×月×日パシフィコ横浜は興奮の坩堝と化していた。
ハッピー・ステップ・ファイブ(以下:HSF)という5人の旋風によって横浜は幸福に包まれた。
先日で行われたHSFのライブは、新曲と新ツアーの発表というサプライズもあり熱狂の尾を残したまま幕を閉じた。

HSFの絶対的センターにしてリーダーである鈴原涼子のパフォーマンスは圧巻の一言だった。
誰よりもアイドルに真摯に向き合い、常にリーダーとしてHSFを引っ張り続けるその気迫は他の追随を許さない。
キュートな外見にクールなパフォーマンス、そして内側に秘めた熱いパッション。正しく完成されたアイドルだ。
このアイドル戦国時代を代表するアイドルの一人だろう。

サブリーダーである安条可憐もバラエティーで鍛えたMC力で会場を大いに盛り上げた。
その視野の広さと、アクシデントにも動じず周りをフォローする高い対応力でパフォーマンスにおいてもHSFを支える影の功労者である。
涼子が引っ張り可憐が支えるという形がHSFの屋台骨を支えているのは間違いない、この二人が崩れない限りHSFは安泰だろう。

ソロ活動も順調な諸星ソフィアの天才的なパフォーマンスに関しては相変わらず。
行き過ぎたファンサービス精神からかアドリブが行き過ぎることがあり、時折集中力に欠けるところも玉に瑕だが、パフォーマンスで会場を最も盛り上げたのも彼女である。
何が飛び出すかわからない予測不可能なビックリ箱っぷりからは今後も目を離せない。

そんな諸星ソフィアとは対照的なのが篠田キララだ。
最年少メンバーでありながら、常に安定したパフォーマンスを見せる優等生。
長らくHSFを追いかけているが彼女がミスをした姿を筆者は見たことがない。
勿論、年相応の愛らしいパフォーマンスは健在で、今宵も会場の一部諸兄をメロメロにしていた。

三条由香里もいつも通り元気よく頑張っていた。
多少のミスではへこたれないポジティブさは見ているものにも元気を与える。

筆者は確信した。
アイドルランキングに旋風を巻き起こすのは彼女たちに違いない。
ハッピー・ステップ・ファイブのこれからの飛躍にこれからも注目していきたい。


「なん……っなんですか、この記事!」

控室でスマホを見ていた由香里が唐突に叫びだした。
周囲の反応も慣れたもので、いつもの事なので取り立てて慌てはしない。

「なんやなんや。何を見て騒いどんねん?」

こういう時、真っ先に反応してあげるのが可憐である。
由香里の元まで近づくと彼女の見ていたスマホを受け取り表示されていた記事を読み込む。

「えっとなになに……ああ、前のライブのレポート記事やん。お、なかなかええ事書いてるやんか」
「いやいや!? あたしの評価だけ適当すぎません!?」
「オチ担当でオイシイやん」
「いらないんで! そう言うの!」

この世の終わりみたいな大袈裟なポーズで嘆く由香里。
そこに可憐の肩に顔を乗せたソーニャが後ろからスマホを覗き込む。

「гмгм、何かオカシイですカ? ユカリは元気で頑張ってマしたヨ?」
「そうッ! ですけど! そうじゃなくて! なんかもう、もっとこう……。
 世界一可愛かったとかぁ、次期センターは間違いないとかぁ、そういうのはないんですかぁ!?」

その言葉に、我関さずどいった姿勢で由香里の前に座っていたキララが愛らしい笑顔で口をはさむ。

「けど、由香里さん。新曲の振り付け盛大にトチってましたよね?
 私と可憐さんがフォローしたからフォーメーション崩れずに済みましたけど、あんなミスしといて次期センターはないんじゃないですか?
 むしろ下手な事を書かれなかっただけましだと思いますよ?」
「……あんた笑顔で怒るのやめてよね。マジ怖ぇ」

人一倍ミスに厳しいキララである。
自他共に厳しい彼女の姿勢はHSFの模範となっていた。
年下に正論を吐かれ、由香里はぐぬぬと悔しがる。

「ミ、ミスで言ったらソフィアさんだって」
「Ой? 私デス?」

突然矛先を向けられソーニャがわざとらしく首を傾げた。

「ファイプラ(3rdシングル『Five Pride』)の時、一人だけめっちゃステップ奔ってたじゃないですか!?
 あれのフォローもあたしもしたんですからね!? 大変だったですから!」
「ケド盛り上がりマシたヨ?」

ソーニャは悪びれる様子もなく答える。
意図せぬミスではなく意図したアドリブなのだから当然と言えば当然の態度である。
だからこそ性質が悪いとも言えるが。

「はいはい、その辺にしておきなさい。もうすぐ収録が本番なんだから、集中」

私は手を叩きながら二人を窘める。
二人は「はーい」と返事を返し解散した。
そして各々が衣装やメイクのチェックを行い本番に向けての最終準備に取り掛かった。
この辺の切り替えの早さは慣れた物である。

私はため息をつきながら仲間たちを見つめる。
個性の強い面々で纏めるのは大変だけれど、それでも最高の仲間たちだ。
この仲間たちとならどこまでも行ける。
頂点にだって行ける。

辛いだけだった人生が輝いていた瞬間。
これからアイドルの頂点に駆け上がっていく。
そう信じて疑わなかった。


脳裏を巡る黄金の日々の記憶。

涼子の足は止まったままだ。
項垂れて廃人のように思い出に縋る。
今の涼子にはそれだけしかできなかった。

ソーニャの所に今すぐ駆けつけたいという思いと、もう動きたくないという思いが入り混じる。
だって駆けつけたところで自分には何もできない。
これまで仲間の死を目の当たりにするだけだった。
これではまるで自分が駆けつける度に死んでゆく、死を運ぶ死神の様である。

「――――鈴原涼子だな?」

唐突に名前を呼ばれ反射的に視線を上げる。
あったのは昼と夜の空の色が入り混じったような蒼と漆黒。
それを一目見た瞬間、自分の前に本物の死神が現れたのかと思った。
それほどにその色も、その大きさも、その形も、その男の外見は人から外れていた。

男から漂う王の風格。
ただの小娘とは存在としての在り方が違う。
そこに存在しているだけで全てを飲み込むような威厳と重圧感があった。

だが、それほどの存在を前にしながら涼子は興味をなくしたようにすぐに視線を落とす。
相手が自分の名を知っている理由も気にならない。
全てが、今の涼子にとってはどうでもいい。
今はもう、顔を上げる事すら億劫だ。

この男が自分を迎えに来た死神だとしても、抵抗する気は沸かないだろう。
ソーニャを置いて自分から死ぬことも出来なければ、生き抜こうとする気力もない。
自分が嫌になる、何もかも中途半端だ。

「我が名は魔王カルザ・カルマ……お前の事は安条可憐から聞いている」
「可憐、から…………?」

その名前に思わず顔を上げた。
今の涼子の興味を引く唯一の言葉が思いもよらぬところから出てきた。

「それは……どう言う…………?」
「さて、事情を話す前にまずは傷を見せよ」

言って、魔王は涼子に近づいてその体に手を添え確かめる様にその体を弄る。
涼子は抵抗する気力もなく、怪しい男に体をなすがままにされていた。

涼子はボロボロで薄汚れており何とも酷い有様だが、魔王は躊躇するでも忌諱するでもない。
魔王からすればこの程度の怪我人は見慣れている、むしろ生きているだけましな方である。

一通りの検診を終えた魔王は改めて傷にそっと手を触れさせた。
その手から魔王の見た目にそぐわぬ優しい白い光が放たれる。
その輝きに照らされた傷口がみるみる内に塞がってゆき、痛みが緩和して行った。

魔法による治癒。
万能ともいえる魔王の魔法適正は治癒魔法にも通じる。
流石に喪失した指までは治らないが、止血と痛み止めにはなっただろう。

だが、治療が完了しても涼子はうなだれたままだった。
体の傷は癒した、だが心の傷は魔法では治らない。

「それで……可憐から、私の事を聞いたって……」

俯いたままの涼子は視線を合わせることなく聞きたかったことを尋ねる。
魔王はその態度を気にせず、涼子に応じる。

「うむ。この地における一時の縁であったが、安条可憐とは同郷の徒。お前たちの事は聞いている」

そこまで聞いて呆けた頭でもようやく思い出した。
確かHSFの力になってくれるかもしれないと可憐が言っていた人がいたはずだ。
先ほど名乗った魔王と言う名前も聞いていた名前だった気もする。

「大切な家族だと言っていた」
「大切な…………家族」

HSFは涼子にとっても家族同然の存在である。
可憐もそう思ってくれていたことは、心から嬉しい。

「分っておる。血の繋がりはないのであろう?」

身体的特徴の違いや、言葉の訛りの違い、ともに生まれ育った家族ではないのだろうという事は魔王も察している。
だが、絆とは血よりも濃い。
家族同然の同胞がいることは魔王も理解していた。

「だとしても、家族を失った痛みに違いはあるまい、その痛みの辛さは私にも理解できる」

魔王にとっても戦場で共に駆け抜け、命を預け合った戦友たちは家族同然の同胞であった。
同時に、魔王は幾多もの戦争でその全てを喪い、忘れようのない痛みを味わった。
そしてそれは、目の前の少女も同じなのだろう。

「その傷は辛いだろう。張り裂けんばかりに苦しいだろう。乗り越えられぬほどに険しかろう」

魔王はその強さでその痛みを乗り越えたが、誰でもそうできるとは思わない。
自身が絶対的強者であるが故に弱者はどうしようもなく存在するのだと理解している。
痛みを抱えたままの少女に、魔王は気遣うように言葉をかける。

「新たな目標を持つのだ」
「………………新たな目標?」

重々しく頷き、迷い子のような少女に魔王は新たな道を示す。
どれほど辛くとも、それでも命あるのだから生きなくてはならない。
生きるためには何か目標が必要だった。

「そうだ。今は深くは考えられまい。
 だがそれでも、何か見つけそれに縋ってでも生きるのだ」

そう言われてもすぐには思いつかない。
HSF以上の、アイドル以上の目標なんて、涼子にはない。
そんなものは簡単には見つけられない。

「ならばそれでもよい。無理に別の目標を定める必要はない。
 これまで通り、それに沿う目標を定めろ、失ったモノに報いるような目標を」
「………………みんなに、報いる?」

そんな目標を。
だが、考えても出てこなかった。
死者に報いる方法などあるのだろうか?

「焦る必要はない、と言いたい所だが、状況が状況だ。呆けていては命が危うかろう。
 これを与える。考える程度の時間は稼げるだろう、元より我には不要なモノだ」

言って、涼子に渡されたのは気配遮断の効果を持つ指輪だった。
逃げも隠れもせず堂々と王道を行く魔王にとっては気配遮断など不要なアイテムである。
発見されやすいアイドルスキルを持つ涼子だが、これを装備していれば多少は危険は減るだろう。

「この私がついて守ってやりたいところだが、生憎私にも私の目的がある、常に貴様に寄り添って行動を共にする訳にもいかぬ。
 だが、可憐嬢の願いもある。出来る限りの助けをしたいとも思っておる。何か他に私にできる事はないか?」

そう言われても頭が上手く働かず、すぐに望みなど出てこない。
あるとするならただ一つ。ソーニャを助けて欲しいという事だけだ。
だが、それを丸投げできるほど、涼子はこの男を信用はできない。
何より別の目的があるというこの男に、そこまでする義理はないだろう。

だが、だからと言って何もないで終わらせるのは余りにももったいない。
涼子にここまで良くしてくれる人間(?)はもう現れないだろう。
可憐が寄越してくれた千載一遇のチャンスである、彼女のためにも生かさない手はない。

「なら…………GPを……GPを分けていただけませんか?」

涼子が熟考の末に絞り出した要求がこれだった。

「GPを?」
「はい……あの、少しだけでいいんです、2pt……いえ、3ptだけ分けていただければ」

ふむ、と魔王はその要求を吟味する。
この世界においてGPは1ptであろうとも貴重である。
だが、同胞を失った不憫な少女の手向けとしてその程度をケチるほど魔王は狭量ではない。

「よかろう。その程度の望みであれば応じよう」


涼子にGPを譲ると魔王は励ましの言葉を残して立ち去って行った。
その背を見送ってからも、涼子はその場にしばらく立ち尽くしていた。

GPが簡単に手に入ってしまった。

このGPがあれば。
あの魔王を名乗る男があと少しでも早く来てくれていれば。
利江は、助かったかもしれない。

「く…………っ」

何て身勝手な考え。
無償で傷を癒し、アイテムを寄越し、助言までくれた。
あれだけ良くしてくれた相手に感謝はすれども恨む道理はどこにもないと言うのに、どうしても、そう思わずにはいられなかった。そんな自分が嫌になる。

だが、これでGPは50ptとなった。
またシェリンに質問ができる。

前回の位置確認から6時間以上経過している。
さすがに、もうH-8にソーニャはいないだろう。
改めてソーニャの現在位置をもう一度聞きだし、一目散にそこに向かう。
それだけが涼子に残された唯一の希望、のはずだ。

『質問をどうぞ』

近場の交換所を起動させ、質問の項目を選択する。
だが、いざ質問を投げかけようとしたところで、どういう訳か言葉が出なかった。
ソーニャの生存が涼子の最後の希望である。それは間違いない。
だからこそ。最後の希望が途切れるのが、何よりも怖い。

また目の前で仲間の死に目に遭うことになったらなんて、想像するだけで恐ろしい。
涼子にとって一番尊い願いと一番恐ろしい願いは同一だった。

そうなったら間違いなく糸が途切れる。
そんな願いを口に出すのは憚られた。

「…………逢いたい」

だがそんな言葉が口を付いた。
護りたいとか、護れなかったらとか、そんな事ではなく。
本当は奥底にある願いは、それだけだった。

ただ逢いたい。
ソーニャだけじゃない。

「……HSFのみんなにもう一度逢いたい、逢いたい……! それだけなの!」

それが涼子の魂の叫びだ。
可憐に逢いたい。
キララに逢いたい。
由香里に逢いたい。
利江に逢いたい。
またHSFのみんなと一緒に、もう一度アイドルをやりたい。

それだけが彼女の本当の願いだった。
こんな殺し合いなんてなかったことになって元通りのアイドルをしていたい。
それ以外の願いなんて妥協の産物でしかない。

『問い合わせを了承しました。GPが50pt消費されます。
 申請しますので少々お待ちください』

ぎょっとする。
何が了承されたのか。分からない。
確かなのは問い合わせが完了しGPが消費されたという事だ。

『申請が受理されました』

戸惑っているうちに何かが受理されてしまった。
もう取り消せない。
GPはすでに消費されているのだから取り消したところで丸損だ。

『回答します』

電子妖精が切り出す。
問いかけすら不明の回答が始まり、アイドルは息を呑んだ。

『魂魄制御システム『Pushuke』を使用すれば、死亡した勇者に再会することが可能となります』
「え…………?」

何を言っているのか理解できなかった。
涼子の理解が追いつくことなんて待ってくれずシェリンは続ける。

『『New World』に拡散した魂をかき集め同じ設定で再構成すれば、脱落した勇者の再現は可能となります』
「それは……」

それは、死者が蘇るという事なのだろうか?
そんなことがあり得るのだろうか?

『『Pushuke』の制御権は勝ち残った真の勇者にのみ与えられます。
 それでは真の勇者を目指して励んでください』

人情的な魔王とは対極の事務的な励ましの言葉を投げかけ電子妖精は消えた。
取り残されたのは涼子一人だけである。

「……そう、そうなのね」

真偽など分からない。
出来るかもわからない。
だが、それでも、みんなに報いられる新しい目標が見えた。

死者に報いる方法などない。
ならば、蘇らせるしかない。

HSFのためなら、なんだってする。
涼子はずっとそうやってきた。

そう、それがどんな汚れ仕事だろうと。

[H-6/平原/1日目・昼]
[鈴原 涼子]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:B DEX:B LUK:A
[ステータス]:精神衰弱、鼻骨骨折、右手五指欠損
[アイテム]:ポイズンエッジ、海王の指輪(E)、隠者の指輪(E)、煙幕玉×3、不明支給品×5
[GP]:48pt→50pt→0pt(カルザ・カルマからの譲渡により+2pt、シェリンへの質問により-50pt)
[プロセス]
基本行動方針:優勝してHSFのメンバーを復活させる
第一回定期メールをまだ確認していません。

[魔王カルザ・カルマ]
[パラメータ]:STR:A VIT:B AGI:C DEX:C LUK:E
[ステータス]:魔力消費(小)、状態異常耐性DOWN(天罰により付与)
[アイテム]:HSFのCD、機銃搭載ドローン(コントローラー無し)、不明支給品×1
[GP]:90pt→87pt(鈴原 涼子への譲渡により-3pt)
[プロセス]:
基本行動方針:同族は守護る、人間は相手による、勇者たちは許さん
1.陣野愛美との対決に備え、力を蓄えていく。
2.イコンとか言うのも会ったらしばく。
3.主催者を調べる
※HSFを魔族だと思ってます。「アイドルCDセット」を通じて彼女達の顔を覚えました。

【隠者の指輪】
指輪。装備中は気配遮断(C)の効果を得ることができる。

068.炎の塔 ~ 人在らざる者 ~ 投下順で読む 070.泳ぐサメの話
時系列順で読む
サメ×アイドル×殺人鬼 鈴原 涼子 歌声は届く
幽世の湯 魔王カルザ・カルマ Prayer

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最終更新:2021年08月16日 22:16