「…………焔花さん」
朝日に照らされる爆発跡を見つめ、アイナがはらはらと涙を流す。
その胸元には形見のように自分たちのために犠牲となった彼の支給品を握りしめられていた。
焔花は不器用なだけの優しい人間だった。
短い付き合いだったけれど、アイナは心が読めるからこそ彼の優しさを理解していた。
そんな優しい人間が死んでしまったのが、ただひたすらに悲しかった。
悲しむアイナの後ろ姿を見つめながら、善子も拳を痛いくらいに強く握り締めていた。
焔花は自分たちのために犠牲になった。
体を張るのは武術家である善子の役割だったのに、己の無力さに腹が立つ。
何故、焔花の真意を見抜けなかったのか。
爆発で人を傷つけないという彼の矜持を見誤った。。
彼は己の矜持よりも、善子とアイナを助けることを優先したのだ。
彼の尊い自己犠牲にどうすれば報いられるのか。
死者に報いる方法など今の善子にはわからない。
ただ焔花の守ったアイナだけは何としても守らねばと、善子はその決意を新たにした。
新着メールの着信音を確認したのは、ちょうどそのくらいのタイミングだった。
時刻はちょうど6時を示していた。着信は3通あった。
[重要]第一回定時メール
[アップデート]施設追加のお知らせ
[イベント]鉱石大発掘イベント開始のお知らせ
一通は事前に告知されていた死亡者が発表されるという定時メールだろう。
メールである以上、開くかどうかの判断はこちらに委ねられる。
ならば、開かないという選択肢もあるのかもしれない。
だが、命にかかわる重要事項が記されている可能性がある以上、見ないわけにもいかない。
実質選択の余地はないにもかかわらず、わざわざ自分の意志で開かせるというのが底意地の悪さが感じられる。
「…………ひかりちゃん」
「そうね」
アイナもメールの着信を確認したのか善子へと視線を送る。
善子は視線を合わせて頷き、二人は同時にメールを開いた。
まず驚いたのはずらりと並ぶ、13人と言う死者の数だ。
たった6時間で1/3の人間が死んだなどと尋常な事態ではなかった。
あのエンジ君の様な誰かを害そうとする危険な人間がどれほどいるのか想像もつかない。
そこにその名が無い事を祈りながら知り合いの名を探す。
だがその祈りも虚しく、二人はいくつかの見知った名を見つけてしまった。
アイナにとってはテレビで見る人気アイドルグループHSFのメンバー。
善子にとっては共にアイドル活動を行う仲間でありライバルであり、月光芸術学園の後輩と同級生である。
とは言え、アイナはデビュー前に脱退した利江については知らないし、善子にとっても高等部からの入学だった上に1年にも満たない間に自主退学してしまった彼女とはそれほど面識がある訳ではないが。
だが、可憐は善子にとって親しい友人だった。
誰にでも優しく気の回るいい子だったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
このゲームの元凶に対する深い怒りが善子の中で沸きあがった。
善子の親友である月乃は無事の様だが、その兄の名は死者に連ねられていた。
ライブに足繁く通うくらいに仲のいい兄妹だったから、きっとショックを受けているだろう。
善子が傍にいれば慰めてあげられたのだけれど、彼女が誰か心を預けられるような人と一緒にいればいいのだが。
09.エンジ君
彼女たちを襲撃した異常な男。
死者を今更悪く言うつもりはないが彼の様子は完全に常軌を逸していた。
炎上系動画配信者として悪名を馳せてい彼だったが、だからと言って人殺しをするような人間だったとは思えない。
彼もこの殺し合いと言う状況で箍が外れたのか、彼もあるいはこの状況の被害者なのかもしれなかった。
そして、最も二人を落ち込ませるのはその名だ。
彼が死んだという事実を改めて突きつけられるようだった。
死亡者の確認を終え、その後の連絡事項に軽く目を通してメールを閉じる。
二人の間に訪れるのは沈黙。重々しい雰囲気に沈む。
これだけの死者が出たのだ、そうなるのも当然だろう。
だが、落ち込んでる人がいる時こそ。誰かを元気づけるアイドルの出番である。
アイドル美空ひかりの役割は、気を落とす少女のために何かしてあげる事だろう。
だが、エンジ君の持つ『アイドルフィクサー』によって美空ひかりからアイドルは失われた。
アイドルが失われた、と言ってもスキルが失われたに過ぎないのだが。
事務所との契約が続いている以上職業としてのアイドルは続くだろうし、勿論こんな事でファンや視聴者の支持を失ったわけでもない。
何も変わったとは思わない。
ならば、この心の中にぽっかりと開いた穴は何なのだろう?
「ひかりちゃん。どうしたんですか?」
「ううん。何でもないよ」
心配そうにアイナが善子の様子を窺っていた。
逆に心配されてしまったようだ。
武術家としても助けられ、アイドルとしてもこれでは未熟だ。
なんて情けない。トップアイドルが聞いて呆れる。
善子は気持ちを切り替える。
美空ひかりとして、アイドルとしての矜持を魅せるために。
「アイナちゃん。歌っていい? 焔花さんや、みんなのために」
「え。う、うん! そうだね、私も聞きたい!」
ひかりは歌う。
ナンバーは3rdシングル『キミへ送るヒカリ』
明るい曲ばかりだった美空ひかりの新機軸を打ち出した美しいバラード。
焔花へ、そしてエンジ君や多くの死者たちへと送る鎮魂歌である。
力強い歌声で紡がれる切ない旋律にアイナが耳を傾ける。
(…………あれ?)
だが、アイナが首を傾げた。
歌詞も音程も正確。
美しい歌声には幾分の曇りもない。
だというのに、心が動かない。
森で聞いた時はあれほど感動と興奮を覚えた生歌なのに、どういう訳か感動がない。
それ以上に戸惑っていたのは歌っている善子である。
歌っているのに、ライブ中に感じる燃え上がるような情熱も、輝くような煌めきも何も感じられれない。
そう、魂からアイドルに関する情熱や煌めきが失われてしまったようにすら感じる。
まさかこれが、アイドルが失われたという事なのか?
「――――綺麗な歌声ね」
「ッ!?」
闖入者に歌声が止まる。
歌声に誘われたのか、そこには女がいた。
黒髪の美しい少女だった。
これに関しては善子たちも人のことは言えない有様であるため、わざわざ口にすることもなかったが。
恐らく彼女もこの6時間でそれなりの修羅場を超えたのだろう、衣服は乱れ血と泥で薄汚れていた。
「急に話しかけてしまってごめんなさい。歌が上手いのねあなた」
そう言って少女は笑いかける。
誉め言葉ではあるのだがトップアイドルに向ける言葉としてあまりにも不躾な言葉だった。
「当然ですよ! アイドルの美空ひかりちゃんですよ!」
その言葉に鼻息を荒く憤慨したのは善子ではなくアイナの方だった。
一アイドルファンとして、余りの無知に一言言わずにはいられなかったのだろう。
「そうなの? ごめんなさい、最近の流行には疎くて」
「そうなんですか?」
「ええ。一年ほどこっちを離れていたから」
海外にでもいたのだろうか、少女はそんなことを言った。
それならば近年のアイドル戦国時代に疎くても仕方がないかもしれないが。
「それよりも、教えてほしいんだけど。私と同じ顔をした女を見ていないかしら?」
おかしな質問だった。
?を浮かべて首をかしげる二人に少女は苦笑しながら訂正する。
「ああ、ごめんなさい。双子の姉を探しているの」
「姉妹…………確かメンバー一覧に同じ苗字がいたような」
善子がメンバーに乗っていた参加者の名前を思い返す。
同じ苗字は善子も知る大日輪兄妹とあと一組あったはずだ。
五十音順であるため同じ苗字の続きは印象に残っている。
「ってことは、陣野さん?」
「ええ、妹の優美よ。よろしくね」
そう言って穏やかな笑顔を見せる少女。
物腰も柔らかでステキな女性だなとアイナはそんな印象を受けた。
「ごめんなさい、お姉さんは見てないです。ひかりちゃんも私とずっと一緒にいたから」
そうだよね、と視線を送ると善子も頷きを返す。
その返答に優美は落胆するでもなく、そのままの笑顔でそうと返し。
「それならいいわ。さようなら」
「え?」
ヒュン、と風を切る音。
アイナは何が起こったのか分からなかった。
気づけば、善子の胸に抱きかかえられていた。
善子は振り下ろされる凶爪からアイナを庇いながら、優美の胴の中心を蹴った。
相手を後ろに弾き飛ばすとともに、その反動で自らも後方に跳ぶ。
タッと地面に着地して抱えていたアイナを下すと、尻もちを付いている優美に対して怒りをあらわに叫んだ。
「いきなり何をするの!?」
「何って、言ったじゃない。さようならって」
先ほどと変わらぬ様子で平然とそう言い、ゆっくりと立ち上がる。
「やだ、この辺濡れてるじゃない」
何事もなかったように、尻についた湿地帯の泥を払い落とす。
まるでアイナを殺そうとしたことよりも、自身の汚れのほうが重要と言った風である。
その態度に、善子もアイナも戸惑うしかない。
「なんでアイナちゃんを攻撃したかって聞いてんのよ!?」
「だって、あの女の行方を知らないのならもう用がないんだもの。用がないならお別れするのは当然でしょ?」
「あなた……何を」
余りにも何を考えているのかわからない言動。
アイナはそれを読み取ろうとして。
「………………ぁ」
「アイナちゃん!?」
瞬間、頭を抱えながら泡を吹いて昏倒した。
アイナは見てしまった。
彼女の心を。
その闇を。
それは、一瞬で少女の許容量を超えた。
アイナは生まれながらのテレパシストとして多くの人間の心を見てきた。
心の綺麗な人、汚い人。良い人、悪い人、気持ちの悪い妄想をする人もいた。
けれど、これほど壊れた心を見たのは初めてだった。
それほどまでに女の心は壊れていた。
むしろ、これほどまで壊れた人間が先ほどまでにこやかな顔で正常なやり取りを行っていた事実に恐ろしくなる。
あるいは、あれが彼女の正常なのか。
一瞬同調しただけで昏倒するような狂気。
読心能力が常と違って任意発動のスキルになっていたのは幸運だった。
そうでなければ、アイナの心は完全に壊れていただろう。
地面に倒れたアイナは白目をむいて痙攣していた。
意識を失ったアイナを庇うように抱きかかえながら善子は優美を睨みつける。
「…………何をしたの?」
「知らないわよ。何でもかんでも人のせいにしないで」
襲い掛かってきた事を棚上げして女は言う。
その様子からは罪悪感という物が感じられない。
むしろ、お前らが悪いといった態度である。
「そう……。一応私たちを殺そうとする理由を聞いておいていいのかしら?」
単純に殺し合いに応じただけなのかもしれないが、目の前の女から感じる殺意はあの男、エンジ君に近い。
どこか私怨めいた執念のようなモノが感じられる。
「だって、あなたは私を助けてくれなかったじゃない」
「……何の話?」
返答の意味が分からなかった。
彼女とは初対面である、善子にはまるで心当たりがない。
アイドルとして一方的な恨みを買う事は少なからずあるが、優美は善子がアイドルであることすら知らなかった。
ならば恨みを買う覚えなどないのだが。
「私があれだけ辛くて苦しかったのに…………ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと私は助けてって叫び続けたのにぃいいいいいいいいいいいいッ!!」
まるで話がかみ合っていない。
言語の通じない宇宙人との会話の様だ。
いや、言語が通じているからこそ、肌が泡立つような恐ろしさがある。
少女の目は他者を見ていない。
にもかかわらず、その憎悪だけが他者に向かっていた。
なんて黒くて、矛盾した炎。
「能天気にお気楽な歌なんか歌っちゃってさ、アイドル? ハッ! 笑わせる。
幸福な奴は死ね。私を助けなかったヤツは死ね……! みんなみんな死んでしまえぇッ!」
世界のその物を呪うような憎悪の呼び。
感情の起伏がジェットコースターみたいにピーキーだ。
常人ではついていけない速度で優美という女の感情は廻る。
「…………なっ」
善子が言葉を失う。
それはおよそ日常ではお目にかかれないB級ホラーめいた異様な光景だった。
女の憎悪に呼応するように、その腕が音を立てて変形する。
指先から伸びる爪は鋭いなどと言う次元ではない。
完全に人のそれから外れ獣の如く鋭く異形化していた。
「ハハハハハハハハ! 死んじゃえよお前ッ!!」
壊れたように笑いながら、振りかぶるような体勢から巨大な腕を振り下ろす。
ナイフを連ねたような巨大な腕、人間を引き裂くには十分な脅威である。
それを眼前にして、善子は恐れることなく前に踏み込んだ。
善子は師範代である我道の様に路上での真剣勝負の経験はない。
だが、それがどうしたというのか。
ステージでの真剣勝負なら常にしている。
我道が自慢げに語る1対50の喧嘩での勝利など笑わせる。
こちとらドームで1対50000の戦いを繰り広げているのだ。
度胸だけなら誰にも負けるつもりはない。
懐に踏み入り、爪を避けて手首を払う。
いなされた自身の腕の振りの勢いに体勢を崩した優美に対して、眉間に手の甲、人中に一本拳、水月に掌打。
威力ではなく速度を重視した3連撃を見舞う。
加減はしているが人体急所たる正中線への連撃。一時的に敵を無力化するには十分な攻撃だった。
「――――痛っ……たいなぁあ!!」
だが、止まらない。
手応えがなかったわけではない。
いや、むしろ確かな手応えがあったにも関わらず止まらないのが異様だった。
「止ぉおおまる訳ないでしょおおがッ、この程度の痛みでええええええぇぇぇッ!!!」
「っ!?」
意表を突かれたのは善子の方だ。
片腕で首を掴まれた。
体格的な差異はないはずなのに、持ち上げられ足が浮く
見れば女の筋肉は肥大化しており、体格は成人男性程度にまで膨れ上がっている。
指が首に食い込んでゆく。
両足が浮いている以上、筋力勝負で振り払うのは無理だ。
「ぐ……ッ! セイッ…………!!」
即座に善子は意識が落ちる前に掴まれた首を軸に足を振るって、振り子のように蹴りを放つ。
柔らかな関節から放たれる蹴りは顔面を直撃し、優美が体勢をぐらつかせる。
その衝撃で握力が緩んだ隙に解放された善子が、体勢を立て直して距離を取った。
一瞬でも判断が遅れていれば命取りな状況だった、今度は加減する余裕はなかった。
全力蹴りが顔面に直撃したのだ、これで倒れないというのなら正真正銘の怪物だ。
「ひっ……どいなぁ、女の子の顔を蹴るだなんてぇ」
仰け反った体がゾンビめいた動きで立て直される。
確かに効いているはずなのに精神が肉体を凌駕している。
だが、襲い来る動き自体は素人だった。
戦い慣れているような感はあるが近接戦の技量は師範代などと比べれば赤子も同然である。
打ち負けることはないとは思うが、奥底から湧き上がる嫌な予感が尽きない。
どこか打てば打つほど敵が強くなるような錯覚を覚える。
「あぁ…………ッ! そんなにかわいらしくて強いなんて! ムカつく、ムカつくなぁ!
私はあんな風になっちゃったって言うのにさぁッ!!」
狂ったように頭をかきむしる。
鋭い爪で頭皮が抉られ血が垂れた。
血走った眼を見開き、牙のように鋭い歯を噛み鳴らし口端から涎を垂れ流す。
正気ではない少女が憎悪を口にし狂気に奔るたび肉体が不気味に脈動する。
ギリギリと歯ぎしりをする牙が伸びる。
膨れ上がる筋肉はもはや成人男性を超え熊のようだ。
その外見は既に少女とは呼べまい。
怪物、そう呼ぶに相応しい。
進化し続ける怪物を前にして空手一つでいつまで保つか。
だが相手がこうも敵意をむき出しにしている以上、一人ならともかくアイナを抱えて逃げるのは難しいだろう。
前羽の構えを取る善子の目が細まる。
アイドルと空手は長年培った美空善子を作る大きな要素だ。
その片翼であるアイドルが失われた影響か、彼女の中で武道家としての側面が強まっていた。
目の前の敵を打ち倒す。善子の思考がその方向にシフトしていく。
逃げ延びるには完全に昏倒させるか、最悪、命を奪うかだ。
そうはしたくはないが、実戦の矜持に関しては師範代に口酸っぱく言われていることだ。
戦うからには、殺し殺される覚悟を持てと。
何より、善子はアイナを守らなくてはならない。
命を懸けた焔花のためにも、覚悟を固める必要がある、あの時の彼のように。
「…………だ、ダメです、そんなの」
いつの間に意識を取り戻したのか、止まらない涙と鼻水を流しながら、アイナが震える手で善子の袖を引いていた。
アイナは善子の心を聞いた。
自分のために善子に人を殺す覚悟なんて持ってほしくない。
「ダメです…………あの人と戦っちゃ」
何より、あんな悲しい相手と戦うなんてできない。
その心が見えたのは意識を失うまでの一瞬だったが、アイナに伝わったのは狂ってしまう程、辛くて苦しくて、助けを求める心だった。
確かに狂って壊れてしまった心だけれど、それでも誰かに歪められて壊された悲しい人だった。
「…………アイナちゃん」
理由までは分かっていないが、アイナの言葉は不思議と正鵠を射ているところがある事は善子も気づいている。
その言葉は信頼していいとは思うが。
「と言っても、ねぇ…………ッ!」
トン、と軽い力でアイナを押し出し、両手を開いてダンプカーみたいに向かい来る優美を迎え撃つ。
向こうから攻めてくるのだから、戦うしかない。
横薙ぎに振り抜かれる腕を下からかち上げ軌道を逸らす。
勢い余って駆け抜ける優美の背中を、すれ違いざま前蹴りで蹴り飛ばし距離を取らせる。
まだ、捌ける。
まだ捌けるが、そろそろきつい。
相手の肉体の強化がまだ続くと言うのなら、限界は近い。
「だ、大丈夫です、これがあるから」
「それは…………!」
そう言って、アイナが握り締めていたのは焔花が残した支給品の一つだった。
この状況、この一瞬なら、それは確かに効果的なアイテムだろう。
「っえーい!」
彼女なりの気合の掛け声とともに、アイナが手にしていたボールを放り投げた。
ボールは優美に向かって緩い放物線を描く。
だが、そんな物が当たるはずがない。
遅すぎる上に、向かっている方向がそもそも見当はずれの方向だ。
優美が何をするでもなく、ボールはベシャリと水っぽい音を立てて何もない地面に落ちた。
瞬間。
球体がパカリと開いて、中央から黄色い光が弾けた。
「ッ!? があああああああああああああああッ!!?」
優美が叫びをあげる。
善子に蹴り飛ばされ、優美が足を踏み入れたのは薄い水の膜が張った湿地帯であった。
そこに対して、球体から電撃が流れる。
意志に関わらず電撃は強制的に筋肉を弛緩させる。
これならば、いかな怪物とて動きを止める他ないだろう。
この隙に善子はアイナを抱えて走り出す。
振り返ることなく、駆け抜けていった。
善子に抱えられながら、アイナは後方を見つめていた。
その目に映るのは、恐ろしい怪物のようになった少女。
その姿が醜く歪めば歪む程、それはアイナの目には悲しい存在に映った。
■
球体は数秒間電気を放ち続け、ようやく放出しきったのかその光を収める。
ようやく電撃から解放された優美は、自らを封じ込めていたすっかり光を失ったボールを拾い上げる。
既に、善子たちの姿は見えなくなっていた。
「やって、くれたわね」
恨み言を呟く。
だが、この件で特別彼女たちを恨んだ、と言う訳ではない。
何故なら彼女は元より全てを恨んでいる。
自分を救わなかった全てを世界を。
特別があるとしたら4人だけ。
今はもう3人。この世界には1人だけ。
その特別を殺すためならば、彼女は醜い怪物にだって何にだってなる。
憎悪の化身により、肉体を変質させるたびに怪物になっているのは肉体だけではない。
その精神もまた、怪物に近づいていた。
いや、変質してるのは魂か。
世界を恨み続ける優美は常にそのスキルを発動させ、もはや戻れぬ領域に踏み込もうとしていた。
だが、それでもいい。
「ふふ」
優美は笑う。
醜く歪んた怪物の口で。
優美は笑う。
狂気を秘めた怪物の目で。
優美は笑う。
完全に壊れた怪物の心で。
[D-4/湿地帯/1日目・朝]
[陣野 優美]
[パラメータ]:STR:E→C VIT:E→B AGI:E→C DEX:E LUK:A
[ステータス]:状態異常:興奮、疲労(小)、全身に軽い痺れ、頭部にダメージ、胸部に小さな穴、いずれの傷も自己再生中
[アイテム]:爆弾×2、ライテイボール、不明支給×3(確認済)
[GP]:60pt
[プロセス]:
基本行動方針:全部、消し去る。
1.姉(陣野愛美)は絶対に殺す。
2.自分に再び勇者を押し付けたシェリンも、決して赦さない。
※スキル「憎悪の化身」によるパラメータ上昇は戦闘終了後に数分程度で解除されます。また肉体の変質によって自己再生能力もある程度上昇します。
【ライテイボール】
球体の充電式スタンガン
閉じている間は充電、開いている時に放電する
放電はMAXで1分ほど、充電は2時間程度で完了する
[D-4/湿地帯近くの草原/1日目・朝]
[美空 善子]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:C DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康、疲労(小)
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:殺し合いには乗らず帰還する
1.逃げる
2.市街地に向かう。
3.知り合いと合流。
※『アイドルフィクサー』所持者を攻撃したことにより、アイドルの資格と『アイドル』スキルを失いました。
GPなどで取り戻せるかは不明です。
[田所 アイナ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:C DEX:C LUK:B
[ステータス]:健康、精神疲労(大)
[アイテム]:ロングウィップ(E)、不明支給品×4
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:お家に帰る
1.優美さん…
2.市街地に向かう。
3.ひかりちゃんには負けない
最終更新:2021年03月04日 23:28