「よしっ。これで節分の準備はできたな」
俺は目の前にあるカゴをみて一人つぶやいた。
「お~い○○、いる~? ってなにこのカゴ?」
急に家の中に現れた角の生えたこの少女は幻想郷にすむ鬼っ娘の伊吹萃香だ。
「ああ、これはオニカゴっていって節分の間このカゴの中に妖怪を封じ込めておくためのもので
俺の地元での節分の風習なんだ」
「へぇ~、おもしろいね。炒った豆をまくわけじゃないんだ」
萃香はこのカゴに興味津々のようだ。俺は萃香にさとられないようにカゴを素早く持ち上げて
「というわけで、えいっ」
「えっ?」
萃香をカゴに閉じ込めた。
「えっ? えっ? もしかしてこれって私を閉じ込めるために用意していたの!?」
「はっはっはっ、その通り。みごとにひっかかってくれたな」
「うー、なんだい! こんなカゴすぐに壊して、あれ? 壊せないし動かせない!? なんで!?」
ドタバタと暴れる萃香だがカゴはびくともしない。
「こんなこともあろうかと、霊夢に妖怪封じのお札を用意してもらったのさ。節分の間しか効果はないけどその分かなり強力だ。さてこれで――」
「ひっ、な、何する気?」
怯える萃香の前に座り込み――
「これで一日中萃香といられるな」
俺の言葉にキョトンとした萃香を見つめていた。
「お前ふらっとやってきてはふらっと出て行っちまうし、どこに住んでるのかもわからないし
最近めっきり会いにきてくれなかったろ? 結構寂しかったんだぜ」
「あー、ごめん」
「まぁ、今日は節分だし他のところは豆まきをやっているから豆をまいてない俺のところにはやってくるかなー? と考えてたんだが
みごとにやってきてくれたときはうれしかったけどな。お前のために酒とつまみも用意してあるしさっそく飲み食いするか?」
「うん、それはいいんだけどさ、酒飲むのにこのカゴは邪魔だよ。どけてくれない?」
「逃げないって約束するか?」
「約束する」
「じゃあ、はずしてやる」
とカゴを外した途端、萃香の猛烈なタックルをくらい押し倒された俺に馬乗りになる萃香がいた。
「ふふふ、鬼であるこの私を封じ込めようなどとは浅はかな人間め。こうしてやる――んっ」
「んむっ――」
強引に萃香が唇を奪ってきた。
「んっ、んっ、ふぁっ――私に会えなかったのがそんなに寂しかったのかい?」
「ああ、そうだよ。悪いか?」
「ふふふ、この寂しがりやさんめ。今度から会いたくなったら私の名前を呼んでよ。そうしたら駆けつけるから」
「ああ、今度からそうする」
「○○~、好きだよ~」
「俺だって萃香のこと好きだよ」
二人してしばらく抱き合ったあと不意に萃香が顔をあげて
「それで~、私のために用意してくれた酒はどこかな~?」
「よし、それじゃ今日は二人で飲み明かしますか」
「おー!!」
二人だけの小さな宴会を始めた。
12スレ目>>663 うpろだ865
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「嘘つき……」
彼女は、消え入りそうな声でそう呟いた。
目前の小さな肩が、ぷるぷると小刻みに震えている。
俯いているせいで表情は分からないが、その震える声色が、彼女が今どんな顔をしているのかを雄弁に物語っていた。
分かっていた。
彼女に、何か言うべきだと。
今言わなければ、きっと後悔すると。
けど、
「………………」
言葉が、出ない。
こんなにも、自分は臆病だったのか。
こんなにも、自分は情けなかったのか。
あんなに優しくしてくれた彼女にさえ、自分は――
「○○なんか……」
名前を呼ばれたことに反応して、自分への嫌悪に埋もれた意識が浮かび上がる。
そして、視界に捉えた彼女は、
「嘘つきなんか……」
泣いていた。
その顔を、悲しげに歪ませて。
その瞳を、大粒の涙で滲ませて。
その声を、痛々しく震わせて。
今までに一度も見たことが無い、本当に辛そうな表情で。
「大っ嫌いだ!!!!!!!!!」
そう叫ぶと、彼女の身体は瞬く間に霧散し……後には、彼女がその場に居たという痕跡は、一つとして残っていなかった。
「………………」
しばらくの間、呆然とその場に立ちすくんでいたが……やがて、その場にのろのろとへたり込んだ。
『大っ嫌いだ!!!!!!!!!』
その言葉は、自分の、どうしようも無く弱い心と身体を打ちのめすには、十分過ぎる破壊力を持っていた.
頭の中に浮かんでは消える、彼女の姿。その一つ一つが鮮明で……一つ一つが、鋭い痛みを伴っていた。
「っ……!!」
耐え切れず、頭を床に叩き付ける。
だが、それでも思い出は消えること無く――何かを訴える様に、心に痛みを与えてくる。
「ごめん……」
知らず、呟いていた。
彼女には、届かない。
もう、遅すぎる。
そう嘲笑う自分の声が聞こえたが、それでも言わずには居られなかった。
「ごめん……萃香……」
その声は誰にも聞かれること無く――ただ静かに、消えていった。
博麗神社。
幻想郷と外の世界との境界に位置し、幻想郷を覆う博麗大結界、その管理を行う博麗の巫女が住居とする神社である。
もっとも、普段から吸血鬼を筆頭に亡霊、天狗、魔法使い、果ては死神までもが出没し、
その危険度は幻想郷の中でも五本の指に入るとまで言われている。
この為、幻想郷を維持していく上でとりわけ重要な役割を担っているにも拘わらず、普段から参拝客、賽銭はほぼ零という、
神社としては極めて問題がある状況に陥っていた。
「…………」
「…………」
そんな博麗神社の縁側に、二つの人影が佇んでいる。
一人は、脇が露出する独特な構造の巫女装束に身を包み、頭に大きなリボンを着けた少女――博麗神社の主、博麗霊夢であった。
縁側に腰掛け、無表情にお茶を飲み、お茶菓子を摘む。
姿だけを見れば、いつもの博麗霊夢だと彼女を知る誰もが答えるだろう。
だが、その身に纏う雰囲気は、普段の呑気なそれとは全く異なる、酷く不機嫌そうなものである。
そしてもう一人、不穏な空気を全開で発生させる霊夢の隣に座っているのは、やや小柄な少年であった。
少し華奢な身体を外界特有の服に包み、深めに被った帽子で、目元近くまでを隠している。
手には霊夢と同じくお茶の入った湯飲みを持っているが――中身は全く減っておらず、その表面は小刻みに震えていた。
(何でこんなことに……)
彼――名前は、○○という――は心の中で呟いた。
別に、隣に座る霊夢と自分とは、それ程親しい間柄というわけでは無い。
境界を操るという妖怪にこの世界に連れてこられた時、最初に出会った人物であるという、
言ってしまえばその程度の繋がりしか存在しない。
それが今朝になって突然、居候させて貰っている慧音さんの住居に押しかけてきて、
「ちょっとこれ借りるわよ」
とだけ言って、呆然とする慧音さんの返事も待たずに、無理矢理自分を此処まで連れてきたのだ。
そして神社に到着した後、取り敢えずお茶を出してはくれたが、後はそのまま黙りこみ、
隣で不機嫌なオーラを発生し続けているというわけである。
人を半ば誘拐しておいて、その上黙りこくる。
これが普通の人間相手であれば文句の一つでも言う所であるが、相手はあの博麗霊夢である。
その上この不機嫌な様子では、下手なことを言えばそのまま土に還されかねない。
一体どうしたものかと途方に暮れかけた時、
「ねぇ」
突然、霊夢が声を掛けてきた。
そのあまり冷たい声音に一瞬気が遠くなるが、何とか気持ちを落ち着かせ、次の言葉に備える。
「……なんでしょう?」
声が変に上擦ってしまったが、
「あんた、萃香に何かしたでしょう?」
そんな事を気にする余裕は、無かった。
(分かり易い……)
たった一言でここまで狼狽える○○に対して、霊夢は心中でそう呟いていた。
「別に、私はあんたを責める為にわざわざ此処まで連れてきたわけじゃ無いわ」
そんな面倒なことをする気は全く無い。
「ただ……昨日の夜、あの娘の様子が妙におかしくて」
昨日――時間で言えば、日付が『今日』に変わっている様な時間ではあったが――やって来た萃香の様子は、それはもう酷いものだった。
「人間はもう寝てる時間だってのに、いきなりやって来て『飲むぞー!!』って叫んで……」
後はもう、応接間に陣取り、腰に下げた瓢箪からそれこそ浴びる様にして酒を飲み続けていた。
別に、ただ酒を飲むだけなら普段の萃香と何処か変わるわけでは無い。
だが――
「あの娘、妙に絡んできたのよね」
確かに、萃香は一人酒を好む方では無い。
寧ろ宴会などといった騒がしさ、賑やかさの中の楽しさを好むタイプだ。
だが、人が寝ている時に突然やって来て、宴会でも無いのに無理矢理酒の相手をさせて騒ぐなどといった事をする様な娘ではない。
「しかも直ぐ潰れるし」
普段なら、それこそ酒蔵が潰れる様な勢いで飲み続けるのだが――昨日は、瓢箪を三回程空けた所で、目を回して倒れ込んでしまった。
恐らく、『酔い』を周りから萃めながら飲んでいたのだろうが……
「間違っても、あんな飲み方をする娘じゃないわ」
『酒は楽しむもの』――宴会の度に、萃香が酔っぱらいながら喚いていたことだ。
だが、昨日の飲み方はそれとは全く違っていた。
まるで――酔う為に飲んでいるという様な、酔う為に酔っているという様な――
そこまで言った所で、ちらりと隣に視線をやると、
「…………」
案の定、○○は何か耐え難いものに耐える様な表情をして、顔を俯けていた。
推測が――元々、ほぼ確信の様なものであったが――確実なものになり、萃香の変化、その原因を突きとめることは出来た。
これ以上何も言わなくても、○○は萃香に何をしたのかを喋るだろう。
だが、
「それに――」
これだけは言わなければならない。
夜中に突然やって来た萃香を追い出さなかった理由。
何も言わずに、酒に付き合った理由。
普段ならしないことだが、潰れた萃香を介抱した理由。
そして――○○を連れて来てまで、真相を調べようとした理由。
「あの娘、ずっと泣いてたわ」
その言葉に対して――○○は、今までになく、辛そうな顔をした。
「……ま、虐めるのはこれくらいにして」
そう言って、縁側からゆっくりと立ち上がる。
夜中に酔っぱらいの相手をして、その後介抱して、おまけにプチ宴会の片付けまでさせられたのだ。このくらいは当然の権利だろう。
「それで、あんた萃香に一体何したの?」
だが、○○は沈黙し、俯いたままだ。
少々やりすぎたかもしれない――ちょっとだけだけそう考えながら、○○の正面に立つ。
「全く……」
そして、彼が目深に被っている帽子を、ピンッと指で弾いた。
「鬼と鬼未満が、変な喧嘩をするんじゃないわよ」
帽子を弾かれたことで露わになった、彼の額。
其処には、小さくはあったが――二本の角が、しっかりと生えていた。
――紫と名乗ったその妖怪は、自分が幻想郷に「引き込まれた」のは必然だと言っていた。
「ここは、幻想郷は――外の世界で忘れられた、『幻想』となったモノ達が流れ着く場所なのですから」
貴方に起こった変化もまた、『幻想』と化した現象なのだから――そう語った。
「けど」
そこで言葉を区切り、彼女は自分に――正確に言えば、自分の額に視線を向けた。
「貴方に宿った『幻想』は、幻想郷にすら忘れられた――言ってしまえば幻中の幻。夢中の夢」
そこまで言うと、彼女はすっと目を伏せた。
「幻想の中でさえ幻で、夢の中ですら夢だなんて――」
寂しい話でしょう? そう呟くと、彼女はゆっくりと浮かび上がり、背後に現れた『境界』――スキマ――にその身をくぐらせた。
「だから――」
呆然とする自分に向けて、スキマの向こうから彼女が微笑んでくる。
「あの娘と、仲良くしてあげて」
そう言って、彼女はスキマの中に消えていった。
……――そして、『此処』に思い出させてあげて――……
声だけが、ただその場に残っていた。
これが、幻想郷に来る時の――恐らくは、世界と世界の『壁』を越える直前の――記憶。
そして、幻想郷に、博麗神社に落とされた時に初めて出会ったのが、縁側でお茶を飲んでいた霊夢と、その隣にいた慧音さん。
そして――
「あなた――誰?」
伊吹萃香だった。
「おそらく……君に起こっている変化は、一種の妖化現象だろう」
そう教えてくれたのは、まるで箱の様な帽子を頭に載せた女性――上白沢慧音と名乗った――だった。
「後天的な妖化現象……幻想郷でならともかく、『外』で、しかも『鬼』に変化するというのは、殆どありえない筈なのだが……」
そう言って、何やらぶつぶつと呟きだす慧音さん。
難解な言葉が彼女の周囲を飛び交っていたが――それを気にする余裕は、その時の自分にはあまり無かった様に思う。
「…………」
「じぃー」
「…………」
「じぃーー」
「…………」
「じぃぃーーー」
先程から、ずっとこっちを見つめ続けていた少女――幼女?――が、いつの間にか自分のすぐ近くに来て、真下から覗き込んでいた。
何が面白いのか、その大きな瞳をやたらと輝かせながら、じっと自分を、額に生えた二本の角を見つめ続けている。
「ねぇ、私は萃香って言うんだけど、あなた、名前は何?」
「……○、○○」
勢いに飲まれてしまい、多少どもってしまったが、何とか答えることが出来た。
「○○……うん、○○か」
何が嬉しいのか、何度か自分の名前を呟きながら、うんうんと頷く萃香。
頷く度に、身体に巻き付いた鎖が音を立て、頭に生えている二本の角が揺れる。
(本、物……?)
普段なら、作り物か、どっきり映像かと疑う所だろう。
だが、自分の身に起こった変化が、そして、目の前に居る少女達の雰囲気が……目の前の出来事が、現実であると物語っていた。
「ね、○○」
「な、何?」
突然、萃香が呼びかけて来た。
「あなた、お酒は飲める?」
「はい……?」
いきなりの質問に、再びとまどってしまう。
言ってしまえば、自分はあまり飲める方ではなく……寧ろ下戸である。
だから、酒が飲めるかと言われれば、NOと答える方なのだが……。
「えっと……君、お酒を飲むの?」
目の前にいるのは、角が生えているとはいえ、見た目がほぼ幼女の女の子である。
先程からまだぶつぶつ呟いている慧音さんならともかく、目の前の幼女から言われると、何とも妙な気分にさせられる。
「むぅ」
言葉の意味に気付いたのだろう、萃香はぷぅっと頬を膨らませ……、
「いきなり何を聞いてるのよ」
いつの間にか後ろに立っていた少女に札を貼り付けられ、へろへろとその場にへたりこんだ。
「私の名前は博麗霊夢。ちなみに素敵な賽銭箱はあっちよ」
「その自己紹介もどうかと思うがな」
そう言って、思考の海から戻ってきた慧音さんが苦笑しながら霊夢の隣に立った。
「さて、何から話したものか……」
そう言って、慧音さんはゆっくりと話し始めた。
この世界は「幻想郷」という、自分のもといた世界とは異なる世界であるということを。
妖怪が現実に住み、人が妖怪と時に争い、時に共存しながら住んでいる世界であるということを。
そして――妖化が始まっている自分は、恐らくもう、元の世界に帰ることが出来ないということを。
「じゃあ、この神社に住めば良いじゃない」
「え……?」
帰れない――その事実に呆然としている自分に、萃香がそう提案してきた。
「ね、良いでしょ霊夢!!」
「あの、ちょっと……?」
疑問の声を上げるが、萃香の耳には全く届いていないらしく――何やら興奮した様子で、隣の霊夢に話しかけている。
「駄目」
「ええーーー!?」
が、ばっさりと斬り捨てられた。
「家にこれ以上野良を養う余裕なんか無いわ。食料とか、お酒とか、お賽銭とか、それでなくても色々厳しいのに」
野良扱いされたことに対しての突っ込みとか、理由の最後に何故お賽銭が来るのかとか色々と気になることはあったが……
聞いたらもの凄く酷い目に遭わされそうなので、止めておいた。
「じゃあ、私がお賽銭を萃めたら、○○をここに住ませてくれる?」
「う……」
その言葉に、霊夢の動きがびたりと止まる。
一体どれだけお賽銭に飢えてるんだ。そう思い、何故か涙が流れそうになった所で、
「お前に、巫女としての誇りは無いのか……?」
呆れた様な慧音さんの声が聞こえてきた。
「幾ら何でも、それは不味いだろうが。もしあの天狗にでもばれたら、それこそ参拝客が来なくなるぞ?」
「くっ…………そうね、確かに、目の前のお賽銭も大事だけど、後に続かなければ意味が無いものね……」
あ、慧音さんが何処か遠くを見る目になった。
というか、この巫女さん、先程から「参拝客」ではなく「お賽銭」という言葉しか使って無いような……
「えぇーー。良いじゃない、その都度お賽銭を萃めてあげるからさーー」
「………………駄目!! やっぱり駄目ーー!!」
何だ、今の間は。
「ぶーー……ねぇ、○○。○○も、此処に住みたいでしょ?」
「え?」
突然、こちらに話題を振ってくる。
「ね、ね、此処に住みたいでしょう?」
「えー……と」
此処に住みたいか……そう言われても、この世界の事情を何も知らない自分には、あっさり「はい」と答えるのには躊躇いがあった。
第一……
「えっと、霊夢が許してくれないと……」
そう言ってチラリと目をやると、
「私はミコ巫女巫女ミコ巫女巫女霊夢巫女ミコ霊夢ミコミコレイム…………」
かなり危険な表情でぶつぶつ呟く巫女さんが目に入った。
萃香にとってもこれはかなりキツイものだったらしく、
「うっ……」
と言うと、霊夢から目を逸らした。
流石に、この状態の巫女さんを説得する気は無いらしい。
「……あー、それなら、家に来たらどうだ?」
そう言ったのは、遠くの世界から帰ってきた慧音さんだった。
霊夢の様子にかなり気後れしながらも、それでも何とか平静を保っている様だ。
「これでも里の相談役をやっていてな。人一人を養う余裕位なら十分にある」
部屋の方にもまだ余裕はあると、慧音さんはそう言った。
「それに……」
その視線が、自分の額に――二本の角に向けられる。
「同じく半妖の者を、放っておきたくはないしな」
一瞬だけ、慧音さんの表情に陰が差した。
その陰の意味を少しだけ考え……そして、答えを出した。
「……すいません、お願いします」
どの道、自分一人では、この世界で生きていくことは出来ないのだ。
なら、ここは素直に助けを受けておくべきだろう。
「うん、分かった」
そして、慧音さんが微笑んで――
「えぇぇぇぇぇぇ」
不機嫌そうな萃香の声が間近に響いた。
「萃香、あまり無茶を言うものじゃないぞ。第一……」
そう言って、慧音さんの視線が霊夢に向けられる。
「そうよ、うん、お賽銭は大事だけど、私は巫女。でもお賽銭……」
さっきよりも状況は良くなっているが、まだ霊夢は深い懊悩の中にいた。
「……あまり霊夢を困らせてやるな」
あ、慧音さんがこっそり涙を拭った。
「むぅぅぅぅぅぅぅ」
萃香はしばらくの間不機嫌そうに唸っていたが、渋々ながら納得したらしい。
代わりに、
「うぅーん……ねぇ、○○はお酒飲めるの?」
先程と同じ質問をしてきた。
「いや、あんまり飲めないけど……」
そう答えると、萃香は再びその目を輝かせた。
「じゃあさ、鍛えたいとは思わない?」
「鍛える……?」
確かに、酒は飲んだだけ強くなるという話を聞いたことはあるが……
「そりゃ、鍛えられるなら鍛えたいけど……」
その言葉に、萃香の瞳の輝きが更に強くなった。
「じゃあね、今夜ここで宴会をやるから、その時一緒に飲もう!」
「宴会……?」
何故か、その言葉に凄く嫌な予感がする。
「おい、萃香……」
慧音さんが声を掛けるが、
「忘れないでよ、今夜だからね!!」
そう言って、萃香の身体は一瞬にして霧散化し……後には、目の前の出来事に呆然とする自分と、呆れ顔の慧音さん、そして、
「……ん? 何? 宴会って、萃香?」
やっと正気を取り戻したらしい霊夢が取り残された。
「……まあ、何だ」
まだ呆然としている自分の肩を、慧音さんがぽんぽんと叩いた。
「頑張れ」
ただ、それだけを言われた。
その後、何度となく開かれる宴会に参加していく内に、色々な人妖達と出会っていった。
ある時は、緑色の髪をして、背中に透明な羽を生やした少女に、
「最近、チルノちゃんが無茶ばっかりして……」
と、悩み相談の様なものを受けたりした。
またある時は、ピンクの服を着た少女(幼女?)の吸血鬼に、
「ふぅん……あの鬼が目を着けたにしては、中々の上物じゃない?」
と妙なことを言われたりもした。(後ろに立っていたメイドさんが、何故か目を赤くしてこちらを睨んでいた)
さらにまたある時は、眼鏡を掛けた、自分よりも少し年上に見える男性から、
「君も大変だね……」
と妙な同情を受けたりした。(その直後、男性は黒白の格好をした少女に引き摺られて行った)
そして、いつも宴会の時には、
「○○ーー!! 今日も飲むぞーー!! 鍛えるぞーー!!」
萃香が隣に居た。
彼女は、いつも陽気に酒を飲んで、誰よりも笑って……誰よりも、楽しそうだった。
酒を鍛える……最初は、その目的の為に、半ば無理矢理に参加させられていた宴会だったが、
段々、幻想郷の住人達に出会っていくことが……
萃香と一緒に飲めるということが、自分の中で、とても大きなものになっていった。
勿論、宴会の最後まで残れたことは殆ど無く、潰されて酷い目に遭うことも多かったが……
潰れた自分を看病してくれていた萃香の表情はとても優しげで……心の中に、じんわりとした温もりをくれた。
そして、それは宴会に限ったことでは無かった。
ある時は、里の外れで。
ある時は、慧音さんの家で。
またある時は、大きな湖の近くで。
一緒に話し、一緒に食べ、一緒に居て……ただそれだけのことがとても嬉しかった。
彼女と居ることが、とても嬉しかった。
だから、隠していた。
「○○ー? 居るー?」
幻想郷の皆に、霊夢に、慧音さんに、萃香に感謝していたから。
「ふふ、まぁ、次はもっと頑張りなさい?」
彼女の言葉が、嬉しかったから。
「楽しい? ……うん、私も楽しい!!」
だから――
ある日、夢を見た。
それは、懐かしい光景だった。
家も、道も、街も、学校も……そこにある全てが自分にとって思い出深いもの達だった。
毎日通学した裏道、いつも買い食いしていたコンビニ、よく眠っていた学校の教室。
そして、
「あ……」
そこには、懐かしい人達が居た。
一緒に遊んだ友達が居た。
厳しかったけど、優しくもあった先生が居た。
毎日自分を送り出し、そして「おかえり」と言ってくれた両親が居た。
思わず、走っていた。
その光景へ。
必死に走り、手を伸ばして――しかし、その光景は一向に近づいてこない。
「くそっ……!」
やがて、何かに躓いて転んでしまう。
そのことを切っ掛けにしたかの様に、今まで見えていた景色が、どんどん遠ざかっていく。
「ま、待て……!!」
叫ぶ。しかし、届かない。
「待ってくれ!!!!!!!」
叫んで、目が覚めた。
「はぁはぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
其処は、慧音さんの家、その一角を間借りさせてもらっている、自分の部屋だった。
時間はまだ夜なのだろう。部屋の中は酷く暗く、手元がどうなっているのかもよく分からない。
「…………」
そう、部屋は、真っ暗だった。
昔は、夜中でもこんなに暗い……室内にも、窓の外にも光が一つも無い、本当の『夜』を体験したことなんて、一度も無かった。
「未練だよな……」
あんな夢を見た所為だろう。もう、振り返らないと決めていた筈の事が、やけに鮮明に思い出された。
目の前に広がる暗闇も、まるで映画のスクリーンの様に、次々と記憶の中身を浮かび上がらせていく。
「くそっ……」
その光景の懐かしさと、闇に対する心細さ。その二つに対して悪態をついた時、
「○○……」
唐突に、声が響いた。
はっとして振り向くと、いつからそこに居たのか……萃香が、暗闇の中に立っていた。
だが、その様子はいつもの明るいそれとは違い……酷く悲しげで、寂しそうなものだった。
「すい、か……」
名前を呼ぼうとして、しかし、上手く声が出なかった。
「○○は……帰りたいんだよね」
ぽつり、と萃香が呟いた。
「○○は、幻想郷より、『外』の方が良いんだよね……」
呟く言葉が、僅かに揺れる。
「ち、違……」
「嘘!!」
言いかけた言葉は、しかし萃香の絶叫に掻き消された。
「宴会の時だって、一緒の時だって……○○はいつも寂しそうだった! いつだって、無理して笑ってた!!」
「……!!」
心の中を見透かした萃香の言葉に、思わず息が詰まる。
確かに、どこか孤独感を感じることがあった。
ここは、自分の居た世界では無い。自分は、この世界の住人ではない。この世界の住人には、なれない。
その意識が心の奥底にこびり付いていて……何処か、心が痛かった。
だから、それを隠してきた。
みんなには……――彼女にだけは、知られたくなかったから。
「どうして……?」
彼女は、震えながら俯いた。
「どうして、嘘を吐いたの……?」
床に、言葉と、雫が跳ねる。
その姿を見ても、しかし、何も言う事が出来ないでいた。
「嘘つき……」
そして――――――
『大っ嫌いだ!!!!!!!!!』
「成る程ね……」
事の顛末を説明した後、縁側に腰掛けて話を聞いていた霊夢が最初に言ったのは、
「ヘタレ」
「ぐぅっ」
随分と辛辣な言葉だった。
「だってそうでしょう? 全く、そもそもあんなバレバレの態度で、自分の気持ちが隠せてると思ってたの?」
「…………」
返す言葉も無い。
事実、隠せていなかったからこそ、あんな事になってしまったのだから。
「まあ」
そう呟くと、霊夢はずずずとお茶を啜った。
「私も、萃香から話を聞くまではあんたの態度に気付かなかったワケだけど」
「……いや、ちょっと待って」
今さっき、さも『自分も気付いていました』的な発言をした様な気もしたが、それよりも、
「萃香から、話を聞いた……?」
「そうよ」
あっさりと肯定した。
「二ヶ月位前に、突然、あの娘が『○○の様子がおかしい』って言い出してね。
その時、やれここがこうおかしいだの、何か隠しているだの、散々話を聞かされて……
結局、『理由が分かるまで、この事を○○には話さないで』ってことでお開きになったんだけど――」
真逆こんな事になるとはね、と言って、霊夢は傍らのお茶菓子に手を伸ばした。
「あむっ……むぐむぐむぐ……」
「…………」
咀嚼音と、沈黙だけが場に満ちる。
そんなに前から、自分は、萃香に心配を掛けていたのか。
そんなに前から、萃香は、自分の事を考えていてくれたのか。
そう思うと、情けなさと後悔で、視界が埋まっていく様な気がした。
「……で、理由は何なの?」
「え……」
お茶菓子を食べ終えたらしい霊夢が淡々と切り出してきた。
「理由よ、理由。私や慧音にならともかく、萃香にまで嘘を吐いてた、その理由」
その瞳は、ひどく真っ直ぐで……逃げる事を許さないという気迫に満ちていた。
「言っておくけど……私は、今酷く機嫌が悪いのよ」
そう言って、霊夢はゆらり、と立ち上がる。
「あんたのおかげで寝不足になるわ、あの娘が居ないから掃除や力仕事を全部しなきゃならなくなったわで……もの凄く不機嫌なわけ」
その瞳は全く笑っておらず、背後に大量の御札と、巨大な陰陽玉の幻影が見えた。
「で、今素直に答えたら何事もなく無事に帰してあげるけど……答えなかったら……」
幻の筈の御札と陰陽玉が、視界の中でゆっくりと現実になっていく。
不味い、これは、本気で不味い。
恐怖のあまりぐるぐると回る景色の中、霊夢がぼそっと呟いた。
「……今答えるなら、内容によってはあの娘に逢わせてあげる」
あの娘…………萃香!?
「本当か!?」
この反応を待っていたかの様に、目の前の霊夢がにやっと笑った。
「ええ、本当よ。嘘は吐かないわ」
そう言って、霊夢は御札と陰陽玉を消し、
「……もっとも、内容にもよるけどね」
そして、傍らに立て掛けてあった竹箒を手に取った。
「じゃあ、話してもらおうかしら?」
「最初は、ただ、申し訳ないって気持ちだった」
それは、本当の気持ちだった。
「いつも良くしてくれる萃香や慧音さん、それに、霊夢や、宴会で話してくれる幻想郷のみんなに、申し訳ないって……」
いつまでも、戻れない故郷の事を引き摺ってばかりでは、彼女達に申し訳が無いと。
「でも」
やがて、その感情が変化していった。
「いつ頃からか……萃香のことが気になってきて」
何度となく会う内に、その小さな姿が、心の中で大きくなってきた。
「いつも笑顔で、明るくて、……少し騒々しい時もあったけど、でも、優しくて」
そんな彼女と、一緒に居たいと思う様になっていた。
「だから、余計に言えなかった」
きっと、彼女が悲しむと思ったから。
「いつまでも故郷を引き摺ってばかりで……ここの事を、萃香の事を見てないって思われたらって、そう考えたら」
情けない話だが…………怖くなってしまった。
「だから、萃香にも……周りの誰にも、言えなかった」
誰かに聞かれて、彼女に伝わったら……そう思うと、怖かった。
何て、情けないのだろうか。どうしようも無く弱く、あまりにも惨めな話。
強くも男らしくも無い、ただただちっぽけな、『彼女に嫌われたくない』という、それだけの、理由。
その弱さが、あの結果を招いた――その事実が、胸に刺さっていた。
だが、それでも。
どんなに惨めで、弱い心でも。
この気持ちだけは、確かだった。
これだけは、この気持ちだけは、はっきりと言えた。
「俺は、萃香の事が――!?」
「はいそこまでー」
眼前の霊夢が、竹箒の先端で口を塞いできた。
「熱くなるのは勝手だけど、その先はまだ駄目よ」
そう言って、霊夢は竹箒をゆっくりと口から離した。
無理矢理ふさがれた口に少し痛みが残るが、それよりも、霊夢の態度がどこか軟化したことが気になる。
「まぁ、ぎりぎり及第点って所かしらね。もう少し気の利いた言葉を使って欲しい所だけど……」
呟き、霊夢は辺りを見回した。そして、
「紫ー! 覗いてるんでしょーー!! 出てきなさーい!!!」
神社中に響き渡る声で、そう叫んだ。
現在、神社の境内には自分と霊夢以外、誰の姿も無い。
誰か隠れているのかとも思ったが、さして広くないこの神社では、隠れられる空間など上空を含めて殆ど無い。
だから、最初は霊夢の叫びの意味が分からなかったのだが……
「はいはーい☆」
目の前の空間を断ち割って出てきた姿に、一瞬で納得することとなった。
「相変わらず出歯亀してるわね……」
「出歯亀じゃないわ。幻想郷の少女達を見守る、スキマ☆ウォッチングって読んでくれない?」
「似た様なものよ」
何処か疲れた様な霊夢の言葉にも、紫さんは平然と返していた。
というか、初めて会った時と随分印象が違うのですが?
「さて……」
心の声が聞こえたのか、紫さんがゆっくりとこちらに振り向いた。
「話は聞かせて貰ったわ」
そう言って、悲しげに微笑む。
「貴方の孤独感は、元を正せば私が貴方を性急に招いたことが原因よ。
もう少し貴方の成長を待っていれば、ここまで孤独感に苛まれることは無かったかもしれない」
ごめんなさい、と、紫さんは言い、
「けど、貴方には、どうしても、今会って欲しい娘が居たの」
こちらを見つめる視線に、力がこもる。
「貴方に、彼女を癒してあげて欲しかった。だから、私は貴方をここに喚んだの」
その彼女が誰のことか……薄々ながら、感づいていた。
「お願い……彼女の側に居てあげて?」
頼まれるまでも無い。寧ろ――
「俺の方こそ、彼女の……萃香の側に、居させてください」
こんな、頼り無い自分が、彼女の支えになれるのかは分からない。
けど、少しでも彼女の役に立てるのなら……拒否する気など、全くなかった。
「……ありがとう」
紫さんはそう言って、にっこりと微笑んだ。
「盛り上がってる所悪いんだけど」
と、霊夢の声が聞こえる。
「紫、あんたを呼んだ理由は……」
「ええ、分かってますわ」
答えて、紫さんは懐から小さなスキマを取り出した。
「ここに取り出したるは、何の変哲も無いごく普通のスキマ……」
いや、スキマという時点で普通も何もあったものでは無いと思うのですが……
喉から出かかったその言葉を、何とか身体に押し込む。
「これを、ちょっと一撫ですれば」
紫さんは自身の細指を、ゆっくりとそのスキマに這わせた。
瞬間、空気が、いや、それとは別の『何か』が変わって……
「ぎゃっ!!」
「うわっっ!!」
虚空から、自分目がけて萃香が落ちてきた。
ぼすんっっという音を立てて、その小柄な身体が、膝の上に墜落する。
「やっぱり……朝から姿を見ないと思ったら」
「やっぱり?」
やっぱりとはどういうことだろうか。
「どうせ、目が覚めた後に恥ずかしくなって、ずっと霧になってたんでしょ。
で、私が○○を連れて来たものだから出るに出られなくなって、そのまま神社を漂ってた……そんな所じゃない?」
「うぅぅぅぅぅぅ…………」
そう言えば、萃香は密疎を操る能力を持っていたような……?
そこまで考えた所で、あることに気が付いた。
「あの、霊夢さん」
「何?」
「『ずっと霧になって』『漂ってた』?」
「でしょうね」
ということは…………
「今までの会話って、全部」
「聞かれてたわね」
一瞬で頭に血が上り、鼓動が跳ね上がった。
そう言えば、膝の上で自分に背を向けて、俯いている萃香も、耳がやたらと赤い。
「全く……告白なら、せめて本人の姿が見える時にしなさい」
「れいむぅ!!!!」
その言葉に、萃香が絶叫する。が、
「さてさて、邪魔者は退散しましょうか、紫」
「それじゃ、後は若い二人にお任せしますわ。因みに萃香、今貴女は霧散化できないわよ」
そう言って、二人は社務所の奥へと引っ込んでいった。
「あうあうあうあうあう…………」
「…………」
何というか、非常に、恥ずかしい。
膝の上で、あうあう唸っている萃香と、真っ赤になったまま沈黙している自分。
端から見れば、どれ程滑稽な様子で見えるのだろうか。
「あの、萃香……?」
「……何」
「取り敢えず、膝から降りてくれないか……?」
「…………」
応えず、萃香は自分の膝の上に座り込んだまま、頭を胸元に押しつけてきた。
「萃香……?」
「…………」
彼女は何も言わず、ただぐいぐいと頭を押しつけてくる。
その表情は長い髪に隠れて見えないが……ただ、僅かに見える耳元は、未だに赤く染まっていた。
「……最初は、仲間が来たって思ったんだ」
ぽつり、と呟いた。
「幻想郷から居なくなった仲間が、戻ってきてくれたんだって」
「仲間……」
聞いたことがある。萃香は以前、幻想郷に鬼を呼び戻すために異変を起こしたことがあると。
「結局、○○はそうじゃなかったけど……それでも、私以外の鬼に会えたことが、嬉しかった」
それは、彼女の本音だった。
「いつも一緒に居たくて、近くに居て欲しくて……けど、神社には住んではくれなかったから」
だから、理由を付けて、何度も宴会を開いた。
霧になっていつも見守り、一緒に遊べる機会を探した。
「けど、いつからか『鬼』に会えるって考えるんじゃなくて、『○○』に会えるって考える様になって」
萃香の言葉が、僅かに震える。
「隣に居てくれることが嬉しくて、話して掛けてくれることが嬉しくて。どんどん、○○のことを考える時間が増えて……」
だから、気付いた。
他の誰よりも、ずっとずっと、見つめていたから。
「○○が、何か私に、気持ちを隠してるんだって、嘘を吐いてるんだって、分かった時……凄く、悲しかった」
最初は、その気持ちを抑えようとした。
けど、
「○○に会う度に、悲しい気持ちが、大きくなって、胸が痛いのが、辛く、なって……」
声が、歪む。
○○の膝の上、萃香の小さな身体が震え……嗚咽が、混じる。
「っく、惨めでも、良いよぉ、……っひ、弱くたって、くはっ、構わ、ない……っひぁ」
ぽろぽろと落ちる涙の雫が、膝の上に染みを作る。
「どんなっ、……っは、り、ゆうだって、っく、いい、よ……っくふ、どんな、きもちだって、っひ、笑わな、い、からぁ……」
そこで、初めて萃香が、○○の方に向き直った。
涙に濡れた、大きな瞳で。
くしゃくしゃに歪んだ、赤い顔で。
「お願い……」
それでも、○○の瞳を、正面から見つめて。
「○○の、ホントの、気持ち、を、教えてよぉ…………」
それだけを伝えると、萃香は○○の胸元に顔を埋める。
そして、
「……っく、ふ、ぁ、あ、あ……うああああああああああああああああああああああああああ!」
大きな声で、泣き出した。
「…………」
「……っく、ぐすっ…………ぅぅ……くぁっ……」
一体、どれだけの時間をそうしていたのだろうか。気付ば……空には、満月が浮かんでいた。
胸元に顔を埋め、大きな声で泣き出した萃香。
その間、ただただその小さな身体を抱きしめ……嗚咽を漏らす萃香の頭を、撫で続けることしか出来なかった。
「……嫌、だよ…………うそ、っは、ついて、ほしくなぃよぉ………」
「……」
「聞いて、あげ、っるからぁ…………嫌ったり、っっ、……笑った、り、なんか、し、ない……から、ぁ………」
彼女の気持ちが、嬉しかった。
こんなにも弱い自分を、こんなにも想ってくれる彼女のことが……酷く、愛おしかった。
「……ごめんな、萃香」
「○、○……?」
胸元から離される、萃香の顔。
僅かに光る涙の跡に、僅かな痛みと……どこか、暖かな気持ちを感じた。
「俺が臆病なばっかりに、萃香に辛い思いをさせて……」
「……いいよ、もう……」
そう言って、彼女は僅かに微笑んだ。
「……○○の気持ち、教えて貰ったから。私を想ってくれてるって、分かったから」
「え……?」
そう言うと、萃香はゆっくり手を伸ばし……先程まで萃香を撫で続けていた、自分の手を掴み取った。
彼女は両の手でその手を包むと、穏やかな様子で微笑む。
「凄く、暖かかった。○○が、私の事を想ってるって気持ちが伝わって来て……凄く、嬉しかった」
月明かりに照らされた萃香の表情と、手に伝わる彼女の温もりに、心臓の鼓動が跳ね上がる。
「ね、○○……?」
「な、何……?」
潤んだ瞳で見つめてくる萃香の様子に、何故か、声がどもってしまう。
「さっきの言葉の続き……教えて?」
そう言って、萃香はそっと目を閉じた。
「…………」
さっきの言葉。
それが意味する所は分かっていた。
彼女の態度、その求める所も。
だから……
「……俺は、萃香が好きだ」
そう囁いて、
「……んっ」
彼女の小さな唇を、そっと自分の唇で塞いだ。
僅かな酒の薫りと、甘い匂い。そして、彼女の柔らかさだけを、ただ感じ続けていた――。
「これはスクープです!! 実に良い物を見させて頂きました!!」
博麗神社から遙か遠く、迷いの竹林の上空で、その影――射命丸文は歓声を上げた。
「流石は、にとりさんが再現してくれた外の世界の撮影機器です!! こんなに暗くて遠くても、バッチリ写ってます!!」
その手に構えているのは、普段使っている手巻き式のカメラでは無く……長大な望遠レンズと暗視レンズを装着した、
まるで大砲の様なカメラだった。
「後は、これを記事にすれば……」
むふふふふ、と怪しい笑みを浮かべる文。その背後に、不意に三つの影が現れた。
「ねえ紫、知ってる?」
「何かしら?」
ビキリ、と文の動きが止まる。
「私、今日は寝不足で疲れてて、おまけに午後から縁側が使えなかったから、酷く不機嫌なのよ」
「へぇ、そうなの」
冷や汗が一滴、文の額を伝う。
「実は、私も不機嫌でな」
……そこに、もう一つの声が加わった。
「今日は色々と忙しかったのだが、居候が誰かに連れ去られた所為で、さらに仕事が追加されてしまってな」
「へぇ」
「そうなの」
二本の角を頭上に生やし、腰から白い獣尾を生やした慧音が、淡々と会話に加わる。
「いや、結局無事に問題が解決した様だから良かったが……仕事と心労で、少々苛々している」
「奇遇ね」
「ああ、実に奇遇だな」
冷や汗が、脂汗に進化した。
「憂さ晴らしに弾幕ごっこをしたいのだけど……付き合ってくれる? 慧音」
「普段なら断る所だが……何故だろうな、今日は付き合いたい気分だ」
「私もお付き合いいたしますわ」
不味い、一刻も早く、ここから…………
「「「だから」」」
三つの手が、がっしりと文の肩を掴んだ。
「「「付き合ってくれる?」」(よな?)」
「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!???!!!???!!!」
合体スペル:深・博麗弾幕結界『月下の幻想狂』 ――Lunatic――
「あ……」
あれから、萃香を膝の上に乗せたまま月を眺めていたのだが……不意に、視界にきらびやかな光の乱舞が飛び込んできた。
あの光は……弾幕勝負だろうか?
普段は、恐ろしい力と力の衝突としか思ったことは無かったが、こうして遠くからその光を眺めてみると……
「綺麗だな……」
「む」
と、膝の上の萃香が何やらごそごそと動き始めた。
「萃香?」
疑問の声に応えず、萃香は腰に付けた瓢箪から酒を口に含むと――
「んむっっ?!」
「んー……」
そのまま、口移しで酒を流し込んできた。
口内に侵入にしてくる萃香の舌の柔らかさと、甘く薫りながら喉を通る鬼の酒。
二つの感覚に呆然とする自分を見ながら、萃香はゆっくりと唇を離した。
「今は駄目……」
ぷぅっと頬を膨らませて、萃香はそう呟いた。
「今は、○○は私しか見ちゃいけないんだから」
その拗ねた様な態度が、とても愛らしくて。
堪らず、萃香を抱き寄せていた。
「…………えへへへへ」
彼女に、伝わっているだろうか?
自分が、こんなにも――
「伝わってるよ……」
そう、彼女が囁いた。
「○○の、『大好き』って気持ち……」
そう言って、微笑んだ。
「私も、大好き……!!」
そして、三度目の口付けを交わした。
=========================後書き===========================
すいません、節分に間に合いませんでした。
勢いのままに思いの丈をぶつけてみたら……えらく長く、その上読みにくい作品になってしまいました。
拙作で申し訳ありませんが、この作品が皆様の舌に合うことを祈っております。
今はじっと、遙か眼下の大地を見つめている。
=========================了=============================
>>うpろだ869
───────────────────────────────────────────────────────────
俺がその鬼に出会ったのは節分の日だった
ところどころ小さな傷があり、鬼には豆が効くのか、何て納得してしまった
それでも鬼は嬉しそうに笑っている
俺は何故嬉しそうなのかと問うて見た
すると鬼は
私がここに居る証拠だからだ、とまた笑った
忘れられていない事がうれしいと、楽しそうに話す鬼が、なぜか寂しそうに思えた
鬼が居ないと豆まきも出来ないだろう?
鬼が居ないのに鬼は外なんていえないだろう?だから私はいるんだよ
鬼の言う事は全然解らない、ただ促されるがままに、俺も豆をまいた
ただ、鬼は外というのは気に食わなかったので、鬼は内といいながら、撒いた
鬼は可笑しそうに笑う
自分でも可笑しな真似をしてると思う、それでもこれでいいのだ
鬼は内、と言ったのだ、家に来てくれるかい?
少し戸惑って、でも笑顔で、ありがとう、と、鬼は言った
その日から、我が家には鬼が住まうようになった
12スレ目>>653
───────────────────────────────────────────────────────────
「萃香、何をやってるんだ?」
「○、○○!?い、居たんだ・・・」
勝手に我が家に入ってくるのはコイツと白黒ぐらいだ
一仕事終えて帰ったと思ったら、挙動不審の鬼がいるのだ、もう慣れたが
「それで、今日はなに用だ?」
「よ、良かったらかくまって欲しいなぁ」
「匿う?・・・・・・ああ、今日は節分か」
朝起きたら霊夢に豆を投げられて、逃げ出したら魔理沙に追われ、逃げた先で紫に迎え撃たれて
角友の慧音は子どもを引き連れて豆を絨毯爆撃で・・・
そのために挙動不審なのか
「今日さえ過ぎてしまえば・・・」
「ふぅん・・・毎年大変だな」
幻想郷に一人の鬼だ、しかし皆して追い掛け回さなくても・・・
イベント好きの連中があれだけ居ればしょうがないと諦めるしかないか
「それで・・・いいかな?」
「好きにしろ、まだ日付が変わるまで時間があるからな」
「ありがとう!お礼にお酒でも」
酒はいらないが・・・そうだな
「酒よりは・・・お前の方が美味しそうだ」
萃香はその一言で真っ赤になってしまう、何度言われても、慣れないものは慣れないらしい
「い、いつもそんなことばっか言って」
「どうせ一日出ないんだろ?」
「それはそうだけど・・・まだお昼前だし・・・」
「布団引いたぞー」
「聞く耳持たずっ!?」
「come here~」
萃香はやれやれと諦め気味に、唇を重ねてきた
そしてしゅるりと服を脱ぎ、その未発達な(ry
12スレ目>>661
───────────────────────────────────────────────────────────
日課となっている日記を書き、そろそろ寝ようかと思い、俺は雨戸を閉めに縁側に出た。
「○○ー、飲むぞー!」
「うおっ、萃香!って、こんな時間からかよ!あと玄関から来い!」
普段は夕刻あたりに瓢箪ぶらさげて来るってのに、ずいぶん遅くに来たもんだ。
「まーまー気にしない気にしない、ほれ、飲め~!」
「ったく。まあいい、ちょっとつまみでも持ってくるわ」
「お~気が利くね~」
適当に乾き物を出して、ちょいちょいと飲み始める。
「なんだ○○、ぜんぜん飲んでないじゃないか?」
「今からいつもどおり飲んだら、仕事になりゃしないっての…」
「んー、そっか。それじゃ、これでお開きにしよっか。もうすぐ時間だし。」
普段なら『私の酒が飲めないのか~!』ってばたばたするんだが。
もうすぐ時間、ってのもよくわからん…時間なんぞ気にする柄じゃないだろうに。
そう思っていると、なにやら洋風な瓶を取り出した。
「洋酒か?珍しいな。」
「まあね…」
卓袱台の向かいに座っていた萃香は、立ち上がって、俺の横にちょこんと座った。
「どうした、萃香?飲まないのか?」
「飲むのは○○だよ。」
萃香はその洋酒を小さな口に含み、そのまま俺の口にそれを流し込んできた。
「~~~~~~!ぷはっ!す、萃香!?」
「えへへ、バレンタインのチョコ、もちろん本命のね。
日付が変わる前に飲ませなきゃ、意味無いからね…」
俺は果実酒みたいな甘ったるい酒は大嫌いだ。
辛口の日本酒こそが至上だと思っていた。
だが、そのチョコレートリキュールは、そんな俺の考えを一掃してしまったようだ。
「…萃香、もう一口。」
「いいよ、何口でもあげる…」
俺は一瓶丸々、そうやって堪能した。
途中で日付は変わっていたが、そんなことはどうでもいい瑣末なことだった。
12スレ目>>972
───────────────────────────────────────────────────────────
私の名前はアリス・マーガトロイド。
幻想郷の一角、『魔法の森』に住んでいるごく普通の――何処かの黒白では無いが――種族魔法使いである。
別に魔法使いといっても、日がな一日大鍋を掻き回したり、妖しげな薬品の煙が立ち上る部屋に籠もっているというワケではない。
そんな非効率な手段に頼らなければ魔法を扱えない程魔力が低いわけではないし――そもそも私は人形遣いだ。
鍋よりも糸、薬よりも布を相手にとって人形を作り、操るのが私の魔法である。
話が逸れたが――つまり私は世間一般が想像する様な、
子どもを攫って生け贄に捧げたり、生き血を啜ったりする様な所行に及ぶ魔法使いとは全く違うのである。
街で人形劇をしたり、森に迷った迷い人を無償で一泊させる事も度々あり
――もっとも、大抵の人は人形達を気味悪がってしまっている様だが――人間からの評価はそれ程悪いというわけでは無い。
(求聞史紀によれば、人間友好度は『高』だった)
だから、黒白以外にも稀に人里からの、人間の来客はあるのだが――
真逆、鬼が来客として現れるとは予想もしていなかった。
「…………」
「…………」
魔法の森、その一角、通称『人形館』と呼ばれる私の洋館、その応接間。
人里にて購入した上等な作りのテーブルを挟んで、私と鬼は向かい合っていた。
視界に映る、テーブルの上に置かれた二組のティーカップと紅茶、お茶請けのクッキー、
そして大きな日本酒の瓶――その向こうで、椅子に沈み込む様にして鬼が俯いて座っていた。
確か、名前は伊吹萃香と言った筈だ。以前、博麗神社で起こった連続宴会異変、その首謀者にして原因。
その異変の時初めて出会ったのだが――正直、その事はあまり思い出したくない。
訳も分からず三日おきに宴会に呼び出され、挙げ句に考えない様にしていた思考、心の一部を無理矢理に思い出させられ、
その上弾幕ごっこでボロボロにされたのだ。
これが悪い思い出で無くて何だというのか。
だからこそ、最初訪問客が鬼だと分かった時は、無駄ではあるが居留守を使うか、無理ではあるが追い返そうかとも考えたのだが……
その思考は、玄関入り口で酒瓶を手に佇んでいるその姿を見た時に霧散してしまった。
何というか――以前遭った時に感じられた圧倒的な暴力、妖力、威圧圧迫感などと言った様なそれらは一切感じられず……
まるで、迷子の子どもが迷いに迷った挙げ句に、
やっと出口への道筋を知る人の所に辿り着いたという様な――そんな弱った、儚げな空気をその身に纏わせていたのである。
あまり良い思い出のある相手では無いが――流石に、こんな様子の見た目幼女を追い返すほど、私は非情では無い。
取り敢えず萃香を応接間に上げ、(どうやら、日本酒は土産らしい。紅白や黒白に爪の垢でも煎じて飲んで欲しい所だ)
一応紅茶を出してみたのだが……そのまま黙りこくってしまい、今に至るというわけである。
別に、来訪したからには何か喋れと言う気は無いが……流石に、この妙な緊張感のある空気は辛いものがある。
一体どうしたものかと、途方に暮れかけた時――
「ねぇ」
ぽつりと、萃香が呟いた。
「アリスは、手先が器用だよね」
「…………? まあ、それなりにはね」
「キヨウキヨウー」
「アリスキヨウー」
質問の意味は測りかねるが、仮にも人形遣いを自称する身である。手先の器用さには多少の自信がある。
「料理は……お菓子は作れるよね」
「因みに、今あなたの目の前にあるクッキーは私が作ったものよ」
「キノウハパイー」
「オトツイハミルフィーユー」
そう言うと、萃香は今気付いたかの様に目の前にあるクッキーを見つめ……そっと、一つ手に取った。
そのままそれを口に入れ、もぐもぐと咀嚼していたが……どうやら気に入った様で、二個、三個と手が伸びていく。
その様子が何ともかわいらしく、思わず微笑んでしまったのだが……視線に気付いたらしく、顔を赤くしてまた俯いてしまった。
惜しいことをしたかもしれない。
「……えっと、洋菓子には詳しいよね」
「一応ね」
「クワシイヨー」
「ヨウガシハクワシイヨー」
詳しいというよりは、和菓子は作ったことが無いので洋菓子『しか』作れないのだが……そんな些細なことは別に構わないだろう。
「あぅあぅ……えっと、その……あの、あの……」
そこまで聞いた所で、急に萃香の様子が変わった。
何か、どもる様な、躊躇う様な……何かを言い出そうとして、言い出せない様な、そんな様子である。
「…………」
多少もどかしくはあるが、正直この様な話題は本人が言い出せなければ意味は無い。
まして、周囲が無理矢理言わせるなどということは論外。
だから、こちらは相手が何を言い出しても落ち着いてそれを受け止められる様、黙って心の準備を整えておくべきなのである。
「あ、あのね、アリス……」
どうやら、決心がついたらしい。
「……その、私にね」
こちらも心の準備は出来た。後は落ち着いて、相手の話を聞くだけである。
そう思い、紅茶のカップに口をつけ(本日はダージリン。中々良い茶葉である)、
「……ば、バレンタインチョコの作りかたを、お、教えてくれない?」
盛大に中身を吹き出した。(因みにバレンタインは明日)
「……さて、それじゃ始めましょうか」
「う、うん」
人形達に汚れてしまったテーブルと室内の片付け、そして紅茶を被ってしまった萃香の服の洗濯をさせながら、
私と萃香は洋館の片隅にある台所に立っていた。
因みに、萃香は裸では無い。かと言って、流石に私の服を着るのは無理であるから、勿論私の服を着ているわけでもない。
では一体どうしているかと言うと……
「それじゃ、萃香二番はお湯を沸かしておいて、その間に萃香三番はチョコを砕く。
あと、萃香四、五、六、七、八番は棚の中から器具を取り出してね」
「はい」「うん」「はーい」「わかった」「りょうかい」「おっけ」「はいよ」
私の声に従って、小さな萃香達が一斉に台所に散っていく。そして、身に着けているのは私が作った人形様の衣装だ。
つまり、着る物が無かった萃香を分裂、縮小させ、試作の人形服を着せたのである。
これなら萃香の洋服問題を解決出来るし、本人がチョコを作れる。
そして人形達が居ない分の人手もカバー出来、私は試作服の出来具合をチェックすることが出来る。
まさに一石四鳥の解決策であった。
因みに萃香一番(本体としての度合いが強く、統率役らしい)は私の肩の上に座っていて、
何やら落ち着かない様子でキョロキョロしている。
「コンニチハースイカチャン」
「ハジメマシテースイカチャン」
「こ、こんにちは」
と、そんな萃香一番(面倒なので、以降は萃香に統一)に上海と蓬莱が興味を示した。
チビ萃香達へと指示を出しつつ、私は何とは無しにその会話に耳を傾ける。
「カワイイヨースイカチャン」
「ニアッテルニアッテルー」
「そ、そうかな?」
萃香が今着ている服は、試作していた服の中でも一番最初に作られたものであった。
全体を黒系の色で統一し、要所要所を白いフリルで飾ったものだ。角が邪魔になったので頭には白いリボンを着けているが、
少し見れば、それが所謂メイド服(紅魔のメイドとは違うタイプのもの)ということが分かるだろう。
「……うん、凄くかわいい服」
改めて自分の格好を確認した萃香が、そう応えた。
別に、デザインについての感想を期待していたわけでは無かったのだが――『かわいい服』と言われたら、
苦労して作った方として悪い気はしない。
上海と蓬莱のさりげない質問に心の中で少し感謝し、
「スイカチャン、ダレニチョコヲアゲルノー?」
「ラブラブナノー?」
「!!!!!!」
前言撤回。直球ストレートにも程がある。
ちらりと視線を横向ければ、肩の萃香はあぅあぅ唸りながら赤ら顔をさらに赤くし、耳までも真っ赤にして湯気を吹いている。
……人形の教育について、もう少し考えなければいけないかもしれない。
「え、えと……あぅぅぅぅ…………………そ、そのぉ……」
もごもごと何かを呟いていたが、どうやら話す気になりつつある様だ。
勿論、無理に話させるつもりは無い。
が、
せっかくの機会なので、チビ萃香達に指示を出して忙しいフリをしつつ、こっそり聞いてみよう。
(もっとも、チビ萃香達も皆顔を赤くして、あわあわとしているので指示が忙しいというのは幾分かは本当である)
「えっと、その、最近、好きなひとに、その人の本当の気持ちを教えて貰えて、それで、『好き』って教えてくれて……」
「それで、今までよりずっと一緒に居てくれて、
もっとぎゅってしてくれて……ゴニョゴニョも、してくれて、凄く嬉しくって、暖かくて……」
今、口移しがどうのと言っていたが……人(鬼?)は見掛けによらないモノの様だ……耳年増な気もするけれど。
「でも、いつも私ばっかり嬉しくって、何もしてあげられないから……だから、私からも何かしたくって」
「それで、紫に聞いたら、バレンタインって日に、チョコレートってお菓子を貰ったら、男の子は凄く喜ぶって、それで……」
「でも、私はお菓子なんて作れないし、紫も霊夢も知らないし、だから……」
成る程。何故急に私を訪ねて来たのかのかについての事情がハッキリした。
洋菓子、洋風ということならまず真っ先に紅魔館を連想しそうなものだが……
あそこの館主である紅い吸血鬼と萃香との間の関係は、ハッキリ言って良く無い。所謂同族嫌悪というものがはたらくらしい。
だからこそ、その次に洋風で、かつ、お菓子などに詳しそうな私に白羽の矢が立ったのだろう。
それ以外の内容については……御馳走様でした。
「カワイイー!!」
「スイカチャンカワイイー!!」
「え、ちょっと、わぷっ!?」
と、同じく(というより寧ろ二体に話していたのだろうが)話を聞いていた上海と蓬莱が、萃香をぎゅうっと抱きしめていた。
まあ、話の内容はかなり初々しいものであるし……二体がそうしてしまうのが良く分かる程に、今の萃香は可愛らしいと思う。
と、萃香がもみくちゃにされている丁度その時に、部屋の片付けが終了したとの連絡が人形達から入った。
「そうね……」
チラリ、と上海蓬莱、萃香を見て、
「じゃあ…………」
人形達に、追加の仕事を頼んだ。
せっかくのバレンタインなのだ。これ位のお節介は許されるだろう。
さてさてそれから半日ばかり。
朝には始まった作業も、チビ萃香達の力(密疎を操って直ぐに水を沸かしたり、材料を集めたり、細かく砕いたり、実に便利だ)
で効率良く進み――日が暮れ、夜の帳が降りる頃には、
「出来たー!!」
チョコレートが完成していた。
因みにオーソドックスなハート型のチョコである。
もっと時間があれば色々出来たのだが……流石にバレンタインが明日では、そうも言っていられないだろう。
もっとも、
「この方が、この子らしいしね」
完成したチョコを、上海蓬莱に手伝って貰いながら(服が乾いたので合体、通常サイズに戻っていいつもの萃香の服を着ている)
ラッピングしている萃香、その満面の笑みを見ながらそう呟いた。
「萃香」
「?」
ラッピングし終わった所で、二つの袋を手渡した。
一つには、先程まで萃香が着ていた人形服を基にして作った、萃香様の大きいサイズの服。
急ぎで人形達に作らせたものではあるが――完成度は中々の物だ。
そして、もう一つには、
「ビターチョコが入ってるわ」
「びたー?」
「甘くない……どちらかと言えば、苦いチョコよ」
「アマクナイー?」
「アマクナイノー?」
「え? でも、チョコレートって甘いんじゃないの?」
確かに、一般で作られ、販売される(幻想郷では分からないが……)チョコには砂糖が入っており、その味は甘い。
しかし、カカオの分量、砂糖の量などを調節すれば、殆ど甘みの無い、苦みのあるチョコが出来るのである。
「ふぅん……でも、これってどうするの?」
「それは…………」
そこで私は萃香の耳元に口を寄せ、服とビターチョコ、その『使い方』を教えた。
「…………っ!!」
瞬間、一気に萃香の顔が赤くなり、頭が湯気を吹き上げる。
……ここまでからかいがいがあると、中々に面白い。
「まあ、使うかどうかはあなた次第よ……ああ、心配しなくても、それはチビ萃香達が作ったものだから」
「ぅぅぅ…………」
と、萃香の様子が急に変わった。
今さっきまで赤かった顔に陰がさし、その表情が暗いものになる。
俯き、僅かに震えるその姿に、妙な違和感を感じた。
「萃香……?」
「スイカチャンー?」
「ドウシタノー?」
「あ、あの……」
まるで、何かに怯える様に……ぽつりぽつりと言葉を落とす。
「そのね、前の宴会の時……あの時、アリスに酷いこと言って……それで、その後、弾幕勝負で怪我させて……その……」
「…………」
成る程。
どうやら、萃香の方もあの時の事を覚えていたようだ。
だからこそ、訪問して来た最初は黙ったままだったのだろう。
「その……それなにのに、いきなりこんな頼み事して……それに服も貰って……その」
ごめんなさい、と続こうとした唇を、そっと指で押さえた。
「別に、あの時の事はもう気になんかしてないわ」
随分前の事だしね、と付け加える。
「それに……」
萃香の手の中、今日一日を費やして作り上げたチョコレートに視線を向ける。
自分に頭を下げ、慣れない作業に頑張り、上海蓬莱にからかわれていた萃香の姿を思い浮かべながら、
「恋する女の子を応援しない程、私の心は狭くないわ」
ウインクして、そう言った。
その言葉に安心したのか、萃香の表情がぱっと明るいものになる。
――うん、女の子が好きな人に会いに行く時は、やっぱり笑顔でないと。
「それに、こういう時は『ありがとう』よ?」
「ソウダヨー」
「ワラッテワラッテー」
手元にあるその頭を撫でながら、ゆっくりと言う。
「――うん!!」
そして、萃香は大事そうにチョコを、二つの紙袋を抱えて、
「アリスー!! ありがとー!!」
そう大きな声で叫んで、森の中へと入っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ふぅっと息を吐く。
「やれやれ……私も、誰か相手を見つけたいものね」
「アイテアイテー」
「ラブラブニナルノー?」
流石に、あそこまで熱々になりたいとは思わないが……
「いや……」
相手が見つかれば、私も、自然とああなるのだろうか?
そんな事を考えながら萃香の通った後を眺めて――
「…………!」
急いで、その後を追いかけた。
「くぅ……」
アリスにお礼を言って、魔法の森に入ったその直ぐ後。
そのまま○○の居候している慧音の家まで行こうとしたのだが……そこで、思わぬ妨害を受けることになった。
「ウマソウナニオイダ……」
「アマイニオイダ……」
「アマイ」「ウマイ」「アマアマ」「アマ」「ウマ」「ウママ」「アマーイ」……………
目の前に居るのは、まるで蜘蛛の様な形態をした、赤い眼球を全身に備えた妖怪。
恐らく、そこまで妖怪としての位は高くないのだろう。
私が鬼だということにも気付かず、ただ手に持ったチョコレート――その甘い匂いに引き寄せられている。
勿論、たった一体ならば気にすることも無い相手なのだが――
辺り一帯を、その蜘蛛の分体――若しくは、子どもと思しき、小さな蜘蛛の妖怪に取り囲まれてしまっていた。
この状況から脱出するには、荷物やチョコレートを『疎』にして、一緒に霧になってしまうのが早いのだろうが……
(それは、したくない……)
今、手に持っているこれは、そういう物では無いのだ。
しかし、一人でこの数を相手にしていれば、確実にチョコか荷物、そのどちらかに被害が出てしまう。
ならば、どうすれば良いか。
その糸口が見つからない内に……段々と、蜘蛛の群れがその包囲を狭めてくる。
このままでは、不味い。そう感じた時、
「アマー!!」「ウマー!!」
「!!!!」
周囲の子蜘蛛が、一斉に飛びかかって来た。
やるしかないのか。そう覚悟を決めかけ
「遠足は、家に帰るまでが遠足よ」
子蜘蛛が、一斉に吹き飛ばされた。
「え……!?」
「ふぅ、間に合ったみたいね」
呆けた様な声を出す萃香。その直ぐ後ろに、上海と蓬莱を連れたアリスが降り立った。
「言わなかった私も悪かったけど……夜の森は、色々と危険が多いから気を付けないと駄目よ」
萃香を見送ったあの時……アリスは、萃香の後を追う様にして森を伝う蜘蛛の糸を見つけたのだ。
勿論、それだけなら気に留める様なことではないが……それが微かながら妖気を帯びていたとあっては、話は別である。
慌ててその後を追いかけて――そして、その現場に間に合ったのだ。
「さて……」
先程何体か吹き飛ばしたとはいえ――数が多いのだろう。未だに、周囲に漂う妖気は減った様子を見せない。
「ここは私が何とかするわ。だから、早く行きなさい」
「え、でも……」
「もうすぐバレンタインの当日よ。折角作ったチョコレート、早く渡したいでしょう?」
「だけど……」
まだ抵抗を感じている萃香。その頭を、アリスは軽く撫でてやる。
「大丈夫。この程度なら全然問題は無いから――だから早く、貴女の想いを伝えなさい?」
その言葉に萃香は僅かに沈黙し、
「…………うん!!」
直ぐに駆けだした。
その後ろ姿に向けて、子蜘蛛達が飛びかかろうとして、
「上海、蓬莱!!」
「オッケー!!」
「マカセテー!!」
小粒な影達を、上海と蓬莱が残さずレーザーで叩き落とした。
ここまで来て、ようやくアリスを危険であると判断したのだろう。
蜘蛛達の包囲が、アリスを中心としたものに組み直される。
夜の森を覆い尽くす、黒い影と蠢くざわめき。
だが、それに包囲し尽くされてもなお――アリスは余裕の表情を崩さない。
「所詮、蜘蛛は黒一色――」
その手に掲げるのは、虹色の光を放つスペルカード。
「数だけに頼ったその力は、私の六厘にも満たない」
そして、七色の光に照らされながら、アリスは高らかに宣言した。
――戦操『ドールズウォー』
瞬間、隊列を成した人形達、優に百を越えるその軍団がアリスの周囲に顕現した。
一体一体が槍を持ち、鎧を纏い、馬に跨ったその姿は――まさに、軍隊と呼ぶに相応しい様相であった。
「ヒトノコイジヲ、ジャマスルヤツハ―」
鎧を纏った上海が、槍の切っ先を蜘蛛達に向ける。
「ウマニケラレテ―」
蓬莱の言葉に続き、他の人形達が一斉に槍を掲げる。
「閻魔に裁かれて来なさい――」
アリスの言葉で、一斉に人形達が声を上げる。
その軍隊の威容に、蜘蛛達が気圧され、そして気付く。
『格が違う』という事実に。
だが、もう遅い――。
「突撃」
決着が着くまでには、僅か一分も掛からなかった。
その日、○○はいつもの様に屋敷の縁側に座り込み、ぼんやりと月を眺めていた。
普段ならば、家主である慧音さんから身体を冷やすと注意される所であるが――先程、森の方から派手な光、音が響いて来たので、
何か力の強い妖怪が暴れているかもしれないとのことで、藤原さんと一緒に見回りに行っているのだ。
明け方までは帰れない――その言葉を思い出しながら、○○は夜の風を感じていた。
今までなら、不安や、恐れしか感じなかった月夜と夜風。
その恐怖を、快い感情へと変えてくれたくれた彼女のことを考えて――
「ま、○○?」
その彼女の声が、背後から聞こえてきた。
驚き、慌てて後ろに振り向いて――
「に、似合う、かな?」
その姿に、言葉を失った。
いつもは、袖が破れたシャツの様な服を纏い、全身に鎖を巻き付けた格好であるが……
今、○○の目の前に居る萃香の姿は、今までの彼女の姿とは、全く異なるものであった。
それは、一見してメイド服の様にも見えた。
だが、使われている布地は月光を反射してキラキラと光る上等な物であり、また、全体に使われている白いふかふかのフリルの割合や、
頭に付けられたリ大きな、花びらを模した形のリボン等――細かく見ていけば、それが実用性と言うよりも、
それを纏う者を、より美しく、可愛らしく見せるものだということが理解出来る。
そして、何より――その服は、まるでオーダーメイドされたかの様に、萃香に似合っていた。
「あの、○○?」
困惑する様な萃香の声に、○○ははっと我に返った。
「に、似合う……凄く」
「……」
その言葉に、萃香は僅かに沈黙し――
「良かった……」
そう言って、花がほころぶ様な笑顔を浮かべた。
(うわ…………)
その姿に、その笑顔に……自然と○○の鼓動が跳ね上がり、顔が赤くなる。
その事実に気付いているのかいないのか。
萃香は顔を赤らめながら懐を探ると、中からハート型の包みを取りだした。
「あ、あの……あのね、その……バレンタインの、チョコ、レート、なんだけど……」
「え……」
萃香から差し出された包み。その中身に、○○は驚きの声を上げる。
「その、俺に?」
「うん……」
見る見るうちに萃香の顔が赤くなる。
それに釣られて自分の顔が熱くなっていくのを感じながらも、○○はそっとチョコレートを受け取った。
「え、と……食べても、良いか……?」
「…………」
もはや話すことも出来ないという様に、萃香は赤い顔を俯けながら、がくがくと頭を縦に振った。
その様子に、より一層愛おしさを感じつつも、渡された包みをゆっくりと開いた。
「うわ…………」
そこから現れた、ハート型のチョコレート。
彼女らしい、一直線に感情を伝えてくるその形に、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「そ、その……食べて、みて……」
言われるまでもなく、○○はそのチョコを口へと運んだ。
カキっ、という軽めの音を立ててチョコが砕け、○○の口内へと運ばれていく。
萃香が怖々とその様子を見つめるなか、○○はぽつりと呟いた。
「甘くて」
ゆっくりと、しかしはっきりと。
「良い香りがして」
萃香の顔を見つめながら。
「すごく」
満面の笑みを、その顔に浮かべて。
「――美味しい」
そう、告げた。
「……ホン、ト?」
「うん……嘘じゃない」
その言葉に、萃香は顔をくしゃっと歪め、大きな瞳に涙を浮かべ、
「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁん!!!!」
そのまま、○○に抱きついた。
それから、少しして。
「その、ごめんね? ちょっとだけ不安だったから、嬉しくって、つい……」
○○の膝の上で、萃香はそう呟いた。
あの後、チョコを美味しいと言われたことにほっとした萃香は、思わず泣きだしてしまい
――そのまま、○○に抱きついてわんわんと泣き続けたのであった。
その間、○○は泣き続ける萃香の頭を優しく撫で続け――気付けば、夜はより深いものになってしまっていた。
「良いよ……それに、頑張って作ってくれたんだろう?」
「う、うん……」
その言葉に萃香はまたまた赤くなり――そして、懐の『もう一つ』の紙袋の感触に気が付いた。
因みに、最初のチョコレートは○○が既に食べきっており……出すタイミングとしては、十分だと考えられた。
「ね、ねぇ、○○?」
「うん?」
応えつつ、優しく頭を撫でてくれる感触。その暖かさを嬉しく感じながら、ゆっくりと切り出した。
「あのね、もう一つチョコが有るんだけど……た、食べる?」
「……うん」
どくん、と鼓動が一つ強く打つ。その感覚を感じながらも、萃香は懐から、小さな袋を取り出した。
中に入っているのは、一つまみ程のサイズの――これまた、ハート型のチョコ。それが大量に入っていた。
ぼんっ、と湯気を吹いてしまうが、何とか平静を保ちつつ、一つ摘み上げる。
「えっとね、これは、そんなに甘くなくて……どっちかっていうと、苦い? チョコで……」
「……? ビターってこと?」
「……うん、だから……」
そして、そのチョコを口に咥えて……瞳を閉じて○○に向き直った。
「え……」
「…………」
あの時――洋館から帰る時、アリスに、
『口移しで食べさせると、甘くなるわよ?』
そう教えられたのだが――
(は、恥ずかしぃぃぃぃ…………)
酒を口移しで飲ませ合いしたことは何度かあるのだが……酔いの勢いが借りられない分、
その恥ずかしさは比べものにならなかった。
(○○は、どう思ってるのかな……)
恥ずかしさで目を開けることが出来ない為、その表情を伺うことは出来ない。だから、
(変に、思ってないかな……)
その気持ちが、むくむくと大きくなってくる。
どうだろうか。不味くないか。分からない。怖い。
ぐるぐると気持ちが回り、耐えきれなくなったまさにその時、
「んっ……!?」
「…………」
唇に、柔らかな感触が伝わって来た。
暖かくて、気持ちが良くて……そして、とても、甘かった。
それは、咥えていたチョコにも伝わり……最初は苦く感じていたそれが、いつしか蕩ける様な甘さになっていた。
「んぅ…………」
「ぷはっ…………」
そして、ゆっくりと口を離した。
二人して軽く息を吐き、真っ赤になった顔を見合わせる。
「……え、と」
「うん……」
互いに、何を言って良いか分からない。そして、
「甘かった、ね…………」
「うん、凄く、甘かった……」
結局、そんな言葉になってしまった。
「えっと……まだ、一杯あるんだけど……食べる?」
「……うん、食べようか」
全部食べ終えるのに、それ程の時間は掛からなかった。
「御礼?」
「うん、そう」
結局、チョコレートを全て口移しで食べ合ったその後……○○の膝の上で、萃香はそう言った。
「あのね、今回、チョコやこの服の事でアリスには色々と世話になったから……だから、何か御礼がしたいんだけど」
「う~ん」
アリス・マーガトロイド。彼女の事は、○○も慧音から話を聞いているので知ってはいるが……
何分、本人と会ったこと等無いので、何をもって御礼にするべきか、すぐには思いつかないでいた。
「確か、珍しい物を収集してるらしいけど……」
結局、○○の口からはそんな言葉しか出なかった。
しかし、
「珍しい……」
その言葉に、萃香は何か思いついた様で――じっと、夜空に浮かぶ月を見つめていた。
「萃香?」
「ね、○○」
萃香はゆっくりと、その手を空に掲げる。
「月のものって、珍しいよね」
「? ……まあ、珍しいな」
外の世界でもそうだが、幻想郷においても、月の物は殆ど――永遠亭には少なからず有るらしいが――無い筈だ。
「うん、だったら――」
萃香は、掲げた手をぎゅっと握りしめ、
「これも、御礼になるよね」
虚空に向かって突き出した。
そして、
夜空に、純白の花が咲き誇った。
そして、翌日。
「……ん?」
自分の洋館の前を掃除していたアリスは、玄関先に置かれた『それ』に気が付いた。
一つは、以前にも見たことがある日本酒の大瓶。
もう一つは、
「これって……」
小瓶に入ったそれは、一見してただの白い砂に見えた。
ただ、普通の砂と違う所は――それが日の光を反射して、青白く輝いているという所だろうか。
「…………」
その小瓶の下に挟まれた紙を見て、書かれた内容を確認して――
「ふふっ」
アリスは、静かに微笑んだ。
「『天蓋の月は、紛いモノの月。しかし、それは天蓋の一部――即ち、幻想の空の欠片なり』……か」
そして、その紙をゆっくりと畳むと、小瓶と酒瓶を大事そうに抱えた。
「アリスーソレナニー」
「ナニナニー」
「ん? これはね……」
優しく、こう言った。
「小さな鬼がくれた、夜空の月の砂よ」
13スレ目>>33 うpろだ936
───────────────────────────────────────────────────────────
○○「こんばんわ萃香さん」
誰もいないはずの壁の向こうに向かって話しかける
○○「こないだのことは怒っていませんから顔を見せてください」
萃香「……本当に怒ってない?」
実はこの間の宴会で萃香さんが酔っ払ってしまったときにうっかり胸を触ってしまったのだ
それで怒った萃香さんはスペルカードを発動して、今ではこの自分の家でこの有様である
○○「怒ってないですよ。それよりも謝らなきゃいけないのは俺のほうです。……ごめんなさい」
萃香「……次やったら承知しないんだから。……うふふふふ」
○○「ふふふ、それで今日はどんな用ですか?」
萃香「いや~病室で一杯やろうと思ってきたんだけど……どう?」
○○「いいですね。せっかくだから屋根の上で飲みません?」
萃香「動ける○○?」
○○「っ……大丈夫ですよ、少し痛みますが」
萃香「じゃあ運んであげるよ……えいっ」
ひょいと持ち上げられたと思った瞬間、すでに僕たちは屋根の上にいた
○○「う~んやっぱり月見酒は格別だな~」
萃香「やっと言葉遣いがいつもどおりになってきたね」
○○「うん、さっきは本当にすまないと思っていたから……」
萃香「そんな事言ってないで、ほら飲んだ飲んだ!!」
萃香に進められるまま杯を口へと運ぶ
○○「それにしても……今日はいいお酒を持ってきたじゃないか萃香」
萃香「へへーん。天狗に頼み込んだだけのものはあるでしょ」
○○「そうか……えらいぞ萃香♪」
わっしゃわっしゃと萃香の頭をなでる
萃香「くすぐったいよ○○……」
○○「どうした萃香」
萃香「ほ、本当はねあのときイヤじゃなかったんだよ……で、でも物事には順序ってものがあるでしょ?」(上目遣いです)
○○「うっ……す、萃香……」
萃香「い、今ならね、私……」(もちろん上目遣いです)
○○(ごくっ……)
萃香「た、食べられても、いいからね?」(完璧に上目遣いですありがとうございました)
○○「ぶはぁっ!!ってあっ」
視界が揺らぐ、一面に闇が広がる
萃香「○○ーーーーー!!!」
どうやら屋根の上から落ちているらしい
……最後にいっしょにいられたのがお前でよかったよ萃香……
○○「ってあれ?落ちてない?」
萃香「鬼符ミッシングパープルパワー」
目の前には巨大化した萃香の姿が
……泣いてる?
萃香「……もう一人にしないでよぅ○○、ひっく、私、私、もう誰かを失うのはイヤだから……」
○○「萃香……大丈夫だから、もう萃香を一人にしないから……」
萃香「ほ、ほんと○○~?」
○○「男に二言はないぜ萃香。俺がお前のことを一人にしない、ずっとそばにいる」
萃香「ありがとう○○……」
○○「ほら、泣くなよ。もう一杯飲もうぜ!」
萃香「うん!!」
~終わり~
>>うpろだ1037
───────────────────────────────────────────────────────────
○○「萃香ーッ!俺だーッ!結婚してくれー!」
萃香「いいよ」
○○「うひゃほぅ!」
萃香「私と勝負して勝ったらね」
○○「フッ、望むところだ」
――5分後――
アリス「た…立ったわ」
魔理沙「○○はまだヤル気だぜ…」
○○「か、完全骨折…右小指1、右前腕2、左前腕1、右上腕1、左肋骨2、下顎骨1
不完全骨折…右上腕1、左上腕2、左右大腿部各1、裂傷8、打撲26
脳内出血及び両鼓膜破損……それがどうしたよ!」
萃香「まだやらせてくれるというのか………感謝!!!」
霊夢「○○いっちゃダメーーッ!!」
文「お、鬼が…哭いてるッッッッ」
萃香「よもやこいつを使えるとはな」
ドンッッッ!!!
ドクン……ドクン……ド……………
紫「霊夢、あれが萃香よ。鬼の力でただ思いきりブン殴る
だったそれだけの技だけどスピード・タイミング・破壊力
共に……人妖を越えている、つまり…」
霊夢「防ぎようがない!!」
○○「………………」(立ったまま)
萃香「私に求婚するに恥じぬ漢よ」
文「す、萃香さん!まだ勝負は終わって…」
萃香「死んだよ」
文「えっ!?」
霊夢「なっ!?」
紫「…………」
他「ッッ!!」
うpろだ1116
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里で働いて、家に帰ってきた。そこまではいつも通りだった。
家で一人、晩酌をする鬼を見つけるまでは。
「おかえり~。帰って来るの遅いんだね」
家の中で寝転がりながら酒を飲む萃香。
その顔は赤く、もうずいぶんと酒を飲んでいることが分かる。
「ただいま、というかお前は家で何をしてんだ?」
「何って、晩酌。あんたも飲む?」
けらけらと笑いながら返された言葉を聞き、頭が痛くなるのを感じた。
働いて帰ってきたら鬼が居る。しかも晩酌をしているとは。
今日の仕事は長引いていて、かなり疲れもたまっている。
そのため早く眠りたかったが、この状況ではしばらく寝られなさそうだ。
そこまで考えて、ため息が出た。
「何ため息なんかついてんのさー」
萃香が不満そうに頬を膨らませながら抗議してくる。
その仕種はかわいらしいが、この後のことを考えると憂鬱になる。
とりあえずは、早めに疑問を聞いてしまうことにしよう。
「なんで、萃香は家に居るんだ?というか、家を知らないはずだろ?」
疑問を口にする。
この家は数ヶ月前に幻想郷に迷い込んだ時に、働く代わりに里の人から借りたものだ。
里から遠いここは、ほとんど誰も知らないはずだ。
知っているのは、里の中で数人。それだけだった。
「慧音に教えてもらったんだ。それと、今日来たのは用事があるからね」
萃香に答えをもらい納得する。慧音さんなら知っているだろう。
ここに住むときに片付けなどを彼女に手伝ってもらったからだ。
しかし、萃香に用事?一緒に酒を飲もうとかじゃないだろうか?
一緒に居るときはいつも酒を飲んでいたし、それ以外は思い浮かばなかった。
「で、用事とはなんだ?今日は早く寝たいんで、できれば別の日にしてくれると助かるんだが」
今日は疲れているし、明日の朝も早い。
これで帰るはずがない、と思いながらも少し期待してみる。
「まあまあ、そんな事いわずにさ~。頼むよ~」
笑いながら赤い顔で酒を飲み続ける萃香。
やはり、帰ってくれないらしい。この後どうなるのだろうと思いながら、またため息が出る。
「あー!またため息ついたー!」
萃香にはため息をつかれる事が不満らしい。
だが、この状況ではため息をつくのも仕方がないだろう。
「今度ため息ついたら、一緒に付き合ってもらうからね!」
「神社の宴会なら行かないぞ」
「なんで!」
「いつも言ってるだろ、翌日に仕事があるときは宴会には行かないと」
怒った様子で萃香は言う。自分の答えは分かっているはずなのに。
今まで何度も誘われたが、自分は神社の宴会には一度も出たことがない。
行かない理由は、翌日には仕事があるからだった。
仕事をする日は多いが、昼過ぎには終わるので自由な時間は多い。
だから、昼から酒を飲む分にはかまわない。
だが、宴会に行くと翌日の仕事に遅れてしまうし、空気に当てられて飲みすぎたら出られないかもしれない。
出られなくても里の人達は笑って許してくれそうだが、自分は優しさに甘えることが嫌だった。
「次の日に仕事がないなら行ってもいいが、そんなに都合のいいときに宴会はやってないだろ?」
「仕事がないって、ほとんど毎日仕事してるじゃん。仕事がない日なんていつなのさ?」
「そのうちきっと休みをもらうさ」
このままでは萃香の機嫌が悪くなる一方だ。話題を変えなければならない。
だが、何の話題にするか。そう考えたとき萃香が来た理由を思い出した。
「そういえば、萃香の用事ってなんだ?」
質問をしたときに、空気が凍ったような気がした。
萃香は突然俯き、そのまま動かない。
自分は用事を聞いただけなのに、何でこいつは動かないのだろうか?
「…………」
沈黙が続く。
萃香が動く気配を感じられない。
少し息苦しい気がする。
「……えっと……あの…………」
もごもごと呟いているようだが、何を言っているか分からない。
一体どうしたのだろうか?
ただ自分は用事を聞いただけなのに。
もう何十分と待っているような気がする。実際はそんなに長くないと思うのだが。
萃香が顔を上げた。ようやく話してくれるらしい。
「その、い、一緒に住んでもいい?」
自分には、萃香の言葉を理解できなかった。
「えーと、萃香は神社に住むことが出来なくなったから、ここに?」
「そ、そうだよ」
しばらくして再起動した頭で萃香に事情を聞いてみたところ。
萃香はどもりながらも説明してくれた。
話によると、ついに神社の経済状況が破綻したらしい。
今までも危なかったが、二人で住むことが出来ないくらいやばくなったと。
それで、萃香は住処を探しに家に来たらしい。
「だけど、家は狭いし布団がひとつしかないぞ」
「え!?」
そこで何で驚く?狭いのは分かるだろう。
人が五人ほど寝たら一杯の空間に物が置いてあるのだ。
狭いのは当然だ。
また萃香は下を向いてしまった。
何か変なことでも言っただろうか?
「……じゃあ、い、一緒に寝るしかないね」
……あ、危ない。また意識を飛ばしかけた。
何を言ってるんだろうか、こいつは。一緒に住んで、寝る?
まるっきり同棲じゃないか。それに住むのを許可した覚えもない。
恋人でもないのに、何を考えているのだろうか?
「……お前は、一体、何を言ってるんだ」
「だって……布団、一つしかないんでしょ?だったら一緒に寝るしか……」
こいつは、一体どこまで行ってしまうのだろうか。
あまりの展開に頭が痛くなってくる。
「お前………」
「えっと、駄目……かな?」
一緒に住むなんて問題があるだろう。と、そこまで考えて気がついた。
俺は何を焦っていたのだろう。
萃香は慧音さんに教えてもらったのだという。
その時は別の理由で訪ねたのではなかろうか?
慧音さんは世話好きだ。
見ず知らずの自分を色々と手伝ってくれるほどに。
きっと萃香は最初に慧音さんを頼りに行ったのではないだろうか?
一緒に住めないか、と。
しかし、慧音さんは村の中心人物だ。慧音さんの家にはよく人が行く。
そこに鬼が居たら、きっと大騒動になってしまう。
村の中には妖怪が嫌いな人や怖がっている人も多く居るのだから。
そう考えると、慧音さんが自分の家を勧めたのも納得がいく。
里から遠く、里の人が来た覚えもない。それに食料も十分ある。
萃香が住むのに最適じゃないか?
それに萃香は自分より遥かに年上とはいえ、見た目幼女だ。
慧音さんも、俺がこんな小さな子に手を出す、とは考えていないだろう。
それに萃香も自分とは友達なだけだ。
一緒に住むといっても、同棲とは考えていないはずだ。
きっと、家族のような暮らしを考えているのだろう。
と、そこまで考えたとき萃香がこっちを見ているのに気がついた。
しばらく考え込んでしまったようだ。
不安そうにこちらを見ている萃香。考えている間、答えを待っていたらしい。
いつもの姿からは想像が出来ないような表情に思わず苦笑してしまう。
「しょうがないな。別にいいぞ、萃香」
「え?ほ、本当?」
ニコニコと嬉しそうに笑う萃香。
こんなに喜んでもらえると、見ているだけで気分がいい。
しばらく嬉しそうな萃香を眺めていたが、そろそろ飯を作ることにしよう。
「萃香、これから晩飯にしようと思うんだけど、食べるか?」
「うん。ちょうどお腹も空いてきたし貰おうかな」
「分かった。しばらく待っていてくれ」
萃香も晩飯を食べるということで、久しぶりにまともなものでも作ろうか。
いつもは自分しか食べないので、適当だったし、それじゃあ萃香に悪いだろう。
そう考えて準備を始めた。
今日の晩飯は焼き魚に野菜のサラダ。それに、たくわんを加えた一般的なものだ。
料理が得意じゃない自分でも、これくらいのものなら作れる。
料理を作り終わってよそる段階になって、食器が足りないことに気がついた。
今までは一人分の食器で十分だったし、誰も家に来なかったので、用意する必要がなかったのだ。
ここには一人分の食器しかない。皿は同じでもかまわないが、箸まで一緒にするわけにはいかないだろう。
戸棚の奥の方を探しているとスプーンが一つ出てきた。
「それで、スプーン?」
「そうだ。流石に箸を一緒に使うわけにはいかないだろう。とりあえず、食べるか」
いただきます、の挨拶とともに晩飯を食べ始めた。
しかし、スプーンではとても食べにくい。
ご飯を食べることは出来るのだが、焼き魚の骨をとることが出来ない。
「スプーンじゃ大変じゃない?骨とるのやってあげようか?」
焼き魚相手に四苦八苦しているところを萃香に見られていたらしい。
骨を人にとって貰うというのは子供のころ以来なので、子供扱いされているようで恥ずかしかった。
しかし、焼き魚の骨をとるにはスプーンでは無理なのが分かっていたので、頼むことにした。
萃香は箸を器用に扱って、次々に焼き魚の身と骨を分けていく。
「萃香は箸の使い方が上手なんだな」
「そうかな?普通だと思うけど」
萃香は普通だというが、自分よりは遥かに上手だ。
話している間もずっと一定のペースで、どんどん骨をとっている。
萃香の箸捌きを眺めていたら、皿をこちらに出してきた。
どうやら骨をとり終わったらしい。
ありがとうと、感謝の言葉を口にすると萃香は照れたように笑った。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
食べ終わったばかりでごろごろと寝転がりたいが、皿洗いをしなければいけない。
重い体を動かして皿洗いにいこうとしたら、服を引っ張られた。
「○○が作ったんだから、皿洗いは私がするよ」
「そうか、ありがとな。頼んだよ」
これから一緒に暮らすんだし、色々と分担を決めないといけないな。
皿洗いは萃香に任せるとして、自分はゆっくり休ませて貰おう。
流れる水の音を聞きながら、目を閉じた。
「………○○……○○。」
体が揺すられている。萃香に名前を呼ばれているのが分かった。
いつの間にか眠っていたらしい。
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。
「起きた?○○が起きないから先に風呂に入っちゃったよ。それと服も借りたからね」
自分が寝てる間に萃香は風呂に入っていたらしい。
今は自分のTシャツを着ていた。
自分の服は萃香には大きいようで、肩や腋が露出している。
ほんのりと赤く染まった肌からは普段はない色気を感じた。
「悪かった。まさか、寝るとは思わなかった」
「別にいいよ。疲れているみたいだし、早めに風呂に入って寝ようよ」
「そうだな、それがいいな」
萃香に布団の用意を頼んで、風呂場に行く。
体を洗い、浴槽につかる。適度な温度が気持ちいい。
ずいぶん長く入っていたのか、部屋に戻ってくると、萃香はもう布団の中で横になっていた。
「萃香、起きてるか?」
返事はない。どうやら寝ているようだ。
「萃香、入るぞ」
一応、布団の中に入る前に萃香に一声掛けておく。
一緒に寝るとはいえ、近くで寝るのは恥ずかしくて萃香から一番離れた布団の端っこに入った。
萃香に背を向けて横になる。
この距離ならあまり萃香のことを気にしなくて寝れる。そう思ったとき背中を引っ張られた。
「○○、そんな端っこじゃなくてもっと真ん中にきなよ。そこじゃあ、布団から出ちゃうよ」
どうやら、萃香は起きていたようだ。
このまま端っこで寝たいが、萃香に服を引っ張られている。
恥ずかしいが、行くしかない様だ。
分かったと返して、布団の真ん中に行く。
真ん中についたら、近くで寝ていた萃香が抱きついてきた。
いきなりのことに頭が混乱する。
「じゃあ、おやすみ」
「え?す、萃香?」
どうやらこのまま寝るつもりらしい。
だが、この体勢はどうにかならないだろうか。
向かい合って抱きつかれているのだ。
首筋に当たる萃香の息がこそばゆいし、他にも、風呂上りだからだろうか、甘い香りがする。
このままじゃ寝られないと思って萃香を離そうとする。
自分の力じゃ足りないみたいで、萃香が離れる気配すらない。
だが、このままじゃ眠れないので頑張っていると、声をかけられた。
「○○はこの体勢は嫌?」
なんと答えればいいのだろうか?困るけど、嫌じゃない。
答えを考えているうちに萃香が離れた。
「ごめん。やっぱり、離れた方がいいよね」
そう言って、背を向けた萃香。
その声は寂しそうだったが、反対を向いてしまったので確認が出来ない。
このままではいけないと思い、背中を向けている萃香を抱き寄せた。
萃香は少し跳ねただけで、動かなかった。
「別に、さっきの体勢でも良かったぞ。変わるか?」
「え……」
萃香は少しの声とともに黙り込んでしまった。
そのまま萃香を抱きしめていると小さな声で話しかけてきた。
「このままの体勢でいいよ」
萃香のお腹の方に回した手に、萃香が手を重ねてきた。
そのまま動かなくなった萃香を見ていると、耳の辺りが真っ赤になっていることに気がついた。
恥ずかしがっているのかもしれない。
おやすみと告げて、目を閉じた。
消えゆく意識の中で、萃香がおやすみと言ったのが分かった。
うpろだ1416
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「鬼は外、福は内、か」
二月の三日というのは世間一般で言う節分で、家の中の鬼を祓い、福を呼び込む願掛けを
行うのが一般的であるが、あいにくうちには豆の類も目刺も柊の葉もない。なぜなら……
こんこん、と扉が叩かれた。
「よぉ、萃香」
扉を開けるとつのを生やした少女がいた。
「やっぱりな、ここだけ豆のにおいがしなかった」
そういうと彼女はにかりと笑い、中へ勝手に上がる。彼女の履物を並べて直してから
僕も後へ続く。居間へ行くと彼女は囲炉裏の前でさっきまで僕が食べていた煎餅を齧っていた。
「まったく、……節分だというのにお前は何もしないんだな」
半分になった煎餅を食べ終え、嬉しそうにそう言う。
「だって、豆をまいたら萃香が来なくなるだろ?」
首をすくめて僕は答える。そこかしこが豆をまく行事の中、何の疑いもなく僕の家に来た
彼女は、そのことを知っているのに。
「はは、違いないね」
二枚目のせんべいに手を伸ばしながら萃香は笑った。お茶を入れてあげようか。
「鬼は内、福も内、さ。だから豆は撒かない」
囲炉裏にかけてあった鉄瓶から急須に湯を注ぐ。ふわっとしたお茶の香りが広がった。
まぁ出がらしだけど。
「ほら、お茶。それにしても、寒い中、一人で来たのかい?」
そういえば、外は結構な雪が降っている。
「まぁ、あれだ、私の周りに『温かさ』を萃めて来たから」
事もなげに答える。どうやら最後のせんべいも彼女の胃袋に収まりそうだ。
「おま、それはまたあのおっかない巫女さんに叱られるって。前にそれやってひどい目にあった
白玉楼の主の話、してくれたばかりじゃないか」
すると彼女は胸を張って否定した。
「ああ、私の場合は個人使用の範疇だ。あの巫女だって怒りはしないさ」
そういうもんなのか、と茶をすすると、そういうもんなのさ、と彼女はまた笑った。
よく笑う鬼だ、と思う。来年の話もしていないのに。
せんべいも、お茶もなくなった。気づいたら萃香はどこからか酒の瓶を取り出して飲んでいる。
「お前も飲むかい? せんべいのお礼だ」
僕の視線に気づいたのかそう言って飲みかけの盃を差し出す萃香。
「冗談。お前の酒なんて一口で前後不覚になっちまうよ」
「安心しろ。その時は責任もってお前をさらってやるから」
そうやって不敵に笑う。冗談じゃない。
「ますます安心できないじゃねえか」
すると、いままで冗談を言い合い、笑っていた彼女が少しだけさびしそうな顔になった。
「そう、か……」
「え? あ、いや、その……」
いつも笑っている彼女の少し陰りを帯びた表情にどきりとして、言葉を濁す。
「ほら、だってさらわれると帰ってこれないというか、やっぱりそれはきちんとした
同意の上でというか、はじめてはやっぱり好きな人とでないというか」
矢継ぎ早にまくしたてる。自分で言ってることが支離滅裂な気がするが、この際勢いだ。
「じゃあ、お前は私のことが好きか?」
その一言で僕はまたしてもドキッとする。いや、いつも遊びに来るし、一緒にいると楽しい。
しかし僕は人間で彼女は鬼だ。そういう感情で彼女を見たことは、まぁ、ないこともないが、
それはどちらかというと憧憬に近いそれであって、恋愛対象としては……。
口に出そうとしたが、出てこない。否、自分の口が、誤魔化すのをよしとしないのか。
答えを待つ萃香は、期待と不安の混ざった眼で、僕を見上げている。
いや、自分の気持ちはわかっているんだ、けど、口には出しにくい言葉じゃないか。ああ、
でも、これは、言うべきタイミング、だよな。
「……うん、僕も好きだよ。萃」
すべての言葉を紡ぐ暇すら与えられなかった。タックル気味に押し倒されて、キスされる。
酒臭いのが少々ロマンチックさに欠けるが、それ以上に、甘く、心地よい香りが広がった。
「……へへ、やっと言えた」
「……そっか」
そう言って笑う彼女はとても可愛く見えた。
囲炉裏の炎で映る影が一つ。そこから聞こえる声は二つ。
「……いい加減降りろよ、お茶が入れられないだろ」
「いやだね。お茶はいいからこうしていたいんだよ」
よく見ると、男の影の肩口から、とがった角のようなものがひょっこり生えているように
映っている。そのつのもひょこひょこ楽しそうに揺れている。
「……萃香じゃなくて、僕が飲みたいの。大体キスしただけでこんなに酔うなんて聞いたことないぞ」
「ハン、知ったことじゃないね、それにお前は下戸過ぎなんだよ」
楽しそうに笑う声。
「というかな、正直言うと、そこにいられると、男としてその、困るんだよ」
「ん? それは私を女として見てくれているということか? それは嬉しいね」
困惑する人間と、笑う鬼。
さらわれたのは、体か、心か。
「……まぁ、福も鬼も、来たってことか」
「最初から来ているだろうに」
影の肩から腕が伸びて、首に絡まる。男の頭が下がっていく。
「……ちゅ……ん……ふぅ……ちゅ……」
そんな二人を、暖炉の火だけが照らしていた。
うpろだ1503
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天狗「そろそろ、あいつが来る頃か・・・」
妖怪の山にある小さな飲み屋、俺はそこの店主をしている。
っつっても客なんて全くこねえ。立地が悪いのか、それとも品揃えが悪いのか、はたまた接客か・・・
おそらく全てだろう。まあ俺が店番してるのなんて、特にやる事が無いからなんだけどな。
だが、最近妙なチビが入り浸るようになった。
ж ж ж ж ж
袖を無理やりちぎったようなシャツに、紫色の大きなスカート
そして顔をすっぽり覆っている亜麻色の長い髪には大きな角が二本。
そんな鬼がこの店に来たのは数ヶ月位前の事だ。
鬼はカウンターに座るや否や、「酒をらせー」と舌の回らない声で言ってきた。
少女の声だった。だが容姿や声なんて俺ら妖怪にはあてにならない(俺だってこう見えても500は超えている)
俺は自分で後で飲もうと思っていた酒を取りだす。
天狗「おらよ、つまみはねーぞ」
ほんとの事だ。客なんか来たのは数十年ぶり、材料なんて仕入れてないし、買ってくるのも自分の分だけだ。
・・・・・・なんでこいつはさっきから俺の事を睨んでんだ?
いや、顔は髪で隠れていて見えないが視線を感じるというか・・・まあ大体分かるだろ?
天狗「なんだ、何か文句でもあるか?」
鬼「いや、なんでもないよ・・・・・・・・・なかなかいい店だね」
天狗「いい店だったらこんなに寂れてねーよ」
それから鬼は黙りこくったままだった、偶にちびちびと酒を飲んでは俺の顔を見ての繰り返し
・・・なにか?つまみが無いからって俺の顔がそんなにも美味そうに見えるのか?
俺があれこれと考えている間に鬼はもう酒を飲み干していた。
萃香「・・・・・・萃香、あたしの名前」
天狗「へぇ、そうか」
萃香「酒、美味かった。また来るよ」
そういって鬼・・・萃香は店を後にした。一度俺を振り返った時に一瞬、顔が見えたんだが・・・
かなり可愛かった。
ж ж ж ж ж
萃香「おいーっす、親父!」
萃香は俺の事を親父と呼ぶが、断じて親父じゃない(これも妖怪単位だが・・・)
あいつに言わせると飲み屋の店主は「親父」と呼ぶのが通だそうだが、いい迷惑だ。
天狗「また来たのか、お前も飽きねーな」
萃香「長い事生きてると新しい楽しみを見つけるのも一苦労でね、いつものやつ頂戴~」
天狗「ったく・・・楽しみの前にまずその身だしなみをどうにかしたらどうだ?」
萃香「身だしなみ?これのどこがおかしいのさ?」
天狗「髪だよ髪。ボサボサで埃まみれで、そのくせ好き放題に伸ばして、それじゃあ鬼じゃなくて山姥だ」
おれは今まですっと気になっていた事を言った。
萃香「・・・・・・・・・変・・・なのか?」
意外な返答だった。どうせケラケラと笑うくらいで気にも留めないと思ったんだが・・・
本人も少しは変と思っているのだろうか?だとしたらここは言ってやるべきだろう。
天狗「ああ、変だな。少なくとも俺はかわいいとは思わない」
・・・返事がない、というかピクリとも動かない。まさか・・・怒ったのか?
仕方ない、もうちょっと後で渡そうと思ってたんだがな・・・
俺はカウンターの下に準備しておいた紙袋を取り出し、渡した。
萃香「・・・・・・・・え?」
萃香はその紙袋をじっと見つめ、俺の方を向いた。
俺がさっさと開けろと首で促すと、紙袋をバリバリと破いて中身を取り出した。
真っ赤なリボン
萃香「これ・・・」
天狗「お前のそのぼさぼさ髪が見るに絶えなくてな、昨日たまたま見かけたやつを買ってきてやったんだ」
本当は結構前から準備していた。が、なにせあの性格だ。何の脈絡もなしにほいと渡すと何を言われるか分かったものじゃねえ。
だから今回の流れは俺にとって千載一遇のチャンスと言っても過言じゃないだろう。
天狗「ま・・・、前髪もどうにかしな、見てるこっちが鬱陶しくなる」
俺が本当に言いたかったのはこっちの方だ。
だが流石に「お前の顔をもっと見たいから髪を整えろ」なんてアホなセリフが言えるほどの度胸は持ち合わせてない。
そして言われた本人はというと・・・
リボンを凝視したまま無言・・・
天狗「どうした、気に入らなかったか?」
萃香「う、ううん!いや・・・なんでもない」
なんでもないって・・・だったら礼くらい言ったらどうだ?
萃香「・・・・・・・・今日は・・・・・・・もう帰るね」
天狗「え?あ、おい!」
俺が呼び止める間もなく萃香はすごい勢いで店から出て行った。
一瞬見えた顔は酒も飲んでないのに少し赤かった気がする、体調でも悪くなったのか?
萃香が店に来なくなった。
わけが分からない。あいつがこの店にはじめて来てから、来なかった事なんて一度もなかった。
風邪でも引いたのか?いや、鬼が風邪を引く事なんて滅多にない。
用事か?・・・あいつに限ってそれはない・・・と思う。
天狗「・・・・・・あれか?」
そうだ、あのリボンを渡してからだ。
だがリボンを渡した事と店に来なくなった事が結びつかない。
俺からプレゼントを貰うのが嫌だったのか?
それとも俺が身だしなみの事を指摘したから怒ったのか?
分からない
俺は人付き合いがかなり悪い方だと自覚している。
俺は友達なんてモンが全くいなかった、必要だとも思わなかった。
萃香が来てからは毎日が楽しかった。あいつが店に来て、馬鹿笑いしながらどうでもいい事を俺に話す。
俺は適当に相づちをうってあしらっている風に装っていたが、あいつの声や身振りを見て、数回しか見たことのないあいつの顔を想像するだけで楽しかった。
・・・俺が・・・あいつの顔をもっと見たいと思ったのが悪かったのか?
俺がリボンなんかを渡したから・・・
カウンターをぶん殴った。
手が痛い、それでも何度もカウンターを殴り続ける。
ばかやろう、俺のばかやろう、俺はあいつの事が好きだった。あいつともっと話したかった・・・。
それを自分でぶち壊しやがって・・・!
ガタッ
・・・・・・?入り口の方から・・・・・・・・・・・まさか。
手から血が滲んでいるのも忘れ入り口に駆け寄り、引き戸を開ける。
天狗「萃・・・香・・・・・・?」
一瞬別人かと思った。
今までぼさぼさだった髪は俺が渡した赤いリボンで結わえていて、前髪は綺麗に切りそろえてしっかりと顔が見えた。
可愛い、その言葉以外思い浮かばない。
萃香は顔をほんのりと赤く染め、恥ずかしそうだった。
萃香「どうだ?可愛いか?」
天狗「・・・ああ、すごく可愛いよ。」
それを聞くと萃香ぱあっと顔を明るくした。
・・・かと思うとすぐに顔を曇らせうつむいた。
萃香「・・・ごめん」
天狗「もうずっと来ないかと思ったぞ」
萃香「・・・ごめん」
天狗「もういい、さっさと入れ。酒も準備してある」
萃香は首をフルフルと振った。
萃香「私はもう・・・行かなきゃいけない・・・」
最近、鬼の一族が山から・・・いや、現世からいなくなっているというのは聞いたことがある。
理由は分かっていないが、鬼と人間の関係が崩れてつつあり、
天狗「お前も・・・他の奴らと行くのか・・・」
萃香はうつむいたまま顔を上げない。
天狗「萃香・・・この店で一緒に・・・暮らさないか?」
萃香「・・・!」
天狗「別に・・・絶対に行かなきゃならない・・・って訳じゃないんだろ?だったら俺と・・・」
萃香「・・・・・・出来ないよ、これは私だけの問題じゃない」
天狗「なんで・・・なんでだよ!?萃香!俺は・・・俺はお前の事が・・・・・・!」
最後の言葉を言う寸前、萃香は俺の胸倉をつかみ一気に自分に引き寄せた。
そして・・・
萃香「んっ・・・・・・」
天狗「・・・!」
俺の唇と自分の唇を重ね合わせた。
一瞬何が起こったのがわからなかった。
そして理解したときには、俺は萃香を抱きしめていた。
萃香もおれの胸倉から手を離し、おれの腰に手を回す。
ずっとこの時が続けばいいと思った。
だがその願いも叶わず、萃香は俺の唇からゆっくりと離れていった。
萃香「それ以上は言わないで・・・本当に離れられなくなる」
その顔は涙でぬれていた。
萃香は俺の事をどう思っていたのか・・・その答えはこの涙が十分に語ってくれている。
天狗「いつか・・・帰ってくるよな?」
萃香は何も言わなかった。
そして、俺の腕から抜け出すと背を向けて歩き出した。
萃香の背中が遠くなる。
俺は叫んだ。
天狗「萃香!絶対・・・絶対に帰って来い!」
一度だけ振り向いた萃香の顔は・・・
輝くような笑顔だった
???「・・・・・・・さま・・・・・・・て・・・ぐ・・・・さま・・・・・・」
・・・俺を呼んでいるのか?
???「大天狗様!」
目を覚ますとそこは俺の仕事部屋だった。
・・・夢?
俺はいつのまにか居眠りしていたのか。
それにしても・・・懐かしい夢だ・・・・・・
???「休憩中のところ、申し訳ありませんでした」
大天狗「いや、いい。それより何かあったのか?射命丸」
射命丸「はっ、先日博麗神社付近で確認された妖気の正体が判明したのでご報告に来ました」
大天狗「そうか、ご苦労だったな。それでどうだった?」
射命丸「正気の正体は鬼が原因だったようです」
大天狗「鬼だと?鬼は大結界が出来る以前までに地下に行ったんじゃなかったのか?」
射命丸「それは・・・私にもなんとも・・・」
大天狗「そうか、もうすこし様子を見る必要があるな。鬼については何か分かったのか?」
射命丸「姿は子供くらいの大きさで、服装はシャツの袖を破いたような服と紫色の大きなスカート
真っ赤なリボンで結わえた亜麻色の髪から生えた大きな二本の角が特徴的でした。名前は・・・」
新ろだ285
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