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沖縄タイムス 「正確・人権」に欠ける報道 占領下の呪縛引きずる
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真実の攻防 沖縄戦「集団自決」から63年 3部<7>
沖縄タイムス 「正確・人権」に欠ける報道 占領下の呪縛引きずる
米軍上陸を目の当たりにした渡嘉敷島で、愛する家族を手に掛けた当時十六歳の少年、金城重明氏。後にクリスチャンそして牧師となり、沖縄キリスト教短期大学学長などを歴任、“集団自決の語り部”として、多くの書物を残している。
昨年、集団自決に関する教科書検定意見をめぐって沖縄世論が沸騰した中、金城氏は六月二日、那覇市で沖縄タイムス主催のシンポジウム「挑まれる沖縄戦―『集団自決』検定を問う」で、当時の体験を述べた。同紙が六月八日付でその詳細を報じている。
「私たちは日本軍の強制、命令、抑圧によって精神的に追い詰められ、死に追い込まれた。軍の存在なしに住民が自発的に死を選択することは決してなかった」
「私は渡嘉敷島の赤松嘉次守備隊長から直接聞かされたことをはっきり覚えている。『われわれ軍隊は、戦況を報告するため最後まで生き延びなければならないが、住民はそうではない』」
牧師であり、短大の学長経験者でもある氏の発言として、二十万人読者を持つ沖縄タイムスが報じた影響はすこぶる大きい。この発言を真に受ければ、赤松元隊長とは自分たちは何としてでも生き延びる立場だが、「住民はそうではない」すなわち住民は死んでも構わないと語る、卑劣な軍人となってしまう。これは赤松氏の人格にかかわるだけの問題ではない。
つまり、「日本軍は住民を守らない」という左翼の主張に合致し、作家大江健三郎氏が『沖縄ノート』の命題とした「沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生」(六十九ページ)を裏付けるものだ。
本当に、金城氏はこのような発言を赤松氏から聞いたのであろうか。
その点を、昨年九月十日、福岡高裁那覇支部の法廷で沖縄戦集団自決訴訟の原告側代理人が、証人として立った金城氏に尋ねた。
すると、金城氏はこの発言をあっさり撤回。「私がふと言った言葉」であり、「これはちょっと削除してください」「私ははっきり言ってない」と弁解した。
シンポジウムの会場で、実際に金城氏は、このような発言をしたかもしれない。だが、偽証罪に問われる可能性のある法廷で、金城氏は「住民はそうではない」という発言を赤松氏はしていない、と訂正したのである。新聞社としては、紙面に掲載した発言内容をいちいち、後日、修正するのはごめん被りたいと思うのは理解できる。
ただ、沖縄タイムスも法廷記録が公になった十月には、金城氏がこの発言を撤回したことを知り得た立場にある。
ところが――。沖縄タイムスが昨年行った集団自決・教科書検定問題のキャンペーン報道をまとめた同社刊『挑まれる沖縄戦』に収録された先のシンポジウムでの、「住民はそうではない」という発言は、削除されずにそのまま掲載されたのだ。
この本は、今年一月三十一日に初版が発売されている。それまでに掲載記事の検討、取材先に記述内容の確認作業も十分できたはずだ。沖縄タイムスは社を挙げてこのキャンペーンに取り組んでいたのだから当然、金城氏が法廷で発言の撤回をしたことも確認したであろう。だが、その上で同社は、社の方針としてこの発言を削除しなかった可能性が極めて高い。
そこには、言論機関として、報道される人の人権への細やかな配慮というものは微塵(みじん)も見られない。沖縄タイムスが、大多数の人の人権に配慮しないというのではない。ただ特定の人に対する人権を、無視するのである。
それは何故か。「軍命令」または「隊長命令」があった、とするような発言、またはこれを肯定する言動は大きく好意的に取り上げる。一方、これを否定する言動は一切無視し、黙殺する。昨年、県庁で会見を開いた座間味島在住の宮平秀幸氏の証言が良い例だ。
非公開だった金城氏の証人尋問での発言撤回についても、そんなことは誰も気付くまいと沖縄タイムスは黙殺したのであろう。それよりも赤松氏を冷酷な人物に仕立てることを選んだのである。
単行本『挑まれる沖縄戦』は、昨年九月二十九日の県民大会参加者の実数が約二万人と判明した後でも、平然と「十一万人」と掲載する。こうした報道の原点には、隊長の自決命令を明記した『鉄の暴風』(昭和二十五年発行)を守るためなら何でもするという意志がうかがえる。米占領下で誕生し、成長した沖縄タイムスは今なお、占領下の呪縛(じゅばく)にからめ捕られ、もがいているように見える。
(編集委員・鴨野 守)
(6月22日付 世界日報掲載)