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沖縄の証言(下)はじめに

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中公新書261
名嘉正八郎・谷川健一編
沖縄の証言(下)
庶民が語る戦争体験
中央公論社刊
昭和46年9月15日印刷
昭和46年9月25日発行


はじめに


 『沖縄の証言(上)』は沖縄本島の中部が中心であるのにたいして、『沖縄の証言(下)』は南部を中心とする。上巻の「はじめに」で述べたように、本書は『沖縄県史』の中の一巻である『沖縄戦記録』をもとに編纂したものであるが、下巻には、アメリカ軍による国吉(くによし)部落の避難民虐殺の記録と本部(もとぶ)半島の記録を新しく聞書きして収録した。上巻と同じく下巻も宮城聰(みやぎそう)と星雅彦(ほしまさひこ)が体験者の話を文章化する仕事にあたった。

 下巻の舞台である沖縄本島南部は、沖縄戦が最後の破局に突入した地域であり、それだけに沖縄の人たちの受難は形容を絶するものとなっている。八重瀬(やえす)岳のほかにはさしたる山もない茫漠(ぼうばく)とした丘陵地帯で、果ては断崖となって南の海にそぎ落とされるこの南部に、三十万と推定される沖縄住民と日本軍が入りまじって、陛海空からアメリカ軍の攻撃を受けた。

 日本軍最高司令部のあったところは、かつて「枯れ摩文仁(まぶに)」と呼ばれた不毛の土地であった。カヤやススキの生いしげる以外になにものもない荒涼とした風景をいろどるものは、たえまない硝煙の中を逃げまどう避難民と絶望の色をかくすことのできない日本軍だけであった。一分ごと一時間ごとに母や子を失う地獄図絵が展開されるなかで、日本軍と沖縄住民の対立は極度に尖鋭化していった。沖縄死守を呼号する日本軍が沖縄の非戦闘員を保護するどころか、そのあからさまな敵対者の役割を果たす光景がいたるところで見られた。日本軍の国土観念には、沖縄の住民は不在でありふくまれていなかったことは、本書に述べられた証言によって指摘できる。沖縄を守ることが可能かという問題は、沖縄の往民を守ることがはたして可能かという疑問にほかならないことがこんにちなおいわれうる。

 ことさらつけ加えるまでもないことであるが、編者が本書を刊行しようとする意図は、沖縄の庶民の言語に絶する戦争体験をひろく日本国民に知らしめ、二度とこのような悲劇が起こらないようにすることにある。沖縄戦の悲彦な体験を沖縄の人たちだけに背負わせて事足れりとすることばできない。そのかぎりなく重い体験記録は、日本国民が共同で受けつぐべき遺産である。一九七二年本土復帰によって、翁エアの社会は激変することがあろうとも、沖縄の戦後社会の土台にすえられたこの戦争体験の記録は微動だにすることなく、ながく後世にまで伝えられるであろうことはまちがいない。

 なお本書と同名の書物が沖縄タイムス社から出版されている。併読されるたらぼ沖紬戦とそれにつづく戦後の沖縄の社会を知る貴重な手がかりとなることを付記しておく。

一九七一年八月十五日
名嘉正八郎
谷川健一