「では、作戦行動を開始します」
司令部にそう宣言し、天はまず司令部からの情報更新に取り掛かった。

科学の粋を集めた防護服には、外部デバイスを接続可能だ。
通信機のボタン一つで司令部を通したドローンの画面を視界に共有できる。
また、この通信機はテザリングの親機として用いることも可能だ。
所持している白ロムを司令部と通信機を介して接続することで、村人の異能情報をアップデートすることもできる。
もし異能の情報が更新されたのであれば、それを確認しておくべきだろうとの考えであったが……。

(……魔王の力に村の呪い!?)
山折 圭介神楽 春姫に追記されていた内容に、自分の目を疑わざるを得なかった。
司令部として確認を取っている以上、真実として扱うしかないのだが。
その能力は多岐にわたるが、一つだけ確実に言えることがある。
今後、村人から何が飛び出すのかは分からないということだ。


気持ちを切り替えて、正常感染者の動向を確認する。
研究所の秘密出入口から去っていくスヴィア・リーデンベルグの姿を、ドローンは確かに捉えた。
今すぐ追跡する予定はないが、他の感染者に遭う前にゾンビの集団に突っ込めば不都合であるため、一応気を回す必要はあるだろう。

(山折 圭介と神楽 春姫は作戦行動区域E-3からF-3へと移動中ですか。
 ほかの正常感染者に関しては、所在位置不明……?
 これは一体……?)
正常感染者の動向を確認しようとしたところ、行方の分かる人間が三人しかいない。
大田原源一郎すら、神隠しに遭ったようにあらゆる画面から消え失せていた。


「司令部。応答願います。
 現在、ドローンにおいて山折 圭介と神楽 春姫、スヴィア・リーデンベルグを除く反応が存在しません。
 私へ画面共有を開始した19:40。
 それまでの期間に、村人たちの痕跡がドローンの映像アーカイブに残っていませんか?」
通信機を受け取ってから最初の通信で天原 創の位置を確認したが、当時の情報にはタイムラグが存在している。
リアルタイムで情報を受信した今現在までの間に、何か動きがあったはずだ。

『司令部応答します。
 マイクロバスにて、F-3からE-3へと移動していた、天原 創、哀野 雪菜犬山 うさぎ、八柳 哉太、天宝寺 アニカ虎尾 茶子、宵川 燐の七人。
 正常感染者に撃退され、E-2に移動していたMr.Oakと、彼に接触した女王感染者日野 珠
 この九人は19:00過ぎ、いずれも同時刻に、反応が消失しました』
「消失、ですか? 見失った、ではなく、追うことができなかった、と?」
『正常感染者たちの乗車していたマイクロバスはE-3に放置。
 乗客のみが消失している状況を確認しています。
 異能により、走行中に強引に転移したものだと推測されます。
 念のため、哨戒の範囲を規定より拡大しています』

人間の消失。そのようなことが可能な異能も存在することは確認済みだ。
すでに命こそ落としているが、村人の一人、宇野 和義の異能が人間を神隠しのように消し去る異能であると確認が取れている。
ただし、走行中のバスから消えたとなれば、やはり真田の言うようにテレポートの類が最も可能性が高いだろう。

『それから消失の直前、Mr.Oakは女王に跪くような行為を見せていたことも判明しています。
 十分な警戒を推奨します』
「了解しました。forget-me-not、引き続き作戦行動を継続します。
 ところで、二点ほど司令部に要請が……。
 こちらの人物の動向を……。
 それから、例の物資は……。
 ……了解しました。ありがとうございます」

天は司令部との通信を一時的にスリープし、思考を整理する。
飛行といい、転移といい、どうやら村内ではSSOGの包囲網を食い破りかねない無法な異能が跋扈しているらしい。
今となっては異能が一人に一種という前提もだいぶ崩れてきたが、それでも集団テレポートが可能な異能をマイクロバスの七人が持っているとは考えづらい。
仮にそれほど強力な異能を持っていたのなら、既に使っていて然るべきだ。
大田原のように取り返しのつかないリスクを内包していた可能性もあるが、ならば敵に遭遇したでもない状況で利用するのも不自然である。

故に術者はスヴィア・リーデンベルグを含む八人ではなく、離れた場所にいる別の人物の仕業だろう。
共に消えた女王感染者の日野 珠か、別の場所にいる山折 圭介・神楽 春姫のどちらかか。
言い換えるなら、女王ウイルスの力か、魔王の力か、村の呪いか。
スペックや印象だけで論ずるならば、いずれも可能性はありそうだ。
ただ、圭介と春姫が同行している状況からして、後者の二人が原因である可能性は幾分低く思える。
神隠しを起こした最有力候補は女王ととらえるべきであろう。


さて、天に与えられた任務は多々あるが、それでも最優先事項は女王の排除となる。
ただし、痕跡の消えた標的を当てもなく探すのは、考えるまでもなく時間の無駄だ。

女王が消えた場所へと直接向かう手もあるが……。
「山折 圭介と神楽 春姫。まずは彼らに接触することにしましょうか」

消去法にはなるが、所在地の確認できる二人と接触することを天は選んだ。
何より、彼らは任務達成において実に都合がいい。
それは誰を告発役とするかという命題に関わることだ。


告発役としてふさわしいのは、一定の影響力を持ち、なおかつ聡すぎない人間である。

生存している村人のうち、研究所のエージェントであるMs.Darjeelingに、おそらくどこかの組織に属し訓練を受けていると思われる天原 創。
彼女らは裏の世界を知っていると思われる。
そして一世を風靡する天才探偵、天宝寺 アニカに至っては、裏の意図を探り当ててきかねない。
彼女らは告発役にはいたって不適格であろう。

宵川 燐はメディア受けこそいいだろう。
ただし、感情的に喚くならばともかく、告発というロジカルな行為が可能なのかといえば疑問符がつく。
そして汚く老獪な大人が無垢な子供を神輿にして裏から操り、要求を通そうとするのはどの国家においても王道の政治活動である。
古くは摂政政治、近年でも若きフレッシュな活動家集団を老舗政党がバックアップしていたなどの話は枚挙に暇がない。
もちろんほかの人間でも多かれ少なかれ裏を探られるのだろうが、探られて痛い腹があることをわざわざアピールするのは悪手であろう。
何より、リンの人となりを天は知らない。故に彼女も比較的に不適格である。


ならば、その他の村の少年少女。あるいは哀野 雪菜ということになるが……。

ここで一つ、天は思考の転換をおこなった。
必ずしも正常感染者が表に立って告発をおこなう必要はないのだ。
たとえば、ゾンビから戻った村人が生き残った正常感染者から仔細を聞き、義憤に駆られて告発をおこなう形でも何ら問題はない。
その点、重鎮の血縁である山折 圭介と神楽 春姫は条件として実に理想的なのだ。

大田原や成田、美羽と違い、天は作戦前に村の主要人物の特徴程度は頭に入れている。
それは情というより、実力不足を少しでも情報で補うための下準備であった。
その過程で山折村の村長は山折 厳一郎であることと、村の重鎮に神楽 総一郎という弁護士が名を連ねていることは確認している。
ならば、家族からの必死の訴えを受けて、村長と弁護士が手を組むことは十分に考えられる未来だろう。
そして村長自体が被害者であり、なおかつ加害者側であるという微妙な立場だ。
今回の件がテロリストによるどうしようもない事故であるという事実は、山折家の立場としては見過ごしきれない事実であろう。


天から司令部へ要請した一つ目。それは彼らの父親たる村の重鎮、山折 厳一郎と神楽 総一郎の行方の調査だ。
司令部から返ってきた情報によれば、二人はゾンビとなったものの、公民館で生存の確認が取れている。
異能によって監禁がおこなわれ、ゾンビの身では侵入も脱出も絶望的であるとのことだ。
ガソリンをぶちまけられて公民館ごと燃やされでもしない限り、VH終了まで彼らは生き延びるだろう。

確かな権力を通した行政からのアプローチと、法に則ったアプローチの二段構えは実に理想的な組み合わせだ。
故に彼ら一家こそ、告発メンバーの第一候補である。
できればスヴィアの口から『真実』を伝えてほしいし、そのためにスヴィアと接触できるように誘導したいのは確かだ。
だが、もしうまくいかないようならば直接話をする手もあるだろう。
そこは実際に接触してからの話となろう。

考えをまとめながら梯子を上りきり、
地上へと舞い戻った天の目の前に再び、星の輝く夜空から黒いドローンが慎重に舞い降りてくる。

運ばれてきたそれは最新規格の携帯可能な破壊兵器であった。
儀礼で使われる武器とは違い、装飾などは一切かなぐり捨てた、素朴で武骨なレアメタル合金の大筒。
製造資金の一切を破壊力と耐久性、ユーザビリティなどといった機能美に割り振ったそれは、
たった一発の弾頭を発射するために作られたぜいたくな使い捨て品だ。
仮に、この製造資金を慈善団体にでも寄付すれば、それだけで5桁人の貧しい子供たちに一カ月食事を提供できるだろう。
大筒から撃ち出される巨大な弾頭はたとえダマスカス鋼の刃物であっても傷一つ付けられないものの、
着弾すれば村人全員の警戒心をMAXレベルに高めるであろう、今作戦には極めて不向きなものである。
まさに無駄撃ち厳禁の超高級品。
司令部への二つ目の要請は、SSOGならば誰もが可能な、物資支援の要請である。
天は圧倒的に足りない殺傷力を補うために、この兵器を要請した。


過去、確かな記録として、実戦にて使用された例はたった一例。
この兵器を開発した研究所を有するアメリカの某都市。そこにおいて起きたバイオハザード、その一件のみ。
ビリー・T・エルグラントという男がこの兵器を使い、突然変異の強大な生物兵器を一撃で葬ったという記録がCIAにあげられているようだ。

この兵器は使い捨てでありながら、現地活動隊員全員に配れるほどの数はSSOGですら保有していない。
当然、初期装備としては候補にも挙がらなかったが、この局面で天はこれを要請した。
大田原が最後に目撃されたその場面が決断の最後の後押しとなった。
それは、彼が何らかの手段で、彼が女王の手駒とされてしまった可能性を考慮しなければならないということである。
最悪の事態を考慮し、必殺の一撃を投入すべき局面であると天は判断したのだ。

人間相手に撃ち出すにはあまりにオーバースペック、あまりに役不足。相応しい相手がいるとなれば、それこそ魔王であった。
というより、魔王の出現を確認したことで、投入計画が一度俎上に乗ったために迅速な配達が為されたのだ。
陸上生物最大であるアフリカゾウをも一撃で屠るそれは、今の大田原 源一郎に対しても十分に通用するだろう。


この兵器はSSOGと同じく、公には存在しない兵器だ。故に名前はなく、内部構造等も一切公開されていない。
そして、仮にハヤブサⅢに鹵獲されても、分解すら困難な代物である。
この公に存在しない兵器を、SSOG内部では、その形状から『ロケットランチャー』と呼んでいる。


時刻は19時59分、間もなく戌三つ時をまわり、ダンジョンから女王と共に各村民が各地に開放される。
近くドローンによって、その姿は再び捉えられるだろう。
その未来をまだ知らない天は、このバイオハザードにおける最強の兵器を携え、自身の考えるベストに向かって夜闇を進んでいく。


【E-1/地下研究所緊急脱出口前/一日目・夜 19時59分】

乃木平 天
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神疲労(小)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、ポケットピストル(種類不明)、着火機具、研究所IDパス(L3)、謎のカードキー、村民名簿入り白ロム、ほかにもあるかも?、大田原の爆破スイッチ、長谷川真琴の論文×2、ハヤブサⅢの通信機、司令部からの通信機、『ロケットランチャー』
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.判明した女王(日野珠)を殺害する。
2.『Z計画』が住民の手によって漏洩するよう誘導する。第一候補は山折家と神楽家。
3.大田原を従えて任務を遂行する。
4.可能であれば女王の死体を持ち帰る。
5.犠牲者たちの名は忘れない。
[備考]
※ゾンビが強い音に反応することを認識しています。
※診療所や各商店、浅野雑貨店から何か持ち出したかもしれません。
※ポケットピストルの種類は後続の書き手にお任せします
※村民名簿には19:50までの生死と、カメラ経由で判断可能な異能が記載されています。
※司令部が把握する村の全体状況がリアルタイムで共有されるようになりました。


127.ミーティング『Z』 投下順で読む 129.オニガシマ・ダークサイド
時系列順で読む 126.地下3番出口
ミーティング『Z』 乃木平 天 Z ―地上の流星群―
真田・H・宗太郎

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最終更新:2024年07月07日 19:41