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2007年11月9日(金) 夕刊 6・7面
2007年11月9日(金) 夕刊 6・7面
元隊長、関与を否定/命令は「那覇から」
沖縄戦時、渡嘉敷、座間味両村で起きた「集団自決(強制集団死)」に対する戦隊長命令をめぐり、「沖縄ノート」の著者で作家の大江健三郎さん(72)や発行元の岩波書店を相手に大阪地裁に起こされた「集団自決」訴訟は九日、原告の座間味島・海上挺進第一戦隊の元隊長、梅澤裕さん(90)や大江さんらへの本人尋問でヤマ場を迎えた。
「集団自決」教科書検定問題の原因ともなった訴訟に注目は高まり、原告、被告双方の多くの支援者らが見守る中、緊迫した尋問が始まった。
「集団自決」教科書検定問題の原因ともなった訴訟に注目は高まり、原告、被告双方の多くの支援者らが見守る中、緊迫した尋問が始まった。
静かな緊張感が漂う法廷で、十時半すぎ、本人尋問が始まった。梅澤さんと、渡嘉敷島・海上挺進第三戦隊の元戦隊長・故赤松嘉次さんの弟、赤松秀一さん(74)が証言台に並び、宣誓した。
最初に灰色のジャケットを着た梅澤さんが、証言台前のいすに座った。
「住民に手榴弾を配ったり、配るのを許可したことは」、「ありません」。「住民があなた方がいた壕を訪ねたとき、なんと言ったのか」、「とんでもないこと言うんじゃない。死んではいけない」。原告側弁護士のゆっくりとした質問に、歯切れよく答え続けた。
村助役らが「老人、婦女子ら足手まといになるものは死んでくれと言われている」と話したことも証言したが、「だれから言われていたのか」と問われると「行政の上司、那覇あたりからの」と説明し、「集団自決」への軍命や強制に自らかかわったことは一貫して否定した。
一方、被告側弁護士が、梅澤氏が故宮城初枝さんに最初に会った時期などを尋ねると、これまでの証言や示された証拠と矛盾する答えをする場面もあった。
自らの陳述書に引用した宮城さんの手紙の一文「忠魂碑の前集合は住民にとっては軍命令と思い込んでいたのは事実でございます」について、「同じ気持ちか」と尋ねられると肯定し、後で「われわれの部隊が駐留したという程度の意味」と付け加えた。
◇ ◇ ◇
大江氏、表情崩さず
尋問を終え、梅澤さんが法廷を後にした約十五分後、大江さんが地裁に到着した。岩波書店関係者らに付き添われ、正面玄関につけた車から降りた。
約八十人の支援者や報道陣が見守る中、拍手に出迎えられた。紺色のスーツを着た大江さんは、一瞬、支援者の方に顔を向けたが、口を結んだ真剣な表情は崩さず、正面を向き直してまっすぐ建物の中に入っていった。
抽選会場に700人列/原告側が気勢 騒然
「集団自決」教科書検定問題の原因ともなった訴訟に注目は高まり、原告、被告双方の支援者らが集まって、大阪地裁は騒然とした雰囲気に包まれた。
開廷は午前十時半だったが、傍聴抽選会場となった大阪地裁北側駐車場には午前八時前から傍聴希望者が並び始めた。六十五席の傍聴席に対し、同訴訟ではこれまでで最も多い六百九十三人が列をなした。
抽選会場付近では、「戦隊長による軍命はなかった」と主張する原告側支援者が、「大江健三郎の人権侵害を許すな」と書かれたビラを配り、ハンドマイクで「九月二十九日の県民大会には慶良間諸島からの参加者はいなかった」、「渡嘉敷、座間味の住民に日本軍を恨んでいる人はいない」などと気勢をあげた。
被告側には沖縄などからも支援者が駆けつけ、静かに開廷を待った。兵庫県宝塚市から訪れた大森悦子さん(65)は「沖縄の体験者のおじいさん、おばあさんたちが話していることが、なぜ(原告側に)分からないのか。人間の気持ちに立ち戻り、素直に考えてほしい」と話した。