで過ごしたくなかったからである。
もう今さら恩赦ポイントをせっせと集められる気もしなかったし、なんかトビ達に秘策あるっぽいからたぶん大丈夫だろう――という気持ちだった。
「さっきみんなで集まってる時も思ったんすけど……」
ヤミナは基本的にあほなので、今後の立ち回りについて問えるような知恵など無い。
時々思わぬ鋭さを見せる場面もあるのだが、どうやら今はその閃きも冴えない。
だからトビ達の会話にもろくに参加していなかったし、“走りながら喋ってて疲れないのかな”くらいにしか考えていなかった。
しかしそんな中で、ふと思い浮かんだことがあった。
「あたしたち、なんか犯罪者同士で結託とかしてて……アレっぽくないですか?」
まだ無邪気(?)な子供だった頃、テレビで流れていた映画を思い出したのだ。
ええと、あれだ、タイトル何だっけ――とこめかみに指を当てながら、ヤミナは記憶を振り返る。
「アレ?何のことだよ」
「ええと……ほら!オーシャンズ!」
思い出せてスッキリした、と言わんばかりの表情をぱっと浮かべるヤミナ。
彼女が口にしたタイトルを聞いて、トビは呆気に取られるような様子を見せた。
“オーシャンズ”。それは旧時代に大ヒットした伝説の集団犯罪映画である。
巨大カジノの大金を盗むべく、11人の犯罪プロフェッショナル達がチームを組む物語だ。
開闢を経て世界的に治安が悪化したことで、旧時代の犯罪劇が悪党達の間でバイブルの如く扱われるケースが増えた。
オーシャンズもそうした作品の一つであり、劇中のような犯行を模倣する悪党達は世界各地で幾度となく出現している。
尤も、大抵の連中は粗末な計画によって逮捕されるか、しくじって無残な死を遂げるか――というオチではあるが。
アビスに収監されるような大悪党達が手を組み、共通の目的のために犯行を進めている。
見方によっては確かに、ある意味ではオーシャンズに近いと言えるのかも知れない。
「聞いたか脱獄王。俺たちはオーシャンズだそうだ」
藪から棒に出てきたそのタイトルを聞いて、思わずジョニーは苦笑を見せる。
おいおい面白いこと言うじゃねえか――と満更でもなさそうな様子で、ヤミナに小言を叩いていた。
「ったく、テメェは暢気なモンだ。アビスの次は金庫破りでもすんのか?」
「いやぁ……へへへ……」
呆気に取られていたトビは、やれやれと言わんばかりにぼやく。
肝心のヤミナだが、ジョニーにウケたことで調子付いてヘラヘラ笑ってる。
こんな時でも能天気に下らない話を振ってくるのは、一周回って度胸があると言えるのかもしれない。
清々しい程の馬鹿だが、その図太さはある意味でアビスらしいとも言える。
「与太話としちゃ悪くねえさ。悪党達のドリームチームってワケだ」
「ハハッ。ハリウッドにでも売り込んでみるか、鉄の騎士さんよ?」
「脱獄王にギャングスターまでいりゃあ、ドル箱の仲間入りも夢じゃねえな」
そうして悪童達は、そんな話題をきっかけに悠々と軽口を叩き合う。
悪党とは往々にして不敵であり、ふてぶてしく振る舞う者達である。
刑務所内の遣り取りにおいても、他愛のないジョークや自慢話の類いはよく飛び交うものだ。
「にしてもオーシャンズか。フッ、俺はブラッド・ピットってトコかね」
「バカ野郎。オレ様こそがブラッド・ピットだろうが」
気取った様子で言い出したジョニーに対し、トビは不遜な笑みと共に反論する。
どちらが“粋な男”に相応しいか、冗談と共に掛け合いをする。
「え、あたしがブラピじゃダメっすか?ふへへ」
「いや……その、何だ……ヤミナ……あのな……」
「お前……流石に身の程を知れよ……ナメてんのか……?」
ヤミナも調子に乗ってへらへらと割り込んできた。
流石にその寝言に対しては、ジョニーもトビも引き気味に苦言を零す。
ヤミナは「そこまで言わなくてもぉ……」と一転して泣きべそを掻いていた。
悲しいことだが、ブラッド・ピットはこんな抜け作チワワのような小悪党ではない。
「なあ脱獄王、その……オーシャンズ?というのは名の知れた犯罪組織か何かなのか?」
ただ一人だけ会話に付いていけなかった仁成は、不思議そうに問いかける。
仁成は元々平凡な学生に過ぎなかったし、あまりテレビや映画も見ない方だった。
「おいおい知らねえのか?悪党達の間じゃけっこう有名な映画さ。
何十年も前のヤツだがな。オレ様もアレは嫌いじゃねえぜ」
そんな仁成に対し、トビはククッと笑みを浮かべつつ説明する。
それからトビは、何気ない言葉で締めくくった。
「生きて娑婆に出られたら見てみろよ。
粋ってモンが何なのか、よく分かるだろうさ」
しゃれこうべのように、にたりと歯を見せながら。
トビは傲岸な笑みと共に、再び前方へと向き直った。
あっけらかんと告げられたその言葉に、仁成は少しだけ驚きつつ。
それからゆっくりと、その表情に決意の色が改めて宿る。
そう、生きて娑婆へと出られれば。
――全てはそこに懸かっているのだ。
果たしてこの計画が成功するのか、否か。
その過程で誰が脱落し、誰が生き延びるのか。
トビも、ジョニーも、既に腹を括っているのだろう。
北西へと向かった面々も、それぞれの決意を抱いている。
そして生き抜いた先で、希望は待ち受けているのか。
仁成は振り返りながら、自らの根幹を噛み締める。
父と母、そして妹。
生き別れた家族達の顔が、脳裏を過ぎる。
仁成の逃亡生活と前後して、三人は行方不明になっている。
果たして皆は無事なのか、いったい何処に居るのか。
自身を捕らえた政府機関は捜索を約束したが、未だに連絡は来ない。
少なくとも地の底のアビスに、家族の生存を伝える報せは届いていない。
だからこそ、仁成は生きなければならない。
この身で家族の無事を確かめる為にも、地の底から抜け出さなければならない。
あの死闘の中で交錯したエルビスとの約束の為にも。
そして孤独の淵で共鳴し、互いの願いを知り、背中を預けあったエンダの為にも。
只野 仁成は、ただ前へ進むしかないのだ。
◆
山岳を進みながら、ジョニーは追憶する。
第二回放送前に、この場で巻き起こった戦いを。
幼き体に宿した力を行使し、悪意なき災厄と化した少女。
少女は朝の訪れと共に目覚めを迎え、無邪気な歌と共に“領域”を従えた。
立ち向かったのは、信仰への求道に殉じた“聖なる修道女”。
強かに算段を重ね、結託と勝算を切り開いた“亡国の王子”。
そして、少女を救う為にその翼を広げた怪盗――“伝令の鳥(ヘルメス)”。
災厄と化した少女を仕留めることを、怪盗は良しとしなかった。
無垢なる幼子に手を掛け、“仕方がなかった”と受け入れることなど出来なかった。
彼女が望む道筋はただ一つ、少女の救済だけだった。
故に怪盗は想いを届けるべく、世界の絶望を奪うべく、駆け抜けていった。
その結果を、ジョニーは見届けている。
少女は救われず、怪盗自身もまた命を落とした。
希望は羽をもがれ、地へと堕ちた。
だからこそ、彼が背負わねばならなかった。
鉄の騎士は、未来を託されたのだから。
――――なあ、ルメス。見てるかよ。
怪盗が託した、深淵の欠片。
怪盗が遺した、世界を揺るがす真実。
とんだ大仕事を背負わされたモンだ、と。
ジョニーは誰にも悟らせず、内心で苦笑する。
――――お前が伸ばした手には、意味があるのさ。
ああ、望むところさ、と。
便利屋は、怪盗の遺志を抱いて駆け抜ける。
信念に生きた女の戦いが、決して無駄ではないと。
その身を以て証明するべく、男は世界へと銃口を向ける。
悪童達の決意が交錯し、その意志が彼らを駆り立てる。
疾走を繰り返し、夜の下で風と化していく。
そうして邁進する彼らの預かり知らぬ所で、ある歪みは生まれていた。
これはジョニー・ハイドアウトは愚か、トビ・トンプソンも知らないことである。
彼らが交錯した“かの少女”は、誰も知らぬ内にシステムへの爪痕を刻み込んでいた。
生まれながらの到達者(プレシード)。
現人類最高峰と称される空間対象型超力者。
革命家の洗礼を受け、異能の限界を超越した存在。
最年少の刑務従事者、メアリー・エバンス。
怪盗ヘルメスが救うことを望んだ、無垢なる幼子である。
数多の空間系超力の中でも、メアリーは世界の頂点に立つと謳われる程の強度を備えていた。
圧倒的なまでの超力指数、異能法則の強度。特別性のシステムAでなければ制圧不可能とされた、稀代の怪物でった。
そんな彼女が刑務に選抜され、並木 旅人による超力干渉という想定外の事態によって、更なる限界を超えたのである。
並木 旅人によって超力のリミッターを破壊されたメアリーは、文字通りの災厄と化した。
領域の無限拡大、より攻撃的な性質への変容。彼女の夢は、世界に牙を剥く疫病となった。
そしてメアリーに与えられた可能性は、それだけではない。
エンダ・Y・カクレヤマの超力が、システムへの干渉を可能としたように。
際限のない進化を続けたメアリーの超力は、システムへの侵食に届きつつあった。
メアリーは、後一歩で世界を蝕む域にまで迫っていたのだ。
万が一ドミニカ・マリノフスキが“拡大し続ける領域”を打ち破れていなければ。
メアリーの超力は、最終的に“臨界点”へと至っていただろう。
空間への干渉、維持機能の破壊、舞台そのものへの攻撃。
即ち――――システムBとの直接衝突、本格的な侵食である。
仮にメアリー・エバンスがあと数時間の延命を果たしていたならば。
彼女は“首輪爆破による処分”の是非を問われていた可能性が高い。
議題に上がらなかったのは、その域に至る前に彼女が命を落としたからに他ならない。
革命の寵児となったメアリーは、まさに箱庭の檻を崩壊させる爆弾と化していたのだ。
少女に従う“夢の世界”は、寸前のところで崩壊を迎えた。
しかしこの舞台の上で、その領域は確かに脈動していたのである。
故に、不完全とはいえ――この箱庭に“悪影響”を与えることを果たしたのだ。
メアリー・エバンスの超力は、この異空間に亀裂を生んだ。
本格的な侵食には至らず、しかし確固たる綻びを作り出した。
夢遊の少女がシステムに与えた“爪痕”は、今も疼き続けている。
それは一体、舞台に何を齎すのか。
地の底の土台に、如何なる傷を刻んだのか。
その答えは、今は誰にも分からない。
確かなのは、少女の見た夢が秩序への災いを齎したことであり。
孤独に散った“革命家”の撒いた種が、叛逆の時を待ち侘びていることである。
【F-6/山岳地帯(移動中)/一日目・夜】
【トビ・トンプソン】
[状態]:健康
[道具]:H&K SFP9(12/20・永遠付与)、ナイフ、デジタルウォッチ、デイパック
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱獄する。例えそれがヴァイスマンの思惑だとしても。
1.「小屋」へと向かう。
2.システム攻略へと挑む。
※エンダが秘匿受刑者であることを察しています。
※デイパックの中に北西ブロック3階中央の部屋等から持ち出したものが入っているかもしれません。
※サリヤ・K・レストマンから何らかの情報を預かっているようです。
※この刑務にヴァイスマンのクーデターが仕込まれている可能性に行き当たりました。
【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:疲労(大)、破損(大、鉄屑を吸収して幾らか回復)、ヤマオリ、永遠
[道具]:デイパック、紗奈のシステムAの手錠
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.「小屋」へと向かう。場合によっては被験体:Oの討伐へ向かう。
2.怪盗(チェシャキャット)の依頼を果たす。
※ルメス・ヘインヴェラートが掴んだ情報を全て伝えられています
※ヤマオリの遺物を取り込みました、永遠が付与されています
※右腕には脇差、サバイバルナイフ、剣ナタ、スレッジハンマーが取り込まれています
※左腕の銃器の弾数はグレネード(0発)、ハンドガン(5発)、アサルトライフル(20発)、スナイパーライフル(0発)
【只野 仁成】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、右足首と左足にダメージ(中)、いずれも応急処置済み、服の全面が溶けている、強い覚悟
[道具]:デジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残り、家族の安否を確かめたい。
1.「小屋」へと向かう。場合によっては被験体:Oの討伐へ向かう。
2.エンダと共に脱出への道筋を掴む。
3.ルーサー・キングとギャル・ギュネス・ギョローレンには警戒する。
4.生き延びて、エルビスの事をダリアに伝える。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
【ヤミナ・ハイド】
[状態]:各所に腐食(小)
[道具]:ハンドガン、警備員制服(SSOGの徽章付き)、デジタルウォッチ、デイパック(食料1食分、エンダの囚人服、資料・書籍類)
[恩赦P]:22pt
[方針]
基本.強い者に従って、おこぼれをもらう
1.成り行き任せでジョニー達についていく。
※H&K SFP9をトビに取られて悲しかったので、恩赦ポイントでハンドガンを確保しました。
[共通備考]
並木 旅人の干渉を受けたメアリー・エバンスの超力が、会場に何らかの影響を与えていたようです。
最終更新:2026年03月03日 20:21