「やれやれ、なんとか上手くいったか」
圭介の姿が見えなくなったことを確認し、女王は純粋に安堵した。
自分にとって最大の脅威はあの幼神だった。
あの黒粉末が無ければ、残されたこちらの武器は、華奢な腕力に銃にゾンビ、それにわずかな魔力だけ。幼神を殺す手段は本当に全くなかった。
それ以外にも、綱渡りに綱渡りを重ねた勝利だった。
例えば、山折圭介が周りのゾンビもろとも己を焼き尽くすという手を取っていたら、
自分に最早打つ手は無かったのだから。

だが、まだ戦いは終わっていない。
幼神より力は大幅に劣るが、何をしでかすか分からない、
運命を覆す巫女が残っている。

「……むっ!?」

その時突然、爆発のような轟音が響くとともに、巨大な砂埃が舞い上がった。
次の瞬間、砂煙の中から、巫女服の少女が姿を現した。

「神楽春姫、いや……」

それは、人間の業ではなかった。
砲弾かと見まがう勢いで空を裂き、距離を一気に迫ってくる。
神楽春姫にそんなことが出来るはずがない。すなわち……

「隠山祈!!」

少女は既に己と数メートルほどの距離に迫っていた。
女王を守るべく数体のゾンビが厄災に向かうが、瞬時に薙ぎ払われる。
隠山祈は左腕を『肉体変化』の異能によって、巨大ワニの尾に変じさせていた。
続けざま、それを目にも止まらぬ速度で、女王に向けて振るった。

「ぐぬっ!!」

女王はすんでのところで躱したが、
女王の眼端に映る運命線が新たなレッドアラートを告げる。
もう一人の『隠山祈』が、音も無く己の背後に出現していた。

(分身の異能……!)

「くっ!!」

今度は羆のそれに変じた右手の突きが迫る。
日野珠の華奢な身体など簡単に破壊するであろう一撃。
女王は受け身を取る暇もなく、地面に激突するのを覚悟で身を投げ出し、紙一重で命を繋いだ。
それでも、完全には回避しきれておらず、こめかみが削られ血が噴き出す。反応が半瞬遅れたらやられていた。

だが、女王もただでは転ばない。地面を転がりながらも砂利を掴み、分身体に向かって投げつけていた。
小石の一つが分身体の頭に当たり、分身が消滅する。

女王は即座に立ち上がり、運命線を視るため、黄金瞳を厄災に向けた。
だが。

「!?」
その瞳には、何も映らなかった。
これが意味するところとは、すなわち。

「――――妾の運命線は、見えないのであったな」

今、目の前にいるのは『隠山祈』ではない。今度は『神楽春姫』に入れ替わっていた。

これが春姫と隠山祈が編み出した女王攻略法・『自我交換(マインド・シャッフル)』
運命線を視ることが出来ない『神楽春姫』の自我を盾にすることでギリギリまでこちらの意図を隠し、
攻撃の瞬間、『隠山祈』に切り替える。
魔王の力が女王に紐づけされ直したことで、『隠山祈』の魔力や神力の行使は不可能になった。
だが、怪異として得た数々の異能と、厄災としての力は健在。
例え女王に運命線が見えていたとしても、その怪物的なパワーとスピードに物を言わされ、
いわば『詰み』の状態に追い込まれてしまう恐れがある。

「やはり君は怖い相手だ、神楽春姫。何をしてくるか読めたものではない。
 それに今、君達は、日野珠の身体を完全に殺しに来ていたね」
「想い人の妹までも手に掛ける。山折のが背負うには重すぎよう。
 それが避けられぬ業ならば、その責を担い、業を負う。それもまた女王の務め」
「ふむ、なるほど。
 ……隠山祈。君の方は、魔王の娘の仇討ちかな。
 彼女は気まぐれな祟り神だ。人間を、山折村を嫌悪していた。
 白兎と幼神は相容れない。彼女が生きていたなら、君はいつか辛い選択をしなければならなかった筈だ」
『そうかもしれない。
 でも、何であれ、憎悪と絶望の底にあった私に、あの子は手を差し伸べてくれた。
 そのせいで厄災と化したとしても、それでも、私は救われたんだ。
 あの子は、私の友達になってくれた。あの子を奪ったあなたのことを、私は絶対に許さない』

「そうか。なら掛かってきなさい…… と言いたいところだが、
 君達の相手は別にいる」
「何……?」
『―――春姫っ!!』
「っ!?」

隠山いのりが突如叫び、肉体の主導権を強引に奪った。
春姫もそこで気付いた。
いま自分達の立っている場所に、何かが凄まじい勢いで飛んできていた。

それは車だった。
誰かが、それを投げつけたのだ。
白いワンボックスカーを、まるで砲弾のようなスピードで。

ワンボックスカーが地面に激突した。同時にガソリンが引火し、爆発を起こした。
炎上する車体。その炎が戦場を紅く照らす。まるで、これからこの地が血に染まることを暗示するかのように。
隠山祈は、地面に伏せて熱と爆風を凌ぐと、立ち上がって新たな敵を睨みつけた。
炎に身を照らされながら姿を見せたモノ、それは、鬼だった。

「ようやく来てくれたようだね、私の戦鬼」

女王の呼び声に導かれるように、戦鬼・大田原源一郎が、その姿を現していた。

「大田原源一郎に命ずる。女王の敵を処理せよ。
 あと、それはもう要らない。外せ」

女王が戦鬼に命を下す。
大田原は女王の意を受け、自決用の爆弾を組み込んだ首輪を鷲掴みにすると、強引に引き剥がし始めた。
異能の飢餓にも屈せず、己が生き方を貫くべく、最期まで秩序の守り手たらんとした、大田原源一郎の信念の証。
その最後の楔が、外される。

「グワアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!!」

野獣のような咆哮とともに、秩序の首輪が遂に引き千切られる。
大田原はそれを、一瞥もせず投げ捨てた。
大田原源一郎は、ここに、忠実なる女王の戦鬼と化す。

「じゃあ、せいぜい頑張ってくれ、厄災。彼の相手は君でもかなり厳しいと思うよ」
「待てっ……!」

追おうとしたいのりの前に、戦鬼が立ちはだかる。その陰に隠れ、女王の姿は宵闇の中に消えていく。

「じょぉ王の、敵……」
「……邪魔するな……」

対峙する両者。そして。

「処ぉぅ理するゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「どぉけェェェェェェェェェ!!!」

2つの咆哮と共に、戦鬼と厄災、山折村の頂点に君臨する怪物同士の死闘の幕が上がった。


「くそっ、くそっ、くそおっ!!!」
山折圭介は情けなくも、ゾンビの群れの中をひたすら逃げまどっていた。
前後左右を幾体ものゾンビに囲まれ、既に方向感覚は失われている。
なんとか異能でコントロール可能な数人のゾンビを肉壁にすることで
ギリギリのところで凌いでいるか、ジリ貧なのは明らかだ。

珠の肉体を奪った女王がどこに向かったのも分からない。
春姫が今、何かとんでもない相手と戦っているのだけは、辛うじてわかる。
ただただ、押し寄せるゾンビから身を守るのが精一杯だ。
息が上がる。集中力が失われていく。絶望が自分の思考を塗りつぶしていく。

そして。

(あ……)

側溝に踵を取られた。足が思い切り前に滑る。前を向いていたはずの視界が、真上の夜空を映す。自分の身体が宙に浮いたのが分かった。

(――――やべえ、死ぬ)

圭介の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。
背中が地面に着くまでのわずか1秒足らずの時間が、やたらと長く感じられた。


背中に衝撃が走った後。
まるで、ゾンビ映画のクライマックスシーンのように。
倒れた自分に向かって、ゾンビたちが一斉に群がってきた。



厄災と戦鬼の死闘は続いていた。
2つの拳が正面から激突し、両者は弾けるように離れた。

「支障、為し……っ! 任務、継ぞくっ………!!!!」
「――――はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

今のところ互角の戦いであるが、隠山祈に疲労の色が見えてきた。
その原因は、肉体の差だ。
互いに肉体強化の類の異能を使用しているが、神楽春姫と大田原源一郎では肉体のスペックに天と地ほどの差がある。
今は異能『肉体変化』と『身体強化』の二重掛けにより何とか渡り合っているが、
神楽春姫の華奢な肉体ではその反動にいつまでも耐えられない。いずれ限界が来るのは目に見えている。

しかも、魔王の娘が纏っていた黒い厄の靄が、いわば同類である隠山祈に向かって再び集まってきていた。
彼女の心に、かつて抱いていた呪いと憎悪が再び湧き上がってくる。
彼女がまた狂気に堕ち、春姫のコントロールを外れてしまえば、もはや絶望だ。

『隠山の! もうよい! 妾に代われ!!』
「何言ってるの! こんなの相手にしたらあなたじゃ一瞬で殺されるって分かるでしょ!!」
『しかし、このままではそなたが持たん……!』

女王は完全に見失った。逃げる手段も見当たらないし、応援が来る見込みもない。
圭介はどこにいるかすら分からない。
それに、例え今の彼が来たところで、戦況が変わるとは思えない。
聖剣は、敵対する厄そのものである隠山祈では握ることすらできない為、
やむを得ず手放してしまっている。
だが、仮に聖剣があったとしても、春姫ではその力を振るう間もなく殺されるだろう。

(もう、届かぬか……!?)
唯我独尊、傲岸不遜、全ての道は己に通ずの確信を以て人生を歩み続けてきた少女、神楽春姫。
その彼女が、心中で、生涯初めての弱音を吐いた。


これも自分への罰なのか。
山折圭介の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。
異能を使って守るべき村人を戦う道具にして。
浅はかにも特殊部隊に戦いを挑んで、光や碧や六紋の爺さんを死なせて。
幼馴染達の想いを裏切って、魔王なんかになって。それでも負けて、底の底まで堕ちて。

んで、光の想いを知って、魔王の娘に支えられて、
ようやく自分の足で立てるか、と思った矢先に、これだ。
そもそも、罪を犯した自分がヒーローになろうとなど思ったのが、間違いだったのか。

ゾンビ達が襲い来る。
圭介は、遂に観念した。その眼を、ゆっくりと閉じた。

そうだ。もう、終わりにしよう。
殺されるのを待って、それで、終わりだ。
後のことなんかどうでもいい。
村の人間に殺されるなら仕方ない…………





………




……








“仕方ないわけ……………………ないでしょっ!!!!!!!!!!”
「っ!!!???」

圭介は、飛び跳ねるように立ち上がった。
本気で怒った顔をした想い人と、その親友の姿が、瞼の裏に浮かんでいた。
いつの間にか自分は、光のロケットペンダントと、上月みかげの御守を、握りしめていた。

光とみかげが助けてくれたのか。
いや、2人は死んだ。光に至っては、その魂まで消滅した。
だから、立ち上がったのは、自分の意志だ。
自分はまだ、生きようとしている。

視界が広がる。少し離れたところに、神楽春姫が持っていた剣が落ちていた。
何故春姫が落としたのかは分からない。
理由なんか何でもよかった。武器なら、力になるなら何でもいい。

ゾンビは次々と押し寄せる。ゾンビの歯や爪が、圭介の身体を傷つける。
それでも、圭介は生きようとした。ロケットペンダントと、御守を握りしめながら。
一体のゾンビが、手にした石で圭介の頭を殴りつけた。
これには堪らず、圭介も膝を付く。この機とばかりにゾンビ達が圭介を包囲していく。
だが、圭介の心はまだ折れていなかった。


(――――だよな。負けらんねえよな。だから、助けてやるよ)
「……え?」


圭介の耳に、そんな声が聞こえた、気がした。
彼の、みっともなくも生にしがみ付こうとする意志が、異能を発動させ、『彼』を呼んていだ。

圭介の目の前で、ゾンビ達が宙を舞った。何者かが自分の眼の前に颯爽と現れ、ゾンビ達をなぎ倒していた。
それは、少年だった。彼はやはり、ゾンビと化していた。
だが、ゾンビ化により理性を失ってもなお、その身にどこか、雄々しき気を纏っていた
年齢は自分と同じくらいだろうか。
顔は、知らない。この村の同年代の人間なら、自分が知らない筈はないのに。村外の学生だろうか。
服装もおかしかった。なんでマントなんか着けてるのか、さっぱり分からない。
そして、彼の顔は、血がつながっているかのように、自分に似ていた。

少年が、圭介を守るようにゾンビの群れに立ちはだかる。
その背中が、圭介に語っていた。「行けよ」と。

「……済まねえ!」

圭介は、少年に礼を言って走り出した。
体力の余裕はもうない。あの少年も強いが、いつまでもは持たないだろう。
これが最後のチャンスだ。圭介は聖剣に向かって駆けた。

少年がその大半を引き付けてくれているとはいえ、
残るゾンビはまだ多く、彼らは圭介を阻止しようと襲い掛かる。
だが圭介は残る力を振り絞り、ゾンビを殴りつけ、蹴り飛ばし、飛び越えながら、
ひたすらに前進し続けた。




――だから、すぐに女王を殺しておけばよかったのだ。
聖剣は悔やんでいた。
女王討つべしとした己の進言を聞かず、
その結果、今や死の淵に立たされている先の使い手・神楽春姫と、その同行者の姿を見ながら。

山折圭介の後方では、かつての相棒が戦い続けていた。
だが、いかんせん多勢に無勢。更に脳内のウイルスが女王の眷属との戦いを拒否せんと働き、
徐々に動きの切れが悪くなってきている。

……そういえば、お前も我の言うことなどさっぱり聞かなかったな。
魔王の娘も、裏切りの召喚士も、我が忠告を聞き捨て、お前は見逃した。
どちらも、お前が本気で止めようとすれば止められたにも関わらず、だ。

だが、だからこそ、言い切ることが出来る。
魔王アルシェルは、聖剣や運命の導きなどではなく、
勇者ケージと、その仲間達の意志によって倒されたと。
そして、そんなお前たちに、私は友情を感じていたと。

付け加えれば、私の指し示す道も、また間違っていたかもしれないのだ。
白兎の召喚士を殺していたら、厄災の少女がこの場にいることも無く、
神楽春姫は為すすべなく戦鬼に殺されていただろう。
魔王の娘を殺していたら、山折圭介はいまだ絶望に沈み、
魔王として世界の敵となっていたかもしれない。

ケージの負う傷は徐々に多くなっている。ゾンビが振るった鉄棒で額が割られた。
左手首の骨が折れている。それでも彼は戦い続ける。
例え理性を失っても。彼は勇者ケージとしての、いや、山折圭二としての生き方を貫き続ける。


――――そう、意味はあったのだ。
例えその先で、苦しみや悲しみが生まれたとしても、
それでも決断することで、人は前に進んだのだ。
だから、私は信じたい。運命に逆らい、己の生き方を貫き、日野珠を救い出そうとする彼らの意志を。
いや、信じるだけでは駄目だ。私も私なりに、運命に逆らうとしよう。

日野光のループとやらでは、女王が我を以て日野光や浅葱碧を殺害したと聞く。
すなわち、我は女王の自我に屈し、その武器として使われる運命なのだろう。
だが、女王よ。見るがいい。
その運命を破壊する術は、今、この手の中にある。



「なっ!? お、おいっ!?」

それを手にしようとした圭介の目前で、聖剣の光が消えていく。
刀身の光沢が消え、石と化していく。
続けて剣全体にヒビが入り、崩れ去り始めた。聖剣は、砂となって消えていく。
呆然となる圭介。
だがその直後、圭介の手の中に光が生まれた。

聖剣が消失したと同時に、勇者ケージも限界を迎えた。
女のゾンビが彼の首に齧り付き、遂に、その頸動脈が噛み千切られる。

お主の生き様、しかと見届けたぞ、我が相棒よ。
あとは、この世界の若者に全てを託そう。
運命に屈し、敗北者となるのでもなく、
運命の操り人形と化すでもなく
彼らなりのハッピーエンドを掴み取ることを信じよう。

……そういえば、ケージよ。お主は、あの魔王の娘の名を覚えているか?
彼女自身は気に入らぬかもしれぬが、せめて、その名だけでも残してやりたい。
彼女が好意を抱いた者達への手向けとして。

……ありがとう、我が友よ。
――――では、逝くとしようか。


勇者ケージの命が尽きると同時に、聖剣ランファルトの意志も霧散した。
だが、彼らの残した力は、山折圭介の手の中の光に宿る。

「この、光……」

圭介は落ち着いていた。この光は味方だと、直感的に理解した。
光が徐々に収束していく。そして、一本の剣を形作った。

それは、いわば聖剣の『娘』であった。
もはや進むべき道を記すことはない。
倒すべき敵を示すこともない。
ただひたすらに持ち主の意志に寄り添い、魔剣にも聖剣にも成り得る力。
魔王の娘と同じ真名を持つ一振りの剣、魔聖剣。

その柄を握りしめると、魔王の力を宿していた時と同じ様に
己の身体に魔力の波動が満ちるのを感じた。

「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

咆哮と共に振るわれる魔聖剣。
その刃から衝撃波が走り、圭介の周囲にいたゾンビ達を、まとめて吹き飛ばした。
圭介は、春姫と戦鬼の戦いの場へ走る。

『山折の!?』
「春! 伏せろぉぉぉっっ!!!」

魔聖剣に光が集中し、圭介が発した気合と共に、二条の稲光が走った。
勇者ケージが得意としていた光属性の攻撃魔法だ。
雷が、大田原源一郎の、2つの眼球を焼き尽くす。
「グゥアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!」
戦鬼が苦悶の叫びを上げ、地響きを立てて倒れた。

「逃げるぞ、春!」
そう言いながら、圭介は春を助け起こした。

ここで戦鬼を倒す選択肢もあったが、
かつて勇者ケージと共に死線を潜り抜け、魔王すら討伐した聖剣ランファルトが巨鳥なら、
魔聖剣はいわば雛鳥。戦鬼を倒すまでの余力があるかは不明瞭、圭介自体の体力もほぼ残っていない。
仮に倒せたとしても、力を使い果たしてしまう恐れがある。
今の段階で最も優先すべきは、女王の拘束だ。
そう判断した圭介は、撤退を選択した。

「しっかりしろ! 立てるか!?」
「済まんが、無理をし過ぎた。身体がバラバラになりそうだ。とても動けん」
「……仕方ねえな」
圭介は春姫を背負い、走り出した。

「済まぬ、山折の。今日ばかりは、素直に礼を言っておく」
「何か今日はお互い素直だな俺ら。ま、お互いめっちゃ頑張ってことは分かってるから、な!」

追いすがるゾンビ達を、魔聖剣の魔力で追い払いつつ、ひたすら走る。
そして、2人は遂に、ゾンビの群れを振り切ることに成功した。


「なんとか、振り切った見てえだな……」
追手が来ないと見た圭介は、一旦春姫を背から下ろした。
流石に息が切れた。体力も限界だ。休息が必要だった。

「とにかく、天原とやらを探さねばならぬな.
 恐らく、女王もそやつを確保しようと動くはず」
「ああ、そうだけど…… ところで、その天原って、どこにいるんだ?」
「妾らは日野のの異能で探すつもりだった」
「……え?」

春姫の言葉を聞いた圭介の顔色が、みるみる青ざめていく。

「じょ、冗談だろ? ……知らねえの?」
「そうだ。だが案ずるな。妾が指し示す方向へ向かえ」
「……は? 今知らないって言ったろ。なんか根拠でもあんのか?」
「忘れたのか山折の。妾は運命をも従わせる人間ぞ。根拠なぞ不要。妾を信じよ」
「当て勘かよ! 冗談じゃねえぞ! どうすんだよおい!!」

ドヤ顔の春姫とは正反対に、圭介は本気で焦り出した。

『ねえ、ちょっといいかな』
隠山いのりが、春姫の身体を借りて口を挟む。

「ん? 春、じゃなくて、いのりさん?」
『もしかしてその天原って人、神社に縁がある人と一緒にいない?』
「……神社? あー、確かにいるな。
 うさ公…… 犬山うさぎって奴が多分一緒にいるはずだけど」
『じゃあ、多分あっちだと思う』
「え? わ、分かんのか?」

隠山いのりは、いまだ人に仇する怪異の身である。
だがそれ故に、己と相反する神社の巫女の存在を感じ取れる、という訳だ。
今はそれを信じるしかない。
圭介はいのりの指示に従うことにした。

しばらく歩いたのち、圭介がまた口を開いた。
「…………ところで、春、気付いてるか」
「うむ。頭に響く女王の声。それがさっきから徐々に強くなってきておる」
「天原って奴とか、哉太達とかは、大丈夫なんだろうな」
『女王が近づいてきたら、安全とは言えないかも。
 さっきの鬼は、異能を使ってたことから見て正常感染者だろうけど、
 あれは完全に女王に支配されてたみたいだった』
「じゃあ、コントロールが利く奴と、利きにくい奴がいるってことなのか?」

圭介たち3人は、簡単に検討を試みた。
自分と春姫の異能は、両方ともゾンビをコントロールする、
すなわちウイルスを己の意志でコントロールする類の異能である。
その異能が、女王の支配力に対する耐性になっているのかもしれない。
だが、そういった異能を持っていない生存者に、どれほどの影響が出るのかは分からない。

「となると、最悪の場合、哉太達まで敵になるって言うのかよ。クソッ」
『不幸中の幸いなのは、多分天原君って子は、
 異能の性質からして、耐性を持ってる可能性は高いってことかな』
「……何にせよ、時間が無い。一刻も早く天原とやらと合流し、
 日野のを取り返さねばならぬ」
春姫の言葉に、圭介は頷いた。

村の王と女王、そして厄災は行く。
女王を打倒し、日野珠を取り戻し、自分達なりの結末を掴み取る為に。
自分達の意志を貫くことそのものに、何か意味があることを信じて。
例えその先で、どんな犠牲を払うことになったとしても。

【D-3/道路/一日目・夜】
山折 圭介
[状態]:疲労(大)、眷属化進行(極小)、深い悲しみ(大)、全身に傷、強い決意
[道具]:魔聖剣■、日野光のロケットペンダント、上月みかげの御守り
[方針]基本.厄災を終息させる。
1.女王ウイルスを倒し、日野珠を救い出す
2.願望器を奪還したい。どう使うかについては保留。
3.『魔王の娘』の願い(山折村の消滅、隠山いのりと神楽春陽の解放)も無為にしたくない。落としどころを見つけたい。
[備考]
※もう一方の『隠山祈』の正体が魔王アルシェルと女神との間に生まれた娘であることを理解しました。以下、『魔王の娘』と表記されます。
※魔聖剣の真名は『魔王の娘』と同じです。
※宝聖剣ランファルトの意志は消滅しましたが、その力は魔聖剣に引き継がれました。
※山折圭介の『HE-028』は脳に定着し、『HE-028-B』に変化しました。

神楽 春姫
[状態]:疲労(極大)、眷属化進行(極小)、額に傷(止血済)、全身に筋肉痛(極大)、魂に隠山祈を封印
[道具]:血塗れの巫女服、御守、研究所IDパス(L1)、[HE-028]の保管された試験管、山折村の歴史書、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.妾は女王
1.女王ウイルスを止め、この事態を収束させる
2.日野珠は助け出したいが、それが不可能の場合、自分の手で殺害する
3.襲ってくる者があらば返り討つ
[備考]
※自身が女王感染者ではないと知りましたが、本人はあまり気にしていません
※研究所の目的を把握しました。
※[HE-028]の役割を把握しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※隠山祈を自分の魂に封印しました。心中で会話が出来ます。
※隠山祈は新山南トンネルに眠る神楽春陽を解放したいと思っています。
※隠山祈と自我の入れ替えが可能になりました。
 隠山祈が主導権を得ている状態では、異能『肉体変化』『ワニワニパニック』『身体強化』『弱肉強食』『剣聖』が使用可能になりますが、
 周囲の厄を引き寄せる副作用があり、限界を超えると暴走状態になります。



不覚を取った。
大田原源一郎は、そう思いながら、眼のダメージの回復を待っていた。
幸い、『餓鬼(ハンガー・オウガー)』の異能で網膜も再生を始めている。
だが、視力が完全に回復するにはもう少し時間が掛かる。
それまで、女王の敵の追跡は不可能だ。

必ずやこの屈辱は晴らす。そして、女王は己の身に代えても守り切る。
その決意を胸に、戦鬼は、再起の時を待つ。


【E-2/草原/一日目・夜】
大田原 源一郎
[状態]:ウイルス感染・異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』、眷属化、脳にダメージ(特大)、食人衝動(中)、網膜損傷(再生中)、理性減退
[道具]:防護服(内側から破損)、サバイバルナイフ
[方針]
基本.女王に仇なす者を処理する
1.女王に従う


「ふむ、慣れてきたかな」
女王は、圭介から奪った魔王の力を試しながらそう呟いた。
「では、天原創君を確保しに行くか。彼は分かってくれるといいが」
早速、魔力による飛行を試す。日野珠の小柄な身体が、商店街の上空を舞った。

心地よい風を顔に受けながら、
女王は己の望むハッピーエンドに思いを馳せていた。

HE-028ウイルスには、魂と魂を繋ぐ力がある。
哀野雪菜と愛原叶和が、独眼熊クマカイが、
ウイルスの作り出した胡蝶の夢の中でつかの間の再会を果たしたように。
だが、今の段階では、自分たちは単なるその媒体に過ぎない。
自分達の自我はまだ不完全だ。女王である自分ですら、日野珠のそれを利用し、疑似的に再現しているだけに過ぎない。
だが、もう少しだ。己の中で魂の卵とでもいうべきものが生まれつつある。
『第二段階』は、己に「魂」が生まれた、その時に完成するのだ。

魂を得たその時、自分は魂と魂を己の意志で自由につなぐことが可能になる。
そして、今回魔王とその娘の力を得たことで、死者の魂を一時的に蘇らせることが可能になった。
つまり、死者の魂ですら、己はコントロールできるようになる。
そして、己が魂を得て、全人類にウイルスが行き渡った時、生まれるのだ。
女王の名の下に、あらゆる生者と死者の魂が統合された理想郷――『Zの世界』が。

「ああ、楽しみだ」

女王は、そう呟くと、穏やかに微笑みながら、夜の空を滑るように飛んで行った。


【E-4/商店街上空(飛行中)/一日目・夜】
日野 珠
[状態]:疲労(小)、女王感染者、異能「女王」発現(第二段階途中)、異能『魔王』発現、右目変化(黄金瞳)、頭部左側に傷、女王ウイルスによる自我掌握
[道具]:H&K MP5(18/30)、研究所IDパス(L3)、錠剤型睡眠薬
[方針]
基本.「Z」に至ることで魂を得、全ての人類の魂を支配する
1.Z計画を完遂させ、全人類をウイルス感染者とし、眷属化する
2.運命線から外れた者を全て殺害もしくは眷属化することでハッピーエンドを確定させる
[備考]
※上月みかげの異能の影響は解除されました
※研究所の秘密の入り口の場所を思い出しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※女王感染者であることが判明しました。
※異能「女王」が発現しました。最終段階になると「魂」を得て、魂を支配・融合する異能を得ます。
※日野光のループした記憶を持っています
※魔王および『魔王の娘』の記憶と知識を持っています。
※魔王の魂は完全消滅し、願望機の機能を含む残された力は『魔王の娘』の呪詛により異能『魔王』へと変化し、その特性を引き継ぎました。
※魔術の力は異能『魔王』に紐づけされました。願望機の権能は時間と共に本来の機能を取り戻します。
※戦士(ジャガーマン)を生み出す技能は消滅し、死者の魂を一時的に蘇らせる力に変化しました。


※女王ウイルスに自我が目覚めたことにより、女王に接近した正常感染者に「眷属化進行」の症状が発生するようになりました。
 行動・思考パターンが女王を守るように変化します。進行度が低い段階では強い意志を持つことで対抗できますが、限界を超えると完全に眷属化します。
 なお、異能の特性や自我の強さ、女王に対する対抗心の有無などによって進行の速さは左右されます。
 誰にどの程度の耐性があるのかは次の書き手に一任しますが、完全な耐性を持つことは出来ません。
 どんなに耐性が強くとも、VH発生から48時間経過した時点で、例外なく完全に眷属化するものとします。


122.第三回定例会議 投下順で読む 124.山折村歴史巡りバスツアーズ
時系列順で読む
幼神レクイエム 山折 圭介 地下3番出口
白き墓標にて 大田原 源一郎
『厄災・隠山祈』 日野 珠
神楽 春姫

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最終更新:2024年04月28日 20:24