朝の喧噪の代わりに猿の鳴き声が住宅街に響いていた。
人気の消えた住宅街を北上するのは2人の少女と3匹の猿である。
目を隠した猿と耳を塞いだ猿と口を押えた猿が、少女たちを守護るようにせわしなく動き回っていた。
猿が住宅街を飛び回る光景は何とも不思議な光景である。
聖なる猿に守護されるうさぎとひなたの2人が向かうのは、特殊部隊の襲撃にあった湯川邸である。
鈴菜と和幸が足止めを行い、哉太とアニカと勝子が救援に向かった因縁の場所。
うさぎからすれば、逃げるしかなかった道のりを引き返している事になる。
その心境は如何ばかりか。
彼女たちの目的は湯川邸へ向かった哉太たちへの警告を行うことだ。
分身を使い、言語を操り、搦め手を使う、この生物災害によって生まれた異常生物。
あの熊の言動から隻眼の熊は哉太たちの動向を把握しており、その本体が彼らの下に向かった可能性がある。
哉太たちが飛び出してから1時間以上の時間が経過している。
早馬で駆け付けた哉太たちとの時差もあり、すでに特殊部隊との戦いは何らかの決着はついているはずだ。
最悪なのは鈴菜たちが既に殺されており、駆け付けた哉太たちも殺され、のこのこやってきたうさぎたちまで殺されてしまう三次被害である。
だがプロならば最悪を想定して動くのだろうが、素人なのだから信じて送り出した彼らを信じて動く。
望むのは最善のハッピーエンド。そうでなければ夢も希望もありはしない
しかし、現時点では特殊部隊の襲撃もないが、同時に哉太たちも戻っていない。
どちらも音沙汰がないという事は、勝者も追って来れないほどの手傷を負ったか。
救出もしくは逃亡に成功して、どこかに隠れている哉太たちを特殊部隊の追手が探しているのか。
あるいは、相打ちになってしまったのか。
少なくとも、鈴菜たちを助けた哉太たちが生きているのを大前提とするならば。
帰還していない彼らが何かしら救援が必要な状況になっている可能性は高い。
そこにあの
独眼熊が襲撃すればひとたまりもないだろう。
妨害電波によって連絡を封じられた状況では助けを求めることもできない。
救援が必要な状況になっているのであれば、こちらから迎えに行く必要がある。
もちろん下手に動けば熊は元より、特殊部隊と出会うリスクもある事は分かっている。
だが、うさぎたちの周囲をせわしなく三猿が動き回り警戒と哨戒を行ってくれている。
三猿の守護もあってか、今の所誰にも出会うことなく危険に晒されることはなかった。
と言うより、住宅街にはゾンビが妙に少ない。
誘蛾灯のようにゾンビが集める何かがあったのか。
深夜に訪れた時はそれなりにいたはずだが、まるでどこかに掻き集められたような空白地帯が出来上がっていた。
ゾンビが徘徊する光景も悍ましいが、ここまで人気がないとそれはそれで不気味である。
もうじき湯川邸にたどり着くと言う所で云わザル以外の二猿がキキーと鳴き声を上げた。
何か見つけたのかと思い振り返ったが、そうではなさそうだ。
三猿が仲良く横一列に並んでうさぎたちを見つめていた。
「あっ」
それで気づいた。
もうじき時間帯が移る頃合いのようだ。
猿の時間は終わりである。
「……ありがとう。三猿様。また12時間後に会おうね」
うさぎがここまでのお礼を述べる。
次に召喚できるのは時計の一つ廻った12時間後。
それまでの短いさよならである。
「色々助かったよ。ありがとね」
独眼熊撃退に貢献した三猿にひなたも感謝の念を述べた。
2人向かって三猿が抑えていた手を振りながら消えて行った。
騒がしい猿たちが消えたとたん静寂が住宅街を包む。
静寂は否が応にもこれまで押さえつけていた寂しさと不安を思い出させる。
湯川邸は近い。
辿り着けば、どのような形であれ決着を目の当たりにすることになる。
希望を信じている。信じているからこそ、確かめるのが恐ろしい。
「行こう。うさぎちゃん」
その不安を打ち消すように、ひなたがうさぎに声をかける。
うさぎは一度だけ地面を見つめ、ぐっと強く息を飲み込んだ。
そして覚悟を決めたように重くなった足を前へと踏み出す。
「うん。行きましょう」
■
「なに、これ…………?」
湯川邸近くの路地にたどり着いた2人は。そこに広がる光景に言葉を飲んだ。
静寂な住宅街には、あってはならない不穏な空気が漂っている。
彼女たちの記憶にある友人宅は、その表情を一変させていた。
まず彼女たちの目についたのは、目の前にある道路標識だ。
ただの道路標識ではない。
交通の安全を守るという役目も果たせずどこかからねじ切られ、投げ槍のように投げ捨てられたのか。
石畳の真ん中に深く突き建てられた刺さって寂しく斜めに傾いていた。
そしてその脇の石畳は不気味な罅割れがあった。
ひなたは足元に屈みこみその罅を調べる。
それは銃痕だった。
「この銃痕…………」
銃痕から銃の種類を言い当てるなんて曲芸はひなたにはできない。
だが、どことなく名人の使っていた猟銃を思わせた。
「どうしたんですか?」
「ううん。何でもない。こっから先はヤバそうだから気を付けて行きましょう」
確証のない銃疵にいつまでも拘泥している訳にもいかず、ひなたは立ち上がって街路を進んでゆく。
その路上の傍らには、爆撃でも受けた廃墟のような車が駐車されていた。
その車の残骸は炎に包まれた瞬間のまま固定されたように見え、ここで起きた出来事の苛烈さを物語っていた。
まるで紛争地の戦場跡だ。
それは淡い希望を打ち砕き、この先に待ち受ける最悪の想像を掻きたてるに十分な光景である。
だが、それでも結末を確認しない訳にもいかない。
みかげとうさぎは竦みそうになる足を動かし前へと進む。
そうして2人は湯川邸の前にまでたどり着くことができた。
辿り着いてまず何より目に付いたのは邸宅前に散りばめられている大量のゾンビの死体だ。
死体は散りばめられていると表現するのが適切だと思えるほどに、何か強大な力によってひき潰されたように損傷していた。
およそ人間にやられたとは思えない。それこそ熊にでも襲われたような有り様である。
熊害の警告のためにここまで来たが、もしかしたら手遅れだったのか。
そんな考えが一瞬ひなたの脳裏をよぎるが、すぐにその考えを自ら否定する。
周囲に獣らしき体毛は落ちておらず、傷跡も爪で裂かれたような鋭さはなく力任せに引きちぎられたような切り口だ。
これは獣ではなく人間による犯行だ。
純粋に人間離れした人間。おそらく気喪杉のような怪物じみた異能者だろう。
ひなたたちは恐る恐る転がるゾンビの死体を調べてゆく。
この半日足らずで随分と凄惨な光景にも見慣れてしまったが、さっきまで命だったものが辺り一面に転がっている光景は生理的な嫌悪を催させる。
何より地元民である2人にとってはこのゾンビたちも見知った顔である。
外部から移転してきた人間の多い高級住宅街の住民は登下校の際に挨拶を交わす程度の顔見知りだが。
それでも、その無惨な死を一つ一つ確認するたび胸の奥底が重い濁りが積もっていくような感覚をうさぎは味わっていた。
「勝子さんたちは、いないようね」
一通りの死体を確認し、そこに哉太たちが含まれていないことを確認する。
壮太はともかく、派手な外見をした勝子やアニカを見逃すことはないだろう。
ひとまずここで哉太たちが殺されたと言う事はなさそうだ。
ひとまず、その事実を確認して、うさぎは恐ろしくて無意識に目を背けていたガレージを見た。
そこにはうさぎを逃がすために特殊部隊を足止めを鈴菜と和幸がいるはずだ。
ガレージを取り囲むコンクリート壁は無惨にも破壊されていた。
無慈悲な力によって破壊されたコンクリートは、まるで怪物の一撃でも受けたようだ。
その凄惨な有り様にうさぎは顔を青くしながら不安そうな所作で胸の前で手を合わせている。
「私、中を調べに行くね」
「あっ…………うん。気を付けて」
ひなたはサムズアップを返して、崩れたコンクリート壁に手をかけてその上に登てゆく。
胸に手を当てふぅと大きく息を吐き、覚悟を決めてガレージの中をそっとのぞき込んだ。
「………………うっ」
ガレージの中を見たひなたが思わず口元を抑える。
そこには血だまりに沈む巨大な緑の肉塊があった。
その顔面は耳と鼻が剥がれ落ち、全身の分厚い肉は抉るように刻まれていた。
これは殺すことですらなく、ただ傷つけることを目的とした傷跡だ。
等間隔に刻まれた傷口には一切の躊躇いらしきものは感じられず、実行者の冷淡さが伝わってくる。
そして、ガレージの奥には少女の死体。
肩口から斜めに裂かれた傷は腰元にまで達しており、袈裟に切られた体はまるで銀杏の葉っぱのようだ。
全ての関節が逆側に曲がってしまったその指は青黒く変色しており、まるで拷問にでもあったかのようである。
特殊部隊の男が自分を閉じ込めた鈴菜たちを拷問をして殺害でもしたのだろうか?
そしてガレージの分厚いコンクリートを破壊して、集まったゾンビを蹂躙した?
これが単独で行われたとするならば、単純な身体能力だけではなく精神性を含めて気喪杉や
独眼熊を超える怪物だ。
(………………これをうさぎちゃんに見せるのは酷ね)
獣の腸抜きや生物部での解剖なんかで普段から多少の耐性のあるひなたですら吐き気を覚える光景だ。
喰らうために感謝して頂戴するのとは違う、人間の業によって作られた醜悪な地獄である。
死体となったこの2人が恐らくうさぎを逃がしたと言う鈴菜と和幸だろう。
中に生存者はいない。
それを確認したひなたはガレージの壁から降りる。
「……どう……でしたか?」
不安を隠しきれない様子でうさぎが尋ねる。
ひなたは答える言葉を持たず、ただ沈痛な面持ちで首を横に振った。
それだけで、中の二人がどうなったかを理解したようだ。
顔面蒼白となったうさぎは唇を強く噛み締め視線を落とした。
救助はかなわなかった。
その事実は2人に助けられたうさぎに深い影を落とす。
「うさぎちゃん…………」
どう声をかけていいのか分からず、ひなたが言葉を詰まらせる。
だが、その心配を振り切るように目じりに浮かんだ涙を拭ってうさぎは気丈にも顔を上げた。
「……私は大丈夫です。ここで立ち止まってたらそれこそ鈴菜さんや和幸さんに申し訳がたちません」
強がりなのは目に見えているが、今はそれでいい。
生憎、弱音を吐いていられるような状況ではないのだ。
今すべきことは哉太たちに迫る熊害を知らせる事だ。
うさぎもそれを理解しているからこそ、気を張っているのだろう。
「けど、哉太くんたちはどこに行ったんだろう……?」
この場にあるのはガレージ内の凄惨な死体と、無惨に散らばったゾンビの死体だけである。
うさぎたちを襲った特殊部隊はおろか、救援に向かったはずの哉太たちの姿もない。
ならば、哉太たちはどこに行ったのか?
ここで何らかの戦闘行為があったのは間違いない。
流れから言えば、特殊部隊と哉太たちの戦闘があったと考えるのが自然だ。
だが、それにしたって被害の規模が大きすぎる。
人間同士がぶつかり合ったというより、怪物同士が戦争でもしたかのようだ。
猟銃と思しき銃痕とミサイルでも撃ち込まれたような廃車も気にかかる。
哉太たちはそんな装備をしていなかったはずだ。
特殊部隊の装備だとするならば状況はかなりマズい。
この火力に溜まらず逃げだしたというのなら、哉太たちを責められはしない。
こうなっては、上手く逃げ延びどこかに隠れている事を祈るばかりである。
だが、そうだとしても鈴菜たちの救助に失敗した哉太たちはどこにいったのだろう。
既に袴田邸に戻っておりすれ違いになったのか、それとも手傷を負ってどこかに避難しているのか。
助けに向かった哉太たちまで二次被害にあったのかもしれないともなれば、救援を求めたうさぎとしては気が気ではない。
探し出そうにも特殊部隊が潜んでいるかもしれない状況で大声を上げて呼びかけるわけにもいかない。
周囲を探索する手段が必要だ。
効率的で、隠密的で、確実な手段が。
そしてその手段は、うさぎの手にあった。
「お願い……来てっ!」
時刻は9時台。
少女の祈りによって新たな動物が世界に召喚された。
対応する干支は西を示す動物、すなわち酉である。
黒と茶色が美しい模様を描いた翼が広げられた。
風になびく羽毛は光の加減で色調を変える微妙な色合いを持ち、朝日に煌めき虹色に輝いた。
幻想的なその姿はまさに空の王者と呼ぶに相応しい優雅さと迫力を兼ね備え、圧倒されるほどの美しい姿をしていた。
それは一羽の鷹だった。
立派な鷹が、うさぎの腕を宿り木として止まる。
鷹の足には人の肉など容易く破る鋭い爪があり、本来であれば鷹匠であれど皮製の手袋が必要となるのだが、どうやら鷹の方がうさぎに爪を立てぬよう気遣っているようだ。
空の王者が少女に傅くように首を垂れていた。
ひなたはその様子を見て、驚きを隠せずにいた。
鷹匠もかくやという見事な手際である。
思えば馬の時もそうだ。
姉のひなた曰く、うさぎに乗馬経験はなかったはずである。
何より動物を扱う上で信頼関係というのは重要である。
懐いていないと命令など聞かない。
最初から懐き度がMAXになる。
彼女の召喚にはそういう特性があるのかもしれない。
「お願い。タカコちゃん…………哉太くん、アニカちゃん、勝子さんの3人を探して!」
願いを込めて鷹を空へと解き放つ。
鷹は返事のように甲高い鳴き声を上げて、大きく翼を広げ優雅な動きで空気を掴む。
その翼音は風の音と一体となり、自然の調べを奏でるかのように少女たちの耳に響いた。
美しい青空に風に乗った空の王者が舞う。
高く透き通るような青空は地上の地獄など知らぬかのようだ。
立派な鷹が颯爽と羽ばたいている姿は、まさに自然の美と力強さを象徴するようである。
鋭い光を宿した鷹の眼が、上空から山折村を見渡した。
鷹の視力は動物の中でも最上位に位置する。
俯瞰から周囲を見渡せる上空ほど偵察に適している場所はないだろう。
その視線は一点を見据えるように鋭く、獲物を捕らえるために決して逸らすことはない。
その漆黒の瞳が地上にいくつかの人影を捉えた。
ほとんどはゾンビだろう。そこから探し人を見分ける必要がある。
鷹の優れた視力を持ってすれば上空からでも地上の獲物を正確に見分けることができるだろう。
だが、地上を見つめていた鷹は何かに気づき、一つ大きく羽ばたきその軌道を変えた。
風に乗って一気に急上昇し、その俊敏な姿勢で空中で姿勢を整える。
同時にその下を謎の物体が過ぎ去って行く。
侵すものなどいないはずの空の領域に異物があった。
絶対的な制空権を侵す人工物、ドローンだ。
鷹が周囲を見れば、浮かんでいるのは1台や2台ではない。
幾つものドローンが山折村の上空を飛び回っていた。
鷹はドローンを不愉快そうに睨み付ける。
空の狩猟者たる鷹の嘴と爪をもってすれば落とすのは容易い。
実際海外では違法ドローンの除去に鷹を採用している警察もあるくらいだ。
だが、鷹はそうせず、ドローンを避けるように空を泳いだ。
今は主の令を優先する。
ドローンを無視して、鷹の眼は人を探して大地を見つめた。
■
「おかえり、タカコちゃん!」
周囲をぐるりと一周して鷹はうさぎの元に戻ってきた。
爪を立てぬよう優しく腕に止まった鷹を、うさぎは労うように羽をなでる。
「どうだった? 誰かいた?」
うさぎが偵察結果の報告を求める。
それに対し、鷹はその嘴に咥えていた短い枝を2本、長い枝を2本。計4つの枝を北方向へと吐き出した。
その先にあるのはうさぎの家、すなわち神社である。
それの指し示す意味はつまり。
「神社の方に4人いるって事?」
その問いを肯定するようにキーと鳴いた。
4人。枝の長さから言って子供が2人、大人が2人と言う事だろうか。
哉太、アニカ、勝子の3人とは数が合わない。
誰かと合流して1人増えた可能性もあるが、別の集団である可能性も高い。
少なくとも数からいって特殊部隊ではないだろう。
上空から把握できるのは屋外にいる人間に限られる。
哉太たちが室内に避難していた場合、鷹が見逃していてもおかしくはない。
この4人に接触すべきか、うさぎは考え込んでいた。
同じくその様子を見ていたひなたも考え込んでいた。
ひなたが考えているのはうさぎとは別の事についてた。
賢すぎる。
ひなたには飼育係であるうさぎとはまた違う、生物部やマタギとして動物に関わってきた知識がある。
興味の薄いことをすぐ忘れるひなたのような人間を三歩歩けば忘れる鳥頭とあだ名することもあるが、実際の鳥は頭のいい動物である。
手紙を届ける伝書鳩や言葉を覚えるオウムもそうだ、都会のカラスなんかはそれこそ人間の子供並の知能の高さをもっている。
だが、だからと言って鳥による偵察など普通は成立しない。
単純に鳥が見聞きしたものを知る手段がないからである。
首輪にカメラを付けてみるなどの方法はあるが、そう言った道具でもなければ斥候として成り立たないだろう。
それをこの鷹は意思疎通の困難さを理解し、枝を使って意思を伝えるという工夫を見せた。機転が利きすぎている。
ましてや上空からゾンビと正常感染者を見分けて人数を正確に報告するなど人間でも簡単な事ではない。
何より、人のいる方に導くだけならまだしも、報告だけ行って判断をゆだねるというのは役割を理解しすぎている。
もちろん長い時間をかけて専用の訓練を積めば不可能ではないだろうが。
そんな調教をされた動物が毎回召喚されるというのは、都合がよすぎる。
三猿たちもそうだ。
そもそも日光東照宮に祀られる三猿が召喚されていると言うのもおかしな話だ。
ひなたが直接見たわけではないが、話によれば龍も召喚したと聞く。
そんなものが召喚できた時点で世界のどこかにいる動物を召喚しているというのはあり得ない。
うさぎの異能は、果たして本当に召喚なのか?
もし仮に召喚でないとするならば、その場で動物を生み出している事になる。
それは生命の創造だ。異能とは、そこまで神の領域を犯すものなのか?
そうでないとするならば、果たしてその命はどこから来たものなのか?
ひなたの悪い癖だ。
そんな状況ではないと分かっているが、どうしても気になる。
こんな状況でも知的好奇心が勝ってしまう。
親譲りの研究気質が故か、持ち前の探究心が疼く。
不思議な事、わからない事、納得できない事。その全てが知りたい。
疑問があるのならそれを解き明かしたいと思ってしまう。
「ねぇうさぎちゃん。ちょっとおかしな事を聞くけど、召喚した動物が殺されたことってある?」
「え…………うん。ここに案内してくれたスネスネちゃんが…………」
召喚した蛇が特殊部隊の男に踏みつぶされた瞬間を思い返してうさぎは俯いた。
彼女にとって動物の死は人間の死と変わらない、辛い記憶である。
「そこから体調に異変はない?」
「…………はい。特には」
鈴菜の事もあって色々精神的に疲弊しているが、肉体的には問題なさそうである。
ここまでの情報から、ひなたは動物たちはうさぎの命を分割して動物を創造してるのかと推測していた。
つまりうさぎが都合のいい動物を作り上げた。それならば動物たちの賢さも、うさぎに従順なのも納得である。
何より動物たちが例外なくウイルスに適応できている事にも、適合者であるうさぎを元にしているのなら説明がつく。
この推測が当たっているのなら、動物が死亡した場合うさぎの命が削られるはずである。
だが、そう言った影響は今のところないようだ。
それとも1/12ではまだ自覚できる程の影響がないだけだろうか?
逆にひなたの推測が外れていて、うさぎの異能が本当に召喚だとするならば、どこから召喚された?
龍なんてそれこそ異世界でもない限り説明がつかない。
そんな都合のいい生態系が存在する異世界があるとでも言うのだろうか?
それこそ幻想(ファンタジー)である。
「ごめんね。急に変なことを聞いて」
「ううん。構いませんけど…………」
うさぎは不思議そうな顔をしているが、ひとまず話を打ち切る。
周囲を警戒してくれる鷹がいるとは言え、いつ
独眼熊がやってくるともわからないのだ。
いつまでもここに居てはミイラ取りがミイラになりかねない。
方針は早めに決める必要がある。
「それで、勝子さんたちの行き先だったよね」
「はい。神社の方の4人か、袴田邸に戻っているのか」
もちろん。上空からは見えない室内にいる可能性だってあるが、その場合はうさぎたちには手の打ちようがない。
彼女たちにできるのは鷹が見つけた4人を哉太たちであると判断して接触するか。
それとも、哉太たちは既に袴田邸に戻っている可能性を考え引き返すかの2択だけであった。
■
何故、うさぎの召喚する動物たちはウイルスに適応しているのか?
彼女たちが知る由もないが、ガレージで事切れている鈴菜もかつて同じ疑問を抱いていた。
そこから彼女は一歩踏み込み、動物たちの脳から抗体が取れるのではないかと考えたが、鈴奈は非情になりきれず実行には至らなかった。
では、ひなたはどうか?
うさぎもひなたも動物好きだが、その方向性が違う。
うさぎが動物に持つのは共に生きる友人としての愛情。
ひなたが持っているのは生体としての探求心だ。
元々ひなたは異能者の体を調べたいとは思っていた。
それが解決の糸口になるのならばという建前もあるが、それ以上に世の理に合わない異能を発現させるその仕組みに興味があった。
かと言って異能者の解剖などという人体実験めいたマネが許されるはずもない。
だが人間は難しいかもしれないが、”動物ならば許されるかもしれない”。
状況は彼女がそう考えてもおかしくはない段階に移行しつつある。
とはいえ、動物を愛するうさぎに解剖させてと正面から頼み込むほど無神経ではない。
基本的にはひなたは他人の気持ちを慮れる少女である。
それこそ自暴自棄になるような出来事でもない限りは、そのような強硬策に出ることはないだろう。。
【C-4/湯川邸前/一日目・午前】
【
犬山 うさぎ】
[状態]:蛇再召喚不可
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.神社の4人を調べるor袴田邸に戻る
【
烏宿 ひなた】
[状態]:感電による全身の熱傷(軽度・手当て済)、肩の咬み傷(手当て済)、疲労(小)、精神疲労(中)
[道具]:夏の山歩きの服装、リュックサック(野外活動用の物資入り)、ライフル銃(0/5)、銅製の錫杖(強化済)、ウォーターガン(残り75%)
[方針]
基本.出来れば、女王感染者も殺さずに救う道を選びたい。異能者は無理でもうさぎの召喚した動物の解剖がしたい。
1.神社の4人を調べるor袴田邸に戻る
2.生きている人を探す。出来れば先生やししょーとも合流したい。
3.VHという状況にワクワクしている自覚があるが、表には出せない。
4.……お母さん、待っててね。
最終更新:2023年09月22日 00:34