ハリウッド映画も常に時事ネタを多用、特にUSAの関与する戦争と共に歩んできた歴史の側面がある。
第二次大戦後は日本軍、ドイツ軍 vs 米軍(連合軍)の構図で、冷戦期にはソ連軍 vs 米軍の図式。
さて大戦も冷戦も終わったしネタは出し尽くした感じ。では次は北朝鮮、中東をはじめとした対テロ戦争である。
そんなテロ戦争を歴史的バックグラウンドを整理しながら紹介していく。
まぁ、このスレ→ 1がイスラーム世界の歴史についてダラダラ解説 を元にして書いてあるから、それ読めばいいけどね。ある程度省略したものが下記である。
第二次大戦後は日本軍、ドイツ軍 vs 米軍(連合軍)の構図で、冷戦期にはソ連軍 vs 米軍の図式。
さて大戦も冷戦も終わったしネタは出し尽くした感じ。では次は北朝鮮、中東をはじめとした対テロ戦争である。
そんなテロ戦争を歴史的バックグラウンドを整理しながら紹介していく。
まぁ、このスレ→ 1がイスラーム世界の歴史についてダラダラ解説 を元にして書いてあるから、それ読めばいいけどね。ある程度省略したものが下記である。
対テロ戦争のバックグラウンド解説
対テロ戦争とは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロに起因する、旧西側諸国を主力としたタリバン、アルカイダをはじめとする多数テロ組織との戦いである。
しかし、このテロとの戦いを紐解いて行くには宗教対立というよりは、西側の教育では欠落しがちなイスラームの歴史を知らなければならない。何故この戦いが起こっているのかという基礎的なバックグラウンドを理解していないと正しく映画を批評することはできないのだ。
しかし、このテロとの戦いを紐解いて行くには宗教対立というよりは、西側の教育では欠落しがちなイスラームの歴史を知らなければならない。何故この戦いが起こっているのかという基礎的なバックグラウンドを理解していないと正しく映画を批評することはできないのだ。
イスラーム衰退の歴史
2001年から時を約3世紀分遡り、時は1683年9月、オスマン軍は第二次ウィーン包囲が失敗に終わり敗走を余儀なくされた。この敗北から1699年まで大トルコ戦争によりオスマントルコはハンガリーを失う事になる。ここから全ては始まる。
2001年から時を約3世紀分遡り、時は1683年9月、オスマン軍は第二次ウィーン包囲が失敗に終わり敗走を余儀なくされた。この敗北から1699年まで大トルコ戦争によりオスマントルコはハンガリーを失う事になる。ここから全ては始まる。
622年のイスラーム教創始以来中東、北アフリカを席巻し続けたイスラームはこの戦いをきっかけに、実に300年に渡り下り坂を転がり続ける。
イスラームの文化と大きく交わる事無く黒船艦隊の襲来を受けた日本人には馴染みがないかもしれないが、イスラーム発祥の6世紀からイギリスで産業革命が起こりアメリカが発展していく18世紀初頭まではイスラム圏は確かに欧州と同等かそれ以上の力を有する大帝国だった。
しかし大帝国であったが為に平和すぎたのか、ミリタリーバランスは群雄割拠が続く欧州に徐々に傾いていく。そこで北西ヨーロッパの島国で産業革命が起こり、アメリカの発展とインドの植民地化に伴う原材料費の暴落が起こる。綿製品を主力貿易品とする中東諸国は急激に貧しくなってゆき、欧州列強への借金が嵩み主導権を失う。
イスラームの文化と大きく交わる事無く黒船艦隊の襲来を受けた日本人には馴染みがないかもしれないが、イスラーム発祥の6世紀からイギリスで産業革命が起こりアメリカが発展していく18世紀初頭まではイスラム圏は確かに欧州と同等かそれ以上の力を有する大帝国だった。
しかし大帝国であったが為に平和すぎたのか、ミリタリーバランスは群雄割拠が続く欧州に徐々に傾いていく。そこで北西ヨーロッパの島国で産業革命が起こり、アメリカの発展とインドの植民地化に伴う原材料費の暴落が起こる。綿製品を主力貿易品とする中東諸国は急激に貧しくなってゆき、欧州列強への借金が嵩み主導権を失う。
既にイスラム圏との絶対的な力の差を手に入れた欧州列強が考えた政略は、イスラームに有能な統治者は不要。
18世紀の衰退の最中であったイスラム圏の盟主オスマントルコのみならず、現イランのガージャール朝ペルシア、現インドのムガル帝国、オスマン帝国勢力圏にあるも半ば独立していたエジプトは旧来の自浄作用を奪われ、無能な政府を恣意的に存続させられる事によりイスラム圏の復興・繁栄を阻害された。
無論このままムスリムも黙って従うわけではなく、この時にジャマールディーン・アフガーニー等の思想家が時代にそぐわなくなってきたイスラーム法の再解釈運動も起こしている。この再解釈の一部が今のイスラーム過激派の思想に繋がる。
18世紀の衰退の最中であったイスラム圏の盟主オスマントルコのみならず、現イランのガージャール朝ペルシア、現インドのムガル帝国、オスマン帝国勢力圏にあるも半ば独立していたエジプトは旧来の自浄作用を奪われ、無能な政府を恣意的に存続させられる事によりイスラム圏の復興・繁栄を阻害された。
無論このままムスリムも黙って従うわけではなく、この時にジャマールディーン・アフガーニー等の思想家が時代にそぐわなくなってきたイスラーム法の再解釈運動も起こしている。この再解釈の一部が今のイスラーム過激派の思想に繋がる。
イスラム国家が定めるイスラム法は、法学者が唯一神アッラーの言葉であるコーランの解釈を広げたり縮めたりする事によって様々な文明や土地、人々の統治に成功してきた。つまりイスラーム法は解釈次第で変幻自在と言うわけである。しかし何百年もの安定期を経て絶対的な存在が居なくなったイスラームの世界に置いては、これは容易な事ではない。第一次世界大戦を前後とする時代より、イスラーム国家の歴史はこの再解釈による保守派と革新派との綱引きの歴史となる。
押し寄せる西洋諸国と時を同じくして、ルイ16世やマリー・アントワネット処刑で有名なフランス革命の時期より波及したナショナリズム思想がバルカン半島まで到達する。そしてオスマン帝国領各地で独立運動が頻発。遂には第一次世界大戦にてオスマントルコ帝国は大敗北を喫し、テュルク系単一民族国家を目指したトルコを残しイスラムの世界は西欧列強諸国によりバラバラに解体された。
この第一次世界大戦時、ナショナリズム思想を煽動しアラブ民族の独立を煽ったのがイギリスである。
イギリスはフサイン=マクマホン協定協定を現サウジアラビア・メッカにを支配していたサイード家と結び、イスラエル、シリア、イラクと連なる肥沃三日月地帯でのアラブ国家の建設を約束した。
そう、これが有名なイギリスの三枚舌外交である。
同時にイギリスはフランスと同地域の分割統治、ユダヤ人とは同地域でのユダヤ国家建設を約束していたのだ。
また反英感情渦巻くエジプトにおいてムスリム同胞団が組織される。初期はボランティアや学校・病院の運営をしていたこの組織は巨大化しイスラーム圏各国へと勢力を拡大するも末端が暴走。現代のイスラム過激派へと変貌していく。
イギリスはフサイン=マクマホン協定協定を現サウジアラビア・メッカにを支配していたサイード家と結び、イスラエル、シリア、イラクと連なる肥沃三日月地帯でのアラブ国家の建設を約束した。
そう、これが有名なイギリスの三枚舌外交である。
同時にイギリスはフランスと同地域の分割統治、ユダヤ人とは同地域でのユダヤ国家建設を約束していたのだ。
また反英感情渦巻くエジプトにおいてムスリム同胞団が組織される。初期はボランティアや学校・病院の運営をしていたこの組織は巨大化しイスラーム圏各国へと勢力を拡大するも末端が暴走。現代のイスラム過激派へと変貌していく。
ここでは細かい解説は省くが、世界は第二次大戦を経験し、なんだかんだでヨルダン・イラクにサイード家の王族を招きアラブ国家が建国される。そしてユダヤ人国家イスラエルが建国。シリアはアラブ国家としてフランスより後に独立。サウジアラビアは1人の豪傑がまとめ上げた。イスラムとヒンドゥーの線引でインドと分離独立したイスラム国家パキスタン。
特にイラクという国家は、大戦に疲れ事後処理がとても面倒だったイギリスが、シリアの土地に憧れる王とまとまりを持たない各部族達、そしてトルコ国境付近に大多数居住するクルド人と、まさにカオスな状態で建国してしまった。
特にイラクという国家は、大戦に疲れ事後処理がとても面倒だったイギリスが、シリアの土地に憧れる王とまとまりを持たない各部族達、そしてトルコ国境付近に大多数居住するクルド人と、まさにカオスな状態で建国してしまった。
ところで中東の大国イランでは、第一次世界大戦前のガージャール朝より借金でイギリスの傀儡国家と化していたが、民衆の抵抗により第二次大戦後に一時はイギリス創設の石油企業を国営化に成功する。しかしすぐにアメリカの介入により再び主導権を英米に奪われる。
イラン反米の歴史はここから始まった訳だが、1979年に事件が起こる。イラン革命である。
英米の傀儡と化した王朝、そして強引な近代化による保守派の反撃により民衆が蜂起。またひとつイスラム国家が爆誕した。
イラン反米の歴史はここから始まった訳だが、1979年に事件が起こる。イラン革命である。
英米の傀儡と化した王朝、そして強引な近代化による保守派の反撃により民衆が蜂起。またひとつイスラム国家が爆誕した。
当時政権を奪取するもカオスの国イラクの安定化に必死なイラクのサダム・フセインは戦争を欲し、反米政権が誕生したイラン革命を是としないアメリカはイラン崩壊を望んだ。これがイラン・イラク戦争へと繋がる。もちろんアメリカはイラクを支援した。
(ちなみにイランは世界唯一のシーア派国家である。シーア派とスンニ派の違いはスレに細かく書いてあるし、それ以上要約しようが無いのでそこを読んでくれ)
イラクはシーア派の聖地もあったのでシーア派革命の波及を恐れたという側面もある。そして、同じく多数ムスリムが自国内に存在するソ連もこの革命に慄き、イランの東を封殺する為にアフガニスタンに侵攻した。
しかし、アカの南下を看過できないアメリカはこちらは逆に阻止に躍起になる。
(ちなみにイランは世界唯一のシーア派国家である。シーア派とスンニ派の違いはスレに細かく書いてあるし、それ以上要約しようが無いのでそこを読んでくれ)
イラクはシーア派の聖地もあったのでシーア派革命の波及を恐れたという側面もある。そして、同じく多数ムスリムが自国内に存在するソ連もこの革命に慄き、イランの東を封殺する為にアフガニスタンに侵攻した。
しかし、アカの南下を看過できないアメリカはこちらは逆に阻止に躍起になる。
当時イスラム諸国はどの国も前述したイスラム法の再解釈の綱引きに手こずっていた。元祖ムスリム同胞団の地エジプト、イスラム原理主義を標榜として国をまとめ上げたサウジアラビア。イスラム保守派が台頭するパキスタン等。
どの国家も民衆と、民衆が信望する法学者の眼前、建前ではイスラム国として保守的なイスラム法を守ってはいたが、近代化と世俗化は避けて通れない道だった。その中で副産物的に生まれるイスラム原理主義過激派の処遇に困っていたところで、ソ連とのジハードが発生する。各国は喜んで過激派をジハードに送り、アメリカはパキスタンにてこれを受け入れ、銃を与え、鍛え、アフガニスタンに送り込んだ。その中にはオサマ・ビンラディンがいた。
どの国家も民衆と、民衆が信望する法学者の眼前、建前ではイスラム国として保守的なイスラム法を守ってはいたが、近代化と世俗化は避けて通れない道だった。その中で副産物的に生まれるイスラム原理主義過激派の処遇に困っていたところで、ソ連とのジハードが発生する。各国は喜んで過激派をジハードに送り、アメリカはパキスタンにてこれを受け入れ、銃を与え、鍛え、アフガニスタンに送り込んだ。その中にはオサマ・ビンラディンがいた。
イラン・イラク戦争では革命で混乱する中のイランに力は無く、イラク圧勝と誰もが予想した。しかしイラン民衆が次々蜂起しイラク軍に抵抗。イランは逆にイラク国内のクルド人を煽動しイラクに対し蜂起させる。同時にイラク国内のシーア派も蜂起。恐れを知らぬサダム・フセインは化学兵器等ありとあらゆる手段を使い反撃、弾圧、虐殺した。
さすがに国際世論が傾いたのでアメリカが停戦に持ち込んだ。
それでもまだ安定しないイラクは次に裕福で豊かな湾港が存在するクウェートを狙い、湾岸戦争が勃発。
イラクがクウェートを瞬殺し、アメリカがイラクを瞬殺。イラクは大打撃を被り、外への進出が不可能となり、独裁・中央政権化する。闇イラクの幕が上がった。しかし、フセイン以外にカオス国イラクを統治できる人物・組織など世界中どこを探しても存在するのだろうか。
さすがに国際世論が傾いたのでアメリカが停戦に持ち込んだ。
それでもまだ安定しないイラクは次に裕福で豊かな湾港が存在するクウェートを狙い、湾岸戦争が勃発。
イラクがクウェートを瞬殺し、アメリカがイラクを瞬殺。イラクは大打撃を被り、外への進出が不可能となり、独裁・中央政権化する。闇イラクの幕が上がった。しかし、フセイン以外にカオス国イラクを統治できる人物・組織など世界中どこを探しても存在するのだろうか。
アフガン戦争では遂にはアフガニスタンの英雄、アフマド・シャー・マスードを攻略できずにソ連軍は敗走。10年に及ぶアフガニスタンでの無益な浪費も手伝いソ連は崩壊する。
中東でのイザコザは人区切り付いた。無駄な浪費はソ連の二の舞いと言わんばかりに、これまで支援していたジハーディストを突然アメリカは混乱極めるアフガニスタンに置き去りにし、聖戦士はアメリカに激昂した。
そしてソ連無き中東の盟主として突如現れた異教徒USA。メッカのあるサウジに基地は置くわ石油を貪るわ、ムスリムであるパレスチナ人を虐殺するイスラエルに加担するわで、激昂する過激派を尻目にやりたい放題である。もちろん、国内で5000人以上を超える王族の支配に窮するサウジアラビアの保守派も例外ではない。かのオサマ・ビンラディンもサウジ大富豪の端くれで資金力が豊富だ。彼はパキスタンを発祥とする組織アルカイダを統べ、幾度と無くテロを実行しアメリカに追われアフガニスタンへと回帰する。
更にパキスタンも米ソ無きアフガニスタンへの影響力を目論み、ムハンマド・オマルに銃と金を与えた。彼の組織は後にタリバンと呼ばれる。そして群雄割拠状態で混迷のアフガニスタンへの支配を深めていく。
やがてアルカイダは徐々にタリバンをも乗っ取り始めた。
中東でのイザコザは人区切り付いた。無駄な浪費はソ連の二の舞いと言わんばかりに、これまで支援していたジハーディストを突然アメリカは混乱極めるアフガニスタンに置き去りにし、聖戦士はアメリカに激昂した。
そしてソ連無き中東の盟主として突如現れた異教徒USA。メッカのあるサウジに基地は置くわ石油を貪るわ、ムスリムであるパレスチナ人を虐殺するイスラエルに加担するわで、激昂する過激派を尻目にやりたい放題である。もちろん、国内で5000人以上を超える王族の支配に窮するサウジアラビアの保守派も例外ではない。かのオサマ・ビンラディンもサウジ大富豪の端くれで資金力が豊富だ。彼はパキスタンを発祥とする組織アルカイダを統べ、幾度と無くテロを実行しアメリカに追われアフガニスタンへと回帰する。
更にパキスタンも米ソ無きアフガニスタンへの影響力を目論み、ムハンマド・オマルに銃と金を与えた。彼の組織は後にタリバンと呼ばれる。そして群雄割拠状態で混迷のアフガニスタンへの支配を深めていく。
やがてアルカイダは徐々にタリバンをも乗っ取り始めた。
当時アフガニスタン北部でタリバンに抵抗していた、ソ連アフガン侵攻の英雄マスードはヨーロッパへと生まれて初めて降り立ちこう訴えた。
「米国を標的にしたテロリズムにはすべてビンラディンが関わっているが、米国は危機の深さも理解せず、対策もしていない」
「米国がパキスタンとビンラディンを止めなければ、遠からず全世界がつけを払うことになるだろう」
「我々は人々を幸せにする平和なイスラーム国家を築きたい。そのためにアフガニスタンを解放したい」
どれ程の国家が彼の言葉に耳を傾けただろうか。
2001年9月9日、マスードは記者のインタビューを装ったタリバン兵の自爆テロにより死亡する。
「米国を標的にしたテロリズムにはすべてビンラディンが関わっているが、米国は危機の深さも理解せず、対策もしていない」
「米国がパキスタンとビンラディンを止めなければ、遠からず全世界がつけを払うことになるだろう」
「我々は人々を幸せにする平和なイスラーム国家を築きたい。そのためにアフガニスタンを解放したい」
どれ程の国家が彼の言葉に耳を傾けただろうか。
2001年9月9日、マスードは記者のインタビューを装ったタリバン兵の自爆テロにより死亡する。
そして世界は遂に2001年9月11日を迎える
グリーン・ゾーン

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ワールド・オブ・ライズ

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キングダム/見えざる敵

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