第5話(BSanother07)「過去を識る頃に」




Opening.1. 冒険の予感

ここは、ヴィルマ村復興本部兼領主館。その建物の一室、契約魔法師アスリィの執務室だ。

執務室として見ると、妙に揃えられたトレーニング機器が疑問を抱かせるが、部屋の片隅に一応ちゃんと執務机もある。
そんな部屋に、1人の来客があった。この村に滞在している聖印教会の司祭、シェリア・ルオーネだ。

「おはようございます、アスリィさん。」

「おはようございます!」

丁寧に挨拶するシェリアに、アスリィも元気に返し、話は本題に入る。

「今日は、アスリィさんに1つ相談がありまして。」
「以前、お話しした、森の中にあると推測される「パンドラの隠れ里」のことなんですけど。」
「アスリィさんが契約魔法師になって、あの森の探索の責任者となられたと聞いて、伺ったのです。」

以前、森の中を探索した時は、アイディ(の姿をしたロキ)を追うのが主目的だったので、結局、その「パンドラの隠れ里」とやらは見つけられていない。

「端的に言いますと、そろそろ本格的に探索を行うことを提案したいのです。」
「以前探索した時、森の中を結構見てはいるんですけど、それでもまだ見きれていない場所がありましたね。」

そう言って、シェリアはアスリィの執務机の上に、地図を広げる。(下図)
以前、悪しき方の側面のロキを追って、ボルドヴァルド大森林を探索した時に見た様子を記録したものだ。
(参照:第3話「魔境少女の影」)


この地図を見る限り、カーレル川よりヴィルマ村側では、未探索の領域というのはそう多くはない。
(正確には、さらに奥地に進めば未開の地はあるのだが、そのような場所はもはや魔境の奥の奥、仮にそこに里を作れるような相手だとしたら、どちらにせよ手の出しようがない。)

「なので、もしそういう里があるとしたらこの「混沌の沼」を越えたあたりが怪しいでしょう。」

シェリアが指を指す。確かに、「混沌の沼」の向こう側には簡単に渡れない以上、そういった隠れ里の存在しうる場所ではあるだろう。

「ところで、以前お話を伺ったのですが、地下の坑道を探索したこともありましたね。」

「ええ! あそこのゴーレムの事ですね!」

坑道に鎮座していたゴーレムのことを思い出して言う。
坑道で、森の方に抜けていく出口を見つけたものの、当時の実力では敵いそうにないゴーレムに道をふさがれており、進むことをあきらめたのだ。

「ええ、そのようなことがあったと聞いています。」

「確かに沼の方も気になりますが、ゴーレムの方もなんとなく人為的なものを感じますし。」

シェリアが2枚目の地図を広げる。(下図)
坑道の探索の時は、シェリアは同行していなかったはずなので、おそらくグランかミーシャあたりから借りてきたのだろう。
(参照:第2話「新たなる訪問者たち」)


「そうですね。何者かの作為も感じますし、方角と距離を考える限り、ちょうどこの出口は「混沌の沼」の向こうあたりに出るんですよね。」
「この2つのルートは、同じところに繋がっているのではないでしょうか?」

「アスリィさんもそう思います。」

2つの地図を重ね合わせたシェリアの推察に、アスリィも同意する。

「という訳で、ルートは2つに1つでしょうか?」

「ゴーレムを倒すしかないですね!」

どうやら、アスリィとしてはどうしてもゴーレムと決着を付けたい思いがあるようだ。
自信満々にゴーレムのルートを主張するアスリィに、シェリアは「まあ、ヴィルマ村の探索戦力を預かるアスリィが考える理由があるのだろう。」と納得して言う。、

「あ、もう決まってるのなら、それで全然結構です。」
「もちろん、私もお手伝いします。」

「ありがとうございます。」
「きっと今なら、倒せるはず!」

そう言って、アスリィはゴーレムへの再挑戦に向けて、闘志を燃やす。

「では、グランさんの方にもお話を通しに行きましょうか。」

シェリアとアスリィは、グランの執務室に向かって行った。

Opening.2. 示される岐路

サラの元に、タクト通信がかかってくる。
発信者に心当たりは無い。いったい誰からだろう?

「はい、もしもし。こちら、サラです。」

「こんにちは、サラさん。エーラム魔法大学事務局の者です。」

「はい、エーラムから、いったい何のご用でしょうか?」

「実は、突然の話で驚かれるかもしれませんが、サラさんにスカウトの話がありまして。」
「エーラムの方で、教員の席が一つ空きそうなんです。」
「現在担当されている方が、ご高齢で引退されるとの事なんですけど、その方は今、アトラタンの地理や産業を教えているので、そういうことを教えられる後任の方を探しているのですが…」

それに該当したのがサラということらしい。
なるほど、特にサラはヴィルマ村に来てから勉強した分もい含めて、そのあたりの分野の知識は相当なものだ。

「今は、ヴィルマ村というところで、村の開拓のブレインとして活躍されていると聞きます。」
「それに、召喚魔法師としてもあなたの実力は確かなものです。」

魔法の実力としても、エーラムの教員として最低限の基準は満たしている、ということらしい。
通信越しの声は続ける。

「もちろん、すぐに返答をくださいとは言いません。」
「ゆっくり考えて、決めていただければ。」

「はい、前向きに検討させていただきます。」

そこまで伝えて、通信は切れる。
こうして、サラの前に1つ目の道が示された。

  •  ・ ・ ・ 

後日、またもやサラの元にタクト通信がかかってきた。
今度の発信元は、ヴァレフール次席魔法師、ディレンド・グレイル。

「はい、もしもし。サラです。」

「ご苦労。ドラグボロゥのディレンドだ。」
「ヴィルマ村復興の調子はどうだ?」

「はい、順調に進んでいますよ。」

「うむ、よろしい。」
「さて、今日連絡したのは別件でだな。キミに話があるのだ。」

さて、何だろう?とサラが思っていると、ディレンドはサラの今後の進路について、1つの提案をした。

「ヴィルマ村の復興もひと段落ついたころだろう。」
「もともと、キミは期間限定のつもりでそこに派遣した魔法師だ。そろそろ、ドラグボロゥに戻る気は無いかね?」

「戻る、ですか?」

確かに、もともとヴィルマ村への派遣はそのような話だった。

「と言うのも、理由があってな。」
「実は、私はヴァレフールの魔法師団を引退することを考えている。」

それを聞いてサラは驚く。
ディレンドは魔法師団の中ではベテランだが、高齢を理由に引退するような歳でもない。(彼は、現在42歳である。)
続けて、彼は理由を語る。

「もともと、私はワトホート様に仕えると決めた魔法師だ。」
「本当はハルーシアに付いていきたかったが、引継ぎを蔑ろにする訳にもいかぬ、と思ってここまで残っていた。」
「とはいえ、レア様の現体制はひとまず安定してきた。もう私が残る理由もそこまで強く無かろうとは思うのだ。」
「魔法師団を辞した後はハルーシアに渡り、改めてワトホート様に仕えるつもりだ。」

「なるほど、そうだったんですか。」

そこまで話を聞いて、サラは納得する。
つまりは、ディレンドが抜けて、魔法師団をまた人事異動するにあたって、サラにも戻ってきてほしい、ということだろうか?
サラがそう考えていると、ディレンドから告げられた内容は、更にもう一段上の提案だった。

「そこでだ。後任の魔法師団次席に、キミを推挙しようと思っている。」

「有難いお話なんですけど、私なんかで良いんでしょうか?」

無役職の魔法師団員として戻るという話だろと思っていたサラはまた驚く。
魔法師団次席とは、これは大出世であることは間違いない。
(確かに、サラより6歳年下のヴェルナが主席魔法師を務めている以上、それに比べれば「異例の大抜擢」ではないのだが…)

「もちろんだとも。」
「ヴァレフールとしての大きなプロジェクトであったヴィルマ村復興をここまでやり遂げてくれた、と言うのは大きな実績だ。」
「それに、もともと魔法師団にいた以上、他所から連れてくるよりは引継ぎがスムーズだろうという思惑もある。」

ディレンドが改めて説明したところで、通信に割り込みが入り、3者間通信に切り替わる、
割り込みの主は、主席魔法師ヴェルナである。

「割り込み失礼します。ヴェルナです。」

簡単に挨拶をして、本題に移る。

「さて、ディレンドさんの方から説明はされたんですよね。」
「私から見ても、サラさんは魔法師団の幹部として、十分に資質があるかと考えています。」

そこで、いったん言葉を切って、少し困ったように言う。

「ただ、ちょっとお話を聞いたのですが、エーラムの方からもお声がかかっているんですよね。」

「え? どこでそれを?」

「それは、一応現状サラさんの上司はこちらなので、お話ぐらいは通りますよ。」

ヴィルマ村に派遣中とはいえ、ヴァレフール魔法師団員であるサラを引き抜こうというのなら、その上役には話が通っていて当然である、
その上で、ヴェルナは続ける。

「さて、私としては、というかヴァレフール魔法師団としては、サラさんの意向を最大限に尊重しようかと思っています。」
「エーラムに行かれるのも良いですし、ヴァレフール魔法師団に戻ってこられれば、次席魔法師の席を用意します。」
「もちろん、このままヴィルマ村に残っていただいても構いません。」

そう伝えて、この場での通話を切る。
こうして、サラの前にはまた幾つかの道が示された。
選び取るのは、彼女自身である。

Opening.3. 異界の神と普通の少女

復興本部兼領主館の裏庭。
ロキが一人たたずみ、何ごとか喋っているようだ。
独り言、というよりは、見えない誰かと会話をしているように見える。

「ああ、そうだ、知っているさ。」

「******」

「キミを取り戻したら、僕は消滅する、それは仕方のない事だ。」

「」

「あれ? ロキ、誰と喋っていたの?」

「アレックスか。聞いていたのか?」

「まあ、聞いてたというか、ここ村の中だし誰でも歩くかと。」

「一応、極力聞かれないように、裏庭まで出てきてたんだがな。」

「だってほら、あそこに香辛料畑が…」

アレックスの管理する香辛料畑は復興本部の裏手の方にあるから、そこに出ようとするアレックスが裏庭を通るのは不自然なことではない。
その点、ロキも少々迂闊と言えた。

「で、どこまで聞いていたんだ?」

「最初から…かな?」

「ふーん… まあ、もともと僕は異分子だしね。」
「キミはアイディを取り戻すことを考えてくれよ。」

「ホントはね、あわよくば僕もこの世界に残れたら面白いかな、って思ってたんだけど、そのために貯めてた混沌、だいたい失っちゃったからさ。」
「今はアイディっていう依り代がいるからなんとかなってるけど。」

「ロキはさ。この世界に未練はないの?」

「無くはないさ。だって僕はもともと面白いモノを見るのは大好きだ。」

「というよりも、アイディがこの後1人にされてどうするの?」
「誰が面倒を見るの?」

「え?君がそれを言うのかい?」

「いや、さすがにアレをアイディに食べさせるのはどうかと。」

「…自覚有るんなら気を付けてくれよ…」

「アイディの面倒を見るのは僕には荷が重いかな…」

「まあ、最悪キミじゃなくてもいいんだけどさ。」
「どちらにせよ、そう遠くなく僕は退去して、この体はアイディに返すさ。」

「というか、ロキはどうにかして残ろうとしないの?」

「そりゃ、この世界に残れたら残るさ。けど、正直難しいんだよね。混沌を集めなおすだけの時間が無いんだ。」
「理想を言うなら、今すぐにでも病気を治してアイディに体を返した方がいい。僕の憑依そのものがアイディに少しずつ負担をかけているんだ。」

「そうそう、グランさんから聞いたんだけどね。レア様って言ったけ? 伯爵様。」
「彼女がアイディを治すために、そういうのに詳しい魔法師の方を手配してくれたみたいだよ。」

「ということは、病気のことはその人に任せて、僕はロキをどうにかする方法を考えてもいいのかな?」

「キミはなんでそんなに僕をどうにかしたいんだ…?」

「だって、人員は多い方が…いや、何でもない。」
「…人が多い方が楽しいじゃないか。」

「ま、キミの気持ちだけ有難く思っておくよ。とはいえ、それが難しい事だということも、頭に入れておいてくれ。」
「正直、僕かアイディの二者択一を迫られる可能性は高い。その時は、迷わずアイディを選ぶんだよ。」

  •  ・ ・ ・

「うーん、そうかぁ…」
「ロキ、人型じゃないと憑依できないのかな…」

なんだか微妙に論点がずれたことを考えながら、アレックスは日々の仕事に戻っていった。

…ところで。
アレックスは微妙に、自身の体調の変化を感じていた。
なんというか、微妙に気怠いというか… まあ、動くのにそうそう支障は無いからいいか、と放置していたのであるが。

Opening.4. 伯爵の依頼

ここで少々、時間はさかのぼる。
ヴァレフール万博閉幕直後の首都ドラグボロゥ。

ヴァレフール伯爵レア・インサルンドは、ある人物を探しに向かっていた。
それぞれ片付け作業に追われている万博出展ブースの1つ、海を挟んでヴァレフールの対岸の街、ローズモンド伯爵領ブースに、目的の人物はいた。

「失礼、ローズモンドのヘルマン子爵の契約魔法師、ヨハン・デュラン殿とお見受けしますが。」

伯爵が声をかけた彼の名は、ヨハン・デュラン。(下図)
ローズモンド伯爵の側近である、ヘルマン子爵に仕える魔法師であり、専門は薬品学を中心とした錬成魔法である。


「これは、姫伯爵様。我が主に何か言伝でもございましたか?」

「いえ、ヘルマン殿ではなく、貴方に少し頼みがありまして。」

「もしかして、うちの者が何か粗相を?」

「そういう訳ではないのです。」
「今回のヴァレフール万博とは全く関係のない事ですが、私たちは今、優秀な治癒師の助力を必要としているのです。」

レア伯爵はヨハンに事情を説明する。
ヴィルマ村というところで、かつて原因不明の伝染病が発生したこと。現在、その村では新領主のもとで復興が進められていること。
ヴァレフールには現在、高位の生命魔法師や錬成魔法師がいないこと。

「なるほど…」
「そういうことであれば、私としても、ここで発生した伝染病であれば、大陸の方でも発生する可能性はありますし、調べておく必要があるとは思います。」

「ありがとうございます。」
「もちろん、ヴァレフールの方からローズモンドに依頼したという形になりますので、何らかの形でお礼はさせて頂きます。」

これでひとまず、依頼は成立した、ということでこの件の詳細について話を詰めていく。

「それについては、ひとまず現地に行って、そちらの人から話を聞く、という形になるのでしょうか?」
「ドラグボロゥの方にそれに関する文献などは?」

「一応、こちらでもヴィルマ村領主グランの依頼を受けて調べてはいるのですが、あまり芳しい成果とは言えませんね。」
「伝染病発生当時の報告書などは、もちろん残っているので、お渡ししましょう。」

それから、重要なことをもう1つ伝える。

「実は、村の方にいまだに1人、その病気の罹患者がおりまして。」
「特殊な事例なのですが、異界からの投影体に憑依されることにより、命を保っているという状態のようです。」

「そういうことなら、直接その患者をあたってみることで分かることもあるかと思います。」

そう言って、ヨハンはヴィルマ村に向かうことに決める。

  •  ・ ・ ・

レア伯爵が帰った後、ヨハンはローズモンドに残っている連絡役の初級魔法師にタクト通信をかけていた。

「ヨハンさん、どうされましたか?」

通信に出た魔法師に、ヨハンは先程のレア伯爵からの依頼の経緯を説明する。

「こういう訳で、もう少しブレトランドに残ることになった。」
「それから、ヴェルトールと話がしたい。」

ヴェルトール、とはヨハンの契約相手であるヘルマン子爵に仕える執事である。(下図)
以前、ブレトランドの港町オーキッドを訪れた時、彼が妙にこの近辺の地理に詳しかったことを思い出し、何か知っていることがあるかもしれないと思ったのである。
(参照:ブレトランド八犬伝第1話「孝~断ち切れぬ縁(えにし)~」)


しかし、連絡役の魔法師から意外な言葉が返ってきた。

「では、お話しできるか聞いてきますね。少々お待ちください。」
「実は今、ヴェルトール様は体調を崩されていまして、お仕事をお休みしているんです。」

「それは、お嬢様に振り回されすぎて、過労が、ということか?」

「お嬢様に振り回されていたのは確かなんですが、あの方がそのぐらいで倒れられるわけはないと思うんですがね…」
「とりあえず、聞いてきますね。」

しばらくすると、タクト通信がヴェルトールに代わる。
魔法師からタクトを受け取ったらしい。

「通信を代わりました。」

「確か貴殿はブレトランドの出身でしたね?」

「ええ、そうですが。如何いたしましたか?」

「以前、ナゴン村の近辺の薬草事情に妙に詳しかったが… いや、そもそも、そのあたりのヴィルマ村という村を知っているか?」

「もちろん知っていますよ。その当時はまだ私はブレトランドにいましたから。」

そこで、ヨハンはレア伯爵からの依頼について説明する。
その上で、何かこの伝染病について手がかりがないものかと問う。

「そうですね。あの村は焼き討ちにされてしまった以上、村に資料が残っている可能性は低いでしょう。」
「噂程度でいいのなら、当時、ヴィルマ村の領主が大規模な調査隊をボルドヴァルド大森林に出したらしい、とは聞いています。伝染病の発生はその直後だったので、森林から何か異界の病原体を拾ってきてしまったのでは、というのが当時の村民の噂でした。」
「それから、当時のその村の生き残りが、今は武官としてテイタニアの街にいると聞いています。」
「彼に聞くと、当時の村の様子が分かるからもしれません。」

テイタニアの街にいるという当時の村民、アレスのことを思い出し、ヴェルトールは言う。
彼自身も当時の村の生き残りではあるのだが、その経歴は伏せている。一方で村の過去のことを調べるのなら協力はしたいというところではある。そこで、彼の中での妥協案として、アレスのことを紹介したのである。
(アレスは別に元々ヴィルマ村の村民だったということをひた隠しにしている訳でもない(聞かれなければ言わないが)ので、まあ伝えてもよかろう、というのがヴェルトールの判断だった。)

「さて、これで多少なりとも力になれたでしょうか?」
「聞いていらっしゃるかもしれませんが、少々体調がすぐれないので、そろそろ通信を失礼します。」

「ああ、ゆっくり養生してくれ。」

言って、ヨハンはタクト通信を切り、またヴィルマ村への出立の準備を始めた。

Opening.5. 考古学者の推察

ヴィルマ村、グランの執務室にて。
この部屋に、村に滞在中の考古学者、アルバートが訪ねていた。

「どうされましたか? アルバートさん。」

「件の伝染病について調べていたのですが、ある程度資料がまとまったので、ご報告に。」
「領主さまたちが、向こうの万博に行かれている間に、こちらの方で文献を探っていたのですが、一つ気になることがありまして。」

「ほう、言ってみてもらえるか?」

「この村の初代領主、アーシェル・アールオンはご存知ですね。」
「彼は、この村の領主になって間もなく、病死したと伝わっています。それで、その病の症状なのですが、どうにも聞いている件の伝染病と近いな、と思うのです。」

そう言って、彼は幾つかの資料を提示する。
エルムンド時代のブレトランドのことを記した歴史書の写しのようだ。ところどころ、アルバートの手で注釈が加えられている。
その中に病床のアーシェルのことを書いた一節があった。グランもアルバートも、決して医学に詳しい訳ではないが、確かに聞いているこの村の伝染病と症状が似ているように見える。

「これが、何を示すのかは分かりかねるんですが、ちょっと偶然の符合と言うのは出来過ぎている気がしまして。」

その意見にはグランも納得するところだった。
一方で更なる調査はこのヴィルマ村で行うには限界がある。

「ふむふむ、まずドラグボロゥの方に連絡を取って、場合によっては貴方がドラグボロゥに行って資料を調査してもらうかもしれない。」

「それは、こちらにとってもありがたい話です。」
「ドラグボロゥの城の古書庫など、一度見てみたいとは思っていましたが、一考古学者の身では、そうそう閲覧許可の出る所でもないので。」
「貴方から言って頂ければ、その許可もおりるかと。」

そういうことで、グランはアルバートをドラグボロゥに派遣する方針で、話を進める事にする。

「ありがとうございます。助かります。」

そう言って、アルバートは領主の執務室を後にする。

Opening.6. 計画

アルバートと話した後、グランが執務室から出ようとしたところで、ちょうどグランの執務室に向かっていたアスリィとシェリアに遭遇する。

「あ、グランさん、おはようございます!」

「おはようございます。グランさん。」

挨拶する2人にグランは答える。

「ああ、ちょうどよかった。アスリィに話そうと思っていたことがあって。」

「あ、そうなんですか? 私もちょうどグランさんにお話があって、奇遇ですね。」

  •  ・ ・ ・

グランが2人を執務室に招きいれ、まずはアスリィの方から、シェリアから提案された森林探索について話をする。
混沌の沼とゴーレムのどちらかを越えていかなければならなさそう、だということ。

「という訳で、アスリィさんはゴーレムが絶対怪しいと思うんですよ!」
「まあ、混沌の沼も怪しいんですが、最終的に行き着く場所同じみたいじゃないですか。」
「だったらいつ動き出すか分からないゴーレムを先にヤっちゃいたいところじゃないですか!」

とシェリアの持ってきた地図を見せながら力説する。
まあ、グランとしても、坑道の中にいつまでも謎のゴーレムを放置しておきたくもないということもあり、その方針には同意する。

「まあ、鉱夫たちの安全もあるしな。」

「ええ、今のアスリィさんの勘でいうと… イケます。」

当時は力の差を感じたゴーレムだが、その後の森林探索などを経て、経験を積んだヴィルマ村の皆ならゴーレムを倒せるだろう、というのがアスリィの見立て(というか直感)であった。
とりあえず、グランの同意ももらえたところで、本格的に準備を進める方向で、探索計画は動き出すこととなった。

一方、グランの方からの用件であるが。

「ドラグボロゥの方に連絡を取りたいんだ。」

「おお、なるほど!」

一瞬、沈黙が通り過ぎる…

「…で、連絡を取ってくれないか?」

「…ああ!」

グランに言われ、自分が魔法師であることを思い出したアスリィが、タクトを取り出す。
ディレンド次席魔法師に通信をかけると、すぐに応答がある。

「ごちら、ドラグボロゥ魔法師団、ディレンド・グレイルだ。」

「ヴィルマ村契約魔法師のアスリィです!」

「ああ、キミの方から連絡をしてくるということを覚えたようだな。」

「流石に覚えました!」

さっきまで忘れていたということは黙っておくことにする。

「それで、どのような要件かな?」

アスリィはグランに言われたように、アルバートの書庫閲覧の申請をする。
ディレンドとしても、そういった文献探索のプロの手を借りられるというのは有難い話であるので、承諾する。
こうして、正式に許可が取れたので、アルバートはドラグボロゥの方に向かうこととなる。

  •  ・ ・ ・

通話を終えたところで、執務室にアレックスが訪ねてくる。

「グランさーん、ちょっとお話が!」

「珍しいですね。どうかしました?」

「これは大問題ですよ! ヴィルマ村に足りないものがありますよ!」

そう言って、手元の携帯端末にイラストを映す。どうやら、牛乳のイラスト、のようだ。
アスリィが聞く。

「これは、牛乳、ですか?」

「そうですよ。この村って辛いものしかないじゃないですか!」

…お前が言うのかよ。
そんな雰囲気が流れる中、アレックスは続ける。

「僕はそれでいいんですけど、皆さん、飽きた顔をしているので、さすがにまずいんじゃないかと…」
「週一でコンスタントにカレーが出てきますし。」

ちなみに、異界の海軍では、週1回金曜日はカレーという伝統があったりするが、それは曜日感覚の薄れがちな海上で曜日感覚を保つための方策であり、別にヴィルマ村で真似をする理由も特にない。
いろいろツッコミどころは多い提案だが、まあ、新しく畜産の手を広げる提案としては悪くは無い。

「なるほど、乳牛か… 確かにいいですね!」

こうして、ヴィルマ村開拓の次の小目標はまた定まった。

ところで、アレックスの方からロキとアイディについて相談されることはついには無かった…

Opening.7. 錬成魔法師のちょっとした意見交換

ヴィルマ村に向かう道すがらの馬上で。
ヨハンは、今回の依頼について、事前に少しでもこういった病気治療関係の知識を集めておくべく、知り合いの魔法師に連絡しようとしていた。

ところで問題は、誰に連絡するか、ということなのであるが。
頭の中に、知り合いの錬成魔法師を思い浮かべる。

まず浮かんだ名前は、メーベル・リアン(下図)。
エーラムでも指折りの錬成魔法師であるメルキューレ・リアンの直弟子であり、薬品の扱いなどには当然長けている。
とはいえ、1つ問題があった。
彼女はつい最近、新たに契約相手を見つけて再就職したのであるが、その契約先はブレトランド中部の新興国家グリースであり、一応ヴァレフールとは「友好国」であるものの、その国(特にトップであるゲオルグ・ルードヴィッヒ子爵)が何を考えているかは図りかねるところがある。
(参考:ブレトランドと魔法都市 第1話「新興国家の契約事情」)


なので、その候補を一度頭から却下し、他を考える。
次に思い浮かんだ名前はルナ・エステリア。(下図)
まだエーラム学生の身分ではあるものの、特にアーティファクトの錬成に特化した錬成魔法師として、実力に対する評価は高い。
聞くところによると、現在エーラムを休学中とのことだが、どちらにせよ中立の立ち位置だと思われるので、メーベルよりは国のしがらみは少なかろう。
(参考:ブレドランドの英霊 第7話「受け継がれる魂」)


ということで、ルナにタクト通信をかける。

「あ、もしもし… ん?ヨハンなのだよ…?」
「随分久しぶりなのだよ?」

そう言って、ルナが通信の応答する。
だが、なぜかどうにも、通信の調子が悪いようだ。時折声が切れたり、ノイズが混じったりする。
とはいえ、事情を説明する。

「こういう訳で、ヴァレフールの新伯爵様の依頼で、ブレトランドにいるんだが。」

「ヴァレフールの新伯爵…!」

依頼主の名前を聞いてルナは少し動揺したような声を上げるが、それほど気にせずヨハンは続ける。

「今、お前は休学してどこかに行っているんだろう?」

「まあ、そういうことなのだよ。」

「何か旅先でそういった話を聞いた事は無いか?」
「少なくとも、黒死病とかの類では無さそうなんだが。」

「黒死病だったら、原因ぐらい分かるし、ブレトランドなら、ヴィットがあるのだよ。」

「あそこの近くには、スヴァットという別の薬草があるようだが、それでもなかったようだし。」

「うーん、聞いてみた話だけじゃ、何とも分からないのだよ。」
「実際に患者さんに会って、診てみればもしかしたら分かることもあるかも……」

ルナがそこまで言ったところで、通信がさらに不安定になり、そのまま切れてしまう。
いったい彼女はどこにいるのだろう、と怪訝に思いながらも、ひとまず仕方ないか、と納得してひとまず現地に付いてから考えみることにする。

Middle 1.1. 錬金術師の見解

少し勾配のある道をたどり、ほどなくして、ヨハンはヴィルマ村に到着する。
村に着くと、さっそく復興本部兼領主館を訪ねる。

領主のグランは、ドラグボロゥからの魔法師が到着した知らせを受け、領主館に招き入れる。
出迎えたグランとアスリィに、ヨハンが挨拶する。

「ローズモンドから、いや、今回はドラグボロゥから参りました、ヨハン・デュランと申します。」

「あなたがヨハンさんですか。お話は伺っていますよ。」

「この前の万博の時には、金賞受賞おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」
「村の皆で協力して頑張って、何とかなりました。」

それから、ヨハンは別件ではあるが、自身の私用の事を少し尋ねる。

「そうそう、1つお伺いしたいのですが、万博の折の騒動に、蛇だか竜だかに関わるものが現れたとのことですが、その中に、竜の邪紋使いはいましたか?」
「こういう邪紋使いなのですが。」

そう言って、ヨハンはその邪紋使いの邪紋を描いた図を見せる。
東洋風の竜の力を使う邪紋使いとの事だが、残念ながらグランたちには万博の折にも、それ以前にも、心当たりは無い。

ヨハンはかつて、大陸の方で共に戦い、友誼を結んだ龍の邪紋使い、今は行方不明となっている彼を探しているのだ。
なので、アトラタン東方のことや竜の事となると、どうしても彼に関係は無いかと確認してしまうのだが、今回もまた、ハズレだったようだ。
(参考:Twitterゲーム グランクレスト大戦)

「まあ、それは私の個人的な目的の話なので、それはいいとしましょう。」
「とりあえず、伝染病に関して分かっていることをお伺いしたいのですが。」

こうして本題に入る。まずは、患者を診てみるのがセオリーだろう。

「あと、生き残った方がいるとの事ですが。」

「今から呼びましょうか?」

グランはそう言うと、館の従者に命じて、ロキを呼びに行かせる。
ほどなく、執務室のドアをノックし、アイディの姿をしたロキが少し背伸びしてドアを開け、入ってくる。

グランたちと机を挟んで座る見知らぬ青年に、きっとこの人が派遣された薬師だろうと踏んで、挨拶する。

「初めまして、伝染病の解決のために来てくれた、薬師の方、でよかったかな?」

ヨハンが肯定し、ロキ(アイディ)の状態を診せてもらうことを頼む。言われると、ロキは自身の今の状態について説明する。

「ああ、少し待ってくれ。」
「一瞬だけアイディに体を返す。その間に手早く済ませてくれ。」

どうやら、アイディの現在の状態では、ロキによって症状が封じられているので、診断は難しいだろう、とのことだった。そこで、病状にはあまり良くないことを承知で短時間だけアイディに身体の優先権を返すことを提案する。
そう言うと、ロキは静かに目を閉じる。恐らく、アイディに体を返したのだろう。アイディは病による衰弱もあって、そのまま眠っているようだ。

その間に、ヨハンは高度な錬金術で作られた医学用アーティファクトである医神の眼を光らせ、アイディを診察する。一通りの診察を終えたところで、ある意外な結果を結論付ける。

まず、この症状は正確には病気でない。
呪いであり、なおかつ毒物の類、つまりは体内に毒物を生成するような呪いなのではないか、というのがヨハンの見立てである。
また、確かに聞いていた通り、何者かがアイディに憑依していたという形跡がある。恐らくロキだろう。
だが、この存在はきっと病気には無関係。むしろ、ロキの憑依によって命を長らえていたのだろう。この辺りは事前に聞いていた通りだ。
そして毒物である以上、その治療に必要なのは血清。もっと言えば、その精製に必要なのはその毒物そのものだ。
それから、気になることがもう1つ。ロキが一時退去したこの状態でも、アイディの病はとても伝染するものには見えないのである。(毒物の類である以上当然だが。)

「伝染病と言われていたけれど、実は伝染病じゃない…」
「少なくとも、彼女が今それほど重篤な状態になっているにも関わらず伝染の危険が無い、ということは…」

とはいえ、かつてのヴィルマ村では村中にこの症状が広まっていったことは確かである。
この症状が伝染する条件などがあるのだろうか…?
そうヨハンが考察していたところで、アイディがゆっくりと目を開く。ロキが返ってきたのだろう。

「そろそろ時間的に限界だな。もういいかな?」

「ああ、無理をかけたね。」

「無理をかけたのは僕じゃなくてアイディの方さ。」

「しかし、これでなんとか突破口は見えそうです。後は毒の発生源さえ分かれば。」

そう、この症状が「毒物」によるもの、と分かったのは大きい。ただ、当然ながら、これだけでは解決とはならないのだ、
まだ、その「毒物」の正体を特定し、その「サンプル」を入手しなくてはならないのだ。不可解な毒物の発生源として、この村の近辺で、一番考えられるのは…

「やっぱり魔境の方に行くしかないんですかね。グランさん。」

「あの考古学者も言っていたんだろ。」
「あと、以前この病気が広まる前、魔境に村から探索隊が出ていたという話もあったな。」

ボルドヴァルドの大森林であれば、どんな毒物が発生していたとしても不思議はない。「伝染する毒物」とはなんとも面妖だが、もしそういう物が存在するならば、かつての探索隊が森から持ち帰ってきてしまった可能性はある。

「魔境に行くということであれば、私も同行しましょう。」
「私がいた方が、何が毒物なのか分かると思います。」

ヨハンとしては、ここまで関わった以上、ちゃんとアイディの治療法を見つけるところまでが依頼のうちだろう、と考えて提案した。
それに実際、魔境に毒物を探しに行くならば、専門の錬金術師が同行していないと、見逃してしまう可能性すらあるだろう。

こうして、ヨハンも交えて、ボルドヴァルド大森林探索が計画されることとなった。

  •  ・ ・ ・

診察を終えたあと、ヨハンは再び、「私用」の方に戻る。
というのも、この村にはアトラタンの東方に関わっているの者がいるのではないかと考えていたからである。

「そういえば、万博に出展していたカレーは誰が作られたのですか?」

誰か?、と言われれば、その発案者であるアレックスを挙げるべきだろう。

それなら、と言ってアスリィが《ディテクトカオス》の魔法で探知をする。混沌の反応を探知するこの魔法を使えば、村近辺はそうそう強い混沌反応は無いので、アレックスの居場所を見つけることができる。
反応を見ると、村の周りにいる混沌はアスリィたちのすぐ近くに1人、これはきっとロキだろう。
それから、村の外れの方のアトリエに反応1つ。これはきっとアトリエの主であるミーシャ。彼女も投影体なので、この探知には引っかかる。
そこそこ高位の邪紋使いっぽい反応は… 上空?

…なぜか彼は、空を飛んでいた…

声をかけて降りてきた彼に話を聞くと、以前手に入れた空を飛ぶ混沌装備のテスト飛行をしていたらしい。
携帯端末といい、どうにも彼はちょくちょくそういった装備を見つけてくる才能だか運だかがあるようだ。
降りてきたアレックスにヨハンは問いかける。

「あなたが、例のカレーを作った方ですか?」

肯定するアレックスに、

「あなたは、その技術をどこで習得したのですか?」
「私が知る限り、あれはシェンムー南部のナユタ地方の料理でして。」

シェンムーとは、アトラタン大陸の東部に位置する地域のことである。
その北部はシャーン地方、南部はナユタ地方と言われ、それぞれアトラタン西部とはまた違った独特の文化を築いている。
ナユタ地方で広く作られている料理であるカレーを知っているということは、そちらの方の文化に詳しいのでは、そしてあわよくば自分の探し人を知っているのではと思ったが…

「こちらの方は、昔流浪の旅をしていた時に、激辛料理店で見ましたし。」

別に、アレックスが以前シェンムーを訪れた事があるわけではないらしい。
まあ、少ないとはいえ大陸東西の交流もある。(以前会った商人、咲季もまたそうである。)
シェンムーの料理人がこちらで店を開いていることもあるだろう。
まあ、元よりそうそう手がかりなど見つかる訳もないと思っていたヨハンは、それはそれとしてシェンムーの料理の話を始める。

「私も、そちらの料理、特にもう少し北のシャーン地方の料理を勉強しているのですが、麻婆豆腐と言うものをご存知でしょうか?」

「確か、大豆の加工品を使って辛いソースを使った…」

「そうです。シャーンの香辛料には「麻」と「辣」というものが有りまして。」

ヨハンには錬成魔法師としての他に、探し人である彼(邪紋使いであり、また料理人でもあった)の影響を受けた料理人としての顔もあるのだ。
必然、シャーン地方とナユタ地方の違いはあるといえど、シェンムーの料理の話には花も咲かせたくもなるものだが。
アレックスとの話がひと段落したところで、ヨハンはせっかくなのでお近づきの印に、とシャーン地方の料理を作ることを提案する。

「辛い豆腐と甘い豆腐がありまして、いや、甘い方は正確には豆腐ではないのですが。」
「どちらが良いでしょうか?」

「甘い方で。」

「ちょっと、グランさん!」

アレックスが反論しようとするが、構わずグランは即答する。グランは甘党だ。
それを聞いて、ヨハンは荷物の中から中華鍋を取り出し、

「これはかつて私の友が使っていたものでしてね。」

と誰にともなく語る。
久々に、まともな「料理人」が現れた瞬間である。

(一応、グランやアスリィ、サラも料理ができなくはないが、特に「料理人」とは言えないだろう。)

Middle 1.2. アイスクリーム計画?

アレックスがサラに声をかけてきた。

「サラ―、いるー?」

「何ですか? アレックスさん?」

「サラって色々召喚できるんだよね? 無機物とかって出来る?」

もちろん、生物だけではなくで、武器や防具、あるいは日用品といったものの召喚も可能だ。
というより、サラが学んできた浅葱の召喚魔法という系統は、そういったものの召喚に特化した系統として知られている。

「じゃあ、これは出来る?」

そう言って、アレックスが頼んだのは、「冷蔵庫」という食料を低温で長期間保存するために異界で使われている箱であった。
サラは少し考えて、出来ると思うと答えた。
以前、ヴィルマ村の仮復興本部を召喚していたように、浅葱の召喚魔法の中には異界の建物をそのまま召喚する、というものがある。
その魔法で召喚された建物には、家具などの付属品一式が付いてくる。
であれば、「大は小を兼ねる」ではないが、建物の中身の「冷蔵庫」だけに絞って召喚することもできるだろう。

問題は、《シェルタープロジェクション》の魔法の規模では、「冷蔵庫」が付属するとは限らないので、おそらく大規模要塞を召喚する《フォートレスプロジェクション》の方の魔法を使うことになる、ということだ。
《フォートレスプロジェクション》の魔法は、魔力消費も非常に大きいことで知られているのだが…

まあ、村で日常を過ごしている以上、それほど立て続けに魔法が必要となることも無いだろう。
休息の時間は十分にとれそうだし、大きな問題な無いか、と結論する。

「実は、この「アイスクリーム」というものを作りたいんだけど…」

アレックスが手元の携帯端末で、レシピを見せながら説明する。
…つまり、先ほど牛乳がどうとか言い出したのも、それが目的らしい。

サラが《フォートレスプロジェクション》の魔法の詠唱を始め、ほどなくして、部屋の中に大きな「冷蔵庫」が出現する。
これは、いわゆる「業務用冷蔵庫」という物ではなかろうか…?

「何も、ここまで大きなのじゃなくても…」

「だって、出来ちゃったんだもん!」

よく考えれば、《フォートレスプロジェクション》の魔法をベースにしている以上、要塞の厨房をまかなう「冷蔵庫」ともなれば、大きくて当然かもしれない。

  •  ・ ・ ・

こうして「冷蔵庫」の召喚を終え、部屋をでたサラは、今度は廊下でアスリィと遭遇する。

「あ、サラさん、ちょうどいいところに!」
「あれ、何だかお疲れですか?」

「いえ、何でもないです。」

実際、「冷蔵庫」の召喚で結構な魔力を消費しているのだが。

「今度の開拓計画なんですけどね。」

そう言って、ヴィルマ村の今後の開拓計画を記した書簡を見せる。
今までサラがほぼ全て書いていた書類も、最近はアスリィにも少しずつ分担している。
見ると、初めてこういったものを書いた時から比べると、書類の体裁が整っているように見える。
どうやら、契約魔法師として、着々と進歩はしているらしい。

「どうですか、この計画書!」

「そうですね、一番最初のと比べると、良く出来ていますよ。」
「もう私の力を頼らなくても良さそうじゃないですか。」

「えー、そんなことはないですよ。さみしいですねー。」

「まあ、まあ、言葉のあやですよ。」

そう言いつつも、サラは、エーラムとドラグボロゥから受けた連絡を思い返していた。
どちらかの話を受けるなら、自分は遠からずこの村を去ることになるだろう。
この村の魔法師としての仕事はアスリィに託して…

Middle 1.3. 彷徨う図書館

アスリィの元にタクト通信がかかってきた。通信の相手はヴェルナ・クアドラント。
どうやら、ドラグボロゥに向かったアルバートが、グランに至急伝えたいことがあるとのことだ。
アスリィはタクトをグランに渡し、ヴェルナはアルバートに渡す。

「グランさん、こちらアルバートです。」

「何か分かりましたか?」

「アーシェルについてはまだ調査中なのですが、それはそれとして、興味深いコトを見つけまして…」
「関係なくは無いのですが。」

「とりあえず、言ってみてくれ。」

「別のアプローチで情報収集が出来るかもしれません。」
「「漂流図書館」って知ってますか?」

残念ながら、グランにはその名前に心当たりは無い。
隣で聞いていたアスリィは聞いたことがあったようで、何か納得したような反応を見せる。
その様子を確認したうえで、アルバートは続けた。

「アスリィさんはご存知のようですが、最初から説明しますね。」
「「漂流図書館」というのは、ブレトランドを含むアトラタン北部を巡回する、動く魔境なんです。」

漂流図書館はアトラタン北部を円状の軌道で周回しており、その経路にはヴィルマ村近辺も含まれている(下図)。
(参考:ブレトランドの遊興産業 第5話「禁断の魔酒」)


「近くに来ているんですか?」

「はい、調べに来た本題とは別件なのですが、偶然にもこうした調べものには良さそうなところを見つけましたので。」
「それが、間もなくヴィルマ村近辺に出現するはずなのです。」

なので、さしあたりこの件だけ報告を入れた、ということらしい。

「それで、その図書館にはどうやって行くんだ?」

「近くに来た時には、入り口、ゲートのようなものが近辺のどこかに出現するのですが。」
「ヴェルナさん曰く、アスリィさんの《ディテクトカオス》の魔法を使えば、入り口を見つけるのは難しくないかと。」

「なるほど。情報提供ありがとう。」

「他に何かあるか?」

「いえ、とりあえずこれが急を要する情報だったのでお伝えしましたが、本題の調査はまだまだこれから取り掛かるところです。」

「それから、こちらからも伝えておきたいことがある。」
「薬師のヨハンさんがこちらに来てな、ロキを見てもらったんだ。」

そう言って、先ほど聞いたヨハンの見立てを伝える。
件の伝染病は、毒物とそれを生成するような呪いによって成り立っているのではないかと。

「…毒物、ですか…」
「わかりました。では、少しそれも頭において調べてみます。」

「ああ、頼む。」

こうして、アルバートとの通信が切れる。

  •  ・ ・ ・

一方、時をほぼ同じくして。

ヨハンは再びルナへの連絡を試みていた。
唐突に通信状態が悪化して、切れてしまったのを見ると、いったいどこにいるのだろうとは気にかかる。

「もしもし?」
「あ、繋がりなおしたのだよ!」

「すまん、さっきはどうも電波が悪かったようで。」

「いや、私がいるところが問題だから、仕方無いのだよ。」

「で、結局、今どこにいるんだ?」

「実は、「漂流図書館」という魔境の中にいるのだよ。」
「調べものがあるのだよ。」

ルナから帰ってきた答えは、かなり突拍子のないものだった。
確かに、魔境の中、しかも移動する魔境などという特殊な魔境ならば、通信がつながりにくくもなるだろう。
「魔境図書館」については、それなりにその存在は(噂話レベルで)知られているが、その実態はかなり謎に包まれている。
ヨハンが聞いていた噂によると…

「というか、大丈夫なのか?」
「パンドラの本拠地、という説もあるが。」

「えっと、今のところはそんな気配は見えないというかー、一筋縄じゃ情報をくれない的なトラブルはあるのだけどー」

どうやら、パンドラの本拠地だというのはまた噂に過ぎないようだ。
(あるいは、単にルナの目をごまかし切っているほどに上手く隠蔽されているのか。)

「あ、でも、そういえば、ヨハンさんはヴァレフールに来てたのだよ? なら、そのうち近くを通るかもしれないのだよ。」

「と言うか、それは、そう簡単に外から出入りできるものなのか?」

「入り口を見つける事さえできれば、難しくないのだよ。」

(…そういえば、この村の自然魔法師が《ディテクトカオス》を使っていたな…)
ヨハンは考える。
調べごとが目的の現状を考えると、「漂流図書館」を利用してみるのも悪くないかもしれない。
そうこう会話をしているうちにまた、通信にノイズが混ざり始める。

「あ、またタクトの調子が… ああ、これはまたしばらく通信が…」

そうして再び通信が切れる。
おそらく、「漂流図書館」は常に移動している以上、通信状態の悪いところも比較的マシなところも通るのだろう。

  •  ・ ・ ・

ルナとの通信が切れた後、ヨハンはグランたちのもとを訪れ、「漂流図書館」について提案してみることにする。

「という訳で、知り合いがこういう貴重な書物があるといわれる謎の異空間に…」

「ああ、漂流図書館のことですか?」

「おおう、ご存知でしたか?」

いかなる偶然かちょうど今しがたその話を聞いていたアスリィが答えると、ヨハンは少し驚きながらも話を続ける。

「なら、話が早い。」
「あなたの《ディテクトカオス》なら、図書館の入り口を見つけられるはずだ。」
「あれは錬成魔法だが、私の専門からは少し外れるんだ。」

《ディテクトカオス》は本来、菖蒲の系統と言われる錬成魔法師たちの学ぶ魔法だ。
ヨハンは紫の系統と言われる錬成魔法の本流である流派の魔法師であるのでその魔法は使えない。
一方、アスリィは得意な系統こそ、常盤の系統と言われる生命魔法だが、最近では他流派の魔法にも手を出している。
本来は、そうそう多くの系統の魔法を使いこなすことはできないのだが、アスリィに言わせると…

「なんか、やったら出来ましたよ?」
「魔法師ってそういうものじゃないんですか? 最近、水とか火も出せるようになりましたよ!」

ちなみに、水とか火を出すのは元素魔法、特に朽葉の系統と言われる流派の魔法である。
何にせよ、そうして習得した魔法の中に、幸いにも《ディテクとカオス》は含まれていた。
「漂流図書館」の接近時には、図書館の入口を見つけることができるだろう。

Middle 1.4. 続・ヴィルマ村畜産計画

さて、一方その頃、村の新事業も着々と進められていた。
先日、アレックスが提案した酪農計画の準備は村の方では一通り整い、あとは肝心の牛を迎え入れるのみとなっていた。

幸いにも、以前アレックスとアスリィが鶏を買い付けに行ったとき、彼らのことを妙に気に入ってくれた動物商人がいる。
今回も彼に頼むのが良いだろう。
港町オーキッドの彼を訪ねると、アレックスを見かけて大きく手を振って言う。

「おお、森の方の村の兄ちゃんじゃねぇか!」
「どうだ、うちの鶏たちは元気にやってるか?」

「あの節はお世話になりましたー」
「この前ちょっと大繁殖しかけましたけど。」

余談だが、マインクラフト界という異界では、鶏は卵を地面に投げつけると増えるらしい。自動化も可能である。
そんな小粋な異世界畜産ジョークを織り交ぜつつ、商談を進めていく。

「今日は牛を仕入れに来たんです。」

「ほう、ついにそこまで手を出すようになったか!」
「ヴァレフ―ルの畜産の花形だもんなぁ!」

もともと交友があった業者ということも、またアレックスもこういった仕事に慣れてきたこともあり、商談はつつがなく進む。
こうして、無事にアレックスは牛を連れてヴィルマ村に帰還することとなる。

Middle 1.5. 麦とホップと

アレックスが畜産方面を担当し、順調に村の開拓が進む中、サラもまた、農業の方で新たな試みを始めていた。

かねてから、冒険者の店"剣竜亭"の主人レグザをはじめとする、冒険関係者からの要望が強かった酒である。
一口に酒といってもその種類は豊富だ。
ブドウを原料として作るワインは、ブレトランドでも南部の地域なら生産されている(どちらかというと大陸のアロンヌやハルーシアの方が有名だが)。
ウィスキーもブレトランドではポピュラーだ。特にアントリア領のエルマ村などはその産地として名高い。

それらの中から、ヴィルマ村で選ばれたのは、ビールである。冒険者の酒、というイメージが強いこの酒は、実際この村での需要は見込めるだろう。
その製造のためには、用意しなくてはならない材料がある。ホップである。ビールを製造する際に、香り付け、それから保存性を高める目的で添加される植物だ。

元より農業に関する知識を誰よりも蓄えていたサラは、ホップについても丹念に調べ、とりわけ高品質なホップの栽培に成功する。
そも、このヴィルマ村の地が幸いにも栽培に適していたのかもしれない。

  •  ・ ・ ・ 

もちろん、これがビールとして完成するまでにはまだまだ時間がかかるのだが、その計画も着々と進みつつあった。
冒険者の店でヴィルマ村産のビールが出される日も近いだろう。

Middle 1.6. 「漂流図書館」へ

さて、そろそろアルバートの言っていた「漂流図書館」がヴィルマ村近辺に差しかかろうという頃合いである。
ヴィルマ村の皆は復興本部に集まり、魔境探索の準備を整える。

グラン、サラ、アレックス、ヨハンが見守る中、アスリィが《ディテクトカオス》の魔法を唱える。
映し出された結果を見ると、普段なら見られない大きめの混沌反応が1つ。
おそらく、これが「漂流図書館の入口なのだろう。

だが、少々場所が問題だった。
映し出された場所はなんとカーレル川の真上、当然ながら橋などない。
どうしたものかと思案しながらひとまずその場所に向かう。
(ちなみに余談だが、かつてエルマ村に「漂流図書館」が現れた時も川の上に入り口が出現している。水回りに引き寄せられる性質があるのか、それとも単なる偶然なのかは分からないが。)

現場に行くと、確かに岸辺から少し距離のある場所に入口らしきものがあるのが分かる。
運動神経に自信のある者なら、ジャンプで飛び込めなくもない、ぐらいの距離ではあるが。

さて、ここで一番確実な提案があがる。サラの召喚しているペリュトンに乗って、空を飛んで侵入する、というものだ。
ジャンプと違って万に一つも失敗して川に落ちるようなことは無いだろう。
ただ、問題はペリュトンは最大で4人までしか乗れないのだ。

「しょうがないなぁ、私はジャンプで大丈夫です!」

そこで、アスリィだけはペリュトンを使わず、岸辺からのジャンプで飛び込むことにする。
まあ、他の面々ならともかく、アスリィがこの程度の距離のジャンプに失敗するとは思えない。
こうして、1人はジャンプで、他はペリュトンで、「漂流図書館」の入り口へと飛び込んだ。

  •  ・ ・ ・

魔境の内部は建物の内部のような見た目になっていた。図書館と言われれば、確かにそれらしい。
本は周りには無いが、幾つか他の部屋に続いているとおぼしき扉が見える。
おそらく、ここはエントランス的なところなのだろう。

部屋には、奇妙な風貌の男が立っていた。いや、謎の細長い生物に乗って浮いていた(下図)。


「おやおやぁあ、こレはこレは、みなさぁあんん。」
「最近は、ホンっとぅうに、この図書館も、センキャク万来でぇすねえ。」

独特なイントネーションでしゃべるその男に、アスリィが警戒の目を向ける。

「見るからに怪しい!」

とはいえ、今のところ男に敵対の意志は見受けられない。
サラとヨハンが、先ほどのセリフから判断するに、この男は図書館の関係者なのだろうと踏んで対話を試みる。

「突然お邪魔してすみません。」

「あなたは、ここの管理人ですか?」

「マァ。そノよーなもぉのですぅよお。」
「この図書館をぉ、ツクぅリまアしたキャメロデオ様からぁ、こ↑こ↓の管理をマカされぇたぁものですよぉ。ディオ・コッキ―と申ぉしますぅ。」
「わざわあざ、コンなぁト・コ・ロまでぇ来て頂いぃたっとゆーコトわぁ、きっとナニカ知りたぁいことがあるンでぇはナイで・すかぁ?」

「ああ、そういうことだ。」

そこで、(おそらく調べたい症状について一番熟知しているだろう)ヨハンが、目的を説明する。

「このような、体内で毒素を生成する呪いの類を知りたいのだが。」

「まあ、コノ図書館のメインわぁ、ギャンブルゥとかぁげぇむとかぁの本ですけどぉ。」
「他にもタ・ク・サ・ン、医学書ぉ、歴史書ぉ、取り揃えておりマァアスよぉ。」

「それを貸してもらうことはできるのか?」

「ワタクシはぁ、キャメロデオさぁまからぁ、「見せる価値のある者が来た時には本を貸しても良い」と、言われえてマアすのでぇ。」
「何とかしてェ、ア・ナ・タ・方のぉ、「資質」を見ィせてイタダケればぁ。」

そう言って、漂流図書館の司書が告げた内容とは…?

Riddle 0. 魔境図書館からの脱出

ディオ・コッキーが提案したのは、「知恵比べ」であった。

この先にある部屋を脱出するには幾つかの謎を解かなくてはならない。
それらの謎を解いたうえで、1時間以内に部屋を脱出できるか、というゲームである。

ちなみに、これは地球という異界の一部で流行している「リアル脱出ゲーム」という遊戯に興味を持ったディオが、図書館に客が来ない時の暇つぶしに作った部屋なのだが、そのあたりの経緯は割とどうでもいい。

「アぁ、そうですう。ナカナカ謎を突破できずにィ、お困りの方もぉいらっしゃあいまあすのでぇ、よろしければご一緒にぃ。」

そう言って、ディオが視線を向けた方を見ると、そこにいたのは、黒い狐面を付けたアカデミー制服姿の少女であった。(下図)


「ちょっと事情(サラはフィーナの顔を知っているかもしれないので、顔を晒すとバレてしまう可能性がある)があって、こんな姿で失礼するのだよ。」

謎の狐面少女は、ヨハンに向けて言う。
見る人(ヨハン)が見れば、その正体はまる分かりなのだが、その意図はどうにも分からない。
幸いその意図は果たされたようで、サラが狐面少女の正体に気付くことは無かったが、ヨハンには困惑だけが残された。

その様子を見たグランが問う。

「おや、ヨハンさんのお知り合いですか?」

「ああ、この図書館にいると言っていた知り合いだ。」

「エーラム所属の錬成魔法師、ルナ・エステリアなのだよ。今は休学中のなのだけど。」
「どうぞよろしくなのだよ。」

顔を隠す事情があるとは言っていたものの、狐面少女は普通に名を明かして自己紹介した。ヨハンの困惑が強まる。

そこに、ディオが口を挟む。

「オヤァ、知・り・合・いでしたぁか?」
「だったらナオサラ話が早いぃでっすねぇ。力を合わせてチャレンジしてくださぁいな。」

微妙に疑問は残るものの、ヴィルマ村の皆にせよ、ルナにせよ、謎解きに挑む協力者が増えるのは歓迎だ。、
こうして、ルナを加えた6人で、図書館の謎解きに挑むこととなった。

…訳ではなかった。

  •  ・ ・ ・

ディオ・コッキ―に案内され、謎解きの部屋へと案内されようとしたとき、奥の、別の部屋から聞き覚えのある声がする。

「何だ! また、新たな客が来たのか? というか、聞き覚えのある声だぞ!」

その声を聞いて、ヴィルマ村の皆はすぐに気付く。
ヴァレフール万博の後、いったんティスホーンに帰ったはずの黒翼の傭兵少女、リリスである。

「あれー?」

「何してるの…?」

「こんなところで何してるんだ、キミ?」

ヴィルマ村の皆が次々に問いかける。

「いや、ヴィルマ村に向かうのに、ここが近道だと聞いて!」

確かに、ちょうどリリスが帰ったティスホーンも「漂流図書館」の経路には含まれている。
ティスホーンから「漂流図書館」に入り、ヴィルマ村で出れば、移動を大幅に短縮することも可能だろう。
よほどのバカでなければ、急ぎでもないせいぜい数日の日程の短縮のために魔境を突っ切ろうなどとは考えないだけで。

リリスはディオを指さして叫ぶ。

「違う! 私はただ通りたかっただけなんだ!」
「だが、コイツが謎解き勝負とやらを仕掛けてきて!」

「ああ、乗っちゃったんですね。」

リリスの性格を考えれば、勝負を仕掛けられて受けないはずがない。、

「なんだ! その可哀想なモノを見る目は!」

  •  ・ ・ ・

ディオが言う。

「何ですかぁ? あの方もぉ、ア・ナ・タたぁちの知り合いデスかーぁ。」
「折角なのでぇ、あなたたぁちが無事にナゾトキが出ぇ来ましいたらぁ、ついでに持って帰ってくれって、いぃでえすよっぉ。」
「置いとかれてぇも、邪魔なダケで困ぁりますしぃ。」

とはいえ、リリスは既に一度謎解きに失敗しているらしく、参加権は無いとのコトだ。
こうして6人で、図書館の謎解きに挑むこととなった。

…結局6人だった。

Riddle 1. 最初の関門 ~6つの謎~

案内されたのは、六角形の部屋だった。

部屋の中央には台座があり、その上には白黒に塗り分けられたキューブが鎮座している(下図)。
白黒になっているのは3面で、残り3面は特段何も描かれてはいない。

台座には何やら文言が彫り込まれている。


さらに、六角形の部屋の各辺には1枚ずつ張り紙がされている。



1枚目



2枚目



3枚目



4枚目



5枚目



6枚目



【GMより注釈】
※ このパズルはプレイヤー知識で解くことを前提に作られています。したがって、PCたちが知りえない知識を前提としている(現代地球のローカルな話など)場合があります。

どうやら、まずはこれを解け、ということらしい。
そこまで理解したところで、1時間のカウントの開始を告げるベルが鳴る。
ヴィルマ村の面々は、それぞれ分担してパズルに取り掛かる。

Riddle 2. 最初の関門 ~解答編~

◆◆◆ 以下 解答編 Q6 (反転で表示) ◆◆◆

真っ先に解答にたどり着いたのは、Q6に取り組んでいたアレックスだった。
問題を見てすぐに、「これはバラバラになった文字を戻せばいいんだ!」と気付く。

そうと分かれば、後は丁寧にピースを繋げて考えていくだけだ。

「最初のは「迷路(メイロ)」、次が「映画(エイガ)」、最後が「五月雨(サミダレ)」かな?」

こうして組み上げた単語を、対応する色の矢印のところに入れていく。
最後に、「Answer」と書かれた矢印のところを縦から読めば…

「分かった。答えは「女神(メガミ)」だね!」

答えを投函すると、おそらく次の問題だろう「6と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ。

◆◆◆ 以下 解答編 Q1 (反転で表示) ◆◆◆

Q1はグランの担当だった。
各色のラインに乗っている数字の合計値がヒントに示されているので、それを見て数字の配置を答える問題だ。
この問題は、ひたすらに計算との戦いにも見えるが、意外とそれほど計算に頼らなくても(方程式を解かなくても)、解いてしまえる。

まずは、合計値がそのまま示されているPink、Red、Greenのラインに注目する。
この3本のラインを全部足した合計は「真ん中の数字を3回、それ以外を1回ずつ」足した数、つまり「1~7の合計+真ん中の数の2倍」である。
それが「15+15+8」で「38」なので、「真ん中の数の2倍」は「10」、つまり「真ん中の数」は「5」だと分かる。

そうなると、Redのラインが分かりやすい。合計で「8」になる組み合わせは、もう「1」と「2」しかない。
そして、Pink、Greenのラインは、合計で「15」になるので、「3」と「7」、ないし「4」と「6」なのだ。

問題は、その4つの数字を使って作られる、BlueのラインとLight Greenのラインの差は「2」である。
ということは、組み合わせも自然に限られる。
Blueのラインは「4」と「7」、Light Greenのラインは「3」と「6」が入らなくてはいけない。

ということは、「Orange > Gray」の関係を考えれば、Blueのラインの「4」と「7」は、「7」が上になる。
「Light Green > Orange」を満たすためにはRedの「1」と「2」は、「1」が上になる。

まとめると、真ん中が「5」で、一番上から時計周りに「1」「6」「3」「2」「4」「7」となる。

答えを投函すると、こちらは「1と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ

◆◆◆ 以下 解答編 Q3 (反転で表示) ◆◆◆

Q6を終えたアレックスは、ひとまず封筒を置いておいて、まだ解けていないQ3にとりかかる。
いわゆる「あるなしクイズ」というやつだ。
「ある」の方に分類されている「壬生菜」「朝倉義景」「夏祭り」「明石」には何か共通点があるのだろう。

しばし考え、答えはパッとアレックスの脳裏に閃く。

「みぶな、あさくらよしかげ、なつまつり、あかし…」
「「ある」の方には木の名前が入っているんだ!」

答えを投函すると、今度は「3と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ。

◆◆◆ 以下 解答編 Q2 (反転で表示) ◆◆◆

Q2はアスリィが解いていた。
この光線鏡の問題、矢印から発射された光線が、鏡でどのように反射し、どこの文字を撃ち抜くかをシュミレートするものだ。

求められているコトはそれほど難しくないが、多くの鏡が一斉に回ったり、前のプロセスで回った鏡と回らなかった鏡があったり、頭の中で考えるには少々ややこしい。
紙を用意して、1つ1つのステップを正確にトレースしていく。

「最初は「コ」、鏡を回して、次は「ウ」…」

しばらくの時間をかけて、答えにたどり着く。
答えは、「コウセキ(鉱石)」だ。

答えを投函すると、今度は「2と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ。

◆◆◆ 以下 解答編 Q5 (反転で表示) ◆◆◆

Q5、天秤をヒントに重りの重さを考える問題である。
この問題はサラが担当し、取り組んでいた。

あくまでも、計算で解いていく問題だが…

「ここが釣り合ってるということは、黄色い重りと棒1つが同じ重さで…」
「緑は青よりも黄色よりも重くて…」
「紫と黄色の合計が、青の重さと同じ…?」

「重りと棒の重さが分かれば、この範囲を全部足すと1000gだから…」

「皿1つは20gだ!」

答えを投函すると、「5と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ。

◆◆◆ 以下 解答編 Q4 (反転で表示) ◆◆◆

Q4は、ヨハンとルナが取り組んでいた。
この手の問題は恐らく、「法則性を見つけ出す」問題だろう、とはすぐに分かる。それが実質4問ある、ということだ。
しばし考えたところで、ルナが最初の1つを見つける。

「一番下は、「N」だと思うのだよ。」
「Mercury、Venus、Earth、…、太陽系の惑星の名前なのだよ。」

なるほど、それならおそらく最後は海王星(Neptune)の「N」だろう。
一番下の問題には文字列の右にも左にも「…」が付いていないのも納得だ。
続いて、2列目にも気付く。

「これは数字なのだよ。One、Two、Three、fourだから、「O」なのだよ。」

ヨハンの方は、3列目に気付く。

「月の名前だな。SeptemberとNovembeの間だから、Octoberの「O」かな。」

だが、最後の1つ、一番上の列だけが分からない。
なぜか、この列だけ文字が黄色で書かれている、そして「I」が赤く、「?」が紫色に縁取りされていることがヒントだと思うのだが…

これは名古屋の地下鉄東山線の駅の頭文字なのだ。
ヨハンたちが気が付くまでには、少々の時間を要することとなるが、これを埋めて矢印の所をタテに読むと…

「MOONだな。」

答えを投函すると、「4と書かれた封筒」が返ってきた。どうやら正解のようだ。

Riddle 3. 第2の関門 ~キューブ・クロスワード~

先刻の謎を解いて手に入った封筒を開けると、そこには「沢山の質問が書かれた紙」が入っていた。

◇◇◇ 1の封筒の中身 (TRPGに関するカギ) ◇◇◇

Aのカギ

01 領域を司るシンドローム。 
   (『ダブルクロス3rd』より)

06 「豚人」と書いて何と読むか? 
   (『ブレイドオアルカナ リインカーネーション』より)

23 「苦悶の機械」の異名を持つ魔神
   (『ブレイドオアルカナ リインカーネーション』より)

28 スタイル「カブキ」が持つ神業
   (『トーキョーN◎VA アクセラレーション』より)

33 PCたちのこと
   (『永い後日談のネクロニカ』より)

40 共産主義者のこと。
   (『パラノイア』より)

Bのカギ

ーBのカギはありませんー

Cのカギ

19 原作で主人公シロエも使用していた《付与術師》の魔法。
  戦場全体に網の目のように張り巡らせた不可視の経路で仲間と自分を接続し、
  魔力を分け与える魔法。
   (『ログ・ホライズンTRPG』より)

◇◇◇ 2の封筒の中身 (グランクレスト・ブレトランドに関するカギ) ◇◇◇

Aのカギ

03 スパルタ村の領主、○○○○・ルーフィリア。

08 地球世界からの投影装備。エンジン付き二輪車。

38 「温泉郷」と呼ばれる村の名。

Bのカギ

32 元素魔法6レベル。アーティファクトではない船は破壊される。

50 『グランクレスト戦記』の主人公。

56 聖印教会の本拠地がある国。

Cのカギ

06 「ハルピュイア」「ケンタウロス」等のエネミーの出身世界。○○○○○界。

18 身長120cmの暗殺者。

21 メーベル・リアンの元契約相手、○○・デュヴェルジェ。

29 「ブレトランドanother #01」の舞台となった街

42 ナゴン村の契約魔法師、モミジ・○○○○○○。

46 ヴァレフール護国卿。○○○・E・レクナ。

◇◇◇ 3の封筒の中身 (文系科目(国語、地理、歴史、英語)に関するカギ) ◇◇◇

Aのカギ

10 「芋茎」と書いて何と読むか?

12 リビアの首都

17 四字熟語を完成させよ「○○盛衰」

32 ハンムラビ法典。「○○は目を」

35 「男性」を英語で

Bのカギ

09 「斑鳩」と書いて何と読むか?

11 現在の愛媛県にあたる場所の旧国名。

15 物事の間のこと。

17 バルト三国で最も北の国。

31 世界第4位の人口を抱える東南アジアの国。

36 数字を偽ること「○○を読む」

41 非暴力、不服従

44 「贈り物」を英語で。

51 ムアーウィアが創始した、イスラム史上初の世襲王朝。○○○○朝。

Cのカギ

49 エジプトの首都。

52 英雄ヘクトールの所属した国。

53 古代エジプトの王の称号。

55 英語では「スプリング」。

58 旧約聖書の登場人物、○○の女王。ソロモン王への問いかけの逸話が有名。

◇◇◇ 4の封筒の中身 (理系科目(理科、数学)に関するカギ) ◇◇◇

Aのカギ

27 日本語では「平方根」

Bのカギ

02 元素記号は「Sn」。

16 「地動説」の提唱者。

53 火山がマグマや火山灰などを比較的急速に地表や水中に噴き出すこと。

60 ベンゼン環2置換体の位置を示す接頭辞。
  隣り合っているものを「○○○」、隣の隣を「メタ」、反対側を「パラ」。

Cのカギ

07 流氷の天使。

34 ダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ宝石。

45 元素記号は「Re」。

54 宝石などに使われる重さの単位。

◇◇◇ 5の封筒の中身 (料理・食材に関するカギ) ◇◇◇

Aのカギ

13 アブラナシヤサイ○○○マシニンニクスクナメ
  (背脂なし、野菜多め、スープのタレ多め、ニンニク少なめ)

19 ティラミスなどに使われるチーズ

30 ハーブの一種。肉類、スープ、シチューなどの香り付けに。

Bのカギ

01 断面が五角形の野菜。

24 小麦粉をバターで炒めて調理したもの。カレーなどに使う。

26 子羊肉のこと。

47 野菜。都道府県別生産量第1位は高知県、第2位は栃木県。

Cのカギ

48 唐辛子などを油の中で加熱して辛み成分を抽出した調味料。

◇◇◇ 6の封筒の中身 (その他のカギ) ◇◇◇

Aのカギ

22 「千葉!滋賀!○○!」

25 スコットランド等の伝承に伝わる幽霊。
  魔術師が、幽体離脱に失敗した結果、変貌してしまった姿であるとされる。

36 手先を働かして細かい物を作る仕事。その結果作られたもの。

37 ギリシャ神話の登場人物。
  ミノタウロスの迷宮に赴くテーセウスに帰りの目印となる糸玉を渡した。

39 天空の城を崩壊させる呪文


Bのカギ

14 武器の一種。聖職者が用いることも多い鈍器。

22               \ │ /
                 / ̄\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< ○○○○○○○○!
                 \_/   \_________
                / │ \
                ∩ ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩ ∧ ∧ \( ゚∀゚)< ○○○○○○○○○○○○!
○○○○~~~!    >( ゚∀゚ )/   |   / \__________
________/  |   〈  |  |
           / /\_」 / /\」
            ̄     / /

59 地中から水などを汲み上げる設備。

Cのカギ

04 東スラヴ神話における、死の目を持つとされる地下世界の生物。

05 「女神転生」シリーズ、「世界樹の迷宮」シリーズなどを制作するゲーム会社。

20 万華鏡。

43 「大正浄穢隠児斬奇譚」の「隠児」の読み方は?

57 家庭内労働を行う女性の使用人。家政婦、ハウスキーパーとも。

  •  ・ ・ ・

どうやら、この質問の答えを数字に従ってキューブに書き込んでいけ、ということらしい。
ヴィルマ村の面々は、各々の得意分野を分担して、キューブに文字を埋め始めた…

Riddle 4. 第2の関門 ~解答編~

◆◆◆ 以下 解答編 (反転で表示) ◆◆◆

キューブを埋めた後、a~hのアルファベットに該当する箇所を拾って台座の文字に当てはめていく。
そうして出来た文言は…

「カドをウエカラヨメ(角を上から読め)」

キューブの角に位置する文字を上から呼んでいくと、「クレスト」という単語になる。
それがこの部屋の鍵ということは…

気付いたグランが、台座に向けて聖印を掲げると、ゆっくりと台座はスライドしていき、地下へと降りていく階段が現れた。
この先に進め、ということだろう。

Riddle 5. 最後の関門

地下へ降りていくと、重々しい扉が、目の前に現れる。
扉には、また貼り紙がされている。






「Last Question」と書かれているからには、これを解けば、このゲームはクリアなのだろう。
だが、この時点で、ゲーム開始から既に50分以上が経過していた。タイムリミットは近い。

Riddle 6. 最後の関門 ~回答編~

まずは最初のとっかかりにはすぐに気付く。

「このカギのマーク、さっきも見たな。」

そう、先ほどの部屋にあったキューブ・クロスワード、その各面の角には同じカギのマークが描かれていた。
縦横のマスの数も同じ、おそらくこの謎はカギの位置を併せてクロスワードと対応しているのだろう。

「どの面を使うのかな?」
「全部使うんじゃない? カギは3つあるんだし。」
「濁りって、濁点のこと?」

しばしの議論の後、正解にたどり着く。
これは、キューブ・クロスワードにおいて濁点が入った場所に対応するマスを、3面全ての分チェックして、チェックが入った文字を読む、という読み方なのだ。
チェックを入れ、文字を上から読んでいくと…

「「「サンバンノフウトウノウラヲヨメ(3番の封筒の裏を読め)!」」」

クロスワードのカギが入っていた封筒、3番のそれを切り開いて裏をみると、そこには「コスト6以上の魔法を唱えよ」と記されていた。
先程のグランの聖印と同様、ある行動をとることによって開く扉だったのだ。
記述を見たアスリィが、素早く《レストアヘルス》の魔法を唱える。

魔法が発動すると、カチッと音がして扉が開錠される。
扉を開けて、外に出ると、そこは元の魔境図書館であった。

Riddle 7. さらば魔境図書館

魔境図書館に戻ると、司書のディオ・コッキ―が皆を出迎えた。

「皆様ぁ、オ・ツ・カ・レさまデシタあー」
「まあ、ギリギリデシタが、何とぉかクリアして来られまぁしたねぇ!」

言うと、彼は2冊の本を取り出す。

「さぁテ、皆様がお探しのぉ、本でぇすが…」
「ワタシはミナサマがぁ、この部屋を解ぉいてクダサルと信じておりましたのぉでぇ、当然写本はぁ、済ましてアリマスともぉ。」
「ワタシってば、優秀な司書でしょぉ。」

「もしかして、時間稼ぎがしたかっただけですか?」

「ノンノン、皆様と遊びたぁかったと言うぅのも、ソレはソレでぇ、ホ・ン・ネでして。」
「こんなトコロにいるとぉ、人に暇つぶしに付き合ってぇモラウ機会は貴重ナノデしてー。」

本当にクリアを信じてたのかは怪しいが、ともあれ真面目に司書らしい仕事はしてくれたようだ。
彼は、1冊をヴィルマ村の皆に、1冊をルナに手渡す。
どうやらルナが受け取ったのは英雄王エルムンド時代の歴史書のようだ。

(ルナたち、ハインリヒ一行は「ブレトランド各地の英霊(エルムンドの七騎士)」たちを探す旅をしている。その旅の行き先を探す資料を欲していた、という事情があったのでルナが代表して魔境図書館に調査に来ていたのだが、今回の本編とはあまり関係ない。)

目的の物を受け取ると、ヴィルマ村の皆(あと、回収されたリリス)は入ってきた入り口から、村に戻る。
ゲートをくぐると、元のカーレル川の場所であった。
どうやら、魔境図書館は常に移動しているのではなく、ある程度は1か所に留まるようだ。

Middle 2.1. 400年の時を超えて

魔境図書館から持ち帰った本は、1冊の歴史書だった。
英雄王エルムンド時代の騎士、アーシェル・アールオンについて記述されたものである。
その本の内容は以下の通りである。

  •  ・ ・ ・

ブレトランド混沌の時代を終わらせた、英雄王エルムンド。
英雄王と7人の騎士、そして名を伝えられない1人の魔法師。彼らはブレトランドの混沌を浄化し、人々の版図を広げてきた。
だが、当然ながら全ての功績が彼らによるものという訳でもない。
他にも無数の騎士たち、あるいは魔法師、邪紋使いの活躍があったのだ。

英雄王の侍従騎士、アーシェル・アールオンもそんな1人であった。

アーシェルは英雄王から、ボルドヴァルド大森林の対混沌戦の任を帯びていた。
が、当時からボルドヴァルドは浄化困難な複合魔境であったことに加え、魔境に潜む投影体勢力は、エルムンド体制に恭順する意思を見せず、アーシェルは苦戦していた。
とはいえ、時期が来れば英雄王の7騎士をはじめとした強力な増援を呼ぶことも可能だ。あくまで彼の役目は、「投影体勢力の攻撃を、持ちこたえること」であった。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

突如、本拠地のエルムンドの元に大毒龍ヴァレフスが襲来。
何処から現れたのか分からぬ巨大龍と戦うこととなった主君の危機に7騎士もエルムンドの元に参集することとなった。
(なぜエルムンドの本拠に突如ヴァレフスが現れたのかは「ブレトランドの英霊 第7話「受け継がれる魂」参照」)

当然、アーシェルも主君の危機に参集するべきと考えた。
だが、エルムンドから送られた使者は「貴殿の任務はボルドヴァルドの森からの混沌が民に危害を及ぼすこと無きよう護ることだ。私のことであれば心配は要らぬ。」と告げた。

アーシェルは悩んだ。そして。決断した。
彼は、森の投影体勢力にある条件を提示し、和睦を結んだうえで、英雄王の元に帰参したのだ。
その条件はまず1つ、投影体勢力は「森を出て、英雄王の民に危害を与えない」こと。
1つ、アーシェルをはじめその配下、同胞は「森に生きる投影体勢力に干渉しない」こと。

そして、その約束を取り付ける証として、投影体勢力は1つの呪いをかけた。

「もし、アーシェルおよびその子孫、配下が我々に害を成したとき、彼らには「アーシェルと同じ死」が与えられる。」

  •  ・ ・ ・ 

読んで、推測を深める。
ヴィルマ村に伝染病が広まる直前には、村から大規模な森林探索隊が出たと聞いている。
彼らが、何らかの形で、森の勢力に危害を加えてしまったのだろうか?
それにより、「アーシェルと同じ死」を与える呪いが振りまかれた、のであろうか?

では、それは一体何なのであろうか?
歴史書をさらに読み解き、彼らは、400年前ブレトランドの真実の一端に触れることとなる。

  •  ・ ・ ・

ヴァレフス討伐戦に参加したアーシェルは、主君たるエルムンド、そして7人の騎士たちと共に奮戦した。
討伐戦の結果は、ブレトランドの多くの民が叙事詩によって知る通りである。

英雄王エルムンドは見事、大毒龍ヴァレフスを打ち倒した。
しかし、戦いの最中、エルムンドはヴァレフスの毒を致命的なまでに浴びてしまう。
彼はそのまま、ヴァレフスの毒に蝕まれ、3人の子にブレトランドを託し、世を去った。

と、伝えられている。

一方、侍従騎士アーシェルもまた同様であった。
戦いの中でヴァレフスの毒に侵されていたのは、英雄王だけではなかったのだ。
彼は戦後、ボルドヴァルド大森林にほど近いヴィルマ村の領主に戻ったが、しばしの後に同地にて世を去った。

  •  ・ ・ ・

「これは、思った以上に…」

ヨハンは唸った。
「アーシェルと同じ死」と言うのはすなわち、伝説の大毒龍ヴァレフスの毒であったのだ。
アイディを診察した見立てとも一致する以上、ほぼ間違いなくこれで正解と言えるだろう。

さて、話は分かり、件の伝染病の本質は毒であった。つまり対処法は限られている。
最もシンプルに有効なのは、その毒を原料に精製される「血清」だろう。血清の精製は錬成魔法師にとっては基本的な技術だ。
だが、当然ながら、血清を生成するのはその毒のサンプルが無ければならない。
毒に侵されたアイディから解析することも不可能ではないが、アイディの体がその長時間の作業に耐えられる保証はない。

ここにきて、アイディの治療はまた一つ、大きな壁に直面することとなった。

Middle 2.2. 森の隠れ里

次の問題は、「パンドラの隠れ里」のことだ。
先の歴史書の内容から推測するに、その隠れ里が、400年前にアーシェルと和睦を結んだ勢力である可能性もある以上、伝染病にまつわるさらなるヒントがあるかもしれない。
となると、問題はその所在地なのであるが。

地図をにらみ、綿密に位置関係を考えていく。
森の中で、今までに調査の手が及んでいない領域は決して多くない。かつて悪なる側面のロキを追ったときにたどり着いた混沌沼の向こう。
それから、坑道のゴーレムを倒して進めると思われる出口。

同じ地図の中に書き表してみると、ほぼその2つは同一地点であることが分かる。
つまり、混沌沼がゴーレムか、どちらかを突破して向かえばよい、ということである。
このことを知った、森林探索の責任者たるアスリィの決断は早かった。

「よしっ!、ゴーレムと勝負ですね!」

  •  ・ ・ ・

それから、もう一つ。
綿密に噂話を繋ぎ合わせ、隠れ里の首魁であると思しき人物の名が挙がる。
その名は、カレン・ハルカス。

元々、魔法大学の学生であり、召喚魔法と生命魔法を中心に多くの流派の魔法を修め、いずれ虹色魔法師となるのは確実と言われた才媛である。
だが、卒業を直前に魔法大学を脱走、当然、闇魔法師として追手がかかるものの、捕縛されず、最終的にはボルドヴァルド大森林に姿を消し、公式には死亡扱いとされている。
しかし、その後もそれらしき人物の話が、噂話レベルで上がっているため、おそらく森林を拠点に何らかの活動をしていると思われる。

Middle 2.3. 月光の導き手

こうして、調べごとをしていると、にわかに村の入口の方が騒がしくなってきた。
どうやら、何者かが村を訪問したらしい。

すると、シェリアがそちらの方に血相を変えて向かって行くのが見える。
グランたちも続いて村の入口に向かうと、先んじて来ていたシェリアが、訪問者と何やら問答をしているようだ。
訪問者は法衣をまとった老人だ。衣装の装飾などを見る限り、身分の高い聖職者のようだ。
彼に対して、シェリアが少し不満げに問う。

「どうして、貴方がわざわざこちらにいらっしゃったのですか!? 司教様。」

「ふむ、事の重要性を鑑みたまでよ。」
「キミの報告にもあったな。件の里が存在するのは確実、と。」

「ですが…」
「私では力不足、ということでしょうか?」

「あくまで念のためよ。決してキミを評価していないわけではない。」

そういったところで、訪問者の老人は、グランの方に目を向ける。

「おや、これは、身内話を見せてすまないな。」
「この村の領主殿とお見受けするが。」

「ああ、いかにも、この村の領主、グラン・マイアだ。」
「先ほどから話が聞こえていたが、貴方は聖印教会の…?」

「ふむ、まずは自己紹介が必要だろう。」
「私の名は、ベスダティエ。聖印教会で司教として、月光修道会のとりまとめをしておる。」

そう老人は名乗った。
司教ベスダティエと言えば、かなりの有名人物である。
聖印教会の中でも特に、「皇帝聖印に近付くためであれば、投影体の持つ知識も有効に活用するべき」という教義解釈を持つ、月光修道会の指導者である。
階級はあくまで司教であり、大司教や枢機卿に劣るものの、聖印教会の中には他にない知識を持つことで着実に影響力を伸ばしてきた、階級以上の力のある人物である。

「シェリア司祭より、この村の近郊に、憎きパンドラの隠れ里があると聞いてな。」
「世に混乱を振りまくかの者どもを浄化するため、こうして手助けに参った!」

「こちらとしても、何が起こるかわからない以上、戦力が増えるのは有難いことです。」

「とはいえ、突然押しかけてしまったのも、事実だ。」
「我々が貴殿らに、魔境浄化のための助力を求めるのは、横暴と言うものだろう。」
「こちらはこちらで勝手に魔境に向かわせてもらおう。たまたまこの村を通ったに過ぎぬ。」

「つまりは、別行動で、ということで?」

「ふむ、そうなるな。」
「出来れば、我々はこの近辺には不慣れゆえ、先んじて此処に滞在しておったシェリアを連れてゆきたいところではあるが…」

「ですが、シェリアさんはこちらと行動してもらうことになっているので。」

「先程、本人から聞いたな。」
「まあ、予定を伝えておかなかった我々の落ち度だ。先約を反故にさせるわけにもいくまい。」
「なるほど、シェリアは貴殿らが連れていくと良い。」

「それでは、私は別行動で向かわせてもらうとしよう。なに、一人でという訳でもない。」
「紹介しよう、私の秘書を務めてくれている、ルーリウム侍祭だ。」

「お初にお目にかかります。シスター・ルーリウムと申します。」

「私も自らの腕には自信を持っている。彼女も修道会では有数の使い手だ。」
「ブレトランド最大の魔境といえど、そうそう遅れをとることはないだろう。」

どうにも、シェリアをグランたちが連れていくことを承諾したりと寛大なのは、自身らの実力に自信を持っているから、というのもあるのだろう。

「では、しばしの休息の後、向かうとしよう。」

こうして、聖印教会有数の人物もまた、ヴィルマ村に宿をとり、滞在することとなった。
魔境の攻略に向け、大きな戦力であることに間違いはないが、彼らの存在が状況をどう動かすのか、それはまだ、ヴィルマ村の皆も図りかねていた。

Middle 2.4. 聖杯

さて、こうなってくると、当然ながら、ベスダティエ司教の思惑が気になってくる。
パンドラがいると聞けば、ましてや魔境に潜んでいるとなれば、聖印教会が動くには別に不自然は無いが、それにしても来たのが大物にすぎる。
これは何らかの裏があるのではないかと疑うのは至極当然であった。

そう考えたグランはヨハンに相談する。
大陸で契約魔法師をしているヨハンの方が、ブレトランド外から来た聖印教会事情には詳しいだろうという判断であった。
ヨハンが自身の中での知識と合わせて情報を集めていくと、浮かび上がってきたのは、意外な真実であった。

  •  ・ ・ ・

月光修道会司教、ベスダティエ。
彼の第一目標は隠れ里を撃破すること。そこに恐らく間違いはない。
だが、彼はさらにその里にあると思われるある物品を目的としていると考えられる。
ボルドヴァルドの大森林の中であってなお、里を維持できるだけの、「混沌を遮蔽する結界」。
一説には、特別な聖印石を作り出せたアーシェルが、和平の際に作成したと言われるものである。

アーシェルの聖印石は「聖印の力を貯めこむことが出来る」のである。

これは、現状の聖印教会としては、重要な意味を持つ。
聖印教会共通の最終目標は当然、「皇帝聖印を現出させること」である。
だが、問題は、仮に皇帝聖印に到達しうるだけの聖印が集まったとき、「誰が」皇帝聖印を作るのか、ということである。この点においては教会内でも意見が割れている。
有力な候補は、「ファルネーゼの聖杯」と呼ばれる少女である。
生まれながらにして聖印を持っていた、「聖女」とされる彼女は、最終的に教会に集まった聖印を集め、皇帝聖印を誕生させる役目を担っているとされている。
しかし、もちろん当然、教会内でも、それに反発する者もいる。「ファルネーゼの聖杯」自身が現在、テオ・コルネーロという成り上がりの君主の元にいるのも、聖印教会の中で一部には快く思われていない。

とはいえ、これは、最終的に誰かが皇帝聖印を作る以上、派閥争いは切っても切れない問題なのだ。
実際、司教ベスダティエも、「いざという時、ファルネーゼの聖杯は役割を果たしてくれるのか?」と疑念を持っている者の一人である。そこで、彼はアーシェルの聖印石に注目した。
これを用いれば、誰でもない「物品」に聖印を集めることが可能になるのだ。彼は、隠れ里を討伐し、これを持ち帰ることを狙っているのだろう。

  •  ・ ・ ・

調べた話を、ヨハンはグランに報告する。

「だ、そうですが?、ロード殿。」
「正直私は、その話(聖杯として使用できる聖印石があるという話)自体が、眉唾ものだとも思うのですが、とはいえ、400年前の英雄の時代から脈々と受け継がれているものであれば、何か特別な力があってもおかしくはないですね。」

「まあ、少なくとも、それについては実物を見ないと分からん。」

「そうでしょうね。」
「では、彼らについてはどうしますか?」
「彼らに先んじて我々が出発するか、同時並行で出発するか。」

「彼らに特に対応して予定を変えることも無いだろうな。」
「一番大事なのは、万全な体制で挑み、皆無事で帰ってくることだ。」

グランとしては、そもそも、最悪彼らが聖印石を持ち去ろうが、自分たちの目的(隠れ里の件、伝染病の件)に悪影響はないと考えていた。
むしろ、彼らがパンドラの隠れ里を滅ぼしてくれるなら、手間が省ける。
彼らに合わせるために無理に予定を変える理由は、今のところない、というのが見解だった。

(そもそも、森の中で見つけたものに所有権を主張して持ち帰るのは、冒険者としては至極まっとうである。)

Middle 2.5. 不穏

ひとまず、ベスダティエ司教は、思惑こそあるものの特に敵対する者でもないだろう。
そう思いつつ、続けて資料整理を進めていくと、気になる項目を見つける。

彼の秘書、シスター・ルーリウムについてである。

  •  ・ ・ ・

まず、経歴が異色だった。

彼女が聖印教会に加入したのはごく近年の事である。
それ以前も聖印持つロードであったらしいが、特に領地を治めることも無い、流浪の騎士というより傭兵稼業のような人物であったらしい。
シスター・ルーリウムとは聖印教会加入後の名であり、当時の名をミぜス・ティア―という。

伝染病が蔓延する直前期、ミゼスはヴィルマ村を訪れていた。
当時のヴィルマ村領主(アールオン家の末裔)に、どう交渉したのか、森林の大規模調査を行うことを進言し、そのための戦力も格安で提供したらしい。
その後は知ってのとおり、領主は彼女の進言に乗って森林探索を挙行し、しばらく後に村に伝染病が発生することとなる。

  •  ・ ・ ・

間違いない。
彼女の進言した森林探索こそ、村に伝染病を発生させた原因だ。
彼女がアーシェルの契約について知っていたのかは定かではないが…

もしかすると、司教ベスダティエとは別で、ルーリウムについても、何か目的があるのかもしれない。

それはそれとして、もっとわかりやすい問題がもう一つ。
このまま、ベスダティエ司教とシスター・ルーリウムが隠れ里の探索に向かうと、ヴィルマ村の住人に再び伝染病が発生してしまう可能性がある。
(というか、実際、アレックスの体調が少しずつ既に悪くなりつつあるのだが、彼は周囲にそのことを話していない。)

Middle 2.6. 交渉、確認

その夜、グランは村の宿に逗留しているベスダティエ司教の元を訪れた。
翌朝には彼らが出発してしまうと聞いていたので、夜中の訪問になってしまったが、司教は快くグランを部屋に招く。

「おや、どうされました? 領主殿。」

「こんな時間にすみませんね。」
「ですが、どうしても今のうちに話しておかなければならないことがありまして。」

「ふむ、何だろうか?」

「簡潔に言えば、隠れ里への調査を延期して貰いたい。」
「まあ、いきなりこんなことを言われても困惑するでしょうし、理由は説明させていただきます。」

「聞こうか。」

「かつて、このヴィルマ村が、伝染病によって焼き討ちにあったのは、御存じでしょうか?」

司教が頷くのを確認して、グランは話を続ける。

「それで、私たちはこの伝染病について調べていたのです。」
「分からないままにしておいたら、またいつ発生するか分かりませんので。」
「その結果、大変なことが分かったのです。」

そう前置きして、グランはヴィルマ村初代領主アーシェルの結んだ約定のことを説明する。
このまま隠れ里の討伐に向かえば、また伝染病が再発する可能性があることも併せて伝える。

「なるほど、つまりは、その状況に対し何らかの対策を打たねば、むやみに隠れ里に向かうことも出来ぬ、という訳か。」
「状況は理解した。延期も検討せざるをあるまい。」
「だが、何らかの対応策はある、もしくは見つかる目途は立っているのか?」
「我々も、ここまで来て、何もせずに引き返すわけにも、ここで待ち続けるわけにもいかん。」

ベスダティエ司教が真に求める「聖杯」については触れなかったが、彼は諦めるつもり自体は無いらしい。
後は、どれほどの猶予を引き出せるか、が交渉のしどころだが…

しばらくの問答の後、ベスダティエは出発の延期に同意した。

「しかし、あくまで延期だ。その間に領主殿が代案を見つけてくれると期待したゆえのことだ。そこのところ、承知頂きたい。」

ひとまず、彼らが先んじて里に向かってしまうことは避けられたようである。
グランが一礼して部屋を辞そうとすると、司教が呼び止めた。

「それから、もう一ついいか? 領主殿。」
「先ほどの話を聞いて思ったのだが、呪いとやらの発動条件は「我々が里を害そうとした時」なのか?」

「一応、そう聞いています。」

「呪いだの何だのには、とんと詳しくはないが、仮に我々が、交渉に行く場合はどうなる?」

確かに、「害する意思」に反応するのであれば、交渉に行く体裁なら、呪いを発動させないかもしれない。
だが、森の隠れ里は、干渉されることを嫌っていたとも聞いている。実際その場合にどうなるのかは、この時点では分かりかねる。

「ふむ、確かに判然としないな。」
「だが、選択肢としては覚えておいてもいいだろう。」
「我々とて、混沌だからと、即浄化しようというわけでもない。むしろ、友好的に共存できるならそれも望ましい。見定めるためにこそ、わざわざここまで来たのだ。」
「日輪の連中なぞが聞いたら、また非難の嵐じゃろうがな。」

そう言って、改めて司教はグランを見送った。

  •  ・ ・ ・

グランはそのままシェリア司祭の元に向かった。
それほど疑っている訳でもないが、彼女についても、どこまで彼女自身が把握しているのかは判然としない。
そのあたりは、一応確認しておく必要があるだろう。

「どうされました? グランさん?」

出迎えたシェリアに、ここまでの調査内容とベスダティエの考える代用聖杯の目論見について伝える。

「ファルネーゼの聖杯、ですか…?」
「聖印教会の者なら、知らない者はいないと思います。」

つづけて、ベスダティエの目論見について意見を語る。

「それの代用を、というのは、確かにあの方なら考えかねないかと思います。」
「実際、聖印教会の中には、いざ皇帝聖印を作る段階になって、ファルネーゼの聖杯に裏切られるのではないか、と考えている方もいらっしゃいますしね。」

どうやら、シェリアとしては、ベスダティエの計画の事も知らされていなかったようである。
であれば、特に問題はない。

最後に、もう1つ気になることについて質問する。

「あと、最後に1つ、伺ってもよろしいですか?」
「司教の秘書の方のことって、何かご存知ですか?」

シスター・ルーリウムの事を聞かれたシェリアは、やや歯切れ悪そうに答える。

「あの方は、正直、私たちにも良く分からない、というのが本音ですね。」
「最近になって仕え始めた、新参の方なんですが。一司教であったベスダティエ様を聖印教会の中でも無視できない地位に押し上げたのは、彼女の功績と言っていいでしょう。」

やはり、内部から見ても、かなり怪しい人物ではあるようだ。
シスター・ルーリウムについては、まだ警戒する必要があるだろう…

Middle 2.7. 道化神の提案

グランが領主館に戻ろうとする道すがら、意外な人物が、彼を待っていた。
(アイディの姿をした)ロキである。
10歳に満たない少女が夜中に出歩いている絵面はどうかと思うが、中身は歳など知れたものではない神格だ。
そのあたりには突っ込まずに、声をかける。

「やあ、ロキ。こんなところでどうしたんだ?」

「やあ、領主さん。」
「キミがお困りだろうと思って。」

「ああ、どうしたらいいのか見当はついてない。」

「一応、解決策を提案することはできるよ。」

「聞くだけは聞かせてもらおうか。」

「まあ、僕がアイディにやってるのと同じ感じでね、呪いの影響を遮断することはできる。」
「ただ、デメリットが無くもない。調査してる間だけ影響を遮断しても、それが空振りに終わったら困るし。」
「その間は僕がそっちに力を割かなきゃいけない分、アイディの方はどうしても手薄になる。」
「その調査で、彼女を治す手段を見つけられないと、彼女の病状は更に進行するだろうね。」
「ま、参考までに。」

なるほど、確かに今のところ村で呪いに引っかかりそうなのはアレックスぐらいだし、アレックスの呪いだけ、ロキに遮断してもらうという手はある。
とはいえ、失敗した時のリスクが高い方法ゆえ、他の手があるなら、まだ検討したいところである。

「ありがとう。」
「最後の手段が出来たと思って、聞いておくよ。」

そう言って、グランはロキと別れ、領主館に帰った。

Middle 2.8. 呪いの確証

翌朝、更に伝染病について調べてみることにする、
そこで1つ、手掛かりがあるのに気がついた。
隣町テイタニアに、ヴィルマ村出身の武官がいるという話だ。
もし、呪いが発動しているならば、彼にも体調の異変が発生しているかもしれない。

アスリィがタクト通信をテイタニアのインディゴに向けてかける。

「つかぬことをお伺いしますが、そちらにヴィルマ村出身の方がいるってお話なんですが。」

「それはもしかして、アレスの事か?」

「その方なんですけど、今、体調を崩したりしていませんか?」

「確かに、アレスは今。ここのところ休んでいるが…、それがどうかしましたか?」

「そうなんですか、ありがとうございます!」

そう言って、アスリィが通話を切ろうとしたのを、横で聞いていたヨハンが割り込んだ。
そもそも、ここで切られたら、インディゴとしては何が何だか分からないだろう。

「その方の症状など、教えていただいても良いでしょうか?」

インディゴによると、アレスが体調を崩す理由に心当たりは無いとのことだ。
加えて、症状を聞く限り、件の伝染病に近いようにヨハンには思えた。
そこで、ヨハンはもう1つ確認をとることにした。

インディゴとの通話が終わった後、改めて、こちらも体調を崩したと聞いているヴェルトールの様子を聞くため、ローズモンドに通信する。
思った通り、ヴェルトールの症状も、類似している。

後は、ヴィルマ村出身の人物と言えば…

  •  ・ ・ ・

こうなってくると、アレックスにも同様の症状が現れている可能性が高い。

アレックスとしては、しばらく前からずっと体調は悪かったのだが、特に伝えずに今まで過ごしていた。
ヨハンに体調が悪いのではないかと指摘されると、確かにそのような感じは以前からあったと伝える。
それなら、念のため、一度アレックスの体調もヨハンが確認してみるのがいいだろう。

他の2人と違ってヴィルマ村にいる以上、直接診察してみることが出来る。。
ヨハンにが診察を終えた見立てでは、アレスやヴェルトールほど重度ではないものの確かに症状が見てとれた。
(ちなみに、アレックスが他の2人に比べて比較的軽い症状で済んでいたのは、「ヴィルマ村への帰属意識」の強さの問題である。アレスとヴェルトールは、ワトホートの暗殺を考えるほどにはヴィルマ村の焼き討ちに対する恨みが強かったことで、より強く呪いに反応したと思われる。)

「まあ、対症療法程度なら、何とかなりそうか。」

そう言って、手持ちの薬の中から、幾つかを選び出して処方する。
その一方で…

「で、アレックス、何で言わなかったんだ…?」

「いやー、言ってもしょうがないかな、って。」

「しょうがない、って…」

「それは大事な情報だったんだが…」

アレックスは、グランたちに呆れた目を向けられていたが…

Middle 2.9. 最後のピース

ここで、ドラグボロゥから通信がかかってくる。

「ヴィルマ村の皆さん、何回目かのこんにちは、ヴェルナです。」

通信の主は毎度おなじみの主席魔法師、ヴェルナ・クアドラントだ。
どうやら、今回はドラグボロゥに調べものに向かったアルバートの依頼で連絡を取ってきたらしい。

「さて、こちらでも、私やアルバートさんが、森林や隠れ里、伝染病について調べていました。」
「そこで、アーシェルが和睦を結んだという森林勢力の話ですね。これが恐らく、現在の隠れ里に繋がっているのかと思うのですが。」
「彼ら、パンドラかと言われると、結構怪しいんですよね。」
「どちらかというと、単に住処を失った人たちの互助組織といった側面が強いような気がします。」

そのあたりは、ここまでの調べで、ヴィルマ村側でも何となく勘付いてはいる。

「あとは、1つ思いついたことがあるのですが。」
「サラさん、《コールワイズマン》の魔法は使えますか?」

《コールワイズマン》とは、浅葱流派の召喚魔法の中でも、特に高位の魔法の1つで、異世界の賢者を呼び出し、疑問を尋ねるというものである。
これを使えば、森に侵入していいのか行き詰っていた状況を打破できるかもしれない、と考えていたのだが…

「すいません、その魔法はまだ使えないんです。」

残念ながら、サラはまだ《コールワイズマン》の魔法を習得していなかった。
ちなみに、錬成魔法には《ホムンクルス》というフラスコ内生命体に、世の真理を尋ねる魔法があるのだが、ヨハンもまた、それを習得してはいなかった。

「うーん、それなら仕方ないですね。私の方で代わりに調べましょうか。」

そう、ヴェルナもまた、時空魔法の精細を尽くして真実を見定める、時空魔法師にとって奥義ともいえる技術「賢者の予言」を使える魔法師であった。
とはいえ、そのためには運命の力とも言うべき代償が必要となるので、代わりの手段があるならそれに越したことは無かったのだが、無いものねだりをしても仕方ない。「

通信の向こうで、ヴェルナが時空魔法を用いて、問いかけの答えを導き出していく。

「なるほど、結論から言いますと、よほど明確な敵意を持って向かわない限りは里への接近によって、そうそう病状が悪化することは無いでしょう。」
「ひとまず交渉の余地あり、とはこちらも考えていますし。」
「ただ、それはそれとして、時間経過で既に発症した呪いの病状は悪化します。」

となると、とりあえず向かってみるという手はあるのかもしれない。

  •  ・ ・ ・

ところで、ヨハンには、もう1つ気になることがあった。
偶然にも魔境図書館で遭遇した錬成魔法師、ルナ・エステリアのことである。

会った時に、彼女の(錬成魔法師なら当然持っている)薬品箱の中に1つ、明らかにエーラム式の作り方ではない、厳封された小瓶が入っていたのである。

(…今となって考えると、あれは封の仕方などからして、強力な毒物か何かなのではないのか?、少なくとも、あの封では戦闘中にすぐに使うような物ではないはず。)

であれば、もしかして、ルナは毒物関連に詳しいのかもしれない。という希望が出てくる。
幸いにして、魔境図書館はまだヴィルマ村近辺にとどまっている。
今なら、再びルナに会うことも出来るだろう。

ヨハンはひとまず、タクト通信をルナにかける。
事情を説明し、件の小瓶を見せてほしいと伝えたところ、ルナの困ったような声が返ってきた。

「うーん、それなのだよ…?」
「なるほど、ヴァレフスの毒を探しているのだよ? それが無いと、困るのだよ?」

「現状、かなり困る。」

ヨハンが簡潔に伝えると、ルナは仕方ないといった風に答える。

「分かったのだよ。ひとまず、魔境図書館から降りて、ヴィルマ村に降り立つのだよ。」
「そちらの領主様とお話をさせてほしいのだよ。」

  •  ・ ・ ・

ルナは、領主館に着いてグランに会うと、出来るだけ、ここからの話は聞く人を少なくしてほしいと求めた。
その言い方からして、何か重大な秘密があることが察された。
そこで、ひとまず部屋から余計な人間は下がらせ、グランと、契約魔法師のアスリィだけで話を聞くことにする。

「実は、ヴィルマ村の皆が探している毒はここにあるのだよ。」

そう言って、厳封された小瓶を取り出す。

「ただ、なんで私がこの小瓶を持っているかを説明するには、何と言うか、かなり秘密に触れなきゃいけないのだよ。」

「まあ、それについて特に聞こうとは思わないし、毒が手に入ればそれでいいのだが…」

「何てことはない魔法師が持っていたとしたら、それはそれで問題な物なのだよ…」

ルナは小さくつぶやくが、まあ、ルナとしても、特に詮索されないなら、それに越した事は無い。

「なら、私のことを伏せておいてくれるのなら、いいのだよ。」
「特に、レアとかには秘密にしておいてほしいのだよ。」

そう条件を付けた上で、ルナはグランに小瓶を渡す。

実はこのヴァレフスの毒、本来はドラグボロゥ、ヴァレフール伯爵家の宝物庫に保管されていたものなのである。
400年前に英雄王エルムンドによるヴァレフスとの戦いの最中、たまたま採取されたものをいずれ何か使えるかもしれないと、保管して、今に至るのだ。
とはいえ、いかに強力な毒物と言えど、一部の暗殺者や錬成魔法師以外には無用の長物だ。
ゆえに、400年間、インサルンド家でそれを有効に使えるかもしれない者など現れなかった。
そんな中、インサルンド家出身で魔法の才を現し、しかも、錬成魔法に適性があるフィーナ姫が現れた。
なので、彼女が事故を装ってエーラムに渡る際、幾つかそういったインサルンド家の貴重な魔法素材を譲ったのであるが、その中にこの小瓶も含まれている。

姉であるフィーナがエーラムに渡っていることもレア伯爵は知らないはずだが、もともとインサルンド家で保管されていた宝物などは、目録を見れば分かる。
であれば、ルナとしては、この小瓶を持っていた魔法師がいるなど、特にレアには伝わって欲しくなかった。

そういう裏事情があるのだが、グランもアスリィも、特に察する事は無かった、ことにしておく。

  •  ・ ・ ・

なんにせよ、これで必要なものは揃った。
後は、「ヴァレフスの血清」を精製するだけだ。

当然ながら、これは錬成魔法師であるヨハンの領分だ。
ルナから譲り受けた小瓶と、手持ちの薬剤(中には「禁断の果実」など希少なアーティファクトも)を準備し、調合を進めていく。

しばらくの作業ののち、小瓶に満たされた血清が完成する。

「おそらく、これで治療できるのではないだろうか。」

ひとまず、アレックスの治療に使ってみることにする。
万が一何か副作用などがあっても、アイディよりは体が丈夫だし、元々症状も軽いのでリスクは少ないだろう。

投与してしばらく経つと、ここのところアレックスの感じていた体調の悪さが徐々に消えていくのが分かる。
毒の治療でありながら、ある種の魔法的な解呪でもあるので、効果を主観的に実感しやすいのかもしれない。

その様子を見て、一同が一安心したところで、ロキがアレックスに問いかけた。

「で、こちらにもその血清を使うかい?」

「使うも何も、使わなければこの子が助からないんじゃないのか?」

ヨハンは、ロキの質問の意図が分からず、疑問を投げるが、ロキもアレックスもそれには答えず、問答を続ける。

「うーん、もうちょっと待って。」

アイディの治療が終わり次第、ロキはアイディの体から退去しなければならない。
アレックスとしては、その前に何とか、ロキの「器」となり得るものを何か探したい、と考えていた。

「まったく、僕はもうこの世界から退去するつもりだと言っておいたはずだけどな…」
「まあ、もうしばらくは僕の力でもたせることはできる。でも、いずれは必要な決断だよ、アレックス。」

呆れたように言いながらも、ひとまず、しばらくはこのままにしておくことにする。
この後魔境に挑むことだし、もしかしたら、本当に何か見つけてくるかもしれないな、と思いながら。

Middle 2.10. 隠れ里へ

これで、ようやく隠れ里に向かえることになった。
ヴィルマ村の面々に、ヨハンとシェリアを加えたメンバーに、魔境探索の責任者であるアスリィが宣言する。

「それじゃあ、ゴーレムを叩きのめしてから行きましょう!」

やはりどうしても、ゴーレムと戦いたいらしい。
とはいえ、そのルートの方が坑道で途中まで行ける分、魔境の中を歩く距離が少ないというメリットはある。
こうして、久々に訪れる坑道経由で、隠れ里に向かうことになった。

  •  ・ ・ ・

ちなみに、この作戦会議中、部屋の比較的すみっこでは、こんな会話が交わされていた。

「ちなみにロキ、ゴーレムに乗り移るなんてことは…?」

「いや、無理でしょ。」
「神性存在の憑依に造物が耐えられるとはあんまり思わないな…」

「ダメか…、何ならいいの?」

「最低限、生物じゃないと難しいな。」
「それから、相手の同意がいる。ということは、自動的にある程度の知性が必要だ。」
「出来れば、混沌由来の存在の方が楽だな。正直、今アイディに憑依しているのも、アイディ自身が弱っているという特殊な状況あってのことだ。」

  •  ・ ・ ・

ゴーレムがいた地点までは順調に到達した。
以前探索した時と違って、今は採掘のために時折人の手が入っているということも大きいのだろう。

鉱夫たちには立ち入らないように通告してある脇道の方に入っていくと、徐々に周囲が明るくなってくる。
出口が近づいている。
そして、出口の前に、ふさぐように巨大なゴーレムが座している。

いつか見た時と変わらず。

Combat. いつか見たゴーレムと

ゴーレムとの戦いが始まる。
相手はまだ動かない。どうやら、ある程度敵が近づいて、はじめて動くようにされているらしい。

当然のように先陣を切って飛び込んだのはアスリィ。
ゴーレムのまだ動かない間合いから、至近まで一息で距離をつめようとする、が…

直感的に異変を感じる。
詰める距離の半ばほど、足元に何かが埋まっている!
反射的に走る脚をひねり、ぎりぎりで「それ」を踏まずに走り抜ける。

更に距離をつめ、ゴーレムが接近を感知して立ち上がった直後。
走り抜けた勢いをそのままに、さらにグランの聖印による援護と《魔陣構築》を重ねた拳の一撃がゴーレムに突き刺さる。
石造りに魔法的な強化も重ねたと思しきゴーレムはさすがに頑丈そうだが、それにしても痛打といえるダメージを負ったように見える。

続いて、グランが矢をつがえ、聖印の力を込めて放つ。
光の軌跡を描いて飛ぶ矢に、聖印を掲げ、さらにブーストする。
坑道の暗闇を切り裂く光は狙い違わず、アスリィの攻撃で傾いたゴーレムを貫く。

連撃で損壊の目立つゴーレムだが、ここで反撃に転じた。
地面を踏みしめ、傾いた体を支え、頭部から熱線を発射する。
戦場の中央を一直線に切り裂く熱線は後衛に控えていた面々に迫るが、サラが咄嗟に呼び出したギガースの防壁、アレックスの炎の防壁を重ねて対応する。
被害を最小限にとどめるものの、防ぎきれなかった熱線が、無視できない被害を与える。

続いてアレックスが攻勢に転じる。
空を舞いつつ距離を詰め、炎を纏わせた攻撃を触手とともに……

……触手??

そう、アレックスも邪紋使いとして研鑽を重ねた結果、今までの火の元素使いの力だけでなく、「英雄の模倣者」の邪紋の力を手に入れていたのである。
先ほど翼で空を飛んでいたのもその能力の片鱗に他ならない。
そして、英雄の模倣者の中には、動物の力をその力の一部として取り込む者がおり、動物の中には触手を持つ者が…

「待て!、お前の模倣している英雄は何者だ!」

「え? ミカエルだけど?」

向けられたツッコミに、さも当然といった風にアレックスは答える。
ミカエルとは、異界の天使の中でも最高位の熾天使(諸説あり)とされる存在であるのだが…

「ミカエル、触手出すの!?」

アスリィのツッコミももっともであった。
ちなみに、普通ミカエルは触手は出さない。

ともあれ、アレックスの攻撃もゴーレムに損壊を与えていく。
物理的には非常に頑丈なゴーレムも炎熱系の攻撃は普通に通用するらしく、その一撃で、先ほど熱線を撃ってきた頭部が動作を止める。

続いて、未だ動き続ける胴体に、サラが《バーストフレア》の魔法を放つ。
攻撃魔法が広範囲を巻き込むものしか習得していなかったことが悩みの種であったサラが新たに習得した、ピンポイント攻撃火炎魔法である。

ここで、ゴーレムが最後の反撃に出た。
大きく回し蹴りを放ち、前線のアレックス、アスリィ、ペリュトンを巻き込もうとする。
しかし、アスリィは軽々と、アレックスも《アシスト》の魔法の助けを借りて、何とか回避する。

この攻撃をかいくぐったところで、アスリィ、グランの続く反撃を受け、ゴーレムはついに全ての機能を停止し、地面に倒れたのであった。

Ending. 隠れ里の守り人

ゴーレムを機能停止を確認したところで、その残骸を乗り越えて、ヴィルマ村一行は坑道の出口に向かう。
すると、出口の方から1人の女性が駆け寄ってくるのに気付く。
女性は、ゴーレムの残骸を見て、半分困惑、半分感心の表情を浮かべてつぶやく。

「ゴーレムが倒されている…?」
「まさか、本当にこちらからやってくる方がいるとは…」

そして、改めて、グランたちの姿を見つけ、呼びかける。

「森の外の村の方、ですよね?」

「ああ、そうだが。」
「そういう君は、隠れ里の人か?」

「はい、カレン・ハルカスと申します。一応、この先にある里の代表であります。」

「では、こちらも紹介を。」
「ヴィルマ村領主、グラン・マイアと言います。」

「契約魔法師のアスリィです!」

女性が素直に名乗ってきたので、グランたちも簡単に自己紹介をする。

一方、カレンは、内心で考えを巡らせていた。

元々、彼女は時空魔法で、隠れ里に訪問者があることを察していた。
ただ、その訪問者が敵対的か友好的か、またどこから来るのかが分からなかった。
ゆえに、ゴーレムをわざわざ突破してくるよりは、森から来るだろうと踏んで、混沌の沼の方で張っていたのだが…
予想を裏切って、彼らはゴーレムを正面から突破してきた。
それが出来るような相手にここで敵対しても、撃退できる保証はない。
であれば、ひとまず友好的に相手の出方を探るべき、と彼女は結論する。

「あなたがたが来るのは、概ね察していました。先読みの魔法が使えますので。」
「その上で、あなたたちは何のためにここに?」

「我々としては、まずそちらがどのような人物なのか、知らなくてはならないと思いましてね。」

どうやら、特に敵対的に討伐に来た、という訳でもないらしい。
ここまで来られている以上、里自体を隠すのは今更難しい。

「では、ひとまず私たちの里に案内しましょう。」
「そちらで、お話を聞ければ、と思います。」

  •  ・ ・ ・

カレンに付いて坑道を出ると、少し歩いて、森の中の集落に到着する。

集落の中に入ると、大森林の中でありながら、その中は混沌濃度が低く保たれているのを感じる。
時折住民たちが興味深そうな視線を投げてくる。
多くは投影体、時折、邪紋使いや一般人も混じっているように見える。

里の中の集会所のような建物に、カレンは案内する。
皆が席に着いたのを見ると、彼女は会話を切り出す。

「さて、この里は、「トピア・サークル」という集落です。」
「昔から、様々な理由で、表の世界から爪弾きにされる人や投影体はいました。」
「そういった人たちが、人目の届かない森の中で自然に寄り集まってできた村、それがここです。」

「例えば、私の例を挙げると、エーラムで「選別」されそうになった魔法師なんですよね。」
「まあ、詳しくは語りません。そのあたりは、必要が無ければ言わない方が良いでしょう。」

「で、そこから脱走してきた訳ですので、エーラムの基準でいうところの「闇魔法師」ではある訳です。」
「とはいえ、別に魔法を悪用しようとか思っている訳ではなくて、ここでひっそり生きているぐらいは許して欲しいな、と言うのが私たちの本音でして。」

と、一通り、この村とカレンについての説明を終える。
グランはそれを聞いたうえで、質問する。

「まあ、個人的に気になっていることはある。」
「キミたちの目的は分かった。それで、聞くのだが、キミたちはパンドラか?」

「この里としては、パンドラではありませんし、協力関係にあるつもりもありません。」
「とはいえ、この里は自力で見つけてきた者については、来るものは拒まず、のスタンスです。」
「そういった方について十分に素性を明らかに出来るか、と言われると難しいのが現実ですが。」

正直、カレンとしては、この里の中にはパンドラ関係の人物も紛れてはいるのだろうな…、とは内心思っている。
実際問題として、パンドラの中でも楽園派と呼ばれる一派閥の考え方に、この里は非常に近い。
違いとしては、もっと反社会的なパンドラと、組織的に協力関係にあるか否かぐらいだろう。

グランとしても、そのあたりの可能性を考えはしたが、「組織的な協力は無い」と言質をとった以上、ひとまずは十分だろう。

「それじゃ、今後のパンドラと協力したりすることが無いなら、不干渉のままでいても良さそうだな。」

「では、そういうことで。」

こうして、ひとまず、隠れ里とは穏便な関係が続きそうに見えた…が…

  •  ・ ・ ・

ヨハンのタクトに通信が入る。
発信元は、ルナ・エステリア。

「もしもしなのだよ。」

「何か、新しい情報でも?」

「えっと、私じゃなくて、私は頼まれて連絡をつなげただけ、なのだよ。」
「聖印教会の司教さんに頼まれたのだよ。代わるのだよ。」

頼むにしては意外な相手ではあるが、ヴィルマ村には今、魔法師はルナしかいない。
緊急に連絡を付けたいとあれば仕方ないだろう。

ルナはベスダティエ司教に、ヨハンはグランに。それぞれ通話を代わる。

「はい、グランですが。」

「ベスダティエだ。そちらは今どうなっている?」

「隠れ里に到着して、代表の方とお話ししたところです。」
「貴方たちと話す機会も設けるつもりはあるみたいです。」

「なるほど、それはいい。」
「つかぬことを聞くが、まだ何も異変は起きていないな?」

「そちらで何かありましたか?」

「うむ、ルーリウムの姿が消えた。」
「このタイミングで行方をくらませて向かうところなど、そちらぐらいしか…」

そこまで話した所で、里の面々は異変を感じる。
混沌濃度が急激に上昇しているのだ。
カレンが、驚きの表情でつぶやく。

「これは、「輝石」に何か異変が…?」
「すいません、少々席をはずします。」

そう言って、カレンが建物から出ていった直後。

突然、里の奥の方から爆発音が響く。
これは…

(…第6話に続く…)

Appendix.1. ヴィルマ村開拓状況

◆村の施設

  • 復興本部

  • ジャガイモ畑 
  • 小麦畑 
  • 香辛料畑 
  • 野菜畑
  • ホップ畑 ←New 

  • 炭焼き小屋 
  • 水車小屋 
  • 鶏小屋 
  • 牛小屋 ←New

  • 宿屋 
  • 冒険者の店 

◆村周辺の調査

  • ボルドヴァルド大森林 (調査中)

  • 南の山岳地域 (鉱山開発中)
  • ヴィルマ村-テイタニア間旧街道 (復旧完了)



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最終更新:2018年11月05日 13:21