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2044年x月x日


〇〇航空XXX便

コックピット内――――――――

血溜まりに、身体の肉も内臓も骨もぐちゃぐちゃになった無残な躯が倒れている。

個人の超能力犯罪が跋扈する時代。
テロ抑止のために搭乗の検査は厳密に、航空機自体の強度も大きく向上した。

それでも犯罪は防げない。
この日も一つの航空機が、空を飛ぶ棺桶となり果てていた。


厳重な乗務員区画を隔てる扉が粉々に粉砕され、恨めしそうに倒れている。
触れた物をボロボロに分解する共振破砕能力が、この犯人の超力である。
しかし犯人は航空機内の無線電波を使った通話にて、達成感もなく慌てた様子で言葉を吐いていた。

「おい!なんだよこのゴミ!
 脱出用のパラシュートのはずだろ!」

『――――そうか。なるほどねぇ。
 やっぱりそうなったか』

「何落ち着いて話してるんだ!?
 おまえが渡してきた犯罪のプランだろうが!」

電話からラグを置いて聞こえるのは、場違いに穏やかな声。

『――――アンタさ、飛行機に乗る前に命を預ける物の点検とかしなかったのか?
 俺ならするけどなァ。というかちゃんと考える脳のある奴なら、するだろ――――普通』

「な、何言ってるんだ!?
 まさか……わかってたのか!?」

『――――わかってたも何もないだろ。
 これまで俺はさァ、超力を発揮できる場を見つけられず燻ってたアンタを導いてきたよ。
 でも、アンタことごとく頭悪いし、成長しねえだろ。
 自分で考えたり相手を疑ったりってことがことごとくできやしないじゃん」

電話の裏からはコーヒーを入れる音が聞こえる。
犯人が何度も聴いてきた音……いまは絶望の音。

「私を利用してただけなのかよ!
 クソ野郎のクズ!」

『はぁ、そうやって他責するのか?
 アンタが俺を利用して犯罪を楽しんでたんだろ。
 反社会的でサイコっぽいとこは悪くないが、アンタ怒りっぽくて暴言も何でも話すじゃん。
 俺の下に居なきゃ、すぐにお縄になってたか死んでただろうことも理解してないのかァ?
 俺はアンタを玩具のように思ってたよ。』

「知るかそんなこと!
 私は私なりに犯罪を頑張ってきたぞ!」

中年男性の通話は、苦笑のような音を漏らす。
"頭の悪い"サイコパスの末路はこんなものだとでも言うように。

『その結果がこれだぜ。笑えるだろ?笑えよな。
 そもそもさァ、他人を殺すのにさ、自分が死なないなんて甘すぎるだろ。
 死なないための努力もしてないくせに。
 もう飽きたし、このまま俺の下にいられたほうが面倒なんだ。
 というわけで……せいぜい一花咲かせて散りなよ!チャオ!』

「くっ……そんな……そんな……ブラッドストーーーーク!!!!」


――――――――

 ◇

――――――――



物言わぬ姿となった竜人の躯が、草原に倒れている。

横に静かに腰を下ろし、身体の治癒が進むのを待つ男性。
凄惨な光景を作り出した張本人であり、首を切り裂かれるほどの死闘を演じた殺人鬼、氷月蓮。

彼が使用する治療キットに含まれるナノマシンが、身体に付着している未凝固の血液をも再構成し治療対象の血液へと再利用していく。
竜の血が、再構成のおぼろげな光と共に取り込まれ傷がふさがれていく。

赤黒い血が消えていき、白く透き通った端正な肌と美しい居佇まいが月夜に浮かび上がる。
血肉の泥の中から咲きあがる、夜咲き品種の睡蓮のようだった。


だがその濁りなき美しい花の中に渦巻くのは、同じく濁りのない純粋な殺意。
治療が充分に行われるか、間に合うのかなどという無駄な思考は一切せず、次の一手を彼は思考し続けていた。
そのなかで最も彼が考えていたことは、いましがた殺害をした彼に生まれていた一つの違和感。
今までの殺害とは違う、事後の一つの出来事。


その正体を、完全に突き止めたい。

それは彼にとって非常に、重要なことだった。

ジョーカーの特権に生じうる、明確な綻びであるから。

対策できなければ、目的を達成できずただ死ぬだけ。


既に残存している参加者は少ない。
確実に、自分のことを視ている刑務官も存在するだろう。

腕を持ち上げ、デジタルウォッチに向けて。
殺人鬼は、静かに淡々と一つの問いかけを投げかけていく。

「刑務官達に問いたい。
 ジョーカーの特権として、生存者の位置を把握できるようにしてくれたのは非常に助かっている。
 しかし、この会場の中には。
 生存者でなくとも、意志を持って戦局を左右しうる存在がいるだろう?」



――――――――

 ◇

――――――――




よく分からない。
体がなんだか、とても軽い。
よくわからないけれど。
風にとぶ綿毛みたいだ。

下を見ると、わたしの体がちんまりと倒れてる。
なんで?動かないし、動かせないや。
わたしは、"わたし"じゃなくなったのかな。

なんか、よくわからないけど悲しいな。
胸の奥がきゅっとする。
もう、森にいた大好きなみんなとは。
会えないんだって。
そんな気がする。
悲しいな。



悲しいのは、わたしだけじゃないみたいだ。
霧のようにぼやけているような、たくさんの人間たちがわたしのそばにいる。

その中から、とくに目立っているのが、ふたり。
優しそうで、そして辛そうな顔をした、男の人と、女の人。
名前を呼ぶ声がする。
なんども、なんども。

わからない、だれのことだろう。
けれど、とっても懐かしい。
ずっと昔きいてたような。
たまにひとりで寝てるときの夢に出てきてたような。

まだまだ、いろんな声が聞こえてくる。

"ごめんね"
"よく頑張ったね"
"もう辛くないよ、痛いこともないよ"
……。



よく分からない。
体がなんだか、とても軽い。
よくわからないけれど。
風にとぶ綿毛みたいだ。

下を見ると、わたしの体がちんまりと倒れてる。
なんで?動かないし、動かせないや。
わたしは、"わたし"じゃなくなったのかな。

なんか、よくわからないけど悲しいな。
胸の奥がきゅっとする。
もう、森にいた大好きなみんなとは。
会えないんだって。
そんな気がする。
悲しいな。



悲しいのは、わたしだけじゃないみたいだ。
霧のようにぼやけているような、たくさんの人間たちがわたしのそばにいる。

その中から、とくに目立っているのが、ふたり。
優しそうで、そして辛そうな顔をした、男の人と、女の人。
名前を呼ぶ声がする。
なんども、なんども。

わからない、だれのことだろう。
けれど、とっても懐かしい。
ずっと昔きいてたような。
たまにひとりで寝てるときの夢に出てきてたような。

まだまだ、いろんな声が聞こえてくる。

"ごめんね"
"よく頑張ったね"
"もう辛くないよ、痛いこともないよ"
……。




ふと周りを見ると。
かなえも、いつのまにかそこにいた。
みんなと同じで、不思議と透けて、ぼやけてて。
元のかなえの見た目はほとんど残ってない。
かなえも、わたしみたいにもう"かなえ"じゃなくなったんだと思う。
でもわたしを見ててくれた"かなえ"の。

あたたかい気持ちも。
つよい想いも。
優しい心も。

その透き通った姿の中にはあるって、すぐにわかる。


かなえは最初、わたしを見て悲しそうにしていたけど。
わたしの周りにいるたくさんの人たちに気がつくと。
びっくりしたようなになって。

そして……しばらくするとそのみんなに。

"ごめんなさい"
"アイちゃんをこんな結果にさせてしまいました"
"私のせいで、守れませんでした"
"本当にごめんなさい"

……そんなことを、何度も言うんだ。


かなえが、謝ってるのはわかる。
でもかなえが悲しそうなのはわたしも悲しいよ。
わたしのことで、謝らないで。


だからさ。
またわたしは。
最初にあった時みたいに。
かなえを。よしよしってすることにした。


よしよし。
このあたりなのかな。
耳と耳の間を、なでなで、ぽんぽんってやる。

泣いてるのかな。
泣かないでね。
怖い感じは何もないよ。
かなえはちっとも悪くないし。
みんなも、かなえのことを怒ってないよ。


そういえば、ひづきは?れんは?


れんは、もう近くにはいなかった。

ひづきは、わたしたちのところに戻ってきて。
そして、またどこかへ行くみたい。


すごい服を着てる、ひづきの姿。
"ひづき"のすごい力。
まぶしく光ってるかのよう。

こんなふうになったわたしから見ても。
なんかやっぱり"ひづき"はすごいと思う。

それを見てると、なんだかわたしとかなえの見た目がぼやぼやした感じからはっきりしてきた。
動物みたいな見た目に戻ったかなえが、びっくりして言う。

"もしかして、日月ちゃんの超力のおかげ?
 私たちが観客になったから?"

かなえは、それについていくらしい。
周りの人たちは気になるけれど。
でも、かなえがいくなら。
わたしも、まだついていたいかな。



――――――――

 ◇

――――――――




氷月蓮は、気が付いていた。
あの竜人、北鈴安理の魂は肉体の生命活動が停止した後、アクセサリーの中へ吸い込まれるように収まったと。
今の蓮には、それが「感じ取れる」ようになっていた。

首を切り裂かれたあの傷は、本来なら即死を免れない完全な致命傷だった。
治療キットが機能するまでのわずかな空白、蓮の意識は深い闇の底へと急速に引きずり込まれていった。
明確な臨死状態。

だが、生と死の境界線という極限の淵で、彼はその感覚を掴んだ。
執念で掴みとってしまっていたのだ。
自分自身の肉体から、"自分"という存在の核が離れていきそうになる奇妙な浮遊感を。
そして、確かに他者の"魂"もそこに存在しているという、明確な実感を。

大金卸樹魂の魂の存在に気がついていたサリヤ・K・レストマン、あるいは北鈴安理と同じ領域。
魂の知覚。
常人であれば、蘇生した瞬間に忘却してしまうあやふやな錯覚。
知性的なサイコパスである彼の能力は、その感覚を冷徹に分析し自身の技能として定着せしめる。


刑務官への交渉内容は、こうである。

超力の宿る器官そのものである魂は、肉体が滅びようと存在する。
肉体のない魂が生きている人間に影響を与えるようなことは、余程の特異事例でもない限り基本的にはあり得ない。
しかし先程、自分が殺害した竜人の参加者の魂が、別の参加者の保有するアクセサリーに流れ込むのを確認した。


――――あれは、一体なんだ。


彼らの脅威を正しく意識しない限り、ジョーカーとして生存者を殺すことには大きな支障が出る。
あれは運営が用意したポイント交換可能な物品では、ないだろう。
そもそも、この会場で入手した物品ではない可能性もあるだろう。
あれとほぼ同じものをアビスで見かけたウサギ獣人の囚人が、持っていた記憶がある。
だとするならあれが持ち込まれていること自体が、運営の不手際だろう。
そしてその不手際が、ジョーカーである自分の障害になろうとしている。

何か、あの物品の手掛かりを教えろ。
あの物品が死者の魂を収め超力を発動可能にする器なら、魂はその超力を以て私の行く手を妨害するだろう。
その脅威を排除する方法は、ないのか。


氷月の持ち出した話は、アクセサリーの出処。
記憶をたどってたどり着いていたのは、アビス内で見かけていた類似のアクセサリー。
セレナ・ラグルスが看守に対しては100%隠し通すつもりだったアクセサリーも、同じ囚人相手には隠蔽がやや甘かったというわけだ。
模範囚として比較的自由にアビス内を動ける氷月は、セレナが収監されてから刑務作業開始までの短い期間でそれに気がついていた。

運営側の不手際を突き、ジョーカーとしての存在価値を天秤にかけた揺さぶり。


その返答は。

君は当初に与えられたジョーカーとしての任務をすでに達成している。
ここから先の情報を知ったからには、君にはジョーカーとしてさらなる殺しの任務をしてもらわないといけなくなる。
それで構わないか。
――――というもの。


氷月は迷いなく、デジタルウォッチに現れた2択の文字列のうち、YESの方をタップした。
どうせもう一人、殺すつもりだったのだ。
デジタルウォッチが、深夜の静寂を破って強く光る。
画面に表示されたのは、感情のいっさい籠らない無機質に書かれたテキストデータ。
しかし氷月蓮にとっては、喉から手が出るほど欲しかった情報だ。

それは、現在メリリンの所持する流れ星のアクセサリーがこれまで会場内で起こした事象の顛末について。
読み進めていくうち、彼は驚くべき記録を詳しく知ることになる。
漢女、大金卸樹魂の魂の引き起こした数々の超常現象を。



――――――――

 ◇

――――――――




かなえと一緒にひづきを追ってると、ひづきが"れん"と出会った。
そして、れんとひづきも話をして二人で動くことに決めたみたい。
これで、かなえと、わたしと、ひづきと、れん。
もとの4人にもどった。

でも、むこうの二人は、やっぱりわたしたちに気が付くことは出来ないみたいだ。
隣に寄ってみても気が付かないし、こっちの声も聞こえない。

かなえはそんな二人を見つめて、とっても悲しそうな顔をするんだ。
そして、わたしの周りにいるみんなは、逆にれんの姿を見てからすごい怒ってる。
そんな気持ちを感じる。

なんでだろう?
れんは、森のみんなの話すことも少しわかるし、やさしい人だったでしょ?

不思議だから、かなえの尻尾をちょっと引っ張ってすこし話を聞こうとする。
なんか、こうなってからかなえの言うことはなんとなく、言葉はわからなくても心で意味がわかるようになった。
やっぱりわたしが"わたし"じゃなくなって、かなえも"かなえ"じゃなくなったからかな?

でも、かなえはどこか寂しそうに、優しく"アイちゃんは、何も知らなくていいんだよ"って言うの。
わたしだけわからないのは、ちょっと嫌だけど。
でもかなえがそう言ってると、少しずつ周りのみんなの怒る気持ちも薄れてくの。
その方がいいよ。
怖いのは嫌だから。
だから、わたしも気にしないことにした。



ついていくうちに、色々な人が二人と会って話してた。
とっても怖そうな茶色くて白い髪の、人とか。
狭いあの建物の中で閉じ込められてた時に何度か見た、とっても落ち着いてる人とか。
そのたびにわたしは、ひづきとれんが大怪我しないかどうかとか、心配になってた。
でも、大丈夫だった。
わたしたちがいなくても、二人は強いんだな。



そして。れんとひづきは、お互いに違う方向へ行くために別れることになった。
かなえがひづきの方についていくから、わたしもそっちに行く。
そのしばらく後に、"じゃんぬ"と、もう一人の女の人がひづきと出会った。

わたし、ちょっとびっくりした。
その女の人の後ろにも、なんか他にもわたしたちみたいなぼやけた人みたいなのが、いたから。
あの人たちもわたしたちみたいに、まだこうなってない人たちについてきたのかな。



――――――――

 ◇

――――――――




氷月蓮のデジタルウォッチに提示されたのは、アクセサリーの引き起こした現象だけではない。
アクセサリーに対処する方法の、手がかりも。

すなわち。
魂を無力化する方法。

――――言い換えれば、"魂を殺す"方法の手がかり。


――――――――
――――――――


古来、魂は存在すらもあやふやで不可侵の領域のはずだった。
しかし、科学組織を率いた"シエンシア"とその後継たちは長年の研究と技術者を総動員し、ついに魂を科学上の観測可能な存在として確立させた。


とはいえ、最先端の魂科学を以てしても、未だに解明も再現も不可能な特異事例は存在する。

​例えば、魂の融合と新生。
秘匿受刑囚"イシュルーン"や"葉月りんか"のように、複数の死者の魂が混ざり合い、そこから全く新たな一人の人間が誕生した事例。
これらは現状を説明できる理論こそ立ってはいるが、人工的な再現には至っていない。

例えば、​魂の消滅(完全な抹消)。
死者の魂をエネルギーやデータとして"活用"することはできても、魂そのものを完全にこの世から"消滅"させる技術は未だ明確に存在しない。
これには技術的な限界のほかに、人間という存在の根源に対する最大限の冒涜であるという、倫理観の壁も影響していた。



そもそも、肉体が死を迎え、器を失った魂は最終的にどうなるのか。

天に昇るのか、地に沈むのか。あるいは墓地に眠るのか、まったく別の死後の世界へ行くのか、輪廻転生の輪に呑まれるのか――――。
宗教の教義や個人の信念によって、世界中を見渡してもその解釈は一律ではない。
あるいはそもそも、一律に定まってすらいないのかもしれない。

だが、その混沌とした議論の中で、唯一"誰もが認めざるを得ない現象"があった。
それは、死した人間の魂が、現世の特定の場所や物質に強く縛られ、繋がり続けるケースが存在するという事実。

そしてその場所としての役目を人工的に、あらゆる魂にまで適用できるようにするために。
メリリンの所有する、あの流星のアクセサリーはつくられたのだろう。
死者の魂を活用する研究の最果て、ごく小さなアクセサリーのサイズ。
高度な技術体系の塊であり、常人がすぐ理解できるようなものではない。


しかし技術によらずとも、純粋な超力によって魂に直接干渉し破壊できる可能性がこの会場には存在していた。

――――征十郎・ハチヤナギ・クラークはその超力によってあらゆるものを切断する。
物理的な物であろうと、超力だろうと、"不死"という概念だろうと。
そして、魂だろうと。
超力の第二段階に到達した彼は、同行していたタチアナの魂を自らの手で切断することによって介錯した。
彼女の魂は霧散して消滅したと、刑務官たちは結論付けた。

もう一つ、イレギュラーな事例もあった。
――――イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノの事例。
彼は最期に、自身の超力によりこの世界の過去を再現した。
世界そのものが存在しないという無の力によって自身を上書きし、彼は完全に世界から消滅した。
自身の"魂"ごと。
そう、刑務官らは結論付けている。

これらは、確固たる直接的な証拠があるわけではない。
看守長オリガ・ヴァイスマンの超力による囚人監視用のタグは、肉体ではなく魂に紐づけられている。
​だが、そのタグを通じて思考を読み取り、状況を監視できるのは、あくまで魂が"生きた肉体"に宿っている間だけなのだ。
肉体が死を迎え魂が肉体を離れてしまうと、魂にタグ自体は残るものの、そこから先の動向や詳細な状況を感知することは不可能になる。
​彼が完璧に把握できるのは、あくまで"肉体が死亡するその瞬間"まで。
肉体を失った彼らの魂がその後どうなったのか、ヴァイスマンは詳しく把握できない。


だからこそか、運営ひいてはGPAの出資者たちは、何が何でも更なる検証を渇望していた。
古来、当たり前だが死は恐ろしいものであった。
そしてそれ以上に、魂が存在するならばその消滅も恐ろしいことであった。

だからこそ、彼らはそれを実証させたかった。
どうやれば、魂の消滅という現象が起きるのか。
それを目の前で詳しく観察すると、どのような事象が起きているのか。
それが分かれば、その対策も進むというもの。

それを実証するための実験というのも、この刑務作業内のサブテーマの一つであった。
犯罪者共の魂が消えようと、心を痛める人などいないだろうと。
非常に合理的な内容である。

そして…………氷月蓮には。
その実証のため、"魂を殺す"方法の手がかりを伝達するだけの価値はある。
そのように、GPA上層部との繋がりの深い刑務官は考えていた。
そして、開示できる範囲の情報を詳しい運営の内情やアビスの内情までは伏せたうえで、彼のデジタルウォッチに送信したのだった。



――――――――

 ◇

――――――――




向こうにいた人たちが少しずつ、話したりしてどこか別のところへ消えていく。
光の中へ、消えていった。
わたしもいずれはそうなるのかな。
わたしの向かうべき場所。
わたしの周りにいる、みんなも向かうべき暖かい場所。


そして、向こうにいた男の人も姿が変わったりして。
変身してたのかな。

そして、はっと何かに気が付いたようにかなえが小さい声で喋った。

"――――もしかしてあの人、『ブラッドストーク』……?"



――――――――

――――――――

――――――――!!!!!!!!



とつぜん、わたしの周りにいる人たちの、怒った気持ちがものすごい湧き上がる。
世界が真っ赤に染まるみたいに、ぐらぐらと。

そして心の奥にあったいつかの思い出が、何だか浮かんでくる。
深いところに眠っていたずっと昔の思い出。
いつかの、怖かった思い出。優しかった、思い出。


――――――――


『ハハハハハハッ!!
 もう助からないんだよ、私も、お前らも!
 大人しくみんな私の手でグッチャグチャになれよ!
 出来るだけ私に殺しの感覚を味わせろよ!』

『赤ん坊か……大事なのか?
 大事そうにしてんの見てると、めちゃムカついてくるわ!
 ぜってえにグッチャグチャにしてやる!
 もっと深い死の感触を私に味わせてみろよ!』

『何で……そんなに護るんだよ!クソどもが!
 何で親でもない奴らまで立ちはだかるんだよ!
 どうせ死ぬのに、何で護ろうとすんだよ!』

『くっ、殺せない……!この手で……!
 あと一手届かない……!
 ハハッ、お前……なんかちょっと羨ましいぜ。
 もしかしたら墜落からも、生き残るかもな。
 生きてたら……"ブラッドストーク"によろしくな』




――――――――


――――――――あ。

わたしの心が、一気に動き出す。

全部。

ぜーんぶ。わかっちゃった。

ふしぎだけど。

みんなのあの時の気持ちが、わたしにもたくさん流れてくるから。



そうだよね。
森でわたしを育ててくれてたお母さんがね。
どうしてわたしは、みんなと見た目が違うんだろうって聞いたら。
お母さんは大きな腕で私を抱きしめながら、教えてくれたの。

おまえは空から落ちてきたんだよって。
沢山の人間たちが動かなくなってる中でたった一人だけ、火に囲まれて泣いている声が聞こえたから。
助けなきゃって思ったんだって。
そういうことだったんだね。

みんなの気持ちが私の中に溶け込んでくる。
わたしの昔の家族は、本当のパパとママは。一緒にいたみんなは。
この人のせいで、今のわたしみたいになった。

悲しくて、悔しくて、誰とも会えなくなった。
そしてわたしだけが、みんなの想いに守られた。
"どうかこの子だけは助けてください"って、みんなが強く願ったから。
みんなの魂が、森の中で過ごせるように守ってくれてた。
他の生き物や悪い人間に襲われても、大きい怪我をしないように守ってくれてた。

そうだったんだ。
じゃあ今度は、わたしが。

みんなの気持ちを、受け止めてあげる。
ずっとわたしを守ってくれていたみんなの悲しみを、怒りを、全部受け止めてあげる。


"かなえ"もそうなんだね。
この人は、たくさんの家族を。
みんな、こんなふうにめちゃくちゃにしてきた。



――――わたしが、こらしめてやる。



――――――――

 ◇

――――――――




通称"アイ"が何故、乳児にもかかわらずあの凄惨な墜落事故から生きながらえたのか。
​何故、過酷極まるジャングルの環境で野生生物に殺害されずゴリラに運よく拾われ生きながらえたのか。
なぜ、アフリカの街を幾度も破壊し人々を殺害し、一度は軍の射殺対象にまで指定されたにも拘らず、銃火器を潜り抜けて生きながらえたのか。

何故、彼女は何度も命の危機を不意に乗り越え続けるのか。


彼女の超力は鑑定の結果、"体格差の量に比例する怪力の発揮"のみとされた。
そう、ただの怪力の発揮のみ。
しかしそれには矛盾がある。
幾ら人類は進化し肉体は頑強になったと時代と言えど、本来ならば最大出力を発揮しようものならその怪力に耐えられず肉体が損壊してもおかしくない。
自身の超力に自身の身体は耐性を持つという事例は多々あれど、それにしても彼女の超力出力は非常に高いのだ。
あるいは、街を破壊した際の瓦礫や爆発などで大怪我を負って、とうに死んでいてもおかしくはない。


その矛盾を埋めるものとしてもっとも有力な説は、"魂の加護"であった。
アビス収監後、彼女の魂を科学的に測定した結果。
彼女の魂と肉体を護るように存在する、彼女の魂とは別の無数の魂のようなものが観測されたのである。
今回の刑務作業に彼女が送られたのも、それが極限状況においてどのような現象を引き起こすか検証するためでもあった。


アイの事例はイシュルーンや、葉月りんかのように、新たに人間が死者の魂から生まれたわけではない。
恐らくは、ただただ墜落する飛行機で死んでいった人々の、"この赤子だけは生かしたい"という思いの受け皿になっただけと考えられた。
そのため超力が彼女本来の物から変質するようなことはなく、防護の力としてのみ魂の力が現れたのだろうと。

個人戦力として参加者中でトップクラスに君臨する、ルーサー・キングと正面から戦いながらも、重傷を負ったり殺されるようなことが無く、同行者による制止が間に合ったのも。
おそらく魂の加護があったからなのであろう。


しかし、そこに現れたのが氷月蓮である。
彼の特殊な超力と彼の異常な精神性による完璧な演技力は、魂達が加護を発揮する間もなく彼女をいとも簡単に殺害せしめた。

彼はそのような加護の存在にそもそも気がつくこともなく、羽虫を気にしないかのごとく。
あるいは、魂を冒涜するかのようにアイを一瞬で殺害せしめた。

これは運営側にとっては予想外の結果であり、大きな思惑外れでもあった。
検証したかった加護の防衛能力を、一切見ることなく終わってしまったのだから。


だが、事態が別の方向に今になって動き出した。
アイを殺害した下手人の氷月が魂の存在に自力で気がつき、それに対処できるか、何なら殺せるかなどと問いかけてきたのだ。
ならば刑務官も、刑務作業の目的の一つ、"魂の消滅の確認"達成のためそれにはある程度手を貸してもいいと考えるのである。

氷月が魂を知覚できてその上で魂を真に殺害せしめるならば、それはこの上ない魂を殺せることの実証になる。
平気で嘘をつくサイコパスであるが、ジョーカーとして刑務作業への協力を選んだ彼は利害の一致する刑務官に嘘はつかないであろう。
彼が魂を殺せたと感じたら、それは確定で魂を殺せたという証明になる。


しかしそれを起こしうる特殊な超力を現状持たず、プレシードでもない一般の囚人である氷月にそれが出来るのか。
そこで、アイの殺害という事例が意味を持ってくる。
氷月蓮の超力"殺人の資格"は、魂の存在を考慮に入れた上で発動する。
無意識の上で、"魂の加護"に妨害されずに確実に殺人を犯す方法を提示する。

ならばその逆、肉体を殺すことではなく魂に危害を加えることに対しても、この超力を利用できる可能性は充分考えられる。
すなわち彼は――魂を侮蔑し、魂の加護をすり抜ける、"魂の冒涜者"であり、魂そのものの天敵たりうる可能性を秘めた存在なのだ。



――――つまり。



刑務官から、ジョーカー"氷月蓮"に提示された新たな任務は。



『1人分以上の、"魂"の殺害』



――――――――

 ◇

――――――――


"ああ、俺がブラッドストークだよ"と男の人がぽつりと言った。
そして、姿が少しずつ歪んで変わっていく。
赤紫色の体をした、おどろおどろしい化け物のような姿に。

それと同時に、わたしは言葉にならない叫びを吐いてそっちに向かっていった。

「うあああああああ!!!!」とお腹の底から叫ぶ。
人間のみんなには、今までは動物の鳴き声としてしか理解できなかった叫び。

でも、いまのこれにはちゃんと意味が乗っていた。
これは、"言葉"として叫んでる。
わたしを生かしてくれたみんなの想いを伝える、大切な言葉として。
ブラッドストークにも、これで怒りが伝わるって何となくわかる。


"そうか、お前6年前のあの飛行機の生き残りかァ?"
"懐かしいぜ。俺の育てた奴の一人を変身させて客のフリをさせて乗り込ませたんだよな!"
"犯人は乗客の一人、動機は不明、生存者0、迷宮入りってなったよな!"


下品に笑いながら、ブラッドストークは腕を広げて私に立ちはだかる。
まず、うねうねしたものがブラッドストークの身体から出てきてわたしに襲い掛かる。
でも、こんなんジャングルの蛇なんかよりぜんぜん怖くない。
わたしが腕を払ったり足で蹴ったりするたびに、ちぎれてきえていく。

"ちっ!死に損ないのガキが、生意気なァ!"

見かねたブラッドストークが、今度は自分の身体で飛び掛かってくる。
わたしは、怯まずにそのままそっちに向かってジャンプして頭突き。
何かがこわれる、バキって音。

爆発を受けたかのように、のけぞっていくブラッドストーク。
手を緩めない。
みんなの怒りを乗せて、追いかけて、叩き続ける、蹴り続ける。
化け物は苦しそうな声を上げて、わたしの怒りをすべてその身に受けていく。



"もういいよ!アイちゃん!もう、充分だよ……!"

かなえが、涙声でもういいって叫んでいた。
……そうなのかな?

"皆さんも、もうやめて……! アイちゃんを、もう休ませてあげてください……!"

かなえがそう言って頭を下げると。
わたしの体の中のみんなの怒った気持ちが少しずつ薄れていく。
そうか、もういいんだね。
みんなの悔しかったきもちが溶けていく。


"くそっ……死んでまで、こんな目に遭わされるなんてな……"
"死にぞこないのクソガキがァ……"

ブラッドストークは倒れて、恨めしそうにつぶやいた。
怪物みたいな体ももうボロボロで、なんだか見た目もだいぶ薄くなっている。
やったんだね、わたし!
最後に、みんなのためにちゃんと戦えてよかった!


「かなえー!」

わたしは、うしろで泣いていたかなえに向かって、思いきりジャンプして飛びついた。

ぎゅうっと、わたしのちいさい腕で、大好きなかなえの首をめいっぱい抱きしめる。
かなえの体からは、優しくてあったかい気持ちが、わたしの心の中に伝わってくる。

かなえも、わたしの小さな背中に優しく腕をまわして、つよく、つよく抱きしめ返してくれた。
肩のところが、かなえの涙でちょっとだけ濡れた気がした。


――――なんかわたしも、疲れたな。
振り返ると、わたしの後ろにもあたたかく光る扉がひとつ現れていた。
そうだね。これがわたしの行くところなんだね。

かなえの方をもう一度見る。

あうあう、きゃっきゃと優しく叫ぶ。
『かなえ、本当に、本当にありがとう』ってそんな気持ちをいっぱい込めて。

手を振って、バイバイってお別れする。
かなえはひづきをまだ見てたいみたいだけど、わたしは疲れちゃったから先に行くよ。

かなえの、ぷにぷにと柔らかくて、爪のあるお手々が見える。
かなえもこっちを見て、泣きながらだけど優しく笑って手を振ってくれた。


ブラッドストークの方も見ると、ちゃんと倒れたまま。
でも、割れかけた顔の奥の目がなんだか優しく安心してるように見えた。
なんでだろう。不思議だな。


そして、私の両手にふわっとしたものが。
大きくて、懐かしい手のひらがわたしの小さい手を握ってくれている。
左はお父さん、右はお母さん。
そうわかる。とってもあたたかい雰囲気を感じる。

二人に両手を引かれて、一緒に、光る扉に歩いてく。


森のみんな。
もう会えないのは悲しいけど、わたしの周りにはたくさんの人がいて寂しくないよ。

これからは、きっとどこか遠くで見守ってるから。


――――――――みんな、元気でね。



――――――――

 ◇

――――――――




「狙うべき獲物が、少し増えてしまったか」

まるで刑務官たちに自分の嗜好を利用されているようだと感じながらも、氷月蓮は思考を進めていく。
その胸の奥の冷たい殺意は、より多くのものを含みその上でさらに研ぎ澄まされていく。
魂を認知できるということは、もしも魂を殺す方法が存在するならば――――それを実行した瞬間の、あの至高の"殺人の感触"を魂のレベルで実感できるということ。

「あるいは魂を無視して全員殺してから、アクセサリーに入った魂をどうするか考えるのもよいかな」

"アイ"を護っていた、彼女の家族を始めとするであろう魂たち。
そしてその"魂の加護"を機能させずに自分がアイを殺害せしめたこと。
それらについての情報も、デジタルウォッチから得ることができている。
後からそのことを知って、気分はそんなに悪くはない。


「それに――――充分な対価も貰ったしな。
 この200pt、有り難く使うとしよう」


ジョーカーとしての任務を追加で受けたことで、氷月のデジタルウォッチに新たに使用できる特権ポイントが200pt追加された。
おそらく100ptが任務を受けた分、もう100ptは北鈴安理が首輪解除済であって殺害しても恩赦ポイントを獲得できなかったことの補填なのだろう。
淡々とした態度をとるが、非常に助かっている。

「こんな好奇心を覚えるのは、久々かもしれないね」

落ち着いた表情になりながら、デジタルウォッチに提示された魂に干渉する方法を脳内で思い返し噛み砕いていく。
まるでホワイトボードかのように、氷月蓮の脳内に情報が整理されていく。

まずは留意しておくべきは。

超力を消すという事は、魂を殺すという事とイコールではないということ。
近年の研究である超力ひも理論によると、超力は全て繋がっている。人間各々の魂に。
とはいっても、紐を切っても接続が切れるだけなのだ。
超力を消しても、魂は超力を宿す器官というだけであって魂まで消えることはない。

ならば、あのアクセサリー内部の魂を、あるいは魂そのものを『殺す』にはどうすればいいか。



1.超力の利用
 征十郎に協力を依頼して魂の消共同で殺害することは、勘案しないことにする。
 普通の人間の魂を斬るなどということに協力してくれるとは思えないし、そもそも可能な限り自らの手で殺さないとジョーカーとしての任務達成になりはしないだろう。

 ならば自分自身の超力が、征十郎やイグナシオのような超常現象じみた領域へ変化することを期待するか。
 それもあまりに不確定要素が強く、可能性が低すぎて検討に値しない。

 魂を認知した自身の超力が、魂の殺し方を常に見えるようになるかも不明だ。
 自身が魂の状態になり北鈴安理の魂を見た際に、自身の超力由来の何かが見えたような気はする。
 しかしまだ魂を見慣れていないせいか、脳中で解釈が進まない。
 アイドルとして覚醒した日月を殺せる方法が見えなかった時と同じで、その場の状況によって殺せる方法がないなら見えず、あるなら見えるという可能性もあるだろうか。
 何にしろ、それ単体では意味をなさず魂に干渉できると考えられる手段を手元に用意するなど下準備が必要だろう。


2.魂と魂の干渉
 最も有力だが、最も使いたくない手。
 自分自身に魂があると自覚している以上、再び臨死状態を作り出せば魂の状態で動き回ることは可能だろう。
 だが、あの心臓が止まるような死線を自ら踏み抜くのは、あまりにリスクが大きすぎる。
 標的の魂は殺せたが、自分の肉体まで死ぬという結果になってしまっては元も子もない。

 使うとするならば、刑務作業終了直前のわずかなタイミングだろうか。
 ジョーカーとして得た知識だが、刑務作業終了後は生存者は刑務官や特任の医師により最高峰の医療措置を受けられることが約束されている。
 完全な死さえ迎えていなければ、肉体がどれほど損壊していようが問題はないはずだ。


3.魂側からの干渉に対する反撃
 生前に大きな繋がりがあったならば、死者の魂が生者に干渉することもある。
 かつて大金卸樹魂の魂が、被検体:Oと戦いを繰り広げたかのように。
 魂の側からこちらに危害を加えようとしてくるならば、作用反作用のようにこちらからの反撃も恐らくは可能になるはず。
 直接殺害し、過去の記憶を共有した相手――北鈴安理はこの干渉を起こしうる範疇に収まっている可能性は十分に考えられる。


4.アクセサリーの逆利用
 そもそも、メリリンの持つあの流星のアクセサリー。
 高度な技術の塊ではあるが、実用化されて間もない初期型である以上、設計段階でいくつかの脆弱性や危険な橋を渡っている箇所があるはずだ。
 細工を施したり、あるいは破壊すれば、内部に定着している魂へ直接的なダメージを与えることはできないだろうか。

あるいは……。




「あと一歩、あと一手か……」

一通り思考を巡らせ、蓮は小さく息を吐いた。
理論は揃いつつある。
そう、わずかな切っ掛けでそれはできるはずなんだ。

北鈴安理の、メリリンの。
彼らの起こした犯罪に関する新聞や雑誌や書籍などに、手がかりは無いか。
この刑務作業で彼らに強く関わった人物たちに、手がかりは無いか。
記憶の全てを思い起こせ。

今思い起こすと、北鈴安理という男の印象は昔とは全く違っていた。
僕と同じほぼ模範囚で、普段アビスで見ていた全く覇気のない取るに足らない姿。
しかし安理と遭遇する少し前に出会った友人エネリットの話にもあった通り、彼は全く取るに足らない存在ではなくなっていた。
だからこそ、あれだけ痛い目を見た。
対策できなければ、今度こそ完全に敗北し死ぬ。

だが、対策不可能ではないはずだ。
本来、魂一つ程度が生きた人間や世界などに影響を与えるのは難しい。
大金卸樹魂のような、余程の魂の強度がある人間でもなければ。
ただの強い思念や、怨念程度では世界に干渉することは困難なはず。
肉体が死んでも魂の力で動き続けた大金卸樹魂のような現象は、彼程度の魂では引き起こすことは不可能なのだ。
そうでなければ、肉体が死しても彼の身体や超力は動き続けて僕は死んでいただろう。
彼の魂は、決して規格外の強さではない。

忘れてはならないが、ジョニー・ハイドアウトやトビ・トンプソンへの対処も重要だろう。
メリリンが彼らと位置を先に打合せしていて、合流しようと動く可能性も十分にある。



ターゲットの動向を確認するため、デジタルウォッチを見やる。
すると、エネリットがまさにあらゆるものを切断できる人間と。
魂をも殺せる、征十郎とともに行動していた。


「エネリット、君も。
 何か大きいことをするつもりなのかい」


きっと彼は、征十郎の絶対的な超力がないと成し得ない"何か"をしようとしている。
エネリットとは、かつて行われた超力譲渡の繋がりもある。
自身の"殺人の資格"を貸し出し発現を抑えることで、今後仮面を被りながら社会を生きる助けになる存在でもある。
二人で生き延びたら、何を成し遂げたか互いに話すのも悪くはないだろうな。



昔のいつか、超力の自己による進化は、強い絶望によって起きるのではないかという仮説を見たことがある。
あるいはそれを乗り越える意思が必要なのだとか、ロマンチストな人間の話では愛の力がトリガーではないかなどという、よくわからない仮説もあった。
そして完全に進化した超力の持ち主には、従来の超力の持ち主は絶対に勝てないなどという話も。

自分は、そんな劇的な感情も、熱苦しい意思も、愛などというものも何ひとつ持ち合わせてはいない。
だから、本当にそれが世の理ならば仕方なく受け入れてそのうえで自分らしく生きるしかないと思った。
一方でそれと同時に、不思議と僅かな苛立ちは覚えてはいた。

だが、もしも。
強力な異能も持たない、劇的な進化の条件すら満たし得ない、ただ生きて、ただ冷徹に人を殺すだけの一人の人間が。
人間の"魂"をも殺すことができるというのなら。
すでに肉体が死に絶えた存在にまで、この手で直接的な死を刻み込めるというのなら。


――――それは一つの人間の可能性を広げた、自分なりの"進化"ではないだろうか?


「考えてみたこともなかったな――――殺人を続けた先に何があるかなんて」


夜闇の中、デジタルウォッチの無機質な光を氷月蓮の瞳は爛々と反射し輝いていた。


【B-2/草原/一日目・夜中】
【氷月 蓮】
[状態]:首に重症(治療済み)、左腕に凍傷(処置済み)、超力『殺人の資格(75%)』
[道具]:Tシャツ、フォーク2本、遠隔起爆用リモコン、デジタルウォッチ、ロープ(使い古し)、ワイヤレスマイク、通信機、麻酔銃、治療キット(使用済み)
[恩赦P]:0pt(残り特権200pt)
[方針]
基本.殺す。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
0."魂"を殺害する。
1.メリリンを殺害する。できることなら、魂も。
2.流星のアクセサリーに対処する。できることなら、中の魂を殺したい。
3.トビ・トンプソンらを警戒する。

※ジョーカーの役割を引き受けました。
 恩赦ポイントとは別枠のポイント(通称特権ポイント)を200pt分使用可能です。
 デジタルウォッチに全ての参加者の位置情報が表示されます。
 また、以下の指令を受けています。
① 刑務作業に消極的なグループに紛れ込み、6時間以上過ごす。(達成済)
② 刑期に関係なく最低でも3人以上の参加者の殺害。(達成済)
③ 追加指令として、1人分以上の"魂"の殺害。
※追加で指令を受けたことで、特権ポイントが200pt追加されました。
※流れ星のアクササリーの経緯、引き起こした現象について知りました。
※魂の存在を知覚できるようになりました。





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 ◇

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あいつらも、去っていったか……。
ヒーロー、復讐者、アイドルとかほんとに色々なやつを見送ったな。
そんなに女に縁のある柄じゃねえんだけどな。





ははっ。
死んでも便利だな、俺の超力は。

魂にまであれだけの損傷を受けながらさ。
見た目だけは、いくらでも健全そうにできる。

全く死んでまで、俺は何やってんだか。
やられたふりも、元気なふりも上手かっただろ。
俺の得意技だぜ、もうさ。

だが……なんだかこの姿すらも……もう限界みてえじゃねえか。
怪力を発揮する超力に加えてよ……あの瞬間だけ、あの子供を護るためだった魂の加護が攻撃にも力を貸してきたみてえなのさ。

本当なら、今まで俺が悪の道に落としてきた奴ら、破滅させてきた奴らとも。
地獄で話でもしようかと思ってたんだが。

それも、無理なのかもな。

なんか、"魂"そのものがもう終わりかけてるのさ。

ま、そんなものか。
お似合いの末路って感じか。

じゃあ。



"チャオ♪"



あばよ。
俺に関わった、全ての奴ら。



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 ◇

――――――――



魂同士の争いならば、魂が損傷することはありうるのだ。


そして……消滅することも――――――――。


氷月蓮が求める魂を殺す手がかりのうち一つは、人知れず一つの魂の贖罪によって実証されていたのだった。


166.俺たちに明日はない 投下順で読む 168.Abyss(前編)
164.春のポイントフェア 時系列順で読む 165.番外戦
送り火の先へ 氷月 蓮 Abyss(前編)

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最終更新:2026年06月12日 09:56