高井丈美は足を止め、思案していた。
時計がAM6時を表示すると同時に届いた
第一回定期メール。その内容は衝撃的なものだった。
ゲームが始まってから6時間が経過しているが、攻撃的な人物にも遭遇せず、戦いに巻き込まれることもなかった丈美は、自分が殺し合いの場にいるという現状にいまいち実感が持てていなかった。
なんなら誰も脱落なんかしていないんじゃないか、などと考えてすらいたのだがそんな楽観的な考えは見事に打ち砕かれた。
丈美のあずかり知らぬところでゲームは進行しており、今しがた届いたそのメールによると最初40人いた参加者はその内13人が脱落してしまったらしい。
無機質に並べられた名前の数々。その中には丈美が知っている名がいくつもあった。
04.
青山 征三郎。
優美たちが失踪した事件を解決しようと動いてくれていた、正義感の強い探偵さんだった。顔を合わせたことも、言葉を交わしたこともそう多くはなかったけれど。
この殺し合いで唯一と言ってもいい、無条件で信頼できる人間だった。
きっとここでも優美たちを探し出そうと行動し、犠牲となったのだろう。
17.
郷田 薫。
優美の元カレだったものの、愛美の誘惑に乗ってあっさりと乗り換え、最後には捨てられてしまった愚かな男だった。
優美の紹介で、丈美と初めて顔を合わせた際にも非礼な言葉を投げかけてくるような奴だったから、第一印象から今までずっと嫌いな相手で『死んでしまえ』と思ったことがないと言ったら嘘になる。我道たちに言った『一緒に帰りたくはない』と言う言葉も偽らざる本音ではあったけれど。
それでも、見知った相手が永遠にこの世から失われてしまった事実は丈美の心をざわつかせた。
05.
安条 可憐
19.
篠田 キララ
28.
滝川 利江
三人とも、ソーニャから聞かされていたHSFのメンバーたちだ。
アイドルとして華々しい活躍をしていた彼女たちに何の落ち度があって、こんな催しに参加させられ、そして命を落とす羽目になったというのだろうか。
メンバーであるソーニャはもちろん、ファンとして彼女たちを応援している人たちの悲痛な顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられるような思いがした。
ゲームは丈美の想像を超えたペースで進行している。
仮に今回脱落した参加者全員が異なる誰かの手にかかっていて、その下手人たちが全員ゲームに乗った上で生存していると仮定した場合、生存者27人の内、約半数がゲームに乗った危険人物であると仮定することもできる。
あくまでこれはかなり悪い想定だが、どの程度当たっているにせよ間違いなく数を減らしているゲームに抗する意思を持つ者たちをなるべく早く我道たちと合流させてやらなければならないとは思う。
一方、黙って送り出してくれた彼らには悪いが、自分にとって最も優先すべきは陣野優美との合流だ。
したがって、優美がいそうな場所を優先的に探すのが好ましい。我道たちの仲間となる者の捜索はあくまで優美捜索のついでであるということは変わらない。
では優美がいそうな場所と言えばどこだろう。
真っ先に思いつくのはやはり市街地だ。
優美は基本的にシティガールで、休みの日に二人で出かけるときは大抵繁華街に繰り出していた。慣れた環境に身を置きたがるというのは十分に考えられる。
逆に候補から外れるのは大森林だ。優美は虫の類が大嫌いで、虫を寄せつけるからと植物からも距離を取りたがっていた。
同じような理由から湿地帯も捜索優先度が下がる。
そしてもう一つ丈美はある施設に注目していた。
それは先ほどのメールで追加されることが告知された五つの施設の一つ。
「温泉……かぁ」
優美は風呂に入るのも好きだった。
学校の施錠時間ギリギリまで練習を行い、その後は決まって銭湯に行っていた(丈美も、ほかの部活メンバーたちも何度も一緒に行った)
風呂くらい家で入ればいいじゃないか、と訊かれると『広くて気持ちがいいから』と笑っていたけれど、本当の理由はそうではないことも丈美はよく知っていた。
まあとにかく温泉だ。
理由はどうあれ風呂を好む優美が、追加されたその施設に対してひとかけらの興味も示さないとは考えにくかった。
人間がこのような特殊な状況下で普段のような行動を取るかと言われれば丈美自身確信は持てない。しかし丈美は普段の優美の姿しか知らない以上、普段の優美の言動や思考以外にその行動を予測する手がかりがないのだ。
そこまで考えて丈美は走り出す。目指す先はもちろん温泉だ。
市街地に入ったところで建物全てを検分することはできない。温泉との位置関係を考えると、全体をくまなく捜索してから温泉に向かうというのはいささか非効率だ。
ここから温泉施設に向かう際に市街地エリアの南端部分を通り過ぎることになるので、そこだけは軽く捜索していこう。
そうして30分ほど走り続けると、草が生えた剥き出しの地面が突然舗装されたアスファルトの道に換わる。
どうやら市街地に進入したようだ。
片道一車線の車道に整備された歩道。その脇に立ち並ぶ高低様々な建造物群。
大都会と言うよりはそこから少し外れた郊外の街。そんな印象。
死角は多く路地も入り組んでおり、くまなく捜索するには思ったより骨が折れそうだ。
「足止めてる場合でもないか」
そうつぶやくと走りながら建物の中、路地、屋根の上などをチェックし始める。
バレーボールにおいてブロックとはただ高く飛んでブロックを阻めばよいというものではない。
セッターの視線や手の角度などからトスが上がる方向を予測し、上がったトスのスピードから攻撃のタイミングを読み、スパイカーの助走の角度や体の向き、目線からスパイクのコースを予想する。
こうした細やかな情報を、スパイカーに振り切られないよう走り回りながら瞬時に掌握し、正確に処理した上で、高く跳躍することが求められるのだ。
関東はおろか全国レベルでも優秀なミドルブロッカーとして名を馳せるようになった丈美も、こうした技術を高いレベルで身に付けていた。
故に、小ぢんまりとした診療所の中で、何をするでもなく行ったり来たりしている人物を発見できたのも、ある意味では必然とも言えるのかもしれなかった。
◆◆◆
こんこん、と扉をノックする音に枝島トオルの心臓は飛び跳ねる。
診療所の中で見つけた果物ナイフを大慌てで握り、音のした玄関を睨む。
傷の処置を終え、定期メールを確認した枝島の心は遅れてやってきた恐怖に支配されつつあった。
13人もの人間が命を落とした。『コンティニューパペット』がなければ14人目として己の名が連なっていたかもしれないのだ。
そのうえ自分を救ってくれたアイテムはもう失われ、まともに身を守る手段もないまま、陣野優美や連続殺人犯・桐本四郎のような危険人物が跋扈する会場に足を踏み出すことができずにいた。
そんな彼が、ある意味セーフティゾーンのように思っていたこの建物に誰かが侵入しようとしている、もしくは、自分の存在に気付いて接触を試みているという事実に恐れおののくのも無理からぬことだろう。
どんな扉の前にいるのはどんな人間か。
陣野優美か、桐本四郎か、はたまた、未知なる危険人物か。
鼓動が早まり、黒い靄がかかったように視野は狭くなる。
枝島の緊張は扉の外からの声で強制的に解かれることとなる。
「すみません。
私、高井丈美と言います。戦う気はないので、少しお話しできませんか?」
声を耳にした枝島はナイフを捨てる。
視界にかかっていた靄が一気に晴れ、鼓動はさらに早まる。
ずっとずっと保護しようと、探し求めた教え子の声!
はじかれたように玄関に飛びつき、勢いよく扉を開ける。
「高井!! 無事だったか!」
叫んだ枝島の手にガツン!と固いものがぶつかる衝撃が走り、全開にしようとした扉が半ばほどで止まった。
恐る恐る扉の影から顔を出した枝島の目に映ったのは、透明な膜のようなものに覆われ尻もちをつく高井丈美の姿だった。
「はい、無事ですよ。
今、結構危なかったですけどね。白井先生」
◆◆◆
「そっかぁ……」
枝島の目の前には頭を抱えてため息を吐く少女の姿があった。
この殺し合いの場で、おそらく知己であろう優美に遭遇した丈美が不用意に近づいて殺害される。そんな事態が発生しないよう陣野優美がゲームに乗っていることを伝えたのだが、そのリアクションは枝島にとっては少々意外だった。
「驚かないの?」
普通自分の知り合いが他者を躊躇なく殺害しようとしているなどと知れば、まずは驚き「そんなはずはない」とか、そんなふうに取り乱すのだろうと思っていた。
しかし丈美の反応は驚愕よりも落胆の色が強いように見える。
顔を上げた丈美は苦々しく笑っていた。
「まあ、あり得ない話じゃないなとは思ってたんで。
そこまでひどい目に遭わされていたとは思ってませんでしたけど、一緒に消えた面々が面々ですからねえ」
「そうか」
本人が言うならそうなのだろう。あまり追及はしない。
少なくとも優美とは会ったこともなかった枝島に、二人の関係性を推しはかることなどできないし、深入りすべきじゃあないというものだ。
「それじゃあ君……じゃなかった、あなたはこれからどうするの」
「私は優美先輩に会いに行きます」
枝島の目が見開かれる。
「君、俺の話聞いてたのか!?」
口調を作ることも忘れて叫ぶ。
完全にゲームに乗っている危険人物に自ら会いに行こうというのだ。さきほどまでそういう相手を怖れて震えていたことなど棚にあげてでも、止めなくてはならない。
大人であり教師でもある自分が行くならまだしも、生徒をそんな危険にさらすわけにはいかない。
「あの子は今話が通じる状態じゃあない!
俺を刺したときだって全然躊躇しなかったし、俺が死ななかったのだって結果論だ!
君の先輩である陣野優美さんは、知り合いが相手でも躊躇なく殺しに来る危険人物なんだ!
さっきも言った通り、拉致された先でひどい目にあわされて、ひょっとしたら現実世界に戻りたいとも思っていないかもしれないんだぞ!
君一人で会いに行くなんて認められるわけがないだろう!」
「先生に認めてほしくて言ったわけじゃありません。私は優美先輩に会わないといけないんです」
「会ってどうする気だ!」
「止めます」
「無理だと言っただろ!」
二人の口論は完全に平行線をたどる。
枝島とて止められるものなら優美を止めたい。
子どもが道を外れたなら正してやるのが大人の責務だ。
しかしあの陣野優美には、元の道に戻してやったところで、そこを真っすぐ歩くための足も、先を見据える目も奪われてしまったのだという。
その絶望は五体満足な枝島には推しはかることしかできなかったし、安易に同情などすれば逆上されるだけだろう。
人生経験の浅い子どもである高井が優美を見てどんな言葉をかけてしまうか、そしてその言葉に優美がどれほど激昂するか。
想像に難くない。
とは言えあまり弁が立つ方ではない枝島には、半ば意固地になっているようにも見える高井を説得する言葉が思いつかなかった。
しびれを切らしたのか、丈美が立ち上がる。
「優美先輩のこと、教えてくれてありがとうございました。
それでも私は先輩に会いに行きます」
「ま、待つんだ! 高井!」
「そんな姿で正論言っても説得力ないですよ、枝島先生」
そう言って玄関の扉を開き出ていった。
どうやら自分が枝島トオルであることを見抜かれてしまったようだ。
まあこれだけ素を出して話していれば、ばれてしまってもなんら不思議ではない。
だが正体がばれたことなどもはやどうでもいい。
己がどんなにみっともない姿をさらしていようとも、自ら危険に足を踏み入れようとする生徒を止めてやるのは教師の義務なのだ。
追いすがろうと立ち上がった枝島は優美に刺された傷が痛んでうずくまり、その隙に扉を閉められてしまう。
「待てと言っているだろう! 高井!」
痛む脚を叱咤しながら立ち上がり、玄関を飛び出す。
しかしそこに高井丈美の姿はなかった。
おそらくは彼女の持つ『健脚』スキルで視界外にまで走り去っていったのだろう。
それでも向かう先は予想がつく。
自分が陣野優美に遭遇した湿地帯がある北の方向だろう。
「行くんじゃない……! 高井!」
消毒と止血を施しただけの膝が激痛を訴えるが無視して足を前に。
『走る』と表現するにはあまりにも遅いけれど、教師は子供たちのため駆け出した。
◆◆◆
高井丈美は建物の屋根の上に立ち、枝島を見下ろす。
真っすぐ北に歩いていく彼を見るに「湿地帯で陣野優美に遭遇した」という情報に嘘はないようだ。
丈美は枝島に見つからないよう少し迂回気味に進路を選択。
『健脚』と『跳躍』の合わせ技で、まるで忍者のように屋根の上を駆けていく。
もうすぐ会える。
ずっとずっと探し続けた優美に会える。
[F-4/市街地/1日目・朝]
[枝島 トオル(枝島杏子)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:B LUK:A
[ステータス]:両肩、両ひざに刺し傷(処置済)
[アイテム]:変声チョーカー、不明支給品×1
[GP]:15pt
[プロセス]
基本行動方針:白井杏子のエミュをしながら生徒の保護。
1.高井丈美を止める。
2.高井丈美を連れて神社で結成されるらしい対主催集団と合流する。
3.他に生徒がいれば教師として保護する。
4.陣野優美、陣野愛美もできれば救ってやりたい
5.耳が幸せ。
※果物ナイフは診療所の中に置いてきてしまいました。そのことにはまだ気づいていません。
[E-4/市街地・屋根の上/1日目・朝]
[高井 丈美]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:健康
[アイテム]:バリアブレスレット(E)、不明支給品×2
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:陣野優美の捜索及び保護
1.優美先輩に会うべく湿地帯に向かう。
2.ゲーム打倒を目論む参加者を神社に向かわせる。
3.陣野愛美を強く警戒。極力関わらない。
4.あれが一種のコスプレだとしても、あの指輪の文字はキモイ。
※ヴィラス・ハークの正体を3歳の子供だと考えています
※枝島杏子=枝島トオルであると確信しました。
[備考]
枝島トオル、高井丈美の間で情報交換が行われました。
互いに持っている情報は包み隠さず話しました。
最終更新:2021年03月04日 23:26