『見習い魔法師の学園日誌』第12週目結果報告(前編)
エーラム魔法学校において、年に一度の学園祭の季節が訪れた。学生達も教員達も様々な企画を催し、エーラム近辺の住民達のみならず、世界中の人々が来訪する文化の祭典である。
当然、そのような状況にまぎれて様々な危険人物が入り込む可能性もあるため、風紀委員としても厳重な警戒が必要となる。彼等は事前に集会を開き、シフトを組んで学内の警備巡回に当たることになり、
シャーロット・メレテス
や
イワン・アーバスノット
がそれぞれのスケジュールを確認しつつ、役割分担を決めていく。
「シャーロットさんは、アメリさんの研究発表を手伝って下さると伺っていますが……」
イワンがシャーロットにそう語りかけた。彼にとってアメリは(年齢的にはほぼ同世代だが)同じアーバスノット一門の先輩である。
「はい。以前にガイドブック作成の時に関わった縁もありますし、今回もあの時の調査結果を元にした研究報告をされるということなので、協力させて頂くことにしました。イワンさんは、何か企画に参加する予定はありますか?」
「運営側、という意味であれば、特に関わってはいないです。ですから、どの時間帯のシフトに入れてもらっても構いません。シフトに入っていない時間帯は普通に企画を回らせてもらおうと思っていますが、担当外の時間帯でも、何かトラブルに遭遇した時は、いつでも対応します」
実際のところ、先日も闇魔法師絡みの事件があったばかり、ということもあり、イワンとしてはより一層強い警戒心を抱いていた。
「それは頼もしいですね。私も、もし研究発表中に近くで何か起きた場合はすぐに対処出来るように、気を引き締めておかないと!」
彼等がそんなやり取りを交わしつつ、概ね担当シフトが決定したところで、彼等の前に錬成魔法師のハンア・セコイア(下図)が現れた。彼女はアントリア子爵の君主に仕える魔法師であり、本来ならばもう帰国している筈だったのだが、どうやら諸々の成り行きの末に、この学園祭まで残ることになったらしい。
「まだ試作品なんだけど、一応、これを君達に渡しておくわね」
そう言って彼女が手渡したのは、小型の通信機である。赤の教養学部が有している簡易魔法杖には混沌儀が付属していないため、魔法杖通信が使用出来ない。その難点を補う道具として作られた代物らしい。彼等に渡されたのは「子機」に相当する代物であり、ハンナが所有する「親機」に対して通話することは可能だが、子機同士での会話は出来ない。また、魔法杖通信とは異なり、通話可能な範囲は限られているが、一応、学園内ならば通話可能らしい。
とはいえ、あくまでもまだ試作段階の代物なので、長時間通話に耐えられるかどうかは分からない。だから、近くに正規の魔法杖を持った魔法師がいる場合はそちらに頼る方が確実であり、あくまでもこれは非常用の(使えるかどうかも分からない)切り札としての配布であった。
「ただ、君達は風紀委員である以前に学生なんだから、シフトに入ってない間は、普通に学園祭を楽しみなさいよ。契約魔法師になっちゃったら、こんな自由に好き勝手色々やらせてもらえる機会なんて、滅多にないんだから」
端から見る限り、ハンナは契約魔法師としては「好き勝手に生きている部類」に見えるが、実際のところ、彼女は彼女で「いざという時には、国のために自分の身を捨てる覚悟」で生きている(そして実際、筆頭魔法師からはかなり重い密命を言い渡されている)。それがこの世界の契約魔法師としての一般的な生き方であり、だからこそ、せめて学生でいる間は自由に「自分の人生」を謳歌してほしいというのが、彼女を含めた多くの先輩達の願いであった。
そして一通りの説明を終えた後、シャーロットはなぜか「ファッション研究部」の部室へと向かっていく。実はこれもアメリから頼まれた一件なのだが、その詳細についてまでは聞かされていなかったイワンは若干首を傾げつつ、彼女の後ろ姿を黙って見送った。
******
エーラム魔法学校における学園祭は、あくまでも教育プログラムの一環という位置付けであるため、名目上の主役となるのは「学生達による自由研究発表」である。本校舎のそれぞれの教室では、学生達が「ポスターセッション」のような形で自分の研究成果を展示し、来訪した人々に口頭で説明する、という機会が設けられていた。
魔獣園で働くジュノ・ストレイン(下図)は、その職務経験を元に様々な魔獣に関する研究報告を、学外の人々にも分かりやすい程度にまとめて発表しようと考え、仕事仲間の面々と共に、一般の人々にも分かりやすいよう、教室中に様々な張り紙や模型を並べていた。
その中には当然のごとく、彼女と同門の
クリストファー・ストレイン
の姿もあった。彼は当初、あくまでもジュノに頼まれたが故に渋々参加していたのだが、やはりもともと異界の生命体そのものへの関心が強いこともあり、徐々にやる気が出てきたようで、いつの間にか積極的に展示物の作成に勤しむようになっていった。
「ちょっと、クリス。ケット・シーの展示スペースが広すぎない?」
「別にいいだろ? かわいいんだから、絶対、需要はあるって」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
ジュノは軽く溜息をつきつつも、クリストファーが真剣に取り組んでいる姿自体は好ましいと思っていたため、苦笑を浮かべながらそのまま任せることにした。
一方、
ニキータ・ハルカス
は教室の別の一角で、「ユニコーン」に関する研究報告の準備を進めていた。
「よし、とりあえず、来場者への発表用の原稿は出来た! 見てくれ!」
唐突にニキータがそう叫ぶと、ひとまず企画全体の責任者であるジュノが内容を確認するが、一番の目玉の発表項目として位置付けられていた「ユニコーンの角の効能」を読み始めたところで、ジュノは驚愕の声を上げる。
「『味がしなくて固かった、自分には効果がなかった』って、どういうこと!? 食べたの!?」
「あぁ、夜中に忍び込んで、少しかじった」
「何してんのよ!?」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ! そんなことがバレたら、良くて停学、下手したら『選別』の対象になるわよ!」
そう言われたニキータは、珍しく本気で困った表情を浮かべつつ、やむなくその項目を削除する。その様子を目の当たりにしたクリストファーもまた、心配になって横から覗き込む。
「なぁ、そもそもちょっと長すぎないか?」
「そうね……。ユニコーンに関する説明自体は悪くないけど、観察の過程で感じた個人的な印象がやたら大仰で冗長だし、資料集めの間にお腹が空いたから買ったパンの話とか、どうでもいいし……」
二人がニキータに対してそんなダメ出しをしていくと、存外素直にニキータはその指摘を書き留めていく。
「なぁ、この協力者一覧の中にある『サリエル』って、誰だ?」
クリスの知る限り、そんな人物はエーラムにはいない。
「一緒にユニコーン園を担当した友人だ」
ニキータがそう答えたところで、ジュノは半信半疑で問いかける。
「……もしかして、サミュエル君のこと?」
「あぁ、うん。そうだった」
ニキータは「過去の記憶は奪われてしまった」と公言しているが、どうやら現在進行系で記憶が失われ続けているらしい。心配になったクリストファーは更に原稿を確認しつつ、ツッコミを続ける。
「あと、最後のまとめのところ、今までの学園生活を振り返るくだりで、『入学してから3年……』って書き出しで始まってるけど、オマエ、まだ入学して半年だろ?」
「あれ? そうだっけ?」
「それに、『担任がゴリラだった』って何だよ!?」
「違ったか?」
「初めて声をかけてくれた友人が、金髪ロングで褐色肌のドゲザエモン・バックベアード(37歳/女性)って、そんな奴いないだろ!?」
「うーん、そう言われてみると、ボンボエリカ・ガルフネットだったような気も……」
「全然違うし、そんな奴もいねーよ!」
結局、その友人が誰だったのかは思い出せなかったのだが、最終的にはジュノの「そもそも、そのくだり自体、必要ないよね?」という一言で、話は打ち切られたのであった。
******
「では、こちらの企画への搬入は、以上でよろしいですね」
ジュード•アイアス
は、学園内の物流に携わる者として、今回の様々な企画に際して必要な材料等の手配の手伝いをして回っていた。彼自身は特にどこかの企画運営に参加している訳ではないが、準備期間においては、裏方として皆を助ける役割に回りつつ、当日は(「彼にとっての最も大切な女性」と共に)純粋に客として祭を楽しむ予定であった。
「あと、申し訳ないですが、このチラシを、こちらに貼らせて下さい」
そう言ってジュードが壁に張り出したのは、義兄エイミールに頼まれた「ファッション研究部によるステージ企画の広告」である。別にこのタイミングでセット販売のように納品先に頼み込む必要もないのだが、前日までにこの「個人的な依頼」を終わらせようと考えた場合、これが一番効率が良い方法だと考えたようである。
(さて、次はフェルガナ先生主催の演劇企画ですが……、なんだか妙に工具と絵の具の発注が多いですね。多分、舞台を演出するための大道具を作るためなんでしょうけど、肝心の材料については全然注文されていない……。それについては既に確保済み、ということなのでしょうか?)
そんな違和感を感じつつ、彼が大道具班の作業場へと向かうと、そこには大量の「黄土色の箱」が積まれていた。
「……なんです、これは?」
「お! 追加のカッターナイフ、持ってきてくれたのか。サンキュー!」
アツシはそう言いながらジュードから工具を受け取ると、近くにあった「黄土色の箱」をその工具で切り裂き始める。
「え? この箱、そんな簡単に切れるんですか?」
「あぁ。これはダンボールと言って、軽くて頑丈で折り畳みも可能な万能素材なんだけど、切ろうと思えば簡単に切って加工することも出来る。だから、舞台用のハリボテ作ったりするには最適なんだ」
「ダンボール……?」
教養学部の学生達の中ではかなり博識な部類の筈のジュードにとっても、それは未知の素材であった。
「もちろん、普通に箱として使うなら、配達にも在庫管理にも便利だから、出張購買部にも必要なら、いくらでも提供するぜ」
「……考えておきます」
確かに便利そうではあるが、そこはかとなく(何の根拠もないが)「嫌な予感」がしたジュードは、ひとまずそう答えるに留めて、次の配達先へと向かう。そしてアツシは、いつの間にか芽生えていた鍛冶(加工)の神としての力を活用して、着々と様々な(傍目にはダンボール製とは分からない程に精巧な)大道具を仕上げていくのであった。
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「暗幕の大きさは、これくらいでいいか?」
「そうね。外からの光を遮るには、それで十分だと思う。あとは、どうやってそれを固定させるかだけど……」
今回の企画は、実質的にこの二人が中心的に役割を担っている。そんな二人のやりとりを眺めながら、主催者であるクロード・オクセンシェルナ(下図)は他の学生達にも指示を出していた。そんな中、一人の少年が紙束を持って彼の前に現れる。
「先生、白地図の印刷、終わりました」
「ありがとうございます。では、そろそろ私の研究室に、この白地図への記入用の画材が届く筈なので、取りに行くのを手伝ってもらえますか?」
「分かりました」
テオフラストゥスはそう答えると、クロードと共に研究棟へと向かうことになった。その途上、クロードは申し訳なさそうな声でテオフラストゥスに語りかける。
「すみませんね、あなたの企画案も悪くはなかったのですが……」
当初、クロードが考案していたのは「学生達から集めた様々な『謎解き問題』を組み合わせた脱出ゲーム」であり、テオフラストゥスもその題材として使えそうな様々な「問題」の案を提出していたのだが、オーキスとジャヤが共同提出した「人間の視覚を利用した問題を中心とする総合企画案」の完成度があまりにも高すぎて、中途半端にそこに他の問題を入れ込むのは不適切と判断し、テオフラストゥスや他の学生達の案は没となってしまった。
テオフラストゥスの企画案の中身は、「普通のクイズや計算問題」に紛れる形で「一見すると高度な計算力や知識が必要と思わせながらも、実際には、よく読んで意味を吟味すれば簡単な答えになるような『引っ掛け問題』」が出題される、という構造だった。これは「少し前までの自分だったら引っかかっていただろう問題に他の生徒たちはどうするか」を観察したい、という彼の個人的好奇心に基づく企画案であり、その中核となる「引っ掛け問題」自体はそれなりに面白かったものの、その部分だけ切り取って他の企画の中に埋め込むのは彼の出題意図に反するとクロードは判断したのである。
「いえ、他の人の企画案に協力するのも、これはこれで良い経験になりますから」
テオフラストゥスは淡々とそう答えつつ、クロードと共に研究棟へと向かう。ちなみに、届け先を企画会場ではなく研究室にしたのは、準備段階の作業を見せてしまうことで「ネタバレ」が発生することを避けるためらしい。
(少なくとも「あの発想」は私には無かった……。むしろ、当日に客として参加出来ないのが残念なくらいだ……)
彼はそんな想いを抱きながら、ひとまず今年は準備段階での裏方に徹した上で、当日は他の興味深そうな企画を回ることにしたのであった。
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「この世界の学園祭も、なんだかみんな楽しそうね」
ツムギ・ストレイン
は、飲食店の出展ブースの準備の様子を眺めながら、地球にいた頃の学園祭の様子を思い出していた。
(まぁ、小中学生くらいの子達が中心になって盛り上げているお祭りだし、私があんまり出しゃばるのもどうかと思うから、今回は普通に色々見て回るだけでいいかな……)
そんな想いを抱きつつ学内を散策していた彼女の前に、
メル・ストレイン
が現れる。彼女は真剣な表情で、ツムギに対して訴えかけた。
「なぁ、あんた、アタシと一緒にジャムセッション、やってくれないか?」
「え? 私?」
一応、この二人は共にストレイン一門の新入り同士であり、それなりに面識もあるが、今まで特にそれほど親しかった訳でもない。
「バリー先生から聞いたんだ。あんた、地球にいた頃は歌手だったんだろ?」
「いや、別に歌手って訳じゃ……、ただ、趣味のバンドで歌ってただけで……」
「それでもいい! とにかく、一緒にステージに立ってほしいんだ!」
メル曰く、彼女は以前バリーに勧められたウクレレを気に入り、こっそり練習を続けていた。そして、素晴らしい楽器と出会わせてくれたバリーへの感謝の気持ちを示すためにも、この学園祭の場で演奏したいと考えていたのだが、一人でステージに立つのは寂しいので、仲間を探していたらしい。しかし、どうやらそれが難航しているようである。
「異音研の他の人達は、もうそれぞれグループ作って演目も決めてるみたいで、正直、今から誘える人がいないんだ……。だから、その、アタシの未熟な演奏じゃ、あんたには不釣り合いかもしれないけど……」
「そんなことないよ! 私でいいなら、ぜひ協力させて!」
ツムギはこの世界に投影されて以来、人前で歌う機会からは遠ざかっていたが、決して歌うこと自体が嫌いになった訳ではない。自分の歌が誰かの役に立つのなら、断る理由は何もなかった。
「本当か!? ありがとう! あと、誰か他に、楽器とか出来そうな人、いるかな?」
「うーん、私もまだ、この世界にはそんなに知り合いもいないし……」
二人がそう話しているところで、たまたまその場を通りかかった「意外な人物」がメルに声をかける。
「私でよければ、協力しましょうか?」
「あんたは、確か……」
「簡単な楽器を演奏する程度の能力なら、私にも備わっています」
その人物が淡々とそう告げると、メルもツムギも快諾する。こうして、今回の学園祭限定の即席3ピースバンドが結成されることになった。
******
こうして、皆が学園祭に向けての準備に勤しむ中、
クリープ・アクイナス
は、一人密かに学外へと赴いていた。彼の向かった先は、エーラム近郊の小さな村。そこには、聖印教会の宣教師プリシラ・ファルネーゼ(下図)の姿があった。
とある民家の裏庭にて、クリープはプリシラに対してこう告げる。
「私の身体に宿った、『邪紋のような力』を除去して下さい」
その力が何なのか、クリープ自身もよく分かっていない。ただ、おそらくは「左右の目の色が異なる魔法師」から貰った薬が原因であろう、という憶測はついており、どうやらそれは彼自身の身体に異変をもたらしているということも概ね察していた。
クリープがそのことをプリシラに告げると、彼女はまず最初に問いかける。
「なぜ、今になってそう決意したのですか?」
以前、プリシラが「自分ならばその力を浄化出来る」という話をした時、クリープはあまり前向きな表情をしていなかった。それは、自分とは相反する価値観の彼女の手を借りることへの抵抗感以上に、そもそも当時のクリープには、その力を手放す気がなかったのである。
「夢を見たのです、友達と喧嘩をする夢。その時に、自己犠牲的で頑固だと言われてしまいました。散々否定されながら、自分は友達の言葉をどこか受け入れることができていなかった」
クリープは、自分の力で少しでも多くの人々を救いたい、という願望を胸に生きてきた。そして、そのための副作用が自分の身体を蝕む可能性が高いと言われても、特に意に介すこともなかったのである。
「……それは、きっとこの薬の力があればなんでもできると、頭の隅のどこかで慢心していたからだと思います。……この治癒能力も合わさって」
彼はそう言いながら、キュアライトウーンズではなく、先祖伝来の「故郷の土地神から受け継いだ治癒の力」を発動させる。
「私は、この力こそ、自分のすべてであり、先代から託されたものだと、先代の日記を見て思ったのです。それを信じた私は、小さい頃に無意識で自分を捨てたのでしょう。……先代のような、英雄になるために。もう何年も前の話なので、よく覚えていませんが」
自分を捨ててでも人々を救いたいという気持ちは、確かに一面においては英雄的である。だが、現実問題として自分が失われてしまっては、そこから先は誰も救うことは出来なくなる。そのことが、当時の彼には見えなくなってしまっていたらしい。
「それをきっかけに私は、どこか気が狂ってしまったのかもしれません。だから、この薬の力と共に、この狂気はどこかへと捨てます。すべては僕のために……。そして、僕を心配してくれている人たちのために」
そこまで彼が伝えたところで、プリシラは改めて方針を確認する。
「あなたが浄化したいのは、あくまでも『その薬によってもたらされた力』だけで、『もう一つの力』はそのまま残したい、ということですか?」
プリシラにしてみれば、どちらも「忌むべき混沌の力」である。その片方だけを消して、もう片方を残したいと望むのは、彼女にしてみれば傲慢な願いだが、クリープはあえて素直に答えた。
「本音を言えば、治癒の力も捨てたいのですが……、捨ててしまったら、ライバルに怒られそうなので」
なお、ここで言うところの「ライバル」と「夢の友達」は別人である。彼にとっての「ライバル」とは「生命魔法の適性に恵まれなかった治癒師志望の少女」。そして、彼の夢に現れたのは、プリシラから見れば「忌むべき混沌そのもの」である「狼の姿と共に投影された少女」であった。
(……このことに気づかせてくれた、夢の友達に感謝を)
クリープが内心でそう呟いたところで、プリシラは静かに頷いた。
「分かりました。どのような理由であれ、あなたが『混沌の力』を一部でも手放そうという心に目覚めたのであれば、その心を否定する理由はありません」
彼女はそう告げると同時に、聖印(クレスト)を掲げる。それは、クリープがこれまで見たことがある聖印とは、明らかに異質な形であった。
(……これが、ファルネーゼの聖杯?)
通常、聖印とは「平面的に描かれた光の紋章」のような構造で具現化される。だが、プリシラの聖印は、まるで杯のような形状の「立体的な光の彫像」としてクリープの前に現れたのである。それは確かに普通の聖印とは異質な、しかし、確かに聖印としての力を感じさせる、不思議な聖光の集合体であった。
プリシラがその聖印(聖杯)に念を込めると、クリープの身体に対して不思議な光が注がれ、そして彼の身体の内部に根付きかけていた「何か」が浄化されていく。そのことは、クリープ自身にも確かに実感出来た。
「これで、あなたの身体を蝕んでいた邪悪な力のうちの片方は除去出来ました。もし、また気が変わったら、いつでも『もう一つの力』も浄化することは可能です。と言っても、私はそろそろシスティナに戻らなければならいので、次にお会い出来るのがいつになるかは分かりませんが」
「……ありがとうございました」
クリープは短くそう告げて、それ以上は何も言わずに、彼女の元から去っていく。
(いつか学校を卒業したら、どこか旅に出ようかな……)
彼はそんな想いを胸に、今はまず、学友達の待つ魔法学校への帰路につく。今は疎遠になりかけている「ライバル」や「夢の友達」とも、いつかは分かり合える日が来ると信じて。
クリープ・アクイナス。10歳。彼は今、ようやく「自分のための人生」を見つけ出すための最初の出発点に立とうとしていた。
***
そんな彼の背中がプリシラの視界から消えたところで、彼女はふと「誰もいない筈の背後」に向かって問いかける。
「何か、おっしゃりたいことがあるのですか?」
彼女のその声に対して、その虚空の領域から、うっすらと一人の黒髪の男性の姿が現れる。それは、かつてクリープに「薬」を渡した「左右の瞳の色が異なる魔法師」(下図)であった。
「最初から気付いておられたのですね。さすがは、ファルネーゼの聖杯」
「あなたは、何者ですか?」
感情の籠もっていない笑顔で、プリシラはそう問いかける。
「彼に『邪悪な力』を授けた者、と言ったら、どうされます?」
「なるほど……、それで様子を見に来た、という訳ですか。別に、何もしませんよ。その問題はもう解決しましたから」
「では、『邪悪な存在』である私を、このまま見逃すおつもりですか?」
「私から見れば、あなたもあの子も『邪悪な力に頼っている哀れな子羊』という意味では変わりません。そして、あの子がそうであったように、あなたにも改心する権利はある。いつかあなたが正しい心に目覚めるかもしれない、という可能性を私が潰す必要はありません」
「では、逆に、私が今からあなたの命を奪う可能性がある、とは思わないのですか?」
「仮に私が死んだところで、また『新たな聖杯』が世界のどこかで生まれるだけのことです」
涼しい表情でそう語るプリシラに対し、その魔法師は苦笑を浮かべる。
「所詮、『あなた』にとって、『人間の身体』はかりそめの器でしかない、ということですか」
「どういう意味です? 『私』はただの人間ですよ」
「『神の子』が『神』か『人』かは、古代の宗教においても重要な論争だったそうですが」
「何の話です? それに、それは『古代の宗教』ではなく、『異界の宗教』でしょう?」
「まぁ、そういうことにしておいても構いません。どちらにしても、『神ならざる身』である私には、確かなことは分かりませんから」
「あなたには、唯一神様の声が聴こえないのですね」
「『今』は聴こえているような気がしますが、あなた自身がそれを否定するのなら、聴こえない、ということにしておきましょう」
その魔法師はそう告げた上で、彼女に背を向けて、エーラムの中心地である魔法学校へと向かって歩き出す。
「おかしなことをおっしゃる人ですね」
口元に乾いた微笑みを浮かべながらプリシラはそう呟いたが、その声が彼に届いていたかは分からない。その魔法師の背中を横目で見送りながら、彼女もまた、システィナへと帰還するための旅支度を始めるのであった。
「ファルネーゼの聖杯」の異名を持つ彼女の真の正体を知る者は、この世界には誰もいない。おそらくは、彼女自身も含めて。
エーラム魔法学校の学園祭が幕を開けた。ジュノ達による魔獣に関する研究発表の教室には多くの来訪者が集まり、それぞれの区画の担当者達の説明を聞いたり、展示物を眺めたりしている。
「こ、これは、まるで今にも動き出しそうなケット・シー……、かわいい……」
猫のぬいぐるみを抱えた
カロン・ストラトス
が、ケット・シーの模型を見ながらそう呟くと、製作者であるクリストファーが得意気に語り始める。
「だろ? 苦労したんだぜ。この毛並みのモフモフ感の再現とか」
ちなみに、モデルとなっているのは、旧ペンブローク邸のアルヴァンである。クリストファーは彼から妖精界におけるケット・シーに関する様々な文化洋式などを学び、それを研究発表として書き起こしていた。
カロンが目を輝かせながらその報告を聞いていると、そこに新たな来訪者が現れる。
「やぁ、また会ったね」
そう言ってカロンに声をかけたのは、アストロフィ子爵のヨハネス(下図)である。その両脇には、獅子型ガーゴイルのクヌート(に化けたパレット)と、アストロフィ所属の傭兵ベル(元魔法師の邪紋使い)が護衛として同行している。
「陛下! そ、その節は、どうも……」
「さっき、あっちの部屋でガーゴイルに関する研究報告を見てきたんだけど、なかなか面白かったから、他の投影体についての話も聞いたら勉強になるかと思ってね」
ヨハネスがそう告げると、責任者のジュノが割って入る。
「そういうことでしたら、ぜひとも見ていって下さい。もし、ここで得た知見がいずれ将来のバルレアの瞳の攻略に役立つのであれば、私達としても嬉しいです」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
そう答えた上で、ヨハネスはカロンと共にクリストファーの説明を聞き始める。貴族全般に対して好印象を持っていないクリストファーは内心ではあまり快くない感慨を抱きつつも、自分自身のケット・シーへの愛情を込めた説明を再開する。
***
一方、部屋の反対側のユニコーンに関する説明ブースでは、ニキータが(ジュノとクリストファーによって大幅に修正された)原稿を来客達に対して読み上げていた。なんだかんだで、ユニコーンに関する研究自体は真面目におこなっていたため、内容はそれなりに綺麗にまとまっており、来客達も素直に聞き入っている。
ちなみに、その来客達の中には
エル・カサブランカ
の姿もあった。彼は隣の教室でアメリの研究発表に協力しているのだが、今は空き時間であるため、ふと気になってこちらの教室を覗きに来ていたのである。アルトゥーク出身の彼にとっては、ユニコーンは実家の主家のシンボルであり、そんな彼から見てもこの研究発表は非常に有意義なものであった。
そして、興が乗ってきたのか、ニキータは説明の最後に即興で(検閲の過程で削除された筈の)「自分の中の感慨」を滔々と語り始める。
「私がこの研究報告を完成させることが出来たのは、私一人の功績ではありません。私には過去の記憶がなく、学園に来てからも色々と試行錯誤の日々を送ってきましたが、そんな自分を受け入れてくれた学友達いてくれたからこそ、今の私があるのです。たとえば、カル・エセブランカさんには古本屋巡りや廃屋探索においてご協力頂き、おそらくは理解不能だったであろう私の行動にも付き合って下さいました。他にも……」
この時点でエルは(前後の文脈から)ニキータが自分の話をしているのだろう、ということは推測出来たが、別にここで名前の間違いを指摘してまで自分の存在をアピールする気はなかったので、あえて聞き流していた。
その後もニキータは様々な学友達への感謝の気持ちを述べた上で、なんとなく感動的な雰囲気を醸し出しながら、満足した様子で報告を終える。そんな彼の様子を内心ハラハラしながら横目で見ていたジュノは、なんだかんだで最終的にはそれなりに綺麗な形でまとめることが出来たことに、なぜか不思議な感動を覚えていた。
ニキータ・ハルカス。13歳。魔力と引き換えに失われた「過去の記憶」を探すための彼の物語は、まだ始まったばかりである。
***
その後、エルは一通り興味のある魔獣の報告を聞いたところで、アメリの報告部屋へと戻る。そして、同じく大方の研究報告を聞き終えたヨハネスは、カロンに問いかけた。
「君はこの後、何か予定はある?」
「あ、はい。まぁ、その、いくつか回ろうかと思っているところがありますけど」
「じゃあ、その『君のお勧めの場所』に、僕も連れてってくれないかな?」
「え? いや、でも、陛下のお好みに合うかどうかは……」
「せっかくだから、日頃行かないようなところに行ってみたいんだ」
「……いいんですか? ご一緒するのが私なんかで?」
「もちろんだよ。そもそも、この学校の中では、僕と親しく話してくれる人も、そんなにいないからね。僕にとっては、君の存在はすごく貴重なんだ」
カロンはその言葉に対して深く恐縮しつつ、そのまま彼等と共に教室を出ていった。実際のところ、この機に彼とお近付きになりたい、と考えている女子学生はいくらでもいたのだが、彼の両脇に立つガーゴイルと邪紋使いが放つ威圧感故に、なかなか学生達の側からは声がかけられない状態だったのである(特にベルは、学生時代に不良学生として悪名を轟かせたグループの一人であり、「護衛」として周囲を警戒している彼の姿は、今でも多くの学生達にとっては恐怖の対象であった)。
一方、自分の担当時間を終えたクリストファーは、同じく空き時間となったジュノに対して、ふと語りかける。
「ふぅ、これで研究発表も一段落だな。ジュノはこの後どうするんだ?」
「私? 特に決めてなかったけれど」
「なら、オレと一緒に回ってみないか?」
クリストファーには特に他意はなく、一人で回るよりは誰かと一緒の方が楽しい、という程度のつもりの誘いだった。
「そうね。最近色々してもらったし。いいわ、デートしてあげる」
「で、デート!?いや、オレは別にそんなつもりじゃ……」
「あら、私とデートするのは嫌なの?」
「そうじゃないけど……」
「なら決まりね♪ 私、脱出ゲームとか、やってみたいのよ」
「お、いいな! それ、俺も興味あったんだ」
こうして、彼等は魔獣研究発表の教室を後にするのであった。
******
エーラム出版部の一員でもあるアメリ・アーバスノット(下図)は、自分自身が担当したガイドブック作成の過程で集めた情報を元に、アトラタン各地の地域情報をまとめた研究発表をおこなっていた。
そして彼女の隣には、久しぶりに(以前に実家から送られてきた)ハルーシア貴族としてのドレスを身に纏ったシャーロットの姿があった。彼女は今回、ガイドブック作成の際に関わった縁からアメリの発表を手伝うことになり、「せっかくだから、発表者がそれぞれの地域っぽい格好をすれば楽しいのでは?」というアメリの発案から、ハルーシア担当を任された彼女は、自前の衣装で参加することになったのである。
(まさか、こんな形でまたこのドレスを着ることになるなんて……)
シャーロットがそんな複雑な想いに浸っている一方で、隣のジュノ達の研究発表の部屋から戻ってきたエルもまた、祖国であるアルトゥークの民族衣装に着替えさせられていた。彼は別に発表者ではなく、補佐役として全体の雑用の担当なのだが、それでも「色々な衣装の人がいてくれた方が、見た目が華やかで盛り上がる」というアメリの提言により、巻き込まれたらしい。
また、そのエルの隣には、彼と同じく故郷の衣装に着替えさせられた
ユニ・アイアス
の姿もあった。彼女もまた、あくまで今回の企画には黒子的な立場で参加するつもりだったのだが、なんとなく全体のノリに付き合わされたようである。なお、エルやユニの場合は地元の装束をエーラムに持参していた訳ではないため、彼等の衣装はファッション研究部からの借り物であった(その交渉役を任されていたのが、先日のシャーロットだったのである)。
そんなエルとユニが会場の入口に立ち、来客の誘導を担当していると、ユニの兄弟子であるレパルト・アイアスが現れる。
「元気そうだな、ユニ」
「お久しぶりです!」
「最近、あまり見なかったが、どうしていたんだ?」
「えっと……、その、街の方に行くことが多かったんです。色々と、目新しいものを見て回りたくて……」
田舎出身の彼女にとって、世界最大の物流の集積地であるエーラムの城下町は新鮮な刺激を与えてくれる空間であり、色々なものを見て回るだけで楽しかったようである。魔法師となる上では幅広い知識が必要となる以上、そういった形での社会勉強も当然必要なのだが、最近の彼女はそのために学園を長く離れすぎて、(かろうじて修学旅行の時だけは戻って来ていたものの)先日の二度目の基礎魔法習得試験をも忘れる程に、街での生活を満喫していた。
周囲の同級生達からも、同門の先輩達からも、それはかなり自由奔放な生き方に映っていたが、そんな彼女を諌めようとする者は現れなかった。これまでのユニはあまりにも「人のために役に立つこと」にばかりこだわって生きてきたので、そんな彼女が「主体的に、自らの好奇心に基づいて行動すること」自体、むしろ彼女にとって望ましいことだと思われていたようである。ある意味、それは彼女がエーラムに来たことによって得られた(それまで失われていた)「人としてのあるべき感性」なのかもしれない。
「そうか。まぁ、お前はお前のペースで学んでいけばいい。あと、その服、似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
「『アトラタンの地域文化研究』の発表会場はこちらですか?」
「あ、はい。そうです。この会場全体をアトラタン大陸に見立てた上で、概ねその地図上の配置に合わせる形で、それぞれの地域の担当の報告者の人達が資料と共に配置されています。どちらの地域からお聞きになられますか?」
「そうですね……、やはり、海沿いの国々に興味があるので、まずはハルーシアから……」
リヴィエラがそう言いかけたところで、後方からまた新たな来客が現れる。それは、喪服のようなドレスをまとった美しい金髪の女性(下図)であった。
彼女が現れた瞬間、年長者であるレパルトとアメリの表情に戦慄が走るが、まだ年若い教養学部の面々の大半は彼女のことを知らない。だが、その直後に彼女に付き従うように現れた魔法師に関しては、見覚えのある学生達は何人かいた。それは、以前に臨時講師としてこの地を訪れた、ヴァルドリンド辺境伯の契約魔法師アウベスト・メレテス(下図)だったのである。
シャーロットはその時の臨時講義には出席していなかったが、さすがに同門の大先輩のことを知らない筈がない。そして、アウベストがその「喪服のようなドレスの女性」に恭しく従っていることから、シャーロットもすぐにその女性の正体に気付く。
(あれが、大工房同盟の三代目盟主、ヴァルドリンド辺境伯マリーネ・クライシェ様……)
現時点で最も皇帝聖印に近いと言われる人物を目の当たりにして、シャーロットは思わず身震いする。しかも、立場的に言えば、おそらくは近い将来、シャーロットと敵対することになる陣営の総大将である。エーラムの学園祭は世界中から様々な来訪者が訪れると聞いてはいたが、よりによって自分の研究報告の会場に彼女が現れるというのは、完全に想定外であった。
一方、エルとリヴィエラはそこまで気付けてはいなかったが、周囲の人々の反応と、そして当人達から発せられる「ただならぬオーラ」から、相当な大物であろうことを察して、思わず反射的に入口付近の道を開ける。そんな中、ユニは特に何も気付かぬまま、素直に「一人の受付担当」としてマリーネ達に声をかけた。
「いらっしゃいませ。こちらは『アトラタン地域文化研究』の発表会場です。どちらの地方の報告をお望みですか?」
屈託のない笑顔でそう問いかけたユニに対して、マリーネは冷たい表情を浮かべながら淡々と答える。
「そうだな……。ハルーシアの話を聞かせてもらおうか」
「はい、分かりました。シャーロットさん、お願いします」
「ひゃ……、ひゃい!」
思わず声が裏返ってしまったシャーロットであったが、自分の元に近付いてくるマリーネとアウベストに対して、一瞬だけ目をそらしつつ、必死で自分に言い聞かせる。
(今の私は、ハルーシア貴族の子女ではなく、あくまで一人のエーラムの学生……。まだ誰と契約した訳でもない、中立の立場の見習い魔法師……)
そしてすぐにマリーネ達に向き直り、彼女とアウベスト、そして(もともとハルーシアの話を聞きに行こうとしていた)リヴィエラを相手に、解説を始める。
「ハルーシアは豊かな海産資源と肥沃な大地に恵まれた土地柄故に、昔から漁業にも農業にも適しており、食文化も多才です。また、比較的混沌濃度が低いこともあって、混沌災害対策のために国費を費やす必要性も薄いことから、芸術文化などの育成といった方面に技術が注がれる傾向があり、その結果として他の地域にはない独特の貴族文化が定着してきました。たとえば……」
シャーロットは予定していた原稿をそのまま読み上げる。聞きようによっては、それは(連合諸侯から)文化的後進地域と揶揄されることも多い大工房同盟に対する皮肉とも解釈されかねない内容であったが、マリーネは特に表情を変えることもなく、黙って話を聞き続けた。
そして、ハルーシアの文化的先進国としての側面を列挙した上で、シャーロットは「負の側面」についても言及し始める。分権的であるが故に統率の取れない貴族達。階級間・地域間で発生する経済格差。現時点ではまだ表面化していないものの、それらが将来的な騒乱の種となりかねないことを彼女は指摘する。それは「ハルーシア貴族出身の少女」としてではなく、あくまでも「中立かつ冷静に世界を現実を見つめるエーラムの魔法師」としての視点であった。
「……報告は以上です。あ、ありがとうごじゃいましたっ!」
最後の最後で説明を噛んでしまったシャーロットは思わず赤面するが、リヴィエラは特に気にすることもなく笑顔で拍手する。
「すごく、分かりやすかったです。こちらこそ、ありがとうございました」
一方で、マリーネは眉一つ動かさぬまま口を開いた。
「あぁ、大変興味深い内容であった。ところで……」
マリーネはシャーロットの衣装に視線を向けながら問いかける。
「貴殿の装束は、他の者達と比べても明らかに質の違う高級素材で造られているようだが、そ
れは『本物のハルーシア貴族家のドレス』か?」
「は、はい……。これはその、私の実家の……」
この瞬間、シャーロットは「言わなくてもいいこと」まで口走ってしまったような気がしたが、マリーネは特に意に介すこともなく、静かに呟く。
「なるほど。私には、似合いそうにないな……」
数年前、大講堂の惨劇によってハルーシア大公の妻となる道を絶たれた女性は、心の奥底に眠る悲哀を押し殺すような口調でそう告げて、アウベストと共に会場を後にする。
想定外の「大仕事」を終えたシャーロットは、全身の気力が抜けたように、へにゃへにゃとその場に崩れ落ち、そこへアメリが駆け寄ってくる。
「お疲れ様です。さすがに、緊張しましたよね?」
アメリはそう言って、報告者の水分補給用に用意していたジョッキから、コップ一杯分のレモン水をシャーロットに差し出した。
「ありがとう、ございます……」
シャーロットはそれを少しずつ飲み干しつつ、先刻のマリーネの様子を思い返してみる。
(最後のあの言葉……、マリーネ様は、一体どんな想いでハルーシアの話を聞いていらっしゃったのでしょう……?)
ハルーシアの地方領主の跡取り息子である実兄と契約することが内定しているシャーロットは、いずれマリーネやアウベストとの間で激しい心理戦を展開することになるかもしれない。だが、今のシャーロットは、かつて愛した男と大陸を二分する戦いを展開しているマリーネの心を理解するには、まだあまりにも幼すぎた。
シャーロット・メレテス。12歳。彼女が本当の意味で人々の模範となる魔法師へと至るための道は、まだまだ前途多難である。
******
「え!? あの人が……?」
シャーロットがハルーシアについての研究報告をしている間に、エルはレパルト達から密かに小声でマリーネの正体を聞かされていた。
(僕にとってあの人は、敵なのか、味方なのか……)
故郷の複雑な事情を思い返しつつ、(ロケートオブジェクトの試験の際に)彼女と敵対する陣営(アルトゥーク条約)の邪紋使いから告げられた言葉を思い返しながらエルが内心でそう呟いたところで、隣にいたユニがエルに語りかける。
「エルさん。そろそろ交替の時間です。お昼ごはん、食べに行って下さい」
「え? あ、うん。君はいいの?」
「私は、朝ごはん沢山食べてきたから、まだ平気です」
「そっか……。じゃあ、代わりに何か軽食になりそうなものとか、買って来ようか?」
エルにそう言われたユニは、少し考え込む。これまでの彼女であれば、「自分のために誰かに何かをしてもらう」という行為自体に違和感を感じることも多かったのだが、今は違った。
「それなら、美術講師のレイラさんが『エルフの焼き菓子』を屋台で売ってるらしいので、それを一つ、お願い出来ますか?」
「分かった。帰りに買って来るよ」
「はい、いってらっしゃい」
楽しそうな笑顔を浮かべながら、ユニはそう言ってエルを送り出す。今でもユニの中では「誰かのために尽くしたい」という奉仕精神は強いが、今の彼女は、必ずしもそこで自己犠牲を必要と考えている訳ではない。既に彼女の中では、エルフの焼き菓子を楽しみにしつつ、自分の交替の時間になったら、どの企画を見て回ろうか、ということに思いを巡らせる程度には、「自分自身のための人生」を楽しめるようになっていた。
ユニ・アイアス。12歳。これまで「人のための笑顔」を浮かべ続けてきた彼女は、無自覚ながらも、少しずつ変わり始めていた。
******
その後、リヴィエラは一通り各地域の報告を聞き終えた上で、今度は
カイル・ロートレック
が小規模の教室を借りて開いている「花火」に関する研究報告へと向かうと、そこには先客の姿があった。それは、まるでおとぎ話の絵本の中から出てきたかのような金髪の美青年(下図)と、その護衛と思しき屈強な体格の騎士達であった。
(あれだけ厳重な護衛がいるということは、この人も、どこかの王族……?)
リヴィエラがそんな感慨を抱いていると、その美青年は、繊細でありながらも芯の通った美しい声で感嘆する。
「なるほど! 火薬を破壊のためでなく、人々を楽しませるための技術として用いるということか。なんて素晴らしい発想だ!」
発想そのものをここまで絶賛されることは珍しいため、カイルも得意気な様子で答える。
「だろ? まぁ、まだ完全に技術として確立出来た訳じゃないんだけどさ。一応、今夜の後夜祭で披露する予定だから、実際に見て貰った方が早いとは思うんだけど……」
「あー、それは残念だ。私は日が落ちる前にこの地を去らなければならないんだよ」
「そっか。じゃあまぁ、話だけでも聞いてってくれよ。あ、リヴィエラも、一緒にどうだ?」
視界に入ったリヴィエラに対してそう告げると、彼女は頷きつつもカイルに近付き、そっと耳打ちする。
「カイルくん、この人、多分きっとすごい大貴族の人ですよ。あんまりなれなれしく話すのはちょっと……」
実際、その美青年の護衛の者達は、少しピリピリした様子を見せている。言われてようやくカイルもそのことに気付いた。
「あー、すみません、俺、あんまり偉い人と話すの慣れてなくて……」
「いや、気にしなくていいよ。ここは中立都市のエーラムだ。爵位も立場も関係ない。それより、早くその花火の構造を聞かせてくれ」
「はい。えーっとですね、まず、この花火玉の中には、打ち上げた空の上で花火玉を割るための火薬と、その後で飛び散りながら色んな色の炎を出すための火薬が入ってて、その炎の色の違いは金属を燃やす時に生まれる色の違いを利用してて、たとえば……」
カイルが説明を始めると、リヴィエラもその美青年も真剣な表情で聞き入る。途中からはかなり専門的な用語が出てくるため、リヴィエラは半分程度しか理解出来なかったが、美青年の方は素直に感心した様子でそのまま最後まで聞き続けた。
「大したものだ。その歳で、こんな技術を生み出してしまうなんて……」
「いや、まぁ、半分くらいは爺ちゃんからの受け売りなんですけどね」
二人がそんな話をしているところで、ビート・リアン(下図)が、右肩にヘラクレス(カブトムシ)を載せた状態で、黄土色の箱を持って教室に現れた。
「カイルさん、ミラさんからの差し入れです。『お客さんと一緒に食べて』と言ってました」
そう言ってビートが黄土色の箱を開けると、その中には、焼きたてのパステル・デ・ナタが入っていた。彼女は現在、孤児院の子供達と一緒に、修学旅行中に覚えたこの焼き菓子を提供する出店を開いているらしい。
「ミラさん……! いつも、本当にありがとうございます!」
ビートは黄土色の箱に手を合わせながら、さっそく一つ手に取る。
「あ、皆さんもどうぞ。お口に合うかどうかは分かりませんけど」
ビートがそう言って美青年とその護衛達に箱を向けると、その美青年は嬉しそうな表情を浮かべる。
「これは、エストレーラのパステル・デ・ナタだね。私の国にも似たような焼き菓子はあるけど、少し味付けが違うと聞いたことがある。ありがたく、頂かせてもらうよ」
そう言って美青年は手を伸ばしつつ、その梱包されて入る黄土色の箱にも興味を示す。
「ところで、この箱は、何で出来てるんだい? 木ではないみたいだけど……」
それに対して、ビートの右肩に乗っていたヘラクレスが答える。
「ダンボール、と言うらしい。とある異世界の環境問題を救ったことで知られる神器だそうだ」
唐突にカブトムシが喋り始めたことで、その美青年は驚愕の表情を浮かべながら、ビートに問いかける。
「……この昆虫は、君の従属体なのかい?」
「あー、いや、そういうんじゃないんですけど……、まぁ、相棒みたいなものです」
なぜか少し得意気にビートはそう答える。その傍らでは、リヴィエラもまたその焼き菓子を実際に味わいつつ、先刻聞いたアトラタン各地の地域研究発表を思い出しながら、色々と思いを巡らせる。
(これがエストレーラの味……。同じ海国でも、やっぱり食文化は色々違うんですね)
エストレーラはハルーシアから海を隔てた先にある島国であり、海運業が盛んなことで知られている。そして、カイルが作ろうとしている「花火」は、そのエストレーラとは大陸を挟んで正反対の位置に浮かぶ極東の島国が発祥の地とも言われている。
(もしかしたら、もっと遠く離れた海の先には、まだまだ見知らぬ文化の人々が住んでいるのかもしれないですね……)
そんなことを考えながら、ふと故郷の漁村と、その村を守っている海の神様のことを思い出す。いつか故郷に戻る時が訪れるとしたら、その時までに自分はどこまで成長出来ているだろうか。そんな感慨に浸っていた。
リヴィエラ・ロータス。13歳。海を愛し、海に愛された少女は、この山国での修行の先に、どんな未来を描き出すのであろうか。
***
花火に関する説明を聞き終えた金髪の美青年は、満面の笑みを浮かべながら、護衛の騎士達と共に会場を後にする。
「カイル・ロートレックか。なかなか将来が楽しみな子だね」
廊下を歩きながら、側近の騎士の一人に彼はそう語りかける。
「……まさか、契約相手の候補としてお考えなのですか?」
「そうだね。彼が魔法師として一人前になった頃、私がまだ君主だったら、ぜひ迎え入れたい」
「平時ならともかく、この戦乱の時代にあのような技術が役に立つとは思えませんが……」
「それなら、彼等のためにも、『平和な時代』を作らなければならないね。そのために一番大切なことが何なのか、まだ私には、はっきりと見えてはいないけど……」
そう呟きながら彼が美しい横顔を曇らせていると、廊下の反対側を歩いている女学生達が思わず声を上げる。
「ねぇ、あれって……、アレクシス様よね!?」
「間違いないわ! あのお美しいお姿……」
「今年の学園祭は世界中から君主の人達がスカウトのために集まってるって聞いたけど、まさか、あの方まで来て下さってるなんて……」
「あぁ〜、こんなことなら、私もサボらずに研究発表してアピールする機会作っておくんだったわ……」
彼の名は、アレクシス・ドゥーセ。ハルーシア公国の国主にして、世界を二分する幻想詩連合の盟主。そして、ヴァルドリンド辺境伯マリーネ・クライシェの元婚約者である。
******
届け物を終えたビートは、ひとまずダンボール箱を畳んで小脇に抱えた上で、そのまま近くの研究企画を見て回ることにした。最初に彼が興味を惹かれたのは「創作魔法発表」と題された企画である。高等教員の誰かが新作魔法を考案したのかと思って教室へと入ると、そこにいたのは
エルマー・カーバイト
であった。
(エルマーさん!? え、あの人が、創作魔法を!?)
もともと、エルマーが独創的な発想力の持ち主であることは知っている。ただ、それでも彼はまだ一介の教養学部の魔法学生にすぎない。しかも、ビートやクリープのように「異界の神の加護」が身体に恒常的に宿ってる訳でもなければ、シャリテやオーキスのような「存在そのものが混沌の塊」という訳でもない。あくまでも一人の生身の人間の筈である。常識的に考えれば、今の段階で創作魔法など生み出せる筈がないだろう。
会場にはそれなりに多くの人々が集まっているが、彼等の大半は「既存の魔法の外形を少し変えただけのパフォーマンス」か、そもそも魔法ですらない手品の類いを披露するだけのジョーク企画だろうと割り切った上で、暇つぶし程度の気持ちで見に来ていたのだが、そんな彼等に対し、エルマーは真剣な表情でこう告げた。
「本日披露するのは、時空魔法の原理を利用した創作魔法『魔法の盾』です。術者の周りの空間を少しゆがめることで、術者への攻撃の威力を弱めます」
エルマーがそう説明すると、彼の足元の影の中から、ケット・シーのアルヴァン(下図)が姿を現す。彼は今回、アルヴァンの魔法の効果を証明するためのアシスタントとして呼ばれていた。
アルヴァンはエルマーから少し距離を取った上で、自分の周囲の混沌を収束させ、小さな大量の小石のようなものを空中に生み出す。
「今から、これをあやつに対して叩き込む。よく見ておくがいい」
観客に対してそう告げた上で、アルヴァンがエルマーに対してその大量の小石を放つと、その直後にエルマーは「誰も聞いたことがない呪文」を唱える。すると、彼に向かって飛び込もうとしていた石つぶては、勢いが若干削がれた形でエルマーに直撃する。だが、それでも威力を完全に消し去ることは出来ず、エルマーはその身に軽傷を負った。
「今、どうなったんだ?」
「確かに、若干空間が歪んだようにも見えたが……」
「でも、傷は受けてるよな。意味あったのか?」
「それに、なんか本人、かなり疲れてるように見えるぞ」
聴衆達の大半は何が起きたのか理解出来なかった。中には、ケット・シーが最初から手加減して石つぶてを放ったのではないかと疑っている者もいたが、そんな中で一人、最前列でその一連の流れを凝視した上で、正確に状況を把握している者がいた。テオフラストゥスである。彼はエルマーが「時空魔法の原理を応用した創作魔法」の発表会を開くと聞いて、時空魔法の修得を目指す者として、見学に来ていたのである。
(最初は「ディスロケーション」の縮小版かと思ったが、空間そのものを捻じ曲げているという意味では、むしろレイラ先生が「異界の自然律」を引き起こした時のような状況に近いのか?)
なお、レイラを初めとするエルフの投影体達は独自の「エルフ魔法」を用いることが出来るが、「異界の自然律」を生み出すのは分類上、「魔法」とは呼ばない。そのような現象を自らの呪文で混沌を操ることで(効果は全く異なるが)引き起こすというのは、確かにエルマー独自の「創作魔法」であることは間違いない。その上で、テオフラストゥスは状況を更に今の状況を細かく分析していた。
(おそらく、対衝撃として用いるには「クッション」には及ばないし、それ以外のタイプの攻撃に対する防御魔法としても、今のままでは魔力効率が悪すぎる。おそらく、実戦で使えるようにするには、もう少し改良する必要があるだろう……)
使用直後にエルマーが疲れた様子を見せていたのは、そのためである。実際、エルマー自身もそのことは自覚していた。
「まだ今の段階では、既存の魔法に比べて費用対効果の面でも効率が悪いです。でも、これから更に研究を続けて、この魔法をもっと磨いていきたいと思います」
エルマーがそう告げると、テオフラストゥスは無表情のまま静かに手を叩き始め、それに続いてビートが、そして他の者達もつられるように(何がどこまで凄いことを彼がやってのけたのかを今ひとつ理解出来ていないまま)拍手を始める。
彼はこれまで、1人で己の魔術を磨いてきた。同世代のカーバイト一門の面々達とは異なり、あまり学校行事などの表舞台に出ることは少なかったが、その間も一人で自分の体質に合った時空魔法の原理を独自に勉強した上で、本格的な時空魔法を学ぶ前に、自分の力で魔法を創作するという道を選んだのである。
とはいえ、いくら独創的なセンスの持ち主とはいえ、既存の時空魔法すら学んでいない状態で自ら新たな魔法を生み出すということは、あまりにも無謀な挑戦である。今のこの「まだ実用段階には達しないレベルの魔法」を生み出すだけでも、影で相当な努力を重ねてきたことは言うまでもない。そして、ここからそれを実用可能な状態にまで引き上げるということになれば、更なる研鑽が必要となるだろう。
常識的に考えれば、まずは既存の時空魔法をきちんと修得した後に、それらの応用として新たな魔法を生み出すというのが正道であろう。まともな教員であれば「自分だけの新しい魔法を生み出したい」と弟子が願ったところで、「まず基礎をきっちり学べ」と諭すのが一般的である。だが、彼の養母であるカルディナ・カーバイトは、そんな「常識」を無視したエルマーの願いを聞き入れて、時折彼の質問に答えつつも、基本的には自分のやりたいようにやらせていた。
とはいえ、今のところ、まだその道は半ばである。本当の意味でエルマーの目指す「創作魔法」を実用レベルにまで引き上げる上で、今のこの自由放任主義が正解なのかどうかは分からない。もしかしたら、きちんと既存の時空魔法を修めることを優先させた方が、最終的には「完成された創作魔法」を導く上での近道なのかもしれない。
だが、カルディナはその点も含めた上で、これから先も自分の進むべき道の判断はエルマーに委ねる方針であった。彼女の中では「エルマーならばどんな手順を辿ったとしても、最終的には自分の望む境地に辿り着けるだろうという」根拠のない確信が根付いているようである。
エルマー・カーバイト。12歳。数奇な運命を経てこの地に辿り着いた彼が選んだ道は「自分の手で切り開く新たな魔道」であった。
******
エルマーの魔法実演を見終えた時点で、ビートはふと、自分の右肩に違和感を感じる。
「あれ? ヘラクレス、どこ行った?」
いつの間にか「相棒」が姿を消していたことに気付いたビートは、慌てて廊下に飛び出て、早足で歩き回って探し始める。すると、廊下で風紀委員のイワンと遭遇した。
「何かありましたか?」
「えーっと、その、俺の連れてるカブトムシが……」
「カブトムシ? ……ヘラクレスですか?」
イワンはヘラクレスが最初に黄金羊牧場に出現した時に居合わせていたのだが、ビートはその時にはいなかったため、彼がヘラクレスと面識があるとは知らなかった。そして、「迷子のカブトムシ(神)の捜索」が風紀委員の仕事なのかどうかは分からないが、ひとまず事情が通じる人がいたことに安堵したビートは、そのまま話を続ける。
「あ、はい、そうです。さっきまで一緒にいたんですけど、いつの間にかいなくなってて……」
ビートがそう答えたところで、近くの教室の中から、そのヘラクレスの声が聴こえてきいた。
「今の我の目では、この世界の文字は読めぬ。我のために読み聞かせよ」
その教室には「異界のガーゴイルと闇魔法師の関係についての研究報告」という看板が掲げられていた。ビートが教室の扉を開くと、その視界の先にはヘラクレスと、この教室内の唯一の報告者である
ゼイド・アルティナス
の姿があった。と言っても、相変わらず、フードを深く被っているため、その表情は見えない。
「おい! ヘラクレス! お前、勝手に動いて迷惑かけてんじゃねーよ!」
「あぁ、ビートか。すまぬな。先程廊下で『ガーゴイルの研究報告を見てきた』という話をしていた者達がいたから、つい気になって、見に来てしまった」
「いや、言ってくれれば俺も一緒に行くし、何なら俺が代わりに読み聞かせるから……」
ビートはそう答えるが、それに対してゼイドがフードの奥から声をかける。
「構わない。興味を持ってくれたのなら、全て説明する」
実際のところ、ゼイドも他の研究報告者達と同様に、ポスターセッション形式を採りつつ、詳しく聞きたい人がいれば説明する、という予定だったのだが、彼の佇まいがあまりにも不気味な様相だったため、大半の人々が、怖くてそもそも声をかけられない(声をかけて良いのかも分からない)状態だったのである。
そして、ヘラクレスの過去の因縁にまつわる話なのであればビートも興味があるし、イワンもまた闇魔法師絡みの話なのであれば聞いてみたいと思っていたところなので、そのまま二人も一緒に話を聞くことになった。ゼイドはまず、「ガーゴイル」という概念の定義から、厳密に語り始める。
「『ガーゴイル』とは本来は『建物の屋根に付属する雨樋の排水口の部分に造られた怪物の形をした石像』のことだが、そこから転じて、怪物の形をした石像全般、もしくは石で造られた人造怪物などをも含めた概念として用いられるようになった言葉であり、その中にはアトラタン世界で造られるガーゴイルもいれば、異界から投影されたガーゴイルも存在する。今回の報告で主に取り扱うのは後者の方であり、その中でも『ユグドラシル宇宙の地球』と呼ばれる異世界から召喚されたガーゴイルについての研究報告が主題となる……」
このアトラタン世界には「地球」と呼ばれる異世界からの投影体が数多く存在するが、実際のところ、「地球」という言葉はかなり多義的な概念として用いられている。たとえば、ツムギとシャリテとキリコ(ヴァルスの蜘蛛の諜報員)は、いずれも元は地球からの投影体だとされているが、それらが全て「同じ地球」であるとは限らない(少なくとも、
キリコの出身世界
は明らかに他とは別物である)。
そして、ゼイドが敵視しているガーゴイルに関しては、いずれも「地球と呼ばれる世界に住む一人の彫刻師が生み出したガーゴイル」であると言われている。そこまでは以前の調査の段階でゼイドも到達していたのだが、彼はそこから更に深層の書庫にまで入り込み、更なる情報を探り出していた。
その彫刻師の名は“マイスター”ミケランジェロ。彼はかつてこのエーラムに投影体として出現したことがあり、その際に自分のことを「地球人」と称した上で、「全ての世界はユグドラシル(世界樹)宇宙」によって繋がっており、彼の投影元である地球と、このアトラタン世界は、ユグドラシルと呼ばれる巨大な世界樹から分岐した世界である、という持論を唱えていた。結局、この仮説については明確に立証することは出来ず、そしてまた他の「地球人」と称する投影体達の証言と照らし合わせた結果、彼の投影元は他とは明らかに異なる「極めて特殊な地球」なのではないか、と考える者達が増え、彼の証言に合わせて「ユグドラシル宇宙の中の地球」という呼称が定着するに至ったらしい(なお、正確には「ユグドラシル宇宙の中にも複数の地球がある」という説もあるため、あくまでこれは暫定の呼称である)。
ミケランジェロは投影元の世界において「グレイブヤード」という組織に所属しており、エーラムとよく似た山岳地帯の奥地に築かれた城に、大量の(世界各地の怪物達を模した)ガーゴイルを設置した。それは、日頃はただの雨樋の一部品にすぎないが、有事の際には本物の魔物のように暴れ出し、侵入者を排除する仕組みになっていたらしい。ミケランジェロは特殊な技術を用いて、そのガーゴイルをこの世界に(通常の召喚魔法よりも容易に)投影させる技術を生み出したが、それは召喚方法が簡易である反面、制御が難しいが故に禁呪とされたらしい。
「……しかし、その魔法が一部の闇魔法師達の間で今も継承されている。彼等は便宜上、『パンドラ石像派』などと呼ばれてはいるが、彼等が統一的な組織なのか、同じ技術を共有するだけの雑多な魔法師の集団なのかは分からない。ただ、彼等の呼び出すガーゴイルによって、世界各地で様々な被害が発生していることは確かである。たとえば……」
ゼイドはここで(それが自分の故郷の話だとは告げずに)「飢饉における口減らしのためにガーゴイルによって村人が虐殺された事例」や、先日のエーラムにおいて発生した大量召喚および子爵暗殺未遂事件を取り上げる。一方で、余計な混乱を招かないように、ヨハネスが連れているクヌート(ネメアーの獅子)のように「人間に従順なガーゴイル」も稀に存在する、という旨は付言しておいた(厳密に言えば「クヌート」という名のガーゴイルが実在しないことはゼイドも聞かされていたが、その点についてはさすがに公的に発表する訳にはいかなかった)。
「……『石像派』と呼ばれる闇魔法師達の目的は分からない。ただ、一説によると、彼等は自分達の技術の祖である“マイスター”ミケランジェロの再召喚を目指しているとも言われている。また、ミケランジェロと同じ『グレイブヤード』の構成員と言われる者達がこの世界に投影されているという説もあり、彼等と連携した行動を取っている可能性も考えられる……」
ちなみに、その構成員達の中でも特に中心的に動いているのが、「ファラオ」「邪竜」「九尾」と呼ばれる三人らしいが、彼等がこの世界における闇魔法師達とどのような関係にあるのかについては諸説あり、はっきりとしたことは分からない。ただ、彼等は元の世界において「ファントム」と呼ばれる超常的な存在だったようで、この世界においても混沌の力を用いて極めて強大な力を発揮する危険な存在であるらしい。
こうして、ゼイドが一通りの報告を終えたところで、ヘラクレスは納得したような口調で呟く。
「なるほど。つまり、そのミケランジェロという男が生み出した城塞において、我の宿敵である12体の魔物がモチーフとして使われた、ということか」
正確に言えば、他にも数多くの「地球の伝承に基づく魔物」が存在していたのだが、その中でも特にその12体は強力で、城の中心部を守る役割を担っていたらしい。なお、グレイブヤードの構成員の大半を占めるファントム達はいずれも「地球の伝説上の魔物」を具現化した存在であるが、ミケランジェロ自身もファントムだったのかどうかは不明らしい(この点に関しては
この物語
で明かされる予定)。
そして、ヘラクレスはふと、誰もいない筈の空間を角で指しながら問いかける。
「ところで、先程からそこにいる者は、今回の報告の説明補助員かと思ったが、違うのか?」
この時点で、ゼイドもビートもイワンもその言葉の意味が理解出来なかった。しかし、その直後、ヘラクレスの角の先に、一人の魔法師が姿を現す。それは、左右の瞳の色が異なる「あの闇魔法師」であった。
(あの時の……!)
この場にいる中で唯一、彼と直接面識のあるイワンは、すぐさま部屋の外に出て、通信機を取り出してハンナに連絡を取ろうとする。闇魔法師はイワンのそんな様子を涼しい顔で眺めつつ、ヘラクレスに向かって語りかける。
「こうもあっさり見破られてしまうとは。さすがは英雄神……、少し、侮っていたようですね」
「先程からずっと『エリュマントスの猪』の気配を感じていたのでな。てっきり、この場で実演召喚でもするのかと思っておったわ」
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
魔法師は納得した表情を浮かべながら、懐から小さな手のひらサイズの「猪の石像」を取り出す。形状からして、それは先日の騒動の際に「石像派」の面々が用いていたヒュドラやケルベロスと同種の代物であるように思えた。
「以前に『彼等』から貰った代物なのですが、まさかこれが仇になるとは……。では、せっかくですから、これはあなたに差し上げましょう。今後の研究の参考資料にして下さい」
闇魔法師はそう言って、その「猪の石像」をゼイドに手渡した。
「どういうつもりだ? お前は……」
「私は『彼等』の友人ですが、彼等は自分達のことをあまり語りたがらないので、未だに私も彼等のことはよく知らないのですよ。だから、あなたが彼等のことを研究して、その成果を発表してくれるのなら、またいずれ聞きに来ます。今日の報告、なかなか面白かったですよ」
左右の瞳の色が異なる魔法師は、そう告げると同時に再び姿を消した。
(今の男、何者だ……? 「奴等の友人」と言っていたが……)
ゼイドは困惑しながらも、手元に残された猪の石像を握り締める。
(まぁ、いい。あの男が何者であろうと、俺は俺のやるべきことをやるだけだ。ガーゴイル災害を防ぐために、そして、故郷を復興するために……)
ゼイド・アルティナス。15歳。過去の宿業を乗り越えるまで、彼は茨の道を歩み続ける。たとえその先に、何が待っていようとも。
***
その直後に、イワンからハンナ経由で連絡を受けてこの教室に駆けつけたのは、ゼイドと同門のグライフ・アルティナス(下図)であった。エーラム魔法師協会の中でも最強のエージェントとして名高い彼は、今回の学園祭においても、有事の際にはいつでも事態解決に乗り出せるように待機していたらしい。
しかし、彼が到着した時点ではその闇魔法師の気配は完全に消えていた。グライフがディテクトライフの魔法を用いても、「姿が見える者達」以外に部屋の中から生体反応は感じられない。イワンが出現時の状況を改めて詳しくグライフに説明する一方で、ビートは相棒に問いかける。
「ヘラクレス、もう奴の気配は感じ取れないのか?」
「我が感じ取っていたのは、あくまで石像の気配だ。あの男が石像を手放してしまった今となっては、分かりようがない」
「じゃあ、なんでそのこと言っちまったんだよ!?」
「すまぬ。そこまで考えていなかった」
そんな二人のやり取りを横目に、グライフは淡々と「左右の瞳の色が異なる魔法師」について説明する。
「おそらく、その男はブレトランド・パンドラのシアン・ウーレンでしょう。彼は以前に魔法薬を学生達に配布していた時もそうですが、とにかく神出鬼没な闇魔法師です。ただ、むやみに直接的な騒動を起こす者ではないですし、過去の行動パターンから推測するに、おそらく今回も、学生達の様子を伺いに潜入しただけ、という可能性が高いです」
落ち着いた口調でグライフはそう語る。その口ぶりからして、あまり強く警戒はしていない、というよりも「想定の範囲内」とも「既に手は打ってある」とも解釈出来そうな、淡々とした様子であった。あまり危機意識が感じられないその反応にイワンが微妙な違和感を感じていたところで、魔法師協会の制服を着たシルーカ・メレテス(下図)が駆け込んで来る。
年齢的にはイワンと大差ない彼女は、魔法学校の卒業生であり、現在はシスティナ島で契約相手のテオ・コルネーロと共に転戦中である。先日のアーティファクト引取案件での来訪に続き、今回も何らかの事情があって、学園祭に足を運ぶことになったようである。
「今、こちらで何か危険な気配を感じたのですが……」
「さすがに目ざといですね、シルーカ殿。しかし、御心配には及びません。怪しげな闇魔法師が一人、入り込んでいたようですが、来賓の方々の手を煩わせる程の者ではございませんので」
世界最強の魔法師とも噂されるグライフにしてみれば、あくまで「その程度の相手」なのかもしれないが、それでもイワンとしては、この学園内のどこかに危険な闇魔法師がいると聞かされたら、何もしない訳にはいかない。
「では、これから私は各企画の責任者の人々に警戒を呼びかけてきます」
魔法杖通信が通じる正規の魔法師や、ハンナからの通信機を受け取っている風紀委員の者達であれば一括連絡で問題はないが、そうではない教養学部の学生達に対しては、直接話を伝えに行くしかない。イワンはあえてその任を自らに課すことにしたのである。
イワン・アーバスノット。17歳。闇魔法師に欺かれた過去を持つ彼は、二度と同じ轍を踏まぬよう、今日も走り続けるのであった。
******
エンネア・プロチノス
は悩んでいた。「この世界において『自然律』と呼ばれている物理法則は、本当に混沌発生以前から存在していた自然律なのか?」という問題について様々な検証を続けてきた彼であったが、当然のことながら、そこまで壮大な根源的探求はそう簡単には進まない。少なくとも、今年の学園祭で発表出来るような段階まで至っていないことを自覚している彼は、ひとまず今年の研究報告は見送り、参考になりそうな研究発表を見て回ることにした。
そんな彼が最初に向かったのは、
シャララ・メレテス
による農耕技術に関する研究報告の教室である。彼女がこれまで園芸部で様々な魔法実験を繰り返してきたという噂を聞いているエンネアとしては、自然律と混沌の関係を研究する上で、これが一つのヒントになるかもしれないと考えたのである。
とはいえ、彼女は日頃から様々な「奇行」で知られている人物でもあり、彼女の研究報告の趣旨を自分が理解出来るという保証もない。エンネアがそんな一抹の不安を抱えながら教室の扉の前まで到達すると、彼はそこで一人の若い騎士風の青年(下図)と遭遇した。
「君も、この研究発表を聞きに来たのかい?」
「はい。混沌が作物の育成にもたらす影響に興味があるので……」
「そっか。俺は、実家が農家だったから、単純に農業に興味があるんだ。もしかしたら、将来的に何か役に立つ情報が手に入るかもしれないと思ってね」
気さくな物腰で青年はそう語りつつ、エンネアよりも先に教室の扉を開ける。すると、そこには他に来客もいないまま、暇を持て余して自作のマンドラゴラ人形と戯れているシャララの姿があった。
「いらっしゃいなのだよ!」
彼女はようやく訪れた来訪者を(マンドラゴラ人形と共に)笑顔で迎えると、騎士風の青年が問いかける。
「ここは、どんな農作物に関しての研究発表の場なんだい?」
「童(わらわ)が今まで園芸部の畑で実験してきた成果の、現時点での中間報告みたいなものなのだよ。最終的には、それらは全て七草粥に通じるのだよ」
「七草粥?」
「せりいちごもやしかいわれまんどらごらみんとぷちとまと、なのだよ」
呪文のように唱えられたその言葉の意味は青年には今ひとつよく分からない。
(マンドラゴラって、確か……)
青年が余計なことに気付き始めたところで、今度はエンネアが問いかける。
「具体的に、どんな実験をしてきたのですか?」
「とりあえず、キュアライトウーンズを植物にコツコツとかけ続けることで、促成栽培が出来るのではないか、と考えたのだよ」
実際、キュアライトウーンズは「治癒魔法」と呼ばれてはいるが、実質的には身体の再生機能を活性化させる魔法であり、人間の髪や爪にかけることによって、伸びる速度を上げるという使い方も出来る。シャララはこの原理を応用することで、植物の促成栽培にも役立つのではないか、と考えたのである。
「で、効果はどうだったんですか?」
「確かに成長は早まったのだよ。でも、実った果菜や根菜の質に関しては、必ずしも良好とは言えなかったのだよ。多分、成長の過程で本来摂取すべき栄養素を吸収させないまま強引に育ててしまった結果、全体的に薄味になってしまったみたいなのだよ」
「なるほど……、キュアライトウーンズはあくまで成長を促進させるだけの魔法であって、成長の過程で必要なものを全て補ってくれる訳ではない、ということですか」
「生き物として最低限必要な成長には繋がるのだよ。ただ、『人間が美味しいと感じられるような野菜や果物』を実らせることは、植物が本能的に求めている成長ではないのだよ。だから、そこは人間の手で少しずつ成長を軌道修正させるような育て方をしないといけないのだね」
もし仮に、それが植物にとっての「自然律」であるというのなら、混沌の力をそこに注いでもその自然律通りに植物が育つ、という意味では、エンネアの研究にとっても役立ちそうな一つの興味深い事例と言える。ただ、シャララの話はここで終わりではない。
「多分、生命魔法師の人々が使うような『もっと高位の回復魔法』や、他の魔法、たとえば『土や水の元素魔法』あたりと組み合わせれば、また違った結果は出せる可能性があると思うのだよ。でも、今の童(わらわ)一人では、そこまでは出来ないのだよ」
実際、魔法という混沌の力を加えることによって、どこまで自然律を捻じ曲げることが出来るか、という点については、より深い研究が必要になるだろう。それが解明されれば、おそらくエンネアの研究テーマにとっても興味深い知見が得られることになるだろうが、現実問題としてシャララがその境地に到達するまで、あと何年かかるかは分からない。
ここで、騎士風の青年が再び問いかけた。
「そういえば、エーラムでは、混沌由来の植物を育てていたりもするのかい?」
「当然、あるのだよ。たとえば魔獣園では、職員の手で加工された牧草や、異界から投影された植物を元にこの世界の自然律の中で育つように改良された品種の樹木の果実を、投影体用の餌として使っていたりもするのだよ」
当然、この辺りの話もエンネアにとっては興味深い情報であり、彼は筆記用具を取り出して彼女の話を書き記していく。そんな中、やがて教室にまた新たな来訪者が現れた。先刻まで近くの廊下でグライフと会話していた、シルーカ・メレテスである。
「あ、シルーカ。どうだった? 例の気配については」
「やはり闇魔法師だったようですが、グライフ殿が仰るには、それほど大事ではない、とのことだったので、ひとまずお任せすることにしました」
シルーカはそう答えつつ、シャララに向かって挨拶する。
「あなた、メレテスの子よね? 一応、これが『はじめまして』かな? 私はシルーカ・メレテス。よろしくね」
「シャララ・メレテス、なのだよ。お噂はかねがね聞いているのだよ」
実際、シルーカ・メレテスの名は既に世界中の人々に知れ渡っている。そして、この時点でシャララもエンネアも、先刻からこの部屋にいた「騎士風の青年」の正体に気付いた。
「俺はテオ・コルネーロ。君達の先輩であるシルーカの契約相手の君主だ。よろしくな」
現在、アトラタン大陸南東部において、幻想誌連合でも大工房同盟でもない「第三勢力」として唐突に台頭しつつある「アルトゥーク条約」の創設者、それがこのテオ・コルネーロという青年である。エンネアとシャララにとっては、以前に出会った聖印教会の宣教師プリシラが仕えている君主、という認識でもある。
(「自力で聖印を作り出した君主」と言ってたから、どんな傑物かと思ってたけど……)
(話に聞いていたよりも「普通の人」っぽいのだよ……)
二人が内心でそんな感慨を抱いている中、テオは笑顔で話を続ける。
「今はこんな世の中だけど、世界が平和になったら、俺は故郷に帰って農園を開くのが夢なんだ。だから、ここで学んだこと、いずれ参考にさせてもらうよ」
テオはそう言って、シルーカと共に教室を後にする。もっとも、口ではそう言いつつも、テオの最終目標はあくまで「混沌のない世界」を作り上げることである。その意味では、彼の今後の歩む道次第では、ここでシャララが研究した諸々の成果は、全て無駄に終わる可能性もある。当然、シャララもその可能性を全く考慮してはいない訳ではないが、だからと言って、今の時点で自分に出来る研究の手を止める必要はなかった。混沌のない世界が実現したら、その時はその時で、また新たな七草粥への道を探せば良いだけの話である。
シャララ・メレテス。15歳。「七草粥」を求めて試行錯誤を繰り返す彼女が最後に辿り着くのは、どのような境地なのであろうか。
******
(本当に皇帝聖印が実現して、この世界から混沌が全て消え去ったら、果たして何が残るのだろうか……)
そんなことを考えながら、エンネアは次なる教室へと向かう。そこで開催されているのは『異界の理:元素属性とその相関の差異について』と題された研究報告であった。報告者は、投影体の血を引く少女、
ヴィルヘルミネ・クレセント
である。
「いらっしゃいませ。こちらにポスター発表としてまとめていますので、ぜひ見ていって下さい。分からないことがあれば、一通り解説します」
会場を訪れたエンネアに対してヴィルへルミネがそう告げると、エンネアはひとまず言われた通りにポスターに目を通す。それは、彼女が自分の興味の赴くまま、半ば趣味として調べていた情報をまとめた内容であり、元素魔法と召喚魔法という、彼女が進みたいと考えている二つの学部に関連する発表でもあった。
今回、彼女が主に取り上げるのは
『蒼天の空域界』
、
『捻くれた御伽世界』
『掌中の友獣界』
、そして彼女の祖先の出身世界である
『霧中の大島』
という四つの世界である。彼女は以前に紙芝居を作った時のノウハウを利用して、絵本のような形で多くの挿絵を用いることで、異世界知識のない人々にも分かりやすいポスターへと仕上げていた(なお、これらの世界の名前については諸説あり、あくまで彼女が用いているのは、その中の一つの呼称にすぎない)。
「この世界には火地風水の四大元素が認識されているが、世界によっては光闇の2属性や無属性などが存在していたり、4つでなく炎・水・自然の3つである世界、更に細分化されている世界などが観測されている」
報告ポスターは、そのような書き出しから始まっていた。つまり、それぞれの異界における自然律を比較検証することが主題らしい。エンネアが興味深く読み進めていくと、更に細かく様々な事例について検証されている。
「異界の多くでは『水は火を消し、土は水を糧とし命を育み、風は岩石を風化させ、火は風に煽られ大きくなる』といった相克関係が存在する。しかし、世界によっては『炎は水を干上がらせ消し去る』など関係が異なることがある」
その具体例として、たとえば「蒼天の空域界」では「火→風→土→水→火」の四元素による循環相克と同時に「光↔闇」の関係が存在するのに対し、「捻くれた御伽噺世界」においては「火→木→水→火」という三元素の循環と同時に、その法則から独立した「無」という特殊な属性が存在する。更に、霧中の大島の場合は「火→水→風→土→火」と「光↔闇」と「無」が同時に併存し、掌中の友獣界に至っては、
極めて複雑な相克関係
が存在する、ということが記されている。
(なるほど……、そう考えると、そのような相克関係が明確に確立されていないこの世界の四元素とは、果たして何なのだろう……? もともと最初から存在しなかったのか、「存在しない世界の法則」によって上から塗り替えられたのか、それとも多様な世界の法則が混交しすぎて結果的にニュートラルな関係へと落ち着いたのか……)
エンネアは、自分の研究課題に落とし込む形でヴィルへルミネの研究を興味深く読み進めていく過程で、徐々にまた新たな研究の方向性を模索し始めていく。先刻のシャララの発表も含めて、これまであまり自分では取り組まなかった方向からの研究報告を目の当たりにすることで、また新たなインスピレーションが生まれ始めていたようである。
エンネア・プロチノス。11歳。彼の手による世界の真理の解明と、皇帝聖印の成立。果たして先に実現するのはどちらであろうか。
***
一方、部屋の別の一角には、ヴィルへルミネと同い年くらいと思われる奇妙な装束の少女(下図)の姿があった。
「なるほど。実によく調べてある。現代のクレセント家の魔法師も、なかなか面白いところに目をつけるではないか」
少女はそんなことを呟きながら、満足気な笑みを浮かべている。その様子を眺めていたヴィルへルミネは、奇妙な違和感を感じていた。
(なんだろう……? あの子……、私と同じくらいの歳っぽいのに、なんだか不思議な気配というか……)
魔法師の中には、10歳程度でも並の魔法師以上の実力を持つ天才児もいれば、何らかの理由で年を取らなくなる者もいる。特に投影体の血を引く者の中には、そのような特殊な存在もさほど珍しくはない。
(もしかして、あの子も私と同じ、マレビトの末裔なのかな……? エーラムの子ではないみたいだけど、あの格好からして、魔法が使える人っぽいし、自然魔法師の一族、とか?)
そんな想いで少女のことを凝視していると、彼女の方からヴィルへルミネに語りかけてくる。
「この報告、全てお主が一人で書いたのか?」
「はい、色々な人達からお話はお伺いしましたけど、まとめてポスターにしたのは私です」
「そうか。まだ幼いのに、大したものだ」
やはりこの口調からして、ただの少女ではない雰囲気をヴィルへルミネは直観的に感じ取る。
「あの……、あなたはもしかして、外の世界から来た人ですか? それとも、外の世界から来た人の子孫、とか……?」
「いや、私はただの人間じゃ。ただの『通りすがりの魔法少女』にすぎん。ところで……」
その少女はやや声を潜めて問いかける。
「最近、この辺りの近辺で、黒と金のヘテロクロミア(金銀妖瞳)の魔法師を見なかったか?」
唐突にそう問われたヴィルヘルミネであったが、つい先刻、この会場へと駆けつけたイワンから聞かされた注意事項の話を思い出す。
「そういえば、そんなような人が会場内にいるから、気をつけろ、という話が……」
「やはりそうか! すまんな、あの馬鹿弟子が何かやらかす前に、探し出さなければ……」
「……弟子?」
「お主の報告、面白かったぞ。今度は『雷』属性のある世界についての考察も聞かせてくれ」
そう言って、その魔法少女は会場から立ち去ろうとする。
「あ、待って下さい。せめて名前だけでも、教えて頂けませんか?」
「……マリア。『ただのマリア』じゃ。お主が研鑽を続けていれば、いずれどこかでまた会うことになるだろう」
通りすがりの魔法少女は、その言葉と共に彼女の前から姿を消した。ヴィルへルミネが戸惑った様子で混乱していると、そこにまた新たな来訪者が現れる。
セレネ・カーバイト
であった。
「ミーネちゃん、ファッションとか、興味ないか?」
「え? ……あぁ、そういえば、ファッション研究部もステージ企画に出展するんでしたね。一応、報告時間が終わったら、脱出ゲームの方に行こうと思ってるんですけど、その後でも間に合うなら、遊びに行かせてもらいます」
「ファッション研究部の順番はステージ企画の最後だから、問題ないぞ。ここが控室だから、直前の演劇企画が始まる前くらいになったら、来てほしいぞ」
セレネはそう言って、地図の載っているチラシを手渡す。
「え? 控室って……、私、『出る方』なんですか!?」
「当たり前だぞ! かわいくコーディネートするから、このセレネにどーんと任せるんだぞ!(ふんす)」
セレネはそう言って、すぐさま走り去っていく。先刻とはまた違った困惑に包まれたヴィルへルミネは、ただひたすらその場に呆然と立ち尽くすのであった。
「くだらないわね、学園祭なんて……」
学校全体が盛り上がる中、
ミランダ・ロータス
は特に積極的に何かに参加する気もなく、適当に学内を散策しながら様々な企画を流し見ていた。
(ティトは「あの人」と一緒みたいだから邪魔しちゃ悪いし……、特に見たいものもないし……、とりあえず、図書館にでも行っていつも通りに……)
そんなことを考えながら学内の公道を歩いていたところで、ミランダは大衆食堂「多島海」の三姉妹(下図)と遭遇する。彼女達はこの学園祭において、日頃は出すことがない「魔獣(投影体)の肉」を中心とした創作料理の出店を出すらしい、という話はミランダも以前に聞いていたのだが、ここでアイシャが唐突に声をかけた。
「あなた、暇してるみたいね」
「え? いや、まぁ、その……、特にやることはないですけど……」
「じゃあ、ウチの店を手伝いなさい。もうすぐ開店なんだけど、事前販売の予約券が思ってたよりも沢山売れてて、給仕の人手が足りそうにないのよ」
「な、なんで私がそんなこと……」
「私達の『正体』知ってる子の方が、いざという時に色々と都合がいいのよね」
先日のエマの治療の際、ミランダはアイシャから実際に「加護」を受けており、彼女達が「異界の女神」であるということは、誰よりもよく知っている。
「それは、そっちの勝手な理屈で……」
ミランダがそう言いかけたところで、その両腕をマロリーとヘアードが掴む。
「大丈夫。ちゃんとお給金は出すから」
「言われた場所に料理を運ぶだけでいい」
こうして、三人の女神に強引に連れ去られる形で、ミランダは多島海の出店を手伝わされることになった。
***
学園祭開催中の校内各地の校庭や広場には、大量のオープン席としてテーブルと椅子が並べられ、それらの周辺にフードコート形式で大量の屋台が並んでいる。多島海の出店は、その中でも一番大きな中央広場の一角に並んでいた。
「いらっしゃいませー! 多島海・期間限定出張店『魔獣飯の宴』へようこそー! 注文はこちらで承っています!」
多島海のパート職員である
ディーノ・カーバイト
は、いつも通り元気のいい声で来客達を誘導しつつ、屋台の奥に向かって声をかける。
「おい、アーロン! 人手が足りないんだ! 早く出て来いよ!」
それに対して、屋台の奥から、ロングヘアのウィッグを被り、メイド服を着込んだ
アーロン・カーバイト
(下図)が現れた。
「な、なんでボクがこんな……」
「おぉ! 似合ってんじゃねーか!」
「似合ってない! こんな……、こんなの……」
「学園祭と言えば異性装が定番」というよく分からない理屈で、アーロンは女装を強いられることになったらしい。
「『召喚魔法師なら誰もが通る道』って、マロリーさんも言ってただろ?」
「それはそうだけど……、でもそれ、本当なのかな?」
嘘である。
「それに、『女性の気持ちが分かるようになるためにも必要だ』って、アイシャさんも言ってたじゃないか」
「まぁ、確かにそう言われた時はそれで納得しかけたけど、でも、それだって本当に必要なのかどうかは……」
少なくとも、必要ではない。
「大体、こんな格好してるところ、セレネやカルディナ先生に見られたら……」
アーロンがそう呟いたところで、横から「執事服姿のヘアード」が声をかける。
「今更グチグチ言うな、アーロン。さっさとこれを18番テーブルまで持って行け」
ヘアードもまた、アイシャとマロリーに言われて渋々男装を受け入れた身だが、既に開き直って淡々と給仕に徹している。日頃は厨房にいることが多い彼女だけに、色々な意味でその存在感は常連客の視点から見ても新鮮に映っていたようである。
周囲の視線を気にしつつ、アーロンは俯きながら大皿を指定された席へと届け、目線をそらしたままテーブルの上に置く。
「お待たせしました、カトブレパスのリブロースです」
「あら、おいしそう♪」
それは、聞き覚えのある少女の声だった。アーロンが首を上げると、そこにいたのは、ローズモンド伯爵領の宰相令嬢エリーゼ(下図左)と、その執事のヴェルトール(下図右)であった。彼等もまた、この学園祭に参加していたのである。
「!?」
アーロンにとって、セレネやカルディナ以上に「この姿で会いたくない人物」が目の前に現れたことに驚愕していると、エリーゼは首をかしげる。
「……あなた、前にどこかで会ったかしら?」
「い、いえ、お初にお目にかかりまして光栄です……」
別人を装うため、精一杯高い声で、微妙におかしな言葉遣いになりながらもそう答えつつ、ふと隣にいたヴェルトールに視線を向けると、彼は何かを察した様子で目をそらした。
(バレてる!?)
アーロンが更に動揺した様子を見せる中、エリーゼはそのまま問いかける。
「ねぇ、あなた、ここの学生なの?」
「あ、えーっと、その……」
下手なことを言うと正体がバレると考えたアーロンが言葉に詰まていると、横からヴェルトールが口を挟む。
「お嬢様、ここは学園祭です。我々には存じ得ぬことですが、学園祭という空間では『色々と特殊な事情』があると聞き及んでおります。あまり深く詮索はされぬ方がよろしいかと」
何をどこまで把握しているのか分からないような言い回しでヴェルトールがそう告げると、エリーゼは微妙に釈然としない雰囲気ながらも、一応、納得したような顔を浮かべる。
「ふーん、そうなんだ……。まぁ、いいわ。ありがとね」
「失礼します!」
慌ててその場から立ち去るアーロン(メイド服)の後ろ姿を見ながら、改めてヴェルトールが問いかける。
「あの者に何か興味が?」
「興味っていうか……、ウチには私に近い歳のメイドがいないから、あんな子が近くにいてくれたら楽しいそうだな、って思っただけよ」
エリーゼにとって、ヴェルトールは召使いとしては申し分ない存在だが、やはり年頃の少女としては、成人男性相手には話せない悩みもある。そういった話題を共有出来るような相手が欲しいと思っているらしい。
「もし仮に『あの者』がエーラムの学生だった場合、実地研修などで招き寄せることも出来ますが、どうなさいます?」
「いいわね! ファーガルドには『メイドとして女君主に仕えている魔法師』もいるらしいし、そういうのもアリかも。あの子なら、真面目に働いてくれそうだし」
「では、選択肢の一つとして考えておきましょう」
そんな二人の会話が聴こえているのかどうかは不明だが、アーロンは女装姿のまま、「一番見られたくない姿で意中の人に会ってしまった現実」から目をそらすように、一心不乱に接客に専念していた。
アーロン・カーバイト。12歳。貴族令嬢に恋した彼の未来は、思わぬ方向へと転がり始めていたが、そのことを彼はまだ知らない。
***
一方、なりゆきで半ば強引に手伝わされることになったミランダも、接客役としてはやや無愛想な淡々とした態度ながらも、真面目に働き続けていた。なんだかんだで、誰かに頼られる(必要とされる)こと自体は嫌いではないようである。
ただ、彼女もまたアーロンと同様に「学園祭限定の従業員制服」としてメイド服を着させられていたため、それがどうにも(アーロン程ではないだろうが)恥ずかしいらしく、どこか表情がぎこちない。「こんなのは自分のキャラじゃない」と思っていた彼女は、なるべく知り合いに出くわさないまま仕事を終えたいと考えていたらしいのだが、残念ながらそうもいかなかった。
彼女が「カルキノスと三つ葉の卵焼き」を届けるために向かったテーブルには、先日エマの看病の際に同席した
クグリ・ストラトス
がいたのである。
「え……? クグリ先輩……?」
「あぁ、ミランダ君。ありがとう」
「どうして、マッターホルンのクグリ先輩がここに……?」
「まぁ、敵情視察、ってとこかな。まだあの店には色々と秘密がありそうだしね……。一応、今日はノギロ先生の店を手伝ってるから、もうしばらくしたら、そっちに戻るつもりだけど」
なお、マッターホルンはこの日も普通に営業中だが、珍しく店長が(良くも悪くも)やる気になっているようで、それに巻き込まれないように、クグリはあえて休暇を取ったらしい。
「君の方こそ、どうしたんだい? 多島海で働くことにしたのかな?」
「いえ、そういう訳ではなく、ただ、こないだのことで色々あって、その流れで……」
「あぁ、なるほど。同門のエマ君を助けてくれたことへの恩返しか。なかなか義理堅いね」
「べ、別にそういう訳では…………。失礼します!」
どう答えれば良いのか分からなくなったミランダは、そそくさとその場から立ち去る。他人から好意的な言葉をかけられることに、ミランダはあまり慣れていないらしい。
だが、出店に戻る前に、また別の知人に声をかけられてしまう。
「あ、ミランダさん。すみません、小皿を一つ、貰えませんか?」
その声の主は、二度目の基礎魔法修得試験の際に一緒だったカロンである。その隣には、ヨハネスおよびその護衛の二人の姿もあった。
「小皿?」
「はい。このミノス牛のシチュー、ちょっと熱くて、私猫舌だから、冷ましながら食べてたんですけど、小皿に移した方が、食べやすいかなって思って……」
実際、カロンは先刻から口でふーふーと冷ましながら食べていたのだが、これでは効率が悪いと思ったらしい。ちなみに、隣のヨハネスの皿はもう既に空になっている。おそらく、カロンとしては、ここであまり時間を書けるのもよくないと考えたのだろう。ミランダはその状況を踏まえた上で、こう提案する。
「それなら、いっそ氷を入れた方が早いんじゃない?」
「え? 氷? あるんですか?」
「確か奥の食在庫の中にあった筈だし、もし足りなくなっったとしても、多分、『あの人達』なら、すぐに出せると思うから……」
「じゃあ、お願いします!」
カロンがそう答えると、ミランダはすぐに屋台へと向かう。その間も、カロンは一心不乱にシチューをふーふーと冷まし続けていた。
「別に、僕のことは気にせず、ゆっくり食べてくれればいいんだよ」
「いえ、さすがにそれは申し訳ないですし……」
ヨハネスとカロンがそんな会話をしている中、すぐにミランダが小皿に大量の氷を乗せた状態で戻ってくる。
「とりあえず、使いたいだけ使ってくれればいいわ」
「ありがとうございます! ミランダさん、本当に気が利くんですね」
「り、臨時とはいえ、店員なんだから、これくらいのことはするわよ……」
ミランダはそう答えて、また逃げるようにそのテーブルから去っていく。そんな彼女に、また別の知人が声をかけた。
「ミランダさんー、お久しーぶりですー」
独特の平坦なイントネーションで語りかけてきたのは、カロンと同じく基礎魔法修得の試験の際に同席した
シャロン・アーバスノット
である。
「……なに?」
「あのー、おら、あちこち食べ歩いて回りたいからー、手で持って歩ける軽食とか、あったら嬉しいだどもー、なんかねえだか?」
シャロンとしては、この機会に全店舗の制覇を目指しているらしい。そう言われたミランダは、咄嗟にメニューを思い浮かべる。
「うーん……、サソリの唐揚げとか?」
「それ、美味しそうだー、おらの故郷にサソリはいなかっただー。食べてみたいだー」
「じゃあ、番号札持って来るから、ちょっと待ってて」
彼女はそう告げた上で、即座に屋台へと駆け出していく。別にそこまでしなくても、シャロンに直接屋台向かわせれば良いだけの話なのだが、いつの間にか彼女の中では、すっかりサービス精神が根付いてしまったらしい。
ミランダ・ロータス。12歳。これまで周囲に対して心を閉ざし続けていた彼女の心境にも、徐々に変化が現れ始めたようである。
***
(いいなぁ、あの制服……)
テーブル席に座っていた男装少女
ノア・メレテス
は、「かわいいメイド服」を着て働くアーロンやミランダの姿を、羨ましそうに眺めていた(なお、前者が「アーロン」だと気付いていたかどうかは定かではない)。
「ノア、お前、何にする?」
彼(彼女)の向かいの席の
レナード・メレテス
が、ノアにそう問いかける。慌ててノアは手元のメニュー表を確認した。
「あ、えーっと、そうですね……、じゃあ、パイアのマリネで」
「それなら、俺はケートスの生姜焼きにしよう。俺がまとめて頼んでくる」
「え? いや、それならボクが……」
「お前が金出してんだから、これくらいは俺にやらせろ」
ノアは以前にハンナの手伝いで稼いだバイト代がまだ余っていたため、今回は自分が代金を受け持つことにしたらしい。そして、レナードが注文に向かおうとした矢先、屋台の前で唐突にマロリーがアナウンスを始める。
「さぁ、今からクロコッタの解体ショーの始まりです!」
彼女がそう宣言すると、屋台の裏からヘルガが大型の台車を押しながら現れた。その上には「巨大な口を持つハイエナのような怪物」が横たわっている。だが、眠っているように見えたその怪物は、ヘルガが屋台の前へと運び終えたと同時に、突如動き出した。
「あぁ、スリープの魔法が解けてしまいました! 大変です! 皆さん、すぐに逃げて下さい!」
マロリーは周囲の人々に対してそう叫ぶが、その口調が明らかに「棒読み」であることから、観客の大半は、おそらくはこれが「仕込み」であろうと推測する。なお、一般的にこの世界に出現するクロコッタに比べると(おそらくは元の混沌核が小さかったが故に)かなり小型で、よく見ると本来備わっている筈の「巨大な牙」は既に除去されていることも分かる。
そして、その直後にディーノが、調理用の出刃包丁を持って現れた。
「この俺がいる限り、皆に手出しはさせないい! 来い、クロコッタ!」
マロリーとは対照的に、ディーノは迫真の演技で会場を盛り上げる。だが、そこに空気を読まずに割り込む男が現れた。
「おいおい、面白そうなことやってんじゃねぇか! オレもまぜろや!」
通りすがりの
ダンテ・ヲグリス
である。彼は現在、別の出店の手伝いの最中で買い出しに行く途中だったのだが、目の前でこんな光景を見せられたことで、反射的に身体が動いてしまったらしい。
そして、この展開になると当然、レナードも黙ってはいない。
「ダンテ! オメェ、抜け駆けしてんじゃねーぞ!」
こうして、二人は護身用の短剣を手に怪物の前に対峙する。なお、投影体は殺してしまうと消滅してしまうため、生かした状態のまま部位を切り取らなければ意味がない。
「おいおい、お前ら、これはただの……」
ディーノはそこまで言いかけるが、すぐに口をつぐむ。
(せっかくの機会、こいつらに潰されてたまるか! 俺がこいつらより先に、奴の足を切り落せばいいだけの話だ!)
先日のガーゴイル騒動において、ディーノは仲間の機転によって助けられたのに対し、ダンテやレナード達は正攻法でヒュドラのガーゴイルを倒したという話をアーロンから聞かされていたディーノは、この機会に「自分の方が彼等より上」だと証明したいと考えたのである。
彼は出刃包丁を逆手に構えて、あえて身体を低く屈めた上で、クロコッタに向かって走り込む。
「カーバイト流究極奥義・四肢空裂斬!」
その場の勢いで考えた適当な必殺技名を叫びながら、ディーノは見事にクロコッタの四本の足を切り落とす。その直後にダンテとレナードが胴体に斬りかかるが、致命傷に至る前にアイシャがかけた「謎の魔法のような何か」によってクロコッタは動きを止め、そこから先は全員で仲良く(ギリギリ殺さない状態のまま)解体作業がおこなわれることになった。
ディーノ・カーバイト。13歳。最強の魔法剣士を目指す彼の冒険譚が本格的に幕を開けることになるのは、もう少し先の話である。
***
その後、クロコッタの肉はきちんと調理されて、来客へと振る舞われる。ちょうどこの余興が始まる頃にこの場に到着していた
サミュエル・アルティナス
もまた、もともと肉料理が好きということもあり、喜んでその料理を注文するのだが、焼き上がるまでに少し時間がかかると言われたので、その前にLLサイズの清涼飲料水を頼むことにした。
「どないしたん? そんなに喉乾いとるん?」
やや心配そうな表情で、隣に立っている
ヴィッキー・ストラトス
がそう問いかける。なお、修学旅行の時点では曖昧な名目で共に行動していたこの二人だが、今回は明確に「デートする」という合意の上で同行していた(discord「図書館」7月17日)。
「喉が、というよりも……、なぜだか分からないが、今日は身体がやけに熱いんだ。だから、熱い肉料理が来る前に、一度身体を冷やさないと、と思って……」
実際、サミュエルの顔は少々紅潮しているようにも見える。
「大丈夫!? それって、熱あるんとちゃう?」
ヴィッキーがそう言いながら、身体を乗り出して顔を近づけつつ、サミュエルの額に手を伸ばそうとすると、サミュエルの肌の色が更に赤くなる。
「あ、いや、大丈夫だ! これは別に身体に変調が起きている訳ではなく、おそらくこれまであまり経験したことがない状況に起因する興奮状態によって、一時的に体温が上昇してしまっているだけで、決して風邪などの病気の症状ではない。と、思う!」
「そ、そう? ほんならええけど……」
二人がそんな会話を交わしている中、アイシャがまずは大瓶に入った清涼飲料水を持ってくる。その注ぎ口のところには「カップル用ストロー」が装着されていた。どうやらアイシャは「二人で一緒に飲むことを前提とした大瓶」を頼んだのだと勘違いしたらしい。
「え? いや、あの、このストローはいらないんですが……」
「あー、ごめん、『同じ注ぎ口から一緒に飲みたい派』だったのね。じゃあ、捨てといて」
そう言って、アイシャは次の接客へと回る。唐突な状況に困惑したサミュエルは、ひとまずヴィッキーに問いかける。
「あの……、ヴィッキーも、少し、飲むか?」
「せ、せやね。なんかせっかく可愛いデザインのストロー付けてくれたのに、使わずに捨てるんは、なんか勿体ないし……」
そう言って、二人は二つのストローの先端から、同時に飲み始める。必然的に顔を近付けることになった結果、サミュエルだけでなく、今度はヴィッキーの頬も紅潮し始める。そんな様子を見た通行人達は、ニヤニヤした表情を浮かべていた。
「まぁ、かわいいカップルね」
「いいなぁ、初々しくて」
そんな会話が聴こえてきたところで、サミュエルは一旦、ストローから口を離した上で、ふとヴィッキーに語りかける。
「カップルに見えるみたいだな、オレ達……」
「せやね……」
「カップルなのかな、オレ達……?」
「そ、そういうことは、聞くもんやないやろ!?」
二人の間になんとも言えない空気が広がる中、ようやくサミュエルが頼んだ「クロコッタの脚肉のハーブ焼き」(食べ歩き用サイズ)が届けられた。サミュエルは嬉しそうにその肉を頬張りつつ、改めてヴィッキーに問いかける。
「そういや、今更だけど、ヴィッキーは頼まなくて良かったのか?」
「うん、まぁ、ウチはまた別の店で何か頼もうかな、と」
「それだったら、オレが待ってる間に、別の店に何か買いに行ってくれても良かったのに……」
「ええんよ。だって、こういう時って……、二人で一緒に待つのも、デートの楽しみやろ?」
上目遣いにヴィッキーにそう言われたサミュエルは、更に自分の身体が熱くなっていくのを実感する。
「オ、オレと一緒にいて、楽しいって、思ってくれてるのか?」
「楽しくなかったら、デートする筈ないやん!」
「そ、それは、確かにそうか……」
再び、サミュエルはどう返して良いのか分からないまま、なんとも言えない沈黙が流れる。今の自分の感情をどう表現すれば良いのか分からないサミュエルは、何か話題を振らなければと思い、ふと自分の手元にあるハーブ焼きを目にする。
「あの……、よかったら、これも一口、どうだ……?」
サミュエルはそこまで言ったところで、肉につけられた自分の歯型を見て、慌てて付言する。
「あ、いや、その、オレは本当に風邪じゃないから、何かが感染する心配はないとは思うんだけど、それ以前の問題として、その、やっぱり、えーっと……」
「うん、ほな、もらおうかな、一口……」
ヴィッキーがそう言って軽く口を開ける。この時点で、サミュエルは肉片の「どちら側」を彼女の口に向ければ良いのか逡巡する。そして次の瞬間、彼の中で「いつもの持病」が襲いかかってきた。
(いや、待ってくれ! 今このタイミングって、それはさすがに勘弁してくれ! せっかくの、オレとヴィッキーの大切な時間が……)
そんな彼の願いも虚しく、意識が少しずつ遠ざかっていく。そして、その気配を察したヴィッキーは、ハーブ焼きが彼の手からすり抜ける前にその手を強く掴み、そして崩れ落ちようとする彼の身体を正面から抱きかかえる。こうして、「サミュエルにとっての学園祭」は、あっさりと終わりを告げることになった。
サミュエル・アルティナス。11歳。彼が自らの特異体質を克服する魔法を習得するまで、あとどれほどの時が必要なのであろうか。
***
店の目の前で、店の商品を食べていた少年が意識を失うという事態に対し、多島海の面々は当然のごとく動揺するが、ヴィッキーが一通り事情を周囲の人々に説明したことで、あらぬ疑いが広がる事態は避けられた。
その後、ヴィッキーは広場の片隅の木陰で、意識を失ったままのサミュエルを膝枕させてながら、既に冷めかけているハーブ焼きを片手に、独り言を呟く。
「……ずっと、よーわからんかったんや」
ヴィッキーは、これまでのサミュエルとの想い出を脳裏に浮かべながら、その時々の自分の中の感情に思いを巡らせる。
「キミと一緒におって、楽しいって思うのも、ドキドキするのも、時々モヤモヤするのも。なんでかなってずっと思っとった」
おそらくそれは、サミュエルが彼女に対して抱いていた感情と同じである。
「でもいい加減、よーわからん、なんて言いきれんようになったんかもな」
この点に関しては、明らかにサミュエルよりも彼女の方が「自分自身の感情」に対して真摯に向き合えていると言えよう。その違いがどこにあるのかは分からない。ただ、「表に出ている言葉」だけに関して言えば、現状では二人の間に大差はない。
「まだちょっち恥ずかしくて、面と向かっては言えへんけど……まあ、練習でもしとこうかな」
彼女はそこまで呟いた上で、そっとサミュエルの耳元に顔を近付けた。
「……好きやで、サミュエルくん」
ヴィッキー・ストラトス。12歳。神童と呼ばれた彼女が内に秘めたこの純なる想いが彼に届く日は、果たして訪れるのであろうか。
******
多島海の出店から少し離れた場所で、ユタ・クアドラント(下図左)とノギロ・クアドラント(下図右)は極東地方に伝わる「薬膳」をテーマにしたスープやサラダなどを小皿単位で提供する店を開いてた。ユタはかつて戦災孤児だった頃に一人の錬成魔法師に助けられたことがあり、彼から学んだ「医食同源」の理念に基づく料理を、いずれ披露してみたいと思っていたのである。
時間帯が昼時に入り、徐々に客足が増えつつある中、多海島の出店からクグリが帰還した。極東出身で喫茶店の店長代理を務める彼女はノギロから誘われる形で、「緑茶」のアドバイザーとしてこの店の手伝いを担当している。
「ただいま戻りました」
「どうでした? あちらの様子は?」
ノギロがクグリにそう問いかける。クグリにとっては「敵情視察」であったが、ノギロはあの店の三姉妹の「身元保証人」でもあるため、彼の代理としての様子見という役目も担っていた。
「繁盛してましたよ。余興みたいな企画も盛り上がってましたし」
クグリがそう答えたところで、今度はユタが声をかける。
「クグリさんに淹れ方を教えてもらったおかげで、緑茶もすごく好評です。やっぱり、薬膳料理との相性はいいみたいですね」
「まぁ、緑茶も広い意味での薬膳の一種だしね。こっちの地域の人達の趣向に合わせて少しアレンジしたのが良かったのかな」
その辺りは、さすがに日頃から喫茶店経営に携わっているだけあって、クグリはマーケティング能力にも定評がある。日頃、マッターホルンで極東系の料理や飲み物を出すことは滅多にないが、それでも長年この地で暮らしているからこそ、西方人にも受け入れられそうな緑茶の好みも概ね予想がついたらしい。
一方、店頭では
バーバン・ロメオ
が、大声を出して客引きしていた。
「い゛ら゛っしゃいま゛せー!薬膳料理はどう゛だー?」
さすがに山育ちだけあって、その声はよく通る。そして大柄な体格も相まって、道行く人々の目にも止まりやすい。当然、その雰囲気故に第一印象では怖がられやすいが、その筋骨隆々とした身体とは対象的な「にこやかな笑顔」が、逆に(そのギャップ故に)親しみやすさを感じさせるようで、徐々に「きぐるみのキャラクター」のような目で見られるようになり、奇妙な形で人々の間で人気を博し始めていた。
そんな中、彼と同じ山岳民のシャロンが現れる。多島海でサソリの唐揚げを食べた後、色々な店舗を巡っていたところで、バーバンの声が気になって足を止めたようである。
「やくぜんー? それー、どったら料理だー?」
「自然のメグミで、ガラダが元気になる、そんだら料理だっでよ」
「ほんだらー、どれがオススメだかー?」
「オデは、この『キクラゲとレタスのスープ』が一番ウメェと思う」
「きくらげ……? キクとレンゲのはいぶりっど……?」
「ダッハハハ!!! ちげぇよ! 木の周りに生えてるクラゲみてぇなキノコだ」
「そいだらー、おら、それ食べてみてぇだー」
「毎度ありぃ! ちなみに、レタスはオデの実家からの差し入れだで、新鮮でウメェぞ」
二人が独特のイントネーションでそんな会話を繰り広げている一方、クグリはユタに「29番テーブル」への配膳を頼まれる。届ける品は「激辛火鍋」であった。
「えーっと、29番テーブルは……、あそこか」
クグリが見つけたそのテーブルには、(シャロン同様、多島海に続いてこの店を来訪した)ノアとレナードの姿があった。
「相変わらず、仲がいいね、君達は」
クグリはそう告げつつ、激辛火鍋をテーブルに載せる。
「でも、大丈夫かい? これ、かなり辛いやつだよ。レナード君が辛いものに強いのは知ってるけど、ノア君って、こういうのは平気だった?」
「はい。せっかくの機会ですから、日頃食べないものを食べてみようかと思って!」
ノアは強がってそう答えるが、目の前の「真っ赤な鍋」を目の前にして、思わず冷や汗が出る。
(大丈夫。美容にもいいって言ってたし、これくらいは食べれるようにならないと……)
そう自分に言い聞かせながら、ノアは鍋の中の湯だった長ネギの一欠片を口に入れてみる。
「!!!!!!!」
ノアが目を大きく見開き、その表情が一気に紅潮すると、レナードが心配そうに声をかける。
「おい、ノア!?」
「だ、大丈夫です、これくらい……」
そう言いながら二口目に手を伸ばそうとするが、明らかにその手が震えているのを見て、レナードが止める。
「おい、何かコイツのために変わりの品を持ってきてくれ。出来れば、さっぱりしたものを」
「うーん、そうだね。じゃあ、口直しに、春菊のサラダでも頼んでおくよ。この火鍋は、キャンセルする?」
「いや、これはオレが全部食べる」
以前、レナードが大量の麻婆茄子を食べきったことを知っているクグリは、ひとまずその場は彼に任せた上で、屋台へと戻ろうとする。すると、今度はその途上で
マシュー・アルティナス
が彼女に声をかけた。どうやら彼もまた、屋台に向かおうとしていたところだったようである。
「クグリ先輩、今日はマッターホルンの方はいいんですか?」
「まぁ、あっちは店長がやりたいように色々やってるみたいだから、任せておけばいいんじゃないかな……。ところで、注文がまだなら、今聞いておくけど」
「そうですね……、せっかくだから、何か『今日しか食べられそうにない貴重なメニュー』とか、ありますか?」
「ふむ……、そういうことなら『八宝粥』とか、どうかな? この辺りでは滅多に流通していない極東産の豆とか雑穀とか色々入ってるから、エーラムでは滅多に食べられないと思うよ」
「もしかしてそれって、マンドラゴラが入ってるっていう噂の……」
「あ、いや、七草粥じゃないから。てか、それは七草粥でもない気がするんだけど……」
なお、極東においては七草粥も薬膳の一種とされているが、昨今の教養学部内においてはなぜか「全く別の何か」を意味する言葉として定着してしまっており、混乱を避けるためにも今回のメニュー候補からは外されたらしい。
「じゃあ、その八宝粥を一つ、お願いします」
マシューがそう言ったところで、横から別の人物が割って入ってきた。
「それ、あと三人前もらえる?」
その声の主は、ジェレミー・ハウル(下図)である。彼女は屋台に向かおうとしていたところで、マシューとクグリの会話が耳に入ってきて、その「八宝粥」なるものに興味が湧いたらしい。
「あ、ジェレミー先輩。またお会いしましたね」
「ホント、あんたとは妙に同じところで顔を合わせることが多いわね。まぁ、いいわ。ちょうど『あの人』にあんたも紹介したいと思ってたところだし」
マシューに対してジェレミーはそう答えつつ、少し離れた場所にあるテーブルに視線を向ける。すると、そこには「マシューにとっては見覚えのない男女」の姿があったが、クグリは「女性の方」には確かに見覚えがある。
(シルーカ先輩! ということは、一緒にいるあの騎士風の人が、テオ・コルネーロ!?)
どうやらジェレミーが頼んだ「三人前」というのは、自分と「あの二人」のことらしい。
「じゃあ、そういう訳だから、よろしく。マシュー、あんたはこっちに来なさい」
「あ、はい。じゃあ、クグリ先輩、僕の分も、この人達と同じテーブルにお願いします」
ジェレミーとマシューがそう言って屋台前から去っていくのを眺めながら、クグリは軽く冷や汗を流す。
(どうやら今年の学園祭には大物ゲストが多い、というのは本当だったみたいだな……)
すぐさま彼女は屋台に戻る。
「春菊のサラダ一人前をお願い。ボクはこれから、八宝粥を作るから」
彼女はユタにそう告げた上で、一心不乱に八宝粥の準備を始める。この世界を揺るがす「第三勢力」の実質的な指導者の来訪を前にして、いつも以上に気合が入っている様子であった。
クグリ・ストラトス。15歳。魔道・商道・料理道という三道を歩み続ける彼女の未来は、最終的にどこへ続いているのであろうか。
***
「はじめまして、シルーカ先輩。マシュー・アルティナスです。こちらが、先輩と熱烈な大恋愛の末に結ばれた世界一の君主、テオ・コルネーロ様ですね?」
「ちょっとジェレミー! あんた後輩に私のことをなんて説明してるのよ!」
「え? 何か間違ってました?」
「少なくとも、俺はまだ世界一の君主には程遠いよ。今の手持ちの聖印は男爵級以下だし」
八宝粥を待っている四人がそんな会話を繰り広げている中、彼等の耳に、幼い少女の鳴き声が聴こえてくる。彼等がその声のする方向に視線を向けると、4〜5歳くらいの幼女が一人で泣いている姿があった。
真っ先にマシューが駆け寄って話を聞く。
「どうしたんだい? 迷子になっちゃった?」
幼女はひとまず鳴き声を噛み殺しながら、涙目のまま頷く。すると、配膳途中だったバーバンもすぐさま駆けつけた。
「大丈夫だ!ちゃんとまたおがざんにあ゛える!あ゛んしんじろ゛!」
「……おかあさん、もう、いないの…………。おとうさんも、みんな、びょうきで…………」
彼女がそう答えて涙を流し始めると、思わずバーバンも目を潤ませる。
「そ、そっかぁ……、ごめんな……、づらがっだな……」
バーバンはそう言いながら、その大柄な身体で彼女をぎゅっと抱きしめて、そして少女と二人で号泣し始める。幼くして「家族の死」と遭遇したという状況を想像しただけで、バーバンとしては感情が抑えられなくなったらしい。
「じゃあ、君は誰と一緒に来たの?」
マシューがそう問いかけたが、号泣している少女の耳には届いていなかった。そこへ、彼等と同様に駆け寄ったノアが横から声をかける。
「ボク、その子、知ってます。たしか、ミラさんと同じ孤児院にいた子です」
以前、レナードと一緒に紙芝居を披露した時にその子がいたことを思い出したらしい(ただ、その時の彼女はレナードの迫真の演技を本気で怖がって、後ろの方で怯えていた)。
そして、たまたま近くにいたシャロンも口を開く。
「ミラさんなら、本校舎の裏の方の中庭で、お菓子屋さんをやってるだー、ちょうど、これから行こうと思てたとこだからー、おらが、一緒に連れてくだー」
それに対して、少女を抱えた状態のままのバーバンが叫ぶ。
「オデも一緒に行ぐ!」
「でも君はー、お店があるだらー?」
「だども、この子が……」
「心配ねえだー、おらに任せるだー」
そう言われたバーバンは、不安そうな顔をしながらもその幼女をシャロンに委ねる。そして、マシューもまたその幼女に寄り添う。
「僕も一緒に行くよ。……いいですよね、ジェレミー先輩?」
「好きにすればいいわ。ただ、あんたの分の八宝粥も頼んじゃってるんだから、ちゃんと戻って来なさいよ」
「分かりました。ありがとうございます」
続いて、ノアもまた名乗りを上げる。
「ボクも行きます。ミラさんにも、この機会に挨拶しておきたいし……」
「そういうことなら、オレも……」
近くにいたレナードがそう言って立ち上がった瞬間、その幼女が怯えた表情を見せながらビクッと反応する。どうやら、紙芝居の時の彼の「バッドヤンキー」の演技を思い出してしまったらしい。
「あ……、えーっと、先輩は、火鍋の方をお願いします、まだ結構残ってたと思うので……」
実際、まだ火鍋は(本来二人分だったところを、ノアが一口でリタイアしたため)大量に残っている。そして、レナードも幼女の反応から、明らかに自分が怖がられていることを察して、すぐに座り直す(善悪にかかわらず、これがヤンキーの宿命であることは彼も理解している)。
「届け終わったら、すぐに戻って来いよ。他の余計な厄介事にまで口出すんじゃねえぞ」
「はい、じゃあ、ちょっと失礼します」
こうして、シャロン、マシュー、ノアの三人が幼女を連れて去って行く姿を、バーバンは心配そうな瞳で見つめながら、やむなく仕事へ戻る。
(でえじょうぶだよな……? ぢゃんと孤児院の人達と合流出来るよな……?)
心配性なバーバンは、どこか上の空の状態のまま、この後、彼等が戻って来るまで何度か失敗を繰り返すことになるのだが、ユタもノギロも、その点は大目に見ることにした。
バーバン・ロメオ。15歳。強靭な肉体と繊細な感性を併せ持つ彼は、最終的にどんな魔法師へと成長することになるであろうのか。
***
一方、火鍋を前に一人残されたレナードは、黙々と熱気を身体に溜めながら、一人物思いに耽っていた。
(まぁ、ノアはいつも、こういう時には黙っていられない奴だからな。それに……)
先刻の彼(彼女)の表情をレナードは思い出す。
(……子供の世話してる時のアイツは、いつも生き生きとしてる。アイツがそこに生き甲斐を感じてるってんなら、オレがどうこう言うべきコトでもねぇし、そもそもオレが口出し出来るコトでも……)
そこまで考えたところで、改めてレナードは根本的な疑問に向き合う。
(……そもそも、オレにとってアイツは何なんだ? アイツにとってオレは…………?)
辛さで茹だった脳内で、そんな疑問が湧き上がるが、すぐにレナードは思考を放棄する。
(今は考えても仕方がねぇ! オレが今、考えるべきことは、どうやって強くなるか! そして、どうやって「あの邪神」を倒すか! それだけだ!)
レナード・メレテス。14歳。邪神によって刻まれた傷の痛みに耐えながら、彼はこれから先も果てなきヤンキー道を邁進し続ける。
******
「エリカ! どこ行ってたのよ!?」
ミラ・ロートレック(下図)が経営する「パステル・デ・ナタ」の屋台に、シャロン、マシュー、ノアの三人が幼女を連れて到着すると、ミラがそう言って幼女の元へと駆け寄り、優しく抱き締める。
「ごめんなさい……、ちっちゃいお人形さんが歩いてて、その子を追いかけてたら、周りに誰もいなくなって……」
エリカと呼ばれたその幼女は、泣きながらそう説明する。どうやら彼女は、他の子供達と一緒に買い出しに行った時に、その「お人形さん」に気を取られて、はぐれてしまったらしい。
(ちっちゃいお人形……? アーティファクトの「人形楽団」でもいたのかな……?)
ノアはそんなことを考えつつ、そっとエリカの頭を撫でる。
「よかったね、ちゃんとミラさんに会えて」
「うん……、ありがとう、おねえちゃん……」
エリカはノアを見上げながら、そう言った。ノアは一瞬だけ笑顔で素直にその言葉を受け取った後、すぐに表情が一変する。
「い、いや、その、『ボク』は『お兄ちゃん』だからね!」
動揺した様子のノアに対して、エリカは首をかしげる。
「え……? おにい、ちゃん……?」
「うん、『お兄ちゃん』だよ、『お兄ちゃん』。間違えないでね! 『お兄ちゃん』だからね!」
何度も強調してそう口にするノアであったが、純粋な瞳で不思議そうに見つめるエリカの瞳を直視するのが辛くなったノアは、思わず目をそらす。
「じゃ、じゃあ、そういうことだから、ボクは先輩を待たせてるので、これで帰るね! またね!」
ノアはそう告げた上で、全力疾走でその場から逃げ出す。
(どうして!? どうして分かったの!? 子供だから? 子供の目はごまかせない? それとも……)
走りながら、ノアは自分の身体を包んで入る(本来のサイズよりも大きめな筈の)制服が、少し(部分的に)キツくなっていることを感じる。
(……もしかして、ボクの身体が「大人」に近付いてるから?)
子供の間は髪型や立ち振舞いでごまかすことが出来ても、身体が成長すればするほど、性別をごまかすことが難しくなる。ノアもそのことは分かっていた。分かった上で、今までその現実からは目をそらし続けていた。だが、(原因は不明だが)あっさりと幼女にその正体を見破られてしまったことで、改めて「未来に待ち受けている現実」を突きつけられた気がする。
(どうしよう……、このまま、「ボク」が「ボク」じゃなくなったら、そしたら、もうこの世界のどこにも「ノア」がいなくなってしまう……)
実際のところ、この世界には生命魔法の「ポリモルフ」を初めとして、様々な形で「外見」や「性別」を変える方法はある。だが、その選択肢を考慮に入れ始めると、今のノアの中には、自分でもよく分からない「別の葛藤」が生まれてしまう。その葛藤の正体が何なのかは分からないまま、ノアはただひたすら、「自分の正体を知った上で自分と接してくれている先輩」の元へと走っていく。
ノア・メレテス。12歳。彼女に残された「ノア・メレテス」としての時間はあと何年なのか。その先の未来は、今はまだ見えない。
***
「ノア君、どうしただかー?」
「多分、早く例の金髪の先輩に会いたくなったんじゃないかな。あの二人、仲がいいことで有名だし」
シャロンとマシューがそんな話をしているところで、ミラが二人にパステル・デ・ナタを一つずつ手渡す。
「この子を連れて来てくれて、本当にありがとう。今はこの程度の御礼しか出来ないけど、受け取って」
「ありがとだー」
「ありがとうございます」
「ノア君にも御礼をしたかったんだけど……、仕方ないから、次の機会にしましょうか……」
ミアがそう呟いたところで、屋台の裏から意外な人物が姿を現した。ダンテである。
「それなら、オレがノアのところに届けに行こうか? 一応、あいつとは顔見知りだし、オレの足なら今から走って追いかけても間に合うぜ」
彼は学園祭期間中、特にやることもなく暇そうにしていたところで、(修学旅行の際に同行していた縁もあり)男手が足りないミラに声をかけられ、この店を手伝うことにしたのである。以前のダンテであれば「興味ねぇ」の一言で終わっていたかもしれないが、最近は「何事も経験」と思うようなったのか、頼まれれば色々なことに手を貸すようになりつつあった(なお、もともと彼は甘党ではある)。
「ほんだらー、薬膳料理の店の『でっかい店員さん』にも、届けてほしいだー。すんごく心配してただー」
「任せな! 今から、爆速で届けてやるぜ!」
ダンテはそう言って、ミラから二人分のパステル・デ・ナタを受け取ると、自身の身体にアシストをかけ、魔法師とは思えない程のスピードで勢いよく駆け出す。
「はえーーー! 猟犬みてーだー」
「僕もあっちに戻る予定だったから、僕が届けても良かったんだけど……、あれだけ速いなら、あの人に任せて正解だったかな」
シャロンとマシューがそう呟いたところで、今度はビート(とヘラクレス)が畳んだ状態のダンボールを手に戻って来る。
「あ、シャロンさん! マシューさん!」
彼にとってこの二人は、かつて自分が落ち込んでいた時に励ましてくれた恩人である。
「ビートー君、久しぶりだーねー」
「『アシスト』の試験以来かな、元気そうだね」
二人がそう答えたところで、その後ろからミラも声をかける。
「ビート君、お疲れさま。カイル君の研究報告は、どうだった?」
「俺には難しくて、よく分からなかったんですけど、なんか『キラキラした貴族っぽい人』が、すごく面白そうな顔して聞いてました」
「キラキラした人?」
ミラが首を傾げていると、ビートは少し離れた屋台を覗き込んでいる人物を指差す。
「あ、あの人です!」
それは確かに、先刻までカイルの報告を聞いていた人物である。その姿を目の当たりにした瞬間、ミラは目を見開いて絶句する。
(えぇ!? あの人って……!?)
ミラは「大講堂の惨劇(先代ハルーシア大公とヴァルドリンド大公の惨殺事件)」の時点で既にエーラムにいたため、「その人物」のことは当然知っている。
「どうかしました?」
「あ、いや、うん、なんでもないわ。とりあえず、ダンボールを持ち帰ってくれて、ありがとね。ダンテ君が戻って来たら、次は他の人達へのおつかいを、また彼に頼もうかしら……」
そんなことをミラが考えている間に、シャロンとマシューは貰ったパステル・デ・ナタを食べ終えていた。
「美味しかっただー!」
「うん、重すぎず軽すぎず、程良い食感だよね。この辺りはお菓子系の出店が多いみたいだし、何か先輩にお土産を買ってから戻ろうかな」
「おらはこのままー、このブロックのお店も全制覇するだー!」
シャロンはそう言って、とりあえず最初に目に止まったアストリッド・ユーノ(下図)が経営するフルーツタルトの店へと向かう。
シャロン・アーバスノット。12歳。天真爛漫で朗らかな彼の周囲には、荒んだ人々の心を癒やす、優しい空気が漂い続けていた。
******
「はい、ワッフル二つね。お待ちどうさま♪」
地球人のキリコ・タチバナ(下図)は、自身が経営するワッフル屋の店先(ミラの店から程近い立地)にて、
ジョセフ・オーディアール
にリンゴジャム入りのワッフルを二切れ、手渡した。
ジョセフはそのうちの片方を、傍らに立つ片眼鏡の女性、アンブローゼ・オーディアール(下図)に手渡す。彼女はジョセフの故郷であるファルドリアの国主レグナム・ヴォーティガンの契約魔法師であり、ジョセフが魔法師となる契機を作った、ジョセフにとっての「永遠の憧れの女性」である。
当初、彼女は魔法師協会からの支援物資の受け取りのためにエーラムを訪れていたのだが、それがたまたま学園祭の時期の直前であったため、そのまま残ってジョセフと一緒に学園祭を回ることになった。この甘味屋台街に来たのも、甘いもの好きな彼女の趣向に合わせた、ジョセフなりのエスコート・プランである(ちなみに、この後は尊敬するクロードが主催する脱出ゲームに参加することで、自分の知的成長を彼女に見てもらおう、と考えていた)。
「美味しいわね……。やっぱりエーラムの学園祭には『この瞬間』でないと味わえないものが多いわ。あなたにとっても、今のこの時間はとても貴重なものだってこと、分かってる?」
「はい、存じております」
「だったら、私なんかとじゃなくて、学校の友達との交流の時間に使った方がいいわよ。同世代の魔法師と無条件で仲良く出来る機会なんて、今しかないんだから」
「いえ、今の私にとっては、その……、アンブローゼ殿と一緒に過ごせる時間の方が貴重、と言いますか……、エーラムにいる限りは、彼等とはいつでも会える訳ですし……」
「だから、その『エーラムにいられる時間』が有限だってことを、もっと自覚しなさい。あなたは、契約魔法師志望なんでしょ?」
「もちろんです! 私もいつかは必ず、アンブローゼ殿のように……」
「我が同胞(はらから)よ! 我がファッション研究部のステージに出る気はないか?」
せっかくの「憧れの人」と時間を邪魔されたジョセフは、露骨に嫌そうな声で答える。
「……私が、そういうことに向いてないのは知ってるだろう?」
一応、社交界の儀礼を学ぶために貴族の誕生会に参加したことはあったが、純粋にファッションそのものを楽しもうとする企画は、それとはまた微妙に別物に思えた。
「うーん、相変わらずだな。それならばせめて、宣伝だけでも協力してくれ」
エイミールはそう言って、ビラの紙束を渡す。
「そう言われても、私はそこまで交友関係は広くないぞ」
「だが、少なくとも僕が知り得ない人々との繋がりはあるだろう? たとえば、そちらの貴婦人はいかがかな? あなたをより一層美しく輝かせるための……」
「アンブローゼ殿は今のままでも十分に美しい! お前が手を加える必要などない!」
勢いでジョセフがそう叫ぶと、アンブローゼは少し照れたような表情を見せながらも、内心ではそれとはまた別の感慨に浸っていた。
(良かった、なんだかんだで、ちゃんと友達も作れているのね……)
ジョセフの性格上、エーラムで同世代の面々達の間で浮いてしまうのでないかと心配していたアンブローゼは、少し安堵する。
「それを決めるのは御自身の判断だろう? どれだけ美しい女性であっても、更なる美しさを求めようとするのは、優雅なる魂を持つ人々の宿命というものだ!」
なおも食い下がるエイミールに対し、アンブローゼは苦笑を浮かべながら答えた。
「うーん、まぁ、私も、そういうのはガラじゃないかな……」
「そうですか……、ならば、無理強いすることは出来ませんが、ぜひ御観覧だけでも楽しんでいって下さい! 我がファッション研究部の、華麗にして繊細な匠の技の数々を凝らした装束を! ぜひ一度!」
いつも通りの大仰な仕草と大声でエイミールが力説していると、手土産のガレットを買って中央広場へと戻ろうとしていたマシューが横から語りかける。
「ファッション研究部って、セレネちゃんが部長やってるところですよね?」
「おぉ! セレネ君の知り合いか! ならば、君もどうだ? ステージに立って、この僕のような輝きを放ってみないか?」
「面白そうですね。あと、そういうことなら、一人、一緒に誘いたい人がいるんですけど……」
******
昼休憩の間にいくつかの屋台を食べ歩いていたエルもまた、ユニからの依頼品を購入するために、同じ校舎裏の中庭に来ていた。彼はほどなくしてエルフにして美術教師のレイラ(下図)の手による(エルフ界から投影された)特殊な焼き菓子を売っている屋台を開いていたが、見たところ、あまり繁盛してはいないようだった。
「すみません、焼き菓子を一つ、お願いします」
「はーい、まいどありがとうございます。……あ、君、確かあの時に採掘調査に来てた子よね?」
レイラがハンナ達によって発見(および身柄捕獲)された時、ハンナに依頼された鉱物採掘隊の中に確かにエルはいた。
「えぇ。レイラ先生も、すっかりエーラムに馴染まれたようですね」
「まぁ、今でも『先生』とか呼ばれるのは慣れないけどね……。それにしても、なんだか今年は焼き菓子系の店が多すぎたみたいね。ちょっと品選びを失敗したわ」
実際、彼女の店が今一つ繁盛していないのも、それが原因だろう。ただ、その一方で、彼女が生み出した「副産物」に興味を持つ者もいた。
「この看板、あなたが描かれたのですか?」
芸術家としても名高いハルーシア公アレクシス・ドゥーセである。彼が指差した先には、レイラの店の前に描かれた、エルフ界の光景を描いたと思しき看板が立てかけられている。
「はい。まぁ、即興で描いたので、そんなに大したものではないですけど……」
「この美しい空の独特な色合い、どんな画材を使われたのですが?」
「あー、それは、私の世界から投影された特殊な染料がありまして……」
二人がそんな言葉を交わしていると、遠巻きに見ている女性達がヒソヒソと話している声がエルの耳に届く。
「アレクシス様、エルフの人と一緒に並んでても、全然違和感ないわね」
「やっぱり、あの人は御伽の国から来た王子様なんじゃないかしら」
「実際、人間の女性じゃ、あのお美しさに釣り合う人なんて、いる訳ないわよ」
この時点で、エルは「世界を二分する二大勢力のもう片方」が目の前にいるという事実に気付き、改めて驚愕する。
(まさか、この人まで来てるなんて……。もし、さっきの人と鉢合わせでもしたら……)
エルがそんな危惧を思い浮かべる中、少し離れた場所では、上記の女性達の話し声を耳にした「喪服のような黒いドレスの女性」が無言で彼に背を向けてこの場から立ち去っていたのだが、そのことにはエルもレイラもアレクシスも、気付いていなかった。
(いずれは、僕も選ばなければいけないんだろうな。僕が支えるべき旗を……)
エル・カサブランカ。15歳。一角獣の旗の下に生まれ、故郷を追われた今の彼には、己の未来を導く旗が、まだ見えていなかった。
最終更新:2020年09月04日 03:16