二 発禁処分にされた外国新聞の報道
一九三七年十二月、日本軍が南京包囲戦と攻略戦を展開していたとき、これを取材するために外国
----42
人記者が南京に派遣されていた。かれらが南京大虐殺を目撃したとすれば、そのニュースは本社に送られ、何らかのかたちで報道されたはずである。
しかし、これらの報道記事を日本で探すことは難しい。かつて従軍記者をつとめたという田申正明氏が知らないはずはないと思うが、戦前日本には、悪名高い言論出版の弾圧・取締りがあった。そのため、南京事件を伝えた外国の新聞・雑誌は、国民の目にいっさいふれさせることなく、内務省警保局の手によって発禁処分にされていたのである。
洞冨雄氏が発見した『ニューヨーク・タイムズ』の南京特派員ダーディンのふたつの記事は、校閲で没収を免れたむしろ稀な例である(同氏編『日中戦争史資料9南京事件n』ならびに同書の復刻版『日中戦争・南京大残虐事件資料集』第二巻所収。以下本稿では前者の資料集からの引用のみを表記するが後者の復刻版についても資料所収の巻と頁数は前者とまったく同じである)。
現在では、言論弾圧の当局が残した資料・旧内務省警保局『出版警察報』(復刻版、不二出版)によって、南京事件を報道した外国の新聞・雑誌の所在だけは確認できる。この資料についてはすでに前坂俊之「検閲された南京大虐殺」(『現代の眼』一九八二年十二月)の紹介がある。
一九八四年の夏、アメリカのスタンフォード大学とカリフォルニア大学(バークレー校)を訪れたとき、私は『出版警察報』にリストアップされていたものを参考にして、当時の英字新聞を調べてみることにした。
スタンフォード大学のグリーンライブラリーで、検閲されていない『ニューヨーク・タイムズ』(マイクロフィルム)を見ているうちに、驚くべき歴史事実が浮かびあがってきた。それは、一九三七
----43
年十二月十二日、つまり、日本軍の南京占領前日に起こった「パナイ号事件」が、南京事件に暗い影をおとし、「謀略」ともいえる役割をはたしていたことである。