大和正義とンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィことロレちゃんは市街地に足を踏み入れていた。

ビルの立ち並ぶ無機質な街並み。
足音を殺しながら慎重な足取りで明かりのない道路を進む。
いくら深夜とはいえここまで人の気配がない街と言うのは都会育ちの正義には初めての体験である。
別段、闇を恐れるような性質ではないが、人口の街で人の営みが感じられないというのは自然の静寂と違う不気味さがあった。

振り返り、自らの背後についてくる少女を見る。
この不気味な街においても少女の様子にはまるで変わりがない。
明鏡止水の心を持った正義などよりもよっぽど平静を保っているように見えた。

ビルの角に差し掛かったところで、正義が足を止める。
後ろに手をやり背後の幼女に止まるよう合図を送った。
幼女はその合図を全く気にせず歩き続けたので、直接肩を掴んで止める羽目になったのだが。

正義の聴覚は微かに響く足音を捕えていた。
足音は二つ。歩幅と間隔から男と女と推察できる。
男の方は極力足音を消そうと努めているようだが完全には消しきれていない、恐らく素人。
女の方は言わずもがな、警戒はしているようだが平時と変わらぬような足音である。

一人しか生き残れないルールの中、複数名で行動しているという事は殺し合いではない別の方針で動いている可能性は高い。
だが、殺し合いに乗った人間同士の一時的な同盟関係という可能性もあるし、何より甘い想定をしていては致命的な隙となる。
警戒を怠らず正義はビルの陰から足音の方向の様子をうかがう。

そこには予測通りの人影が二つ。
徐々に近づいてくる影がベールをはがされその姿が露となる。

「出多方副会長」

その正体を確認した正義が声を上げた。
隠れていたビルの影から飛び出し、自らの姿を晒す。
正義の姿を認めた相手も驚いたように目を丸くしていた。

「息災で何よりです副会長」
「待った! そこで止まりなさい」

駆け寄ろうとする正義に待ったがかけられた。
正義はその指示に従いその場に足を止める。

「どうされました?」
「ここでは外見も名前も変えられます。まず初めに、あなたが本物の大和君なのか確認したい」
「なるほど。副会長らしいですね。いいでしょう」

正義は納得したように深く頷き、姿勢を正す。

「では僭越ながら、簡単に来歴などを」

大和正義は大和家の嫡男として生を受けた。

大和家は武に身を置くものなら知らぬものなどいないほどの武門の名家である。
警察などにも指導を行っており、曾祖父の代から現当主である父に至るまで全員が名誉師範の称号を戴いている。

大和家は武のみならず礼と義を重んじており、文武両道を理念として掲げていた。
この理念に従い正義も幼少の頃よりあらゆる武術を叩き込まれ、厳しい礼儀作法と多種多様な分野の教育を受けて育ってきた。

大日輪学園に進学後は1年では空手、2年では剣道の全国高校選手権に出場しこれを制覇。
3年では柔道部への転属が予定されており前代未聞の異種目三冠王を目指している。
また満16歳となり出場資格を得て初出場した全日本空手大会では準々決勝で負傷、準決勝を棄権しベスト4に終わった。

「とまあ、こんなところでしょうか」

簡略的に語られた来歴を聞き終え、秀才は眼鏡をクイと上げる。
不敵な笑みを浮かべ、どこか強気な態度で告げた。

「ふっ。まあ大和君はその道では名の知れた有名人ですからね。調べればその程度の情報は分かるでしょう。
 さぁ私の質問はここからですよ! 今から君にはもっと私的な学園生活に関する質問に答えていただく! そもさん!」
「せっぱ!」

異様なテンションで男たちは向き合い、対決の様相を呈していた。
互いの証明をかけた勝負が今始まる。

「第1問。大日輪学園の現在の学園長の名前は?」
「大日輪銀河学園長」
「正解。それでは第2問~」

チキチキ大日輪学園クイズを始めた二人をよそに、月乃はぼーと立ち尽くす幼女へと近づいていった。
その目の前までくると、視線を合わせるように屈みこんで語りかける。

「お姉ちゃんは大日輪月乃って言うの。お嬢ちゃんお名前は?」
「ロレチャンである。敬うがよい」
「よしよし。かわいいねぇ。飴食べる?」
「供物か。よかろう。ほぅ……これが味覚なる肉の悦か」

幼女は差し出された飴玉を口の中で転がしながら、なすがままに頭を撫でられる。
どこかほのぼのとした交流を重ねる少女たちをよそに、男たちの戦いは続いていた。

「第9問! 食堂の水曜のみの特別メニューとは!?」
「飛鳥おばさんの元気もりもり量ももりもり特製ランチ!」
「正解!」

戦いは佳境に入り、二人の声も熱を帯びる。
今のところ正義の全問正解。
果たして合格基準はどこにあるのか不明なまま、秀才が最後の出題を行う。

「では最後の問題だ! 我が大日輪学園の校歌を歌ってみたまえ!」

その問いを受けた正義は改めて姿勢を正す。
肩幅に足を開き、後ろに回した両腕を腰のあたりで組んだ。
顎を引き、視線も高らかに歌い上げる。

『大日輪学園校歌 ~熱き血潮に~』
作詞:大日輪 銀河 作曲:秋原 光哉

♪ ああ~大日輪 少年よ~ 天に輝く太陽となれ~

♪ 日輪の如く~ 熱き血潮よ~ 燃え上がれ~

♪ 山も川もないけれど~ 太陽ならどこにでもあるさ~

♪ 若人よ~ 大志を抱け~ 努力しろ~ 飯を食え~

♪ 困難なんて~ 若さと勢いで乗り越えろ~

♪ 何とかならなくっても~ 明日があるさ~

♪ 若者よ~ とにかく燃え上がれ~

♪ ああ~大日輪 大日輪 大日輪 我が母校~

校歌の斉唱が終わり、僅かな静寂が訪れる。
待ちくたびれた幼女と歌姫から、どうでもよさげな呟きが漏れた。

「ファルセット足りてなくない?」
「些事である」

そんな歌姫からのダメ出しも他所に、正義といつの間にか一緒に歌いだしていた秀才は互いに一歩踏み出した。

「どうやら間違いないようですね。会えてうれしいですよ大和君」
「こちらこそ、心強いです出多方副会長」

男たちはがっちりと再会の握手を交わした。
正直序盤の時点でほぼ確信は得ていたが勢いでここまで来てしまった感はある。

「変なクイズ大会終わりました~?」
「変なとは失敬な。大事な確認作業ですよ月乃君」

苦言を呈する秀才をあしらいながら、それじゃあ、と月乃が正義へと向き直る。

「はじめまして。大日輪月乃です。TUKINOって名前でアイドルやってます」
「はじめまして。大和正義です。ご活躍は会長よりかねがね伺っております」
「これはまた、愚兄がご迷惑をおかけしております」
「いえいえ。日頃から良くして頂いております」

そう言いながら、互いに頭を下げ合った。
太陽という共通の知り合いもあってか、スムーズに関係を築けそうである。

「けど、大和正義くんかぁ。どこかで聞いたことあるような……」

その名前が記憶のどこかに引っかかったのか、月乃が頬に指をあて頭をひねった。
心当たりを思い出そうとするが思い出せないようである。

「キミほどではないにせよ彼も有名人ですから、どこかで名前くらいは聞いていてもおかしくはないでしょう」
「うーん。そういうんじゃないんですよねぇ」
「では太陽に聞いたのでは? 彼も大和君には一目置いていますからね」
「うーん。誰かに聞いたというのは、そう、かも……?」

一応の納得は得たのか、そこでひとまずその件は打ち切られた。
秀才は改めるように一つ咳払いをして正義を見る。

「それでは大和君、まずはこの状況で、君はどういう行動方針をもって行動しているのかを確認したい」
「はい。私はたった一人になるまで殺し合うなどと言う方針には従えません。
 殺し合いを止め、出来る限り多くの人間と共に帰還したいと考えています」

返ったのはこれ以上ない程まっすぐな意見だった。
秀才とて元より正義が殺し合いに乗るなど思っていないが、ここまでくるといっそ清々しいものがある。
だがその心中を態度には出さず、あえて厳しい口調で試すように問う。

「だが、生き残るのはただ一人という話ですよ。
 あると思いますか? 複数の人間が帰還できる、そんな方法が」
「わかりません。ですが『ある』という前提で行動すべきだと考えています。
 なかった場合は死ぬだけですが、本当にあった場合に諦めていたなら死んでも死にきれない」
「なるほど。君らしい考えですね」

正義の意見を受けて、秀才は神妙な面持ちで眼鏡を吊り上げた。
そこで固くしていた表情をふっと綻ばせる。

「そして私と同じ考えだ」

諦めないという強い意志を示す。
これこそが大日輪イズムである。
志を同じくする同士との邂逅、これほど心強いことはないだろう。

「大和君。私たちは月乃君の歌唱スキルによってこの殺し合いを止められるのではないかと考えています。
 彼女の声をこの島全域に届ける方法があれば、少なくとも争いは止められるともいます」
「出多方さん……!」

秀才の言葉に月乃が目を輝かせる。
それは月乃が掲げた目標である。
秀才は照れ臭そうに眼鏡を上げて、月乃から視線を逸らす。

「……歌で、ですか? 確かに校内放送で聞き及ぶ彼女の歌声は素晴らしいものであると理解していますが。
 流石にそれで殺し合いを止めるというのは現実的ではないのでは?」

だが正義はその方針に難色を示した。
当然の反応だろう。
歌で争いを止めるなど夢物語のような話である。

「え、ちょっと待ってください。大日輪では校内放送で私の歌が流れてるんです? 職権乱用じゃない? 何やってんの兄さん」
「いえ、会長ではなく学園長の方針です。特にCDリリース前後は月乃応援週刊として休み時間毎に月乃君の新曲が流れます」
「何やってんのお爺ちゃん……」

もっとすごい職権乱用だった。
身内の恥にドン引きする月乃を置いて話を進める。

「大和君。君が訝しむのも理解できますが、月乃君の歌声には争いを止める力があるのです」
「それは、そう言ったスキルの効果がある、という理解でよいのでしょうか?」
「ええ。確かに月乃君の持つ歌唱スキルには戦意を削ぐ効果があります
 だがそれは強い敵意を持つモノまでは無力化できず完全ではありません。
 ですが、私はスキルどうこう以上に、彼女の歌に賭けてみたくなったのです。
 彼女の歌にはその力があると、そう私が信じたのです」

秀才も最初は正義と同じく猜疑的なスタンスだったが、実際に月乃の生歌を聴いて確信した。
いや、確信と言うより、賭けてみたいと思ったのだ。
彼女の歌が世界を癒すさまを見てみたいなと。

その熱意がどれほど伝わったのか、正義は思案するように一点を見つめる。
そして僅かな思案の末、自分なりに飲み込めたのか口を開く。

「なるほど。理解しました。
 無効化できなかった人間は当然月乃さんを止めに来る、それを迎え撃って一網打尽にするという事ですね」
「まあ……少し違いますが、そうですね。大和君がいればそれも可能でしょう」

武闘派な正義らしい意見である。
秀才では襲撃されて死ぬ未来しか想像できなかったが、正義がいればそうではない。
理性を重んじるという点では正義と秀才は似通っているが、こういう所は会長である太陽に近いだろう。

「ただ、油断しないでください大和君。
 君は確かに強い。だがここにはそういった強さとは違う強さもあるという事を認識しておいてください」
「それは、どういった意味でしょう?」

厳しい目つきで正義が問う。
勝負事の話になれば目つきが変わるあたり、やはりその本質は戦士なのだろう。
強さに対する自信と矜持は誰よりも強いのかもしれない。

「スキルという未知数の要素があるという事です。
 このスキルには常識を外れた超常的な行為ができるモノもある可能性が高い」
「なるほど。可能性があるとそう推察する根拠をうかがっても?」

断定ではなく可能性を語る秀才に正義が問う。
その問いに秀才は問いを返した。

「大和君。君も精神系のスキルを取ったのではないですか?」
「はい。お察しの通りです」

秀才は同類である正義ならば冷静スキルもしくはそれに類するスキルを獲得していると予測していた。
そしてその予測は的中したようである。

「ならば君にも心当たりがあるのではないですか? 自らの精神が操作されていることに。
 私も火炎放射の炎に焼かれ、痛みも熱さも感じながら『冷静』スキルの効果により冷静さを保っていました。
 これは私自身の認識が操作されているという証明に他ならない」

その説明に正義は得心する。
プレイヤー自身の認識を改変するという意味では正義の明鏡止水や観察眼もそうである。

「つまりスキルはアバターを超えてプレイヤーに介入することができている、という事ですね」
「ええ、その通りです。それどころかスキルによっては自身のみならず他者を操作して支配することができるモノもあるかもしれません。
 そう言ったものが猛威を振るっている可能性もある。精神耐性を持つ我々には直接的に効かないかもしれません。
 しかし、例えば操作された太陽なんかが襲い掛かってくる可能性だってある訳です。そうなった場合に君は戦えますか?」
「……なるほど。確かにそれは厳しいですね」

現実ではなかなかあり得ない状況だが、ここならば簡単に実現できてしまう。
直接的な脅威のみならずそう言った間接的な脅威もあると念頭に置くべきである。

「なので、精神に作用するスキルの効果を月乃君のアイドルスキルで確かめたかったのですが、
 私では月乃君の魅了が効いているのかを確かめらませんので、出来れば信頼できる他の人間にと考えていました。
 予想はしていた事ですが正義君も精神耐性持ちとなると、はやり別の当てを探すしかなさそうですね」

視線を移す。
正義以外もここに誰かいると言えばいるが。
その先では月乃になすがままに撫でまわされている幼女の姿があった。

「あれは……スキルの効果で懐いているのでしょうか?」
「いえ、ああいう子ですのでなんとも……」

心配になるくらいに基本的には何でも受け入れる子である。
不快に思ってるのか、それとも喜んでるのか、観察眼をもってしてもその内心は見て取れない。

「それで、別の当てとは?」

正義が話を戻す。
秀才の当てがあるという言葉を聞き逃さなかった。

「太陽ですよ。太陽と合流して実験台になってもらおうと」
「なるほど。その口ぶりからして会長の居場所が分かっているのですか?」
「確実ではありませんが、私の冷静スキルと反目する熱血スキルの持ち主を逆説的に探し当てられるのではないか、という月野君の提案した方法です。
 まあそれも太陽が熱血スキルを取っているという前提の話ですが」
「取っているでしょうね、あの御仁なら」
「でしょうね」

共通する妙な確信があった。
あの大日輪太陽が熱血などという言葉を選択しないはずがないと。

「しかし、反目するスキル効果による探索ですか、それが確かならますますオカルトじみていますね」
「まあ仮想空間(バーチャル)ですので、その辺は然もありなんと言ったところでしょう」

秀才のその言葉に正義が考え込むようなしぐさを見せた。
自分の言葉の何が引っ掛かったのか、秀才には分からなかったが、すぐに正義が顔を上げた。

「そもそも……ここは本当に仮想空間なのでしょうか?」

そう、大和はずっと抱えていた疑問を口にした。
これには秀才も面を喰らった。

「それは間違いないでしょう、設定したパラメータ通りの体と、スキルなる未知なる能力を与えられ、さらには肉体の外見その物が変更できる。
 これは現実世界ではありえない事だ」

現実の自分の精神が操作されている可能性には思い至った事はあっても。
そこに疑問を持ったことはない。

「ですが、キミがそう言うからには根拠があるのですね?」
「根拠、と言うほどのものではないのですが」

そう前置きをして正義は語り始めた。

「恥ずかしながら何分そういう物に疎いので、仮想空間という物に漠然としたイメージしかないのですが。
 感覚がバーチャルにしてはリアルすぎる、と感じました。リアルどころかそのものだ、現実としか思えないほどに」

当たり前に受け入れてしまっていたが、それは誰もが感じる事だろう。
いや余りにも違和感がなさすぎて、違和感がないことに違和感を覚えられないのかもしれない。

「それにシェリンと言う説明役が行った最初の説明を思い出してみて下さい。
 あの説明の中でここが仮想世界だと一言でも説明されていましたか?」
「えぇ……そんな一言一句覚えてるわけじゃないんですから」

苦言を呈する月乃とは異なり、秀才は口元に手を当て僅かに思案し何かに気づいたようにハッと目を見開く。

「確かに、ゲームやアバターと言ったそれを連想させるワードは出てきましたがバーチャルなどの仮想空間を示す単語は一度たりとも出てきていない……!
 あの説明の中に嘘が含まれていない保証も本当のことを言っている保証もありませんが、ここが仮想空間であるというのは我々が状況から勝手にそう誤認しただけだ」
「えぇ……二人とも覚えてるんですかぁ」

どうやら二人とも一言一句覚えているようである。
覚えていない月乃に出来る事と言ったら、モチモチとした幼女のほっぺたを弄ぶことしかなかった。

「いや。だとしても偶然その単語が出なかったと言う事もある。
それにここが現実世界であるという方が説明できない事の方が多い」
「ええ、私もここが現実であるとは思いません、ただ仮想空間でも別の何かではないのかと漠然とそう感じているのです」
「別の可能性……」

精神は洗脳や暗示などで説明がつかないこともないが、肉体を別人のように変質させるなど整形でも不可能だ。
現実に影響を及ぼすバーチャル。それが秀才の認識である。
それ以外の可能性など、


「――――ふぁまふぃえあう」


「ん?」
「なんです?」

割り込んできた声に、二人の男が振り向く。
声は月乃の腕の中に納まり、餅のように頬を伸ばされている幼女から発せられたものだった。

「うん? どったのロレちゃん?」

喋りたがっているのを察して月乃が頬から手を離す。
解放された幼女が改めて言葉を繰り返した。

「魂である」

簡潔なその言葉。
だがそれでも何か気付きを与えたのか、二人はハッとしたように深く考えこんだ。

「……魂」
「確かに言っていましたね、魂と」

最初の説明で何度か出た言葉だ。
魂魄制御システム、魂の直接接続。
そんなことを言っていたはずだ。

「魂は存在の根源。その在り様に従い肉も心も変質するは道理である」

幼女は続ける。
それは全てを知る全能の神の如く。

「…………つまりこういう事ですか?
 ここにいるのは我々の魂そのものであり、敵には魂を操作するシステムがある。
 設計図である魂を変質させれば肉体も精神もそれに従い変化すると?」
「然り」

自身の理解をぶつける秀才の言葉に幼女は頷く。

「私たちが魂ってここはあの世みたいなことです? あれ、ってことは私たちもう死んでる?」
「そうではないでしょう。おそらく生霊のような存在であると考えた方がいい。
 なるほど。魂が消滅すれば死ぬのは道理だ。肉体と精神の変質と影響、それも筋は通る」

その解釈ならば確かに筋が通る。
いや、筋が通りすぎている。
そうなると別の疑問も生まれてしまう。
まるで答えを知るように、僅かな言葉で導いたこの幼女は何者なのか、という疑問である。

「大和君。この子は何者なんです?」
「わかりません。外見通りの中身という訳でもないとは思いますが。
 少なくとも悪意のある人物ではないという点は信用してよいかと」
「それに関しては大和君の見る目を信じましょう」

秀才は大和から視線を外し幼女へと向き直る。
そして直接、月乃に抱えられた幼女に向かって問いただす

「あなたは何者です?」
「ロレチャンである」
「ロレチャン? そのような参加者は……」
「名簿の最後に載っている長い名前の参加者です。呼ぶのに不便なので私が名付けました」

正義が補足する。

「なるほど。それではロレチャンさん、もう一度問います、あなたは何者だ?」

改めて問う。
名前ではなくそう言った存在であるのか、その正体を。
幼女は隠すでもなく平然と答えた。

「我は一にして全、全にして一なる存在である」
「なっ!?」

その返答に秀才がこけそうなほど大きく仰け反る。
だが、何とか踏みとどまった。

「ふっ。危ない所でした、私に冷静スキルがなければ尻もちを付いて腰を抜かしているところでしたよ」
「カッコつけてますけどカッコ悪いですよそのセリフ」
「それで、副会長。今の言葉の何にそんなに驚かれたのです?」
「おや、大和君もサブカルチャー方面は明るくないようですね」

クイっと眼鏡を上げる。
僅かに息を飲み、神妙な面持ちで告げる。

「これは――――とある神話における邪神を表す言葉です」

邪神。
余りにも不穏な響きのある言葉に、正義と月乃は幼女を見た。

「ロレちゃん神様なの?」
「我は我。定義など些事である」
「だよねー」

タプタプタプと両頬を弄ぶ。
その勢いにおっおっおと幼女は声を漏らした。
神をも畏れぬ行為であった。

「よしよし。飴をあげようねぇ。あ、ハッカだ。出多方さんいります?」
「まったく。ハッカが美味しいんじゃないですか。頂きますが、あなたには効果がないとはいえそれも支給品なんですから無駄遣いしない様に」
「はーい」

言いながら缶を振って次に出た、いちご味を幼女の口に放り込む。
表情こそ変わらないが素直に受け入れている辺り気に入っているのかもしれない。

「邪神。それは危険な存在と言う事でしょうか」
「ええ。少なくとも私の知るその言葉を示す存在は危険な存在でした」
「ですが私には今の彼女に危険があるとは思えません。
 彼女の言葉の通りだ、彼女は彼女そのような言葉の定義に惑わされるべきではありません」

どこまでも真っ直ぐな正義の言葉。
秀才は嬉しそうにふっと笑う。

「ふっ。私の負けのようですね。分かっていますよ大和君。
 彼女の知見が我々に気づきを与えたのも事実、邪険にはしませんよ」

目の前にいる存在よりも神話や物語に語られる話を信じる程秀才は愚かではない。
秀才はデータを重んじるが、データを重んじると言うのはそう言う事ではないのだ。

「と言う訳で、よろしくお願いしますよロレチャンさん」
「うむ。敬うがよい」


「今後の方針としてGPの確保が重要だと考えます」

話題も落ち着いてきたところで、正義がそう切り出した。

「何故です?」
「脱出方法や他のクリア条件などの情報収集において、重要となるのがGPを使用した『シェリンへの質問』と考えるからです」
「なるほど、それは確かに一理ありますね。
 質問によっては秘匿されるかもしれませんが、直接的な返答は得られずとも返答を得られないという事が分かるだけでも収穫にはなる」

解答できないと言う事すらも一つの情報である。
質問内容次第では問いかけることで何か事態を進められるかもしれない。

「それともう一つ。月乃さんの歌唱スキルをSランクに押し上げれば問答無用で争いを止められる可能性があります」

それはある種の理想と幻想を含んだ月乃たちの策とは違い、スキル効果のみに頼った現実的な提案である。
彼女たちの理想を否定するような案だが正義はあえて口にした。

「そうですね。検討はしておきます」

それを理解して秀才はクールに受け止める。

「けど……GPって他の人を倒したときに手に入るんですよね」
「ええ、ですのでそれ以外の獲得方法を模索すべきかと、例えば」
「塔の制圧ですね」

先を繋いだ秀才の言葉に頷きを返す。
塔の制圧ならば血を流すことなく大量のGPが獲得できる可能性がある。

「他にも獲得方法はあるという説明でしたが……」

そこまで言ったところで、新着メールが届いたことに気づく。
メールを見た月乃がつぶやく。

「砂漠のお宝さがし…………?」

それは砂漠エリアの大砂漠でイベントを開始したという告知メールだった。

「出来過ぎなタイミングですね………どうします?」
「GP入手の機会ですが、相応の危険もありそうですね」

他のプレイヤーも集まる可能性は高いだろうし。
方向感覚を狂わせる大砂漠への侵入を余儀なくされる。
危険度は高い。

「どちらにせよ会長がいると思しき方向とは別方向だ。なんにせよまずは会長との合流を目指すべきかと」
「そうですね。まずは兄さんとの合流が先ですよね」

ひとまずは保留、まずは太陽との合流を目指すと言う方向で一致する正義と月乃。
だが秀才は一人、何かを考え込んでいた。

「二手に分かれましょう」

秀才がそう切り出した。
この提案に正義と月乃は怪訝な反応を見せる。

「同意しかねます。確かに分かれた方が効率的でしょうが危険です」
「そーですよ。みんなで一緒の方が安全でしょ?」
「多ければいいという物もないでしょう、足手まといが増えて危険になるのは大和君、あなたです」

この中でまともに戦えるのは正義だけである。
共に戦えるものならばともかく、守護対象が増えれば増えるほど正義の負担は大きくなる。
秀才とて最低限戦えるようアバターを設定したがやはり危険人物に対抗できるほどではない。

「見くびらないでいただきたい。未熟の身なれど、三人程度守護れずしてなにが武術家か」

怒気すら含んだ正義の言葉。
それに対して秀才は一切怯むことなく堂々と言い返す。

「ええ、だからこそ別れるのです。
 長引け長引くほど犠牲者は増える。一刻も早く事態を解決することこそが人を救う道です。
 つまりこれは三人以上を守るための選択なのです」
「…………しかし」
「大丈夫です。無理はしません。何より太陽と合流出来れば戦力不足も解消される」

正義ほどではないにせよ太陽もまたかなりの武闘派である。
第一目標である彼と合流出来れば懸念は解消できるだろう。
正義が大きくため息を漏らす。

「副会長には敵いませんね」
「ふっ。弁舌ならば大和君にも負けませんよ」

二手に分かれる方針を受け入れると、如才なく次の方針を固める。
共に脱出に向けた情報収集を続け、及び脱出を目的とする同士との合流を目指す。
正義はGPの獲得、秀才たちは正義との合流を目指す方向で決定した。

「合流はどうしましょう? 待ち合わせ時間と場所を決めるとしても、イレギュラーが起きる可能性は高い。
 予定に合わせて無理に合流しようとするのも、合流相手を待って一カ所に留まるのも危険だ」
「確かに、何か連絡を取れる手段があればいいのですが……」

顔を突き合わせて頭を悩ませる男二人の様子を見て、月乃がキョトンとした顔で言った。

「ん? このメールって送れないんですか?」


その後、シェリンに確認したところ。

メールは連絡先を知る相手ならば送ることができる。
連絡先を知るにはコネクトする必要がある。
コネクトとは5秒以上の単純接触によって行われる。
メールは1通出すのにGPを10pt使用する。
などと言う情報を得た。

「しかしずいぶんと回りくどい説明でしたね」

正義たちと別れ、太陽がいると思しき方向に向かって秀才たちは進んでいた。
シェリンは問えば答えるものの1項目1項目を逐一問う必要があった。
余程伝えたくなかったのか、随分と遠回しな返答である。

だが、これもおかしい。
参加者に使われたくない機能ならば、そもそも実装しなければいい。
何故、そんな機能があるのか。

「あっ、思い出した! 正義くんだ!」

唐突に月乃が声を上げた。
秀才の思案が打ち切られる。

「何を言っているんですか。思い出すも何も先ほど出会ったばかりじゃないですか」

そんな事も忘れてしまったのかと、月乃にかわいそうなモノを見る目が向けられる。

「違いますって! 聞いたことがあるようなって言ったじゃないですか!
 確か善子から聞いたんですよ、正義くんって」
「善子? ああ、美空ひかりさんの本名でしたか」

あのトップアイドルと堅物の正義に繋がりがあったなど、意外な話である。

「どのようなご関係なんですか?」
「えっとそこまで詳しくは……アイドル始めるきっかけになった少年の名前ってくらいしか」
「そうなんですね」

意外な繋がりがあるものである。
人間関係の妙に秀才はしみじみそう思った。

[D-4/市街地/1日目・早朝]
[出多方 秀才]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:焔のブレスレット(E)、おもしろ写真セット、回復薬×1、万能薬×1
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:出来る限り多くの人間と共に脱出を目指す
1.自分の向かいたい逆に進み、太陽を探す。
2.月乃の歌でこの殺し合いを止めたい
3.ある程度の目途が立ったら正義との合流

[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(2/3)、ドロップ缶、回復薬×1、万能薬×1、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.兄さんを探す。
2.金髪の人(エンジ君)には、次に会ったら負けない。

【ドロップ缶】
いちご、れもん、めろん、ハッカなどいろんな味の飴が入った四角い缶。
演説、歌唱など声を使うスキルをブーストする(上限A)
また沈黙などの声に関する状態異常を回復する


「よかったね、飴。分けて貰えて」
「うむ。よき供物。重畳である」

月乃から幾つかの飴を分け与えられご満悦のようである。
その代わりと言う訳ではないが、正義も秀才と月乃に薬セットから回復薬と万能薬を分け与えた。
正直、自身一人で使うには持て余していたためちょうどいい機会であった。

具体的な行動方針は正義に一任された。
砂漠エリアへと向かうか、それとも塔の制圧に向かうべきか。
決断せねばならないが、ロレちゃんがいる以上、安易な選択はできない。

その幼女、ロレちゃんを見る。
その正体は邪神であるという。
鵜呑みにするわけではないが、確かに神と言われれば納得できない事もない風格はある。

「まあ、だからと言って何が変わる訳でもない、か」

自身が秀才に行った言葉を思い出しながら、そう呟いた。

[D-3/市街地/1日目・早朝]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:アンプルセット(STRUP×1、VITUP×1、AGIUP×1、DEXUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(回復薬×1、万能薬×1、秘薬×1)、万能スーツ(E)
火炎放射器(燃料75%)、オートバイ(破損)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.人殺し以外のGPの獲得を目指す(塔の制圧、砂漠のイベントなど)
2.脱出に向けた情報収集、志を同じくする人間とのとの合流
3.何らかの目途が立ったら秀才たちとの合流
4.海があったらオートバイを捨てる。

[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:飴×5、不明支給品×3(未確認)
[GP]:290pt
[プロセス]:全ては些事
※支給品を目視しましたが「それが何であるか」については些事なので認識していません。

038.二つのE/その声は誰がために 投下順で読む 040.vent the anger…
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検証:影の反対には太陽があるのか? 出多方 秀才 役に立ってから死んでくれ
大日輪 月乃
敵か味方か!?『New World』にあらわれた最凶の男 大和 正義 炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~
ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ

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最終更新:2022年06月01日 00:14