カポーン、という音はどこから来るものなのだろう。
真っ白な湯気に包まれた空を見上げて、正義はそんなこと思った。

給湯口から滝の様にかけ流される水音が耳に心地よい。
透明でさらりとした湯は、すべすべとした肌触りである。
痺れるような熱さは、これまでの苦労を忘れさせる様だった。

石造りの浴槽に入浴している連れ合いは青い皮膚の大男と幼女だった。
共に一時、課せられた重しを忘れ心身を癒す。

ここは温泉。
この世の物とは思えぬ幽世の湯。
まるで殺し合いが遠い彼岸の出来事のようである。


大和正義とロレちゃんの二人は中央エリアより火山エリアに渡っていた。
その道中、両エリアに架かる橋からオートバイを破棄。
オートバイは川の下へと沈んでいった。

比較的現代的な中央と違い、火山エリアの大地は荒涼としていた。
道筋はあまり整備されていない荒道で、所々にゴツゴツとした大きな岩々が転がっている。
気温も高温多湿な日本の暑さと違ってカラリとした暑さである。

目指すは炎の塔。
その道すがら正義は傍にある岩石を殴る蹴るなどして発掘に勤しんだが、小一時間ほどで採掘できたのは鉄鉱石が3つと銅鉱石が1つだけである。
GPにして11pt。誰も害することなくメール1通分が稼げたと思えば上々だが、シェリンへの質問ができる50ptまでは程遠い。

観察眼を用いて怪しい岩石に辺りを付けて採掘をしてこれでは、やはり採掘だけで稼ぐのは時間がかかりすぎるようだ。
鉱山や採掘所に行けばもう少し効率よくなるのだろうが、塔とは真逆であるためそれも難しい。
行けるとしたら、炎の塔に向かった後の話なるだろう。

「…………むっ」

前方に気配を察して、正義が足を止めた。
背後からついてきているロレちゃんを片手で制する。
前回の経験で学んでくれたのか、今度はちゃんと止まってくれたようだ。

「ロレちゃん、少しそこで待っていてくれ」

正義からの言葉に異議を唱えるでもなくその場で尊大にうむと頷く。
出来れば物陰にでも隠れて欲しかった所なのだが、指示に従いその場に止まってくれただけよしとすべきだろう。

正義は凜とした態度で歩を進める。
遮蔽物の多い火山地帯ではあるのだが、隠れるような真似はしなかった。
悪意を持たない相手ならば身を隠す必要はないし、悪意を持った相手ならば正々堂々対応するまでだ。

遠めに相手の姿が見える。
青い皮膚に頭部より生えた角。
生徒会長である太陽を思わせる見上げるような巨大な体躯。

ただ者ではないのはここからでも見て取れる。
正義の存在に気づいていないと言う訳でもないのだろう。
にも拘らず相手も逃げも隠れもせず王道を行くように堂々と姿を晒していた。

そうして、互いの眼前で足を止める。
手を伸ばせば届くような、既に互いに必殺の間合い。
その状況においてなお動かぬ互いの様子を見て、黒マントの男が口を開く。

「ふむ、ひとまず争うつもりはないようだな」
「ええ。無益な争いは望みではありません。可能ならば話し合いが望みです」

互いに先手を許すリスクを負って、相手の出方を窺っていた。
仮に攻撃されたとしても対応できるという自信を前提とした策である。

「そうか。だが貴様は人の子であろう。我は見ての通り魔族にしてそれを総べる王。
 魔王たる我を信用できるのか?」
「魔王……ですか」

問われ、正義は僅かに考え込む。
魔族も魔王も聞いたことがないとまでは言わないが、それは小説、フィクションの中に登場する種族の話だ。
現実に魔族がいるなどついぞ聞いたことがない。
聞いたことがないのだから魔族に偏見など持ちようがない。

「失礼ながら、私は魔族なる種族に覚えがない、知らない物に対して偏見など持ちえません。
 故に貴方が魔王だからと言って恐れる理由も、信用しないという理由にもならない」

信用できるかと問われれば、今目の前の男を見て判断するしかない。
そもそも邪神と連れ立っている時点で魔王と言われても今さらである。

「……なるほどな。そう言う事か」

その返答に、魔王は一つの疑問に確信を得る。
アミドラドの住民であれば魔族や魔王を知らぬなどありえない。
建造物などの文化形態の違いから察していたが、ここには別世界の住民がいる、いやむしろ中心はそちらだろう。
ともすれば、あの忌々しき勇者たちと同世界の出身者である可能性すらある言う所まで聡明な魔王は察していた。

「よかろう。こちらも情報交換は望むところだ。我が名はカルザ・カルマ、その申し出に応じるとしよう」
「大日輪学園2年。大和正義です。よろしくお願いします魔王殿」

正義が握手を求め手を差し出した手を魔王が握り返す。
魔王からしても情報交換は有益な行いだ、応じるのはやぶさかではない。
だが、それ以上に目の前の男に興味を引かれた。

目の前の男は知らぬから恐れる理由がないと言い切った。
人は知らぬからこそ恐れる生き物である。
話してみるのも一興だろう。

「それでは、まず」
「まあ待て」

早速この場で情報交換を開始しようとした正義を片腕を上げ魔王が制する。
どうしましたか、と正義が首をかしげる。

「ここではなんだ、場所を変えようではないか」


「ここだ」

後方で待たせていたロレちゃんと合流して魔王の案内に従い歩くこと数分。
辿りついた先に在ったは温泉施設だった。

古き良き時代の銭湯と言った風な外観で、入り口には男と書かれた青い暖簾と、女と書かれた赤い暖簾が垂れさがっている。
流石にロレちゃんを一人で女湯の方に行かせる訳にもいかず、三人で青い暖簾を潜った。
ずらりと並ぶ靴箱。その奥にある曇りガラスの扉を開いたその先に、番台に電子妖精が座っていた。

『温泉のシェリンですよ。入場料は1名10GPとなります』

入場料は10GP。
鉱石掘りの稼ぎがほぼなくなってしまう額である。
希少なGPを使うのは躊躇われたが、交際費だと割り切る他ない。
正義とて本音を言えば、鉱石掘りで掻いた汗を流したいという気持ちはあった。
なにより、この出会いを支払った物に見合うだけの有益なモノにすればいいだけの話だ。

各々がGPを支払い脱衣所へと入る。
御座が敷かれた脱衣場には四角形のロッカーがずらりと並んでいた。
髭剃り用の鏡や流し、一服するための木製の長椅子などもある。
十分に立派な施設である、とても急造で建てられた一夜城とは思えない。

アイテム欄にしまえるのだから、衣服を入れるロッカーは不要に思えるが郷にいては郷に従えである。
正義はロレちゃんの衣服を脱がせ、自らの衣服と共にロッカーに畳んで入れて、鍵を閉める。
ゴムの付いた鍵を腕に付けて、浴場へ繋がる扉を開くと白い湯気が吹き込んできた。

脱衣所の入り口は男女に別れているが、そこから繋がる浴場は一つだけである。どうやら混浴の様だ。
だからと言って男二人と幼女が一人では色気のある展開になることはありえないのだが。
幼女は開いた扉からとてとてと石の地面の駆けて行き、そのまま一直線に湯船に飛び込もうとして、その体が空中で捕まえられた。

「マサヨシよ。何ゆえ我の道行きを阻むか。理由如何によっては貴様と袂を別つ事になるが?」
「まず体を洗わないとダメだよロレちゃん」

公共浴場において、いきなり湯船につかるのは礼儀違反である。
捕まえたロレちゃんを洗い場の前に座らせると、備え付けの石鹸を泡立たせ、ロレちゃんの全身へと泡を塗りたくる。
幼女はくすぐったいのか風呂嫌いの猫みたいに嫌がるが、それを逃がす正義でもない。

「まあ、固い事を言う出ない正義よ」

背後を通り過ぎる青い影。
魔王が桶を手に取り湯船から掬った湯で軽くかけ湯をしてそのまま湯船へと浸かる。
それに気を取られた正義の隙を付き、ロレちゃんが泡を纏ったまま駆けだすと、湯船目がけて飛び込んだ。
泡の怪物が湯船を侵さんとするその刹那、湯船に浸かっていた魔王が桶で掬った湯を浴びせかけ泡の鎧を剥がす
裸となった幼女が飛沫を上げて浴槽に飛び込んだ。

「……まったく」

仕方なさげにため息を漏らすと、正義も最低限のかけ湯だけして湯船に使った。

「ふぅ~」

湯につかると思わず息が漏れた。
痺れるような心地よい熱さが身に染みるようだ。
筋肉と共に緊張がほぐれ、疲れが湯の中に解けてゆく。
常在戦場の心構えはあれど、入浴はつい気を緩めてしまいそうだ。

だが、戦場での心得として無防備となる入浴や睡眠、性行中こそ気を配るべきである。
アイテムはメニューからいつでも取り出しができるこの世界では有事となれば対応はしやすい。
正義は気を引き締める。

首を上げると見えるのは周囲を取り囲む高いコンクリート壁であった。
恐らく覗き防止ではなく狙撃防止のためだろう。
そもそも混浴であるのだから覗きも何もないのだが。

見上げた天上は壁に遮られ切り取られたような空が見える。
この時間帯に見えるのは太陽と青空。
これはこれで健康的な趣があるが、夜であれば月や星が見えてさぞ風情があっただろう。

ロレちゃんはかけ流しになっている源泉の下で滝行の様にうたれている。
熱湯が頭に注ぐ刺激が心地よいのか「お、お、お」と感嘆の声を漏らしていた。

「ふぅ。やはり湯浴みは良いものだな」

気持ちよさげに息を漏らしながら、魔王が透明な湯を手ですくい青い皮膚にかけ流した。
血行が良くなったのか、青い肌が赤みを帯びて紫がかり、全身に刻まれた傷跡が浮かび上がる。
それは正義も思わず見惚れるほどの歴戦の勇士の勲章であった。

「付き合わせてしまって悪いな。思わぬダメージを負ってな、ダメージを回復すると言う温泉を目指していたのだ」
「ええ。それは構いません。ですが、のんびりしている状況でもない。さそっくですが情報交換を始めたい」

事を急くのは若さか。
魔王はそんな事を思ったが、確かに状況はのんびりとしているものではないのは魔王も理解している。
このまま酒の一つでも飲みたいところだったが、魔王は一つ頷くと先んじて切り出した。

「よかろう。では、まずはこちらからだ。
 陣野愛美、イコン、鈴原涼子、ソフィア・ステパネン・モロボシ、三条由香里。
 この何れかの名に覚えはないか?」

魔王は探し人の名を並べる。
それは倒すべき宿敵と、守護るべき同族である。
この問いに正義は横に首を振る。

「いえ、残念ながら。我々は中央エリアより渡ってきましたが、その名に心当たりはありません」
「そうか」

元よりそこまで期待しての問いではなかったのか、残念がるでもなく魔王は両手で掬った湯で顔を洗った。
それなりに広いエリアで彼らが歩んでいた道のりなどたかが知れているだろうが、出会わなかったと言うのも有益な情報である。

「ではこちらも、美空善子、天空慈我道、この2名に心当たりは?」
「生憎だが、我はこの火山エリアより出ておらぬ。この場では可憐という魔族の少女とケチな盗賊としか出会ってはおらぬな」
「そうですか」

探し人はお互い空振りだった。
魔王は幼女に視線をやるが、探し人などいるはずもない幼女はわれ関せずと言った風に給湯口に腕を突っ込んだりしていた。

「それで、わざわざ中央エリアからこんな僻地に何用があっての事か?」
「GPを獲得できるイベントが発生したのが一つ。もう一つは炎を塔を目指しての事です」
「炎の塔?」

先ほどまで魔王が支配していた塔の名だ。
まあ火山エリアに来る目的などそれくらいの物だろう。

「それもGPが目当てか?」
「それもあります。ですがそれ以上の理由がもう一つ」
「ふむ。それ以上となると、先ほどのアレか?」
「はい。それに関連したものです」

魔王と正義の言葉が指し示しているのは、先ほどあったペルプページの更新である。
更新されたのは『ヒント』なる謎の項目。
そこにはこう書かれていた。

  • ゲームのクリアには四つの塔の支配が必要である。

「今は違うようですが魔王殿は炎の塔の支配者であられたようだ。どういったものなのか伺いたい」

支配権を得るとはどういう物なのか。
その所感を旧支配者に問う。

「生憎だな。さして劇的なものではない、説明の通り塔の頂上にあるオーブに触れるだけで書き換わる。
 支配権を得たところでその塔に関する属性が強まる程度の物だ」
「なるほど」

属性と言うのは正義にはよくわからないが。
あくまで称号的な意味合いが強いのだろう。

「そもそもクリアとは何だ? 殺し合いなのだから殺せば終わりだろう、訳が分からんな」

魔王がぼやくように呟く。
殺し合いなのだから最後の一人になればクリアなのだ、クリア条件も何もない。

「そうですね…………恐らくですが、そっちが後付けなんです」
「……後付け? どういう事だ?」

正義の意味深な言葉に魔王が反応する。
何がどう後付けだと言うのか。

「――――殺し合いが、です」

正義が告げる。
魔王が怪訝そうに眉を動かした。
湯船が揺れる。

「『殺し合い』という問題が大きすぎて、そちらが主題だと思い込んでいた。
 けれど全体を通して冷静になって考えてみると、『殺し合い』の方が異物なんです」

言われて、魔王は思案する。
殺し合いが後付け、盤面ひっくり返すような発想だが中々に面白い発想だ。

「何故そう考えた。根拠を聞こう」

突飛な発想であれ、そこに至ったからには理由があるはずである。
その理由を魔王は問うた。

「それを説明するにあたり、失礼」

そう言って正義が手を伸ばす。
その指先が温泉でしっとりとした魔王の玉の肌に触れた。

「む!? どうした?」

押し返す様な弾力のある分厚い胸元。
そこに数秒触れ、ゆっくりと離れる。

「これで私と魔王殿はコネクトされました。GPを使ったメールの交換が可能となります。この機能をご存知でしたか?」
「知らぬな」

初耳の機能である。
シェリンからは説明されていない。

「ええ、そうなのです。こういった協力を前提とした機能について、共有がされていない」
「成程な。確かにただ一人の生き残りを決め催しにはそぐわぬ機能よな。だからこそ説明では触れなかったのではないか?」
「いいえ。それはおかしい。必要ない機能ならば、最初から作らなければいい」

言われて、魔王が考え込む様に口元に手をやった。
チャプリと湯が揺れる。

「ならば、何故そんな機能があるのか。
 それがお前が『殺し合い』が後付けであると考える根拠なのだな?」
「ええ。『殺し合い』と、この『New World』は本来別の物なのではないかと。
 その前提で考えると、いろいろ納得のいくところは多い」

プレイヤー同士の協力機能。
案内役であるシェリンの余りにも軽い調子。
ゲーム的な世界観に勇者と言う称号。

「『New World』は元々娯楽を目的としたバーチャルゲームであるのならば全て説明がつく」

その中で明らかに殺し合いだけが浮いている。
故に、そこが違和感となった。

「バーチャルなるものがよくわからぬが、それは魂を扱えるものなのか?」

ここにいるのは魂。
正義たちが立戸取りついたその結論には魔王も辿り着いている。

「いいえ、私も門外漢ではあるのですが、少なくとも魂を扱うようなオカルティックな話でない。
 電脳空間に作成した仮想空間を疑似的に体感するだけのものだと認識しております。
 本来は繋がらい二つ。だが、それを繋ぐものがある。それを我々は知っているはずだ」

そこまで言われて魔王も気付く。

「――――『Isaac』か」

然りと頷く。
最初から全ては説明されていた。

この舞台となったバーチャル世界『New World』。
参加者の魂を操作しアバターを製作したのは魂魄制御システム『Pushuke』だろう。
そしてその二つ、文字通り次元の違うそれらを繋いだもの、高次元干渉システム『Isaac』。
何者かがこの三つを使って引き起こしたのがこの『殺し合い』だ。

「それは解かった。だとしてもどうなる?」

世界の仕組みは理解できた。
問題はそれをどう利用するかだ。

「『New World』が『殺し合い』とは別物の娯楽を目的とした遊戯(ゲーム)であるならば、本来のクリア方法があるはずだ」
「成程。それを探そうと言うのだな。その為の炎の塔か」
「はい」

後付けであるからこその穴。
塞がれている可能性はあるだろうが、模索する価値はあるはなしだ。
そうなると支配権を手放したのは惜しいが、今となっては悔やんでも仕方がない事だ。

「ならば、そちらは貴様らに任せるとしよう」

事態解決は正義たちに任せた方が良いだろうと魔王は判断した。
巻き込まれたこの事態とは別目的である愛美の討伐。
自身はこれに注力すべきである。
どこに在ろうとその世界を滅茶苦茶せずにはいられないあの女を討つ事は間接的に彼らの支援になるだろう。

「ところで正義よ」

話もひと段落したところで切り替えるように魔王が切り出した。

「なんでしょう?」
「あの童女は何者だ」

鋭く尖った爪で幼女を指さし問かけた。
滝口での遊びにも飽きたのか、今は全身を投げ出して湯に浮かんでいた。

魔王から見て正義は高レベルの戦士であり、ただ者ではないのは見て取れた。
ある意味で分かりやすい存在である。

だが、幼女の方は魔王の眼力をもってしても何者であるかは読み取れない。
わかるのはただの幼女ではないと言う事だけである。

「ロレちゃんである」

空を仰ぎ水死体みたいにぷかぷかと浮かびながら、幼女が答えた。
だが、魔王はそれを無視して再度正義に問う。

「何者だ? ただの童女という訳でもあるまい」

正義は濡れた髪をかき上げ、やや考え込む。
素直に答えるべきか逡巡するが、ここまでのやり取りでの魔王の人柄を信頼し答える。

「曰くどこかの世界の邪神だとか」
「…………神だと?」

魔王は眉を寄せて怪訝な表情を見せた。
邪神はすーと湯船を流れながら魔王へ視線を返す。

「我は一にして全、全にして一なる存在である。敬うが良い」

敵意すら含んだ視線も気にせず邪神は変わらぬ調子であった。
なんとも信じがたい話だが、神の類であるのならば得体の知れなさにも納得がいく。

「ふん。彼のような存在が囚われるなどこの催しの主催者の力は余程強力なのか、それとも囚われた神の方が間抜けなのか」

神と言う言葉に対する嫌悪感を隠そうともせず魔王は辛辣な言葉を並べる。
それに対し邪神は気分を害するでもなく身を翻しバタ足を始めた。

「コラ。飛沫が周りに飛ぶからそれはダメだよロレちゃん」

抱え上げられ正義の横に座らされる。
自由を奪われ邪神は気分を害した。

そのやり取りを見て魔王が大きなため息をついた。
余りの緊張感のない態度に毒気を抜かれたのか、自分だけ気を張っているのが単純にバカらしくなったのか、肩の力を抜いて緊張を解く。

「……まあ神と言っても、我が世界の神とは違うようだな。つまりは外なる神か」
「貴様らが我を何と定義しているかなどそのような些事は我の知る所ではない、好きに定義するが良い、我にとっては些事である」
「ふん。そうさな。貴様が彼のような存在と言うのならば問いたい。
 貴様はこの催しの真相が見えているのか? 解決方法も全て」

自分で答えを解くよりも、答えを知る物がいるのなら聞いたほうが早い。
怠惰なる魔王は単刀直入に神へと答えを問うた。

「我は世界。世界は我。我に見えぬ物など無し、我に知り得ぬ物など無し」
「ならば」

全知にして全能。
真にそのような存在ならばこの事態は瞬時に解決である。

「だが、今の我は本体より離れた分け御霊、全能は能わず、全知に能わず」

その答えに魔王が嘆息を漏らす。

「ふん。つまりは貴様は全知全能の神とは別物の神の切れ端と言ったところか。
 役に立たんな、本体とやらが切れ端の貴様を助けに来たりはせぬのか?」
「我はただそこに在るモノ。何事にも関わることはなし、何者も救う事はなし。
 我が消えたところで本体に何一つとして影響もなく、この我の死は世界のどこにも意味を持たぬ些事となろう」

神の死は世界の死と同義である。
神が死ねばその夢である世界は崩壊するだろう。
だがしかし、ここにいるのはその切れ端。
ならば消えたところで何の意味もない。

故に全ては些事である。
彼女は己が死にすら関心を持たない。

「なんの意味もないなんて、そんな事はないよ、ロレちゃん」

湯船から立ち上がって正義が言った。
彼女が彼女の死に関心を持たなくとも。
そうじゃない人間だっているのだ。

「君はここにいる。ここで世界を見て、感じ、考え、生きている。
 ここいる君は君だけだ、そんな君の死が些事なわけがないだろう。なにより君が死ねば俺が悲しい」
「ふむ?」

わからないと言った風に首をかしげる。
それでも正義は語る。
伝わらずとも伝えたい言葉を伝える。

「君は俺に生きろと言った。その価値を示せと、ならば、それを見届ける義務があるはずだ」

大きな漆黒の瞳が見上げる。
その内面は誰にも理解できない。
肉を持った邪神は変わらぬ表情のまま口を開く。

「なるほど。義務か。本来の我からすれば下らぬ些事だが。肉としての形(アバター)を得た故か、我が我として成立しつつあるのやもしれぬ、な……」

言い終わらぬうち、頭をふらふらと回して、そのまま湯船に突っ伏した。

「ろ、ロレちゃん!?」

見れば、全身が湯でダコみたいに真っ赤になっていた。
慌てて正義が湯船からその体を抱え上げる。
それに合わせるように魔王も立ち上がった。

「邪神も茹ったようだし、そろそろ上がるとするか。我の傷も癒えたしな」


グワングワンと天井で回る扇風機の音が響く。
脱衣所の長椅子にのぼせた幼女を寝かせて、正義は備え付けのバスタオルでバサバサと煽って風を送っていた。

「ではな、我は先に行くとしよう」

既に着替えを終えた魔王が羽織った黒マントを翻す。
幼女の回復まで付き合う義務はない。
魔王は番台を通り過ぎ、出口のガラス戸に手をかける。

「魔王殿。最期に一つ。魔王であるアナタに問いたい」

正義に呼び止められ魔王が手を止める。

「なんだ?」
「勇者とは何か、それをあなたに問いたい」

勇者。
古今東西、あらゆる英雄譚で対峙する。
それは魔王にとって因縁深い言葉だ。

「その問いを我に問うのか」
「ええ、貴方だから問うのです」

魔王も正義の人柄は理解している。
魔王すら受け入れ、邪神すら引き連れる男。
悪戯な意図で聞くような男ではないだろう。

「個人的な事言えば、憎き怨敵であるのだが、聞きたいのはそう言う事ではないのだな?」

正義は頷く。
こればかりは個人の所感ではなく、定義が知りたい。
魔王は考えを吟味する様に僅かに黙り、しばらくして口を開く。

「そうだな。勇者とは選ばれし者だ」
「選ばれる? 何に?」
「神、王、聖剣、あるいは運命。ともかく力無き者の代表として何かに選ばれた存在だ。それが勇者だ」

選ばれし者。
その答えを正義は受け止め。

「参考になりました。ありがとうございます」

頭を下げる正義に片手を振ってガラス戸を開く。
そのまま出口へ向かい魔王が青い暖簾をくぐる。

「ではな。実に有益なひと時であった。その名を覚えておこう大和正義よ、邪神もな」

言って魔王が立ち去る。
正義もロレちゃんを扇ぎながらその背を見送った。

[F-3/温泉施設/1日目・午前]
[大和 正義]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:健康
[アイテム]:アンプルセット(STRUP×1、VITUP×1、AGIUP×1、DEXUP×1、LUKUP×1、ALLUP×1)、薬セット(回復薬×1、万能薬×1、秘薬×1)、万能スーツ(E)
火炎放射器(燃料75%)
[GP]:10pt→11pt(鉄鉱石+2pt×3、銅鉱石+5pt、温泉入場料-10pt)
[プロセス]
基本行動方針:正義を貫く
1.炎の塔の制圧
2.脱出に向けた情報収集(ゲーム、ファンタジーについて詳しい人間に話を聞きたい)、志を同じくする人間とのとの合流
3.何らかの目途が立ったら秀才たちとの合流

[ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E
[ステータス]:のぼせた
[アイテム]:飴×5、不明支給品×3(未確認)
[GP]:290pt→280pt(温泉入場料-10pt)
[プロセス]:全ては些事
※支給品を目視しましたが「それが何であるか」については些事なので認識していません。

[魔王カルザ・カルマ]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:C DEX:C LUK:E
[ステータス]:状態異常耐性DOWN(天罰により付与)
[アイテム]:HSFのCD、機銃搭載ドローン(コントローラー無し)、不明支給品×2
[GP]:100pt→90pt(温泉入場料-10pt)
[プロセス]:
基本行動方針:同族は守護る、人間は相手による、勇者たちは許さん
1.陣野愛美との対決に備え、力を蓄えていく。
2.イコンとか言うのも会ったらしばく。
3.主催者を調べる
※HSFを魔族だと思ってます。「アイドルCDセット」を通じて彼女達の顔を覚えました。

063.歌の道標 投下順で読む 065.知らせて芸術
時系列順で読む
炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~ 大和 正義 炎の塔 ~ 人在らざる者 ~
ンァヴァラ・ブガフィロレロレ・エキュクェールドィ
魔王システム 魔王カルザ・カルマ 新しい目標 - Tribute to The Doomed -

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最終更新:2021年04月15日 23:54