優美の強烈なスパイクに、ブロックに跳んだ丈美が吹き飛ばされる。
9対6。
優美のサーブミスで先制こそしたものの、連携の齟齬やイージーミス、相手のラッキーパンチなどが重なりあっさり逆転を許した。
加えて、前衛にあがってきた優美はおそらくスキルで筋力を増強しているようで、そのスパイクを止めるのは丈美をもってしても容易ではなく、点差は少しずつ開いていた。
一方優美にとっても、丈美を相手に攻撃を綺麗に決めるのは簡単ではなかった。
完璧な高さ、距離で上げられたトスを完璧なタイミングで撃ち抜かなければ今のような得点にはならない。
実際、この試合中、優美が丈美のブロックに打ち勝てたのは今のスパイクが初めてである。
それを実現するためにはAパスやBパス―――つまりセッターがトスをしやすいボールを上げなければならないのだが―――
「ごめん短い!」
―――それを為すには優美のDEXは低すぎた。
DEX―――すなわち器用さ。
力任せにすべてを蹂躙することをコンセプトにパラメータを設定した優美のDEXは最低値のEランク。
その下方修正が入り、レシーブやトス、スパイクの際のコースの打ち分けなどの点で、優美は現役時代の実力を発揮できずにいた。
前衛の、更にその手前に落ちるサーブを優美がアンダーハンドレシーブで上げる。しかしセッターの真上を狙って放たれたボールは、優美の真上から離れてはくれなかった。
高く上がったボールの真下に入ったセッターが低く長いバックトスで繋ぎ、最高到達点に走りこんだ優美がスパイクを炸裂させる。
苦し紛れとはいえ、スキルで筋力を増強して放つスパイク。その威力は中学生女子のレベルなど遥かに超えている。
だが、ネット下からにょきりと伸びた丈美の腕が、ボールを優美側のコートに叩き落とす。
惚れ惚れするようなキルブロックに思わず苦笑いが漏れる。
優美が現役の頃から全国に名を轟かしていたスパイカー、『バランスのいい山本』こと山本 実乃梨を完封したというだけのことはある。
11対8。
ローテーションは回らず、優美が前衛レフト、丈美が前衛ライトのまま、正面に立つ相手をにらむ。
「一本ナイッサー!!」
「ここで切るよ! 気合入れろ!」
互いから目を逸らさないままにチームメイトを鼓舞する。
主審が笛を吹き、サーバーである丈美チームのセッターがスタンドのままで打ちだす。
おそらく前衛ライトにいるセッターを狙ったのであろうサーブはその頭上を越え、後衛ライトにいるWS(ウイングスパイカー)に向かう。
これを後衛センターから飛び出してきたリベロが捌いてセッターに渡す。
そしてセッターから前方斜め上に放たれる短く、早いトス。
―――Aクイック!
瞬時に判断した丈美がブロッカーを連れて優美の前に移動し、タイミングを合わせて跳ぶ。
「ブロック二枚!」
(タイミングドンピシャ!)
敵後衛から飛ぶ声に、ブロックの成功を確信する丈美。
そして丈美の目の前。
スパイクを構えて跳ぶ優美の腕が―――空を切った。
呆気にとられた次の瞬間、左方向から打撃音。
振り返ると相手のMB(ミドルブロッカー)がスパイクを打ち抜いた姿勢で宙に浮いていた。
後衛のレシーバーたちが地面に伏せ、床を跳ねるボールを悔しげに見ている。
この試合中、スパイクは全て優美が打っていたので他のアタッカーへの警戒を下げていた。
完全にしてやられた形だ。
つづく優美チームのサーブを一本で切り12対9。サービスゾーンに歩いていくのは丈美だ。
優美の記憶の中ではスタンディングでしかサーブを打てていなかった丈美だが、この一年でジャンプサーブを身につけていたらしい。
一本目は大きくエンドラインを越えてアウトになっていたが、その威力は筋力を増強した優美に引けを取っていなかった。
ボールを投げ上げ助走をつけて跳ぶ。
ルーティンから踏み込み、フォームまで、やはり優美のサーブにそっくりだ。
かつて優美が教えたスパイクサーブを、1年かけて磨き上げたのだろう。
唯一異なるのはその高さ。180cm近い高い身長と空を飛ぶが如き跳躍。
その高さから繰り出されるスパイクサーブはまるで雷だ。
ごう、と風を切るスパイクサーブがサイドラインぎりぎりに着弾。そのままサービスゾーンの後ろの壁に激突する。
NPCたちは反応すらできずに立ち尽くすだけだった。
随分怖い選手に育ったものだと歯噛みする。
自分達の代ならまだしも、あのへなちょこだった丈美達の代が県大会で優勝を果たしたというのはにわかには信じがたく、話を盛っているのではと疑ってもいた。しかしここまでのプレーを見せられてはそうも言っていられない。
レシーバーを後ろに下がらせ対処を試みるも、追加で二本、合わせて三本連続でサービスエースを許し、12対12の同点になる。
四度サービスゾーンに歩いていく丈美。
妙に嫌な予感がした優美は半歩前に出る。
「優美さん?」
「気にしないで」
怪訝に思ったのか声をかけてきたNPCを黙らせサーブに備える。
打ち出されるジャンプサーブ。
しかし音が違う。そのサーブに先ほどまでのスピードはない。
―――無回転(フローター)!!
無回転(フローター)サーブ―――ボールを押し出すように打つことでボールの回転を殺し、空気抵抗によって予測不能な変化を生じさせるサーブだ。
それをジャンプして行うことで威力を強くするのがジャンプフローターサーブ。
―――優美が最後まで習得することかなわなかったサーブだ。
高井 丈美は間違いなく、
陣野 優美を越え、全国でも通用するプレイヤーに成長したと、優美は初めて確信した。
「それがどうしたッッ!!」
大きく右に曲がりながら優美の目の前に落ちようとするサーブの、さらに下に入り、オーバーハンドでトスを上げる。
「チャンスボール!!」
叫ぶ優美。
ボールの下に走りこんだセッターが繋ぎ、優美の元へ送り返す。
丈美は成長した。優美に1年のブランクが無くても勝てない相手かもしれない。
丈美をここで倒してしまうことは日本のバレーボール界にとって大きな損失になるかもしいれない。
しかし、だからどうした。それがどうした。
復讐を成し遂げるため、ここで勝ちは譲れない。
己の目的のため、愛した後輩の将来を、愛したバレーボールの可能性を―――
「ここで摘む!!」
クロス方向を塞ぐブロッカーを避けてストレート方向に。
避けた先にレシーブを構える丈美がいることも承知の上で。
優美のスパイクが火を噴いた。
スパイクをその腕で受けた丈美が吹き飛び、ボールが壁に激突する。
13対12。
動き出した歯車は止まらない。
◆◆◆
相手WSの仕掛けたフェイントに、腕を伸ばして無理矢理触る。
「ワンタッチ!!」
緩やかに床に向かうボールをリベロが拾う。
「チャンスボール!」と声が上がり、走りこんだセッターが高くトスを上げる。
スパイクを構えて高く跳ぶ丈美。つくブロックは二人。
現在の丈美チームの得点は18点。その内丈美がスパイクで決めたのは5点。
ブロッカーの警戒も強くなっている。
―――だからこそ、この囮が活きるのだ。
セッターが送り出したボールの先にいるのは、アタックラインから跳び込むWS。
丈美に対処するためライトに寄っていた守備陣。逆サイドの隅を狙ったスパイクに手が届く者はいない。
最も近くにいた優美が腹這いに滑り込むが、着弾点はその手の20cmほど向こう。
床にバウンドしたボールが高く上がる―――が、審判は笛を吹かなかった。
(はぁ!?)
面食らった丈美は打ち込まれたツーアタックに対応できない。
「ちょっと待ってよ!」
淡々と優美チームへの得点を宣言する審判に丈美が怒鳴る。
「今のはこっちの点じゃないの!? ボール落ちたでしょ!」
しかし審判は抗議に微塵も動じず首を振り、優美を指さす。
丈美がそちらに目を遣ると、優美がにやにやしながらこちらに手を振る。
その指から生える爪は30cm近くに伸びていた。
手が届かないと判断し、出会い頭に丈美の首を掻き切ろうとしたあの爪でレシーブしたのだ。
「優美先輩! 何ですか、それ! ズルいですよ!!」
「うっさい! スキル使用可っつったのアンタでしょ!
審判がアリっつってんだからアリなのよ!!」
「くっそ~」と言いながら元の位置に戻る丈美。
軽いノリを装ってはいるが心中は穏やかではない。
ついに20点の大台に乗られた。
丈美が提案したスキル使用可の
ルールも完全に裏目に出ている。
その上、優美が前衛に上がってきた。
下手をすればこのままずるずると点差をつけられ、試合が終わる。
負けられないのは丈美も同じ。
それは命がかかっていなくてもだ。
バレーで戦う以上、負けていい試合などない。
優美のスパイクを連続でシャットアウトし得点を並べる。
「クソが……!」
悪態をつく優美。
「そう簡単に終われると思わないでください?」
更にローテーションが二つずつ回り得点は22対22。依然同点である。
丈美にサーブが回って来る。
セッターを狙ったスパイクサーブは読まれていたのだろう、レシーブで拾われる。
しかし距離が短く、高さも足りない。
かろうじてボールを丈美チームのコートへ返す。
「チャンスボール!」
NPCが一打目にレシーブを、二打目に高いトスを上げる。
天井に届くのではないかというくらい高いトス。
「あれやる! 構えて!」
丈美が叫ぶと後衛にいるセッターがオーバーハンドパスの構えをとる。
そこに立ち幅跳びの要領で跳び上がった丈美が足を乗せ―――
「うりゃっ!」
気勢と共に二段ジャンプで跳び上がる。
スキルを使い、天井すれすれの高さに到達した丈美がスパイクを打つ。
通常ではありえない高さからほぼ垂直に落とされるスパイクは、まさしく落雷の如し。
「甘い!!」
しかし優美の手から伸ばされていた爪がボールを引っ掻き威力を減殺した。
スキル『跳躍』は使用者の跳躍力を向上させるとともにその体重を軽くする効果もある。
故に、丈美が打ち出したスパイクも体重が乗らず威力不足になり、優美の爪に捉えられた。
丈美自身、その欠点は理解していた。一度くらいは決まるだろうが二度はない、と。
だからこそこの技は、強引に主導権を握りたいこの局面まで奥の手として隠し持っていたのだ。
一方優美も、出会い頭の小競り合いや試合序盤のブロックの様子などから、丈美のスキルの体重を軽くする効果に気づいていた。
コロシアムに丈美を叩き込んだ際の感触から、スキルを使った時の丈美の体重は10kgにも満たないと知った優美は、丈美が攻撃のためにスパイクを使うと同時に爪を伸ばすことを決めていた。
指一本のソフトブロックでもスパイクの威力は減殺できる。
そして体重の軽いスパイカーは、打つスパイクも軽くなる。
それならばスキルを使って跳躍した丈美のスパイクなら、爪が掠るだけでも十分な効果を発揮すると考えたからだ。
そしてこの技にはもう一つの欠点があった。
―――決められなければ、コートに復帰するのに時間がかかる。
丈美がコートに着地するのと同時に優美のスパイクが丈美のコートに着弾した。
23対22。再びリードを許す。
「この場面でスキルを使ったトリックプレイ。
ちょっと見苦しいんじゃない?」
まあ嫌いじゃないけど。そう言いながら後衛に回り、サービスゾーンに向かう優美。
筋力を増強した腕から放たれるサーブが丈美の腕でバウンドし、後方の壁に激突する。
24対22。
マッチポイントだ。
「まだ終わんないよ!」
自身に言い聞かすように叫ぶ。応! と仲間が応える。
現役時代ビッグサーバーとして警戒された優美だが、今日はサーブの調子が良くないようで、打った三回のサーブの内二回はミスに終わっている。
またネットに引っかかってくれればいいな、とは思うがそれを勘定には入れない。
襲い来るサーブを上げて繋いでカウンターを叩き込む。
トリックプレイももういらない。
単純にして王道で優美を打ち砕く。
審判の笛が鳴り、優美がトスを上げる。
ボールを追うように助走をつけた優美が跳躍し、筋肉で肥大化した右腕でボールを打ち抜いた。
戦車砲のようなサーブが丈美に迫る。
しかし角度がつきすぎたのか、ネットの上部に激突し、完全に勢いが殺されたボールが―――ネットを越えて丈美チームのコートの床に落ちる。
優美のスパイクサーブに備えてやや後ろに下がっていた守備陣。
その隙間を縫うように丈美が滑り込む。
スキル『健脚』と『跳躍』を併用して実現させたパンケーキレシーブがボールを高く浮かせた。
高く高く。浮いたボールは、優美チームのコートに。
床に手をつき、立ち上がらんとした丈美が見たのは―――スパイクを構えて跳ぶ優美の姿。
「■■■■■■■―――――――!!!」
獣のような叫びと共に優美の腕が振り抜かれ、決着がついた。
【結果】
スコア:25対22
勝者:陣野 優美
◆◆◆
両チームがエンドラインに並びあいさつし、ネット越しに握手を交わして、ようやく丈美の身体の消滅が始まった。
そのようにルールを設定したとはいえ、最後までとことんバレーボールだ。
NPCは皆既に消滅した。
ネット下にへたり込む丈美の元に優美がやって来る。
「優美先輩、どうしてあんな嘘ついてるんですか」
何か言おうとした優美に先んじて、丈美が尋ねる。
『私を助けてくれなかった』
異世界で彼女を売り払った兆や、助ける力がありながら見殺しにした誠や薫、愉悦を満たすだけだった愛美、何もできなかった真凛に対してならまだしも、そんな理由で何の関係もない人間を害せるほど、優美は破綻していなかった。
会話を通して、試合を通して丈美にはそれが理解できた。だからこそ訊かずにはいられなかった。
何故己を騙してまでゲームに乗るのか。
「別に、嘘なんかついてないわよ」
そう答える声はどこか空虚だった。
優美は地獄に放り込まれ、そこで想像しうるすべての辛苦を、想像を絶する惨苦を味わった。
終わることのない凌辱に心は折れ、尊厳は踏みにじられ、何もかもを失った。
残ったのは憎悪。
自分を勇者として選びながら何も与えなかった、神に対する憎悪。
増長し、あっさりと自分を切り捨てた、友や姉に対する憎悪。
人間としての全てを奪い去った、かの貴族に対する憎悪。
自分に起きた不幸を、当然にあるものとして受容するあの世界に対する憎悪。
あの幸せな世界の、自分の知らないどこかで幸せに暮らしている誰かに対する憎悪。
燃え盛るような、凍てつくような憎悪だけが彼女の心を支えていた。
この殺し合いに招聘されたのはそんな折だった。
再び自分を勇者と呼んだシェリンを憎みながらも、選んだスキルは3つ。
有り余るほどの憎悪を刃に変える『憎悪の化身』
その刃を際限なく振るうための『戦闘続行』
そして、今なお優美の心に残る慈愛と優しさが、憎悪の刃を鈍らせないための『悪辣』
優美はこのゲームに参加しているあの世界の人間を、このゲームの会場となっているあの世界そのものを、破壊し、誅戮することを心に定めた。
このゲームの会場はあの世界とは全く異なる世界で、参加者にはあの世界の住人などほとんどおらず、あれほど望郷し、会いたいと望んだ元の世界の人間が多いことに気づく頃には―――全てが手遅れになっていた。
だがそれを丈美に話してやる気はない。
そんなことより遥かに大事なことをまだ言えていないのだ。
今ならまだ言える。言えるうちに言わなければ。
丈美の手を取り、大切な宝物のように握って。真っ赤に腫れた目を真っすぐに見て言う。
「ナイスゲーム」
一瞬呆気にとられた丈美。
ああそういえば、挨拶の時にはNPCと握手をしたんだっけ。
二、三秒逡巡した後、目を伏せ、
「ご武運を」
と短く言う。
優美が握る手に少し力を入れると、丈美の手はほどけるように光の粒子となり、腕から肩へ、肩から全身へと伝わっていくように散っていった。
感傷に浸るかのように、天に昇り消えていく光の粒を眺める優美。
それらが完全に消えて見えなくなったころ、ただでさえ大きな目を、さらに大きく見開いた。
目が血走り、手が震え、口角が吊り上がった。
スキル『悪辣』が善性を殺していく。
優しさも、達成感も、誇りも、敬意も、スポーツマンシップも。
嘲りと侮蔑で、どす黒く塗りつぶしていく。
後輩との甘美な戦いは、咀嚼され、味わわれ、そして嚥下され、消えてなくなった。
「ふふ。
ふふふ。
ふふふふふふふふふふふふふふふ。
あはははは。
あーはっはっは!
ぎゃはははははっはははっははははっぎゃはっぎゃははは!!」
天を仰ぎ、呵々大笑しながらコロシアムを後にする。
その姿はまるで―――――
◆◆◆
二度目の勇者は復讐の路を嗤い歩む。
道行く人は彼女を何と見るだろう。
[D-4/コロシアム付近/1日目・午前]
[陣野 優美]
[パラメータ]:STR:E→C VIT:E→D AGI:E→B DEX:E LUK:A
[ステータス]:状態異常:興奮、疲労(小)、全身に軽い痺れ、頭部にダメージ、いずれの傷も自己再生中
[アイテム]:バリアブレスレット(E)、爆弾×2、ライテイボール、不明支給品×5(確認済)、鉄球(個数不明)
[GP]:60pt→90pt(勇者殺害+30pt)
[プロセス]:
基本行動方針:全部、消し去る。
1.姉(陣野愛美)は絶対に殺す。
2.自分に再び勇者を押し付けたシェリンも、決して赦さない。
※スキル「憎悪の化身」によるパラメータ上昇は戦闘終了後に数分程度で解除されます。また肉体の変質によって自己再生能力もある程度上昇します。
◆◆◆
『You’ve got mail!』
[高井 丈美 GAME OVER]
最終更新:2021年06月03日 00:03